薄毛の教師から話を聞いて、水瀬エリス(
jb4529)は鮫嶋鏡子に共感を持った。なにしろ『阿修羅で不良の女』という属性が完全に同じだ。言ってみれば、不良の──ではなく阿修羅の先輩のようなもの。
その共感に突き動かされて、エリスは任務の先鋒を買って出た。真っ先に鏡子と接触し、内部へ入り込む役を引き受けたのだ。
放課後。鏡子が麻雀部にいるとの情報を得たエリスは、部室のドアをたたいた。
「なんだ? 入部希望か?」
麻雀牌をかきまぜながら、鏡子が振り向いた。
卓を囲んでいるのは三人。いずれも昭和時代のスケ番みたいな格好だ。
「はい。じつはアタシ、前から先輩に憧れてて……」
「ほー。とりあえず入れや。打てるだろ?」
「ルールぐらいは、どうにか」
まずい、とエリスは思った。あまり現金を持ってないのだ。この人たちが金も賭けずに麻雀をやっているとは思えない。
「安心しろよ。カネは賭けてねぇから。そのかわり、最下位のヤツは明日の昼に焼きそばパン買ってきてもらうけどな」
それは金を賭けるより恐ろしいのではとエリスは思ったが、逃げるわけにいかなかった。
ところ変わって、カフェテリア。
ヴァルデマール・オンスロート(
jb1971)と紅華院麗菜(
ja1132)、蒼桐遼布(
jb2501)の三人は、一条竜矢を見て目を疑った。『女に振られて退学する』ぐらいだからどんなに情けない奴が来るかと思えば、姿を見せたのは柔道部主将みたいな巨漢。
身長190センチ、体重100キロ。しかも全身筋肉質だ。眼光は鋭く、煌纏前からオーラが出ているように見える。まるで阿修羅の見本のような男だ。これには、殴ってでも話をつけてやろうと息巻いていたヴァルデマールも唖然である。
「あの……一条さん、ですよね?」
思わず訊ねてしまう麗菜。
「ああ。この時刻にここへ来るよう臼井先生から聞いた」
「あの先生、臼井っていうんだ……。かわいそうな名前……」
どうでもいいことを口走る麗菜。
遼布はふきだしそうになるのをこらえて咳払いし、口火を切る。
「あー、じつは鮫嶋さんのことで話をしにきたんだが」
「なに?」
がたんとイスを倒して身を乗り出す竜矢。
食いつきは抜群だなと思いながら、遼布は一気に説明した。
鏡子がインフィルトレイターを嫌っていること。阿修羅に転向するなら話を聞くと言っていること。そして、阿修羅以外のジョブなど不要だと主張していること。
「つまり? 俺にはまだチャンスが残されていると?」
「そう。彼女は『インフィルトレイターである』という理由だけで君を振ったわけだ。君自身を見て振ったわけではない。阿修羅になれば考えてもいいと言ってるくらいだしね」
「なるほど。しかし俺は阿修羅にはなれない」
「なぜ?」
「俺は自らこの道を選んだ。中途半端で投げだすことなどできない」
むしろどうして阿修羅を選ばなかったのかと、三人は思った。
「アホかおまえは。そんなんだからあのはねっかえりにバカにされるのだ。愛してるとぬかすなら自分からあわせんか!」
ヴァルデマールが声を荒げた。
それを手で制して、遼布が言う。
「覚悟は立派だとは思うがね。彼女の考えかたは危険だよ? 天魔との戦いにおいて接近戦だけで戦う危険さは、きみも承知のはずだ。それを理解したうえで、きみは惚れた女の危険を見て見ぬ振りするのか? 自分を振った女なんてどうなろうと構わないと?」
「ぬぅ」
正論で押され、言葉を失う竜矢。
そこで一呼吸置き、悪魔めいた微笑を浮かべながら遼布は言った。
「でだ。提案があるのだが聞くかい? うまくいけば君の恋も進展するかもしれないよ?」
二回目の半荘がはじまったとき、麻雀部の扉がノックされた。
やってきたのは、樋熊十郎太(
jb4528)、ランディハワード(
jb2615)、麗菜の三名。
「今日はやけに客が来るな。なんの用だ?」
鏡子の問いかけに、十郎太が前へ出た。
「いきなりですが、鮫嶋さん。俺たちと勝負しませんか?」
「ああ? いいぜ。座れよ」
「いや、麻雀ではなくてですね。喧嘩の勝負ですよ。それで、もし俺たちが勝ったらひとつ頼みを聞いてもらいたいんですがね」
「へえ。喧嘩ねぇ。強そうには見えねぇけど、自信あるってわけか?」
鏡子は小馬鹿にするような目で三人を見た。
ランディが「ふっ」と笑って応じる。
「なに、噂の凶子とやらがどれほどの実力か知りたくてな。阿修羅だけで部隊編成とか、援護射撃の射線上に飛び込んで自分でフレンドリーファイアー喰らう突撃バカだという話だからな」
「よっぽど殴られたいんだな、おまえ。そっちの小娘も同じか?」
「小娘ではなくて、紅華院麗菜ですわ。聞くところによると、後衛は苦手なんですって? 魔法や銃がそんなに怖いんですの?」
「よしわかった。おまえも殴られたいんだな。……で、クマに襲われたみてぇなツラしてるヤツもアタシに殴られたいマゾか?」
問われて、十郎太は顔の傷跡をなでながら答える。
「クマじゃなく天魔ですがね。俺は今回立会人ってことで。戦いません」
「そうかよ。じゃあアタシが勝ったら、おまえ殴らせてもらうわ。それでいいな?」
「……わかりました。ではそういう条件で」
損な役を引き受けてしまったなと十郎太は思ったが、もう引っ込みがつかなかった。
「あー、そうかい。こういうことかよ」
借り切った校庭の一角で、竜矢を見るなり鏡子は顔をしかめた。
「すまない、鮫嶋。もういちどだけ俺と戦ってくれないか」
「しゃあねえな。かかってこいよ。十秒で終わらせてやる」
「いや、そうではないんですよ」と、十郎太。
「おふたりにはチームを組んでもらって、俺たちのチームと戦ってもらおうかなと」
「へぇ。なんの魂胆か知らねーけど、なんでもいいぜ」
「では、これが俺たちのチームです」
十郎太が腕を広げて示したのは、五人の撃退士。
「わしはインフィルトレイターだ。この有用性をおまえに見せてやろう」と、ヴァルデマールが胸をたたいた。。
あとを継ぐように、麗菜が言う。
「ダアトの強さも見せてあげますわ」
「話には聞いているよ、メリケンサックの威力は。だが、当たらなければ意味がなかろう?」
ランディは、どこまでも挑発的な態度を崩さない。
「鮫嶋さん、遊びましょう?」
しとやかな笑みで誘うのは、砂原小夜子(
jb3918)だ。
最後に、スッと歩み出てきたのは佐藤七佳(
ja0030)。
「私も阿修羅です。私たちは強さと脆さを合わせ持ったジョブで、この弱点を埋めるには誰かのサポートが必須だと考えています」
「そのサポート役が、こいつだってのか?」
鏡子が竜矢を指差した。
「そうです。こちらは五人なので、あと三人ほど友人の方をそろえて……」
「いらねーよ。アタシと一条で十分だ」
強気に言い張る鏡子だが、ハッタリではなかった。そもそも彼女は竜矢の実力を認めていないわけではない。飛び道具を使うのが気に入らないだけだ。
そのとき、エリスが鏡子の前に立って頭を下げた。
「先輩! アタシもチームに入れてください!」
「ああ? べつにいいけどよ。足引っ張んなよ?」
「大丈夫です! まかせてください!」
野次馬の見守る中、五対三の勝負がはじまった。
最初に動いたのは鏡子。『縮地』からの爆発的な瞬発力で一気に距離をつめ、迷いなく七佳に殴りかかる。
「この中で一番強ぇのはてめえだろ。どんなもんか見せろや!」
「そう来ましたか……!」
てっきり後衛を狙ってくるものと思っていた七佳は、この攻撃に一瞬うろたえた。が、彼女もまた場数を踏んできた阿修羅。簡単にやられはしない。
両者の利き腕が交差した。火を噴くような鏡子の右ストレートが七佳の頬をかすめ、おかえしとばかりに放たれたパイルバンカーが鏡子の髪を数本引きちぎる。
どちらも、素早さに特化した阿修羅だ。一瞬で互いの実力を認めあった二人は、後ろへ跳びのいて距離をとる。
そこへ、完璧なタイミングで銃弾が飛んできた。一条がライフルを撃ったのだ。
胸を撃たれて後ずさる七佳。彼女の魔装はかなりのものだが、竜矢の武器もまた相当だ。
「おいこら、一条! 邪魔すんじゃねぇ!」
勝負の根幹を揺るがすようなことを言い放つ鏡子。
その頭上へ、小夜子の放つ光の矢と、ランディの影手裏剣が襲いかかった。
「っと。あぶねっ!」
光の矢はかわした鏡子だが、手裏剣はみごと命中。体勢が崩れたところへ、ヴァルデマールの銃弾と麗菜のスタンエッジもヒットした。致命傷ではない。しかし確実に体力は削られている。
「うっぜぇぇ! おい、一条! あいつら撃ち落とせ!」
鏡子が指差したのは、ランディと小夜子だ。ふたりとも黒い翼で空を舞っている。
「了解」
竜矢は文句ひとつ言わず照準をランディに合わせ、発砲した。
避けきれず、翼を撃ち抜かれて落下するランディ。
「エリス、あいつボコっとけ! アタシはコイツの相手してっから無理だ!」
指示されて、どうするべきか迷うエリス。
しかし、ランディを見ると「かまわねぇからやれ」という顔をしている。
意を決してエリスは突進した。──そう、芝居を見破られるわけにはいかない。本気で戦わなければ駄目だ。手加減する余裕はない。
「悪ィな、ランディ」と小声で呟きながら、思いっきり顔面を殴りつけるエリス。
バキィッ! と、いい音がした。
当たり所が悪かったのか、良かったのか。
「いいパンチだった……ぞ……」
力尽きたボクサーのようにリング(校庭)に沈むランディ。一名脱落である。
「おー。やるじゃねぇか」
鏡子はパチパチと手をたたいた。
「よそ見しているヒマはありませんよ」
七佳のガントレットが魔法の光弾を撃ち出し、鏡子の腹部をえぐった。
同時に、鏡子の拳も七佳の鳩尾をとらえている。
ガクンとひざをつく二人。両者はほぼ互角だった。勝負の行方は他のメンバー次第だ。
「二対三……。いや、一対三か」
竜矢は、ヴァルデマール、麗菜、小夜子という三人の遠距離職を相手に、拮抗した戦いを繰り広げていた。
「どうする? どうすりゃいいんだ?」
エリスは再び迷いだす。どちらに加勢するべきか。
心情的には鏡子を助けたい。しかし、よけいなことをするなと怒鳴られそうでもある。といって遠距離職同士の撃ち合いに飛び込んでいけば、蜂の巣にされそうだ。
「ええい。迷うな。アタシらしくもねぇ!」
エリスは、とりあえず視界に入った相手──麗菜に向かって突進した。
その行動は実に勇猛果敢だったが、あいにく走った方向が悪すぎた。それは、ちょうど竜矢の放ったライフル弾と麗菜を結ぶ直線上にあったのだ。
「ぐあっ!?」
背中に命中弾を受けて、前のめりに倒れるエリス。こちらも脱落である。
「なぜそっちへ動くんだ……」
竜矢は天をあおぎ、手のひらで顔を覆った。
その直後、『凶子』のライダーキックを浴びて派手に吹っ飛ぶ竜矢。
「てめぇ、アタシの舎弟に何しやがんだ、コラ!」
無論、だれも舎弟になどなっていない。
「すまん。まさか鮫嶋がもう一人いるとは思わなかった」
「どーいう意味だ、てめぇ!」
V兵器で殴りかかろうとする凶子を、七佳が慌てて羽交い締めにした。
「まって! まってくださいって!」
「とめるな! こいつは今すぐ殺す!」
「やめてくださいー!」
この瞬間、七佳は竜矢にとって命の恩人になったと言っても過言ではなかった。
そんなこんなでグダグダに終わった喧嘩勝負は、引き分けということで話がついた。
「悪かったな、エリス。一条のアホが背中撃っちまってよぉ」
「いえ、アタシが悪いんです。ちゃんと後ろ見てなかったから……」
「後ろなんか見ねぇよフツー。前見てるくせして誤射するコイツが悪ィんだ」
言うまでもなく、それはフツーではなかった。
「案外、後輩にはやさしいんですね」
そんなことを口にしたのは、十郎太である。
「はァ!? だれもやさしくなんかしてねぇだろ! なに言ってんだ、てめえ!」
とっさにエリスから離れる鏡子。
一瞬のうちに、ツンデレだ──という認識が共有される。妙に納得する一同。
「……で、結局おまえら、なにが目的だったんだ? まさか、アタシと一条をくっつけようとか考えてたんじゃねぇだろうな?」
図星を指されて、顔を見合わせる八人の撃退士たち。
だれかがうまく事情を説明してくれないかと互いに様子をうかがっていると、ふいに小夜子が口をひらいた。
「くっつけようだとか、そんなことは誰も考えてなかったと思うの。だいいち、恋愛をしなければならないなんて……、相手が一条君じゃなきゃならないなんて決まりはないわ」
「そりゃそうだ。冗談じゃねぇよ、こんなヤツ」
「でも、戦場で誰かに背中をまかせなければならないとしたら、一条君のような優秀な人に任せるのが得策ではないかしら。とくに鮫嶋さんのような阿修羅のかたにとっては、大きな助けになると思うの」
うなずく竜矢。たしかに、今日の勝負でも彼の功績は小さくない。彼がいなければ鏡子は集中砲火を浴びてあっというまに倒れていただろう。
「アタシが背中をまかせるなら、こいつがいい」
鏡子は七佳の腕をつかんで引きずり寄せた。
「えっ? いや、だから、阿修羅だけのパーティーなんかダメなんですってば」
「ダメじゃねぇって。次はアタシとおまえのタッグで、こいつら全員ブッ倒してやろうぜ」
「えーと。あのですね……」
不可能でもなさそうなだけに、答えに詰まってしまう七佳。
すこし離れたところで、竜矢は暗い顔をしている。
「しかし、おまえたちはかなり息が合っていたと思うがな。鮫嶋も、インフィルトレイターの有用性を知らぬわけでもあるまいに」と、ヴァルデマール。
「有用性とかどうでもいいんだよ。こいつが阿修羅になれば、もっと強ぇだろって話だ。わかるだろ? なんでインフィルなんだよ、アホかっつーの」
反論できる者はいなかった。
そのとき、ふいに竜矢が言った。
「わかった。俺は銃を捨てよう。そして、この学園で一から修行しなおす」
「お? 阿修羅になる決心がついたか?」
「いや、俺はインフィルトレイターのまま阿修羅として戦う!」
「なに言ってんの、おまえ」
「理論上、不可能ではないはずだ」
グッと力をこめた竜矢の腕は、丸太のように太い。
「たしかに不可能ではなさそうだ」と、ヴァルデマールが太鼓判を押した。
「じゃあこれで一件落着ということになるんですかね」
十郎太が言うと、皆あいまいに首をうなずかせた。
鏡子が肩をすくめる。
「やれやれ。じゃあ退学届け取り消してこいや、一条」
「わかった」
短く応じて職員室へ走ってゆく竜矢の表情は、晴れ晴れとしていた。
その背中を見送る鏡子に、小夜子がそっと耳打ちする。
「私のタロット占いだと、二人の相性は良いみたい」
鏡子は「はっ」と鼻で笑い返したが、表情はまんざらでもなさそうだった。