極上焼きそばパンが発売される前日。
緋打石(
jb5225)は、数名の仲間をつれて佐渡乃明日羽を訪ねた。
つれてきたのは、以下4名。
雪室チルル(
ja0220)、
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)
月乃宮恋音(
jb1221)
姫路明日奈(
jb2281)
「あれ? ひさしぶりだね? どうしたの?」
と言いながら、明日羽はいきなり明日奈を抱き寄せた。
「にゃ……っ!? 今日は話があって来たんですぅ」
「どんな話?」
人目もはばからず、明日奈の腰に手をまわす明日羽。
ぴくっと震えながら、明日奈が答える。
「そ、それはぁ……緋打石さんから聞いてくださいにゃ……」
「お初にお目にかかるのう。自分は緋打石と申す。今日こちらへ参ったのは、ほかでもない。明日発売される極上焼きそばパンの件で、話したいことがあるのじゃ」
かしこまった口調で、緋打石が言った。
「どういう話?」
「うむ。単刀直入に言おう。この者ら全員を、一日だけ佐渡乃殿の好きなようにしてもらって構わん。そのかわり、パン争奪戦には手を出さんでもらいたい。くわえて、パン争奪の際に由利殿の身柄をこちらに預けてもらえんか?」
「ふぅん……?」
明日羽は明日奈の頭を撫でながら、品定めするようにチルルと恋音を凝視した。
その目つきは、獲物を狙う蛇のようで。チルルは平然としているが、恋音はブルッと体を震わせた。
「うん、ふたりとも合格かな? あと、男はいらないよ?」
「そうですか。ちょっとホッとしたのです」と、カーディス。
「自由にしていいのは、この3人だけ? あなたはダメなの?」
「うむ。自分は売らん。S同士は相性が悪いというじゃろ?」
「そう? ちょっと惜しいけど……。念のため確認するよ? 一日っていうのは24時間と解釈していいんだよね?」
「一日は、もちろん24時間じゃ」
緋打石が答えた瞬間、明日羽はニッと笑った。
どう考えても、この交渉はマズイとしか思えない。
「じゃあ交渉は成立ね? で、いますぐ権利を使うよ? いまから24時間、その3人を自由にしていいんだよね?」
「いますぐとは……気が早いのう」
「撃退士なんて、明日生きてるかわからないでしょ?」
「たしかに、そのとおりじゃな」
「で? 話はそれだけ?」
「ああ。これだけじゃ」
「じゃ、話は終わりね? 用のない2人は出ていってね? それとも見ていく?」
「そういう趣味はないのう。……しかし、その前にメアドを聞いておきたい。今後、なにかのときに連絡するかもしれんのでな」
「メアド? いいよ?」
こうして緋打石は当座の目的を達成し、カーディスとともに去っていった。
「なんだか、目的がよくわからないけど……好きにしていいんだよね?」
緋打石たちが出て行ったとたん。明日羽は一抹の迷いもなく明日奈のスカートを下ろした。
「にゅぁ……っ!?」
パンツ丸出しでうろたえる明日奈。
たちまち顔が真っ赤になるが、すべて自分の招いたことである。
「ん? 好きにしていいって約束だよね?」
「そ、そうですにゅ……」
「ふふ。ようやく友達になれるね? あの彼氏より私を選んだってことだよね? まさか、焼きそばパンのためだけに彼氏を裏切ったなんてことはないよね?」
「にゅ……っ!」
なにも言葉を返せない明日奈。
その首筋を明日羽がゆっくりと舐め上げて──
2分たらずの間に、明日奈は骨抜きになっていた。
「じゃ、次はあなたね?」
指を舐めながら、明日羽は恋音に目を向けた。
「……え、えとぉ……。そのぉ……」
「あなたの彼氏からは手を出さないように言われてるけど、あなたが自分から来たんだから問題ないよね?」
「え……っ!?」
恋音の顔に動揺が走った。
依頼のためとはいえ、これはマズかったかもしれない。
恋人の顔がチラつき、うろたえる恋音。
しかし、もうどうしようもない。みずから望んで蟻地獄に飛びこんだようなものなのだから。
「ずいぶん大きいね? 中学生でしょ?」
と言いながら、明日羽は恋音のおっぱいをツンツンした。
「……は、はぃぃ……。ちょ、ちょっとだけ、困っているのですよぉぉ……」
「なにも困ることないよ?」
「……でも……あの……」
「ん? 緊張してるの? まかせて? 緊張をほぐすのは得意だから。ね……?」
「……ふあ……っ!? ……そ、そこはぁ……だ、だめなのですよぉぉぉぉ……!」
というわけで、恋音も明日羽の好きなようにされて失神したのである。
「あとは、あなただね? はじめましてかな? すごくかわいいよ? その帽子、よく似合ってるね?」
妖しい目をチルルに注ぐ明日羽。
その足下には、明日奈と恋音がマグロみたいに倒れている。
どういう目に遭うのか知らないまま『贄』になることを選んでしまったチルルちゃん、カワイソス。
「あ、あたい、なにも聞いてな……んぐっ!」
いきなり唇を奪われてしまうチルル。
その体を、明日羽がそっと抱きしめて──
数分後には、チルルも痙攣しながら床に倒れていた。
こうして少女3人の犠牲と引き替えに、この依頼は比較的有利な状態で幕を切ることができたのである。
……しかし、登場する予定のなかったNPCを引きずり出して交渉って、すごいことしますね、みなさん。想定外すぎる。
やがて長い夜が明け、焼きそばパン争奪戦争当日。
午前の授業が終わると同時に、腹をすかせた学生たちは廊下へ飛び出した。そのターゲットはさまざまだが、今日発売の極上焼きそばパンを狙う者は少なくない。
そんな中。
「ここに、『新美新一争奪戦──高嶺の花に飢えた獣たちの物語──』の開催を宣言します!」
シエル・ウェスト(
jb6351)の声が、高らかに響いた。
一体なにごとかと思うが、じつは彼女。新一の取り巻きたちに内乱を起こさせ、足止めしようというのだ。
しかもミセスダイナマイトボディー(
jb1529)の工作によって、取り巻き女子たちの個人情報も入手しており、ネットやメールを利用して疑心暗鬼をあおりまくってある。準備に抜かりはない。
ちなみに、この争奪戦。ルールは以下のとおり。
・バトルロワイヤル。
・途中参加は有料。性別は問わず。
・優勝賞品は、新美新一を一日自由にできる権利。(逃げられると困るのでラッピングリボンかなんかで縛り上げ常時監視)
いや、あの……。いろいろ無理すぎるプレイングなんですが……。そもそも新一を縛り上げることができた時点で、妨害工作必要ないし……。どういうことなの、これ……。
でもまぁおもしろいので、縛り上げたことにしよう。
そうしないと、話がまったく進まないからな!
「さぁ、熱いバトルのはじまりや! 豪華賞品は誰の手に!?」
巨体を揺らして立ち上がりながら、大声を張り上げるミセス。
彼女は実況席に着き、となりの解説席にはシエルが座っている。
そして繰り広げられる、女子中学生たちのガチンコバトルロワイヤル!
撃退士同士のケンカだから、ただでは済まない。銃弾が飛び交い、魔法が炸裂し、剣撃が火花を散らす。
「いけー!」
「やっちまえー!」
観客が盛り上がっているのは、シエルがトトカルチョを仕組んだせいだ。
かるく違法のような気もするが、やっちまったものは仕方ない。すべては儲けのためだ! 理由になってない? 気にするな!
ともあれ、このように強引きわまる手段で新一は焼きそばパン争奪戦から脱落したのであった。
いや脱落というか、最初からラッピングされていたわけだが……。かなりぶっとんだプレイングですよ、これ……。
そんな騒ぎとは無関係に、緋打石、カーディス、チルル、明日奈、恋音、スリーピー(
jb6449)たちは昼休み突入と同時に行動を開始していた。
だがしかし。チルル、明日奈、恋音の3名は今朝7時まで明日羽の自宅でオモチャにされていたため、体調は最悪だった。まさか本当に一日好きなようにされると思ってなかった彼女たちはゲッソリ痩せ細り、足もふらふらだ。これでは焼きそばパンをゲットするなど、夢のまた夢。百合華ひとりを籠絡するためだけに、ずいぶん高い代償を払ってしまったものだ。
ほぼ戦力外となってしまった女性陣だが、依頼の成功条件は焼きそばパンをひとつでも手に入れること。だれか一人が買えればいいのだ。
「最低4つ! そして山分けだっ!」
意気込んで教室を飛び出したのは、緋打石。
その目の前を、矢吹亜矢が走り抜けようとする。
「あの、先輩!」
緋打石は妨害工作をしかけようとした。
が、次の言葉を言うより先に亜矢は廊下の向こうへ。
妨害失敗!
そりゃまぁ、1秒を争う状況で見知らぬ他人と会話なんかしてるヒマはない。もっとストレートに、釘バットで殴りかかるとかの暴力に訴えるべきだったんだ。キミは何のために釘バットを持っているのかと言いたい。それは人を殴るためにあるんですよ?
ちなみに緋打石は前日に平等院とも交渉しているが、あいにく罠の位置を聞き出すことはできなかった。いくらなんでも、ミスペで聞き出すのは無理がある。というか、今回の参加者は皆そろって強引なプレイングが多すぎるぞ!
というわけで、明日羽との交渉以外ほぼ失敗した緋打石は、自力入手めざして走るしかなかった。
正直、移動力6では難しい挑戦だが、購買前で乱闘騒ぎが起きる可能性を考えれば、どさくさまぎれにゲットできるチャンスもあるかもしれない。あきらめなければ試合終了じゃないんだ!
「ふっふっふ……。今日のために最短ルートは調べてあります。いざというときにそなえて別ルートも確保し、トラップなども把握済み。今日の私には一分の隙もありません! ひとりの焼きそばパン愛好家として……1日4個限定の極上焼きそばパン、かならずや手に入れてみせるのです!」
カーディスは、いつにも増して真剣だった。
そう。焼きそばパン大好きな彼は何としてもブツを2個以上手に入れ、自分で味わうことを目標としているのである。
遁甲の術をつかい、混み合った廊下を壁走りで駆け抜けるカーディスは、まさに放たれた矢のごとし。移動力13は、素早さに優れる忍軍の中でも早いほうだ。
だが、その横を圧倒的な速度で駆け抜けてゆくニンジャの姿が!
なんと、亜矢だ。
「は、速い……っ!?」
妨害をしかける間もなく走り去る亜矢の背中を見て、カーディスはルートを変更した。
あんな強敵に先を行かれてしまった以上、廊下を走っていてはとても間に合わない。外壁を走って駆け下りれば、階段をショートカットできて一発逆転だ。
が、しかし。
窓を開けて外壁に足をつけたとたん、カーディスは身動きできなくなってしまった。
なんと、壁に強力な粘着テープが貼ってあったのだ。
「昨日見たときには、このようなトラップはなかったのです……っ!」
そう。これは生徒が仕掛けたものではない。今日の焼きそばパン争奪戦で外壁を走る者が多発することを見越して、学園側が防止策を講じたのである。おかげで、カーディス同様壁に貼りついたままのニンジャが何人も。まるでニンジャホイホイだ。
「なんのこれしき……! 靴を脱げば一発解決なのです!」
おお、すばらしい解決策だ!
そうして、スポーンと靴を脱いだ瞬間。壁から足が離れ、カーディスは地上へ落下していった。
「にゃあああぁぁぁ……!?」
カーディスが出撃したのと時を同じくして、スリーピーも作戦を開始していた。
購入を最優先とする方針の彼は、初手から『大逃走』を発動する構えだ。
しかし、この技は生命力25%以下でしか使えない。そこでスリーピーは自らの背中をヴィヴァーチェで斬りつけて生命力を減らすという行動に出た。
いや、ちょっと。なにやってるんですか、スリーピーさん。そんなことしなくても、ほかにスマートな方法があるのに……。
だって彼の行為を冷静に見ると、授業が終わったとたんに斧を取り出して自分の背中をぶった切るわけですよ? 錯乱したとしか思えないでしょう、これ。別の意味で救急車呼ばれちゃいますよ。
まぁそんなわけで見た目はちょっとアタマおかしい人みたいな行動になってるが、ともかくスリーピーは無事に(?)背中を斬ることに成功。
「お、思った以上に痛いな……。だが、これで大逃走を……」
そりゃ痛いに決まってる。だがあいにく、まだ生命力が多すぎた。
やむなく再び背中を斬りつけるスリーピー。
血しぶきがほとばしり、激痛が走る。
「ぐおお……っ!」
それでも、まだ足りない。足りないっていうか、多い。
よく考えればわかるが、自分で自分の背中を斬るのは難しいぞ!
「背中じゃなく、足を斬れば良かったか……!?」
いやいや、足を斬ったら走れないだろ。大丈夫か、この人。
それでもあきらめず、血みどろの背中に三発目の斧を叩きつけるスリーピー。
はたから見れば、まったく理解不能な行動だ。まわりの人はドン引きである。
だが、どうにか三発目で大逃走の発動条件をクリア。
「よし、行くぞ!」
背中から血を噴き出しつつ、スリーピーは爆発的な勢いで走りだした。
どうやら彼は、このスキルをブラッドブースト(BB)と命名して、オリジナルスキル化するらしい。
それはいいんだけど、天魔との戦いで毎回背中を斬られるとは限りませんよ……? それともまさか、毎回自分で背中を斬って発動するのか……!? ちょっとマゾすぎやしませんか、それ。
まぁそんなツッコミはさておき、無事スタートを決めたスリーピー。みごと極上焼きそばパンを手に入れることができるのか──?
そのころ。チョッパー卍は怒りに震えていた。
なんと、カバンから財布が消えていたのだ。
かわりに入っていたのは、一枚の紙切れ。
『放課後まで財布あずかるから。今日あんたは昼メシ抜きね by 亜矢』
「あの野郎ォォォ!」
妨害工作では亜矢のほうが上だった。
というか、ナチュラルに犯罪である。
そんなわけで、チョッパー卍は争奪戦に参加する権利すら与えられなかった。
という次第で、依頼人が悲劇に見舞われる中。ラグナ・グラウシード(
ja3538)は、なにも知らずに戦いの場へと向かっていた。
ふだんは非モテ騎士と呼ばれる彼だが、今日は珍しくシリアスだ。
なぜなら、依頼人チョッパー卍は弟の友人なのである。ふだん弟が世話になっている礼として、ぜひとも今回の依頼は成功させたい。
くわえて、チョッパー卍のライバル矢吹亜矢にはディバインナイトを馬鹿にされた恨みがあり、落とし前をつけさせずにはいられないのだ。
まえもってライバルたちの教室がどこにあるか調査しておいたラグナは、まずラクーナ・ロックに接触した。
「はじめまして、ロック殿。我が名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード……」
「すまんが、急いでいる。用があるなら、走りながら話してもらえるか?」
「そうだったな。では走ろう」
という流れで、走りながら会話することになった非モテ系ディバインナイト2名。
「噂に聞いたが、貴殿はリア充に恨みを持っているそうだな? 私も同じだ。非モテ非リアとして、やつらの存在は苦々しく思っている。リア充死ねと叫んだことは数知れず……」
「ほう。仲間か。それで?」
「見よ、ロック殿。あそこにいるのは新美新一。自らを優勝賞品として取り巻きの女子どもを争わせるなど、まさに鬼畜リア充の権化ではないか。あのような行為を看過して良いのか?」
「むぅ……。たしかに一矢報いたい。だが、いまは極上焼きそばパンを……」
「そのようなことを言っている場合ではなかろう! 取り巻きどもがああして戦っている今こそ、絶好のチャンス! 報復するのは、いまをおいて他にない!」
「そうだな……チャンスには違いない……しかし……」
「なにを迷う必要がある!? こうして出会ったのも何かの縁。私も力を貸そう。さあ! その力を、いまこそあのリア充にぶつけるのだ!」
「そこまで言われては仕方ない。……よし、同時にかかるぞ!」
「心得た!」
みごとにラクーナを説得したラグナ。
なんだか名前が似ているが、偶然とは思えないな。
「さぁ白熱してきよったでぇ! 新美新一争奪バトルロワイヤルも、中盤に差し掛かろうってところや!」
ミセスはノリノリで実況していた。
「そうですね。現在の脱落者は20名ほど。ここからは真の実力者が勝ち残る展開であります」
シエルも無駄に解説している。
そんなことしてないで購買に走ったほうが正解だったんじゃないかと思うが、本人たちが楽しそうなので多分これで良かったんだろう。
「おーっと!? ここで非モテ系ディバインナイトふたりが乱入や! しかも、いきなり新一を狙いに行くつもりやでぇ!」
その瞬間。
取り巻き女子たちはピタリと戦いをやめ、いっせいにラグナたちのほうへ突撃した。
「な、なにぃ……っ!?」
愕然とするラグナ。
「新一君に手を出すなんて、許さない!」
「そうよ! 非モテのくせに!」
「恋する乙女の力を見せてあげるんだから!」
なすすべもなく袋だたきにされるラグナ&ラクーナ。
そりゃまぁ、新一を攻撃しようとしたらこうなるに決まってる。
数分後、非モテディバインナイトふたりはボロ雑巾みたいになって倒れていた。
「おーい、生きとるか、あんたら」
ミセスの呼びかけにも、まったく反応しない非モテふたり。
作戦どおりとは行かなかったが、最低限ラクーナを処理するという目的は達したので問題ない。たぶん。しかし、亜矢への報復はまたの機会となりそうだ。
えーと……。うん。どう考えても、先に亜矢のほうへ行くべきでしたよ……。
さて、少々時間をもどして、昼休み開始の瞬間。
明日奈は『縮地』を起動してダッシュをかけていた。
身長の低さを利用して、購買に向かうライバルたちの足元をスイスイと駆け抜け……ようとしたけど、無理だった。さっきも言ったとおり、今朝7時まで明日羽に遊ばれていたのだ。しかも、彼女は特別念入りに。無論、徹夜である。朝食も食べてない。依頼さえなければ、学校を休みたかったほどだ。
それでも、明日奈は撃退士。受けた依頼は成功させねばならない!
「にゃふぅぅ……。この華麗にゃる徒手空拳んん…………zzzzz」
走りながら寝そうになってる明日奈。
その目の前を、亜矢が疾風のように駆け去っていった。
「あ……っ、あにょっ、いっしょに……!」
アウトローのスキルを使って仲間アピールする明日奈だったが、手遅れすぎた。追いかけようにも、移動力の差は歴然。
「うにゅぅ……」
それでも諦めず必死に走る明日奈の横を、内蔵・リックが抜き去ろうとした。
「ここにゃ! にゃふふー、猫パンチ、猫パーンチ!」
生物学的急所(キンタマ!)を狙ってパンチを放つ明日奈。
そのとたん、足がもつれてズベッと転んでしまう。
「む……。大丈夫か?」
1秒を争う戦いにも関わらず、内蔵は明日奈の手を取って起こした。
「だ、大丈夫にゅ……」
さすがに、この親切を裏切ってキンタマ狙いに行けるほど明日奈は非道ではなかった。
「今日の購買は戦場だ。せいぜい気をつけることだな、お嬢さん」
それだけ言うと、内蔵は走り去った。
なんという紳士!
「にゃ……っ!?」
明日奈は若干うろたえながらも、あきらめずに購買めざして走るのだった。
「……うぅぅ……体調は最悪ですが……依頼は成功させるのですよぉぉ……」
昼休み突入と同時に、恋音もまた極上焼きそばパンを手に入れるべく走りだしていた。
しかし、今朝7時まで繰り広げられていた百合ん百合んワールドのおかげで、足腰がマトモに動きやしない。なにやら体験したことのない筋肉痛と、重力が倍になったみたいな疲労感が恋音を襲う。
『贄』作戦は失敗だったかもしれないと思いはじめる恋音だが、いまさら後悔しても仕方ない。とにかく、いまは全力を尽くすだけだ。ダアトの彼女は根本的に足が遅いが、今日は装備品で速力を高めている。疲労困憊ではあるが、まったく勝負にならないということはないはずだ。ないはずだ……と言いたいが、やはり無理なものは無理だった。
なんせ、明日羽のもとへ交渉に行ってからおよそ15時間、ずっとオモチャにされていたのである。それはもう、一般人なら死んでもおかしくないぐらいの体験だった。
「……えぅぅ……。これは予想外だったのですよぉ……」
大きな胸をさらしに隠して、ぷるんぷるんさせながら走る恋音。
今回、彼女の策は自殺行為すぎたかもしれない。
まぁMS的には大歓迎ですけどね!
さて、明日奈や恋音と同じく明日羽の生贄にされてしまったチルルも、やはりマトモに身動きできずにいた。
色々と策は立ててあったのだが、15時間以上も明日羽の趣味に付き合わされたうえ一睡もせずにこの状況では、全力を発揮できるはずもない。というより、いますぐ寝たいぐらいだ。
そんなチルルは『製造元に連絡を取り、学園以外で購入できる場所を確認』という策を立てていたが、あいにく学園以外で購入できる場所はなかった。
さらに、『競争の翌日、同じルートで再度購入に向かう。購入できた場合はそれを提出』という案もあったが、チョッパー卍の出した依頼内容は発売日当日に限るものだった。というより、この手段をOKにしてしまうと『戦闘シナリオで、倒せなかった天魔を翌日倒しに行く』みたいなプレイングが通ることになってしまうので、ちょっと無理がある。
というわけで、裏技を封じられたチルルは重い足を引きずりながら廊下を走るしかないのだった。
できるかぎりの最短経路をとりながら、全力跳躍で階段をすっとばし、邪魔者どもを封砲で吹っ飛ばす。あきらかに焼きそばパンと関係のない生徒も巻きこんでいるが、いまのチルルにそんな判断力はなかった。まぁ普段からそんな判断力はないような気もするけど。
「あたいの道をふさぐ者は、みんなぶっとばーす!」
おお。いまのチルルは、歩く封砲発射台ならぬ、走る封砲発射台!
でも、足がよろけてるぞ! 購買までたどりつけるのか!?
さて、場面変わって購買前。
だれより早く駆け込んできたのは、亜矢だった。
ここには平等院の仕掛けたトラップが無数に存在しているのだが、亜矢は何も考えずに突っ込み──運良くひとつも踏まず、極上焼きそばパンをゲットしてしまった。いつも大体ひどい目に遭っているので、たまにはこういうラッキーなこともある。
次にやってきたのは、10人ほどの『大逃走』軍団。焼きそばパンのためだけに血を流しながら走る彼らの姿は、壮絶だ。その中には、スリーピーの姿もある。だが、このままでは競り負けてしまいそうな位置だ。
「く……っ。このままではダメだ……。が、俺のブラッドブーストには驚異の2段変速がある! 行くぞ! チャージアーップ!」
と、スリーピーは言っているのだが、残念ながら大逃走を2回かけて倍速などということはできない。そんなことできたら強すぎるわ!
というわけで、スリーピーは変わらぬ速度のまま突っ込んでいった。──恐怖のトラップ地帯に。
ズドオオオオン!
だれかが地雷を踏み、いくつもの地雷が誘爆して、大逃走軍団は一人残らず吹っ飛んだ。
スリーピーは大逃走に魔法攻撃力をつけて『魔力×体重×スピード=はかいりょく♪』などと考えていたが、破壊力とか全く関係なかった。どっちかというと防御力があったほうが良かったんじゃなかろうか。まぁいずれにせよ、地雷を踏んだらサヨウナラだけども。
そんな死屍累々の中、大逃走団に紛れてトラップを回避した平等院は、悠々と焼きそばパンをゲット。
残るは2つだ。
そしてやってきたのは、大逃走を持っていない俊足生徒たち。
もちろん、大逃走を持っていても負傷してまで頑張りたくないという者もいる。そもそも常識的に考えて、焼きそばパンのために生命力を75%も減らすのは馬鹿げている。しかも、そこまでしたうえ地雷を踏まされたのでは、泣くに泣けない。
ともあれ、この集団のトップグループにカーディスがいた。
校舎の三階から落下した彼だが、その程度の負傷で諦めるわけがない。
「焼きそばパンにかける情熱は、だれにも負けないのです……っ!」
黒猫のしっぽをなびかせて、全力疾走するカーディス。
おお、このままいけば手に入れることができそうだ。
が、しかし。
そんな彼らの背後から、ブリザードのような衝撃波が襲いかかった。
廊下を一直線に突き抜ける、真っ白な閃光!
言うまでもなく、おわかりであろう。
そう、チルルが封砲をぶっぱなしたのである。
「ここでそれを撃ってしまうのですかぁぁ……っ!?」
カーディスを含めて、ほとんどの者が犠牲となった。
運良く巻きこまれなかった生徒たちが「ラッキー」などと言いながら走るが、チルルは躊躇なく二発目の封砲を発射。目の前の障害を、文字どおり一掃した。
「やった! 一網打尽! あたいったら最強ね!」
うん。みごとなぐらいに一網打尽だった。味方を巻きこんだことに気付いてないけど。
「助かった。恩に着るぞ」
そう言いながらチルルの横を駆け抜けていったのは、内蔵。
「あっ! 横取りするつもり!? くらえ、ブリザードキャノン!」
スカッ
残念。もうストックがなかった。自分の撃った封砲の数ぐらいは覚えておかないと。
内蔵はそのまま走りきり、みごと焼きそばパンをゲット!
残るは1個だ!
「やばっ!」
チルルは慌てて走りだした。
が、後ろからやってきた生徒たちが次々と彼女を追い抜く。
移動力7では、とても勝ち目がない。
封砲が切れたチルルなんて、ただのチルルなんだ!
しかし、そこへやってきたのは百合華だった。
「私にまかせてください……!」
めずらしく強気なことを言って、彼女が発動したのは呪縛陣。
周囲のライバルをまとめて束縛した百合華は、そのまま走っていって焼きそばパンを手に入れることに成功!
「やった! あたいのおかげね!」
なぜか自分の手柄にしてしまうチルルであった。
封砲撃たなければカーディスが買ってたんですけどね。
ともあれ、こうして極上焼きそばパンは入手できた。
「おおっ! やったな、百合華!」
財布なしで駆けつけたチョッパー卍は、大喜びだ。
ぞろぞろとやってきたメンバーたちも、『難しい』依頼が成功したことにホッと胸を撫で下ろしている。
「生贄となってもらった3人には大変な負担をかけたが、最終的にはうまくいって良かったのう」
と、緋打石が労をねぎらった。
「にゅ……ほんとに疲れたにゃ……。でも苦労した甲斐があったのにゃ〜♪」
「……うぅ……今後、あのかたと交渉するときは……『一日』とは言わないほうが、よさそうですねぇ……。身が持ちません……」
明日奈も恋音も、だいぶグッタリ気味だ。
「ま、なんにせよ成功してよかったわ。……んで、その極上ちぅ焼きそばパン、どんだけうまいん?」
ミセスもバトロワ会場を抜け出して駆けつけていた。結局どうなったんだろう、あのバトロワ。
「よし、さっそく食ってみるぜ。よこしな、百合華」
と、チョッパー卍が言ったとき。
「あら? うまく買えたの?」
とぼけた顔で、明日羽がやってきた。
なんとなく、イヤな予感に捕らわれる撃退士たち。
その予感どおり、明日羽が突拍子もないことを言いだした。
「じゃあ百合華? そのパン、私にちょうだい?」
「お、おい! なに言ってんだ!? そのパンは俺のだぞ!」
チョッパー卍が怒鳴るのも無理はない。
「え? このパンは百合華のものだよね? 百合華が自分でお金を出して買ったんだよ?」
「今日一日、百合華を俺らに預けるって話だろうが!」
「パン争奪戦のときに貸すって言っただけだよ? もう争奪戦終わってるよね? だから百合華は返してもらうよ?」
そう言って、百合華を抱き寄せる明日羽。
なんと。ここまで来て、極上焼きそばパンは明日羽の手に!
「こ、こいつ……。屁理屈こねやがって……!」
「屁理屈? これ屁理屈じゃないよね? ねぇ明日奈ちゃん、どう思う?」
「にゅあ……っ!?」
いきなり話を振られて、とまどう明日奈。
おろおろしながら、小声で彼女は答える。
「明日羽さんのほうが正しいと思いますにゅ……」
「だよね? だれが見ても、私が正しいよね?」
「は、はい……」
「ふふ。いい子だね……?」
明日羽がクシャクシャと明日奈の髪を撫でた。
「かわいいから、これはごほうびね?」
そう言って、明日羽は焼きそばパンを明日奈に手渡した。
そしてそのまま背を向けると、明日羽は百合華をつれて去って行くのだった。
「……ったく、最後まで人騒がせなヤツだ」
危うく明日羽との全面戦争になるかと思われた一幕だったが、明日奈のかわいさによって危機は免れた。
そう! かわいいは正義!
「ほなら、さっそく食うてみいや。なんつーても、極上やで。極上。見るからにうまそうやんか」
ミセスは、やたらと焼きそばパンの味が気になるようだ。
「そうですよ! 苦労の果てにゲットした焼きそばパン! 私も味わってみたいのです!」
カーディスも、異様に目を輝かせている。
「あー、そうだな。おまえには焼きそばパンで何度か世話になってることだし、半分やるよ」
「なっ、なんと!? いただいてもよろしいので!?」
「ああ、食ってみたいんだろ? ほら」
と、焼きそばパンを半分ちぎって手渡すチョッパー卍。
そして焼きそばパン愛好家ふたりは同時にパンを口に入れ──
「「…………!?」」
あまりのうまさに、言葉も出せず顔を見つめあうのだった。