「バイト経験ゼロで、料理はカップ麺にお湯を注ぐのが限界な私ですが、精一杯努力するのでカフェでバイトするリア充女子大生にジョブチェンジさせてください! お願いします!」
正直すぎるフレイヤ(
ja0715)のカミングアウトから、そのバイトは始まった。
ジョブチェンジは実装されてないが、彼女の願いはかなうのだろうか。
「元気な子ね。じゃあ、あなたにはホールを担当してもらおうかしら」と、佐渡乃魔子。
「はいっ! ぼっち歴が長いから、人と話すの緊張しちゃうけど……が、がんばります!」
少々……いや、だいぶ不安だ。
「……こういう形ではありますが、また会えて嬉しいです。しかし、まずは今日を乗り切らないとですね……」
そう話しかける紅アリカ(
jb1398)は、この店に来るのが初めてではない。以前、客として訪れたことがあり、魔子とも面識がある。
「ああ、明日羽のお友達の子ね。じゃあ、あなたにはキッチンに入ってもらおうかしら。明日羽もキッチンだし、そのほうがいいでしょ?」
「……はい。よろしくおねがいします」
こうして順番に挨拶が済み、必要最低限の講習を受けて、営業開始。
店の前には、開店前から10人ほどの客が並んでいた。
魔子が出て行って、今日は臨時スタッフなので色々大目に見てほしいと告げる。
しかし、客の反応は──
「素人の子なの? いいわねぇ」
「久遠ヶ原の学生さんなんでしょ? 初々しいわぁ」
「粗相した子をいじめたり? ……ああ、たのしそう」
ろくでもない客ばかりである。
「いらっしゃいませ」
下心満載の淑女たちを迎えたのは、ステラ シアフィールド(
jb3278)
ヴィクトリア風のメイド服に身をつつんだ彼女はスカートの裾をつまみ、カーテシーで挨拶する。
「ご来店まことに有り難う存じます。お席にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
一瞬、客が息を呑んだ。初々しいどころか、完璧な対応である。
「この子、素人なの……?」
「いつものスタッフより質が高いじゃない」
「うちで雇えないかしら」
などと、ひそひそ話をする客たち。
無理もない。ステラは、彼女自身年齢がわからないほどの年月を生きてきた悪魔なのだから。そこらの人間とは、あらゆる点で次元が違う。
かと思えば、おなじく悪魔のカレン・ラグネリア(
jb3482)は、こんな感じだった。
「いらっしゃいませ、お嬢様。……なんてナ」
髪を後ろに束ねて男装した彼女は、一部の宝塚ファン的な客のハートを直撃した。
「席はこっちだ。ついてきナ」
そう言って歩きだしたカレンを、さっそく一人の客が口説きにかかる。
「ねぇあなた。いまフリー?」
「ん? フリーだぜ?」
「じゃあ私と……そうね、まずはお友達から……」
「ちょっと! 抜け駆け禁止よ!」
「そんなルールないわよ!」
たちまち言い争いになる淑女たち。……淑女?
「まーまー。ボクは誰でもかんげーッスよ。なんなら、全員まとめて相手しよーか?」
男らしく、器の大きいところを見せつけるカレン。
淑女のハートわしづかみである。
席は次々と埋まっていった。
そんな中、精力的に働いているのは桜井・L・瑞穂(
ja0027)
舞台芸術の知識を生かして華麗に制服を着こなし、速算力で会計を速やかに済ませる姿は、とても素人には見えない。抜群のプロポーションを誇り、高貴な雰囲気をまとった瑞穂は、あちこちのテーブルから引っ張りだこだ。
「紅茶のおかわりを」と言う客に紅茶を運び、
「どれを食べるか迷ってるの」と悩ましげな視線を向ける客の相談に乗り、
「とくに用はないけど、ここに座ってくれない?」という要望にまで応える。
言われたとおりに座ったとたん、瑞穂の太腿に手が伸びてきた。
ピクンと反応し、頬を染める瑞穂。
「あ、あ……っ? お戯れは……あぁっ♪」
などと言いながらも、瑞穂は拒絶しようとしない。
エスカレートした客は、スカートの中まで手を入れてくる。
「そ、それ以上は駄目ですわ……♪」
風営法的に怪しいが、摘発されないのか、この店。
妙にピンク色な空気が漂う中、生ピアノが流れ出した。
奏者は蓮城真緋呂(
jb6120)
音感に優れた彼女は、ピアノからヴァイオリン、フルートまで弾きこなす、マルチプレイヤーだ。
演奏するのは、ショパンの比較的しずかな曲。
ポロポロと降りそそぐピアノの音色がゆっくり溶け込み、怪しげな空気をエレガントに染め変えた。
中には、目を閉じて聞き入る客の姿も。
何曲か披露したあと、お遊びで『ねこふんじゃった』のアレンジを弾き終えた瞬間、あちこちから拍手が上がった。
何人かの客がやってきて、話しかける。
「みごとだったわぁ。お上手なのね」
「その衣装も素敵よ」
「演奏が終わったら私の席に来てね? ごほうびをあげるから」
どう考えても普通の『ごほうび』であるはずはなかったが、食いしんぼう万歳な真緋呂は『きっとスイーツをおごってくれるに違いない!』と解釈し、ふたつ返事でうなずくのだった。
いつも人間離れした行動を取ることに定評のある歌音テンペスト(
jb5186)は、今回めずらしく普通に接客していた。
客が来れば席に案内し、オーダーが入ればキッチンに通し、スイーツをテーブルに運び、あいた皿を下げる。
しかし、なにか行動するたびにスカートがめくれたり、肩口からブラ紐が覗いたりしている。
じつは今回エロが封印されているので、チラリズムで勝負しようとしているのだ。
なんの勝負だか意味がわからないが、歌音のやることに理由や目的を問うてはいけない。たぶん本人もわかってないのだから。
そんな残念系少女の歌音だが、ルックスは悪くないうえに性格は明るいので、客ウケは上々だった。
パンツを見られたり、お尻をさわられたりするたびに、「いや〜ん、まいっちんぐ♪」とリアクションする歌音。
現役女子高生がそんな発言をするかと言いたい。
そのころ、キッチンは修羅場を迎えていた。
なにしろ急場しのぎのスタッフである。どうにも手が足りない。
リネット・マリオン(
ja0184)も、皿洗いにオーダーの処理、スイーツの仕上げと、大忙しだ。
基本的に、スイーツは魔子と精鋭スタッフが作っている。さすがに撃退士にそこまではさせない。ただ、盛りつけや簡単なデコレーションなどは任されている。これがまた、じつに繊細な作業なのだ。
集中しなければと思いながらも、リネットは主人である瑞穂のことが気になって仕方ない。
ここがどういう店なのかは、事前に聞いていた。そして実際に現場を見てみれば、聞いたとおりのありさまだ。
ときどきホールへ目をやると、瑞穂はセクハラされまくっている。
「ああ……お嬢様にあのようなことを……! く……っ! あ、あの場に割って入りたい……。でも私の務めはこちら……!」
感情をおさえつつ、デコレーションをつづけるリネット。
この仕事をこなすことが、お嬢様からの命令なのだ。いまは耐えるしかない。
そうして仕上げた皿を持っていくと、いいタイミングで瑞穂がやってきた。
「噂どおりの店ね、ここは。あちこちから口説かれて大変よ」
リネットの反応をうかがうように、くすっと笑う瑞穂。
「女性とはいえ、お嬢様にあのような……」
リネットは、ギリッと歯軋りした。
瑞穂の微笑が深くなる。
「ふふ……っ。そんな怖い顔をしては駄目よ? ちょっとこちらへ来なさいな」
手招きする瑞穂に従って、リネットは主人の前に立った。
その頭をぐいっと抱き寄せ、瑞穂は従者の唇にキスをひとつ。
「良い仕事をしたら、あとでごほうびをあげますわ。存分に励みなさいな。うふふふ♪」
「は、はい。給仕は従者の本懐の一つ。みごと、こなしてみせましょう」
「では、またあとで、ね……?」
リネットの頭を撫でると、瑞穂は接客に戻っていった。
そのころ。おなじくキッチンに入っているアリカも、てんてこまいだった。
洗っても洗っても皿は来るし、オーダーも休みなく入る。
甘く考えていたわけではないが、これは本当に重労働だ。
「大変そうですね? お姉様?」
必死で皿を洗うアリカの背中に、明日羽が貼りついた。
「……明日羽さん? うれしいけれど、いま忙しいの。手伝ってくれる?」
「手伝うって? こんな感じですか?」
アリカの胸に、明日羽の手が伸びた。
皿を持ったままのアリカには、抵抗することもできない。
「……ちょっと。いまは駄目よ。……ぁあっ?」
「ふふっ。そのまま仕事をつづけてくださいね? 声を出したら駄目ですよ?」
「……また、そういうことを……」
「これが目的だったんじゃありませんか?」
「……仕事中を狙うのは卑怯よ。……っ」
「お皿、落としたら駄目ですよ? 高いんですからね?」
たちまち百合の世界へなだれこむ二人。
でも今回エロはナシ! 場面を変えるぞ!
「こちらは三ヶ月前にオープンしたばかりのスイーツ専門カフェ。Lily Gardenです。オーナー兼パティシエの佐渡乃さんは、撃退士として活躍した過去を持ち……」
やってきたTVクルーたちは、手際よく収録を開始した。
打ち合わせどおり、魔子へのインタビューやメニューの紹介が滞りなく進む。
その背景に、さりげなく映り込もうとする歌音。
無駄にスカートをひらひらさせたり、意味もなく前屈みになって胸の谷間を強調したりと、大忙しだ。仕事しろ。
しかし、もっと大胆に映ろうとするのはフレイヤだった。
彼女は堂々とテレビカメラの前に飛び出すと、元気いっぱいに声を張り上げた。
「花の女子大生のフレイヤちゃん(21)です! 黄昏の魔女として、日々世界の終焉を食い止めるため頑張ってます! よろしくおねがいしまーす!」
ぽかーんとするTVスタッフ。
「えっ! それOKなの!?」
歌音がカメラの前に駆け寄ってきた。そして、パンツをちらり。
それを見て、カレンも出てくる。
「なんだよ、たのしそーじゃねーか。ボクも映るぜ! あ、ボクはちゃんと店の宣伝するからナ? カフェLily Gardenをよろしくッス! かわいいスタッフがいっぱいいるぜ! かわいい客もナ!」
男装姿で、ビシッとポーズを決めるカレン。
なかなかのイケメンぶりである。
「えー、このように、活気のあるスタッフが皆様をおもてなしいたします。どうぞよろしく」
魔子のダークハンドが3人を締め上げて、どうにか騒ぎをまとめた。
ちなみに、放送時は大好評のシーンだったという。
騒ぎをよそに、真緋呂はスイーツを満喫していた。
え。スイーツは閉店後のおたのしみなのでは?
そう。なんと真緋呂は冷蔵室に忍び込み、スイーツを盗み飲み──というのは冗談で、ピアノのごほうびとして客におごってもらっているのだ。
「はい、あーん」
「あーん」
ぱくっ。
もぎゅもぎゅ。
「かわいいー」
「動物みたーい」
「持って帰れないかな、これ」
「今日の子たちは、お持ち帰り禁止なのよ」
「じゃあ、この場で……?」
やすやすと百合の毒牙にかかりそうな真緋呂。
言っておくが、彼女は百合が苦手である。
だが、スイーツの誘惑に勝てず、逃げることができない! ああ、真緋呂の貞操が!
そこへ、ステラが助け船を出した。
「お客様。まことに失礼ながら、こちらの者はそういった行為を苦手としておりますので、どうかご遠慮を」
「そーそー。そういうのはボクが相手してやるからさ」
カレンもナイスフォロー。
そんな二人のことなど眼中にもなく、真緋呂は黙々とモグモグしているのだった。
というわけで、とくに波乱もなく(?)営業は終わった。
売り上げを見ると、ふだんの平均より多い。訪れた客がブログやツイッターで『素人の子たちがスタッフやってるよ!』などと宣伝したため、口コミで客が集まってしまったのだ。
おかげで、撃退士たちは休む間もなく働きづめ。そこらのディアボロを討伐するより疲れたほどである。
「おつかれさま。これが今日のお手当ね」
魔子がバイト代を手渡した。
「それより、スイーツ! スッイィィツは!? 仕事が終わったら食べ放題と聞いて参加したんですけど!」
騒ぎだしたのは、言うまでもなく真緋呂である。
いつから彼女は、こんな食いしんぼうキャラに……と思ったが、最初からだった。
「思い出した。あなた、食べ放題を延長しようとした子ね。まぁ今日は食べ放題じゃないけれど……」
もったいぶるように、魔子は冷蔵庫からチョコケーキを取りだした。
「こちらは、メニューに載ってませんね?」
と、ステラ。完璧な仕事を信条とする彼女は、開店前にメニューをすべて覚えていた。
「そう。オペラをアレンジしたの。私のオリジナルよ。手間がかかりすぎるから、お店では出せないんだけど。今日はあなたたちのために作っておいたの」
「ということは限定品ですね!?」
真緋呂が目を輝かせた。
「そうね。このケーキは世界にひとつだけよ」
「世界でひとつのケーキ!?」
取り乱す真緋呂。
「まぁともかく、いただきましょう。わたくしが切り分けますので、みなさんはテーブルに……」
「ス、ステラさん。私の分は大きめに! 大きめに!」
「必死すぎるだろ……。ほら、席につこうぜ」
騒ぐ真緋呂を、カレンが引きずっていった。
「さぁ口を開けなさい。約束のごほうびよ」
ケーキをフォークに刺して、瑞穂は従者に命令した。
そのリネットは主人の膝の上に抱かれており、ふたりの顔は互いの息がかかるほどの距離にある。
「あ、ありがとうございます、お嬢様」
あむっ、とケーキを食べようとしたリネットだが、寸前に瑞穂がフォークを引いていた。
空振りして、顔を赤くするリネット。
「あらあら、失敗ですわね。……これなら、どうかしら?」
瑞穂はケーキを唇にくわえて、顔を突き出した。
リネットの顔が、ますます赤くなる。
「い、いただきます」
リネットの唇が、ゆっくりと瑞穂の唇に近付き──
触れた唇の間で、ケーキが二つに割れた。
そのとき。
ガターーン!
ものすごい音を立てて、歌音が倒れた。しかも、血を吐いている。
「こ、これは! 殺人事件ね!? 女子大生探偵の出番よ!」
フレイヤが叫んだ。
が、事件ではなかった。ふだんゲテモノとカマボコと青汁しか食べてない歌音は、おいしいものに拒絶反応が出てしまうのだ。なんと悲しい特殊体質。
「これは救急車を呼んだほうが良さそうですね」
ステラが冷静に診断した。
「ね、ねぇ。この、残ったケーキ、私が食べてもいい? いいよね?」
客観的に見れば毒物が混入されている可能性もあるケーキの所有権を得ようとする真緋呂。
「まったく。撃退士は変人ばかりね……」
自分のことは棚に上げて、魔子はスマホで119をプッシュした。
こうして、約一名の負傷者を出しつつ依頼は無事に消化されたのであった。