その日。8人の撃退士たちは、民間撃退士の会社ビルを訪れていた。
すでに依頼人とは話を通してあり、あとは薄木幸子を説得するばかり。
「贅肉キャッスル攻略作戦決行! 崩せ脂肪の壁!」
気合いを入れるべく声を張り上げたのは、メイド姿の城咲千歳(
ja9494)
いきなりだったので、皆ビックリだ。
「……いまの聞こえたんじゃないか?」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、声をひそめた。
「……かもしれん」
グリムロック・ハーヴェイ(
jb5532)がうなずく。
ちなみに2人は執事服だ。ショタ専の幸子に対して効果は薄いが、少なくとも悪印象は与えない。
「とにかく行きましょう」
ユウ(
jb5639)が言い、楊礼信(
jb3855)と礼野明日夢(
jb5590)の小学生男子2人を先頭に、執事服の2人が続く形で応接室へ入った。
迎えたのは、トドみたいな姿の幸子。
なんと、コーラ片手にポテチを食べている。
おもわず顔を見合わせる撃退士たち。
エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)などは、いまにも声を出して笑いそうなほどだ。
「社長に言われて来たけど、あたしに何の用?」と、幸子が言った。
「やれやれ……めっきり外も寒くなったわね」
質問をスルーして幸子の隣に腰かけたのは、メイド衣装の歌音テンペスト(
jb5186)だ。
「なに、あんた」
「ああ、お姉様。すてきです……百合的な意味で……」
幸子の手を取って、にじりよる歌音。
ことわっておくが、まだ自己紹介すらしてない状態だ。ほかの撃退士たちも、あっけにとられて成り行きを見守るばかり。
「お姉様……あたし、いまのままのお姉様でもいいんですよ……? そのふくよかで柔らかな肌を抱きしめてみたい……」
頬を赤く染め、瞳をうるうるさせながら迫る歌音。
「ちょ、ちょっと!? あたし、そういう趣味ないから!」
逃げようとする幸子だが、その膝の上に歌音が乗っかった。
「あたし……お姉様が今のままでいらっしゃるなら、そりゃもう愛でさせていただきますわ……全身全霊で……」
本気なのか演技なのか不明だが、歌音はノリノリだった。
それを見たエリーゼが、いっしょになって悪ノリする。
「私も愛してますわ、お姉様。おなじダアト同士、仲良くしましょう……?」
「な、なんなの、あんたたち!」
「百合の世界へようこそ」と言いながら、友達汁をまきちらす歌音。
「歓迎しますわ」と、エリーゼも友達汁発動。
「くるなァああ!」
絶叫とともに、幸子の手から禁呪がぶっ放された。
「「アバーッ!」」
仲良く倒れる3人。
それを見つめる6人の撃退士たちは、一様に首をひねっていた。
「……で、なんなのよ、あんたらは」
礼信の手当てを受けた幸子は、げんなり顔で訊ねた。
「では、気を取りなおして……私どもが説明しましょう」
グリムロックが口火を切って、そのあとをジェラルドが続けた。
「我々はダイエットコンシェルジュ。貴女の健康と美を望む者です」
「は……?」
「おせっかいかもしれませんが……」と前置きして、グリムロックが言う。
「一目でわかるとおり、貴女の体は非常に危険な状態です。ストレス発散の方法は自由ですし、大食いするのは誰の迷惑にもなりませんが、見て見ぬフリはできません。私たち8人、全力で貴女のダイエットを支援いたします」
「はァ? ダイエットなんかしないわよ、あたし」
幸子が反論したところで、執事姿の2人が小学生コンビに目配せした。
「健康は大切です。太ってると体のあちこちに無理が来ますよね? 体は大切にしてください。それに、スマートなお姉さんって素敵だと思います!」
礼信が訴えた。
ハーフパンツ着用で、幸子のショタ魂を刺激する作戦だ。
その溌剌とした姿に、目を奪われる幸子。
そこへ、追い討ちをかけるように明日夢が切りこむ。
「そうですよ。それに、有能な撃退士さんが体を悪くして戦えなくなったりしたら、社会の損失なのです」
「そ、そう? たしかに、あたしは有能だけど」
照れ隠しに、コーラをグビグビ飲み干す幸子。
カロリーオフではない。糖分たっぷりのガチコーラだ。
「とりあえず、それをやめましょう。あとポテチも」
明日夢が言った。
「イヤよ。おなか減ってんだから」
ポテチをボリボリかじる幸子。
一瞬、駄目だコリャという感じの空気が撃退士たちの間に流れる。
「コンシェルジュとして、ダイエットメニューを提案しましょう」
ジェラルドは、さわやか笑顔を崩さなかった。
「ダメダメ。そんなものマズいって決まってんだから」
勝手に決めつけてコーラを飲む幸子。
「いえ、そんなことはありません。たとえば、豆腐ピザなどいかがでしょう。木綿豆腐を水切りして、ピザソースとチーズをかけてオーブンで焼いたものですが。蛋白質を十分に摂りつつ、低カロリーで満腹感を味わえる一品となっております。ほかにも、馬肉と蒟蒻の刺身、ローカロチーズケーキなど、各種レシピをとりそろえてきました」
読みやすくカードにしたレシピを、ジェラルドが取り出した。
写真入りで、見るからにうまそうだ。
「あら。意外とイケそう」と、幸子。
「私からは、低カロリーのお菓子を提案いたしましょう」
グリムロックが提案したのは、豆腐やおからを使った菓子だった。
洋菓子と比べて地味な和菓子だが、ヘルシーなのは事実。
しかし、幸子は今ひとつ乗り気にならない。
「ここは僕の出番ですね!」
礼信が胸を叩いた。
中華料理店『太狼酒楼』の末息子である彼は、料理に関して卓越した腕を持つ。今回は栄養士などの専門家からも意見を聞いており、ダイエット食のレシピは完璧だ。
「無理な食事制限でストレスを溜めては、失敗してしまいます。量を極端に減らさず、低カロリーの食材に切り替えて総カロリーを減らすのが、僕の考えたメニュー。これがレシピ帳です。姉様のために、一生懸命作りました。役に立つとうれしいです」
ニコッと笑ってノートを差し出す礼信。
その笑顔に、幸子は茫然自失状態だ。
が、次の瞬間。
「ダイエットメニューなんかいらない……あなたを食べさせてぇぇ!」
グワッと立ち上がり、幸子が礼信に襲いかかった。
「ええええッ!?」
悲鳴を上げて逃げる礼信。これはシャレにならない。
220kgのトドが、36kgの小学生にのしかかる……寸前。
「おちついてくださいねー?」
エリーゼのハリセンが、幸子の後頭部に命中した。
「……はっ!? あたしは今なにを!?」
我に返った幸子は、周囲をキョロキョロ見回した。
「あやうく警察沙汰になるところでしたよ?」と、エリーゼ。
「だって……その子がかわいいのがいけないのよ! かわいいは罪! 犯罪者はアタシじゃなくて、その子!」
「そんな無茶な」
さすがの礼信も、返す言葉がない。
しかし、幸子が正真正銘ショタコンだということはこれで明らかになった。
千歳がキラリと目を光らせて、幸子に耳打ちする。
「どうっすか。いまなら50kg減量ごとに、あのショタッ子2人から『ごほうび』がもらえるっすよ?」
「ご、ごほうび……!?」
ごくりと喉を鳴らしながら礼信と明日夢を見つめる幸子は、獲物を狙う肉食獣のようだ。
「それだけじゃないっす。ダイエットすれば、毎日あの2人と会えるっすよ?」
「ほ、本当……?」
幸子の問いに、礼信がうなずく。
「はい。毎日は無理かもしれませんけど、できるだけ協力するつもりです」
「一人暮らしで料理が難しいようでしたら、毎日僕たちが作って届けてもいいですよ」
明日夢も快く承諾した。
「じゃあ、すこし頑張ってみようかな……」
ようやく話がまとまった……と思われたところで、乱入してきたのは歌音。
「決まりですね。ではまず、あたしの手作り弁当をどうぞ!」
もちろん歌音に料理などできやしない。
弁当箱から出てきたのは、カース・マルツゥ(蛆虫チーズ)と、アヒルのホビロン(孵化寸前の雛)。そして熊の手。
「なにコレ……」
ウジ虫チーズのインパクトは絶大で、幸子は鳥肌を立てながら絶句した。
「ゲテモノダイエットです。さぁどうぞ、お姉様!」
「無理無理!」
「そう言わずに。食べてみればおいしいですよ。はい、あーん」
チーズをちぎって幸子の口元へ持っていく歌音。
ウジ虫がポタポタ落ちて蠢いているのが、えらくグロい。
「ちょ、やめて!」
「ああ……イヤがるお姉様も魅力的……」
頬を赤らめながら蛆虫チーズを押しつける歌音。
その直後。ふたたび禁呪が炸裂して、ふたりは吹っ飛んだ。
「……一応話はついたんだよね、これ」
ばったり倒れた幸子と歌音を見下ろしながら、だれにともなくジェラルドが問いかけた。
「依頼としては、これで成功かな……?」
グリムロックは、どこか不安げだ。
「計画どおり! ですね!」と、エリーゼが微笑む。
「まさか、こんなにヒールを使うとは……」
溜め息をつきながら、礼信はおねーさん二人を介抱するのだった。
「話がまとまったところで、さっそくフィットネスクラブまで走ってみませんか?」
ユウの提案に、幸子は「えー?」と不満げな声を返した。
「気持ちはわかりますが、ダイエットで重要なのは適度な食事と適度な運動。撃退士という危険な仕事に就いている以上、体重の悪影響で命を落とす可能性もあります。健康な体をとりもどして、安全快適な撃退士ライフを送りましょう」
「いつ死ぬかわからないからこそ、好きなだけ飲み食いしたいのに」
「死んでしまったら、かわいい男の子と遊ぶこともできませんよ?」
「それはまぁ……」
「行きましょうよ。男子チームも一緒に走りますから」
「そ、そうなの? じゃあちょっとだけ走ろうかな」
いいように転がされる幸子だが、もし小学生2人が依頼に参加してなかったらと考えると恐ろしい。
フィットネスクラブまでのランニングでは、礼信が押し倒されたり、エリーゼと幸子のバトルが始まったり、禁呪が発動したりと色々あったが、ともあれ全員生きてたどりついた。
「せっかくですし、みんなで運動しませんか? 心配しなくても皆さんの予約も入れてあります。いい汗を流しましょう」
ユウの誘いを受けて、幸子は再び「えー?」と言った。
「運動しましょうよ。男の子たちも一緒に体験入会しますから」
「じゃあちょっとだけ……」
礼信と明日夢をフル活用するユウ。トレーナーには出来るだけ童顔の男を選ぶという入念さで、ぬかりなし。
「こんなところ初めだけど、なにがあるの?」
幸子の問いに、ユウはパンフを見ながら答える。
「色々ありますよ。ランニングマシン、エアロバイク、ダンススタジオ、ゴルフレンジ、温水プール……」
「プール!?」
「そこに食いつくんですか?」
「当然でしょ! あの子たちの水着姿が拝めるのよ!」
ビシッと小学生2人を指差す幸子。
周囲からの視線が痛い。
「まぁ水泳はダイエットに最適ですから、止める理由はありませんが……」
チラリと小学生たちのほうを見るユウ。
これまた予想外の流れだが、ここまで来たらやるしかない。
礼信と明日夢は顔を見合わせてうなずき、「行きましょう、お姉さん」と声をそろえた。
そうして撃退士たちは、全員プールへ行くことに。
数分後。サーフパンツ姿の礼信と明日夢を見た幸子は、鼻血を噴いて失神KO。失血ダイエットで相当量の体重を落とすことに成功したのであった。
こうして気持ちよく汗と血を流した撃退士たちは、幸子の会社に戻ってきた。
社員食堂の厨房を借りて、ダイエットメニューの数々がテーブルに並べられてゆく。
「さぁどうぞ。お姉さんのために、僕たちが作りました」
明日夢が出したのは、芋羊羹と唐揚げ。
「この羊羹は固めるのに寒天使ってるんですよ。唐揚げは鶏肉じゃなくて大豆ミートです」
「大豆……? そんなの肉の味になるわけないじゃん」
「まぁ試してみてください」
「だって大豆は大豆で……ぇぇえ!? ……これ本当に大豆なの!? 嘘でしょ!?」
一口食べたとたん、態度が豹変する幸子。
実際、最近の大豆肉はよく出来ている。
「気に入ってくれましたか?」と、明日夢。
「くやしいけど、これはおいしいわね……。大豆おそるべし……」
「僕は中華を作りました」
礼信が持ってきたのは、中華フルコース。
ただし、肉類は味が落ちない程度に湯通しして脂を抜いてあり、餃子や春巻きは海藻や春雨を使ってカロリーをおさえてある。
「中華料理というと、脂っこいとか太りやすいとかのイメージがありますから、これは僕にとっても勉強になりましたね」
「うんうん。さすが礼信君。どれもおいしいよ。これは愛だね!」
勝手なことを言いつつ、食べまくる幸子。
その隣では、なぜかエリーゼが一緒になって食べている。
「おいしいですねぇ。運動したあとですから、とくに。ああ、五臓六腑に染みわたるようですわ……」
肩こり解消のため一緒にダイエットしようと考えていたエリーゼだが、この様子ではそれどころではない。
「ずるいっす! ウチも食べるっすよ!」
そう言って、千歳も乱入。
「せっかくなので、私もいただきますね」
ユウも料理に手を出した。
そんな彼女たちをよそに、歌音は持参したゲテモノを食べている。おいしいものは受け付けない体質なのだ。
そこへ、ジェラルドが何皿か持ってきた。
カードにまとめたレシピどおりの料理だ。
「だれでも簡単に作れて美味しいレシピです☆思い出とともに、ご自宅でも作ってみてね♪」
負けじと、グリムロックもスイーツを運んでくる。
「つらいばかりでは頑張るのも大変だからな。これで少しは癒されてくれると良いのだが」
心配そうに言うグリムロックだが、笑顔で食べまくる女性陣を見れば癒やされているのは間違いなかった。
あらためて冷静に状況を見れば、みごとなほど真っ二つに、男性陣が調理班、女性陣が食事班に分かれている。これからは肉食女子の時代なのかもしれない。
ともあれ、依頼は成功に終わった。
「……うん。ウチに余分な脂肪はない!」
誇らしげに言いながら、千歳はおなかをポンポンしつつ芋羊羹をかじるのであった。
さて、その後。
礼信と明日夢は、交代で食事をとどけることに。
歌音は時折様子を見に行って、百合襲撃やゲテモノで走らせるのを忘れなかった。
しかし、一番アフターフォローが充実していたのは千歳だ。
なんせ、夜中は遁甲の術を使って監視。幸子が隠れて酒を飲もうとすれば、捕縛して強奪。さらには小学生組をエサにして、ダイエットをやめさせないという徹底ぶり。
「忍者の目からは逃げられないっすよー」
闇から響く千歳の声は、夜ごと幸子を震え上がらせた。
そんな千歳の働きで、幸子はダイエットをやめることができず、着実に減量していった。いずれは、50kg、100kgと減っていくだろう。
そのときどういう『ごほうび』がプレゼントされるのか──
それだけをたのしみにして、幸子は今日も頑張り続けている。