年の瀬も迫る12月。
学園某所で、不毛な戦いが始まろうとしていた。
「粉もん最強決定戦開幕じゃ! 料理の解説なら、わらわに任せておけぃ! パンフによると、17軒の屋台が出ておるのじゃ。さて、どこから攻めようかのう」
バドガールみたいなチューブトップ・スタイルでマイクを握るのは、Beatrice(
jb3348)
それを背後から突き飛ばして、最上憐(
jb1522)が『高速機動』で走っていった。
「……ん。食べ放題は。戦争。一秒も。一刻も。一瞬も。無駄には。できない」
初手からアクセル全開の憐は、すべてを食い尽くさんばかりの勢いだ。
彼女の異次元胃袋を知る者たちの間に、戦慄が走る。
これをチャンスと見て、チョッパー卍が呼びかけた。
「おい、俺の焼きそばを食ってけ!」
「……ん。カレー焼きそばは。ある?」
「はっはー! こんなこともあろうかと、カレーは用意済み!」
なんという狙い撃ち。卑劣すぎる。
出てきたのは、会津風カレー焼きそばだ。
それを瞬時に飲み干して、憐が要求する。
「……ん。なかなかの。美味。おかわり。大急ぎで。特急で。ダッシュで。大盛りで。特盛りで。メガ盛りで」
「よっしゃ!」
勝ち誇る卍だが、勝負は『売り上げ数』で決まるため、メガ盛りとか売っても意味なかった。この時点で、彼の優勝は消えたのである。
「早くも勝敗が決したようですね」
九鬼麗司は、ライバルが自滅するのを見て肩をすくめた。
「どっちにしろ、麗司はんの相手やなかったと思いまっせ」
当然のように言うのは、黄秀永(
jb5504)
大阪育ちの彼は筋金入りのタコ焼き愛好家で、今日は麗司の手足となって働いている。このイベントが決まった直後、本物のタコ焼き師に出会った感動のあまり弟子入りしてしまったのだ。
「にしても、さすがの技でんなぁ。両手に千枚通しとは」
秀永の言うとおり、麗司は千枚通し二刀流の圧倒的な速度で、タコ焼きを大量生産していた。しかも、1個単位でバラ売りしている。売れた数で競うというルール上、これは強い。
「タコ焼き最強。そんなのは当たり前です。味のわかる方なら当然の帰結です」
真剣な顔で、黒井明斗(
jb0525)が断言した。
熱烈なタコ焼き派の彼もまた、麗司を支援している。
明斗が提案したのは、イイダコ1匹をまるごと使った巨大タコ焼き。
「タコ焼きは確かに素晴らしいですが、残念ながら若い学生には質より量の方が多いのです」
明斗の言うとおり、巨大タコ焼きも飛ぶように売れていた。
丹念に下処理されたイイダコは、歯ごたえ十分。山芋入りの生地は極上の焼き上がりで、軽い食感を生み出している。
「みごとですね。タコ丸ごと焼きは火加減が難しいのですが、これは完璧です。まさにタコ焼き愛の成せる技」
麗司が賞賛した。
一見冗談としか思えないが、イイダコ丸ごと焼きは実在するので要注意だ。
「ノーマルたこ焼きと丸ごとタコ焼きで、優勝をめざすのです」
明斗は本気だった。その気合いは、天魔退治のとき以上だ。
「せや。タコ焼き最強やで!」
秀永も、麗司を手伝いながら全力でタコ焼きを食べていた。
タコ焼きという時点で有利なのに3人がかりで挑むのだから、負けようがない。
そこへ、藤堂猛流(
jb7225)がやってきた。
昨日の昼から何も口にしてない彼は、いま究極のハラヘリスト。
おかずのおにぎり(!?)も用意して、戦闘準備は完璧だ。
「これが噂のタコ焼きか。いただきます、っと」
タコ焼きをおかずに……ではなく、おにぎりをおかずにタコ焼きを食べる猛流。
「これは確かに、うまいな」
「丸ごとタコ焼きもどうぞ」と、明斗。
「見た目がアレだが、これも案外うまいな」
うんうんと納得しながら、猛流はハイペースでタコ焼きを食べ続けた。
その後ろから「ニャハハハ〜♪」と笑いながら走ってきたのは、アヤカ(
jb2800)
「カレー焼きそばおいしかったニャ。騒動の発端になったタコ焼きと、食べくらべニャ〜」
ひょいっとタコ焼きをほおばって、アヤカは数秒考えこんだ。
「ん〜。優劣つけがたいニャね〜」
「よぉ味わってや! このタコ焼きは、そこらのタコ焼きと別もんやで!」
秀永が声を張り上げた。
「でも、焼きそばも美味だったのニャ〜」
「せやったら、しゃあないな。麗司はんがライバルと認めるだけあるっちゅうことか」
「そういうことニャ〜。さぁ次のお店に行くニャよ〜」
けらけら笑いながら、アヤカは闇の翼で舞い上がった。
「ほう。これがタコ焼き師。そのワザマエ、見せてもらうのじゃ!」
入れ替わりにやってきたのは、Beatrice。
バドガール姿でタコ焼きを食べる図は、かなりシュールだ。
「うむ。良い仕事をしておる。わらわの舌を満足させるとは、なかなかじゃ」
「ありがとうございます」
麗司が頭を下げた。
「バラ売りで数を稼ぐとはセコい手じゃが、好きな数だけ食べられるのは良いのう。この様子じゃと、優勝は決まったようなものじゃな」
「まだわかりませんよ? タコ焼きの牙城を崩す屋台が、どこかにあるかもしれません」
「油断はせんというわけか。さすがじゃの」
「そう! タコ焼きはあたしが倒す!」
ビシッと指を突きつけたのは、なぜか水着姿の歌音テンペスト(
jb5186)
しかも彼女が選んだのは、タコ焼きだ。
「料理は愛情ォォ!」
絶叫しながら、生きたままのタコに小麦粉をぶっかけて火炎放射器で火炙りにする歌音。焼き上がったタコは胸(Gカップ)に挟んで、男性客にアピール。愛情満点なうえに冷めにくいと良いことずくめだが、熱くないのか。あと、Gって嘘だろ絶対。別の意味のGならわかるが。
しかし歌音は、そんなツッコミなど無視して焼きダコを押し売りする。
「1個でいいから買ってぇ〜ん♪」
甘い声で女性に迫りつつ、口に焼きダコをくわえる歌音。こんなポッキィゲームはイヤだ。
「きゃあああ!」
貞操の危機を感じて逃げる女性客。
追いかける歌音。
そこへ、佐渡乃明日羽が立ちふさがった。
「ひさしぶりだね? 私が遊んであげようか?」
「お、お姉様!?」
貞操の危機を覚えて立ちすくむ歌音。
「ちょうどオモチャもあるし……ね?」
明日羽は生きているタコを手に取ると、歌音の○○に××!
「アッーー!」
あとは、ご想像におまかせします。
「フェリチタ出張開店だよ!」
大にぎわいの中、柳田漆(
jb5117)はピザトーストを売っていた。
8枚切りの食パンに、チーズとトマトソース、サラミにピーマンをトッピングして、オーブンで焼いたものである。
オーブンから漂う香ばしい香りは、客を引きつけずにおかない。
天使の微笑&友達汁で、印象もバッチリだ。
「硬さでフランスパンに負けたけど、味ならダントツ勝利だ!」
それはまぁ、ただのフランスパンではピザトーストに勝てないだろう。
実際よく売れている。サービスの珈琲も好評だ。ふだんからカフェを切り盛りしているだけあって、接客も完璧。
「いける……! これは優勝も夢じゃない!」
パン戦争のリベンジを果たそうと、漆は必死だった。生パンの恐怖はまだ脳裏にこびりついているが、ここはプロ根性を見せるとき。もっとも、生パン事件の張本人はタコ触手プレイで気絶しているので爆発オチの心配はない。
「おっと、こんなところで会うとはな」
屋台フェリチタに、猛流が訪れた。
漆とは、知らない仲ではない。というより、かなり親しい間柄だ。
「いらっしゃい。ピザトースト、食べてく?」
クスッと笑いながら、漆が問いかけた。
「ああ。うまいピザトーストだったらな」
猛流はニヤリと笑い返した。
「知ってのとおり、味には自信があるんだ」
「じゃあ、何に自信がないんだ?」
「硬さだよ」
「なんだそりゃ」
「話せば長くなる」
そうして、男ふたりの取り留めない会話が始まった。
せっかくなんで、たこ焼きvs焼きそばバトルを盛り上げるために、俺も屋台出してみっか。
と、軽いノリで参加したのは英御郁(
ja0510)
売るのは、ベーコンエッグケーキだ。ホットケーキ生地を厚めに焼いて、ベーコンと目玉焼きをサンドした代物。蜂蜜を練り込んだホットケーキの甘さと、ベーコンエッグのしょっぱさのコラボが、意外とイケる。
「……ん。これは。なかなか。ベーコンと。玉子と。ホットケーキの。いわゆる。三重奏」
憐が、破滅的な勢いで食っていた。
早くも卍の店をつぶした彼女だが、その勢いはとどまるところを知らない。
「……ん。遅い。できたら。直接。口に。入れて」
「こいつぁ、とんでもないコトになってきやがった……」
前代未聞の大食漢を前にして、御郁は冷や汗をかくしかなかった。
「滋賀県名物(嘘)ヘビーカステラ、いかがですかー」
飄々とした顔で呼び込みしているのは、間下慈(
jb2391)
扱う商品は、叔母が考案したお菓子だ。ベビーカステラと味やサイズは同じだが、『一個で長く楽しめるように』という考えから生地を圧縮して、1個3トンという脅威のコストパフォーマンスを成功させた代物である。
その名も、ヘヴィィ!カステラァァ!
放射性物質的な密度だが、コメディだからノープロブレム!
「どうですかー。ボリューム満点ですよー」
恐ろしい物質を、平然と売りつけようとする慈。
ちなみに1個150円だ。コストパフォーマンスとかいう次元を超えている。
そこへ、ひとりの犠牲者(客)がやってきた。矢吹亜矢である。最近こんな役ばかりだ。
「どうですか、ヘビーカステラ。滋賀県では祭りの定番ですよ」
どこの滋賀県かというほどの嘘である。
「じゃ、ひとつもらうよ」
「毎度! おいしくて顎が外れちゃうから、一口で食べないでくださいよ? 絶対に一口で食べないでくださいよ?」
定番の『フリ』を決めて、ヘビーカステラを手渡す慈。
その直後、亜矢は右肩を脱臼して地面にスッ転がった。
……うん、そうなるよね。
「ふ……。一番の粉物は、お好み焼きに決まっている!」
鳳静矢(
ja3856)は、妻の蒼姫(
ja3762)とともに参加していた。
お好み焼き至上主義者の静矢は、いつにも増して本気だ。なんせ、プレイングの9割がお好み焼きのレシピ!
「これは戦いだ。敗北は許されない。……タネは、小麦粉にキャベツと山芋のすりおろしを混ぜたもの。山芋を多めに入れることで、よりふっくらと……!」
「鳳流お好み焼き、出撃なのですよ☆」
蒼姫もノリノリだった。
「よし、鉄板も温まった。行くぞ。まずは豚肉だ!」
静矢の手から豚肉スライスが華麗に放たれ、鉄板で白煙を上げた。
肉から染み出た脂を鉄板に広げ、すかさずタネを投下。
ジュワァアア……と心地良い音が響き、肉と脂と小麦粉の匂いが立ちのぼる。
片面が固まったところで、素早くターンオーバー!
上を向いた豚肉はカリッと焼けて、見るからにうまそうだ。
「ここで、固まった面を軽く刺して空気穴を作るのがコツだ。これによって空気がほどよく抜け、ソースが染みこむようになる。まさに一石二鳥。ルインズ最強」
なにか関係ないことを口走りながら、お好み焼きにプスプス穴をあける静矢。
「よし、焼き上がりだ。蒼姫、たのんだぞ!」
「はい!」
お好み焼きが宙を舞い、蒼姫の前に。
まずはソースをたっぷり。次に、自家製明太子マヨネーズをビーム状に飛ばして格子模様を描く。とろけるチーズをのせて、鰹節と青のりを降らせれば完成!
「マヨネーズに明太子を混ぜるのが、鳳流なのですよ! ソースは辛めが決め手でっす☆」
素敵に微笑む蒼姫。
そのタイミングを見計らっていたかのように、Beatriceが走ってきた。
「ひとつ所望なのじゃ」
「はぁい。少々おまちをですよ」
蒼姫はヘラでお好み焼きを切り分けると、パックに入れて手渡した。
「はい、どうぞですよ☆」
「どれどれ」
パックを開けると、ソースの匂いが広がった。
鰹節が踊り、青のりが磯の香りを漂わせる。
たまらんという顔で、Beatriceは豪快に一口。
「むう。これはみごとな一品じゃ。まさに粉モノの王と言えよう」
大絶賛である。
「ニャハッ。これまた美味ニャ〜」
アヤカも、いつのまにかお好み焼きをゲットして舌鼓を打っていた。
「これでビールがあれば最高なんニャが……」
気持ちはわかるが、ビールの屋台はなかった。
『小麦粉でビールを造る!』とか言われたらどうしようかと思っていたが、セーフ。
「焼きそばもタコ焼きもB級グルメとしては優れていますけど、粉食ならば点心を忘れてもらっては困りますね」
中華料理店『太狼酒楼』の末息子、楊礼信(
jb3855)の選んだ料理は生煎饅頭だ。
まず用意するのは、しっかりと練って発酵させた生地。
次に、豚挽肉、ネギ、煮こごりスープを混ぜて下味をつけた餡。
生地は手頃なサイズに等分して麺棒で伸ばし、餡をつつんで平鍋へ。
中華料理らしい豪快な鍋捌きに、行き交う客の足が止まる。
「名手と言われる父さんの名にかけて……この勝負、勝たせていただきます!」
礼信もまた、優勝を勝ち取らんとする実力者だった。純粋に料理の腕前だけを見るなら、参加者の中でもトップレベルだろう。
「普通の包子とは違う、蒸し焼きすることに依るカリッとした食感と、小籠包並みの肉汁が織りなす珠玉のハーモニー、とくとご賞味あれ!」
これまた、みごとな売れ行きだ。
とくに一部ショタコンの女性客には大人気である。
「売れると良いのですが……」
少々不安げに屋台をかまえるのは、雫(
ja1894)
彼女が選んだのも、饅頭だ。
ただし、中華ではない。和風の饅頭である。
「色々な味があるので、見ていってください」
雫の言うとおり、種類は豊富だった。
小倉、クリーム、ずんだといった定番から、ゆず、栗、チョコまである。
「いまなら、サービスでほうじ茶つきです」
良いサービスだ。甘い饅頭と、ほうじ茶。最強タッグである。
屋台の前に置かれた大きな蒸し器がシュンシュンと煙を噴き上げ、あたりには饅頭をかじりながら茶をすする客が群れている。この一角だけ、温泉街の饅頭屋みたいな雰囲気だ。
が、そんな平和な光景は長続きしない。
「箸休めに、おひとつどうでしょうか?」
雫が笑顔で差し出したのは、殺人ハバネロ饅頭。
それをたまたま口にしてしまった亜矢は、火を噴いて倒れた。
「こんな役ばっかり……」
17軒の屋台が並ぶ中。1軒だけ、異様な屋台があった。
なにしろ、外観はSFロボットアニメみたいなコックピット状。中に入れば薄暗く、あちこちに極薄ディスプレイや計器類が配置されている。自作のBGMもクールかつスマートで、足を踏み入れた瞬間トリップした感覚に陥るほど。
とても屋台とは思えないサイバー空間だが、売っているのはカップケーキだ。
水竹水簾(
jb3042)と水竹若葉(
jb7685)の店である。
ふたりは血のつながった姉妹だが、どちらもその事実に気付いてない。今日は、たまたま利害が一致したのでタッグを組んだ形だ。
調理担当は水簾。若葉はデコレーションに腕をふるっている。
「そういうこまかい作業をさせると、さすがだな」
感心したように言いながら、水簾が若葉の手元をのぞきこんだ。
「こんなのは、慣れだよ。慣れ」
「だが料理には慣れない、と」
「それを言うな……」
若葉は小さく溜め息をついた。彼女の料理下手といったら殺人級で、以前作ったケーキなど正体不明のダークマターと化したほどなのだ。
「まぁ、適材適所という言葉もある。こうして役割分担できるのは良いことだ」
そう言って、水簾は焼き上がったカップケーキをオーブンから取り出した。
いま出来たのは、カボチャとニンジンのカップケーキだ。野菜が苦手な人にも食べやすいよう、シナモンとラムを効かせてある。ヘルシー志向で砂糖は控えめだが、野菜自体の甘さをうまく引き出していてスイーツとしては申し分ない。
「適材適所ね……。自分としては、好きなことをしてるだけなんだが」
しゃべっている間も、若葉の手は動きを止めない。
一見クールな彼女の指先から作られるマジパン細工は、アニメやボカロのキャラばかりである。
そう、若葉はクール系オタなのだ。
「こっちも、ケーキ作りは好きなんでね。まぁ、この調子で閉店までよろしく」
「こちらこそ」
さめた表情で言葉をかわす二人は、しかし妙に息が合っていた。
もう一組の姉妹、水無月葵(
ja0968)と水無月沙羅(
ja0670)は、クレープの屋台を出していた。
食べ放題でおなかいっぱいの客が多かろうと考えて、カロリーは控えめ。定番のイチゴチョコやバナナカスタードからツナマヨやカレーまで、充実の品揃えだ。
こちらの姉妹は、どちらも料理の腕に長けている。とくに姉の葵は天才的な料理センスを誇るが、今日クレープを焼いているのは沙羅のほうだった。
「クレープの主役は果物でもクリームでも、ましてやカレーでもありません。……そう、主役は生地。大地の恵みである小麦の旨さを引き出すことが肝要なのです」
小麦の味を強調するため、沙羅は全粒粉で生地を作っていた。卵と牛乳、バターだけの、シンプルな生地だ。焼き上げられたクレープは、まさに大地の恵みそのものといった芳醇な香りを放っている。
「おみごとです、沙羅さん」
淡々とクレープを作る妹をひっそり応援しながら、葵は売り子として頑張っていた。客足の合間を縫ってお茶を淹れ、無料で配るのも忘れない。寒さのせいで、温かいお茶は好評だ。
妹思いの葵は、沙羅に喜んでもらおうと本気で優勝を狙っていた。
無論、いちばん大切なのは『お客様に喜んでいただくこと』だ。その上で、優勝もいただく。このクレープの完成度ならば、狙えないこともない。
「いらっしゃいませー。クレープはいかがですかー?」
すこしでも妹をサポートできるように立ちまわりながらも、葵は微笑みを絶やさなかった。クレープの香りよりも、お茶の温かさよりも、その微笑こそが最大の集客効果になっているのを、葵は知らなかった。
水無月姉妹の店から離れたところで、ソーニャ(
jb2649)もクレープ屋を開いていた。
猫カフェとメイド喫茶での経験を生かしたサービスで、客寄せは完璧!
まずは、屋台の横に設置された『猫ふれあいスペース』
先輩ニャンコに協力してもらい、なでもふ自由というサービスだ。
猫専用の小さいクレープも販売し、トッピングにはキウィを使用。和名でオニマタタビとも呼ばれるキウィは、猫を酔っぱらわせるのだ。
カリスマ猫たるソーニャは、当然つまみ食いをするに決まっている。
そして、酔っぱらうに決まっている。
「あ、お姉さま。お口にクリームが付いてますよ?」
マタタビでヘロヘロになりながら、客にキスしようとするソーニャ。最近おかしな方向に目覚めてしまった彼女は、マタタビで酔っぱらうと本性が出てしまうのだ。
だが、そこへ。すべての張本人とも言える佐渡乃明日羽がやってきた。
「ひさしぶりだね?」
うっすら微笑む明日羽の手には、生きたままのタコが一匹。
「……!?」
予想外の客に、ソーニャは言葉を失った。
「クレープの具にタコって使えるかな……? それとも別の使いかたのほうがいい?」
「あ、あの。その……」
すっかり酔いも吹っ飛んで、ソーニャはうろたえるばかりだった。
「さて。売り上げはともかく、みんな満足してくれるかな?」
佐藤としお(
ja2489)は、ヒロッタ・カーストン(
jb6175)と組んで、ラーメン屋を運営していた。
なんせ食べ放題なので、大勢の客が来るのは明白。まえもってスープやトッピングを仕込んでおくのは忘れない。
「待たせてしまっては台無しだからね♪」
極上スマイルで、やたらと張り切るとしお。
一方のヒロッタは、見るからにやる気なさそうである。
「なんでまた、こんなことに……」
としおに誘われて無理やり参加させられたのだろうか。事情は不明だが、とにかく両者の様子には雲泥の差があった。
「さぁ、いざ開店! うまいの早いの、やっすいの〜♪」
牛丼の歌を口ずさみながら、ラーメンの屋台をオープンするとしお。
ヒロッタは肩を落としながらも、しかたないと割り切って接客することに。
しかし、店を開けたとたん、客が一斉に押し寄せてきた。
なぜかといえば、甘味系の屋台が多い反面、がっつり食べられる店は少なかったのだ。しかも、ラーメンである。客が集まらないわけがない。
「これは予想以上……っ!」
としおが、うれしい悲鳴を上げた。
「これをさばくんですか。そうですか。……あ、すいません。もう少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
なんだかんだでキッチリと対応するヒロッタ。
屋台が客に囲まれて見えなくなってしまうまで、5分とかからなかった。
「材料も道具も、ぜーんぶ向こう持ち……同じ九鬼でも違うもんだなぁ……」
唖然としたように周囲を眺めながら、九鬼龍磨(
jb8028)は天ぷらを揚げていた。
『感知』で、火加減確認!
『物理防御上昇』で、油はね対策!
『高速機動』で、天ぷら量産!
地味にスキルを使いながら、揚げて揚げて揚げまくる!
パックに詰め放題という、バイキング形式の天ぷら屋だ。
やる気十分だが、あまり勝つ気はない。屋台勝負を口実に天ぷらを食いまくるのが、龍磨の目的なのだ。
「こうやって揚げながら食べるのが、一番おいしいんだよね」
My箸を持参して、炊飯器には炊きたてごはんまで用意してある。
天ぷらのタネは、エビ、イカ、キス、ナスにシイタケ、かき揚げと、隙なしだ。あとは酒を持ってくればMVPだった。
「この学園じゃ、頻繁にこんなイベントやってんのかね。うーん、撃退士になって良かったなぁ」
うまそうに天ぷらをつまみ、ごはんをほおばる龍磨。
常人の3倍は食べてるが、まだまだ余裕そうだ。
っていうか、仕事しろ。
「ケーキ作り放題です♪」
にぱーっと笑顔をふりまきながら、江沢怕遊(
jb6968)はスポンジケーキを焼いていた。
通常のケーキでは食べ歩き不可能なので、シロップやリキュールで味付けしたスポンジの間にフルーツや生クリームをサンドする形にしてある。これなら、歩きながらでもスムーズに食べられる。
お菓子作りにはちょっと自信のある怕遊。今日は本気で勝ちに行っている。
実際、売れ行きは上々だ。
が、目の前には甘いものがいっぱい。スイーツのために天界を捨ててしまった過去を持つ怕遊にとっては、自制心と忍耐力が求められる究極の試練場である。
無論、そんなことに屈する怕遊では……
「これは味見! 味見なのです!」
そう、これは味見! 怕遊は屈してないぞ! 口のまわりをクリームだらけにしてケーキを貪り喰っているが、だんじて味見! 味見と言ったら味見なんだ! 最初から『味見』する気満々で大量の具材を用意してあったようにも見えるけど、だれが何と言おうと味見なんだ!
「ふわぁぁ……味見最高なのですぅぅ……♪」
とろける笑顔でケーキを満喫する怕遊。
やってることは、となりの天ぷら屋と同じだ。
仕事しろ。
「僕にはメシマズ国……もとい、大英帝国の血が半分流れている……」
忌まわしげに拳を震わせるのは、ジェンティアン・砂原(
jb7192)
たしかに英国の料理は世界的にもアレだが、中にはうまい料理もある。ローストビーフとか、紅茶とか、カレーとか。マフィンやスコーンも悪くない。一番マシなのはマックだ。
というわけで、ジェンティアンが提供するのはスコーンだった。
英国の伝統的な粉モンと言えよう。クロテッドクリームやジャム、またはハムやチーズをはさんで食べるのが常だ。
──そう、『 は さ む 』のだ!
たこ焼きだろうが焼きそばだろうが、なんでもかんでもはさむ!
たこ焼きスコーン、焼きそばスコーンの完成だ!
最後にスコーンと名がつけば、それは何でもスコーン!
覇権主義時代の英国みたいな主張だが、言ってることは間違ってない(え?
「そこのレディ、エレガントな粉モンはいかがかな?」
ジェンティアンが売ろうとしているのは、エビ天スコーン。饅頭スコーン。ラーメンスコーン。
どう見ても、エレガントさのカケラもない。
おお、ジェンティアンよ。なぜこんなキャラに……。
ともあれ。
そんな風にして、屋台バトルの一日は過ぎていった。
売り上げ数は、2位以下に10倍以上の差をつけてタコ焼きがリード。
そりゃまぁ、最初から一方的なルールなので仕方ない。
「当然の流れですね」
途中経過を見て、無駄にイケメンスマイルで勝ち誇る麗司。
「タコ焼き最強。言うまでもないことですよ」
ふっ、と微笑するのは明斗。
「せや、タコ焼き最強、タコ焼き師最強やで!」
秀永も、完全に勝った気でいる。
「タ、タコが襲ってくるぅぅぅ……」
対立タコ焼き派の歌音は、全身デロデロになって路上に倒れていた。まさか屋台バトルでこんな目に遭うとは。
「まってください」
すっかり祝勝会気分でいるタコ焼きチームのもとへ、沙羅がやってきた。
「3年間修行したとの噂ですが、その程度でタコ焼きを極めたと思うのは間違いです。料理の道に終わりなし。それをお見せしましょう」
沙羅は華麗な身ごなしでタコ焼きプレートを跳び越えると、千枚通しを手にしてタコ焼きを作りはじめた。
「これはこれは。相当な腕前ですね」と、麗司。
「料理に関しては、長年研鑽しましたからね。3年程度の修行で慢心してはいけませんよ」
じきに完成したタコ焼きは、ふっくら黄金色の完璧な焼き上がり。
一口食べて、麗司が言う。
「みごとですね。あなたなら、すぐにでもタコ焼き師の資格を取れるかもしれません。……ところで、私のタコ焼きも食べてみませんか?」
「では、いただきましょう」
言われるままに、沙羅はタコ焼きを口へ運んだ。
そして絶句する。
「こ、これは……! とても3年の修行で身につけたスキルとは思えません……!」
「こう見えても、私は大阪出身でして。タコ焼きは3歳のころから作ってるんですよ」
「お、大阪国民恐るべし……」
沙羅はガクリと崩れ落ちた。
「さて、屋台バトルもいよいよ終盤じゃ! トップは明らかじゃが、はたして2位は!?」
だれにともなく実況しながら、Beatriceはカップケーキをモグモグしていた。
日も暮れだして、食材の尽きた屋台がいくつか店を畳んでいる。だいたいは、憐の標的になった店だ。
「……ん。まだまだ。戦争は。終わらない」
天ぷら饅頭スコーンを左手に、お好み焼きクレープを右手に。頭にはラーメンドンブリを乗せて、憐は屋台の間を駆けまわっていた。
「……バケモンだな、ありゃ」
あっけにとられながら、御郁はタコ焼きを食べていた。
外はカリッと、中はフワッと。完璧なタコ焼きである。
「こりゃ確かにうめぇな。免許皆伝とかいうのも納得だ。……しかし、焼きそばが売り切れとはな。せっかくだから、俺の舌でジャッジしてみたかったぜ」
残念そうに呟く御郁。
卍の焼きそば屋は一番最初に潰されてしまったので、仕方ない。
「やっぱ、シメはお好み焼きだよな」
当然のように言いながら、猛流は漆と一緒に鳳夫妻の店へやってきた。
ちなみに猛流は他の全商品を制覇しており、お好み焼きでコンプリートである。
「僕としては、シメはエスプレッソがいいなぁ」と、漆が応えた。
「お好み焼き屋にあることを祈ろう」
「そこにコーヒーはないと思うよ。普通に考えて」
そんな二人を、蒼姫が出迎えた。
「いらっしゃいませですよ☆」
「最初に言っておくが、コーヒーはないぞ」
静矢がいきなり釘を刺した。その手は休まず動きつづけて、お好み焼きを作っている。無駄のない手さばきは、まるで機械のようだ。
「そうか……残念だったな。まぁ、そのぶん思いきりお好み焼きを食べようぜ」
猛流は漆の肩をポンと叩いた。
「ないのは最初からわかっていたよ……」
「はい。おまちどおさまです!」
コントめいた会話をかわす猛流と漆の手元へ、蒼姫がお好み焼きを渡した。
「こいつぁうまそうだ。いただきます、っと」
猛流は、おにぎりをおかずにしてお好み焼きを食べはじめた。
「すごい食べかたをするなぁ」と、漆。
「おにぎりはおかずだ」
「え……? 逆じゃないの?」
「いいや、逆じゃない。ごはんはおかず。粉モンは主食だ!」
力強く断言する猛流の目は、キラキラと輝いていた。
やがて完全に日が落ちて、閉幕の時刻が訪れた。
「屋台バトル終了じゃ〜。みな、おつかれじゃぞ」
雫のチーズ饅頭をパクつきながら、Beatriceがマイク片手に宣言した。
「さて、優勝は……わかりきってるとおり、タコ焼きチームじゃ! しかしバラ売りで数をかせぐとは、反則くさいのう……」
「反則とは心外ですね。最初に言いましたよ、売った数で勝負だと」
麗司は悪びれた風もない。
「この勝利に感謝します。アーメン」
明斗が胸の前で十字を切った。
「このぶんじゃ、パック単位で数えても優勝やったで。あっはっは」と、秀永が笑う。
「勝ち負けはどうでもいいのニャ〜。あたいは、おいしいモノいっぱい食べられて満足ニャ〜」
アヤカは、どこかで買ってきたビールを飲みながらタコ焼きをつまんでいた。
「な……っ!? ビールを持ちこむなんて、それこそ反則じゃないか? 僕も買ってくるぞ!」
3000久遠を握りしめて、ジェンティアンが購買へ走っていった。
「ちょ、まて! 俺も行くぞ!」
猛流も負けじと走りだす。
「まぁ付き合わないわけにもいかないよね」
やれやれとばかりに、漆が猛流のあとを追った。
「なにこれ。二次会が始まる空気? 乗らない手はないね!」
龍磨も酒を求めて走っていく。
「しようのない連中だな。行くぞ、蒼姫。二次会だ!」
「はい!」
静矢も蒼姫をつれて、酒を買いに。
こうして屋台バトルは幕を閉じ、あとは酒好きの連中が夜遅くまで勝手に酒盛りを繰り広げたのであった。