その日、郊外の農園に25人の撃退士が訪れた。
出迎えた農夫が、だらっとした感じで言う。
「よぉ来たね。じゃ、ざっと説明するんで……」
「……ん。説明は。無用。フルーツ狩りに。出撃する」
きっぱりと言い切って出陣した最上憐(
jb1522)は、いつもの食い放題イベント以上に真剣だった。
無論、これには理由がある。というのも、異空間の胃袋を持つ彼女は大抵の食い放題で食材を食い尽くしてしまうのだ。そのため、心行くまで食べられたことがほとんどない。しかし、今日は違う。相手は広大な農園。いくら食べても、食料が尽きる心配はない! ……ないと思う。たぶん。きっと。うん。
「……ん。農園。食べ放題。食べごたえが。ありそう」
そんな憐が最初に狙いをつけたのは、ブドウ畑。
当然、一粒一粒つまんで食べたりなどという悠長なマネはしない。房ごと口に入れて、グッと引っ張る。これで実だけが口に残り、枝は取り除けるという寸法だ。
「……ん。なかなかの。美味。カレーの付け合わせに。あうかも」
ひょいひょいとブドウをもぎとってゆく憐によって、たちまち一本の木が丸裸にされてしまった。
もしかすると、かなりの確率で農園の危機かもしれない。
「あたいも説明いらなーい」
憐に続いてチュートリアルをスキップしたのは、雪室チルル(
ja0220)
彼女は重体の身だが、フルーツハンターぐらいできるだろう。
「ひと狩り行くよー。……ううん、ちがった。千狩りぐらい行くよー! めざすは大物! 金冠よ!」
獲物の大きさしか頭にないチルルは、ベリーやプルーンを完全無視してサツマイモ畑に突入した。
うむ、ただしい判断だ。だれが考えたって、これが一番でかいに決まってる。
「さぁ芋の中の芋たち、出てこいやー!」
ドバアアアン!
ウェポンバッシュがブチこまれる音だった。
盛大に飛び散る土埃。
砕けて舞い上がるサツマイモ。
真っ青な顔で走ってくる農夫。
「お客さん、そういう採りかたは駄目です!」
「ええ……っ? じゃあ封砲は? 封砲ならいいよね? だって封砲だし?」
「駄目です! ふつうに掘ってください!」
「じゃぁこうだ!」
チルルはツヴァイハンダーを抜き放つと、思いっきり地面に突き立てて掘りかえした。
グバァアッ!
ごろごろ転がるサツマイモの群れ。
「……ま、まぁそれならどうにか」
ひきつった声で答える農夫は、いまにも心筋梗塞で倒れそうな顔をしていた。
「私市さん、モモにロックオンなの! モモを狙っていくなの!」
いきなりテンションMAXでダッシュをかけたのは、香奈沢風禰(
jb2286)
こちらもチュートリアル無視だ。
「桃だね、わかったよ……って、はやっ! ちょっと待ってー!」
さわやかにうなずいた私市琥珀(
jb5268)は、その3秒後に大慌てで後を追った。
「ここがモモ畑! モモ工場! 世界最大のモモ製造プラントなの!」
砂煙を巻き上げて桃畑っぽいピーチ空間に突入した風禰は、まよわず光纏! 嵐のような勢いで桃を収穫! 否、収奪! そのさまは、さながら荒ぶる鬼神のごとし! 桃をつかみとる風禰の腕は、残像で千手観音に見えるほどだ!
「とりあえず100個ぐらいゲットなの! ぜんぶ味見なの! 味見ほどうまいものはないと、だれかが言っていたなの!」
「待って待って。食べる前には手を拭こうね?」
お手拭きを取り出して、手渡す琥珀。
風禰はテキトーに手を拭くと、両手に桃を持ってかぶりついた。
「むぐむぐむぐむぐ、これは絶品なの! モモの中のモモ! キングオブモモなの! もぐもぐもぐももももも!」
桃と一緒にお手拭きを食べているのだが、気付いてないようだ。
おお、いったい何が、彼女をこのような怪人ピーチ女臣に変えてしまったのだろうか。
「ぐもっ! ごふっ! んがんぐっ!」
突然苦しみだすピーチ女臣。
なんと、桃のタネが喉に詰まってしまったのだ! まさか、桃のタネをそのまま食っていたのか!? いかん。このままでは、『<桃のタネを喉に詰まらせた>という理由により重体』になってしまう!
「ふぃ、風禰さん、お茶飲んで!」
「んぐっ! んぐぐっ……! ぷふー。あぶないあぶない。もうすこしで私市さんが死ぬところだったなの」
「なんで僕が死ぬの!?」
「むぐむぐもぐもぐもももももも」
「まさかの完全スルー!?」
なかなか愉快な漫才だが、あとは風禰が延々と桃を食う描写が続くだけなので、場面を戻そう。
「いくぞー! くだもの食べほうだい! いちご食べほーだいだぞ!」
ちまねこアダム(
jb2614)も、説明を無視して園内に駆け込んでいった。
そのあとを、クリフ・ロジャーズ(
jb2560)とシエロ=ヴェルガ(
jb2679)が追いかける。
「本当にイチゴが好きなのね、アダムは」と、シエロ。
「待って、アダム。ここにイチゴはないよ」
クリフが、残酷な事実を指摘した。
瞬時にアダムの表情が暗くなる。
「え……っ? いちご、ないのか? くだもの畑なのに、いちごないのか……?」
「うん。ちょっと季節が悪かったみたいだねぇ」
「いちごがないくだもの畑に、なんの意味があるんだ……?」
「まぁ、ナシとかモモとか……?」
「ナシは、いちごじゃないんだぞ!」
「でも、ほら。ラズベリーもイチゴの仲間だから……」
「おいしいのか?」
「食べてみる? そこにラズベリーの畑があるよ?」
「たべるぞ! 3人いっしょにたべるんだぞ!」
ダダッ、と畑につっこむアダム。
そのとたん、ドチャッと転ぶアダム。
「なにもないところで転ぶとは器用ね……」
シエロが手を出した。
「いたくない。いたくないぞ……! おれは天使だからな! ちっともいたくなんてないんだぞ!」
涙目になりながら、アダムはシエロに手を引っ張られて立ち上がった。
その顔を見て、シエロが苦笑いを浮かべる。
「アダム、顔に土が付いてるわよ?」
「む? つちかー? くだもの園のつちはあまいのかー?」
アダムは顔を両手でこすり、土をペロッと舐めた。
とたんに、アダムの表情が一変する。
「ぅえ……っ! ちっともあまくないぞ! だましたな!」
「おちついて、アダム。だれもだましてないわよ?」
「そうか? だましてないか? おれのかんちがいか?」
「そうそう。勘違いよ」
などと二人がしゃべっている間に、クリフはラズベリーを収穫していた。
「ほら、アダム。これがラズベリーだよ」
「いちごと全然ちがうぞー?」
アダムが首をひねった。
答えに詰まるクリフ。それはまぁ、ラズベリーとストロベリーでは見た目からして全然ちがう。
「ま、まぁためしに食べてみなよ。はい、あーん」
「あーん」
アダムの口に、ころっとラズベリーが放りこまれた。
もぎゅもぎゅして首をかしげたあと、アダムが言う。
「やっぱり全然ちがうぞー?」
「「うーーん」」
クリフとシエロは顔を見合わせ、どこかにイチゴはないかなと無言で話しあうのであった。
「とれたてフルーツ食べ放題! これがときめかずにいられますか! さぁ八雲さん、行きましょー!」
アダムたちに続いて説明を無視しようとしているのは、橘一華(
ja6959)
ファイトー! いっぱーつ! とか始まりそうなノリだが、あいにく同行の時雨八雲(
ja0493)は、そういうキャラではなかった。
「『行きましょー』ったって、どこ行くんだよ。かなり広いぞ、ここ」
「大丈夫! 行けばわかりますよ! レッツゴー!」
「……まさか、なにも考えてないのか?」
「うん! でも平気ですよ! さぁフルーツの海にダイブ!」
グッと拳をにぎりしめながら、一華は目をキラキラさせた。
八雲は眉間を指でおさえながら、冷静に問いかける。
「……ためしに訊くが、橘の好きな果物は?」
「ぜんぶ!」
「それじゃあ話が進まないだろ……」
「絞るとしたら、梨と桃と葡萄と、それから……」
「いや、わかった。その三つだな。偶然だが、俺も梨と桃が好きだ。というわけで、この二種類をとりにいくぞ。いいな?」
「葡萄は!? 葡萄も食べましょうよ! 仲間はずれにしたら、かわいそうですよ!」
泣きそうな顔で訴える一華。
八雲は、さっきから別の意味で泣きそうだ。
「おちつけ。仲間外れになんかしてない。梨と桃と葡萄を順番に収穫する。これでいいな?」
「いいですよ! さぁ行きましょー!」
以上のようなコントのすえ、ふたりは農園を駆けずりまわって大量の梨と桃と葡萄を手に入れたのだった。
「旦那様ぁ、どこへ行ったんだっちゃかー?」
これまた農夫の説明を聞かずに駆けだしたのは、御供瞳(
jb6018)
彼女は今日も、行方知れずの旦那様さがしに余念がない。
この依頼に参加したのも、旦那様をさがしている間に小腹がすいて、たまたま見かけた依頼書に『食べ放題』と書かれていたのを目にしたからだ。
そんな瞳のお目当ては、桑の実やアケビ、栗、柿、山葡萄にコケモモ、それに蛇苺。どれも故郷の山野で実っていた、なつかしい果実だ。
もちろん園内にはないので、瞳は果物狩りを無視して山の中へ入っていく。
この季節、郊外の山野は木の実でいっぱいだ。
こうして自然の中にいると、瞳の脳裏に旦那様との生活が思い出される。とくに桑の実は、仲良く食べながら真っ黒になった歯を見せあったりして遊んだものだ。当時は何でもないことのように思っていたが、すべてが失われた今となっては涙なしに追想できない。
「うう……っ。旦那様ぁ……オラはココにいるっちゃよー。はやく一緒に遊びたいっちゃー」
瞳の食べる桑の実は、やけにしょっぱかった。
「やぁウェンディスさん。ひさしぶり」
長い説明を聞き終えて、ようやくイベント主催者に声をかけたのは、スリーピー(
jb6449)
「おまえか。果物をとりにいかないのか?」
「もちろん行くけど、そのまえに挨拶をと思ってね。先日の、屋台の写真や一口メモはどうだった?」
「スクラップブックに保管してある。なかなか便利だ」
「それは良かった。じゃあ俺は果物狩りに行くとしよう」
そう言ってスリーピーが取り出したのは、一対の双斧。
果物狩りに斧を使うのかと思いきや、次に彼の取った行動は想像を絶するものだった。なんと彼は、自らの背中に思いっきり斧を叩きつけたのだ。
ザグッ!
「ぐぉぉ……っ!」
鮮血が噴き出し、シャツが赤く染まる。
これには、さすがのウェンディスも唖然だ。
「なにをしてる? 気でも狂ったのか?」
「ちがう。俺のスキル『鮮血推進翼』を使うには、命を削らなければならないんだ」
そう言いながら、スリーピーは再び背中に斧を振り下ろした。
「ぬが……っ!」
痛みをこらえるスリーピー。
ビジュアルのためとはいえ、なぜ背中を……。どう見ても斬りにくいでしょ、それ。いっそ、専用のアイテムとか作りませんか? 自動切腹マシンならぬ、自動切背マシンみたいな。
「よし、苦労したが発動条件は満たした。俺はこの技で果物コンプリートを狙う。さらばだ」
言い残して、スリーピーは血痕をしたたらせながら走り去ってゆくのだった。
「変わった人もいるものですねぇ……。ところで、あなたが主催者さんですか?」
スリーピーの背中を見送りながら、Maha Kali Ma(
jb6317)が話しかけた。
「そうだ。集まってくれて感謝する」
「いえいえ、私は誘われて参加しただけですので……。しかし、20人以上あつまって良かったですね」
「まったくだ。ハラハラしたぞ」
ええ、本当にハラハラしましたとも。
そこへ、江戸川騎士(
jb5439)がやってきた。
「ふ……。こういうのは、案外と人が集まるものだ。1人より2人以上で参加したほうが楽しいからな」
「なるほど。覚えておこう」
「じゃ、俺様たちは果物狩りに行くとしよう。ではな」
そう言って、騎士はMaと一緒に畑へ向かっていった。
「……しかし、日本の四季は素晴らしいですね。とくに秋は気候的にも過ごしやすく、なにを食べてもおいしい」
あたりの風景を眺めながら、Maは感慨深そうに言った。
「のんびりしたことを言っているヒマはない。狩りの時間だ。……行くぞ、まずは果物だ!」
騎士の目は真剣だった。
そしてリンゴ畑に着いた騎士は、狩って狩って狩りまくり、食べて食べて食べまくった。
その次は梨、さらに桃。
疾風怒濤の勢いで果物畑を荒らしまくると、次は栗拾いだ。
拾いまくり、茹でまくり、食べまくる。
これはもはや、『痩せの大食い』などという言葉では済まされない次元だ。
「まるで欠食児童ですね」
あきれ顔で苦笑するMa。
「まだまだだ。ここまでは、いわばオードブル。メインは芋だ」
「芋ですか。私はここでもうすこし栗を拾っていきます。騎士さんは栗も大好きのようですから。持ち帰って栗ごはんでも作りましょう」
「それはうまそうだ。期待しておくぞ」
「ふつうの栗ごはんですけどね」
「栗ごはんは普通に作っても十分うまい」
絶対的な真実を告げると、騎士は芋畑へ突撃して乱舞するのだった。
騎士とMaが去ったあと、ウェンディスに話しかける者がいた。
天然系野生少女の、久慈羅菜都(
ja8631)である。
「えっと……今日は、素敵なイベントに誘ってくれて、ありがとうございます。食べ放題って、良い言葉だと思います……」
「礼の必要はない。単に、俺がスイーツを食べたかっただけだ」
「でも、食べ物には感謝したほうが良いと思うので……」
と言いながら、菜都は鼻をスンスンさせていた。
ウェンディスから、おいしそうな匂いがしているのだ。もちろん菜都の思い込みだが、あらゆる動物を無意識に食材と考えてしまう彼女にとって、天魔もまた食材。なにやら危険な思考だが、実際に食べなければ問題ない。
「菜都ねーちゃん! いっしょに狩ろうぜ!」
そこへ勢いよくやってきたのは、花菱彪臥(
ja4610)だ。
「いいよ。なにを狩るの?」
「まずは桃だなっ!」
「うんうん。じゃあ行こうか」
おっとり口調で言いながら、彪臥を見てじゅるりとよだれをたらす菜都。
そして二人はウェンディスに別れを告げ、桃畑へ。
「どれがうまいかな〜? よしっ、あれだ!」
目星をつけると、彪臥は『小天使の翼』で飛翔した。
さらに『フェンシング』を使い、獲物をゲット!
「ふしぎだよなー? なんで尻みたいな形してるんだろー?」
素朴な疑問を口にしながらも、一気にかじりつく彪臥。
「うまっ! 甘くてうまいぜ! 果物ってすげーよな〜。砂糖入ってないのに甘いんだぜ? 作ってる人、尊敬するぜ〜」
「農園を荒らしちゃ駄目だからね?」
釘を刺しながら、菜都は手近の桃を取って口に入れた。
「わかってるって! 次はブドウ行こうぜ! ブドウ! 英語で言うとグレープ!」
「うん。いいよ」
というわけで、二人は葡萄畑に。
小粒の葡萄を房ごと食べながら、彪臥が言う。
「デカい粒のはさ、飲んだら喉痛くなるよな〜」
どうやら、噛まずに飲みこんでるようだ。
本来食べ物であるはずの物体を飲み物と認識している撃退士は、案外多い。
「よし、次は栗だ!」
彪臥が言い、菜都は笑った。
「な、なんで笑うんだよ!」
「イガを持って、『ウニー』とかやるんでしょ?」
「う……っ! どうしてわかった、菜都ねーちゃん!」
「あたしもやったことあるから」
「なんだよ! 仲間じゃねーか!」
「うん。仲間だね」
ふたりは顔を見つめあい、笑いだした。
「良い果物が見つかりませんね……」
紅美夕(
jb2260)は、ひとりで農園を歩いていた。
彼女の目的は、果物狩りで食べ放題することでもなければ、カフェでスイーツを満喫することでもない。収穫した果物を1kgまで持ち帰れると聞いた美夕は、先日の試験勉強で友達になった二人にプレゼントしようと考えているのだ。
というか、このプレイングを見たとき不安に思ったのだが、果物を持ち帰れるというのは飽くまでフレーバー的なものであって、実際にアイテムとして配布されるわけではない。そのあたり、大丈夫だろうか。
ともあれ、美夕は友達に喜んでもらおうと、一生懸命に果物をあつめていた。
種類は豊富だが、上限1kgとなるとあまり多くは持ち帰れない。林檎や梨なら1個200g以上はあるし、桃や芋も同様だ。
となると、ベリーや栗あたりでうまく重量を調節して──
「せめて、1kgではなく2kgだったら良かったんですけどね……」
無意識に呟きながら、美夕は両手に栗をひとつずつ持って、どちらが重いか計りはじめた。
しかし無論、ただ軽ければ良いというものでもない。それでは中身がスカスカの栗を選んでしまう危険性が高い。したがって狙うのは、軽くてもおいしそうな栗や果物だ。かなりの無理難題だが、クリアしなければならない。
「うまくいけば、きっと二人も喜んでくれるはずです……」
質の良い獲物を求めて歩く美夕は、ある意味だれよりも真剣だった。
「今日は天気に恵まれて良かったな」
農道を歩きながら、礼野智美(
ja3600)は空を見上げていた。
雲ひとつない、完璧な青空。風は涼しく、歩くだけでも心地良い。
「そうですねぇ。せっかく誘ってもらったのに、雨が降ったらしょんぼりですからね」
笑顔でうなずいたのは、美森あやか(
jb1451)
「たまには、こういう平和な依頼も良いものです」
と、礼野静(
ja0418)が同意した。じつは先日、妹の智美が戦闘依頼で重傷を負ったため、怪我の心配がない今回のようなイベントには、内心ほっとしているのだ。
「でも、二人と一緒ってのは久しぶりだな。たのしみだ」
「たのしみだけど、どこに行きましょうか、智ちゃん」
あやかが問いかけた。
智美は「そうだなぁ。これだけ色々あると迷うよな」と言いながら、手元のパンフレットを広げた。
そのパンフを横から覗きこんで、静が提案する。
「時間を考えると全部まわるのは無理ですし、ベリーと薩摩芋と栗は私の実家で収穫できますから……梨、桃、葡萄、プルーン、洋梨の5か所をまわることにしませんか?」
「さすが姉上。決断が早いですね」
「そうですか? さいわい、ここの梨は二十世紀ではなく幸水ですし、家で待つ妹の好みにも合います。地図によるとすぐそこですから、まずここから行きましょう」
という次第で、三人は梨畑へ。
「うわあ、梨がいっぱい。どれを獲ろうかな」
あやかは目を輝かせながら周囲を見回した。
「おいおい、どれも同じだろ」と、智美が言う。
「種類は同じでも、ひとつひとつ味が違うじゃないですか」
「あー、それもそうだ。でも、おいしい梨の見分け方とか知ってるのか?」
「うーん。なんとなくだけど、あれがおいしそうな気が……」
あやかが指差したのは、とても手が届かない高さに実っている梨だった。
「あれか。たしかに綺麗な色だな。……よし、待ってろ。登って獲ってきてやる」
智美は腕まくりして、幹に足をかけた。
「智ちゃん、まって。髪が木に絡まっちゃいそう」
あやかが呼び止めて、智美の髪を手早く編んだ。
やけに慣れた手つきだ。あっというまに編み上げられた髪が、ヘアピンで固定される。
「うん。これなら大丈夫」
「サンキュー、あやか。よし、行ってくる」
木を登りはじめた智美は、たちまち5mほどの高さへ。目的の梨を手に入れると、そのまま飛び降りた。
「あの高さから飛び降りるのは危険ですよ、智美」
静が冷静にたしなめる。
「……ですね。ちょっと……いや、だいぶ足が痺れました。まぁとりあえず食べてみましょうよ」
「あたし、ナイフ持ってます」
と、あやかがナイフを取り出した。
そして彼女が三等分に切り分けた梨は、甘さとみずみずしさをそなえた絶品なのであった。
「どれもおいしそうなの。ねえ、礼君。やっぱり取れたてって違うのかな?」
「うん。野菜や果物は、時間が経つと水分が抜けちゃうからね。たいていは新鮮なほうがおいしいよ。さて、どれを食べてみる?」
「礼君の好きなのでいいよ」
「僕は何でもいいから、愛ちゃんの行きたいところに行こうよ」
「えー? 迷うなぁ……。礼君決めてよ」
手をつないで歩きながら、周愛奈(
ja9363)と楊礼信(
jb3855)は、そんな会話を交わしていた。
今回の参加者には何故かカップルが多いが、中でもこの二人はかなりのイチャラブ度を誇る。
「じゃあ、近いところから順番にまわろうか」
「ここからだとラズベリーだね」
というやりとりで、ふたりはラズベリー畑に到着した。
適当に摘んだものを軽く水洗いして、ふたり同時にパクッと一口。
「すっごく甘い」
「メチャクチャすっぱい……」
愛奈は当たりを引いたようだ。
その後いくつか食べてみると、一個一個かなり味が違う。
「いまのは一番甘かったかも。……と思ったら、今度はすっぱい!」
ひとつ食べるごとに一喜一憂する愛奈。
「愛ちゃん、あんまり食べすぎると他のが食べられなくなるよ?」
「あ、そうだね。じゃあ次に行こうよ。近いのは……梨畑?」
「うん。こっちだね」
そうして礼信と愛奈は再び手をつないで歩きだした。
たどりついた梨畑には、何人か撃退士の姿もある。
「あ、これおいしそう」
愛奈が無造作に梨をもぎとった。
「本当だ。愛ちゃんは目がいいね」
「えへへ」
「貸してごらん。むいてあげるよ」
礼信は梨を受け取ると、あざやかな手つきで皮を剥き、芯をくりぬいた。
その刃物さばきは、さすが中華料理店『太狼酒楼』の末息子。
きれいに剥かれた梨を食べて、愛奈はニコッと笑う。
「すっきりした甘さで、おいしいね。礼君が剥いてくれたから、よけいおいしいよ」
「愛ちゃんが、いい梨を見つけてくれたからだよ。でも、ラズベリーと違って二人で同じのを食べられるのがいいね」
そう言って、礼信も笑った。
絵に描いたようなリア充カップルである。
そのころ。龍崎海(
ja0565)は、一人のんびりと山野の風景を眺めていた。
彼は果物狩りにもスイーツにも、さほど情熱はない。
このイベントに参加したのも、東北での連戦による疲労を癒すためだ。もちろんゲートも気になるが、本調子でない今の状態では足手まといになってしまう。戦いの日々を過ごす撃退士にも、休息は必要だ。そういうときには、戦闘の『せ』の字もないような、こういう気楽なイベントがいい。頭も体も使わず、さっぱりとリフレッシュできる。
とはいえ、せっかく果物狩りに来たのだ。なにもせず終わらせてしまうのは、もったいない。
「まぁ、いくら休養中とはいえ、すこしは動かないと体がなまるしな……」
そう言いながら、海は桃畑をめざした。
そして彼が目にしたのは、桃畑を不毛の地へと還さんばかりの勢いで食べまくる最上憐の姿。
もっとも、彼女の大食いぶりは承知済み。いまさら驚くには当たらない。
しかし、奥のほうで倒れている風禰は問題だった。
「うう〜、モモがぁ〜、モモがぁ〜なの〜なの〜」
あおむけにひっくりかえっておなかをぽんぽんしているところを見れば、あきらかに食いすぎである。
「医者のタマゴとして言わせてもらうが、これは食べすぎだ。胃の中のものを吐いたほうがいい」
「それを捨てるなんて、とんでもないなの!」
「もったいないのはわかるけど、腹をすっきりさせるんだ」
「いやなの〜」
「頑固な患者だ……」
海が苦い表情を浮かべた、そのとき。背中を血みどろにしたスリーピーが、よろよろと桃畑にやってきた。
「どうしました!? 熊にでも襲われたんですか!? それとも天魔に!?」
「自分で背中を斬った……」
「なにを言ってるんですか!? しっかりしてください! 自分で自分の背中を斬る人なんて、いませんよ!」
「ふ……。ここにいるぞ……?」
なぜか得意げに言うと、スリーピーは崩れ落ちた。
こうして海は、事情がわからないままヒールをかけるハメに。
あとから事情を聞いても、やっぱり理解不能だったが。
「狩り……それは、命を奪い、己に取り込む、神の定めた自然の摂理……」
歌うように呟きながら、ソーニャ(
jb2649)はラズベリーを一粒ずつ食べていた。
彼女の対話する相手は、ほかならぬラズベリーそのもの。あるいは、この農園すべての──否、この地上すべての果物たちだ。
「……え? 贔屓してないもん。お肉だって、ちゃんとその命の重さに感謝して食べてるもん。果物と違って速いから、なかなか狩れないだけ。……いいの。今日は果物いっぱい殺して食べるの」
はたから見れば、独り言か寝言を言っているようにしか見えない。
しかし、ちがう。ソーニャにとっては、会話として成立しているのだ。
もしかすると、彼女は幻視者なのかもしれない。あの、フランスを救った少女のように。
そしてソーニャは、生きているラズベリーに囲まれたままジャムを作りはじめる。
想像上の鍋に、香りだけのラズベリーを入れ、理想的なキッチンで架空のガスコンロに置き、妄想の炎を点火。
この炎こそ、ソーニャの持つ最大の武器だ。森羅万象、あらゆるものを灰にできる神聖な火。この火が胸の中に燃える限り、いかなる事物も彼女の敵には成り得ない。
ただし、今日はただの果物狩り。ソーニャに刃向かうものはない。
だから今日は、一方的な虐殺。果物を捕らえて喰い殺すだけの、かんたんなおしごとだ。
「狩った獲物は、すぐに調理。芋をふかすのと同じ。……ダメじゃないよね? きみたちは、これからホットジャムになるの。温かいのをそのまま食べるジャムだよ。この世界は甘くないから、砂糖は入れない。果実をたくさん使うから、おうちではなかなか作れないんだけど……。フフ……。ボクがあんまり食べられないと思って、油断したね?」
鍋の中で煮詰められたジャムは、そこらの市販品など足元にも及ばない完成度だ。
そのジャムを指先ですくって味見すると、ソーニャはどこかの誰かに呼びかける。
「この、血のように赤く、魅惑的な甘さ……。ほら、舐めてごらん? ……え? わざわざボクの指に付いたのを舐めなくても……。ええ? もっと? ボクの指、かじらないでよ? ……あ、首筋に塗っちゃダメ……」
吸血鬼ごっこをしながら、ピクッと体を震わせるソーニャ。
ラズベリー畑の中で、彼女の妄想はいつまでも続いた。
「ここが噂の店か。よーし、食い倒してやろーじゃん!」
ふかした芋をかじりながらカフェの扉を開けたのは、スイーツ中毒・九条絢斗(
jb2198)
一見すると王子様系の甘いルックスを持つ彼だが、じつは超毒舌のうえスイーツ大好きという謎の属性を持つ、やや残念系のイケメンである。
すでにフルーツハンティングを終えて目当ての果物をたらふく食べてきた絢斗。おみやげ用のフルーツが入ったバッグを肩に引っかけて、やる気満々の臨戦体勢だ。
席に着いた彼は、クールな声でオーダーする。
「おねえさん。このメニューの端から端まで、ぜんぶ持ってきてくれ」
「あの……おひとりさま2品までですが……」
「はぁ!? 食い放題じゃねぇのか!? おいおい、マジかよ。聞いてねぇよ……」
ずーーーんと落ち込む絢斗。
だが、彼は撃退士。たとえ仲間が死のうとも、戦場(カフェ)で悲しみに暮れているヒマなどない。
「くそっ! ぜってぇあきらめねぇ! スイーツホリック舐めんなよ!」
彼はササッと髪を整え、ネクタイをピシッと締めなおした。
次に髪をすこしだけ崩し、ネクタイをちょっとゆるめる。
これこそ、絢斗王子が女の子をひっかけるときの『10秒でできるお手軽印象操作法』だ! みんな覚えておけ! イケメンじゃないと無効だけどな!
そして絢斗は、ふたたびウェイトレスに声をかけた。
「すてきなおねえさん。このパフェに、ほかのスイーツ全部乗せをおねがいできるかな?」
「え……っ? それはちょっと……」
「お礼はちゃんとするから……ね?」
甘さと爽やかさをそなえた王子様スマイルで訴える絢斗。
その瞬間。ズキュゥゥゥン! という効果音がウェイトレスのハートを撃ち抜いた。
「か、かしこまりました!」
かしこまってしまうウェイトレス。
やがて運ばれてきた『全部乗せパフェ』は、タライみたいな皿にパフェやケーキや芋けんぴが山盛りにされた代物だった。
「こいつぁいいや」
ものすごい勢いで食べはじめる絢斗。
いや、食べるというより飲んでいる。
おお、ここにもまた一人、食べ物を飲み物にしてしまう男が!
秒殺で完食して、絢斗は一言。
「すげぇうまかった。おかわりよろしく♪」
鬼畜の所行である。
最終的に絢斗は閉店時刻まで居座りつづけ、最高の笑顔で帰宅した。
が、満足しすぎておみやげ袋を忘れていったのは失態だった。
絢斗がカフェの経営を危機に陥れているころ、遠く離れたテーブルでは憐が注文を告げていた。
「……ん。カレーを。ちょうだい。大盛りで。特盛りで。メガ盛りで。ギガ盛りで。テラ盛りで。ペタ盛りで」
「カレーはありませんが……」
困り顔になるウェイトレス。
ちなみに絢斗が籠絡したのと同じ人だ。今日の彼女は人生最大級の不運に違いない。
「……ん。カレーは飲み物であり。主食で。おかずで。前菜でもあるので。きっとスイーツでもある」
「そんな無茶な」
「……ん。どうしても無理なら。レトルトでも。いい」
「少々おまちください。店長に相談してきますので……」
やがて戻ってきたウェイトレスは、まかない用のカレーを手にしていた。
これが、彼女の終着駅。以後このウェイトレスは、憐にカレーを、絢斗にパフェを運びつづける奴隷のような運命となる。
「さぁ、スイーツの時間よ!」
バーンとカフェの扉を開けたのは、一華。
後ろには、八雲の姿もある。どうにも影の薄い印象だが、そんなことはない。一華が目立ちすぎてるだけだ。そもそも、このイベントに参加しようと誘ったのは八雲のほうであり、主導権は飽くまでも彼のほうにある。……あるはずだ!
テーブル席で向かい合わせに座った二人は、メニューをはさんで話しだす。
「あたしはコンポートとモンブランかな。八雲さんは何にします?」
「俺は、桃のタルトと梨のシャーベットだな」
「あ、それもおいしそうですね」
「ほしけりゃ、勝手に食べればいい」
「勝手に、ですか……?」
ちらりと上目づかいに八雲を見る一華。
その言動すべてが意味深すぎて、八雲は何も言えなかった。
この二人の関係は微妙だ。恋人同士とは言えないが、ただの友人と割り切れるほどドライでもない。いわば、大いなる発展途上。この先どうなるかは、無限の可能性がある。しかし、先は長い。なにしろ、おたがい相手の気持ちどころか自分の気持ちさえも理解してない状態なのだ。
「おまたせしました」
微妙な沈黙の流れる中、テーブルに四つの皿が置かれた。
それを見た瞬間、ふたたびテンションゲージが振り切れる一華。
「んー、おいしそう♪ いっただっきまーす♪」
その無邪気な笑顔に、八雲は思わず「ははっ」と苦笑した。
一華のフォークが、ピタッと止まる。
「……えと、なにかおかしいですか? おいしそうだからテンションあがっちゃって……」
「いや、なにもおかしくねぇよ」
「でも、笑われたような気が」
「そういうわけじゃねぇって」
「そうですか? じゃあ、おわびのしるしに、その桃のタルトを一口ください。そうしたら、笑ったの許してあげます」
踏みこむように言って、一華は顔を突き出した。
八雲は、冷静な表情をキープしながら言う。
「……これでいいのか?」
一口サイズに切ったタルトをフォークに刺して、そっと差し出す八雲。
あーんと口を開けた一華はパクッとタルトを食べて、満足そうにモグモグする。その表情は、『非常に難しい』戦闘依頼を大成功させたかのようだ。
ふたたび微妙な沈黙が訪れる中、一華は顔を赤くしながら言う。
「あはは……。えーと、まぁ、定番だし、一応やったほうがいいのかなって……。なんて、やっぱり恥ずかしいですね……。あたしたち、べつに付き合ってるわけじゃないんだから。たはは……」
複雑な表情で笑いだす一華。
それを見て、八雲は一華の百倍ほど複雑な表情になるのだった。
「うーん。どれにしようかな」
「色々あって迷うわねぇ」
メニューを手に、クリフとシエロは悩んでいた。
かたや、アダムはメニューを見た瞬間から5種のベリーのケーキと決めている。ただし、ひとつだけだ。もしイチゴが入っていればおかわりするし、入ってなければ他のを選ぶ。賢い選択だ。
「よし、決めた。桃と林檎のキャラメルソテーと、自家製フルーツリキュールのゼリーにしよう」
「じゃあ私は、和風モンブランと、5種のベリーのケーキね」
「シエロは、おれとおなじか?」
「ええ。だって、おいしそうだもの」
──というわけで、テーブルに5つの皿が並んだ。
それを見たとたん、アダムが声を上げる。
「やった! いちごが入ってる! おれのかんはあってた! あってたぞ!」
「よかったね、アダム」
「クリフ、うらやましいのか? ひとくちだけなら、あげてもいいんだぞ?」
「じゃあ遠慮なくもらおうかな」
「この、さいしょのひとくちの、カドのところが一番おいしいんだからな? ほら、あーん」
「あーん」
バカップルみたいな行為だが、彼らは男同士である。つまりBL!
というわけではなく、単なる仲良しさんなのだ。というか、この二人の仲良しぶりは尋常ではない。
「おいしいねぇ。シエロのモンブランも、すごくおいしそうだし」
「なに? クリフ。食べたいの? いいけど、クリフのをわけてくれたらね?」
「じゃあ、このゼリー食べてみる? はい、あーん」
「あ、あーん」
すこし恥ずかしそうに口をあけるシエロ。
そのお返しに、彼女もクリフにモンブランをあーんしてやり、3人は仲良く食べさせあいっこするのだった。
──って、なんなの、この幸せ空間! 3人とも、天魔の自覚を持ってください!
そのころ。礼野姉妹と美森あやかの3人も、仲良くスイーツを味わっていた。
テーブル上には、さくさくアーモンドと林檎のタルト。桃と林檎のキャラメルソテー。5種のベリーのケーキ。和風モンブラン。
そして静は、ほかの物なら妹たちが作れるからという理由で、オペラと洋梨のミルフィーユを注文している。どちらも妹が作れなくはないが、手間がかかって面倒なのだ。
こうしてテーブルの上に集まった品々は、きっちり三等分されている。切る前に撮影も済ませてあり、あとは食べるだけ。
「このオペラは、なかなか手が込んでますね。たいしたものです」
十以上もの層になった断面を見ながら、静が言った。
「ええ。こっちのミルフィーユも、かなり手間をかけてますね」
と、うなずく智美。
「どれもおいしいですー。でも、できればメニューぜんぶ食べてみたかったです」
あやかは笑顔だが、ちょっとだけ不満そうだ。
どこかの王子様みたいな反則技もあるのだが、こちらの3人は淑女なので、そんなことはしない。
ともあれ、彼女たちは存分にフルーツとスイーツを満喫し、たくさんのおみやげを抱えて店を出るのだった。
「ほぉ……。このタルトはなかなかだ。やるな、店主」
やけに偉そうな口調で品評するのは、江戸川騎士。
紅茶を一口飲んで、彼は続ける。
「こちらのパフェも悪くない。生クリームのほど良い甘味が舌に心地良いぞ。しかし、なにより大きいのは新鮮なフルーツたちの功績だ。農園のオマケ程度の店と思っていたが、じつに侮れん」
「絶賛ですね」と、Maが言った。
「いや、不満もあるぞ。まず第一に、和菓子が少ない。栗の実だけで作った落雁とか、栗一粒まるごと使った甘納豆とか、うまいんだぞ。そして第二に、たった2種類しか食べられないというのは問題だ。本当は芋けんぴも食べたかったのに……」
「まぁまぁ。では、私のキャラメルソテーとコンポートもどうぞ。これで4種類ですよ」
「おお、ありがたい。なにしろ普段は貧乏生活でな……。こんな絶品スイーツなど、めったに食べられないんだ……」
「しかし、よく食べますねぇ。あれだけ果物やサツマイモを食べたのに」
「スイーツは別腹と、昔から言うだろう?」
「そういう次元ではないように思いますけどね……」
苦笑しながら、Maは優雅にレモンティーをたのしむのだった。
となりのテーブルでは、愛菜と礼信がメニューをはさんで難しい顔をしていた。
「ねぇどれにしようか。礼君、どれにするの?」
「うーん。迷うけど、とりあえず別々のをたのんで分けあうことにしない? そうすれば、たくさん楽しめるし」
「うんうん。じゃあ礼君が先に選んでなの」
「僕は……5種のベリーのケーキと、和風モンブランかな」
「じゃあ愛ちゃんは、季節のフルーツパフェと葡萄のヨーグルトアイスにするの。店員さーん!」
注文すると、すぐに4つの皿が運ばれてきた。
いずれも外見からしておいしそうだが、とりわけパフェのデコレーションはみごとだ。
「見た目も素敵なの! 食べるのがもったいないぐらいなの!」
「本当だ。きれいだねぇ」
「でもやっぱり食べちゃうの! いただきまーす!」
「じゃあ僕も。いただきます」
愛菜はヨーグルトアイスから、礼信はベリーのケーキから食べはじめた。
そして一言。
「おいしー! 礼君も、これ食べて食べて!」
「こっちもおいしいよ。食べてみて」
たのしそうにスイーツを分けあう二人。
育ち盛りの食欲は凄まじく、4つの甘味はすぐに片付いてしまった。
「やっぱり、評判になってるだけあるね。どれもおいしかった。愛ちゃんは、どれが気に入ったの?」
「どれもおいしかったの。とても選べないの。ほんとうに、今日は来て良かったの。また、もういちど来たいの!」
「うん。また来たいね」
満面の笑顔を浮かべる愛菜を見て、礼信も微笑んだ。
「果物狩り、たのしかったなー!」
フルーツパフェをほおばりながら、彪臥は笑っていた。猫耳状の髪はピンと立って、なにかのアンテナみたいになっている。きっと、妖怪とか見つけられるヤツだ。
「うん。たのしかったね。……そうそう。今日のことで、なにか記憶をとりもどすヒントみたいなのはあった?」
「あー、そっか。そういや俺、記憶喪失なんだよな。わすれてた」
「えっと……、まさか記憶喪失だったことを記憶喪失してないよね?」
本気で心配そうな顔になる菜都。
「いくらなんでも、そりゃないって。だいじょーぶ。俺はちゃんと記憶喪失してるぜ! 確実に! まちがいなく! 絶対の自信を持って宣言してやるぜ、俺は記憶喪失だってな!」
「そんな力強く断言するようなことじゃないと思うよ……」
そう言いながら、菜都は芋と林檎の入った蒸しパンをかじった。
スイーツと言うには少々田舎くさい代物だが、菜都の手には妙に似合う。
「でも、今日みたいに色々な体験していけば、いつか記憶が戻るキッカケが見つかるかもしれねーよな」
「うん。できれば、こういうおいしい体験がいいね」
「そーだな。俺、刺身とか生野菜とか苦手なんだけど、そういうのも記憶喪失と関係してるかもしれねーよな」
「無理して海鮮サラダとか食べたら、ショックで記憶が戻ったり……」
「そこまでして記憶とりもどしたくねーわ、俺」
そう言って、彪臥は明るく笑った。
「目標発見! パフェにロックオン! モンブランにロックオン! ダブルロックオンなの!」
風禰は右手にスプーンを、左手にフォークをかまえて、目をキラーンとさせた。
さきほどまで彼女の胃袋を苦しめていた大量の桃は、すでに消化されている。さすが撃退士だ。
「いざ! 実! 食! なの!」
スプーンでパフェを一口。
フォークでモンブランを一口。
風禰の顔が、パァッと明るくなる。
「私市さん、美味なの! 超美味なの! ウルトラ美味なの! ごっつう美味なの!」
「うん、おいしいね」
うなずく琥珀は、5種のベリーのケーキを食べている。
「私市さん、もうひとつ注文しないなの? せっかく二つ食べられるのに、もったいないなの」
「僕はこれだけでいいや。もうひとつは風禰さんにあげるよ」
「ええっ!? そ、そんな、スイーツひとつでフィーを買収しようなんてなの……」
「そんなこと考えてないってば」
「ううん。そのスイーツを食べたら、政府の要人を暗殺するように命令されたり、麻薬組織のアジトに単身突入して殲滅しろとか言われるに違いないなの……」
「スイーツひとつでそんなことさせないよ! せいぜい銀行強盗の片棒をかついでもらうぐらいだよ!」
「店員さーん! 葡萄のヨーグルトアイスを注文するのなの!」
「またしても完全スルー!?」
愕然とする琥珀。
うん。なかなか良い漫才コンビだ。
「これは絶品。来た甲斐があった」
にぎわうカフェの片隅で、ウェンディスはアップルパイを食べながらアップルワインを堪能していた。
「あっ。お酒なんか飲んでる人がいるっちゃ」
と言いながら近寄ってきたのは、御供瞳。
両手に提げたバケツには、アケビや山葡萄、桑の実など、山で採ってきた果実がいっぱいだ。農園の作物は、ひとつもない。
「なんだ、これは。見たことない物ばかりだ」
「どれも知らないだか? じゃあ、これを食べてみるっちゃよ」
瞳が渡したのは、桑の実だ。
ウェンディスは3個ぐらいつまんで、無造作に口へ放りこむ。
「甘いな。ブルーベリーやラズベリーより甘い。気に入ったぞ。もっとくれ」
「好きなだけ食べるっちゃよ。でも、これを食べると……こうなるっちゃ」
瞳はニカッと笑って歯を見せた。
その歯が、みごとな紫色になっている。歯だけではなく、唇や指もだ。
「すごい色だな。俺もそうなってるのか?」
ウェンディスが歯を見せると、みごとに真っ黒だ。
「あはははは。仲間だっちゃ」
「仲間か。ふむ」
納得するウェンディス。
そこへ、龍崎海がやってきた。
「なつかしいことをしてるね。桑の実か」
「食べるだか? 遠慮しなくていいっちゃよ?」
「いや、俺はやめておこう。……ちょっと思いついたんだけど、その木の実でケーキとか作ってもらえないかな」
「オラ、ケーキなんか作れねぇだよ」
「ちがうちがう。お店の人に作ってもらうんだ」
「そんなこと、できるだか?」
「わからないから訊いてみよう。訊くのはタダだ」
と言って、海はウェイトレスを呼び止めた。
そして、とくに問題なく交渉成立。『特製・山の果実のケーキ』を作ってもらえることに。
「やった! 桑の実のケーキが食べられるっちゃ!」
「ちょっと待ったぁー! なにかの特製ケーキが食べられるって聞こえたわ! あたいの地獄イヤーをごまかすことはできないのよ!」
2kgぐらいありそうな巨大サツマイモを持って乱入してきたのは、フルーツハンター・チルル。(注:芋はフルーツではありません)
「山の果実のケーキだよ。……にしても、すごい芋だね」と、海が言った。
「そう! 今日いちばんの大物よ! でも、これ1個で1kg以上あるから持って帰れないの! だから、ここで食べて行くのよ! うらやましい? うらやましいでしょう? どうしてもって言うなら、半分あげてもいいのよ?」
「いや、俺は遠慮しておく」
「オラもいらねぇだ」
「俺もいらん」
3人から同時に拒否されてしまうチルル。
「ふかし芋、人気うすっ!」
そんな彼らの横を、こそこそと通りすぎていくパンダの姿があった。
無論、本物のパンダではない。着ぐるみだ。
「スリーピー、それは何のマネだ?」
ウェンディスが声をかけた。
ギクッとなって振り返るパンダ。
彼はスケッチブックを取り出すと、こう書いた。
『俺はスリーピーではない。ただのパンダだ』
「振り返った時点で、認めたようなものですよ……」
溜め息まじりに、海が指摘する。
うろたえるパンダ。
じつは、中身のスリーピー、甘いものが好きだということを知られたくないために着ぐるみで来たのだ。しかし、なぜ見抜かれてしまったのか──
「どうしてわかったんだって言いたげですね。背中に血が付いてますよ」
『それは血ではない。血だとしても、スリーピーとは無関係だ。撃退士なら誰だって背中から血のひとつやふたつは流す』
「背中から血を流してる人なんて、ほかにいませんよ……。戦場じゃないんですから……」
『ともかく俺はスリーピーではない。ただの、名もないパンダだ。わかったな? わかったと言ってくれ、たのむ。拒否された場合、土下座も辞さない覚悟だ』
「まぁ誰も口外したりはしないと思いますけれど……」
『感謝する。謝謝』
そう筆談すると、ひらきなおったスリーピーはウェンディスの隣に座って、真っ赤なブルーベリーケーキを食べはじめた。
そんな感じで、お相手のいないロンリーなソロ参加メンバーたちは何となく一つのテーブルに集まり、それぞれ好みのスイーツを味わうのであった。
──と、このような具合にフルーツハンターたちは充実した狩猟生活の一日を終え、おみやげ袋をかついで家路についた。
農園の受けた被害額は、さだかでない。