海を漁船が走っていた。
その甲板でバットを数本たばねて素振りしているのは、咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)。口にくわえた葉っぱが、やたらと似合う。
しかし、なぜ素振り? わからないが、なにか理由があるのだろう。今日の占いで、バットがラッキーアイテムだったとか。
「むぅ……釣れん……」
船尾で釣り糸をたらしているのは、ラテン・ロロウス(
jb5646)
エサもつけずにウナボロ一本釣りを狙っているのだが、それは無理じゃないかと思う。
「ウナギといえばヌルヌル……ぬるぬる……」
怪しい目つきで男性陣を見つめるのは、緋守茜(
jb4392)だ。
一見おしゃれな女子高生だが、じつは隠れ腐女子の茜。今回の任務には、色々と期待している。なんせ本日の男性陣、下は女装少年から上は不良中年まで、ラインナップ充実! 茜の妄想では、あの子を攻めにして、あのオジサマを受けにして……などと、いくつものカップリングが成立しているのだ!
そんなおぞましい視線を背中に感じながら、鴉乃宮歌音(
ja0427)と綿貫由太郎(
ja3564)のインフィル2名は、真剣に索敵していた。
もっとも、この二人の参加動機はかなり違う。
歌音が参加したのは、犠牲者の仇を討つためでも、うなぎ屋のイメージを回復するためでもない。ただ自然のウナギのため、そして任務を果たすため。まさにストイック!
一方、由太郎が参加したのは『うなぎ食いてえ一心』
まさにストマック!
うまいこと言ったところで、戦闘開始!
「きた! 大物だ!」
ラテンの竿が大きくしなり、海面からウナボロが飛び出した。
その巨大さは、もはやシーサーペント!
「ふはははは! このまま一本釣りにしてくれるゥわぁぁァ……ッ!?」
どばーん!
逆に一本釣りされてしまったラテン。そりゃ、そうなるわ。
暴れまわるウナボロの粘液でグチャグチョにされた彼は、二度と船に這い上がれなかった。
こんな一瞬でやられた人も珍しい。
「出たわね!」
くわえた葉っぱをピーンと立てて、咲は背中から巨大な戦鎚をニューッと引き抜いた。
「さあこい、おかず!」
ディアボロを食べてはいけません。
しかし相手は海の中。ハンマーでどうするのか。
と思っていると、狙いすましたようにウナボロが跳びかかってきた。
「芯をとらえれば、どんな球だってミートできるはずよ!」
真っ正面から戦鎚をスイングする咲。
グワァラゴワガキーン!
どぼーん!
芯をとらえた快音が響いたはずだが、咲が自分で叫んだだけだった。
実際のところ彼女の打撃はヌルッと滑り、体当たりを食らった咲は海に落ちて粘液まみれになったのである。無念!
「……ん。うな重。ゆずってくれるなら。浮き輪。投げるよ?」
落っこちた二人に交渉をもちかけるのは、最上憐(
jb1522)
だが、この交渉は無理だ。ラテンも咲も、命よりうな重を選ぶに決まっている。
「……ん。返答次第では。うっかり。手が滑って。範囲攻撃が。誤爆するかも」
ふたりの態度を見て、憐は交渉から脅迫に切り替えた。
「ふ。誤爆上等! 重体上等! アドリブ上等! 私ごとヤツを滅ぼすがいい!」
「うな重は誰にもゆずらないわよ! むしろ、そっちのうな重をよこしなさい!」
ダメだ、この撃退士たち。早く何とかしないと……。
「……ん。ふたりの犠牲は。無駄に。しない」
「グワーッ!」
ヘルゴートからのクロスグラビティがぶちこまれ、ラテンと咲は『重圧』を受けて沈んでいった。
あ、もちろんウナボロにも当たってますよ? けっして、味方を狙って撃ったわけじゃありませんからね?
「うわあああ……! ぜってーに落ちたくねー! 水に落ちるとな……こう、尻尾がしおれて残念なことになるんだよ……。だからぜってー落ちたくねー!」
やたらと怯えているのは、ハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)
『押すなよ? 絶対押すなよ?』的なフラグにしか見えないが、ともあれ彼女は飛燕で攻撃。
しかし、表面のヌルヌルに逸らされてしまう。
「くそっ! 当たれ! さっさと食わせろー!」
ウナボロが食いたいわけではない。最近魚の味を覚えてしまったハルティアは、うな重に興味津々なのだ。
一刻も早く倒してやろうと、船べりに走るハルティア。
そこへ、ウナボロの尻尾が!
「やべっ!」
ビチャーン!
受け防御で耐えたハルティアだが、全身ぬるぬるだ。
「うぇ、うなぎってこんなにヌルヌルしてたんか」
そのとき、波で船が揺れた。
ツルッと足をすべらせたハルティアは、そのまま海へドボン。鷹の羽とか使うヒマもなかった。
「うわ……っ! なに濡らしてくれてんだよ、このヌルヌル野郎が!」
泳ぎに自信のある彼女は、ひらきなおって攻撃!
犬かきじゃないぞ! バタフライだ! 水着も着てる! でも物理攻撃しか持ってないから、当たりやしない!
「くっそ! やりづれぇぇ!」
というわけでハルティアも、全身ぐっちょぐちょの粘液まみれに。
「う、グロい……ぬめってる……」
海面を見下ろしながら、丁香紫(
ja8460)はブルッと体を震わせた。
海外育ちの彼は、ウナギどころか普通の魚もあまり食べたことがない。そこへいきなり15mのウナボロである。全身鳥肌ものだ。
「うぇぇ、キモい……。こっちくんなー!」
ふだんは金属糸で戦う香紫だが、今日は水月霊符を使用。ヴァルキリーナイフと審判の鎖を乱射して、着実にダメージを与える。
「あー、船の上って結構すべるから、気をつけてな」
適当な感じで梓弓を撃ちつつ、由太郎が声をかけた。
「心配無用だ。こういうのは曲芸で慣れている」
ひょいひょいと動きまわる香紫は、揺れる船の上とは思えないほど身軽だ。
「たいしたもんだ。おっさんは無理せず遠くから攻撃しとくよ」
淡々と弓を射る由太郎。その心は既に、うなぎ屋へ飛んでいる。
「ああ……。どなたか、もうひとりぐらい落ちないものでしょうか……」
機関室の上でブローンポジションをとりながら狙撃銃を構えているのは、茜だった。
彼女はほとんど攻撃せず、スコープで男性陣を観察している。だれかが落ちれば狙撃で誘導して『アッー!』な展開に持っていくつもりなのだが、あいにくラテン以外落ちないのだ。
こうなれば3人とも背中を撃って落としてしまおうかしら……などと物騒な考えも頭をよぎるが、さすがに実行できない。それでも、男性陣を全員海に落としてデロンデロンにしたら最高ですよね……などとウットリ顔で妄想するのはやめられなかった。
──と、そのとき。
ウナボロが突進してきて、船に体当たりした。
その衝撃で、歌音が落下!
「やった! やりました!」
思わず本音を口走ってしまう茜。
だが、しかし。
命綱をくくりつけていた歌音は、茜の期待に反して粘液デロデロにはならなかった。
なんと歌音は、ロープに引っ張られながら水上スキーを敢行。
これには、撃退士たちも歓声をあげた。
ただひとり、茜だけがションボリ顔だ。
「はぁ……(覗きも出来ないなんて)使えないライフルです。Sランクの名が廃りましたね」
「まさか落ちるとはな……。だが、備えあれば憂いなしだ」
華麗に水上を滑りながら、歌音は拳銃を撃ちまくった。
襲いかかってくるウナボロに『魔法使い』をぶちこみ、ひるんだところへ幻視天啓『巫女』を発動。銃身から真っ白な煙が噴き出して、銃口が光を放つ。瞬時にカオスレートが天界側へ傾き、ハイリスクハイリターンの一撃が炸裂した。
「『食神ヘノ贄トシテ滅シ上ガレ』」
ドバァァァン!
まともに食らったウナボロは、真っ二つに千切れて沈むしかなかった。
「任務完了、だな」
クールに締める歌音。
だが、忘れてはいけない。粘液地獄に落ちた3人を助ける仕事が残っているのだ。
「とりあえず、これで回収しようかね」
由太郎が投網を取りだして、器用な手つきで海へ投げた。
そして、無事に3人を捕獲……じゃなくて救助成功。
「く……っ! まさか私が網にかかるとは!」
なぜか逃げようとして、あっさり捕まったラテン。
「げぷぅぅぅ」
咲は網の中で、ドバーーッと粘液を吐いていた。ウナボロの粘液を飲み尽くせば物理攻撃が当たるかも、と考えて飲みまくった結果だ。悪食にもほどがある。
「うぅぅ……。サイテーだぁぁ……!」
ハルティアは、シャワーを浴びた犬みたいになっていた。しおれた尻尾はダランと垂れて、犬耳はペタンとつぶれている。これはこれでカワイイ。
「さて無事に終わったことだし、うなぎ屋行こうかね。……あ、そのまえに。銭湯とコインランドリーの場所を調べておいたから、ネバネバ星人の3人は綺麗にしてくるといい」
さりげなく気の利く由太郎。株価もウナギのぼりだ!
「わあ、ありがとう!」
ねばっと抱きつく咲。
「感謝する!」
ラテンも情熱的にハグ。
「わふー!」
犬みたいに体をブンブンさせて、粘液を飛び散らすハルティア。
というわけで、由太郎も銭湯行きになった。
2時間後。撃退士たちはウナギーヌ本店を訪れた。
店長が出てきて、「おお! あの化け物を倒すとはみごとだ!」と大袈裟に言う。
案内されたのは、20人ぐらい入りそうな高級和室。
用意された『特上うな重セット』の内容は──
・うな重
・茶碗蒸し
・冷ややっこ
・きも吸い
・おしんこ
「さすがに酒は出ないかねぇ」
さりげなく由太郎が催促すると、店長は「おっと失礼。持ってこさせよう」と店員に指示した。
「それ、有料だよね?」
「はは。そんなセコイことは言わんよ」
「てことは、無料で飲み放題?」
「そのとおり!」
「ならば、私も飲むぞ」
「じゃあ、あたしも!」
ラテンと咲が参戦した。
飲まなくても最初から酔っぱらってるような二人だが、大丈夫だろうか。
「じゃあ店長さん。一升瓶で持ってきて。5本ぐらい」と、由太郎が言った。
「え……っ?」
顔を引きつらせる店長。
だが、真の悲劇はこのあとだった。
「……ん。うな重は。飲み物。ということは。うな重も。飲み放題」
当然のように憐が言いだした。
「ええ……っ!?」
「……ん。店長はセコくない。よね?」
「あ、ああ、もちろん! 好きなだけ食え!」
店長の首が、マッハでヤバイ!
「じゃぁまぁ、楽勝でカニ……じゃなくウナギ退治も完了。依頼主さんのご厚意で、こうしてウナギパーティーを開けたことに感謝して……乾杯!」
由太郎が音頭をとって、「かんぱーい」と8人分のグラスやジョッキが音を立てた。
直後。
「いただきます!」
よけいなものには目もくれず、うな重をかっこむ咲。
「もがもが、もぎゅもげう゛ぉぎゅわかめ」
なにを言ってるのかわからない。『見た目はウミヘビみたいだけど味はけっこう違うのよね』と言いたかったらしい。ウミヘビ食ったことあるんか。
10秒後、ドンッと置かれた重箱はカラになっていた。おお、なんというフードファイター!
しかし!
ほぼ同時に、憐も重箱ドン!
「……ん。おかわり」
予想外の大食い対決が勃発だ!
ふすまの陰から様子を見ていた店長の顔が青ざめる!
「よっしゃー! うなぎだー! 食ったことねーけど、うまいんだろ?」
ふわふわになった尻尾をブンブンさせながら、ハルティアはカパッと重箱を開けた。
もわっと立ちこめる、蒲焼きの香ばしい匂い。炊きたてごはんの香りも絶品だ。
「うはっ! すっげぇいい匂いだな、これ! いっただきまーす!」
まず、蒲焼きを一口。
ほろっと舌の上にほぐれるウナギの身は適度に噛みごたえがあり、複雑玄妙なタレに脂のコクが混じって、濃厚な味が口いっぱいに広がる。わずかに添えられた山椒の風味も、じつに爽やかだ。たまらず白い飯をかっこむと、それはもう陶然とするような味わいとなって──
「…………!」
あまりにうますぎて何も言えず。ハルティアは無我夢中で、うな重を貪るのだった。
「命の糧に感謝」
食前に手を合わせてから、歌音は行儀良く重箱のふたを開けた。
山椒は多めに。そして熱い緑茶を置いて食べはじめる。
「……うん、うまい」
あまりうまそうな表情には見えないが、味わって食べているところを見ると本当にうまいのだろう。
「おいしいですね。でも、惜しかったですよね」
茜が、妙なことを口にした。
「惜しかった……?」
「なんでもありません。聞かなかったことにしてください」
手を振ってごまかす茜。
歌音が海にドボンしなかったことを惜しいと言っているのだ。
しかし今回のシチュは創作に使えるかもしれない。茜はそう考えて、白紙の絵本にそっとメモする。
『巨大ウナギ侵入! 粘液に沈む美撃退士たちの○○○!』
どんな話なのか、想像もつかないのであった。
「これが本物のウナギ……。あれが、こうなるのか……」
うな重を前に、香紫は納豆を初めて見た外国人みたいな顔をしていた。本当にこれは食いものなのか、という表情だ。箸で蒲焼きをつまんで裏側を覗いたり、鼻を近付けてクンクンしたり、なかなか口に入れる勇気が持てない。
しかし、まわりの連中はおいしそうに食べている。ここは勇気を示すとき!
「い、いくぞ……!」
おそるおそる蒲焼きをつまみ、はしっこのほうをかじる香紫。
毒味役みたいに慎重に咀嚼しながら、よーく味をたしかめる。
「……ふう、ん? 独特な風味なんだな……。よし、もう一口……」
二口目は、わりと大きく行った。
そして、じっくり噛みしめる。
「こういう味か……。これは……うまいな」
うんうんと、納得したようにうなずく香紫。
どうやら気に入ったようだ。
「うまい……うまいぞ! うぅまぁいぃぞぉぉっ!」
ラテンは酒をがぶ飲みしながら、おしんこに涙を流していた。
「見るが良い、この丸々と育ったキュウリを! エメラルドグリーンの断面は見た目にも涼やかで、暑さを忘れさせるではないか! 一口噛めば冷たい汁気がほとばしり、蒲焼きの脂っこさを洗い流して味覚を一新させてくれる! しかしこれは、おしんこ軍の先鋒に過ぎない! 真に驚くべきはナスの浅漬け! このツヤツヤとした皮の照りを見よ! そう、このナスの生産地こそ……」
延々としゃべりつづけるラテンは、だいぶ酔ってるようだ。いやシラフか? 区別がつかない。
「たしかに、この漬物は良い味出してるねぇ。酒に合う」
由太郎は、漬物をかじりながら日本酒をくいくい飲んでいた。うな重も食べているが、メインは酒。
すでに室内は一升瓶が山積みで、重箱はピラミッドみたいになっている。
が──
「……うなぎがなくなった」
ゾンビ顔でやってきたのは店長。
ここで食べ放題終了に……ならない!
「……ん。うなぎがなければ。茶碗蒸しを。飲む。冷ややっこも。飲む」
鬼のようなことを言う憐。
「もう、好きにしてくれ……」
「……ん。ごはんも。飲む。おしんこも。飲む。ぜんぶ。もってきて」
こうして、憐と咲の大食い対決は、全ての食材が尽きるまで続くのであった。