その日。残念系男の娘・伊緒の依頼で、8人の撃退士が集まった。
「はっじめましてだよ、新一くん! ボクたちは、いおりんの願いを聞きつけて参上した撃退士! 気軽にイリスちゃんでケッコーさ♪」
のっけからテンション高く切り出したのは、イリス・レイバルド(
jb0442)
新一は返す言葉もない。
「女装してる相手はイヤ? ならば逆に考えよう! 服を着なければいいんだと! それが当然の施設……。そう! 温泉とか銭湯巡りというのは、いかがッ!?」
「それ、ふつうにデートですよね? 裸で外は歩けませんよ?」
「う……っ。駄目か? 『うん』と言わんのか?」
「無謀すぎるので……」
「ならば、女の武器を行使せざるを得ないな! 着衣の乱れを演出して、首輪にリードつけて、手枷までかけて、新一くんにおはようからおやすみまで付き従ってやる! 間違いなくFCにラグナロクが起きるぞ! それがイヤなら、うんと言うんだ! おねがいします、言ってください!」
土下座するイリス。初手から全力すぎる。
「土下座されても……。あと、つきまとわれた場合は風紀委員に連絡しますが……」
「そ、それは駄目だ!」
「残念ながら、これはちょっと」
イリスプラン壊滅!
というか杜撰すぎるぞ、この作戦!
「次は私ね。新一君、あなたが誰とも付き合えないなら、せめてFCの子たちに夢を見させてあげようよ」
しゃべりだしたのは、蓮華ひむろ(
ja5412)
「夢?」
「そう。新一君とデートできる乙女ゲーを作って、FC会員限定で配布するの」
「依頼と、どう関係が?」
「ゲームを作るのにロケが必要でしょ? それを伊緒君と撮影するの。実質はデートだけど、名目上はロケ。これならFCの子たちも納得でしょ?」
「無理だよ。『どうして伊緒なの』って言われたら説明できないし。ヘタすると伊緒の命が危ない」
「私は平気! ロケしようよ!」
伊緒はそう言ったが、新一は首を横に振った。
「そんな危険は冒せない。この案は駄目だよ」
「私の身を第一に考えてくれるんだね。うれしい」
伊緒の恋は、ますます燃え上がる。
「駄目かぁ。名案だと思ったのに……はぁ……」
本気で落胆するひむろ。単に自分が乙女ゲー作りたかっただけという説も。
「……私は、『ラブコメ推進部』からの依頼という案を……考えたのですよぉ……」
そう提案するのは、月乃宮恋音(
jb1221)
「どういう案ですか?」
「……えと……こちらにラブコメ推進部の部長がおりましてぇ……」
説明をたのみますという感じで、恋音は袋井雅人(
jb1469)のほうを見た。
それを悟った雅人が、口をひらく。
「つまり、僕たちの部から『デートプランの実験』と称して依頼を出すわけです。依頼をこなすのは撃退士の本分ですから、FCの人たちも口を出せないのでは?」
「無理ですよ。依頼ということは誰でも情報が手に入りますよね? FCの子たち、みんな現地に来ちゃいますよ。誤射を装って伊緒が撃たれます」
「それは僕らが体を張って警護します」
「相手は100人以上ですよ? それに、依頼だろうと何だろうと、伊緒が恨みを買うのは確実です。そんなリスクは冒せません」
「本当に私のことを考えてくれるんだね、新一君。やさしい……」
この案も、伊緒の恋心をたぎらせるだけだった。
「ボクの作戦は、こうだ」
とスマホの画面を見せたのは、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
そこには『新一君の行方』なるブログが表示されている。
「このブログはファンクラブのサイトからリンクされている。いわば公認ブログだ。デート当日ここで嘘情報を流す。FCの子たちを誘導して、きみたちは安全にデートってわけさ」
「でも、嘘だってことはすぐバレますよね?」
「ぬかりはない。嘘がバレる寸前で『さっきの情報はガセだった』と報告して、もういちど嘘情報を流す。遠くの場所をでっちあげれば、時間が稼げるはずだ」
「悪くない手ですけど、FCの全員がネットを見てるわけではないし、100%安全とは言えませんよね」
「それはまぁ……」
「本気で命が懸かってるので、これではちょっと」
「むぅ。駄目か」
「いえ。ほかの案と同時に使うことはできるので、駄目とは言い切れません」
たしかに、いままで挙げられた中では唯一実行可能な策だ。
「よしゃ。うちの番やな。同人映画の撮影を装う作戦ちうのは、どや?」
クフィル C ユーティライネン(
jb4962)は、威勢よく話しだした。
「映画?」
「せや。タイトルは『久遠ケ原の黄色い薔薇』いうてな。ホモっぽ……いや、それはどうでもええわ。とにかく、この映画の背景に脇役として登場してもらうねん。ホンマやったらFCの誰かを使うのがスジや思うけど、だれを使うたかて血の雨が降るやろ? そこで、男優を女装させるっちう苦肉の策をやな……」
「男でも同じことですよ。乙女ゲーの案と同じ理由で無理です。みなさん誤解してるようですけど、僕の身だけでなく伊緒の安全も考慮してください。男女の付き合いはできなくても、たいせつな友人なんですから」
まっとうなことを言う新一。
これは残念な結果に終わってしまうか──?
「新一さん、ちょっとこっちへ」
と、手招きするのは水無月ヒロ(
jb5185)
なぜか女装姿である。
誘い出した先は男子トイレ。
新一はヒロを女性と思っていたため、衝撃である。
しかし、ヒロが発した言葉はさらに衝撃だった。
「みんなわかってないわよね。本当のところ、新一さんは伊緒さんを愛しているっていうのに」
「え?」
「図星ね。新一さんは伊緒さんを愛しながらも、FCの存在を恐れるあまり伊緒さんの想いに応えられない……。そうでしょう?」
「ぜんぜん違いますが……」
「……そう。想いは明かさないわけね? でも安心して。万が一、新一さんに『アッー!』な趣味がないとしても……」
ヒロは『気迫』で新一を圧倒すると、目にも止まらぬ早さで制服を剥ぎ取った。
おお、なんという脱衣技!
間髪入れず、用意した女物の服を新一に強制着衣!
あっというまに、女装姿の新一完成!
ひどいアドリブだな!
「な、なにするんですか……」
怒るというより、とまどう新一。
「まだ終わりじゃないわよ」
言うや否や、ヒロのメイク術が炸裂した。
なんと、みるみるうちに新一が女顔に。
もともと中性的な顔だちなので、女装+メイクで完璧な女性としか見えない仕上がりだ。
「どう? これならFCの子たちにもバレないはずよ」
「そ、そうですか……?」
鏡を覗きこむ新一。なんだか、まんざらでもなさそうな顔だ。
はっ、まさか女装に目覚めてしまったのか!?
あああ、数少ないマトモなNPCなのに!
こうして女装姿になった新一を、撃退士たちが拍手で迎えた。
「似合うではないか。これは男子のFCができるかもしれんな」
冗談まじりに言うのは、雪風時雨(
jb1445)
「シャレになりませんよ……」
「しかし、その姿ならばデートも可能であろう。まず見破れんぞ」
「……えと……ひとつ問題があるのですよぉ……。その……伊緒さんにとって、女装した新一さんでも良いのかとぉ……あ、問題なさそう……ですね……」
不安要素を口にする恋音の前で、伊緒は新一に抱きついた。
「かわいい! 新一君、最高だよ!」
「そ、そう……?」
「うんうん。これならデートできるよ!」
「僕、女の子に見えるかなぁ?」
「見える見える。私よりかわいいもん!」
「そう、かな……?」
とまどいながらも、微笑む新一。
……いや、あの。想定外すぎる展開なんですけど、これ。
さて、デート当日。
女性陣の手によって見事な女装姿にされてしまった新一は、恥じらいながら街にやってきた。
ちなみに依頼は『デートの約束を取りつける』ことなので、すでに依頼自体は成功している。あとはオマケだ。
伊緒の希望で、まずはショッピング。
ジェラルドの策でネット上にはインチキな『新一君の行方情報』を流してあるが、油断はできない。なにしろ相手は撃退士。なにをしてくるか、わかったものではない。
したがって、8人の撃退士は周囲を警戒しながら新一たちを護衛している。
とはいえ、だれがFC会員かわからないので、基本的には新一だよりだ。
「……なにごともなく終われば良いのですけれど……」
「大丈夫ですよ。僕たちの愛は全ての障害をはねのけます!」
「……お、おぉ……? テンション高めですね……?」
「ええ、今日の僕は違いますよ! ラブコメ推進部の長として、伊緒さんの恋を全力で応援する所存ですからね!」
やけに張り切る雅人だが、じつは仲間たちの相談が理解できなかった彼は『とりあえずカレーパン食べとけばいいだろ』と考えて、実際にカレーパンを食べている。身につけたTシャツは、『カニDo Luck』のプリントシャツだ。前はタラバガニ、後ろはズワイガニ。いざというときはラブコメ仮面に変身することも考えて、準備は万全。職務質問を受けたら言い逃れできない状況だ。いったい彼は、いつからこんな芸風に。
「FCの子が来ます!」
新一が、ハンズフリーのスマホで全員に連絡した。
彼はヒリュウの視点で周囲をうかがっており、FC会員ほぼ全員と面識があるため、見落とす可能性はゼロに近い。
すわ、変態仮面……もといラブコメ仮面の出番か!? そして警察の出番か!?
と思いきや、だれより先に出動したのは時雨だった。
彼は新一にテイマーの道を選ばせた張本人であり、現状には責任を感じている。最悪の場合、依頼を無視してでも新一を守り抜く覚悟だ。
知性派っぽいスマイルとともに、FC会員へ襲いかかる……ではなく話しかける時雨。
「そこのお嬢さん。道をたずねたいのだが……」
「は、はい」
障害を難なくクリアー。
「またFCの子が!」
「ボクが行こう」
ジェラルドが、長髪をひるがえして走りだした。
どことなくチャラい空気の男だが、ルックスは完璧だ。
もともとFCなどに入ってしまう女子だから、イケメンには弱い。
「すみません。急いでるので困っているんですが……駅、どこかわからなくって……」
「ちょっと遠いですね」
「では、すこしでいいので、ご案内いただけませんか?」
「えー。どうしよう」
「お礼にお茶でも御馳走しますよ?」
「え? 急いでるんじゃなかったんですか?」
「あ、あれ? そんなこと言いましたっけ? あはは、ボクとしたことが。美女を前にして動揺したようです」
イケメンスマイルでごまかそうとするジェラルド。
どう見ても、ミスプレイング!
ともあれ、新一たちは無事ショッピングを終えて映画館へ。
しかし、ここのロビーにもFC会員が!
「アウルが! ボクにもっと輝けと囁いているッ!」
光纏したイリスは、空色の仮面をかぶって小天使の翼を発動!
さらにタウントで注目をあつめつつ、ヒーローショーを開始!
なにがなんだかわからないが、突然あらわれたヒーローに子供たちは大騒ぎだ。
FCの女子も、つられて視線を向けてしまう。
「よしゃ。このスキに突破するで!」
クフィルが先導し、新一たちは無事入場に成功した。
二時間後、映画『ボケモン』を満喫した伊緒と新一は、カフェLily Gardenを訪れた。
ここは男性おことわりのスイーツ専門カフェだが、ふたりとも余裕で通過。
護衛班も続けて入店するが、雅人、時雨、ジェラルドの3人はアウトである。
「僕らも女装してくるべきでしたねぇ」
と、雅人。
「女子限定とは、なんと敷居の高い……」
時雨も少々残念そうである。
しかし、一番残念そうなのはジェラルドだった。極度の甘党である彼は基本的に和菓子派だが、洋菓子も嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。
「く……っ。なんだ、この店は。気になるじゃないか。いまから女装してくるか……?」
ジェラルドにとって女装は慣れたもの。服さえあれば、たやすく入り込める。
「おちつきましょう。これはそういう依頼ではありません」
キリッと顔を引きしめて、冷静に止める雅人。しかしポケットには変身用のアレが入っていることを忘れてはいけない。
その後、カフェを後にした一行はゲーセンへ。
このプリクラコーナーも女子専用だったが、新一と伊緒はラクラク通過。
冷静に考えれば、女装した男子ふたりでプリクラは、かなりの高難度だ。
そしてプリクラ撮影を終えた二人は、カラオケに。
FC会員と出くわすこともなく、無事部屋へ入って行く新一たちを見送って、撃退士たちはホッと一息ついた。
「どーやら無事に終わりそうやな」と、クフィル。
「まだ安心できませんわ。おうちに帰るまでがデートです」
ヒロはずっと笑顔である。
「だよね。ちゃんと最後まで盗聴……じゃなくて護衛しないと!」
いそいそとイヤフォンを耳にセットする、ひむろ。
犯罪めいた行為だが、だれも止めようとしない。それどころか、息をひそめて聞き耳を立てる女性陣。ホモが嫌いな女子なんていません、というやつか。
しかし、女装男子(中学生)同士のBLって、レベル高いな!
そのころ。伊緒と新一は、わりとノリノリでボカロ曲をデュエットしていた。
どちらも、なかなかの美声である。
しかし、歌の途中で事故発生。
間奏の間にカノレピスを飲もうとした伊緒が、グラスを落としてしまったのだ。
こぼれた液体は新一のスカートへ。
「ごめん! わざとじゃないよ?」
一発で嘘とわかることを言い張る伊緒。
新一はハンカチを取り出すが、拭き取れる量ではない。
「私に任せて!」
バッグからタオルを取り出す伊緒。
用意が良すぎるというか、完全に計画的な犯行である。
「貸してくれれば自分で拭くから」と、新一。
「ダメダメ。私のせいなんだから」
伊緒は強引に新一をおさえつけ、スカートに広がった白濁液(注:カノレピス)を拭きはじめた。
そして足をテーブルにぶつけ、新一の上に倒れこむ。
「ちょ……っ。どいて!」
「わざとじゃないんだよ?」
そう言いながら、なぜか顔を近付けていく伊緒。
新一は必死で逃げようとするが、こう見えても伊緒は阿修羅。力ではかなわない。
キスまで、あと20cm!
「やめてぇぇぇ!」
ドガァッ!
そのとき。ドアを蹴り開けて時雨が飛びこんできた。
すかさずスレイプニル『電』を召喚し、伊緒を吹っ飛ばす時雨。
「やはりこうなったな! 貴様からは邪な下心を感じていた!」
「せ、先輩!」
おもわず抱きつく新一。
それをひょいっとお姫様だっこすると、時雨は窓をブチ破って電に騎乗した。
テイマーふたりを乗せた電は、悠々と空へ舞い上がる。
「いやああ! 帰ってきて、新一くぅぅん!」
伊緒が叫んだ。
「愚か者め! 貴様は敗れたのだ! みっともなく足掻くより、自覚して潔く負けを認めるが良い!」
力強く言い放つ時雨。
その勇姿に、新一は胸の高鳴りを感じちゃったりするのであった。
……いや、ええと? どうしてこうなった!?