「今日はよろしくたのむ。屋台のことを教えてくれればいい」
あつまった7人を前に、ウェンディスはぶっきらぼうに言った。
「アレですね、ヤータイですね。も、も、もちろん知ってますよーぅ! ほら、ナナータイでもなく、キュータイでもない例のヤツですよね?」
いきなり挙動不審なのは、パルプンティ(
jb2761)
はぐれ悪魔の彼女は、実際のところ屋台のことなど何も知らない。
「おまえは悪魔だな? 人間界に詳しいのか?」
「も、もちろんですとも! 案内は私におまかせですよーぅ。大船も大船、タイタニック号に乗った気分で大丈夫です。では、ざっと説明しましょー。ヤータイとはですねー、ニポォンのニンジャーの末裔と言われるヤータイ族の、独自進化した食文化を披露する簡易店舗のことなのですよーぅ」
「ほう。博識だな」
信じてしまうウェンディス。彼は人の言葉を疑わない。ある意味、パルプンティと同類である。
「そうだ。最初に注意しておこう」
と言いだしたのは、スリーピー(
jb6449)
「見てのとおり、祭りには大勢の人が来る。うっかりしていると、はぐれてしまうこともある。そのときは、これを目印にしてくれ」
そう言って、彼は両肩にくくりつけた風船を指差した。
「それは名案じゃ。しかしスリーピー殿がはぐれたときは、どうするのじゃ?」
美具フランカー29世(
jb3882)が、するどいツッコミを入れた。
「そ、そのときは……鮮血推進翼(大逃走)を使ってでも、皆を見つけよう」
そんなことのために大逃走を使う人は初めて見たが、活性化しているということは使う予定があるのだろう。まさか本当にオリスキ化するとは思わなかった。
「しかし、やけに浴衣が似合いますねぇ」
と、島原久遠(
jb5906)が言った。
彼の実家は呉服屋で、せっかくだからと宣伝も兼ねてウェンディスに浴衣を貸したのだ。
もちろん、久遠も浴衣を着ている。ベーシックな細縞柄は、線の細い彼をよりシャープに見せていた。
「洋服より涼しいが、少々歩きにくいな」と、ウェンディスが言う。
「慣れれば大丈夫ですよ。俺もつい最近まで寝たきりだったんですが、すこし歩くだけで慣れました。……あ、でも、そういうわけなので、俺はあまり屋台に詳しくありません。知識はあるんですが、実体験がないので……」
「それでも、俺よりは詳しいだろう」
「だといいんですが……」
「だいじょーぶです。案内は私が引き受けるのですよーぅ!」
ばしっと胸を叩くパルプンティ。
一体どこから、その自信が出てくるのか。
「ロテリスも浴衣を着たのですか。お祭りの際の様式美とも言えますね。よくお似合いだと思います」
そう言う樒和紗(
jb6970)も、浴衣を着ていた。
それは良いとして、彼女は妙なものを手に提げている。
「なんだ、それは」
「え? 電子ジャーですよ、電子ジャー」
「見ればわかる。なぜそんなものを持ってきた?」
「正しい文化を伝えるためです。さぁ行きましょう!」
両手に炊飯器を持って、和紗は意気揚々と歩きだした。
花火祭りの会場は、屋台でいっぱいだった。
「これが『屋台』か。どれがオススメなのだ?」
「は、はい! ボク、わたあめ食べたいのです!」
華愛(
jb6708)が手をあげた。
ふだんから和装なので、浴衣がよく似合う。もちろん自前だ。
「ウェンディスさま、わたあめ食べたことありますか? なの」
「ない」
「じゃあ一緒に食べるのです!」
というわけで、まずは綿菓子に挑戦。
手にした物を見つめながら、ウェンディスが言う。
「変わった食いものだな」
「ふわふわでおいしいのですよ」
口のまわりをべたべたにしながら、華愛は無邪気な笑顔を浮かべた。
それを見て、ウェンディスも一口。
「不思議な食感だ」
「まるで雲みたいですね」と、久遠が目を輝かせてうなずく。
「そうなのです。これの材料は雲なのですよーぅ!」
パルプンティは華愛以上に……というより、ほとんど顔全体に綿飴をくっつけていた。
「いやいや、材料はザラメだからね? ……で、甘いものが好きなら、これはどうだい?」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が持ってきたのは、りんご飴とチョコバナナだった。
「りんごもバナナも知っているが、これは初めてだ」と、ウェンディス。
「この、着色料とわかっていても惹かれる赤と緑は綺麗ですよね。溶ける心配もありませんし、花火見物のおともには良いと思います」
和紗は右手に炊飯器を持ち、左手にりんご飴を持って、もう一台の炊飯器を小脇に抱えていた。だれもツッコまないが、かなりシュールな姿だ。なぜ二台も持ってきたのかと思うが、すまん。アドリブだった。
そんな一同をよそに、華愛とスリーピーは屋台を撮影したり、店主にインタビューしたりしていた。
「店主さま! これの『おすすめ』のところを教えてください、なのです!」
にへらっ、と笑いながら、突撃インタビューする華愛。
相手は明らかに頭文字Yの人なのだが、気にしてないらしい。
「おすすめって言われてもなぁ。ただのりんご飴だぜ? ああ、一日一個のりんごは医者いらずとか言うけどな」
「なるほどなのです! ほかにはないのです? りんご飴のここが凄い! みたいな」
無茶振りする華愛。
こまり顔になる店主。
「思いつかねぇなぁ。……あっちのカルメ焼きのオッサンに訊いてみろよ」
「では、そうするのです!」
こうして、突撃となりのテキ屋さん! とばかりに、華愛は次々インタビューしてゆくのだった。
「さて甘い物ばかりでは何ですから、ここらで俺のおすすめを紹介しましょう」
そう言って和紗が案内したのは、お好み焼き屋だった。
「これは食ったことがある」と、ウェンディス。
「でも、屋台のお好み焼きは未経験ですよね?」
「ああ」
「さらに言えば、こうして食べた経験もないはずです!」
和紗はドンッと炊飯器を置き、ドンブリにごはんをよそった。
「お好み焼きで米を食うのか?」
「そうです。大阪には、お好み焼き定食もあるのです。りっぱなおかずです!」
ビシッと断言する和紗。
そこへ、美具が口をはさんだ。
「ほほう。これは良いのう。やはり、祭りと言えば粉モンじゃ。この『進撃のクマスキー』ならぬ『天界の粉物スキー』たる美具も、ぜひ相伴させてもらおう」
粉物と練り物が大好物の美具にとって、お好み焼きはランキング上位に位置する食いもの。スルーできるわけがない。
「関西では、お好み焼きでごはんを食べる文化があると聞いてましたが……本当だったんですね」
興味津々で見つめる久遠。
「そ、そうなのでーす! お好み焼きは、ごはんのおともなのですよーぅ!」
パルプンティがハイテンションでうなずいた。無論、なにも知らずに言っている。
そして始まる、お好み焼きパーティー。
数人の撃退士がお好み焼きでドンブリ飯を食う光景は、異様と言うしかない。
が、和紗の『日本大阪化計画』は始まったばかりだ!
お好み焼きが片付いたところで、次に彼女が持ってきたのは焼きそば。
「これも、ごはんのおかずです。焼きそば定食というものも存在するのです。そういうわけですから、ごはんをどうぞ」
ドンブリに山盛りにされる、炊きたてごはん。
そして始まる、焼きそばパーティー。
数人の撃退士が焼きそばでドンブリ飯を食う光景は(略
しかし、和紗の計画はまだ序章!
次に彼女が買ってきたのは、焼き鳥だ。
「これも、ごはんのおかずです。焼き鳥丼は知ってますよね?」
山盛りにされる、ほかほかごはん。
やはり始まる、焼き鳥パーチー。
数人の撃退士が焼き鳥で(略
それでも、和紗の計画はまだ中盤!
次に彼女が運んできたのは、イカ焼きだ。
「ごはんのおかずです」
当然はじまる、イカ焼きパーリィ。
数人の撃退士が(略
数十分後。二台の炊飯器はカラになり、和紗の計画は完了した。
「これが大阪文化なのですねぃ〜」
ふくれたおなかをポンポンするパルプンティ。
「気に入ったぞ、大阪文化」
ウェンディスは新たな味覚に目覚めてしまったようだ。
「気に入っていただけたようで、なによりです」
さわやかに微笑みながら、心の中で「計画どおり!」とガッツポーズをとる和紗。
そこへ、美具が話しかけた。
「みごとな大阪文化を見せてもらった……と言いたいところじゃが、肝心なものを忘れておらんかのう?」
「ええ、わかっています。粉物が好きだという方のために、あえて残しておきました」
「ほほう。殊勝な心がけじゃ。……では、美具が紹介するとしよう。行くぞ、皆のもの! めざすはキングオブ粉モン! タコ焼きじゃ!」
「あ、ちょっと待った」
ジェラルドが止めた。
「なんじゃ?」
「タコ焼きなら、ボクの知り合いの店に行こう。いろいろ話をつけてあるんだ。こっちだよ」
というわけで、ジェラルドを先頭に一同はぞろぞろ歩きだした。
じき、タコ焼き屋に到着。
ここぞとばかりに、美具がまくしたてる。
「タコ焼きの素晴らしさは、なんといっても具のタコのギャンブル性につきよう。なんとも卑劣なことに、人間界にはタコ焼きと名乗りながらタコの入っていない代物が存在するのじゃ。そんなものをつかまされた日には、夜も眠れん。こうした不届き千万な店の罠をかいくぐり、食わずしてタコの有無を見抜いて、みごとタコ入りのタコ焼きを手に入れることこそ、キング粉もんマスターの証! これぞ、客と店主の究極の心理戦! そして頭脳戦! 祭りの舞台における究極の駆け引きなのじゃ!」
「この店は、ちゃんとタコ入ってるよ?」
美具の熱い主張は、ジェラルドの一言で粉砕された。
追い討ちのように「タコ焼きは何度も食った」と、ウェンディスが言う。
「で、では、なんじゃ? 今日はタコ焼きを食えんのか!? タコ焼きを食べるためだけに参加した美具の想いはどうなるのじゃ!?」
「まぁ落ち着いて。食べたことがあるなら、ちょうどよかった。ウェンディス君に焼いてもらって、みんなで食べよう。店主には前もって話してある」
「俺は料理したことがない」
ジェラルドの提案に、ウェンディスは手を振った。
「なぁに、料理ってほどのもんじゃないさ。現に、大阪人なら誰でも焼ける。だよね?」
ジェラルドが和紗に同意を求めた。
「ええ、一般常識です。大阪では小学校の授業でタコ焼きの作りかたを習いますから」
ナチュラルにとんでもないことを言う和紗。
「ほらね。まぁためしにやってみようよ」
「むぅ」
こうして、ウェンディスは初めてのタコ焼き作りに挑戦するハメに。
やがて完成したタコ焼きは、形こそ悪いものの味は合格だった。
「ほほう。これは悪くないのう。うむ。悪くない」
熱々のタコ焼きをほふほふしながら、ものすごい勢いで食べる美具。
「ん、なかなかだね。初めてにしちゃ上出来だ」
と、スリーピー。
「おいしいのです。ウェンディスさま、はじめてタコ焼きを作った感想をどうぞなのです!」
華愛が、エアマイクを突き出した。
「そうだな。たのしかったかもしれん」
「ほらね。なにごとも、やってみなけりゃわからないんだよ。……というわけで、食べもの以外の屋台も経験してみない?」
ジェラルドは得意げだった。
「そこまで言うなら試してみよう」
というわけで、ウェンディスは金魚すくいや射的、輪投げなどの屋台を片端から回っていった。
ウェンディスはもちろん、パルプンティと久遠も初体験である。
インタビュー役の華愛と撮影係のスリーピーは、大忙しだ。
ひととおり回ったところで、ジェラルドが更に提案した。
「さぁ次だ。祭りといえばナンパだよ」
「な、なに?」
「異性に声をかけるのも、祭りの楽しみだよ。さ、実行してみよっか☆」
いい笑顔で、ウェンディスの背中を押すジェラルド。
ただ押すだけではない。ひとりで遊びに来ている女の子を狙って、ぶつかるようにドン!
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
ぶつかりあった二人は、これがきっかけで交際を……じゃなくて、人格が入れ替わって……でもなくて……
「すまん」
「いえ、こちらこそ」
という二言だけで終了。
見かねたジェラルドが言う。
「なにをやってるんだい。ボクが手本を見せてあげよう。いいかい? やりかたをよく見ておくように」
そしてキメ顔を作りながらナンパしに行ったジェラルドは、そのまま女の子の群れに連れ去られ、二度と帰ってこなかった。それはまるで、鮫の群れに投げ込まれた羊のごとくだったという。
ともあれ。非戦闘依頼にも関わらず犠牲者一名を出しながら、任務は無事終了。
最後の口直しにと、かき氷を食べる撃退士たち。
赤、青、黄色。緑にオレンジ……
あまりのカラフルさにちょっと引きながら、久遠はスイを食べていた。
「いろいろ食べましたが、やっぱり最後はこれですね」
「ええ。古くは平安時代の文献にも見られる、由緒正しき食べ物です。一気にかきこむことをおすすめします。ちなみに、その行為にて生じる頭痛を関連痛と言いますが、脳の勘違いですからお気になさらず」
と、和紗。
言ってることは正しいが、企んでいることは鬼である。
「はぅ……っ! 頭が……頭が痛いのですぅ……」
華愛が、こめかみを押さえてうずくまった。
思わず、「しまった」と口走りそうになる和紗。
見れば、パルプンティと美具もうずくまっている。
天然策士・和紗、恐るべし!
「ロテリスは平気なんですか?」
「かき氷は知っている。ゆっくり食べれば痛くならない」
「妙なところで、人間界に精通していますね……」
そう言いながら、ちょっと心配そうな目で華愛たちを見つめる和紗。
「ま、死ぬことはないさ。かりそめにも撃退士だし」
スリーピーは笑っていた。
いや、撃退士じゃなくても死ぬことはないと思うぞ。
「さて、ウェンディスさん。今日は華愛さんと協力して、まわった夜店すべての写真を撮ってきたよ。ついでに、インタビューもね。よければ後日まとめて届けたいんで、連絡先を教えてくれないかな」
「メアドでいいか?」
と、スマホを取り出すウェンディス。
「あ、できたら俺にも写真もらえませんか?」
「私もほしいのですよーぅ!」
久遠とパルプンティが声をあげた。
「せっかくじゃ。美具ももらっておこうかのう」
「俺もいただいていいですか?」
美具と和紗も、声をそろえる。
「もちろん、ボクもほしいのです!」
華愛が元気に手をあげた。
「オーケー、オーケー。じゃ、1枚500円で……」
スリーピーが冗談を言いかけたとき、夜空にひときわ大きな花火が咲き、あちこちから「たまやー」「かぎやー」と声が上がった。
「はわわわっ、きれいですねぃ〜♪ 私知ってるですよーぅ。『たまや〜』『かぎや〜』って言うのは、エドゥ時代にあった花火師の名前なのですぅ。本当は『まかろにや〜』ってのもあったらしいですよ?」
パルプンティのインチキ解説が始まり、ウェンディスは「ほう」とうなずくのであった。