八人の撃退士が孤児院を訪れたのは、日が落ちてすぐのことだった。
「あっ、ウサちゃんだー!」
彼らが姿を見せたとたん、大谷知夏(
ja0041)のまわりに子供たちが集まってきた。
彼女は、愛用しているウサギの着ぐるみでやってきたのだ。これは子供にウケないはずがない。とりわけ女の子には大人気だ。ほかの撃退士たちはロクに相手にされず、ちょっとしょんぼり気味である。
花火大会は、すぐには始まらなかった。
孤児院からの依頼は飽くまでも『子供たちに花火を見せてほしい』というものだったが、これを受けた撃退士たちは花火だけでは物足りないだろうと判断し、各自の持ち寄りで焼きそばやカレーを作ることにしたのだ。
「……あぶないので、火に近付いてはいけませんよぉ……?」
アウトドア用の調理器具でカレーを作るのは、月乃宮恋音(
jb1221)
『歩くキッチン』とも称される彼女にとって、こういうことは手慣れたものだ。
恋人の袋井雅人(
jb1469)も、隣で手伝っている。
「ねぇねぇ、この道具って何?」
「こんなのでカレー作れるの?」
「撃退士って、いつもこんなことしてるの?」
見慣れない調理風景を目にした子供たちから質問責めにされる、恋音と雅人。
そんな二人をサポートするように、全員が手を貸す。
ルーガ・スレイアー(
jb2600)、Relic(
jb2526)、ユリア(
jb2624)の天魔チームは、カレー班。
虎落九朗(
jb0008)と黄昏ひりょ(
jb3452)は、焼きそば班だ。
「甘いのと辛いの、どっちがいい?」
カレーのルーを両手に持ち、天使の微笑を浮かべてRelicが問いかけた。
大半の子は「甘いのー」と答えるが、中には見栄を張っているのか「甘いカレーなんてカレーじゃねぇよ」などと言う子もいる。
「そうかー。じゃあ両方作ろうね」
笑顔でうなずくRelic。
無論、最初から両方作るつもりだったのだ。孤児院のスタッフにも振る舞う予定だから、甘いカレーだけというわけにもいかない。
それはともかく、調理を手伝うRelicは非常に不器用だった。
ニンジンを切ればサイズはバラバラ。
ジャガイモを剥けば、あちこちに皮が残り。
タマネギを切れば、涙でぼろぼろに。
「な、涙が出てきちゃったー! 目がー! 目がー!」
だれかのモノマネをしながら、わざとらしく苦しむRelic。
女の子がハンカチを取り出して、「ふいてあげるから、泣かないで」と言った。
これでは、どちらが子供だかわからない。
そんな調理風景の中、知夏(
ja0041)は一生懸命に子供たちの相手をしていた。
「さぁ、準備ができるまで知夏と一緒に遊ぶっすよ♪」
「あそぶあそぶー!」
腕や尻尾を引っ張られて、文字どおり引っ張りダコの知夏。
バケツに柄杓を持ってきて、打ち水の用意をしながら彼女は言う。
「これで、温度を下げるっすよ! ただし、決して人にかけてはダメっすよ! ダメっすよ!」
そんなことを言えば、子供たちは人にかけるに決まっている。
悲鳴と笑い声が混じり、何人かの子供たちはびしょぬれに。
当然のように知夏も水を浴びせられ、「ダメっすよー! 冷たいっすよー!」などと叫びながら逃げまわっていた。追いかける子供らは、ひどくたのしそうだ。
そんな子供たちの姿を見つめながら、ルーガは昔のことを思い出していた。
冥界の悪魔だったころ、彼女は決闘(ゲーム)と称して多くの者を殺してきた。スレイアー(殺戮者)という名は、そのときの名残だ。しかし、ある決闘の際に無辜の子供を巻き込んで死に至らしめたとき、彼女は冥界を捨てた。
そのような過去から、ルーガは子供に対して特別な思いがある。
しかし、どうしたところで彼女は悪魔。この孤児院の子供たちには敬遠されがちだ。
残酷な事実だが、こればかりはどうしようもないことだった。
ある程度調理が進んだところで、いよいよ花火大会となった。
一番手は、ひりょ。
子供たちに危険がないように、また花火として見映えがするように、彼らは孤児院の屋根からスキルを発動する作戦だ。
「トップバッターだし、景気よく行きたいところだけど……うまく花火に見えるかな」
ひりょは、開始の合図として炸裂符を放り投げた。
バアン!
派手な音を立てて、符が破裂する。
わぁーー! という歓声が上がった。
どう見ても花火ではなく単なる爆発だが、撃退士の技を見慣れてない子供たちには好評のようだ。
「お……。受けてるみたいだね」
ひりょは景気よく炸裂符を投げまくり、炎陣球や炸裂陣と組み合わせて、できるかぎり派手に見えるよう演出した。
爆音が空気を震わせ、火の粉が飛び散る。
そのたびに、子供たちは大喜びだ。
「そうか。俺たちのスキルには、こういう使いかたもあるのか……」
天魔を撃退するための技が、こうして子供たちに喜んでもらえることに、ひりょは少なからぬ感慨を抱いていた。
じきにスキルを使い切ったところで、九朗とバトンタッチ。
「おつかれさん。俺の番だな。OK、どでかいのを打ち上げてやるよ」
九朗は屋根の上に陣取ると、射程ぎりぎりの天高くにコメットを撃ち放った。
轟音とともに光り輝くアウルの彗星が雨のように流れ落ち、夜空を明るく染め返す。
見た目で言えば、やはり花火とは言いがたいが、派手さは炸裂符や炎陣球を遙かに凌ぐ。
子供たちの歓声が大きくなり、口笛まで響いた。
「こいつぁ気分がいいな。よし、もういっちょ行くぜ」
そう言って、九朗はヴァルキリージャベリンを投擲した。
流星のような光の軌跡が闇を貫き、その軌道と重なるように九朗は再びコメットを発動。
どちらも見映えのする技だ。
子供たちが沸きかえったところで、九朗は間を置かずにルーガと交代。
「三番、ルーガちゃん! 噴き出し花火、どーんといってみよう!」
ルーガは屋根には上らず、闇の翼で舞い上がった。
そして雷桜の槍を抜き放ち、滅光を使用。槍が真っ白に輝きだして、ルーガの髪をキラキラと照らし上げる。
「子供らよ、よく見ておくのだー!」
突き出された槍から放たれたのは、ルインズブレイドの代名詞とも言える技。封砲。
その破壊力は折り紙つきだが、あいにく花火には向かなかった。
というのも、封砲で放たれる黒い光は夜空ではよく見えないのだ。
子供たちは「いまのなに?」と首をひねっている。
残念ながら、この選択は失敗と言わざるを得ない。
「あんまりウケなかったのだー?」
子供たちには敬遠され、花火もうまく見せられず、さすがのルーガも少々落ち込むしかなかった。
「フォローは任せてください」
「……私たちの番なのですよぉ……」
入れ替わるように屋根へ上がって行くのは、雅人と恋音。
そして雅人は、初っぱなからファイアワークスを夜空に放った。
『Fire works』すなわち『花火』
言葉どおりに鮮やかな花を咲かせた魔法の一撃は、これまでで一番の拍手と歓声を浴びた。
「……おお……。ものすごくウケているのですよぉ……」
「こんな形でナイトウォーカーが活躍できるとは、思いもしませんでしたね」
苦笑する雅人だが、その表情はまんざらでもなさそうだ。
「さて、景気よく行きましょう」
「……はいぃ……」
恋音のブラストレイが天を切り裂き、雅人のクレセントサイスが乱れ散った。
つづけざまにファイヤーブレイクが真っ赤な火花を噴き散らし、氷の夜想曲が青白い輝きを魅せる。
さらにトワイライトの明かりを利用して、雅人は桜花霊符やアルス・ノトリアのエフェクトを効果的に演出。恋人同士だけあって、息はぴったりだ。そのパフォーマンスには、子供たちだけでなく撃退士さえ目を奪われるほど。
ありったけのスキルを惜しみなく使い切り、大歓声の中で二人はユリアと交代した。
「それじゃ、派手に行こうか」
闇の翼で飛行しながら、ユリアはオリジナルスキルのMoonlight Burstを繰り出した。
青や黄色に輝く光の粒子が爆発し、幻想的な眺めを作りだす。
ユリアは雅人と同じナイトウォーカーだが、彼女の使うスキルはいずれも雅人のものと異なっていた。雅人のスキルは飽くまでもナイトウォーカー本来のものであり、派手な花火らしいものが揃っている。
しかし、ユリアのスキルは正反対だった。月をモチーフにした魔法の数々は、どれもこれも美麗かつ荘厳であり、見る者の目を釘付けにして、言葉を奪った。
Crescent Moonが無数の三日月を飛び散らせ、Moon Bladeが夜の天幕を青白い輝きで両断する。Moonlight Dustが発動してクリスタルのようなダイヤモンドダスト状のオーラが空間を埋めつくすと、子供も大人も歓声をあげることを忘れて「おぉ……」と賛嘆の声を漏らすだけだった。
最後にはMoon's Embraceで強化されたMoonlight Dustが披露され、神々しいほどの美しさの中で花火大会は幕を閉じた。
──と思いきや、子供たちから「アンコール! アンコール!」という声が湧き上がった。
九朗が子供たちを集めて、もういちど見たい『花火』を訊ねる。
結果、Moonlight Dustに九朗のアウルディバイドが使われ、ユリアは再び空を舞うことに。
そして、最後は花火らしく締めようという意見も多く、雅人のファイアワークスがトリを務め、拍手喝采の中で花火大会は今度こそ終了した。
そのとき丁度タイミングよく、カレーライスと焼きそばも完成。
カレーの匂いと焦げたソースの香りが漂い、食欲を刺激する。子供でなくとも、おなかが鳴ってしまうほどだ。
「たくさんありますので、好きなだけ食べてくださいねー」
我先にと押し寄せる子供たちを前に、カレーを盛りつける雅人。
その横では、恋音が甘いカレーをよそっている。
どちらもごくシンプルなカレーだが、やはり子供には大人気だ。
「カレーもいいけど、焼きそばもな!」
鉄板で豪快に麺を炒める九朗の姿は、やたらと似合っている。
こちらも、カレーに負けぬ人気ぶり。カレーと焼きそばという選択は大正解だった。両者とも外れようがない。
やがて子供たちにひととおり行き渡ったところで、孤児院のスタッフたちも食べはじめた。
「これはビールがほしくなりますねぇ」などと言いながら焼きそばを食べる姿もある。
そして全員に食事が回ったところで、撃退士たちもそれぞれ好きなものを食べだした。
とはいえ、ひっきりなしに子供たちがおかわりをねだってくるため、おちついて食べられる状態ではない。
こういうとき、ふだんなら恋音が率先して動くのだが、今日は友人のひりょが気を利かせて、鍋の前に立っていた。雅人と二人でいる時間も少しはほしいだろうという配慮である。
やがてカレーも焼きそばもなくなり、食事会はおひらきに。
ひりょと九朗、それに雅人と恋音が食器や調理器具の後片付けに入り、ほかのメンバーたちはキャンプファイヤーの準備に取りかかった。
「よーし、いっしょに薪を組み上げよう!」
Relicの言葉に、子供たちから「おー!」という声が上がった。
しかし、ここでもやはり不器用なところを十全に発揮してしまうRelic。
おまけに人間界の知識も乏しいので、どうやって薪を組むのかわからない。
「ここは任せるのだぞー」
ルーガは悪魔だが、人間界についてはかなり詳しい。スマホやネットはお手のもの。キャンプファイヤーについても、検索してきた。
花火の汚名返上だが、やはり子供たちは近付いてこない。残念だが、仕方ないことだ。
ともあれ、子供たちと協力して薪は組み上げられた。
「さぁ、火をつけるっす。あぶないから、さがるっすよー」
知夏の指示で、子供たちが遠巻きに薪を囲んだ。
点火役はRelicだ。
「タネも仕掛けもございません。そぉーれ♪」
取り出された飛龍翔扇がバッと開かれ、同時に扇の中央に火がついた。
『トーチ』による単純な演出だが、子供たちは「おおー!」と声を上げた。
そのままRelicは軽やかにステップを踏み──さらり、くるり、と扇を舞い遊ばせてから、薪へ着火した。
火はたちまち全体に広がり、パチパチと音を立てて燃えあがる。
迫力の眺めに、子供たちは沸いた。
「みなさん、つめたいものでもいかがですかー?」
雅人が呼びかけると、子供たちは一斉に集まった。
皆で費用を持ち合って用意したのは、シロップに氷を浮かべた、いわゆる『かち割り』と、通常のかき氷だ。この暑さのせいもあって、どちらも次から次へと子供の手に渡ってゆく。
「……おお……好評のようですねぇ……」
子供たちの笑顔を見て、恋音は嬉しそうだ。
雅人は、そんな彼女を見て満足げである。
「冷たいもので、お祭りの締めってところかな」
透過を使ってクーラーボックスの蓋を開けずに氷を取り出すという地味な技を使いながら、ユリアが言った。
そこへ、ルーガが割って入る。
「ちがうのだぞー。日本では、花火の締めはコレだって聞いたのだぞー?」
手に握られているのは、線香花火の束。
撃退士たちは顔を見つめあい、たしかに、と首をうなずかせた。
「あ、線香花火だー。やるやるー」
何人かの子供が、目ざとく見つけて駆け寄ってきた。
「じゃあ、お姉さんと一緒にやるのだー」と、ルーガ。
「えー? 天魔のくせに線香花火なんかするのー?」
「するのだぞー。きっとたのしいのだー」
「えー?」
イヤそうな顔をする子供たち。
結局最後まで打ち解けられないのかとルーガが落胆しかけた、そのとき。
「いいよ、やろうぜ」と、ひとりの男の子が言った。
「この人たち、俺たちの無理を聞いて、花火みたいなのも見せてくれて、カレーとかまで作ってくれたじゃん。いっしょにやりたいって言うんだから、やろうぜ」
その言葉に、子供たちも渋々という感じで納得した。
「ありがとうなのだー。よーし、パーッとやるのだぞー!」
心底うれしそうなルーガ。
「線香花火って、あんまり『パーッとやる』もんじゃねぇけどな」
九朗のツッコミが入り、子供たちはドッと沸きかえった。
こうして最後は静かな空気の中で締められ、「ありがとうございましたー!」という子供たちの声を背に浴びながら、撃退士たちは孤児院をあとにするのだった。