無人の砂浜で、おいしそうなディアボロが暴れまわっていた。
エビ天、イカの握り寿司、カキ鍋……。その他もろもろ。斡旋所で報告を受けたときより、数が増えている。
「……これを作られた方は、おなかがすいていたのですかねぇ……?」
理解不能ですと言いたげな顔で呟くのは、月乃宮恋音(
jb1221)
「なんとも、欲望に忠実な悪魔ですね。しかし気持ちはわかります。僕もディアボロを作ることができるなら、おっぱい型のを作りますからね。……あ、もちろん恋音さんのをモデルにしますよ? そこは勘違いしないでくださいね?」
まじめな顔で言うのは、このところ変態度に磨きがかかりつつある残念紳士・袋井雅人(
jb1469)
「……えぇう……? そ、それは、そのぉ……」
「考えてみてください、恋音さんのおっぱい型のディアボロを。世にいる全ての撃退士を撃退し得る代物ですよ。これこそ、『僕の考えた最強のディアボロ』ですね!」
「……うぅ……袋井先輩がヴァニタスにされないことを祈るのですよぉ……」
「ははは。冗談ですよ。そんなディアボロを作ったら、まず最初に僕が撃退されてしまいます。さぁ冗談は終わりにして、海鮮軍団を退治しましょう!」
さわやかに笑う雅人だったが、絶対に冗談などではなかった。最初に撃退されてしまうというのも含めて。
「料理型のディアボロですか……。人に害なす天魔である以上は見過ごせませんが、なかなか興味深い姿ですわね」
シルヴィアーナ=オルガ(
jb5855)は、修道服に身をつつみながら興味津々といった様子でシーフード軍団を眺めていた。
「せっかくです。もうすこし近くで観察してみましょう」
などと言いながら、エビ天型の尻尾をつまんで持ち上げるシルヴィアーナ。
ピチピチと暴れまわるエビ天は、こんがりキツネ色の絶妙な揚げ具合だ。
「あら、とても活きが良いのですね。見た目は完全にエビ天……。さて、中身はどうなってるのでしょう」
などと言いながら、シルヴィアーナはドンブリの中を覗きこんだ。
「まあ……! 米粒のひとつひとつまで、とても良く再現されていますのね。この、つやつやした銀シャリの炊きあがりといったら、完璧ですわ。これこそまさに、日本人の心……」
日本人じゃないどころか人類ですらない彼女にそこまで言わせるとは、エビ天おそるべし。
というか、OPには『エビ天』とだけ書いたはずだが、いつのまにか天丼型にされてしまったぞ……!? 公開された情報を改竄してしまうとは、シルヴィアーナもまた恐るべし。
「でも少し生臭いかしら……? 火を通せば香りも際立つかも」
シルヴィアーナは、SM嬢ばりのピンヒールでエビ天をぐりぐり踏みつけながら、ドンブリ部分を『聖火』で炙った。
たいへん良くお似合いです、シスター。
「あら……おいしそうな敵ですこと! せっかくなら、泳ぐお魚の骨とかもいらっしゃれば良いのに……。って、いましたわッ!」
血相を変えて走りだしたのは、ロジー・ビィ(
jb6232)
「あたし、初めて見ましたの。TVでしかお目にかかれないモノだとばかり……。とにかく、とりあえずは敵をお料理……もとい、倒さないと、ですわね」
ばっきばっき、ざっくざっくと敵を倒しまくるロジー。
そこへ、セレス・ダリエ(
ja0189)が声をかけた。
「ロジーさんも参加してらっしゃったんですね」
「あら、セレス。ひさしぶりですわね」
「ええ、ひさしぶりです。それにしても何なんでしょう、この奇妙な敵は」
淡々としゃべりながら、セレスは活き作りの鯛みたいなディアボロを雷霆の書で叩き伏せた。
グチャッと潰れた鯛は、まだピチピチ動いている。わりとグロい。
「気色悪いですね……」
などと言いつつ、顔色ひとつ変えずにとどめを刺すセレス。
「こんな敵でも、油断は禁物ですわね」
「ええ。油断せず、さっさと料理……いえ退治してしまいましょう」
そうしてロジーとセレスは、息をあわせて海鮮料理軍団を殲滅してゆくのだった。
「えっ、あれって食べ物……? その発想はなかった、です。これを作った悪魔さんは、おなかがすいてたんでしょうか……、かわいそうです」
おどろいたように言いながら、小杏(
jb6789)はアンズ(パンダのぬいぐるみ)を抱きしめた。
その背後から、ホコ天(ほっこりカキ鍋型天魔)が忍び寄る。
「おっと、あぶないよ?」
バシャーンとホコ天を薙ぎ払ったのは、ジェンティアン・砂原(
jb7192)
無駄に『星の輝き』を使いつつ前髪を掻き上げるしぐさは、見るからにチャラい。頭に豆腐が一丁乗っているのは、ブリティッシュ風のおしゃれだろうか。イギリスに豆腐があるのか知らないけど。
「素敵なお嬢さん。今年最後の夏を僕とバカンスしない?」
「え、ええと……」
「ははっ。シャイなレディーだね。返事は、お邪魔虫を倒してから聞こう」
そう言うと、ジェンティアンはトコロ天(心太型天魔)に突撃した。走りながら着衣を脱ぎ捨て、フンドシ姿にコンバージョン! そのままトコロ天の海へダイブ! にゅるっとしたトコロ天の中を、華麗に泳ぎ……泳げ……
「アッーーー!?」
ちょっとヤバイところへトコロ天が侵入し、ビクンビクンと悶絶するジェンティアン。
登場から10行でキャラ崩壊!
「あぅあぅ……」
小杏はアンズで顔を隠しながら、そのさまをチラ見するのであった。堂々と見てもいいんですよ?
「……ん。さっさと。一刻も。早く。殲滅して。海の家を。食す。食べられない天魔に。興味は。ない」
最上憐(
jb1522)は、いつになく真剣だった。
海の家食い放題という言葉に釣られて参加した彼女にとって、天魔退治はオマケに過ぎない。
しかし、見るからにうまそうな敵を前にして、ダラダラとよだれが。
「……ん。心を無にして。倒す」
憐は『擬態』で敵陣に突っ込むと、『ヘルゴート』で自己強化しながら『ダークハンド』で敵の動きを封じて『ダンスマカブル』を発動した。
吹っ飛ぶエビふりゃー
狩られる石狩鍋
こぼれるイクラ丼
さばかれるサバカレー
いまにもかぶりつきそうな憐。
「……ん。本当に。食べられないのかな? かな?」
「……天魔を食べてはいけないのですよぉ……」
危ういところで、恋音が忠告した。
「……ん。どこかに。食せる天魔は。いないかな」
「……えとぉ……退治が終わったら、カレーを作りますので……それまで我慢ですよぉ……」
「……ん。カレーのためなら。耐える」
カレーさえ与えておけばどうにかなる憐であった。
──と、まぁそんな感じで、とくに山場もなく海鮮軍団は壊滅した。
「……ん。カレーの時間が。きた」
ブツを出せとばかりに、恋音の前で両手を突き出す憐。
「……あの、いまから作るのでぇ……すこし待っててほしいのですよぉ……」
「……ん。じゃあ。材料を。とってくる。マッコウクジラとか。大王イカとか。シーラカンスとか。メガロドンとか。ダゴンとか」
銛や水中眼鏡を取り出して、足ヒレをペタンペタンさせながら海へ入って行く憐。本当にダゴンとか獲ってきたらどうしよう。
「せっかくの海です。私も何か釣ってきましょう」
セレスも竿を手にして海へ向かっていった。
「では、わたくしも協力しましょう。ダゴンはともかく、メガロドンぐらいは捕まえたいところです」と、真顔で言うシルヴィアーナ。
こうして3人は、海へ魚取りに。
恋音、雅人、ロジーの3人は、カレー作りに。
ジェンティアンと小杏の2人は、砂浜へ遊びに繰り出すのだった。
「……さて……材料は何があるのでしょう……」
海の家の厨房で、恋音は食材を物色しはじめた。
ラーメン、焼きそば、カレー、おでん、フランクフルト、とうもろこし……などなど。よりどりみどりではあるが、シーフードカレーに使えそうなものはない。これは漁に行ったメンバーに期待するしかないだろう。
「大変です、恋音さん! こっちへ来てください!」
冷蔵庫の前で思案する恋音のもとへ、雅人の大声が届いた。
「ど、どうしたのですかぁ……!?」
討ち漏らした天魔でもいたかと、あわてて駆けつける恋音。
そんな彼女の眼前に、ばーんと突きつけられるオッパイ……型のプリン。
「……あの……これが、なにか……?」
「見てください! これがおっぱいだと言うんですよ!? こんな貧相なものが! 許せますか!?」
「……え、えとぉ……そのぉ……」
「さらに! こっちには、おっぱいアイス! 見てください、このミニサイズを! この程度でおっぱいを名乗るとは、おこがましいにもほどがあると思いませんか!?」
「……そ、それは……そのぉ……」
「いやしくもおっぱいを名乗るなら、相応の質量と触感をそなえているべきです! 恋音さんのおっぱいのように! 恋音さんのおっぱいぐらいに! 恋音さんのおっぱいみたいに!」
よほど恋音さんのおっぱいが好きらしい。
最近やりたい放題ですね。(MSが)
そんなバカップルを横目に、ロジーは淡々と調理していた。
手元には、セレスの釣ってきた収穫物が山盛りだ。
彼女は率先して厨房に立ったほどの料理好きだが、作っているものは常軌を逸していた。
「とりあえず、お魚をさばいて……内臓を出しますのよ。……その中へ、このお魚を……こうして……」
なんと、魚の中に魚を詰めるという、前代未聞のマトリョーシカ料理だ。
これを何段階か繰り返したあと、いちばん小さい魚のおなかにはスパイシーな米を詰める。
これを流木と一緒に姿焼きにして、完成!
デコレーションにはタコの足を飾りつけ、さらに穴のあいた長靴を添えて、ロケット花火をブッ刺して点火!
だいぶカオスな創作料理だが、角度によっては何かの現代アートに見えなくもない。
まぁ現代アートを食べてみたいかと言われれば、だれでも答えはノーだろうが。
さて、そのころ。
ジェンティアンは猛烈な勢いで遊んでいた。
海で泳いだり、釣りをしたり、サーフィンしたり、ジェットスキーしたり、ひとりでスイカ割りしたり、ひとりでビーチバレーしたり、ひとりで脱衣麻雀したり。
あと浜辺でできる遊びといえば、カーリングとボーリングとナンパぐらいだ。
そこへ通りがかったのは、金髪碧眼の水着美女。
彼女はカナロア。海鮮料理軍団を作った悪魔だ。
「はい、そこの彼女! 僕と海で遊んじゃわない?」
迷いなくナンパするジェンティアン。
いやいや、不自然だと気付いてくれ。一般人みんな避難してるんだぞ。
「なんや、男かいな。ウチ、男には興味ないねん」
「おっと、これは残念。でも、おいしいディナーがキミを待ってるよ?」
「お、食いものあるんか。じゃ、遊んだるわ」
ナンパ成功!
つか、成功しちゃマズイだろ、これ!
やがて、海の家をめざすジェンティアンたちの前に巨大な城郭が現れた。
なんと、それは実寸大の姫路城!
……というのは無理なので、1/50スケールにしておこう。
見れば、小杏が一心不乱に石垣を掘っている。
「これはすごい。ひとりで作ったのかい?」
ジェンティアンが問いかけるが、小杏は城作りに集中していて気付かない。
「よし、僕も作ろう。日本の城に対抗して、ウインザー城だ!」
「なんや。砂遊びかいな。ごはんちゃうん?」と、カナロア。
「お城を作ったあとに食べるカレーはサイコーだよ?」
「そか。じゃあウチは悪魔城作ったるわ」
どこぞの吸血鬼が出てきそうな城である。
「カレーができましたよー!」
築城に励む3人のもとへ、雅人がやってきた。
「カレー……!?」
ハッと我に返る小杏。
気がつけば、彼女の前には城下町を内包した完璧な総構えが完成している。
「これはみごとですね」
思わずスマホで撮影する雅人。
「そんな、全然たいしたことない、です」
小杏は恥ずかしそうに首を振った。
「いや、これは大したものですよ」と、雅人。
「せやなぁ。こりゃ超大作やで」
「おや、あなたは?」
「ウチはカナロアや。カレー食わせてくれるんやろ?」
「それは構いませんが……早くしないと、なくなりますよ?」
「なんやて!」
血相を変えて駆けだすカナロア。ジェンティアンと小杏も、あわてて走りだした。
「まにあえばいいんですが……」
3人の背中を見送る雅人は、調理中にしっかり『試食』していたので、すでにおなかいっぱいなのであった。
彼らが駆けつけたとき、すでにカレーはなくなっていた。
完成から、わずか一分。寸胴鍋いっぱいに作られたはずのシーフードカレーは、きれいさっぱり憐の胃袋にご案内済みであった。
「く……っ。こうなることは予期していたのに……」
がくりと崩れ落ちるジェンティアン。
「お城作りに集中しすぎたかも、です……」
小杏もガックリだ。
が、城作りとか、そういう問題ではない。最上憐とカレーを一緒にしたら、こうなるのは明白だ。
「海鮮炒めで良ければ、残っていますが……」
と、シルヴィアーナが皿を持ってきた。
「おっと、これはありがたい」
「おいしそう、です……」
喜ぶジェンティアンと小杏。
ふたりとも砂遊びで体力を消耗しており、かなりの空腹なのだ。
しかし、ふたりに皿が渡る寸前。憐がやってきて横から奪い取ってしまった。
「……ん。海鮮炒めも。飲み物」
5秒で呑みこまれてしまう海鮮炒め。
「く……っ。こうなることは予期してなかった……」
ジェンティアンは再び崩れ落ちた。
「大丈夫ですよ、みなさん。あたしの創作料理がありますわ」
そう言って、ロジーが現代アートめいた何かを持ってきた。
「こ、これは……!?」
絶句するジェンティアン。
無理もない。なにしろ皿の上にあるのは、流木や長靴、タコツボがデコレーションされた、謎のオブジェ。一応は魚料理らしき物も乗っているが、どう見ても人間の食べ物ではない。なんせ、憐でさえ手を出してないほどだ。
「これは……さすがロジーさん。ロジーさんのロジーさんらしさが、とてもよく出ていると思います……。あのガラクタ……もとい、すてきな材料たちが、こうも素晴らしく変身するなどと、いったい誰が予想できたことでしょう……」
感心したように呟くセレス。
「ありがとう、セレス。あなたが食材をとってきてくれたおかげですわ。さぁみなさん、遠慮なくご賞味くださいませ」
ロジーは得意げに皿を置いた。
が、当然だれも手を出さない。
ここで、ジェンティアンが行動に出た。
「女の子が作ってくれた手料理を残すなんてこと、僕にはできない。見た目はちょっとアグレッシブでプログレッシブだけど、一口食べればアラ不思議……」
パクッと一口食べたジェンティアンは、ビクンビクンと痙攣して帰らぬ人となった。
──その後、ロジーの創作アートは生き残った撃退士たちの手によって封印され、地中深く葬られた。
だが、忘れてはならない。いつか、第二、第三のロジー料理が撃退士たちを襲うであろうことを……。