「おー。よぉ来てくれたなぁ。よろしゅうたのむで」
イタリアンなレストランのテーブルで、白衣姿の悪魔カナロアは撃退士たちを出迎えた。
はっきり言って趣旨が今ひとつ理解できない依頼であるため少々とまどい気味の彼らだったが、いかにも上等そうな店構えを目にして、よけいな考えなど吹っ飛んでしまう。
基本的に、撃退士には食い意地の張った者が多いのだ。任務でカロリーを大量に消費するからだという説もあるが、さだかではない。個人的には、単に食いしんぼうが多いだけだと思う。
「イタリアンなごはんー! ゆずね、ゆずね。あの『ニョキニョキ』たべてみたいのー」
完全に目的を忘れて笑顔を見せるのは、天月楪(
ja4449)
「それはニョッキのことだよね?」
と言いながら、桜花(
jb0392)が楪の頭を撫でた。
「あー、桜花おねぇさんだー。おひさしぶりだよー」
「うんうん。ひさしぶりだね。今日は、おいしいものいっぱい食べようね?」
よだれをたらしそうな笑顔で、楪の頭をぽふぽふする桜花。
真性ショタコンの彼女にとって、楪は大好物なのだ。別の意味での食事会になってしまうのではないかと、不安でならない。なんせ、今日は桜花のストライクゾーンに入るメンバーが多いのだ。本気で不安である。
「……こういうお店で会食だなんて、ちょっと緊張するわね……」
めずらしく正装でやってきたのは、紅アリカ(
jb1398)
礼儀正しくカナロアに挨拶する姿は、年齢以上の落ち着きを感じさせる。明日羽とイチャラブしているときとは別人のようだ。
それを少し離れて見つめているのは、ソーニャ(
jb2649)
彼女は何度かアリカと依頼をともにしたことがあり知らぬ仲ではないが、自分から話しかけるのは苦手だ。引っ込み思案なソーニャは、対人関係ではどうしても一歩引いてしまう。おかげで友達はおらず、こうしたレストランに入るのも初めてだ。内心では料理をたのしみにしているのだが、それが顔に出ることもない。表情が乏しいのだ。
「学者さんですか……なにか胡散臭いですが。まあ、食事をおごってもらうわけですし、おつきあいしましょうか」
そう言って席に着くのは、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「う、胡散臭いって、なにがやねん!」
あからさまに胡散臭い態度で抗議するカナロア。
「なんと言いますか、白衣がまったく似合っていないので……。それに、いくら学者さんでも白衣でレストランには来ないと思いますね、ふつうは」
「な、なに言うてんの!? 学者は白衣やろ! 基本やで!」
「でも、こういう高級レストランで白衣というのは、ちょっとどうかと思いますが……」
「いつでもどこでも白衣! それがウチの美学なんや!」
「そう言われては、返す言葉もありません」
冷静に話をまとめるエイルズレトラ。
どちらが悪魔だかわからない会話である。
ともあれ、それぞれ席について──
と思ったが、どういうわけか歌音テンペスト(
jb5186)はカナロアの膝に座っていた。
そう。人間のくせして人間界のマナーに疎い彼女は、そこに座るのが正しいと判断してしまったのだ。そんなマナーは天界にも冥界にもないと思うのだが。無論、カンブリア紀のマナーにもない。……ないはずだ。
一方、カナロアも人間界のマナーなど知らなかった。こういう座りかたもあるんかと納得して、なにごともないかのように話を進める。
「とりあえず、適当に注文したってや。ぜーんぶ奢りやで」
歌音の行動についてツッコミを入れる者は、ひとりもいなかった。おかげで、このあと彼女はずっとカナロアの膝で過ごすことになる。まさか、この突拍子もない行動がMVPの一要素になろうとは、歌音も考えなかったに違いない。
「……はて、海産物型ディアボロについてのインタビューとな? まぁ海産物型とは何度か矛を交えたことはあるがの……。あ、こっちのコース料理を頼んでも良いかのう?」
遠慮なく最高級フルコースをオーダーしたのは、Mrマイペース・小田切翠蓮(
jb2728)
食通のたしなみとして、ワインリストから赤と白を一本ずつ選ぶのも忘れない。
「ほほう、良いワインが置いてあるようだな。せっかくなので、俺もいただこう。まずは食前酒に、スプマンテを一杯……いや、一本……」
穂原多門(
ja0895)も、飲む気満々である。
以前、カニ料理屋で浴びるように日本酒を飲みまくった多門だが、ワインもおいしく飲んでしまう。アルコールさえ入っていれば何でも良いのかもしれない。
「えっ。ワインたのんでもいいの!? だったら、あたしも飲むよ! 飲む飲む!」
やたらとテンションが高いのは、アティーヤ・ミランダ(
ja8923)
彼女もまた、酒好きメンバーの一人だ。が、あまり酒に強くないアティーヤ。翠蓮や多門に付き合って飲んだら大変なことになるが、大丈夫だろうか。……うん、たぶん大丈夫じゃない。いろいろと先行き不安だ。
それぞれの注文が済むと、じきに料理が運ばれてきた。
酒が飲める者は酒で、そうでない者はソフトドリンクで、乾杯。
そして食事会が始まる。
運ばれてきたのは、スープにサラダ、カプレーゼ、リゾット、ピザ、そして何種類ものパスタ。その他もろもろ。たちまちテーブルはプレートとグラスで埋めつくされた。
「うはっ、マジうまい! 貧乏学生には涙が出るほどありがたや。男の子に連れてきてもらったりとかもないしね。ハハッ。お金は、そっち持ちなんだよね? そうなんだよね?」
感動の涙を流しながらも、会計の確認は忘れないアティーヤ。
「もちろん。ウチが全部払うたるでー」
カナロアがバシッと胸を叩く。
金を出しているのは明日羽なので、えらく強気だ。ふだんは激安48円のカップ麺とか食べてるのに。
「じゃあ遠慮なく食べていいんだね? あー、暑いから冷製パスタとかマジうまいわー。冷えたトマトと組み合わさってるから、なおさらですな。夏は食欲落ちるからねー。昔はもっと食べられたんだけどなー。いや、あたしはまだピッチピチだけど。あはは」
上機嫌で笑いながら、パスタをすすり、ワインをがぶ飲みするアティーヤ。
すでに酔っぱらってるようなテンションだが、大丈夫。これが通常の姿だ。
「ニョキニョキイタリアーナだってー。トマトと、クリームと、バジル? きれいな色ー。ソースの色がイタリアの旗なんだねー。んー……もちもちー。おいし」
楪は念願のニョッキを食べていた。
じつに幸せそうだが、口のまわりはトマトソースでベタベタになっている。
「口にソースがついてるよ? 拭いてあげるね?」
紙ナプキンを取って、ていねいに楪の口元をぬぐう桜花。
その表情は楪より幸せそうだ。ふたりの距離は息がかかるほど近く、どうかすればナプキンではなく舌を使ってソースをぬぐいかねない。犯罪なので注意が必要だ。
楪は桜花の下心になど気付くことなくニョッキを食べ、口元を拭いてもらっている。
しかし本当に世話が必要なのは、よだれをたらしまくる桜花のほうかもしれない。世話っていうか、介護っていうか。
そんな食事風景の中。歌音はナイフやフォークの使いかたがわからないので、なにも食べられずに指をくわえていた。
気付いたカナロアが、「なんも食べないんか?」と訊ねる。
「だって、マナーがわからないんですよー」
「ほな、食べさせたろか? ほら、『あーん』せえや」
シーフードリゾットをスプーンに乗せて、歌音の前に持っていくカナロア。
さきほど言ったように、歌音はカナロアの膝に座っている。まるで、乳児の食事風景だ。
異性より同性ラブな歌音にとって、これはたまらないシチュエーション!
おもわず胸がドキ☆ドキしてしまう歌音だが、相手は冥界に属する悪魔なのでシャレにならない。一見ラブラブ百合ップルみたいな光景だけど、撃退士と悪魔だからね、これ!
は……っ! これはもしや、禁断の恋のはじまり!?
でもこの二人、どちらもボケ担当なので未来が見えない。
「……うん。これは絶品ですね。いくらでも入ります」
エイルズレトラは、育ち盛りの異次元胃袋でパスタを食べまくっていた。海産物トークが始まる前に、一皿あけてしまう勢いである。
そして実際に一皿食べ終えてしまった彼は、おかわりを注文。いまのところ、優勝候補最右翼である。……って、大食い大会と違うぞ、これは。
「……で、そろそろ本題に入りませんか? 食べてばかりでは、あつまった意味がないので」
ふたつめのパスタを片付けながら、エイルズレトラは真面目な顔で言った。
「せや。食ってるだけじゃアカンでぇ。ウチは海洋生物学者なんや。海の生きもんのオーソリティーやで。最近、海産物型のディアボロが増えとるやろ? そのことで、意見を聞きたいねん」
「……たしかに、最近は海産物関連の天魔が急増していますね。私も何度か戦いました」
と、アリカがうなずいた。
実際、彼女は短い間にクラゲ型やイソギンチャク型などのディアボロと立て続けに遊んで……ではなく、戦っている。海産物型のディアボロが増えているのは間違いない。
「せやろ? でも、どれもこれも弱いねん。あんさんら、撃退士やろ? 海の生きもんで、どんなんが天魔になったら怖いと思うん?」
直球を投げるカナロア。根本的に頭が悪いので、正体がバレてしまう危険を考えてないのだ。
「……そうさのう。巨大な『タツノオトシゴ型』とかは、どうじゃろう?」
ワイングラス片手に口火を切ったのは、翠蓮。
「あの、むちゅーっと突き出した口元と、尾を丸めた細長い体。泳ぐというより海の中を漂っているように見える姿は、じっと見ているとなんだか穏やか? な気持ちになること請け合いじゃの。しかし、細い口吻にぎりぎり通過するかどうかというサイズの甲殻類でも積極的に攻撃し、激しい吸引音をたてて捕食したりと、意外に獰猛な一面も併せ持っていて面白い。本物は陸上では生きてはいけぬし、直立も不可能だが……天魔なら何でもありさね」
「タツノオトシゴか。そら、おもろいな」
などと言いながら、歌音の背中をテーブルがわりにしてメモをとるカナロア。
「さらに、雌雄一対で出現させるとポイントが高かろう。オスの腹部には育児嚢があり、ここでメスが産んだ卵を稚魚になるまで保護するのも見所(?)となろう。親と同じ形の稚魚がガバッ! と生まれる光景は壮観とも言える。それと、タツノオトシゴのツガイは古来より『夫婦円満』『子宝』の縁起物として、お守りのシンボルにもされているしのう」
「そら知らんかったわ。あんさん、物知りやなぁ」
カナロアから見れば、たいていの相手は物知りである。
にしても、翠蓮は悪魔のクセして人間界に詳しすぎやしないか。
「僕はダツが怖いですね。ご存知ですか?」
エイルズレトラはフォークにパスタをからめながら口をひらいた。
「もちろん知っとるでぇ。サンマみたいな魚やろ?」
「ええ。実際、人に突き刺さって死亡事故を起こすことも多いらしいですね。場所によっては、鮫より怖がられてるとか。名は体を表すというか、ダーツみたいな魚ですよね」
「たしかに、あれがディアボロになったら強そうやな」
「それから、タコやイカも怖いですね。日本人は平気で食べますが、欧米ではDevil fishなんて呼ばれてますし。クトゥルフ神話にタコやイカっぽいクリーチャーがよく登場するのも、この影響かもしれません」
「イカは、このまえ作ったしなぁ」
「え?」
「あ……! いやいや、イカの塩辛のことやで!? 勘違いせんとってな? ウチ、ただの人間やさかい。ディアボロとか、よう作られへんわ」
無駄に怪しい釈明をするカナロア。『冥魔認識』を持っている撃退士がいたら危ないところだった。
エイルズレトラは、胡散臭そうな顔をしながら続ける。
「あとは、ウノレトラマンボヤが怖いですね。見た目がウノレトラマンに見える、へんな生きものなんですけど。まぁ僕に言わせれば、どっちかというとスッパイダーマンに見えるんですけどね」
「あれは別に怖くはないやろ」
カナロアはそう答えたが、実際のところ怖い。なにより、名前を出すだけで著作権に配慮しなければならないのがMS的に怖い。
「それから、僕としてはここらで海鮮丼が一杯怖いですね」
「お、それは知っとるで。落語やろ。饅頭怖い、ちぅヤツや」
得意げに言いながら、カナロアはメモ帳の『ダツ』に丸をつけた。
「しかし、こんなことを聞いて何の研究になるんですか?」
「そらぁまぁ、アレや。専門家にしかわからんことやで」
「失礼ながら、あまり生物の専門家に見えませんが……」
「ええっ? どこから見ても生物学者やろ?」
白衣を着ただけで学者になりきったつもりでいるカナロア。かなり無理がある。
胡散臭いというより気の毒な感じがして、エイルズレトラはそれ以上つっこめなかった。
「そうだな……敵に回して怖そうな海産物というと、真っ先に挙げたいのがシャコだ」
豪快にワインをあおりながら、多門が話しだした。
「シャコかいな。あれもなぁ……」
乗り気なさそうに応じるカナロア。じつは以前に何体か作ったことがあり、実力は承知済みなのだ。
「あの独特のフォルムは恐ろしいものだし、強力な前足でのパンチは脅威となるだろうな。しかし、あれも美味いが最初に食べた人間は勇気あるなと思うぞ」
「せや。人間は海のモンなんでも食ってしまいよる。悪魔より恐ろしいで」
うんうんとうなずくカナロア。
「あとはそうだな……。都市伝説のたぐいになるが、フジツボが怖いな」
「フジツボ? あんなんが怖いんか?」
「知らないか? こういう話がある。……ある男が、岩場を歩いているとき転んだ拍子にフジツボに膝をぶつけてケガしてしまったんだ。ちょっと血が出るぐらいのキズだったんで絆創膏を貼って済ませたんだが、何週間か経ったあと男は膝に痛みを感じた。日を追うごとに痛みは強くなり、やむなく男は病院へ行ったんだが……レントゲンを撮ると膝の裏に白い斑点が映っていた。そのまま緊急手術となり、医者がメスを入れると……膝の皿の裏側に、ちいさなフジツボがビッシリと」
「ぎゃああああああああああ!!」
髪を振り乱し、耳をふさいで怯えるカナロア。
あまりのリアクションに、多門も「うおっ!」と声を上げる。
「そ、それはアカン! アカンでええええ! こ、こわ! 想像したら怖すぎるがな! あああああ、全身が痒くなってきよったわ! なんちぅ話を聞かせんねん、この悪魔! ものには限度いうもんがあるやろ! うひぃぃぃ……フジツボ恐ろしいわぁぁ……! ア、アカン。マジでアカン。怖すぎてウチには無理や。堪忍しとって!」
「……正直、そこまでウケるとは思わなかったんだが」
「怖い生きもんいうても、そういう精神的にヤバイのはアカン。ぜったいアカン。ひぃぃ……いまの話、記憶から消したいわぁぁ……!」
ブルブル震えながら、歌音に抱きつくカナロア。
歌音はニンマリ笑って話しだす。
「そういう話だったら、たくさん知ってますよ。ある男が、夜の堤防で釣りをしていると」
「ぎゃああああああ!」
「ちょ。まだ何も話してない……」
「ダ、ダメや。ちょ、ちょっと休憩。落ちつくまで待っとって!」
☆──悪魔の心が落ちつくまで、しばらくおまちください──☆
休憩をはさみ、ワインをボトル3本一気飲みしたところでカナロアはようやく落ち着きを取りもどした。
「よっしゃ、Fのことは忘れたで。ウチは、そないな恐ろしいクリーチャーの話は聞いてへん。1ミリも聞いてへんでぇ! ちぅわけで、次いこか」
「あたしの出番だー!」
真っ赤な顔でワイングラスを掲げるアティーヤ。すでに一時間ほど飲みっぱなしであり、だいぶ出来上がっている。テンションもMAX状態だ。
「海の生きもので怖いっていったら、アレだよアレ、ブラックタイガー! ヤバいよ、ブラックなタイガーじゃん? でもエビだし。アレだよ、中2のときハンドルネームでブラックタイガーって名乗ったらエビだったときの衝撃。アレはマジこえー。……でさ、名前にふさわしくでっかいクローとか牙とかつければいいじゃん? エビって甲殻類だから、ディアボロ化したら硬くて強そうじゃん? 硬くて強いとかマジ正義! え? なんでエビかって? だって、このリゾットのエビおいしいじゃん?」
「ブラックタイガーかいな。あれもなぁ……」
遠い目をするカナロア。
じつはブラックタイガー型ディアボロも作ったことがあるのだ。しかし、見た目ほど硬くもない甲殻と貧相なハサミしか持たない黒虎軍団は、あっさり撃退されてしまった。そもそも陸に上がったエビなど、ノロマすぎて撃退士の相手にならないのだ。それを言いだすとカナロアの存在自体が否定されてしまうのだが、そういう星の下に生まれてしまったので仕方ない。
「あと、海パン脱がし(&脱ぎ)をしかけてくる小学生のファ●キンダンスィも考えたんだけどね。あいつらマジで、そういうの好きだからな! これって海産物?」
やたらとネイティブな発音でスラングを言い放つアティーヤ。流石のアメリカ人である。
「小学生男子って、そら海産物ちゃうがな」
「そっかー、残念。でもさぁ、こんなこと聞いてどーすんの? まさか作っちゃう? ははっ、まっさかー♪ わざわざ撃退士相手に聞きこみに来るやつなんかいるわけないしねー♪」
「そ、そら、研究のためや。うちは生物学者やからな。悪魔が変装して聞き込みに行くとか、馬鹿げた冗談やで」
その馬鹿げた冗談を実行してしまったカナロア。
まさに、事実は小説より奇なりである。
「いたら怖い海のディアボロだね。はいはーい! スベスベマンジュウガニ!」
楪が、元気よく手をあげた。
「ちっこいクセに、よぉそんなマニアックな生きもん知っとるなぁ」と、カナロア。
「スベスベケブカガニでもいいよー。ゆずね、ご本でよんだだけでカタチはわかんないの。どんなディアボロなのか、考えただけでゾクゾクしちゃうよー。だって、すべすべでおまんじゅうでカニなんだよー? すべすべで毛深いカニってどんなんだろう? 気になるよね?」
「うちは、どっちも知っとるで。スベスベマンジュウガニはなぁ、猛毒持っとるねん。食ったらオダブツやで? まぁそもそもディアボロ食うたらアカンけどな」
「そうそう! ディアボロ食べたらアカンよ!?」
なぜか復唱する歌音。
「あはは。食べないよー、そんなの。でも、いちど見てみたいなー。スベスベケブカガニ」
たしかに、こういう自己矛盾した名前の生物は気になる。
たとえば、オオコクワガタとか、トゲナシトゲトゲとか、清純派AV女優みたいな。とくに最後のヤツは非常に気になる。
「……私は特に、これがイヤだとか、これが怖いとか、そういうのはありませんね。……ただ、たのしめるかどうかは重要ですけれど」
意味深な発言をしたのは、アリカだ。
カナロアはニコッと笑って、妙に親しげな視線を向ける。
彼女はアリカと明日羽の関係を知っているのだ。何度か見かけて、顔も知っている。
「たのしめるかどうかっちうと? どういう意味やろ」
問いかけるカナロアは、もちろん『どういう意味か』わかっている。
「……たとえば、クラゲやイソギンチャクのディアボロとは戦ったことがありますから、そういうのは怖くないし、たのしくありませんよね……? おなじことをくりかえしても意味ありませんし……」
「言いたいことはわかるわ」
わからないはずがない。以前アリカが遊んだ……もとい戦ったクラゲもイソギンチャクも、明日羽がカナロアに作らせたものなのだから。
しかし、さすがにアリカもそんなことには気付かない。
「……どれだけ嫌いであっても強くても、最終的には楽しくないと嫌なんです。……こういう風に思うのって、おかしいですかね……」
「なんもおかしいことあらへんで。そうかー。たのしいディアボロかぁ。うちは怖いディアボロのことばっかり考えとったわ。こらぁ目からウロコや」
本来の目的を忘れているカナロア。とりあえず、その落ちたウロコは拾って戻しておけ。
「……それを踏まえた上で、個人的に楽しそうなのは『藻』ですね」
「藻? なんでまた、そんなん」
「……動けば動くほどヌメヌメ絡みついて、しかも意思があるかのように忍び込んでくる藻みたいなディアボロって、たのしそうじゃありませんか……?」
「けったいな趣味しとんなぁ……。あれやな。ワカメみたいなもんか」
「……近いかもしれませんね」
「まぁおぼえとくわー」
カナロアはメモ帳に『ふえる藻』と書いた。
「……じゃあ、ボクの番」
ソーニャは、どこからともなく取り出した白衣を羽織り、伊達眼鏡をかけた。
それだけのことで学者みたいになった彼女は、次にノートPCを出してプロジェクターを接続。真っ白な壁に、映像を映し出した。
スクリーンに登場したのは、ダイオウグソクムシ。ダンゴムシの親分みたいなヤツである。
「……見て。この凶悪そうな爪。堅固な装甲。まるまるとした愛嬌。……この、某水族館にいる1号たんは4年以上なにも食べてないにも関わらず、元気に活動している。……生命の神秘だね」
「ああ、それは知っとるわ。せやけど、こんなんがニュースになるなんて、この国はホンマ平和やなぁ」
「次に、これ」
ソーニャがPCを操作すると、画面が切り替わった。
壁に投影されたのは、アニメ映画『風の俗のナワシカ』
そのクライマックスシーンである。
「見よ。成長した個体の破壊力。さらに、この金色の触手。この触手に捕獲された少女の映像より、触手から幻覚物質が放出されていると考えられます。とくに学園の戦闘記録からもわかるとおり、撃退士は触手に弱い。食虫植物に引き寄せられる虫のように……。もし、これがディアボロとして現れたなら、撃退士にとって最凶最悪と言って過言ではないでしょう」
「なんやコレ。グソクムシに触手つけよったんか……? 人間の考えるコトは常軌を逸しとるでぇ……」
「以上で、ボクの発表は終わりです。ご静聴ありがとうございました」
ひととおり説明を終えたソーニャは、白衣を脱ぎ、眼鏡をはずして、もとの席に戻るのだった。
「次、私の番?」
と、自分を指差したのは桜花。
「何個か考えてみたんだけど、クラゲって恐いと思うんだよね、だって透明なクセに毒もってるやつとかいるし。よく見えない奴が音もなく近づいてプスってやられたら、ビクンビクンしてそのままダウンでしょ? それが空飛んだりしたら、私一人じゃ手も足も出ないかもなぁ……って、べつに、宇宙大怪獣の映画見たわけじゃないよ? ほんとだよ?」
「宇宙大怪獣……?」
ソーニャがノートPCで検索すると、すぐに答えが出た。
その画像を、プロジェクターで映し出す。
「おお、なんやコレ。空飛ぶクラゲやんか!」
画面に映されたのは、まさに異形の飛行クラゲ。その名もド○ラ! サイズもハンパなものではなく、これがディアボロ化されたらコメディといえどもシャレにならない。
「これはええなあ。こいつなら撃退士にも勝てるわ」
完全に乗り気になってしまったカナロア。
まずい。このままではコメディを無視してガチバトル路線に。
ええい。こうなれば、あとは歌音に任せよう。きっと、くだらないディアボロを提案してくれるはずだ!
だがしかし、ここで有り得ないコラボが発生してしまった。
「あたしが怖い海産物は、ゴ○ラ!」
なんと歌音が言い放ったのは、日本でいちばん有名な……どころか世界でいちばん有名と言って良い怪獣王だった。
「なんや、それ。海におらんで、そないな生きもん」
「ちょうどよかった。パソコンで見せてあげて」
歌音の言葉に従って、ソーニャはタタッとキーボードを打った。
そして画面に登場したのは、今まさに海から上陸しようとする大怪獣ゴ○ラの勇姿! しかも動画だ!
「な、なんなん、このフォルム! 海の生きもんにはありえへんで!」
「でも、海で生まれたから海産物ですよね?」
ドヤ顔で笑う歌音。
これはひどい。海産物限定って言ったのに! 言ったのに! たしかに『海産物』だけど!
「そ、そう来るんか……。うおっ、なんかレーザーみたいなの吐きよったで!?」
「それは放射能熱線。ふれたものすべてを焼きつくします」
「マジかい……。ちうか、これはシャレにならんやろ……。ルシフェル様でもヤバイで、これは」
「この怪獣とさっきのド○ラは、おなじ人が作りました。これも何かの縁ってことで、2頭同時にドーンと攻めてきたら、撃退士なんか木っ端微塵ですよね?」
「せやなぁ……。いや、まさか、こんな海産物がおったとは。ぶったまげたでぇ……」
驚愕のあまり、口が開きっぱなしのカナロア。
それは置いといて、いちばん驚いたのはMSだ。なにひとつ相談してなかったくせに、なんでド○ラとゴ○ラのタッグが成立してるんだ!? ド○ラはまだわかるよ、クラゲっぽいし。いや、そんな怪獣を知ってることがおかしいような気もするけど。しかし、ゴ○ラを海産物と言い張るか!? おまけにノートPCでアドリブが利くようになってるし……。正直、脱帽です。勘弁してください。
「あとあたしがオススメしたいのは、推定5億才の海棲生物。鈍器テイマーな撃退士のアレ! ディアボロを捕食しようとしたり、蔵倫を堂々と踏み越える超生命体!」
「いや、もう、勘弁したって。ほら、デザートでも食うといてや」
カナロアは歌音の口にチーズケーキを押し込んだ。
実際問題、ゴ○ラだけでもカナロアの手にあまる。そのうえ歌音テンペスト型ディアボロなど、作れるはずがない。
というか、俺はダイナマイトかかえて火薬庫(蔵倫)に突入するようなチャレンジ精神は持ってない!
ともあれ、こうして参加者全員がひととおり『海の怖い生きもの』について語り終えた。
カナロアのノートには、ド○ラとゴ○ラに花丸がつけられ、ダツとダイオウグソクムシに丸がついている。無論、カナロアの力ではド○ラやゴ○ラを忠実に作ることなどできるわけないが、そこそこ強力なディアボロが作られるのは間違いないだろう。まっとうに触手でデロる予定が、どうしてこうなった……!?
「いやあ、聞いてみるもんやなぁ。えらい収穫やったわ」
満面の笑顔で、カナロアはポートワインをあおった。
「そうか。役に立てたようで、なによりだ」
最初から変わらぬペースでワインを飲みつづける多門は、まったく顔色に変化がない。
「いやいやいや、あんさんは役に立っとらんで! うちの頭に入っとるFの記憶を消してほしいわ、ほんま!」
「海洋生物学者のくせに、その話を知らなかったというのが意外だ」
「知るわけないやろ……って、思い出したらまた体が痒ぅなってきよったわ。この話やめとこ。な?」
「話を振ってきたのは、そっちなんだが……」
「でもホント、こんなこと聞いてどうすんのー? わけわかんなーい! ぜんっぜん、わからないぞー!」
ワイングラス片手に大声を張り上げるアティーヤは、もう完全に酔っぱらいモードだった。
「そろそろ酒は終わりにしておくが良かろう。酔い醒ましにコーヒーでもどうじゃ?」
声をかける翠蓮は、早々にワインを切り上げて優雅にエスプレッソなど飲んでいた。
「やだー! もっとお酒飲むー!」
駄々をこねるアティーヤ。
「せやで。せっかくのタダ酒や。じゃんじゃん飲んどき」
カナロアが、酔っぱらいのグラスにドボドボとワインを注ぐ。
ちなみに1本5000円ほどだ。会計が恐ろしい。
「あたしも飲んでみたいなー」
歌音がチラッとカナロアを見た。
「ダメやで! 飲酒は二十歳からや!」
悪魔のくせして法規に厳しいカナロア。
だいたい、ふだんから酔っぱらってるような歌音に酒なんか飲ませたら、一体どんな惨劇が繰り広げられることやら。想像に難くない。……いや嘘だった。想像もつかない。彼女が未成年で、本当によかった。
「あ、きかんげんていのナシのパフェだって。これもおいしそうー。なまの洋ナシー、ジェラートとシロップ煮ー」
ちいさな体でよく食べる楪は、マイペースにデザートを注文しまくり、食べまくっていた。
例によって口や頬は生クリームべったりなので、桜花はデレデレになりながら拭き取っている。自分が食べるより、楪の世話をしている時間のほうが多いぐらいだ。
「いちばん下のナシのジュレもおいしいねー。あまー、うまー」
「うんうん。おいしいねー」
桜花の足下は、よだれで水浸しである。
ショタコンの称号は伊達ではない!
「……ねぇ。これあげるから、それ食べてもいい?」
そこへ、めずらしく積極的に声をかけたのはソーニャ。手元には焼きプリン。
「いいよ。食べさせてあげようか? ううん、食べさせてあげるね?」
有無を言わさぬ勢いで、ショタコン桜花が洋梨のパフェをスプーンにすくった。
「……え。食べさせてくれるの? ……あ〜ん」
「はい、あーん」
でれんでれんになりながら、ソーニャの口にスプーンを入れる桜花。
次の瞬間。彼女は全身から鼻血を噴いて倒れていた。
享年16。その顔は全てをやりとげたかのように満足げだったという。
そんなこんなで、犠牲者1名を出しながらもインタビューは無事に終わり、依頼は大成功。
レストランを出た撃退士たちは異様な長さのレシートを見て目を丸くしたが、本当に目を丸くさせるのは後日インタビューどおりのディアボロが出現したという知らせを聞いたときのことだった──
というわけで、後編につづく!
ちゃんと責任とって退治してくださいね!