その日。予告どおりビアガーデンに乗りこんできた薄木幸子は、最初から泥酔状態だった。
どう見ても話が通じる状態ではないが、説得可能なのか──?
「や、やあ、薄木さん。この前は世話になったね」
さわやかな笑顔で話しかけたのは、スリーピー(
jb6449)
彼は以前、幸子と任務をともにしており、今日のメンバーの中では唯一面識がある。
「あっ! あんたは……! よくも、あたしを冷蔵庫に閉じこめてくれたわね!」
「待て。誤解だ。薄木さんは占いを信じて、みずから冷蔵庫に入ったはず!」
「あんな馬鹿げた作戦を立てたのは、あんたでしょうが! おかげであたしは今月の給料50%カットよ! どうしてくれんの!?」
「そ、それはすまなかった。しかし、あのあと俺たちも全滅してな……。おたがい不幸な事故だったと思って納得しようじゃないか。な? このとおりだ!」
ガバッと土下座するスリーピー。
おお、なんとみごとなDOGEZAスキル。レベル15ぐらいありそうだ。これでは幸子も許さざるを──
「ただの土下座で許すと思うの? やるなら焼き土下座よ! 焼き土下座しなさい!」
「焼き土下座……?」
「焼けた鉄板の上で土下座するのよ!」
「んな無茶な……」
「じゃあ、あたしが焼いてあげるわよ!」
幸子が光纏し、その手に炎が──
「いかん!」
強羅龍仁(
ja8161)がシールゾーンを発動した。
一瞬で幸子のスキルが封じられ、おまけとばかりに審判の鎖がぶちこまれる。
「なにすんのよ、このオッサン!」
「お、俺はオッサンでは……」
そこへ、桝本侑吾(
ja8758)が斬り込んできた。
「強羅さんへの侮辱は、俺が許さない」
容赦なく放たれるウェポンバァッシュ!
吹っ飛ぶ幸子!
「アバーッ!」
しかし、彼女は倒れなかった。
なんと! コメディにおいては『当たると死ぬ』と書かれているはずの、侑吾オリジナル技『ウェポォン・バァッシュ』が! 幸子は不死身なのか!?
「立ち上がった……? 当たりどころが悪かった……いや、良かったのか? まぁいい。もう一発だ」
淡々と二発目をぶっぱなす侑吾。
はじけとぶ幸子。
しかし、まだ倒れない。
「ん? まだ立つのか? さっさと終わらせて飲みたいんだけどな……」
冷静に三発目を叩きこむ侑吾。
グシャッ、と潰れる幸子。
「ゆ、侑吾……。いくら友達がいなくて一人さびしくヤケ酒をして酔いつぶれ、人として色々欠けている上に、女性としては決定的にアウトで男からすれば確実に恋人にしたくない、完璧な売れ残りなのだとしても、彼女は女性だ。そんなウェポンバッシュを連続で撃ち込んでは……」
まったく悪気のない口調で、龍仁が止めた。
そして、ようやく気付いたように言う。
「……あ、すまん。神の兵士を活性化していた」
天然すぎる……いや、鬼畜すぎる。ヘタすれば、アウルディバイドでもう三回バッシュされるところだった。
「なんなのよぉぉ……! あたしはビールを飲みに来ただけなのにぃぃ……!」
侑吾のウェポンバッシュを三発くらって生きている幸子。ダアトとは思えないというか、人類とは思えない耐久力だ。
無論、これには理由がある。じつは今日の占いで彼女は大吉だったのだ! おかげでダイスが良かったりした! そんなもの一度も振ってないけど! ていうか大吉でこんな目に遭うのかよと思うかもしれないが、それはそれ!
「なぁ薄木さん。俺たちだって、こんなことはしたくないんだ。しずかに飲むなら付き合うから。な? 俺でよければ愚痴も聞いてやるし。イヤなことは、飲んで忘れようぜ?」
スリーピーが幸子の肩に手を置いた。
「いままさに、イヤな目に遭ったんだけど……?」
「は、ははは。まぁ飲んで忘れよう。な?」
おなじ言葉を繰り返すスリーピー。
そこへ、美具フランカー29世(
jb3882)が声をかけた。
「まぁ人生万事塞翁が馬じゃ。沈むことがあれば浮くこともある。真なる撃退士なら、他人様に迷惑かけず研鑽に励むのが建設的思考というものじゃぞ」
なにやら含蓄のあることを言っているが、身につけているのはクマの着ぐるみ。当然、周囲からの注目浴びまくりである。
「ク、クマ!? クマがいる! かわいい!」
もふっと抱きつく幸子。じつは、かわいいものに弱いのだ。
「よしよし。思う存分モフるが良い」
「もっふもふー」
「なにをしに来たか忘れそうじゃが……まずは店に入らんか?」
「入る入る。クマちゃんとビール飲むんだー! ……ほら、あんたも来なさい!」
美具に抱きついたまま、スリーピーの首根っこをひっつかんで歩きだす幸子。
おそらく、今日のスリーピーは運勢最悪に違いない。さすがにワカメ退治のときほどではないと思うが。たぶん。
そんなわけで、幸子はおとなしくなったので任務は一応成功。
念願の、二時間飲み放題を、手に入れたぞ!
「まるく収めていただき、ありがとうございました。では、こちらのテーブルへどうぞ」
店長が出てきて、撃退士たちを席へ案内した。
まったくもって、日本のどこにでもあるような、ごくごく普通のビアガーデンである。
しかし、撃退士たちは一流レストランに招待されたかのような笑顔だ。
席に着くや、彼らは一斉にメニューを広げた。
「とりあえず、ここからここまで持ってきてもらえます?」
ドリンクメニューの端から端まで指差してキラキラと微笑むのは、天ヶ瀬紗雪(
ja7147)
店長の顔が引きつる。
「あの……飲み残した場合は罰金をいただきますが……?」
「ああ、それは大丈夫です。飲み残しなど、けっっっして有り得ませんから」
にこにこ笑いながら、きっぱりと断言する紗雪。
さらに料理のメニューを開き、淡々とオーダーを告げる。
「ええと……。こちらの枝豆と、だし巻き玉子を。それから、お刺身の盛り合わせをいただこうかしら。……そう、十人前ほど」
「か、かしこまりました」
店長の顔に冷や汗が浮いた。
「あたしは日本酒ね。辛口なら何でもいいや。ああ、面倒くさいから一升瓶ごと持ってきて。つまみは塩でいいからさ。……え? 塩だよ、塩。土俵にまくやつ。よろしくな」
そんな注文をするのは、三島奏(
jb5830)
酒以外の物を胃袋に入れるのはもったいないとでも考えているかのようだ。典型的な酒飲みの発想である。
「俺はビールと唐揚げを……そうだな、一ダースでいいかな」
そう告げるのは、ウェポンバッシュ侑吾。
彼の唐揚げ好きといったら、一部では有名である。
「じつは人界の酒は飲んだことがないのじゃ。よくわからんので、このへんと、このへんと、このあたりを行ってみようかのう。……おっと、忘れておった。チーカマとカニカマを頼むのじゃ。……なに? 置いておらんと? 不勉強な店じゃな。では、タコ焼きじゃ。この、特製カリカリタコ焼きとやらを持ってくるのじゃ」
大好物の練り物が食べられなくて、ちょっと残念そうな美具。
「では、みなさん! おつかれさまでしたー!」
なにもせず任務成功をゲットした紗雪は、満面の笑顔で日本酒の徳利を掲げた。
一応彼女も占いサイトの工作などしていたのだが、ぐだぐだのうちに話がついてしまったため、はたから見るとタダ酒を飲みに来たような案配に。だが無論、そんなことを気にする紗雪ではない。酒さえ飲めれば全て良し! そしてビアガーデンにも関わらず、最初から日本酒だ! 飲む気満々! 体調も万全! ぬかりはない!
「夏はビール? いやいや、夏は日本酒だよな! 最初の一杯はビール? いやいや、最初から日本酒だよな!」
となりに陣取った奏は、いまや遅しと乾杯の瞬間を待ちかまえている。
というか、今日のメンバーは彼女らに限らず全員が大酒飲みだ。しかも一般人レベルではなく撃退士レベルでの大酒飲みなので、店側の受けるダメージは計り知れない。
「さぁ時間いっぱい飲み食いしようじゃないか。……乾杯!」
スリーピーが音頭を取って、ジョッキやら徳利やらグラスやらが打ち合わされた。
「くぅ〜。任務のあとの酒はサイコーだな!」
最高の笑顔で日本酒をあおる奏。
いまのところ彼女は任務と呼べることは何もしてないのだが、たしかに仕事のあとの酒は最高だ。わかる。
しかし実際のところ、まだ任務は終わってない。なぜなら幸子がいるからだ。いまはおとなしいが、いつ暴れだすかわかったものではない。タイマーの見えない時限爆弾といっしょに酒を飲んでるようなものなのだ。
皆それを承知しているので、うまいこと飲ませて酔い潰してしまおうという策が密かに実行される。
「幸子さん、私と飲み比べをしませんか?」
ストレートに勝負を挑むのは、Maha Kali Ma(
jb6317)
エキゾチックな雰囲気を纏う、妖艶な堕天使だ。
「飲み比べ? おもしろいじゃない。受けて立つわよ」
Mahaの狙いどおりだった。
彼女は今日半日かけて幸子の周辺を調査したり、尾行して様子を観察したりしてきた。負けず嫌いな性格で、勝負事は基本的に断らないということを知った上での挑戦である。
無論、負ける気はない。というより、最初から泥酔状態の幸子が相手なら、すぐに勝負がつくだろう。Mahaだけでなく、全員がそう考えていた。
が、それは甘い考えだった。幸子は飲めば酔っぱらうが、酒量は底なしである。
ということは、どうなるか──?
店がマジでヤバイ!
じきに、注文した料理が山のように運ばれてきた。
どれも、ふつうに旨そうである。
「……ん。うまいな、この唐揚げ」
ひょいひょいと唐揚げを口に運びながら、ぐいぐいとビールをあおる侑吾。
「どれ。……ふむ、悪くはない」
唐揚げをひとつ食べて、龍仁は料理人の顔で言う。
無論、片手にはビールジョッキ。
「このお刺身も、なかなかですわ」
鯛の刺身を箸でつまみながら、紗雪はクイッと酒をあおった。
その洗練された飲み姿は、日本酒のCMに使えそうなほどだ。
「どれ。……ほう、悪くはない」
赤身を一切れつまんで、もっともらしい顔でうなずく龍仁。
「この塩も、なかなかのモンっすよ」
徳利を片手に、奏がそんなことを言った。
「どれ。……なるほど、これは焼塩だな。悪くない」
とにかく何でも味を見なければ済まない龍仁なのであった。
「よーし、ビールにかんぱーい!」
勝手に二度目の乾杯をして、ビールをあおる幸子。
もう何十杯目かわからないが、手に持ったジョッキは全て一気飲みである。
「さすがっすね、先輩! まだまだ酒はいくらでもありますよ! ガンガン行っちゃってください!」
幸子の肩をバシバシ叩きながら、手酌で飲みまくる奏。
本人は気付いてないが、このテーブルの中で一番さわがしいのは彼女である。
「おいしいですね。もうすこし良いお酒があれば良かったのですけれど。……まぁ、お酒なら何でも良いですよね♪」
紗雪は刺身の盛り合わせをつまみに、恐ろしい勢いで日本酒をあけまくっていた。
まだ開始20分ほどだというのに、空になった一升瓶が足下にズラリと並んでいる。にも関わらず、酔っぱらうどころか顔色ひとつ変わってない。
「人界の宴席は、たのしいものですね」
Mahaも、水のようにビールを飲んでいる。
『観察』が趣味である彼女は、酒飲みたちの様子をうかがうのに余念がない。
そんな酒豪の女たちを前に、男性陣は少々押され気味だ。
そのとき、突然立ち上がったのは龍仁。
目の前には、海鮮あんかけ焼きそばが置かれている。
「なんだ、これは! せっかくの素材が台無しじゃないか! うまい酒に、うまい料理……これが至福というものだ! しかるに、この焼きそばはなにごとか! 素材の良さが全く引き出されておらん! いや、むしろ素材の良さを投げ捨てている!」
大声でわめきだす龍仁。
酔っぱらっているように見えるが、そうではない。これが彼の通常運転だ。
「どれ、俺が見本を見せてやる! 厨房を借りるぞぉぉっ!」
言い放つや、龍仁はバトルフライパンLv4を引っさげて走りだした。
おお! レベルが上がってる! これなら次のパン戦争は完璧だ……と言いたいが、たぶん無理だ!
そして、厨房へ駆け込んでいった龍仁はそのまま料理に没頭し、二度と席に戻ってこなかったという。
そんなこんなで、とくに幸子が暴れたりすることもなく酒宴は佳境に。
テーブル上は酒と料理でカオス状態だ。
飲み比べは、タイムリミットが来るまで終わりそうもない。
それでも幸子以外は、ほとんど酔ってなかった。
──否、美具がかなり酔っぱらっていた。
成人証明が出来なかった為に店員から出されたのは実はノンアルコールの物だったのだが、猛烈に立ちこめるアルコールの匂いとその場の気分で酔っぱらってしまったのだ。
で、どうなったかというと──
「一番! 美具・フランカー、ぬぎます!」
え……? という目が一斉に向けられた。
そして、止める間もなく美具は堂々とキャストオフ!
クマぐるみから、パンツ一丁の美少女天使が爆誕!
「うわあああ! それはまずい! 服を着てくれ! 服!」
あわててクマぐるみを着せようとするスリーピー。
しかし美具は「いやあ、涼しいのう。皆も脱いだらどうじゃ?」などと、まったく相手にしない。それはまぁ、この真夏に着ぐるみなど身につけていたら暑いに決まってる。
「いいねぇ。あたしも脱ごうかな」
などと冗談めかして笑う奏。
紗雪はそんな騒ぎを肴にひたすら酒を飲み、
侑吾は「ん。うまいな、この串揚げ」と、マイペースぶりを崩さない。
見かねたMahaが母性本能というかオフクロ精神を発揮して、「駄目ですよ、うら若い女の子がそんな格好になっては」と言いながら自分の上着を美具に羽織らせた。
騒ぎは一段落……と思いきや、
「よーし! あたしも脱ぐぞー! 自慢のFカップを見るがいいー!」
高らかに宣言して、ブラウスのボタンを外しはじめる幸子の姿が。
「やめるんだ、薄木さん! それに、どう見てもFはない! C……いやBぐらいだ!」
事実を指摘したスリーピーは、眉間にエナジーアローを受けて倒れた。
なんと無惨な。よけいなことを言うから、そういう目に遭うのだ。アドリブだけど。
そんな騒ぎの中、二時間はあっというまに過ぎた。
負傷者一名を出しながらも、任務は無事完了。
撃退士たちが飲み干した酒の量は、店が傾くほどだったという。
龍仁は料理の腕を買われてスカウトされたらしいが、彼がどう答えたか定かではない。