「来てくれて、ありがとうございます。探偵さん」
俊彦を迎えたのは、依頼人のクラス委員長だった。
「まぁ招待状を送りつけられては、無視するわけにもいかない。どんなおばけ屋敷になったか、見せてもらうとしよう」
「自信ありますよ。さぁ、どうぞ!」
こうして俊彦は、おばけ屋敷に足を踏み入れたのであった。
カーテンをくぐると、待ちかまえていたのは、シルクハットにタキシード姿のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「ようこそ、いらっしゃいました。ごゆっくりおたのしみください」
「あ、ああ。たのしませてもらおうか」
「では、どうぞ奥へ」
そう言ってエイルズレトラが頭を下げた瞬間。ストンと首が落ちて、床に転がった。彼の十八番とするマジックである。
「うおっ!?」
飛び上がり、背中を壁にぶつける俊彦。
つかみは完璧だ。
「いてて……。くそ……っ。あれは手品! 手品だ!」
ぶつぶつと呟きながら、俊彦は奥へ進んでいった。
ちなみに室内には至るところに監視カメラが設置されており、俊彦の醜態は全て録画されている。
さて、次に現れたのは、街灯に照らされて立つ女。
美具フランカー29世(
jb3882)である。
人間界のことをよく知らない彼女は当然おばけ屋敷など知っているはずもなく、とにかく相手を驚かせればいいんだと思い込んでいる。そこで選んだのは、口裂け女作戦だ。
マスクをつけて背中を向けたままの美具。
正直スルーして行きたい俊彦だったが、ビビって逃げたと思われるのもシャクなので、やむなく様子を見ることに。
「ねぇ……あたしキレイ?」
美具が問いかけた。
マスクの下には、耳まで裂けたように見える唇がメイクされている。
「あ、ああ。きれいだよ」
お約束の言葉を返す俊彦。
しかし、美具の対応は予想外だった。
「これでもかーっ!」
叫ぶや否や、マスクも取らずにティアマットを突撃させる美具。
「そ、そう来るのか!?」
ばこーーん!
正面から体当たりをくらって吹っ飛ぶ俊彦。
なんのためにメイクしてきたのかとか色々ツッコミどころ満載だが、美具的にはこれでOKなのだ。よく考えたら、召喚獣にそのまま襲わせれば十分おっかないし。召喚獣って、おばけみたいなものだし。
「行け! 4匹同時召喚じゃ!」
いくらコメディでもそれは無理なので、美具はとっかえひっかえ召喚獣を呼び出して俊彦にけしかけた。
「ちょ……! 死ぬ! 死ぬ!」
あわてて逃げだす俊彦。
「物理的に怖がらせるのは反則だろ……。一般人なら死んでたぞ……」
『応急手当』を使いながら、哀れな探偵は次のエリアへ移動した。
トク……ッ
暗い通路を歩く俊彦の耳に、かすかな鼓動が聞こえた。
反射的に耳をすませてみるが、自分の心臓の音なのか、ほかのどこかから聞こえる音なのか、区別がつかない。
それに、さきほどから背後に妙な気配を感じる。
なにかに追われているような緊張感。
実際、その気配は潜行と無音歩行で尾行するエイルズレトラと袋井雅人(
jb1469)のものだった。
あえて姿をさらさず、なんの仕掛けも見せないことで、正体不明の恐怖感を与えようというのだ。
「ふ……。どうせ子供だましさ……」
強がりながらも、ときどき後ろを振り返るのを忘れない俊彦であった。
次に俊彦の前に現れたのは、柘榴姫(
jb7286)
この依頼をハロウィンのようなものと勘違いした彼女は、お菓子をもらうために参加している。
もちろん、お菓子をもらえようともらえなかろうと相手を脅かすのは当然だ。
身長127cmの柘榴姫は床にうずくまって、小さい体をさらに小さくさせていた。
なにか仕掛けてくるのはわかっているから、俊彦はビクビクしながら後ろを通り抜けようとする。
そこへ、柘榴姫が声をかけた。
「おかぁさん、いないの」
「え……?」
「おかぁさん、いないの」
うずくまったまま顔を上げた柘榴姫は、どこかぼんやり顔だ。
その表情のまま、俊彦の後ろを指差して──
「おかぁさん、いたぁ」
「なに……?」
イヤな予感とともに俊彦が振り返ると、天井から血まみれの死体が落ちてきた。
「なななななっ!?」
無論、ただの人形だ。が、いまの俊彦にそんなことを確認する余裕はない。
彼にできるのは、ただ出口めざして逃げることだけだ。
別室では、そんな彼の姿を見て大笑いする中学生たちがいた。
たいへん趣味が良い。
先へ進むと、内装が和風なものになっていった。
冷え冷えとする竹林の中、見えてきたのは古めかしい屋敷。
この屋敷の庭には、たしか古井戸があったはず──
どうせまた可愛い中学生が「うらめしや〜」とか言いながら飛び出してくるんだろう、などとタカをくくっていると、不意に屋敷の中から光が漏れてきた。
ゆれる蝋燭の明かりに照らされて障子戸に浮かぶのは、長い髪の女だ。
月乃宮恋音(
jb1221)である。
座卓の前に座り、彼女は本を読んでいた。
ろくでもないことが起きる予感を受けて、俊彦はさっさと立ち去ろうとする。
が、それより早く、障子戸の向こうで事件が始まった。
恋音の背後から近付いてきた人影が、いきなり彼女の背中に包丁を突き立てたのである。
刺したのは雅人で、刺されたのは人形だ。が、うまい角度で恋音本人と影像が重なるように配置してあり、本当に人間が刺されたようにしか見えない。
「うわぁぁっ!?」
「ひぃぃぃっ!」
俊彦と恋音の悲鳴がシンクロした。
あとずさる俊彦の前で、ふたたび雅人の包丁が振り下ろされる。
その切っ先が、深々と首筋を貫いた。
「げぐ……っ!」
喉に詰まったような声とともに、真っ赤な液体がビシャッと障子に飛び散った。
恋音は、床を這って逃げようとしている。障子に映る影像は鮮明で、指が震えているのまで見て取れるほどだ。
その背中へ雅人が馬乗りになって、さらに包丁を突き立てた。
何度も何度も。執拗に。
刺されるたびに恋音の体は痙攣し、血が跳ねた。
滅多刺しだ。まるで、無傷な部分を残しておきたくないかのような。
「たす……け……」
指先から血をしたたらせながら、恋音は手をのばした。
その腕が障子を突き破って、俊彦の前で動かなくなる。
真っ白な腕と、鮮血の赤が、異様なコントラストで網膜に焼きついた。
あまりのことに、俊彦は呆然とするばかり。動悸は上がり、呼吸も荒くなっている。
じつはこの男、探偵でありながら血を見るのに慣れてないのだ。この弱点を俊彦の妹亜矢から聞き出しておいた恋音が、少々やりすぎなぐらいに血糊をまきちらしたのである。なんせ、飛び散った血糊が天井から落ちてくるほどだ。
しかし、見世物はまだ終わりではなかった。
雅人は動かなくなった恋音(の人形)の横に膝をつくと、包丁で首を切り落とし始めたのである。無論うまく切れるはずもなく、ノコギリを引くような切り方だ。ゴリゴリと刃が動くごとに、イヤな音をたてて血の飛沫が飛ぶ。
最後にブヅッと音を響かせて首が切断されるのと、俊彦が絶叫しながら逃げだしたのは、ほぼ同時だった。
ドク……ッ
心音が強くなった。
俊彦は全身に冷たい汗をかきながら、屋敷の庭で途方に暮れていた。
あわてて走ったせいで、順路がわからなくなってしまったのだ。
気がつけば、見覚えのある井戸が目の前に。
警戒しながら近付く俊彦。
きっと、かわいい女の子が飛び出してくるはずだ。それを見て癒やされよう。
そんなことを考えつつ、じりじりと井戸へ──
しかし、なにも出てこない。
おそるおそる中を覗きこむと、水が張られて鏡のようになっていた。
一見タネも仕掛けもないギミックに見えるが、これもエイルズレトラの奇術。
俊彦が見ているのは、ただの水鏡ではない。マジックミラーだ。
その直後。俊彦の後ろを、白いものが通りすぎた。
「え!?」
反射的に振り返るものの、何もない。
錯覚かと思って再び井戸の中に目をやると、そこには真っ白な手が、俊彦の肩をつかむように──
「ぎゃああああっ!」
叫んで走りだした俊彦の前に、乱れた髪を血に染めた恋音の頭部が晒し首になっていた。
生首の下には、血文字で『彼女を自分だけのものにしたかった』と書かれている。
やおら瞼を開けた恋音は、血を吐きながら怨念のこもった声音で訴えた。
「……なんで、たすけてくれなかったのぉぉぉ……?」
同時に人魂のようなものが浮かび上がり、俊彦は絶叫しながら逃げていった。
ドクッ、ドクッ……
俊彦の心臓と、スピーカーからの音が、並走しはじめた。
その音に混じって、「たすけて……たすけて……」という微かな声が繰り返される。
「おちつけ……ここは、おばけ屋敷……幽霊はいないし、あの血はニセモノだ……まったく、ガキの発想だぜ……」
俊彦は涙目になりながら、震え声で自分に言い聞かせていた。
その背後からゆっくりと迫るのは、ゾンビ剣士に扮した満月美華(
jb6831)
ズル……ッ……ズル……ッ……
引きずるような足音に気付いて、俊彦はバッと振り返った。
そのタイミングで、美華は『気迫』を発動。
本来一般人にしか通じない技だが、いまの俊彦は余裕で一般人以下だった。
すくみあがって動けなくなる、名探偵矢吹俊彦!
その眼前へ、美華のクレイモアが振り下ろされた。
ミリ単位の寸止めだ。切られた前髪がパラパラ落ちて、俊彦は尻餅をついてしまう。
その喉元に剣を突きつけて、美華は低い声で告げた。
「首……首を……」
「な、ななっ、なんだ!?」
「首を……置いてけぇぇぇ……!」
美華はバットみたいに剣をかまえると、俊彦の首筋めがけて薙ぎ払った。
「ぬわぁぁぁああっ!?」
後ろへひっくりかえり、そのまま床をころがって逃げる俊彦。
「首ィィィィ……!」
美華はノリノリで追いかけ、剣を振りまわす。
作りものの小道具ではなく本物のV兵器なので、当たったらシャレにならない。
「こんなおばけ屋敷があるかぁぁぁ……っ!」
俊彦は全力で床をころがりながら、恥も外聞もなく逃げ去った。
「はぁ、はぁ……」
俊彦は、かなり憔悴していた。
無理もない。もともと、おばけ屋敷は苦手なのだ。
招待状が来た時点で警戒すべきだったのだが、時すでに遅し。
「ここは何だ……?」
ドアを開けて入った小部屋は、電話でいっぱいだった。
それも、いまどきの電話ではない。ひどく古めかしい、ダイヤル式の電話。いわゆる黒電話だ。それが、100台以上ある。
見るからに、異様な光景。
俊彦は唾を飲みこむと、一気に通り抜けようとした。
が──
ジリリリリリン!
突然、一台の電話が鳴った。
どう考えても何かの仕掛けだが、逃げるわけにはいかない。探偵として、久遠ヶ原の卒業生として──!
「……もしもし?」
返事はなかった。耳に押し当てた受話器からは、死んだような沈黙だけが届く。
「なんなんだ、くそっ! 切るぞ!」
俊彦が怒鳴ったとき、「うしろ」という声が聞こえた。
「えっ!?」
つられて振り返る俊彦だが、そこには何もない。
「なんだ!? なにもないぞ! もう切るからな!」
そう言った直後、すべての黒電話が一斉に鳴りだした。
予想外の不意打ちに、俊彦は竦み上がる。
電話が鳴っていたのは、ほんの数秒のことだった。
鳴りだしたときと同じように、すべての電話は一斉に沈黙した。
「こ、これで終わりか? なら次に行かせてもらうからな!」
「……気付いてくれなかったの?」
そのとき、なにか羽毛のような感触が俊彦の首筋に触れた。
ふたたび振り返る俊彦。
だが、やはり何もいない。
──いや、いる。
室内を横切って、壁の中へ消えていこうとする女が。
血まみれの包帯で顔を覆い隠した、シエル・ウェスト(
jb6351)だ。
「ま、まて! いや待つな! どこか行け! 俺もどこかに行く!」
支離滅裂なことを口走って、俊彦は駆けだした。
「まだか……出口は、まだか……?」
もう11月だというのに、俊彦は全身汗だくだった。
思ったことをそのまま口に出しているのだから、まったく余裕はない。
そんな彼の背中を、柘榴姫が叩いた。
「ぬあ……っ!?」
「ねぇ。おかし、ちょうだい」
「持ってないぞ、そんなもの」
「おかし、ちょうだい」
「だから、ないって!」
「なら、ほふる」
「え?」
「ほふるわ」
柘榴姫は懐から呪術道具を取り出すと、呪詛の言葉を紡ぎはじめた。
これは洒落にならない。
「まて! ストップ! ストップ!」
しかし、柘榴姫の呪言は止まらない。
俊彦は、「こんなところで死にたくねぇー!」と叫んで逃げだした。
『→出口』と書かれたカーテンをめくると、明るい部屋だった。
壁には『おつかれさまでした』とポップなロゴが書かれ、鉢植えの花が整然と並んでいる。
鉢植えの前には清楚な黒髪の女性が座り、花を世話していた。
「お、終わった……」
ほっと息をつく俊彦。
だが、まだ終わってはいなかった。女性教員に見えるのは、鏖殺大公テラドゥカス(
jb3173)
知人の巨乳から借りた服とウィッグで、女装しているのだ。
彼女……でなく彼は、花の手入れをしながら何気なく俊彦に近付く。
俊彦は乱れた髪をととのえ、ジャケットの襟を正して、キリッと顔を引き締めた。
そして、ここぞとばかりに『ポーカーフェイス』を発動!
まだ心臓はバクバクしてるが、これで表情だけはクールな二枚目に! 探偵にとって、これほど役立つスキルは他にない!
「やあ、お嬢さん。あなたは、このクラスの担任かな? いやぁ、子供にしてはなかなか完成度の高いおばけ屋敷だったよ」
俊彦が話しかけると、テラドゥカスは立ち上がった。
スッと照明が落ちて、スピーカーから心臓の拍動がドクンと鳴り響く。
振り返ったテラドゥカスの顔には皮膚がなく、赤と白の筋組織が剥き出しになっていた。
ニタリと笑う口元には、ウジ虫のようなものが這いまわっている。
食用のミールワームなのだが、虫が苦手な俊彦には背筋が凍るおぞましさだ。
「や、や、や、やめろ……! ち、ちかよるな!」
そう言われれば、テラドゥカスは近寄るに決まっている。
俊彦の目の前まで迫り、ガバッと口を開けると、生きたままのミールワームがボタボタッと溢れ出した。
「ひきゃあああああ!」
ポーカーフェイスのまま、女の子みたいな悲鳴を上げて逃げる俊彦。
「逃がさないわよぉぉ!」
ドスのきいた若本ボイスで追いかけるテラドゥカス。
「くるなぁぁぁ!」
「いいケツしてるじゃないのぉ……! 喰っちゃうわよおお!」
「やめろぉぉぉ!」
別の恐怖を味わいながら、俊彦は一目散に逃げ去った。
「やったぁ! ざまーみろー!」
テラドゥカスに追いかけられながら廊下を走って行く俊彦を見て、依頼人たちは一斉に笑い、拍手した。
おばけ屋敷は文句なく成功。
サービス精神あふれるシエルはその日の夜にも俊彦のケータイに電話をかけ、眠れなくなるほど脅かしたという。