『むかしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさんがいました』
クラマ・イストーリャ(
jb6084)の美声で、芝居は始まった。
緞帳が上がり、ステージに現れたのは月乃宮恋音(
jb1221)と袋井雅人(
jb1469)
恋音は両腕を後ろに縛られて三角木馬に乗せられ、雅人は鞭で恋音をしばいている。
とても桃太郎とは思えないオープニングだ。
このとき、観客の誰もがパンフレットを再確認したという。
『……失礼しました。これは鬼と天女。おじいさんとおばあさんではありません』
あわてて修正するクラマ。
それを意にも介さず、雅人は鞭をふるう。
ビシイッ!
「ひぁぁッ!」
「いい悲鳴ですね。しかし私が聞きたいのは、それではありません。さぁ観念して吐いてしまいなさい」
「そ……そう言われてもぉ……」
恋音はサイズのあわない薄物を羽織り、胸元をはだけさせていた。
グランドキャニオンのような谷間に鞭の柄を押しこみながら、雅人が言う。
「とぼけるのですか。ではやはり、このいやらしい体に訊くしかないようですね」
バシイッ!
「ひぃぃぃ!」
『えー、おほん。この鬼は、捕らえた天女の口を割ろうとしているのです。なにを聞き出そうとしているのかわかりませんが、きっと米国防総省の中枢をクラッキングする方法とか、そういうあれです』
淡々とボケるクラマをよそに、雅人はエスカレートしていく。
『あー、はい、そろそろ蔵倫的にNGなので、場面を変えましょ――ちょっ、照明さーん! ライト落として! CM、CM入ります!』
バツン!
開演から1分としないうちに、ステージの照明が落とされた。
客席からは大ブーイングである。
「つづきを見せろぉぉ!」
「もっとやれぇぇ!」
「有料制なのか!? なら払うぞ!」
欲望に忠実な観客ばかりだ。
久遠ヶ原学園の未来は明るい。
ともあれ、つかみは完璧だ!
『えー、一部不適切な場面があったことをおわびします。……さて、ここは小洒落た山荘。国際指名手配のおじいさんが身を隠すアジトです』
クラマの語りとともに、ステージが回転した。
「うむ。よくここまで鍛えたものよ。これならば、どこの特殊部隊でもエースになれよう」
照明の下。ニヤリと微笑むのは、爺役の小田切翠蓮(
jb2728)
「じゃあ、鬼退治に行っていいんだね?」
桃太郎役の海城恵神(
jb2536)が、問いかけた。
「いや、おんしには最後の試練が残っておる。その名も、どんぶら激流川下り!」
「替えのパンツとか必要かな」
「そういうスプラッシュ的なアトラクションではないので必要ない。おんしはただ、桃に入って流れるだけよ」
「それ、何の試練なの?」
「いま明かすが、じつはおんしは竹から生まれたのよ」
「え……っ!?」
「鬼を駆逐するのは、桃から生まれた者……。それが村の言い伝え。よって、おんしには桃界転生の儀式を受けてもらう」
「わかった。その試練、乗り越えてみせるよ!」
『こうして、竹から生まれた桃太郎は、桃から生まれなおすことになったのです』
『次の日、おばあさんが川へウインドサーフィンしに行くと、川上からギザ馬鹿でかい桃が、首領ブラコと流れてきました』
ドバァアアン!
「なにすんじゃコラァァ!」
桃に衝突されて転覆した歌音テンペスト(
jb5186)が、怒鳴り声を上げた。
ラテン・ロロウス(
jb5646)は胸を張って応じる。
「私は由緒ただしき桃! 私がいなければ桃太郎は生まれず、犬猿雉は路頭に迷い、鬼ヶ島の財宝は隠されたまま社会に流通せず、日本経済は暗黒の淵にグワーッ!」
釘バットで殴打され、血しぶきをあげるラテンとブラコ。だれだそれ。
「サーフィン歴5億年のあたしに恥をかかせた罪は重い! 死んで償え!」
鬼の形相で殴りかかる歌音ペスト。
あ、今回『歌音』が2人いるので、こう表記します。
「く……っ。いまの私は、麻雀大会で重体の身。すまぬが退却させてもらうっ!」
逃げようとしたラテンの後頭部に釘バットがブチこまれ、あわれな桃は客席まで飛んでいった。
残されたのは、桃から落っこちた恵神。
『こうして桃太郎は無事に転生し、鬼退治の旅へと……ぉぉっ!?』
クラマの声が、ひっくりかえった。
というのも、歌音ペストが恵神に襲いかかったのである。
「ここで会ったが百年目! 我が最愛の人を奪った貴様を、生かしてはおかん!」
「嫉妬に狂う姿は見苦しいぞ、婆さん」
「だまれぇぇ! そして死ねぇぇ!」
「あらゆる闘技を学んだ私に勝てるとでも? くらえ、国電パンチ!」
「アバーッ!」
ラテンと同じコースをたどって、歌音ペストは客席に激突した。
説明しよう!
国電パンチとは!
字数がないので略!
『こうして桃太郎は無事に転生の儀式を終え、旅立つことになったのでした。なお、本舞台では頻繁に人が飛びます。ファウルボール程度に気をつけてください』
「はーっはっはっは! 我が名はモモタロ=サン! 世にはびこる悪の根源、鬼どもを抹殺するためだけに生まれた存在!」
ピンライトの中、ハーレー(三輪車)にまたがって、颯爽と恵神登場。
「さぁ定番の仲間とやらを魔法陣から召喚だ! 出てこいやー!」
現れたのは、カマキリの着ぐるみを着た香奈沢風禰(
jb2286)
それを背中に乗せているのは、ヤギ着ぐるみの私市琥珀(
jb5268)
「「トリックオアトリート!」」
ふたりは声をそろえ、風禰が手を出した。
「というわけで、フォーチュンクッキーくださいなの。クッキーくれたら一緒に鬼をやっつける、カマふぃとヤギきさなのなの♪」
「クッキー? きび団子なら持ってるが……って、しまった! ちくわしか持ってねぇ!」
「ふるふる。ちくわを食べるカマキリはいないの」
クッキー食べるカマキリもいないと思う。
「まぁ食べてみろ。一見ちくわに見えるが、これはクッキーだ」
「ど、どう見ても、ちくわなの」
「黙って食え」
無理やりちくわを食わせる恵神。
「もももっ!?」
「食ったな? よし、これで仲間だ」
『このように、桃太郎はとても友好的な話しあいで仲間を手に入れてゆくのでした』
「よし、次の仲間出てこい!」
「にゃああ〜!?」
空中の魔法陣から、姫路明日奈(
jb2281)がベシャッと落ちてきた。
チャームポイントは、肉球マークの付いた緑のスカーフと、猫の尻尾だ。
「にゃー! 食い物よこすにゃー!」
立ち上がり、襲いかかる明日奈。
「これを食らえ!」
神速のちくわが口に突っ込まれ、明日奈は後ろ向きに床をころがった。
「きび団子じゃないにゅ……? でも、おいしいちくわにゃー。鬼ヶ島に行くにゃ? だったらボクも連れてってほしいにゃ! ことわられてもついてくにゃ!」
『こうして桃太郎は、カマキリ、ヤギ、ネコという3匹の家来をつれて旅立つのでした』
『やがて桃太郎たちは、ひとりの子供と出会いました』
「妾は金太郎。鬼退治に行くのなら、つれてゆくと良いのじゃ」
腹掛け一枚で登場したのは、八塚小萩(
ja0676)
「ちくわはいらないのか?」と、恵神が問いかける。
「いらぬ。さぁ、ついてまいれ!」
なぜか先頭に立って歩きだす小萩。
そこへ、男が声をかけてきた。
めずらしく女装してない吾妹蛍千(
jb6597)である。
「きみたち、かわいいねぇ〜。どこ行くの?」
「鬼ヶ島じゃ!」
小萩が答えた。
「鬼ヶ島?」
「知らぬのか。鬼の住み家じゃ」
「なにしに行くの?」
「鬼退治じゃ!」
「鬼退治? なにそれ? エクスペディション? エクスペディション?」
このあとの上陸戦を考えると、パーディションだと思う。
「それよりさ、もっとたのしいことしない?」
「ナンパならば、ほかを当たるのじゃ」
「まぁ、そう言わず」
そこへ、恵神が出てきた。
「よくわからんが、これを食って仲間になれ!」
ふたたび繰り出される、神速ちくわ突き!
明日奈のときと同じく、蛍千は真後ろに転がった。
「これは……ただのちくわじゃない! まるで漉し餡のような甘味を持ちながらも、力強い海の香りが……。たとえるなら、そう……おいしいちくわ!」
『はい、次の場面に行きましょう。ちなみに彼は、ハーメルンの笛吹き男。……ええ、笛吹き男なのです、信じがたいことに』
『さて、道を進んでゆくと、話しかけてくる者がいました』
「そこな珍妙な御仁たち、どちらへ向かわれるか?」
大量の荷物を背負って登場したのは、鴉乃宮歌音(
ja0427)
「鬼ヶ島に行くのなの!」
風禰が答えた。
「まさか、鬼退治に?」
「そのとおりなの! えっへん!」
ドヤ顔で胸を張る風禰だが、あんまり胸はない。
「なんと勇敢な。……しかし、鬼は恐ろしく強いと聞く。そんな装備で大丈夫か?」
そこへ、恵神が口を出した。
「大丈夫だ、問題ない。……と言いたいが、なにか武器があるのか?」
「無論。たとえばこちら、下戸の鬼すらベロンベロンに酔わせる名酒『鬼殺し』! こっちは、1個で象10頭を殺せる毒団子!」
「よし、買おう。代金はちくわで払う」
「ち、ちくわ?」
「うまいぞ?」
恵神が言うと、仲間たちが一斉にうなずいた。
「そ、そうか。では、ちくわと交換だ」
『こうして桃太郎は、ちくわだけで仲間と装備品を充実させてゆくのでした』
『一方、そのころ。桃太郎たちを追って走る、一匹の鬼がいました』
ステージが半回転して、現れたのは血まみれの歌音ペスト。
「あの桃野郎、絶対に殺す……!」
しかし、彼女の前に立ちふさがる影が!
その正体は、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)
役は織姫!
「ここで会ったが百年目! 我が最愛の人を奪ったあなたを、許しはしませんわ!」
どこかで聞いたセリフを発して、鋤で殴りかかるシェリア。
「だ、だれ……!?」
「わたくしは織姫! あなたが捨てた男(彦星)の妻ですわ! 人間の分際でわたくしのダーリンを奪った罪、いまこそ償いなさい!」
カキーン!
「アバーッ!」
『ファウルボールにご注意ください』
クラマのアナウンスとともに、客席へ突き刺さる歌音ペスト。
しかし、シェリアの怒りは収まらない。
「まだですわ! この鋤は彦星の形見! くらいなさい!」
客席に飛び降りて、歌音ペストをタコ殴りにするシェリア。
さらに雁字搦めに縛り上げ、秘技・フランスパン一文字突きを発動!
「グワーッ!」
そこにやってきたのは、必殺仕事人の神雷(
jb6374)
「鬼の財宝を奪わんとする、極悪非道の窃盗団の首領! 成敗しま……す……!?」
「とっくに成敗しましたわ」
歌音ペストは、シェリアの足下で血まみれになっていた。
それを見て、崩れ落ちる神雷。
「リハーサルと違うぅ……」
「仕方ありませんわ。脚本が全部アドリブなんですもの」
「……そういうことなら、私も好きにやらせてもらいますっ!」
決然と言い放つや、神雷は歌音ペストをワイヤーで吊り上げた。
客席から、どよめきと歓声が上がる。
どういうわけか、歌音ペストは亀甲縛りになっているのだ。
歌音ペストが、自分で自分を縛ったのである。なんと器用な。
「うわぁ……すごい……」
亀甲縛りで宙吊りにされた歌音ペストを見て、赤面する神雷。
見ちゃいけないと思いつつも、ついつい見てしまう。というか、凝視してしまう。ガン見してしまう。だって、中学生だもん。思春期なんだもん。
「あたし、いま輝いてる……。この瞬間、主人公はあたし!」
よくわからないことを口走ってクネクネする歌音ペストは、メイド服姿だ。
おかげで、見た目のエロさがとんでもないことに。
つーか、サービスシーン多すぎやしませんか、この舞台。
『えー……、そんなこんなで、おばあさんは成敗されてしまいました。そのころ、桃太郎一行は……』
強引に話をぶったぎって、クラマはステージを回転させた。
「泉があるにゃ! カレーを落とせば金のカレーと銀のカレーに換えてくれるに違いないにゃ!」
そう言って突撃したのは、明日奈。
すると、泉の中から黒猫着ぐるみにヒラヒラ衣装をまとったカーディス=キャットフィールド(
ja7927)が登場。
「いらっしゃいませ〜。お煙草はお吸いになりますか? 禁煙席もございます〜」
「ほ、ほんもののネコにゃ!」
なぜか憧れの目で見つめる明日奈。
「いえいえ、私は女神です。5名様ご案内〜」
「待て待て。ここは斧を落としたらガトリング砲に交換してくれる的な泉じゃないのか?」
恵神が訊ねた。
「はい。近頃は景気が悪くて、泉の女神一本ではなかなかね〜。では、こちらの席へどうぞ〜」
手際よく案内されてしまう桃太郎一行。
すると、となりのテーブルに座っていたのは犬役の黒井明斗(
jb0525)
地味なブラウスとロングスカートで女装し、犬耳と犬の尻尾をつけて、雌犬になりきっている。
「犬がこんなところに……!?」
予想外の出会いに、恵神も驚いた。
「じつは先日、勤め先をクビになり、こうして毎日求人誌を見ながらカフェで時間をつぶしているのです」
「では私が雇ってやろう。このちくわで!」
「きび団子では……? いや、できれば現金が良いのですが……」
「そんなものはない! ちくわか死か! 選べ!」
「なんという世紀末桃太郎……。しかし、良いでしょう。あなたの部下になることを承知します。……ただし、私を雇う以上は立派な英雄になってください。いいですね?」
「はーっはっはっは! まかせろ! 神速ちくわ突き!」
「グワーッ!」
そのとき、カランとドアベルが鳴った。
舞台袖からやってきたのは、Sadik Adnan(
jb4005)
猿である。
「マム、一杯くれ」
カウンターに腰を下ろして、クールにオーダーするSadik。
出てきたのはホットミルクだ。
どうやら常連(という設定)らしい。
「おまえが猿……通称ポセイドンだな?」
恵神が問いかけた。
「なんの用だ?」
「このちくわで、私の仲間になれ」
「ちくわ……? なんの隠語だ?」
「ちくわはちくわだ。英語で言うと、バンブー・リング!」
「……正気か?」
「無論」
この舞台の参加者に、正気を保った者は一人もいない。
「……よかろう。仲間になってやる」
「ならば、歓迎の神速ちくわ突き!」
「グワーッ!」
『こうして、ようやく犬と猿が家来になったのでした。あとは雉がそろえばパーティー完成。さぁ、満を持しての登場です』
ズドォォォン!
なぜか爆発音を響かせて登場したのは、ユウ(
jb5639)
音響係のチョッパー卍が、スイッチをまちがえたのだ。
ステージ上の全員が、一瞬凍りつく。
「……い、いまのは私の鳴き声! 雉の鳴き声なんです!」
「おお、なんと力強い! ぜひ仲間に!」
「はい! でも、ちくわは結構です! じつは私の主人である天女様が鬼に捕らわれておりまして。なんとしても助け出したいのです! あ、ちくわは遠慮します!」
全力でちくわを拒否るユウ。
無理もない。Sadikと明斗がちくわをくわえて床に伸びているのだから。
「よし、役者は揃った。行くぞ!」
キリッと鉢巻を締めなおす恵神。
そこへ、カーディスが三つの『つづら』を持ってきた。
「どれも、鬼退治に役立つものです。がんばってください」
「はっはっは! まかせろ!」
『こうして桃太郎のもとに犬猿雉が集まり、猫、羊、カマキリに、金太郎と笛吹き男という助っ人も揃いました。総勢9人のパーティーで、一行は鬼ヶ島をめざします』
『道なき道を行く、桃太郎と家来たち。しかし、その前に最強の刺客が立ちはだかりました』
「旦那さまぁ、見ているだべか。オラァここさいるっちゃ」
今日も今日とて、生き別れの旦那様さがしに余念のない御供瞳(
jb6018)
配役は、コーガン流剣士だ!
説明しよう!
コーガン流とは!
字数がないので略!
「ここは任せてもらいましょう」
明斗が前に出た。
つづいて、Sadikとユウが横に並ぶ。
「オラに勝てると思うだか……?」
瞳は2本の大剣を地面に突き刺すと、その間に棒を渡した。
そして繰り出されるのは、秘剣・無明逆上がり!
鉄棒みたいに逆上がりすることでパンチラを披露し、悩殺KOする技だ!
が──
びたーん!
2本の剣の鍔の間に棒を置いただけなので、逆上がりはちょっと無理だった。
棒ごと地面に落っこちた瞳を、桃太郎一行が心配そうに見つめる。
「思った以上の強敵っちゃ……」
瞳は血を吐きながら立ち上がると、指の間に剣をはさんだ。
ここから、『ちゅぱかぶら』とか『伊達巻き』とか『カジキ二刀流臓物祭り』とか色々と蔵倫的にヤバい技はあったのだが、すくなくともエリュシオンにおいて最強の技は一つだった。
「秘剣・流れ星! だっちゃ!」
『説明しましょう! 流れ星とは! 強制的に流星群を引き起こす、凶悪きわまる裏技なのです!』
「「ぎゃぁああああ!」」
おそろしい勢いで流れて行く星(スターコイン)を前に、あわてふためく桃太郎たち。
「反則! 反則にゃ!」
ぴょんぴょん跳びはねながら、星を回収しようとする明日奈。
「フィーのお星様がなのぉぉ〜!」
「妾の星が……っ!?」
風禰と小萩も声を上げるが、ほかの出演者たちも例外なく悲鳴を上げている。
あまりに滑稽なシーンだが、客席は静まりかえっている。恐ろしすぎて、まったく笑えないのだ。
──が。そこに、雷鳴のごとく響きわたる蹄の音!
ダカカッ、ダカカッ!
ヒヒーーン!
ズドーーン!
桃太郎一行と瞳を景気よく撥ね飛ばして、樒和紗(
jb6970)が馬で駆け抜けていった。
散り散りに吹っ飛ぶ恵神たち。
走り去ったまま戻ってこない和紗。
『これは、なんとみごとな轢き逃げでしょう。でも、しかたありません。彼女は茨姫。いわゆる、眠れる森の美女なのです。つい先日魔女の呪いによる眠りから覚めたものの、後遺症でナルコレプシーを患っているのです。居眠り運転など、日常茶飯事』
「……はっ! いま、なにかにぶつかったような……」
舞台の端へ駆け去ってから、あわてて引き返してくる和紗。
そこで彼女が見たものは、あたり一面に散らばるモモタロ=サンと家来たち。コーガン流剣士・瞳のオマケつきだ。
「ひ、ひどい! いったい誰が、こんなことを……!?」
轢き逃げの記憶がない和紗は、うろたえるばかりだ。
ふと気付いたように彼女は言う。
「はっ! これはもしや、鬼のしわざでは!?」
うん。ある意味、鬼のしわざではある。
「みなさん、寝ている場合ではありません! このような悲劇を二度と起こさないため、鬼退治に行きますよ! さぁ起きるのです!」
恵神たちの胸倉をつかんで揺さぶる和紗。
『えー、こうして轢き逃げ姫……もとい茨姫が、仲間に加わったのです。鬼ヶ島まで、もうすこし』
「鬼の住み家に乗りこむ前に、言っておきたいことがある♪」
どこかの関白みたいな節回しで言いだしたのは、雌犬役の明斗。
「なんだ? ……ふむ、パンツは白か」
ナチュラルに犬のスカートをめくる恵神。
「それ! そのセクハラをやめていただきたい!」
「セクハラ……というと?」
わけがわからないよという顔をしながら、ごく自然に明日奈の尻をなでる恵神。
「にゅあ……っ!?」
「それ! それがセクハラです! あと、給料もちゃんと現金で払ってください! 何故ちくわなんですか!」
「だって、ちくわしか持ってないし。犬なら、ちくわは大好物のはず」
「どこかの忍犬と一緒にしないでください! とにかく、私たち家来の待遇を改善していただきたい!」
「たしかに、いまの待遇はひでぇよなぁ」
猿のSadikが同意した。
「だってよぉ、鬼退治っていったら命がけだろ。なのに報酬がちくわってのは、ブラックすぎやしねぇか? あたしとしては、鬼から奪う財宝の3割を要求したいところだな」
「戦う前からカネの話か……」
やれやれという具合に、恵神は肩をすくめてみせた。
「いいだろう。おまえたちにも財宝を分けてやる。ただし、歩合制だ。鬼をどれだけ倒したかで、査定する。カネがほしければ働け! 私のためにな! はーっはっはっは!」
『……というように、とても和気藹々としたおしゃべりをつづけながら、桃太郎たちは鬼ヶ島をめざすのでした』
『さて、鬼ヶ島へ渡るには、船がなくてはいけません。さいわい港には、こんごう型ミサイル護衛艦が係留されていたので……というのは時代考証に無理があるため、ふつうに上陸用舟艇で桃太郎たちは出航しました』
「あらァ……? ようやくやってきたのねェ……?」
ここは、鬼ヶ島の指揮所。すてきな笑顔で双眼鏡を覗いているのは、黒百合(
ja0422)
鬼の全軍を率いる総司令官だ。
「ほぉう。たぁった10人でぇ、この鬼ヶ島要塞を攻略ぅしようとはぁ。愚かなぁ……じぃつぅにぃ、愚かなぁぁ」
独特の渋い声で語るUnknown(
jb7615)は、釘バットをかついでメロンをかじっていた。
なぜか『ザコキャラ』と書かれた赤マントを羽織っているが、外見はリアルに鬼なのでガクブルものだ。あと、声の存在感がハンパない。ぜったいザコの声じゃない。
「さてェ……。歓迎の花火を、打ち上げましょうかァ……?」
そう言って、エキストラの鬼を引きつれ指揮所を出ていく黒百合。
「よかるぉう。汚い花火をぉ〜、打ち上げになぁぁ。くぅっくっく」
『こうして、鬼と桃太郎の全面戦争が幕を開けるのでした』
「見えてきたぞ、鬼ヶ島」
船の舳先に立って、小道具の刀を抜く恵神。
ちなみに、船のまわりは機雷だらけだ。
「これってさぁ……さわったら爆発する系のヤツだよね?」
蛍千が問いかけた。
「さわらなければ問題ない!」
ドガァァァンン!
言ったそばから触雷して、船ごと吹っ飛ぶ桃太郎一行。
だが、この程度で倒れる者はいない。
「みんな泳げ! 鬼ヶ島は、すぐそこだ!」
恵神はクロールで泳ぎだした。
家来たちもついてくるが、Sadikだけ溺れている。迫真の演技だ。
「たすけてくれぇぇ……! あたしはカナヅチなんだぁぁ……っ!」
「つかまってください!」
闇の翼で飛行しながら、ユウがSadikを引っ張り上げた。
「このまま、島へ突入します!」
だが、阻塞気球に行く手を遮られて侵入できない。
そこへバラまかれる対空砲火!
「お、思ってた鬼ヶ島と違うぅぅ……っ!」
ユウは翼を撃ち抜かれ、キリモミしながら墜落した。
「いたた……。でも、こんなことで怯む私ではありません。かならずや、天女様を助け出してみせます!」
「ほほぉぉう。ならばぁ我輩がぁ、相手してやるぉうではないくぁぁ!」
Unknownが、釘バットをふりかざして襲いかかってきた。
「まさか、いきなりラスボス!?」
「否! このマントを〜、見るがいいぃぃ……!」
バサッとひるがえされる、赤いマント。
異様に似合うその姿は、やはりラスボスにしか見えない。
「なんだ、ザコかよ。いけ、ゴア!」
Sadikがティアマットをけしかけた。
「召喚獣なぞ! 使ってんじゃ! ねぇぇえええ!」
「いまだ! 10まんボルト!」
「ぶるぁぁぁああああ!」
サンダーボルトっぽい何かを浴びて、わかも……Unknownは倒れた。
「なんだったんだ、こいつ」
「さぁ……」
首をひねりながら、Sadikとユウは歩きだした。
Sadikは財宝を手に入れて、あわよくば一人占めするために。
ユウは天女様を助けるために。
「一番槍は取られたから、二番槍をいただくにゃー!」
猫掻きで海を渡りきった明日奈は、勢いよく突撃した。
ズドォォォン!
「にゃあああっ!?」
地雷を踏んで吹っ飛ぶ明日奈。
そこへ襲いかかってくるのは、どこかの発明家が作りだしたエロ外道なメカ触手トラップだ!
そんなものは誰も設置してなかったはずなのだが、舞台が始まる前にソーニャ(
jb2649)がこっそり配置していたのだ。
彼女はこの舞台を百合エロにしようと画策したのだが、あいにくチョッパー卍にそういう趣味がなかったので、協力を得られなかった。そこでやむなく、だれにも言わずにエロ罠をしかけたという次第である。
「聞いてないにゃあああっ!」
触手につかまった明日奈は粘液まみれのデロデロにされて……
『アウト! アウトでぇぇす! 照明さん! 照明さん!』
バツン!
『えー、またしても不適切な場面があったことをおわびします。……さて、桃太郎一行は、鬼の仕掛けた水際作戦によって砂浜から動けずにいました』
ズドガガガガッ!
ダダダッ、ダダダッ!
ズバァァン!
機関銃の発射音と手榴弾の破裂音が飛び交い、火薬の匂いと白煙が立ちこめる中。恵神たちは必死で遮蔽物に身を隠していた。
「これは予想外の歓迎ですね……」
明斗は肩から血を流していた。
演出ではなく、本当に撃たれている。
「まず、あのトーチカを破壊しましょう」
冷静に策を練る和紗。
「よし。妾に任せるが良い。マサカリ投法で手榴弾をぶちこんでやるのじゃ」と、小萩。
「では私が囮になろう。行くぞ」
飛び出した恵神を、機関銃が蜂の巣にした。
「アバーッ!」
「よし、作戦決行じゃ!」
なにも見なかったことにして、予定どおり話を進める小萩。
ガバァッと片足を上げて、渾身の一球!
なにやら見えてはいけないものが見えたような気もしたが気のせいだ、きっと誤魔化す方法は色々あるからそれだろう、今はそんなことを気にしてる場合ではない。早いとこ何とかしないと、舞台で人が死ぬ。おもに黒百合のせいで! 黒百合のせいで! だいじなことなので二度(略
ドガアアアン!
みごとに爆発するトーチカ。
火に包まれて飛び出してきた鬼たち(エキストラ)を、和紗が冷静にマシンガンで薙ぎ倒す。
「「ぎゃあああ!」」
どちらが鬼だかわからない。
「なかなかやるじゃないィ……? 機甲部隊、前へ!」
黒百合の指示に従って、装甲車両部隊がステージに登場した。
どこから調達したのかと思うが、まぁどうにかしたんだろう。たぶんレンタカーだ。
そして40mm擲弾銃が火を噴き、ステージは炎に包まれた。
……って、なんなの、この戦国自衛隊+プライベートライアン状態。
これ、桃太郎ですよ!?
『たいへんなカオス状態になりつつある舞台ですが、どう収拾をつけるつもりでしょう。……おっと、ここで飛び出したのは風禰と琥珀のカマヤギペアだ!』
もはや語り部というより、実況解説と化しているクラマ。
「攻撃のカマキリ、防御のヤギ! 無敵だよね!」
カマふぃを乗せて走るヤギきさ。
鬼とすれちがいざま、風禰の鎌が一閃して首を刎ね飛ばす!
さらに、返す鎌で後ろの鬼も一刀両断!
ズバズバと鬼を斬りまくり、殺しまくり、あたり一面血の海に!(すべて演出です)
「生意気ねェ……。ほらァ、そこの鬼さんたちィ……? 全員でかかりなさァい?」
黒百合の命令で、1ダースほどの鬼が(しぶしぶ)襲いかかった。
さすがのカマヤギといえど、これはピンチだ!
しかし、そのとき。
突如として、琥珀をつつむ真っ白な光が!
すると、彼の額にはドリルのようなツノが生え、背中には真っ白な翼が広がったではないか! おお、これはヤギの進化形、ユニコーン! あんまり聞いたことないクラスチェンジだ!
「僕は、きさコーン!」
レイジングアタックが炸裂し、鬼はまとめて吹っ飛んだ。
「まだまだァ……。こんなこともあろうかと、エキストラはたっぷり用意してあるのよォ……?」
黒百合の背後に控えるのは、100人以上の鬼軍団だった。
一体どうやって集めたのかと思うが、彼女に『ねェ一緒に演劇やらないィ……?』とか脅迫……もとい勧誘されたら、ことわれる者など滅多にいないだろう。
「いいかげんにしろ! 死にさらせや、われ!」
ヤンキー口調で殴りかかる和紗は、とても眠れる森の美女とは思えない。
「まだあんなにいるのかよ……っ!」
Sadikは召喚獣を使って普通に戦っていた。
演技ではなく、完全に通常の戦闘スタイルである。
「キリがありませんね……」
スカートをひらひらさせながら戦う明斗。
「よし、ここで武器商人から買った毒団子と酒の出番だ!」
素っ頓狂なことを言いだす恵神。
「どうやって食べさせるの?」
思わず笑ってしまう蛍千。
「ぐぬぬ……。ならば、これの出番! いでよ、金のつづら!」
恵神がフタを開けると、出てきたのは謎のスイッチだった。
見るからにヤバげなスイッチだ。押したら何が起きるかわからない。
「それ、核兵器の起爆スイッチとかじゃねぇの?」
と、Sadik。
「いや、SOL(対地攻撃衛星)の起動装置かもしれません」
明斗が妙にマニアックなことを言う。
「ぽちっとな」
さまざまな憶測が飛び交う中、恵神は何も考えずボタンを押した。
グォォォォーーン!
押した直後。どこからともなく現れたのは、身長57m体重550tのヒロッタ・カーストン(
jb6175)
なお、一部の表現に誇張があることをご了承ください。
「みんな消し飛べ! ロケットパーンチ!」
どかーん!
いっせいに吹っ飛ぶエキストラ。
「ロケットキーック!(何?」
ずどーん!
まとめて消し飛ぶ桃太郎一行。
「ロケットファイヤー!(違!」
ばよえ〜ん!
焼きつくされる鬼チーム。
そして焦土と化した鬼ヶ島にマ○ンガァZ・ヒロッタが降り立ち──
片足がないので、転倒自爆。すべてを破壊して、無理やり収拾をつけた。
『……と、このようにして桃太郎ベリーハード版は終わりを告げたのでした。めでたしめでたし』
クラマの語りとともに緞帳が下りると、カーテンコールもなしに舞台は終演した。
というか、負傷者多数でカーテンコールとか無理だった。
なお、この舞台は『シンデレラ』をはるかに上回る観客動員数を記録し、アンケート集計でも上々の成績をおさめた。
出演者の半数以上は大ケガを負ったが、奇跡的に観客には一人も負傷者がいなかったので、とくにお咎めもなかったという。
とっぴんぱらりのぷぅ。