【これまでのあらすじ】
真性ガチレズの佐渡乃明日羽さまを悦ばせるため、M奴隷由利百合華の依頼で数人の撃退士がストリップ劇場に集まった。
「……あの、どうしてストリップ劇場なんでしょうか……。今日やるのは、バースデイパーティーですよね……?」
理解できないものを目にしたような顔で、櫻崎絵怜奈(
ja1015)が呟いた。
無理もない。平均的な女子高生の誕生会といったら、自宅やカラオケ、地下カジノあたりでやるものだ。たいていの学校では、『ストリップ劇場でパーティーしてはいけません』と校則に書いてある。だいいち、絵怜奈は11歳だ。法的に考えて入場できない。
だが、心配無用。ここは廃棄された劇場だ。いかがわしい看板があちこちに転がっているが、気にしなければ問題ない。法的にも倫理的にも、まったく問題ない。
「ほほう。これは愉快でござるな」
内装を見回しながら、草薙雅(
jb1080)はニヤリと笑った。
彼は女装してはいないが、もともと女っぽい外見なのでギリセーフである。なにがセーフなのか、よくわからないけど。
「愉快……ですか……?」
絵怜奈が首をかしげた。
「うむ。コスプレファッションショーをするのに、あのステージはうってつけではござらんか」
「あ、なるほど……」
納得してしまう絵怜奈。
なんだかもう色々おかしいのだが、こまかいことは気にせず話を進めよう。
「それにしても、こんな場所よく見つけたね?」
さすがの明日羽も、この会場には驚きを隠せなかった。
そりゃそうだ。ストリップ劇場で誕生会なんて、聞いたこともない。
そこへ、「ブレイカー、ブレイカー♪」と、どこかで聞いたような社歌を口ずさみながら登場したのは、日本撃退士攻業 美奈(
jb7003)
「この劇場、あなたが見つけたの?」
「そう。足で探したのよ。この、美しい脚でね!」
明日羽の問いに、美奈はスラリとした脚を見せつけながらのモデル立ちで答えた。
「ふぅん……? きれいな脚だね?」
「ええ、美脚すぎる撃退士とは、あたしのこと! でも、美しいだけじゃないのよ。見て、これを!」
バレリーナみたいにクルッと回転して、美奈は右脚を水平に伸ばした。その爪先には、デコレーションケーキが乗っている。それも、高さ50cmはありそうな7段構造のケーキだ。
……え? どこから出したのかって? 最初から爪先に乗せてあったんだよ! 描写しなかったけど、それぐらい察してくれ!
「ふっふっふ……。どう? 信じられる? これは全部、足で作ったのよ」
「足で……?」
「そう! 卵を割るのも足! 卵白をホイップするのも足! オーブンの温度やタイマーをセットするのも足! もちろんデコレーションも! なにからなにまで! すべて足ッ!」
ズギャァァァアアン! という書き文字の擬音を背景にしながら、美奈は自慢の美脚を輝かせた。
「……なにかのTV番組に出たら? ビックリ人間大賞みたいなの、向いてるんじゃない?」
「は……っ、TV番組! その発想はなかった。ラジオ番組なら出たことあるんだけど……」
「ラジオ番組でケーキ作っても、リスナーには見えないよ?」
「迂闊……!」
迂闊すぎたが、アドリブだった。
『悪乗りアドリブ超歓迎』とか書くと、こういう目に遭います。たいへんオススメです。
「明日羽さん、お誕生日おめでとうございます!」
「……おめでとうございます……ですよぉ……」
声をそろえたのは、袋井雅人(
jb1469)と月乃宮恋音(
jb1221)の、リア充カップルだった。
ふたりは明日羽の友人だが、今日の雅人は普段と違った。なんと、チャイナドレスで女装してきたのである。
おお、まさか本当に女装して、おまけにBUまで用意してくるとは。さすが変態……もといラブコメ仮面。
しかしまぁ、よく考えると久遠ヶ原学園の女装率ハンパないな。この学校では、レベルが上がると女装/男装するのが通過儀礼なのか? MS的に支持したい儀礼だな。
「あら? 袋井君は女装してきたの? よくできてるね?」
明日羽が雅人の胸をつついた。
「ええ! こだわり派の私は、アイテムもばっちり揃えてきましたよ!」
「ふうん……? で、恋音ちゃんはキャットスーツ?」
「は、はいぃ……。ちょっと恥ずかしいのですけれど……佐渡乃先輩のために頑張ったのですよぉ……」
「ふふ。えらいね……? ごほうびあげたいけど、今日は彼氏がいるからまた今度ね?」
「……えぅぅ……そ、そうですかぁ……」
ほっとしたような、がっかりしたような顔になる恋音。
「恋音さん! ごほうびなら僕としましょう!」
変態……もとい雅人が、いきなり抱きついた。
「せ、先輩……こんなところで、なにをするつもりなのですかぁぁ……!?」
「今日の僕は女装! きっと明日羽さんも喜んでくれるはずです!」
「そ、それは……ちょっと早計かとぉぉ……!」
「僕の考えに間違いはありません!」
最近、雅人のキャラ崩壊が深刻な事態になりつつあるんだが……。
「……で、そっちの人は……すごい格好だね?」
明日羽が話しかけたのは、雁久良霧依(
jb0827)
マイクロビキニ+白衣が普段着の、歩くだけで蔵倫に抵触しそうな変態系女子である。……いや、『変態系』なんてものじゃなかった。純粋なる『THE・変態』だ。今日のパーティーは、主催者の意向どおり変態だらけ! ヒャッハー!(おちつけ)
「よければ、さわってみる?」
霧依は胸の下で腕を組み、おっぱいを強調させた。
しかし、ここまで堂々とされてしまうのは明日羽の趣味ではない。基本的に、いやがる相手をいじめるのが趣味なのだ。
「今日はエロ禁止って言われなかった?」
「おたがい、ルールを守るような人間じゃなさそうだけど?」
「駄目だよ? ルールは守らないと、ね?」
明日羽の手が伸びて、霧依のおへそをつついた。
「ぁんっ♪」と、いい反応を返す霧依。
これが、超絶変態ふたりのファーストコンタクトであった。
「ところで、百合華が見当たらないけど?」
「……えと……百合華先輩は、あちらに……」
恋音が指差したのは、真っ暗なステージだった。
「ああ、ストリップショーを見せてくれるの?」
「いえ……コスプレファッションショーを……」
恋音が言い、引き継ぐように美奈が声を上げた。
「じゃあ早速いくよー! ミュージックスタート!」
そのとたん、スピーカーから扇情的な曲が流れだし、ピンライトがステージを照らした。
そこに浮かび上がったのは、一見全裸の百合華。だが、実際は肌色のビキニを身につけている。数年前に大晦日の歌合戦で物議をかもした『裸スーツ』の上位版だ。しかも、こまかいところまでキッチリ描き込まれたパーフェクト仕様。近付いて見なければ、全裸と区別がつかないほどだ。
「これ、なにも着てないのと同じですよぉぉ……!」
両手で胸と股間を隠しながら、百合華は全身桜色になって震えていた。
「似合ってるよ?」と、明日羽が笑う。
「こんなの似合う人なんて、いませんよぉ……!」
泣きそうになっている百合華であった。
「ファッションショーってことは、ほかの衣装もあるの?」
「あ、はい。次は私が用意した服を……」
そう言って、絵怜奈がステージに走っていった。
ちなみに彼女は聖歌隊のような衣装に身をつつみ、自作した天使の羽を背中に着けている。これはこれで誕生日パーティーには合っているが、ここがストリップ劇場だということを忘れてはいけない。おかげで、ものすごい違和感だ。
「じゃ、百合華さん。着替えましょう」
絵怜奈は百合華の手を取って、ステージ脇へ歩いていこうとした。
「ちょっと待って? なにしてるの?」と、明日羽が止める。
「裏で着替えてもらおうかと……」
「え? ステージで着替えればいいよね?」
「そ、それは……。百合華さん、やれますか? やれますね? やりましょう!」
ひらきなおったように強要する絵怜奈。
百合華には、ことわる術もなかった。
「ミュージックチェンジ!」
美奈の指示で、BGMが切り替わった。
一体だれが操作してるのか疑問だが、こまかいことは気にするな。
「あぅあぅ……」
メローな曲調にあわせてゆっくり……というわけにもいかず、あわてて着替える百合華。
絵怜奈が用意した衣装は、紙で作られた真っ白なドレスだった。視覚芸術を生かして製作されたドレスは、とても紙でできているとは思えない逸品。トイレットペーパーで折った花のコサージュを頭に乗せれば、みごとなウェディングスタイルの完成だ。
「あら。立派なものじゃない? でも、それだけ?」
明日羽の問いに、絵怜奈は首を振って「おたのしみはこれからです」と答えた。
そして手渡されたのは、水鉄砲。
「これで、百合華さんを撃ってください」
「ああ。もしかして……?」
なにかを察したようにうなずくと、明日羽は躊躇なく水鉄砲を発射した。
狙いは胸元だ。命中したとたん、水の染みこんだ部分がズルッと溶け落ちる。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて胸を隠す百合華。
「ごらんのとおり、水に溶ける紙で作りました。どうですか?」
さらっと説明して、絵怜奈は無邪気に微笑んだ。
かわいい顔して、なかなかのSっぷりである。
「うん、合格合格。水鉄砲の中身がローションだったら、もっと良かったかな? だれか持ってない?」
無茶なことを言いだす明日羽。
そんなアイテムを携帯している者など、常識的に考えて……
「私、持ってるわよ?」
涼しい顔で、霧依が応じた。
常! 識! 外!
「よく持ってたね?」
「淑女の化粧ポーチには必ず入ってるものでしょう? ヒアルロン酸コラーゲン配合で、お肌にもいいわよ?」
「じゃあ、ちょっと借りるね?」
という経緯で、百合華は溶けた紙とローションでデロデロにされたのであった。
「では……次は私の用意した衣装なのですよぉ……」
「ちょっと待って?」
ステージに上がろうとする恋音の腕を、明日羽がつかんだ。
「……えと……なんでしょうかぁ……?」
「あの子はしばらく放置して、食事にしない?」
「ええ……と……あのドロドロヌルヌルのまま……ほうっておくのですかぁ……?」
「名案でしょ?」
「は、はぁ……」
恋音には理解できない発想だ。
ちらりとステージに目をやると、百合華はローションまみれになって半泣きでうずくまっている。
「百合華、私が許可するまで一歩も動いちゃ駄目だよ?」
「はいぃ……」
どこまでも従順な百合華は、言われたとおり身じろぎさえしなかった。
そういう次第で、百合華を除く8人での立食パーティーが始まった。
調理を担当したのは、歩くキッチンの称号を持つ恋音。
事前に百合華から聞きだしたところ明日羽はチーズが好物だとのことで、テーブルに並んだキッシュやカナッペ、スコーンなどは全てチーズ風味になっている。
「ふぅん。私の好みは調べてあるわけね?」
「……はい……そのぉ、百合華先輩から聞いたのですよぉ……。こちらに厨房があれば、温かい料理もご用意できたのですけれどぉ……」
「それはいいけど、どうしてチーズが好きかわかる?」
「……それは……すみません。わからないのですよぉ……」
「あら。わからない? ふぅん……? まぁ答えは教えないけど、そのうちわかるかもね?」
意味深なことを告げると、明日羽はフロマージュの香りを味わいながらクスッと笑った。
そんなパーティーの中。
ソーニャ(
jb2649)は、すみっこでジュースをなめていた。
明日羽とも百合華とも面識のある彼女だが、今日もまた自分からは声をかけられずにいる。
そう。ソーニャは極度の人見知りなのだ。今回も、明日羽の誕生日を祝福しようと参加したのだが、ほかの参加者たちのようには積極的に出られず、祝うどころか明日羽に声すらかけてない。
なにをしに来たのかとソーニャも自問自答するが、いじめられて悦んでいる百合華の姿と、それを見て愉しんでいる明日羽の姿を前にすれば、自分が入っていく必要はないように思える。あの二人は、ふたりだけで完結している。みごとなまでの、需要と供給の関係だ。そこには、せつないほどの憧れさえ感じる。
ソーニャは痛切に思う。どうして自分が明日羽のパートナーではないのか、と──
にじむ涙をぬぐいながら、彼女はただただ時間が過ぎるのを待っていた。
いまさら、あの食事会に入っていくことなどできやしない。明日羽に話しかけることもできはしない。
でも、だまって帰るわけにはいかない。最低限、みんなから集めたプレゼントだけは渡さなければ──
「なにしてるの?」
不意に背中から声をかけられて、ソーニャはビクッと振り向いた。
「明日羽、さん……」
「今日は、私をたのしませてくれるんでしょ? そんな所でじっとしてたら駄目じゃない?」
「でも、ボク……」
言いかけて、だまりこんでしまうソーニャ。明日羽を前にすると、彼女はいつもこの調子だ。初めて会ったとき『かわいいね』と言われたことがいまだに胸の中をぐるぐるして、なにを言えばいいか、適切な言葉が思い浮かばない。
「もしかして、いじめてほしい?」
「そういうわけじゃ……」
「でも私をたのしませないと、おしおきだよ? まぁおしおきされるのは百合華だけどね?」
「……」
ソーニャは何も答えられず、そっとステージに目をやった。
明日羽の命令どおり、百合華は動かず丸くなっている。
あぁもしかすると、このパーティーをぶちこわして百合華におしおきを与えるのが最善の答えなのかもしれない──
ふとソーニャはそんなことを思いつくが、もちろん実行できるはずもない。そんな度胸があれば、人生なんの苦労もないだろう。
ともかく、やらなければならないことだけは済ませなければ──
そう考えて、ソーニャは銀色のチェーンネックレスを取り出した。チェーンには8個の指輪が通されて、それぞれ参加者の名前が刻んである。
「これ、今日の記念に……」
「指輪……?」
「そう。全員分の指輪……。すぐに引き出しの奥に消えちゃうかもしれないけど……」
「そんなことはないよ?」
明日羽は、チェーンからリングをひとつだけ引き抜いた。
ソーニャの名前が刻印されているものだ。
それを左手の小指にはめて言う。
「これで、しばらくは消えないでしょ?」
「そう、ですね……」
なぜ自分の指輪が選ばれたのかとソーニャは思ったが、それをたずねる勇気はなかった。
『選んでないよ? 偶然だよ?』などという答えが返ってきたら、哀しい気分になるだけだから。
「……ところで、明日羽殿。パーティーは楽しんでおられるでござるか?」
ふいに、雅がそんなことを問いかけた。
「たのしくないって答えたら、どうするの?」
「それは当然、主催者の百合華殿におしおきすることになるでござるな」
「じゃあ、たのしくないって答えようかな?」
「さようでござるか。では……」
と言いながら、雅はステージに向かっていった。
そして、じっとしたままの百合華を引きずり起こす。
「明日羽殿がつまらなそうにしているのは、百合華殿の責任でござる! お仕置きが必要でごさるな! 百叩きの刑でござる!」
「えぇ……っ!? わたし、言われたとおりにしてましたよぉ……!?」
「口ごたえとは、ますますけしからんでござる!」
「やめてくださいぃぃ……!」
「やめぬでござる! これは愛の鞭! けっして、よこしまな行為ではないのでござるぞ!」
泣き叫ぶ百合華の表情は、どこか幸せそうだ。
それを眺める明日羽も、だいぶ満足げである。
そう。本件ではストレートに百合華をいじめるのが正解!
自分の出した依頼で自分をいじめてもらうとはマゾにもほどがあるが、金を出して女王様に踏んでもらう人種も存在するので大したことはない。ただ、彼女が高校生だということを考えると将来不安だが。
「あの……明日羽さん……?」
声をかけてきたのはソーニャだった。
「ん? どうしたの?」
「ボク、デジカメ持ってきたから、写真とろうかと思って……」
「写真? いいね。百合華が楽しそうにしてるところ、撮ってあげて? あと、草薙君はもっと強く叩いてね?」
「否! 力だけでは駄目でござる! 適度な刺激こそが重要なのでござる!」
パーンと打ちつけられる雅の平手は、絶妙な力加減で百合華を喜ばせるのだった。
「百叩きの予定が、五十叩きで終わってしまったでござるな。……では、残りの五十発は明日羽殿に受けてもらうでござるよ! 真のドSとは何たるかを教えて進ぜよう!」
拳をにぎりしめて、力強く宣言する雅。
「私は別にSじゃないけど? なにを教えてくれるの?」
「身をもって知るが良いでござる!」
雅はティアマットを高速召喚すると、明日羽を押さえつけさせた。
「それで? ここからどうするの?」
「無論、百合華殿の続きを受けてもらうでござる。五十叩きの刑でござるよ!」
「そういう趣味はないよ?」
「趣味の問題ではござらん! これは、SMという愛情表現の手ほどきでござる! 覚悟するが良いでござるよ!」
「痛いのは好きじゃないから、袋井君と恋音ちゃんに助けてもらおうかな? ソーニャちゃんも私を助けてくれるよね?」
明日羽が呼びかけると、三人は一斉に光纏して襲いかかり、あっというまに雅を拘束してしまった。
「三人がかりとは卑怯なり……!」
「明日羽さんと戦うよりはマシだったと思いますよ。あの方、相手が男だと容赦ないので……」
雅人の言うことは、じつに正しかった。
「私、こんな誕生会はじめてです……」
一騒動のあと、絵怜奈がぽつりと呟いた。
大丈夫。おそらく全員はじめてだ。霧依だけは初めてじゃない可能性があるけど。
「まぁ、場所が場所ですからねぇ」
どこか神妙な面持ちでうなずく雅人。
「いやー、この会場を見つけたあたし、超グッジョブだよね」
美奈は、どこまでも得意げだ。
「……えとぉ……場所だけの話ではないと、思うのですよぉ……」
「場所だけの話ではない……というと、どういうことでしょうか。恋音さん」
計算なのか天然なのか、判別できないことを言いだす雅人。
「……あの、どちらかといえば……ふつうの誕生日会と同じ部分のほうが、少ないのではないかと……」
「なるほど、さすが恋音さん! 僕たちには見えないものが見えているわけですね!」
「そ……そういうわけではないと……思うのですが……」
とまどう恋音。
このカップルの会話は、そろそろ夫婦漫才の領域に入りつつある。
「……で? 見世物は終わり?」
だったら拍子抜けだといわんばかりの口調で、明日羽が訊ねた。
「……まだ、コスチュームがいくつか、あるのですよぉ……」と、恋音が答える。
「なにを持ってきたの?」
「……えとぉ……バニーガールなどを……」
「それは着させたことあるから、見慣れてるよ?」
「お……おお……それは、失礼したのですよぉ……」
「ほかにはないの?」
「それが、そのぉ……。予算的に厳しかったものでぇ……」
そう言いながら、恋音は百合華に目配せした。
それを見た百合華が、立ち上がって歩きだす。
すかさず、明日羽の声が飛んだ。
「百合華、ちょっと待って? 動くなって言っておいたよね?」
「で、でも……シャワー浴びたいですよぉ……」
無理もない。水溶紙のドレスをローションでドロドロに溶かされたまま、一時間以上も放置されていたのだ。──とはいえ、それぐらいのことで明日羽に逆らう百合華ではない。理由がある。
「……あれは、佐渡乃先輩に思いっきりいぢめてもらう口実を作るために、わざとされているのですよぉ……」
恋音が、明日羽の耳元に囁いた。
「それは恋音ちゃんの入れ知恵?」
「……えぇとぉ……はい……」
隠すこともできず、恋音はうなずいた。
それを見て、明日羽もうなずく。
「百合華、シャワー浴びてきていいよ?」
「い、いいんですか……?」
「うん。きれいにしてきてね?」
「は、はい……」
なにか納得できないような顔で、百合華はステージの横へ下がっていった。
「あのぉ……どうして、おしおきをされなかったのですかぁ……?」
「いまの場合『おしおきしないこと』が、おしおきになるでしょ?」
「な、なるほどぉ……」
SM道は奥が深いと実感する恋音だった。
「……さて、さっぱりしたわね?」
シャワーを浴びて出てきた百合華を、霧依が待ちかまえていた。
「ひ……っ」
おもわずシャワールームに戻りそうになる百合華。霧依とは初対面だが、もう見るからにヤバいレベルで変態オーラが漂っているのが見て取れる。百合華自身も変態なので、仲間の匂いは瞬時に嗅ぎとってしまうのだ。無論、属性は正反対だが。
「さぁ、最後のコスプレショーよ。これを身につけて」
霧依が出したのは大人用よだれかけだった。
いわゆる、赤ちゃんプレイというやつである(どうでもいい知識!)
「それ、着ないと駄目ですか……?」
「当然よ。どんなことでも協力するって言ったわよねぇ?」
「うぅぅ……」
そうしてパーティー会場に戻ってきたとき、百合華はガウンを羽織っていた。
うしろには霧依が立ち、百合華の肩に手を置いている。
「ミュージックスタート!」
美奈の合図で踊りだす、謎のBGMと謎のピンライト。
そのリズムに合わせて、霧依がゆっくりじっくりねっとりとガウンを脱がしはじめた。
そしてあらわになる、赤ちゃんコスプレ。
うん、ぜんぜんエロくない。むしろ健全。
それを見て、明日羽が「ふぅん」と妙に真面目な顔で納得する。
「そういえば私って、こっち方面の発想はなかったね? どう、百合華? たのしい?」
「たのしくありませんよぉぉ……! はやく普通の服を着させてくださいぃ……!」
「うん。たのしそうだね? 霧依さんに感謝しようね?」
「なんで感謝しなきゃいけないんですかぁぁ……!」
「ほら、ちゃんと『ありがとうございました』って言わないと。ね?」
「うぅぅぅぅ……」
屈辱に耐えながら、「ありがとうございました」と頭を下げる百合華。
霧依は「どういたしまして♪」と言いながら、さりげなく足をつまずかせた。そして、百合華のおなかを力一杯プッシュ!
「ひぁ……っ!」
百合華は屈辱と羞恥と喜悦で、耳まで真っ赤だ。
その様子を見ながら、明日羽は満足げな笑みを霧依に向けた。
「ありがとう。新しい領域が開放できたみたい」
「そう? 本当なら、もっと色々やりたかったんだけど」
「それはまたの機会に、ね?」
「んふふ……。それにしても、いいペットね。まぁ個人的には、もうちょっと若い子のほうが好みだけれど」
「それ、たぶん犯罪だよ?」
「なにか問題あるのかしら?」
そんな会話を交わしながら、微笑みあう変態ふたり。
「ふふ……。あなたとは気が合いそうだね?」
そう言って、明日羽が手を出した。
「そうかしら。もしかするとライバルかもしれないわよ?」
応じながら、霧依が明日羽の手をにぎる。
どうやらおたがい、同類と認定したようだ。
これによって一番被害を受けたのは百合華だが、一番よろこんでいるのも百合華であることは言うまでもなかった。
霧依の活躍でコスプレショーも無事に終わり、ようやく解放された百合華はグッタリしながらイスに座っていた。
「あの……どうでした? 今日のパーティー、たのしんでもらえましたか?」
絵怜奈が、おずおずと明日羽に問いかけた。
「まぁ退屈しのぎにはなったかな……? 本当なら今日はクルーザーで船上パーティーの予定だったけど、まさかストリップ劇場に呼び出されるとはねぇ……?」
「よし! 本日のMVPはあたしね!」
美奈がガッツポーズをとった。
明日羽は首を振って否定する。
「MVPは霧依さんだよ?」
「ええっ!? うそっ! 100メガショック!」
「なにそれ?」
「ええっ! 知らないの!? 100ギガショック!」
「その足でヒールでも履いて百合華を踏んでくれればMVPだったかな?」
「わかった! いまからやればいいのね!」
「ええ……っ!? おひらきになる流れだったんじゃ……!?」
うん。おひらきの予定だったんだが、めずらしく文字数が余ったんだ。せっかくEXにしたんだから、使い切らないともったいない。
「そうそう。最後まできっちりお祝いしないとね♪ それが、あなたの出した依頼でしょ?」
やたらと良い笑顔で、美奈は百合華の尻をヒールの底でグリグリ♪
「これ、なんのお祝いにもなってませんよぉぉ……」
「なってるなってる。だって明日羽さんが、こうしろって言ってるんだよ?」
「うぐぅぅ……」
だが、しかし。明日羽の要求は、こんなものではない。
「ダメダメ。ぜんぜん手ぬるいよ? もっといじめてあげて?」
「こんな感じ?」
「うんうん。その調子でやってみて?」
にっこり微笑む明日羽は、じつに楽しそうだ。
「あ、そうだ。ソーニャちゃん、これも撮影しておいて?」
「はい。どういうアングルで撮りましょう……」
「ここから、こんな感じかな? はい美奈さん、思いっきりね?」
「了解!」
このSMパーティー……じゃなくてバースデイパーティーは、翌朝まで続いた。
そして依頼人は、これを『成功』と判定したのである。