この日、CM作成のために8人の撃退士が集まった。
なぜか女性ばかりだが、これも草食系男子が増えたせいだろうか。
ともあれ、配役は以下のとおり。
一般人:ヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)
一般人:岡田百永(
jb8003)
撃退士:川澄文歌(
jb7507)
撃退士:保科梢(
jb7636)
悪魔:イオ(
jb2517)
店員:村上友里恵(
ja7260)
撮影:アヤカ(
jb2800)
焼肉:パルプンティ(
jb2761)
約一名よくわからない配役の人がいるが、気にせず進めよう。
「さっそく撮影に入るニャ。みんな、よろしくニャ〜☆」
業務用のビデオカメラを手に、アヤカは張り切っていた。
場所は、関西屈指の撮影スタジオ。どこにでもある、都会の路上風景だ。
エキストラの通行人が行き交う中、セレブ感ただよう5人の女子が現れた。
先頭に立っているのは、一般人役の百永とヴィーヴィル。
「今日の女子会、ランチは焼肉ですよ!」
銀色の髪をなびかせて、ヴィーヴィルが台本どおりのセリフを口にした。彼女のまとう高貴な雰囲気とは、かなりギャップのあるセリフだ。昼から焼肉というのも、わりと凄い。
「ええ、JOJO亭の焼肉! いいお肉ばかりなのに、ぜーんぶ290円なんですよね!」
百永も、グラビアアイドルらしく華やかな笑顔を振りまく。
「あら、その手に持っているのは……?」
「割引券です! JOJO亭では、女子だけで行くと『女子会クーポン』が使えちゃうんですよ!」
「まぁ、素敵! 女子会をやるならJOJO亭で決まりね!」
「はい! 女の子向けのメニューも豊富で、何回行ったって飽きませんからね!」
エキストラも含めて、5人の女子がワアッと盛り上がった。
わざとらしい会話にもほどがあるが、CMの台本なんて大体こんなものだ。
「はい、カットにゃ〜! 次のシーンに行くニャよ!」
なぜか、アヤカがメガホンを振りまわした。現場監督そっちのけである。
第2幕
女子会5人の前に、イオが壁をすりぬけて登場する。一目で天魔とわかる演出だ。
「そこな人間。手に持っているものを渡してもらおうか!」
「て、天魔!? 持っているものって、まさか……!?」
ハッと目を見開いて、百永は割引券を目の前に持ち上げた。
「そうじゃ! JOJO亭のクーポン券を渡せと言っておるのじゃ!」
「そんな……! これは今日の女子会に不可欠なの! みんな逃げて!」
百永が走りだすと、ヴィーヴィルもエキストラの女子も悲鳴をあげて逃げだした。
無論、通行人たちも逃げている。
「逃がさぬ!」
ノリノリで追いかけるイオ。
「キャアッ」と叫んでヴィーヴィルが転び、そこにつまずいて全員が転倒した。
「た、助けて! だれかぁ……っ!」
百永が手をのばしたところで、場面カット。
第3幕
助けを求める声に応じて、梢と文歌が颯爽と駆けつける。
「待て、悪魔め! 久遠ヶ原より、撃退士参上!」
制服着用で、さりげなく学園の宣伝をする梢。
「アイドル部をよろしくね!」
文歌も露骨に宣伝して、アイドルユニットっぽくポーズを決めた。
「こざかしいわ! 貴様らを焼肉にしてくれる! 邪竜召喚!」
イオが天を指差すと、ハリボテの竜がワイヤー吊りで降りてきた。
アヤカは闇の翼で舞い上がり、竜の威容を空撮で収める。
クレーンを使わなくて済むのは、一般人から見れば凄いことだ。
「こんなの、さくっと倒しちゃうんだから!」
梢の手から、色とりどりの扇が乱れ飛んだ。
「援護します!」
文歌は無駄にスタイリッシュなポーズをとりながら、乾坤網を発動。
「ぬるいわ! 薙ぎ払え!」
イオが命じると、ドラゴンの口から火炎放射器が迸った。
「「きゃああああ!」」
わりと本気で悲鳴をあげて倒れる、文歌と梢。
「はーっはっは! さぁクーポン券を渡すが良い!」
得意げに高笑いするイオは、絵に描いたような悪党だ。が、その姿は妙にハマっている。
「く……っ。JOJO亭の焼肉さえ食べられれば……!」
がくりと崩れ落ちて、梢は悔しげに歯を噛んだ。
第4幕
「これを食べてください!」
倒れた撃退士の前へ、百永が両手に皿を持ってやってきた。
皿に乗っているのは、山盛りの肉。生のままの上カルビだ。
次に百永の後ろから七輪をかかえて走ってくるのは、村上診療所の友里恵。JOJO亭の制服でエプロン姿だ。
「撃退士さん、JOJO亭の焼肉よ!」
慣れた手つきで肉を焼きはじめる友里恵。
カルビだけではない。ハラミ、豚トロ、タン塩、レバー。魚介と野菜も種類豊富だ。
「JOJO亭はメニュー充実! 食べあわせによっては、ふだん使えない技だって使えちゃうんですよ!」
ありえないことを言いながら、友里恵は巨大な肉の塊を持ってきてグルグルまわしながら焼きはじめた。モンハンみたいな光景だ。
診療所の運営のために、知名度と好感度を上げようと必死な友里恵。だが、知名度はともかく好感度が上がるのかは不明である。
「当店の焼肉を食べれば、元気百倍! さぁどうぞ!」
友里恵が煽ると、撃退士もエキストラも一斉に集まってきた。
焼肉パーティーの始まりだ!
フレームアウトしたイオをほったらかして、Let'sパーリィィィ!
第5幕
「おいしい焼肉ですよーぅ!」
まっさきに飛びついてきたのは、パルプンティ。
ここ数ヶ月まともな肉類を口にしてない彼女は、ぶっちゃけ肉を食べるためだけに参加したのだ。その空腹ぶりたるや、撮影中おなかの音がうるさくて隔離されていたほどである。
「うまっ! うまっ! うましゅぎるぅぅ〜!」
とろけそうな笑顔で、山盛りカルビをたいらげるパルプンティ。
演技ではなく完全に『素』なので、焼肉のおいしさを伝える役としては完璧だ。実際はただただ焼肉を食べたかっただけなのだが、ナイスリアクションである。フードファイターさながらの食べっぷりには、製作スタッフたちも唖然とするほかない。
「最初からわかっていたことですが、シュールすぎる光景ですね……」
あっけにとられたように、ヴィーヴィルが呟いた。
「うーん。なんてジューシーなお肉なんですの!」
カメラ目線できっちりアピールするのは、百永。
「焼肉さん、キミがなくなるまで食べるのをやめないよ♪」
文歌は上品に焼肉をつまみながら、さりげなく恐ろしい歌を歌っている。
「だんだん元気が出てきたよ!」
光纏した梢の足下から、色彩ゆたかな鳥の羽のようなものが舞い上がる。
「JOJO亭のお肉で、アウルの力も女子力も十倍だね!」と、文歌。
「さぁリベンジだよ!」
「待って! シメに特製アイスを食べてから!」
文歌と梢は好きなだけ焼肉を食べ、最後にアイスで口をサッパリさせるという入念さで戦闘準備を終えた。
余談だが、このパーティーシーンの撮影は2時間に及んだことを記しておく。
第6幕
「ようやく終わったか! さぁかかってくるが良いわ! 全力でひねりつぶしてくれよう!」
おなかをきゅるきゅる鳴らしながら、イオが殺気をまきちらした。
無理もない。2時間飲まず食わずで焼肉パーティーを見せつけられたら、だれでもそうなる。
おもわず顔を見合わせる、梢と文歌。本気で殺されるんじゃないかと心配になったのだ。
しかしすぐにうなずきあうと、ふたりは早着替えで儀礼服にチェンジ。いままでとの違いを知らしめつつ、並走してドラゴンへ突撃した。
「返り討ちじゃ!」
イオの命令で、竜の顎から再び火炎が放射された。
梢と文歌は忍法高速機動で速度を上げつつ、左右に分かれて回避。
「行くよ! いま解き放つ! 焼肉パゥワァァァ!」
文歌の炸裂符が乱れ飛び、ドラゴンとイオの周囲に爆煙が散った。
当ててはいない。ただの演出だ。
そして、次の瞬間。梢の手から放たれた扇が虹色の光輝を描いて宙を走り、演出抜きにドラゴンもろともイオを吹っ飛ばした。
「撃退士も愛用の焼肉JOJO亭!」
七輪を片手で突き出す梢。
「これさえ食べれば、天魔も目じゃない!」
梢の腕と交差するように、文歌も七輪を突き出した。どちらの七輪にも、こんがり焼けた肉が乗っかっている。
「「いま、JOJO亭の女子会クーポンがお得!」」
ふたりの声がそろって、きれいにカット。
「撮影終了ニャ〜。みんな、おつかれさまニャ〜」
アヤカがカメラを下げると、スタッフたちの間から拍手が湧いた。
とはいえ、これで任務が終わったわけではない。このあとフィルムを編集してナレーションを入れるまでが、アヤカの仕事だ。
が、とりあえずは撮影終了の打ち上げである。
「うおおおお! 肉じゃ! 肉を食わせるのじゃ!」
おあずけをくらっていたイオが、必死の形相で突撃した。
「いらっしゃいませ。JOJO亭は敵味方の区別なく、どなたでもご利用できるお店ですので、ご安心を♪」
エプロン姿で肉を焼く友里恵。
その隣では、パルプンティが肉を焼きまくり、食べまくっている。彼女は今日、肉を食う以外なにもしてなかった。CM製作の依頼だということを忘れて、焼肉パーティーのイベントだと思っているのかもしれない。
「……え? シィエム・セイサーク? そんな種類の肉、ありましたっけ?」
などという言葉を口走るパルプンティ。とぼけているわけではなく、これが『素』なのだ。
「本当においしい焼肉ニャ〜。でも、お酒はないのかニャ?」
カルビを一口食べてキョロキョロするのは、酒豪のアヤカ。
残念ながら酒類は用意されてなかったので、烏龍茶である。
「今日は撃退士になって初めての任務なので、すごく緊張したのです」
ほっとしたような顔で、百永は焼肉を口に運んでいた。
「グラビアアイドルの百永さんでも緊張するんですね」と、文歌。
「グラビア撮影と全然ちがいますからねぇ」
「私もそんなことが言えるようになりたいものです」
「文歌さんなら、すぐですよ」
アイドル同士で盛り上がる二人。
そこへ、ヴィーヴィルが声をかける。
「ふたりとも、すてきな演技でしたわ。トップアイドルめざして頑張ってくださいね。応援してます」
「「はい!」」
百永と文歌が声をそろえた。
そんな光景を眺めながら、ふと冷静な顔になって梢が呟く。
「でも、これって本当に宣伝になるのかな……」
その一言は、場の空気を一気に凍てつかせるのであった。
後日。完成したCMのDVDが、撃退士たちのもとへ送られてきた。
どうせなら全員そろって見ようということになり、視聴覚室へ集合。
プロジェクターでスクリーンに映し出されたのは、こういう映像だった。
都会の街並みを歩く、5人の女子。先頭に立つのは、百永とヴィーヴィルだ。
「今日の女子会、ランチは焼肉ですよ!」
貴族のヴィーヴィルがセレブな笑顔で言うのだから、そのギャップはただごとではない。
「ええ、JOJO亭の焼肉!」
応じる百永も現役グラビアアイドルなので、セリフと映像の乖離ぶりが凄まじい。このCMを初めて見る者は、確実に目を引かれるはずだ。一体なにごとが起こるのかと、興味を引かずにおかない仕掛けである。
『女子会へ向かう5人の美女たち。そこへ、天魔の影が!』
やたら大袈裟な口調で、アヤカのナレーションが入った。
その声にあわせて、ズギャーンという効果音とともにイオ登場。
クーポン券を渡せ、いや渡せない、という冷静に見れば狂気じみている会話のあと、イオに襲われて逃げる女子たち。一般人もパニックになって逃げまどう。
「待て、悪魔め! 久遠ヶ原より、撃退士参上!」
梢と文歌の登場だ。
「さすがに、アイドル部の宣伝はカットかぁ」
映像を見ながら、文歌が残念そうに呟いた。
「そりゃそうニャ。30秒しかないのニャよ」と、アヤカ。
見るからに凶悪なドラゴンが召喚されて、炎のブレスが炸裂する。
その迫力に、撃退士たちがどよめいた。ふざけたCMかと思えば、CGはハリウッド並みに凝っている。
「このあたりはCG使いまくりニャ〜」
アヤカの言うとおりだった。なんせ、梢と文歌の頭がアフロになっている。
「聞いてないよぉ、こんな演出……」
梢は顔を赤らめた。
「ローカルとはいえ、これを放送されてしまうのですか……」
文歌も顔が真っ赤だ。
『天魔恐るべし! 撃退士もここまでか!?』
アヤカのナレーションが、無駄に状況を煽り立てる。
「撃退士さん、JOJO亭の焼肉よ!」
倒れた二人のもとへ、百永と友里恵が肉をかかえて走り寄った。
なぜか一般人たちも集まってきて、わけのわからないまま焼肉パーティーへとなだれこむ。撮影した当人たちでさえ、正気とは思えない展開だ。
友里恵は巨大な原始肉みたいなものを焼き、ヴィーヴィルが切り分けて客に配る。
もっとも、路上で肉に群がってきたゾンビみたいな集団を『客』と呼んでいいのかは疑問だ。
スクリーン上には、『映像はイメージです。実物とは異なる場合がございます』とテロップが出ている。どう考えたってこれが現実のわけないのだが、いまの世の中どこからクレームが来るかわからない。当然の安全策だ。
「ああ、もういちどシィエム・セイサークしたいのですよーぅ」
自らの豪快な食べっぷりを見つめながら、パルプンティはじゅるりとよだれをたらした。
そして華麗に焼肉を食べ終えた梢と文歌は、一瞬で儀礼服にチェンジ。もちろんアフロも治っている。
「「なおってよかった……」」
梢と文歌が、ほっと胸を撫で下ろした。
『焼肉パワーで、撃退士ビルドアップ! やられたら倍返しだ!』
アヤカのセリフどおり、画面上の撃退士ふたりは鮮やかにドラゴンブレスを回避。文歌の炸裂符が派手に火花を散らし、梢の月虹がドラゴンを貫くと、特撮ものの悪役っぽく爆発四散。最後に梢と文歌が炭火焼きの七輪を持ってポーズをとれば、『焼肉JOJO亭』のロゴがババーン!
そこで終わりと見せかけて、最後にズタボロ状態のイオが画面の端から登場した。
「くぅ……っ。自分もJOJO亭の焼肉を食べてリベンジじゃ!」
きれいにオチたところで、CM終了。
「最後のカット、いつ撮ったんですか?」
ヴィーヴィルが訊ねた。
「撮影会のあと、急に思いついてのう。皆が焼肉食べておる間に撮影したのじゃ。第二弾の伏線とも言えるのう」
得意げに答えるイオ。実際、このオチはみごとに決まっている。
「第二弾!? それは参加するしかないのですよーぅ!」
パルプンティは、どこまでも肉を食うことしか頭にないようだ。
「それにしても、30秒とは思えない濃密さですね……。ある意味、焼肉屋らしいと言えばそうなんですけど……」
ヴィーヴィルが言うと、全員そろってうなずいた。
数週間後。このCMは放送開始され、視聴者に絶大なインパクトを与えた。
女子会での利用も増えて宣伝効果は上々だったが、一方で男性客が減るという副作用も無視できなかった。
イオの目論見どおり、第二弾(男子会版)が作られる日も近いかもしれない。