その日の夜。『非常に難しい』依頼を大成功させた祝勝会として、月詠神削(
ja5265)、レグルス・グラウシード(
ja8064)、御堂龍太(
jb0849)、そしてチョッパー卍の四人は、ミスペを手に乾杯していた。
場所は、学園内の医療施設。
ミスペを奪還するため『未来トラップ研究所』に突撃した彼らは、神削以外ほぼ重体に近いケガを負い、ここへ運ばれたのだ。
「でも、女性の人たちがいませんね。どうしたんでしょうか」
不思議そうにレグルスが言った。
声は元気だが、全身包帯だらけである。
「はっはっは。彼女たちは彼女たちで、おたのしみ中なんだよ」
意味深なことを言う神削。
いや『意味深』などではなかった。意味はとてもわかりやすい。
つまり、そういうことなのだ。
では場面を変えよう。
ここは、やはり学園内の医療施設。
ベッドの上にいるのは、二人の女性。
一方は佐渡乃明日羽。
もう一方はソーニャ(
jb2649)
ふたりは仲良くキャッキャウフフな状態で──もとい、明日羽だけが一方的にキャッキャウフフしており、ソーニャはイヤンイヤン状態だった。
「そんなにイヤがらないで? 仲良くしようよ。ね?」
「だ、だめだめ。だめです……」
「おねがいだから、逃げないで? 最後のおたのしみにとっておいたんだから。ね?」
「そんなこと言われても……」
ソーニャは、ちらりと室内を見回した。
そこには、四人の女性撃退士たちがマグロのように倒れている。
樋渡沙耶(
ja0770)、猫野宮子(
ja0024)、グリーンアイス(
jb3053)、山科珠洲(
jb6166)の四名だ。
彼女たちがどんな目に遭ったか、ソーニャはリアルタイムで目撃していた。
思い出すのも恐ろしい。
あんなことをされたら、もう恥ずかしくて生きていけない──!
ソーニャは体を震わせながら、必死で明日羽の攻撃に抵抗していた。
「ふふ……。本当は興味あるんでしょ?」
明日羽がソーニャの耳元で問いかける。
「あ、ありません……!」
「じゃあ、ずっと逃げずにいたのはどうして?」
「それは……」
「ほらね? 興味あるから逃げなかったんでしょ?」
明日羽の指が、ツンッとソーニャの胸に触れた。
「ひゃんっ!」
「かわいい声……。ねぇ、もっと聞かせて?」
「ぁぅぅぅぅ……!」
そんなこんなで、あんなこんなになってしまうのであった。
なぜ、このような地獄の光景が現実となってしまったのか。
それを知るには、数時間前にさかのぼる必要がある。
では、時間を少々もどそう。
その日の午後、チョッパー卍のもとに九人の撃退士が集まった。
依頼書で佐渡乃明日羽の存在を記しておいたにも関わらず、なんと九人中七人が女性。
いや、前言撤回。一人はオカマの龍太だった。
なんにせよ、こんなメンバーで乗りこんだら明日羽が大喜びするのは間違いない。
「よぉ、レグルス。レイン祭以来だな」
集まった顔ぶれを前にして、チョッパー卍はレグルスの肩に手をかけた。
貴族出身のリア充中学生。彼らは、これまでに何度か任務をともにしている。
「おひさしぶりですね。依頼書見ましたよ。ミスペを買いに行っただけなのに、随分ひどい目に遭ったそうですね。絶対に許せません!」
「ああ。今日は頼りにしてるぜ? なにしろアスヴァンはおまえだけだからな」
「はい。僕の癒しの力で皆さんを助けてみせます!」
大きなことを言うレグルス。
たしかに、彼は比較的レベルの高いアスヴァンだ。即死トラップさえ踏まなければ、ヒールでどうにかなる。即死さえしなければ!
「ふ……。ひさしぶりだな」
冷ややかな声でチョッパー卍に話しかけたのは、神削。
「おまえは……そうか。焼きそばパンを人質に取った野郎だな」
「覚えていたか。今日は少々策を練ってきた。期待しておくといい」
「ほぉ。パン戦争のときぐらいの策を見せてくれるのか?」
「あれ以上さ。ふふ……っ」
女性のような風貌でありながら、勝つためには手段を選ばない主義の神削。実際、彼は悪魔的な知略をひっさげて、この依頼に参加している。
「そこまで言うなら期待しておくぜ?」と、チョッパー。
「ああ、期待してくれ」
そんな男どもをよそに、女子グループは仲良く談笑していた。
「ボク、ドクターはよく飲んでますけど、ミスターは知りませんでした」
ドクペ愛好家であることをカミングアウトしたのは、天使のソーニャ。
人間界のことをよく知らない堕天使が多い中、ドクペを知っていた彼女はなかなかの『通』である。しかしミスペを知らなかったのはいただけない。
「噂には聞いていましたが……かの鳳凰なんとかさんも愛飲していたという、知的飲料ですね……。科学者をめざす私にとっても、興味があった品です……」
ぼそぼそと呟くように言うのは沙耶。
交際中の彼氏がいるため、ガチレズ明日羽の存在を警戒して男子用の制服を着ている。が、男子服では胸のサイズが合わず、本来隠れ巨乳であるはずの沙耶は堂々たる巨乳ぶりをさらすハメになっている。だれが見ても、男装の麗人状態だ。オマケに、眼鏡&ショートカット。これはまずい。MSの趣味にストライクである。ナムサン!
「あたし、ミスペとかいうのには興味ないけど、隠されると欲しくなっちゃうよねぇ……」
なんだか眠そうな顔で言うのは、グリーンアイス。
かわいらしい緑色のワンピースに身をつつんだ、金髪ロングのナイスバディ美女である。
これはまずい。MSの趣味に直撃だ。沙耶と正反対だろと思うかもしれないが、しかたない。好きなものは好きなんだ!(逆ギレ)
「ドクターだろうがミスターだろうが、どうでもいいわね。ただ、買い占めは良くないと思うけど」
そう言って髪を撫でつけるのは月丘結希(
jb1914)
和装に黒髪ツインテールの、勝ち気な少女である。
これはまずい。MSの趣味に(略
「ドクペとかミスペとか、よくわからないにゃ〜。なんだか勢いで参加しちゃったよぉ〜。でも、でも、受けた以上は頑張るよ!」
猫耳帽子をピコピコさせて、猫のしっぽをフリフリさせるのは、宮子。
ね、猫耳だと!? これはまずい。MSの(略
ともあれ、チョッパー卍率いる一行は未来トラップ研究所めざして出撃した。
目標の部屋は巨大なクラブ棟の三階にあり、彼らは何の問題もなく一階と二階をクリアー。
「ここだ。ここから先がトラップ地帯だ」
チョッパー卍が、ゴクリと唾を飲みこんだ。
この建物の三階は、平等院の支配下に置かれている。彼の素性を知る者ならば決して近付くことなどない、超危険地帯だ。はっきり言って、ゲートの中よりヤバイ。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そう言いながら、神削は廊下を撮影したり、参加者たちの様子を録画するのであった。
「こういうときは、予想の斜め上を想像しろと教わった覚えがあります」
シリアスな顔で言うのは珠洲。
はぐれ悪魔の彼女は、闇の翼と物質透過で行けるだろうと判断し、強行突破を敢行。
たしかに、通常兵器の罠であれば余裕で切り抜けられる。
が、平等院という男はそんなに甘くない。すでに阻霊陣は展開済み。しかもこれは『符』によるものではなく、平等院自身の『術』によるもの。仕掛けてある罠は、すべて透過不可能だ。『未来トラップ研究所』の名は伊達ではない。きたるべき天魔たちとの決戦に向けて、平等院は独自の攻撃型防衛システムを研究開発しているのだ!
ドガアッ!
天井が勢いよく落ちてきて、飛行中の珠洲をプレスした。
車にひかれたカエルみたいにペチャンコになる珠洲。
「想像以上に斜め上……でした……」
そう言い残して、珠洲は動かなくなった。
本日最初の犠牲者である。
「さっそく僕の出番ですね!」
杖をかかげて走りだすレグルス。
しかし、三歩走ったところで彼は落下していた。
単純な落とし穴だ。ふつうなら、二階の床に落ちるだけ。しかし平等院は甘くない。三階の落とし穴が発動したと同時に、二階の床も一階の床も落とし穴が発動している。
おかげで、レグルスは一直線に地面の下へ。
そこには深さ50mほどの穴が掘られており、下は水溜まりになっていた。
「えぇぇ……っ!?」
レグルスはどうにか飛行できないものかと必死で空中をクロールしたが、アスヴァンにそんなスキルはなかった。
バシャーン!
水溜まりはさほど深くなかったが、そこで飼われていたのは殺人ウナギ!
こいつはヌルヌルした体で人間に襲いかかり──あとはわかるな?
「アッーーー!」
全身の穴という穴をウナギに○○されて悶絶するレグルス君15才。これではもう、お嫁に行けない!
つーか、なんで野郎が落ちてるんだ! 女の子が落ちろよ!
「ダメだ、あいつ。まったく頼りにならねぇ……」
落とし穴から届いてくる『いやぁぁああ!』という声を聞きながら、チョッパー卍は溜め息をついた。
「ボクが助けてくるよ! 魔法少女マジカル☆みゃーこ出陣にゃ〜♪」
(MSにとって)ラッキーなことに、鬼道忍軍が一人だけ参加していた。
そして宮子は『壁走り』を使って落とし穴を駆け下りる。
おお、壁走りが珍しく大活躍!
ズドォォォン!
「ひにゃぁああっ!?」
なんと、落とし穴の壁に対人地雷が!
平等院は甘くない! 壁走り対策は基本中の基本だ!
宮子は為す術もなく穴の底に落ち、レグルスと頭をゴッツンして両者とも気絶した。
そして、意識を失った猫耳少女にウナギが! 倫理違反のウナギがぁぁ……っ!
あとはご想像におまかせします。
「ダメだ、あいつら。まるで戦力にならねぇ……」
落とし穴を見下ろしながら、チョッパーは溜め息をつくばかりだった。
「みごとなトラップハウスね。ここはあたしに任せなさい」
得意げに言って先頭に立ったのは結希。
その手にあるのは、なんの変哲もない『10フィートの棒』だ。
「こういうときは、奇をてらわず常道を行くのが肝要よ。基本的に罠は発動させるもの。ゆえに、離れたところから壁や床を叩いて進むべきなの」
そう言いながら、棒の先で床をコツコツたたいて慎重に進む結希。
おお、これはD&Dの時代より伝わる、安全確実なトラップ発見法だ!
ということは、もう結果はわかってるな?
わかっててやってるよな?
そういうわけで、10フィート棒がトラップのスイッチを押した瞬間、結希の足下に仕掛けられていた強力なスプリングが発動し、彼女は天井にめりこんだ。上半身が完全に埋まってしまったその姿は、まさに天地逆転スケキヨ状態! 10フィート棒対策なぞ、平等院にとってはレベル1のギミックだ!
「なにが『あたしに任せなさい』だよ……」
はぁ、と息をつくチョッパー。
「ここ作った人、インケーン! でも、これならどうだっ!」
テテテテッテテーン♪
秘密道具めいた効果音とともにグリーンアイスが取り出したのは、11フィート棒!
おお! まさか、そんなディープなネタをかぶせてくるとは! すばらしい!
「さっきの子はトラップを発動させちゃったから失敗したんだよ。そうじゃなくて、トラップの有無をたしかめるだけでいいの」
そう言い切って、グリーンアイスは入念に床をつつきながら進んでいった。
まさに針の穴を通すような細いルートをたどって、研究所をめざすグリーンアイス。
「おお。やるな、おまえ」
チョッパー卍が珍しく賞賛した。
時間はかかったものの、グリーンアイスのおかげで彼らは無事にドアまで到達。
だが問題は、これをどうやって開けるかだ。
「こんなもの、力ずくで片付ければいいじゃない」
龍太はドアの前に立つと、いきなりアサルトライフルをぶっ放した。
しかし鋼鉄製の扉はキズさえつかない。
「そう簡単には行かないみたい……?」
龍太が首をかしげた直後。
バンッ、と爆発するような勢いでドアが開き、彼を廊下の先へ吹っ飛ばした。
そこに待ちかまえていたのは、天井から落ちてくる巨大なギロチン!
「ぎゃあああああ!」
思わず地声で悲鳴を上げ、龍太は血みどろになって倒れた。
もちろん、ドアは一瞬で閉まっている。恐ろしいトラップだ。
「扉ではなく……壁を破壊してみたら、どうでしょう……?」
龍太の最期を目にしたあと、沙耶が提案した。
たしかに、壁はただのコンクリート。撃退士の力なら、わけなくブチ抜ける。
「おお。名案かもしれねぇな」
チョッパー卍がうなずいた。
「では、ためしに……」
大鎌を取り出して、壁に叩きつける沙耶。
その瞬間、バンッという音を立てて壁がドアのように開き、沙耶を廊下の向こうへ弾き飛ばした。
そこへ落ちてくるのは、16tと書かれた巨大な金だらい。
ゴォォォォォンンンン!
除夜の鐘みたいな音を響かせて、沙耶は動かなくなった。
「こいつは手強いな……」
策士・月詠神削をして、そう言わしめるトラップドア。これを開けるのは容易ではない。
というか、神削はトラップに関して一行もプレイングを書かなかった。これではどうしようもない。
しかし彼には作戦がある。その作戦のためにも、生き残らなければならない。生き残って、このトラップハウスの惨状を撮影しつづけるのだ。
「よぉ、なにか名案ねぇのかよ」
チョッパー卍が三人に問いかけた。
そう。集まった九人のうち六人が、すでに倒れている。
無事なのは、神削、グリーンアイス、ソーニャだけだ。
神削は肩をすくめて首を振り、ソーニャは「うーん」と頭をひねらせるばかり。
このままでは任務失敗だ。
「ねぇ、ドア開いたよ?」
なんでもないことのように、グリーンアイスが言った。
見れば、たしかに開いている。
「なんだってーーー!? どうやったんだ、おい!」
チョッパー卍が大声を上げた。
「ふつうに開けただけっていうか、鍵かかってなかったよ?」
「ファァァック! バカにしやがって、あのクソ野郎! 行くぞ、おまえら! なにがなんでもミスペを奪い取ってやる!」
室内に飛びこんだ四人を、平等院が出迎えた。
「ほほう。ここまで辿りつくとは、なかなかやるではないか」
白衣姿で高慢な口ぶりの平等院は、絵に描いたようなマッドサイエンティストだ。
「うるせえ! とっととミスペをよこせ!」
「キミもメタラーなら、力ずくで取っていったらどうだね?」
「やってやろうじゃねぇか!」
チョッパー卍はVギターを振りかざして殴りかかった。
行け、チョッパー! ダアトには物理攻撃だ! ナイトウォーカーが全力で殴れば余裕で勝てる!
が、1m走ったところで振り子状の巨大な鉄球が襲いかかり、彼は「ミスペイズネヴァーダーイ!」と絶叫しながら吹っ飛び、窓をブチ破って落下していった。
「さて、マヌケな依頼人は消えたが、どうするかね?」
平等院の問いかけに、三人は顔を見合わせた。
「こんなのでも一応は任務だからな。失敗の文字は見たくない」と、神削。
「ボクはミスペが飲んでみたい……。どんな犠牲を払おうと」
ソーニャも決意を表明。
「せっかくここまで来たんだし、手ぶらで帰りたくないよねぇ?」
グリーンアイスも同意した。
「よろしい。では、かかってくるが良い。我が叡智の結晶をごらんにいれよう。……とはいえ、たった三人ではショーにもならないがね」
平等院がそう言ったとき。
「いいえ! 三人ではありません!」
脱落したはずのメンバー全員(チョッパー除く)を引きつれて、レグルスが飛びこんできた。彼は通りすがりのNPC堀ススム(趣味は掘削)に救助され、トラップにハマッた仲間たちを回復して、ここへ駆けつけたのだ。おお、なんとドラマチックな展開!
え? 途中のトラップはどうしたのかって? それはアレだ。舞台を盛り上げるため偶然に……というのは無理があるので、グリーンアイスが安全なルートに目印をつけていたことにしよう。そうしよう。
「ウナギの恨みを晴らすにゃ〜!」
全身ぐっしょりの宮子は、こんなこともあろうかと(?)制服の下に水着を着けていたためウナギに陵……○○されずに済んでいた。
レグルス君は、お察しください。
「九人か……。やむをえん。彼女の力を借りよう」
平等院が指を鳴らすと、奥の部屋から明日羽が出てきた。
ふつうに制服姿だ。ルックスも悪くはないが絶世の美女というほどでもなく、とくに目立つ要素はない。依頼書には『前代未聞の変態』などと書かれていたため、一体どんな人物が登場するのかと思っていた撃退士たちは、すこしばかり落胆した。
「こんにちは。佐渡乃明日羽と申します。よろしくおねがいしますね?」
お嬢様風の口調で告げると、明日羽はペコリと頭を下げた。
もともと上流階級の出身である彼女は、それなりにマナーを心得ている。
つられて何人かがお辞儀した、その瞬間。明日羽のシールゾーンが発動した。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「え……っ!?」
誰ひとり抵抗できず、全員のスキルが同時に封じられた。
皆一様に驚愕の声をあげ、あわてて戦闘態勢をとる。
無理もない。ふつう、シールゾーンは天魔に対して使うものだ。くらったことのある撃退士など、ほとんどいない。
「アスヴァンの力を悪用するなんて、許せないっ!」
めずらしく本気で怒りだしたレグルス。彼は自分のジョブに誇りを持っている。こういうふざけた相手は認められないのだ。
とはいえ、スキルは使えない。
やむなく杖で殴りかかるレグルス。
その直後、足下の床がパカッと開いて落とし穴発動!
さきほどと同じく50m下の水溜まりに落っこちたところを、ぬるぬるの殺人アナゴが! ものすごく積極的なアナゴさんがぁぁっ!
「いやぁぁああ……ッ!」
「なにをやってるにゃぁ〜!」
さすがに宮子も、これを助けに行く気にはなれなかった。
「うわ、ホントにトラップだらけ。じゃあ動かずに攻撃するよ!」
グリーンアイスが胡蝶扇を投げた。
珠洲のライフルが火を噴き、銃を持っている者は銃を、弓を持っている者は弓を、明日羽めがけて一斉にぶっ放す。
しかしスキルなしの攻撃では、明日羽のシールドを突き破ることはできなかった。
「ふふ。先に撃ったのはそっちだからね? これは正当防衛だよ?」
とぼけたことを言う明日羽。たしかに、彼女も平等院も自分から手を出してはいない。立ち入り禁止のトラップ地帯へ勝手に踏みこんだのはチョッパーたちだし、シールゾーンだってスキルを封じるだけでダメージにはならない。
そして明日羽お得意のジャッジメントチェーンが放たれ、ソーニャを捕らえた。
「ひぅ……っ!」
小さな悲鳴をあげて倒れるソーニャ。
鎖でがんじがらめになった彼女をひょいっと持ち上げて、明日羽はスンスンと鼻を鳴らした。
ソーニャの匂いを嗅いでいるのだ。
「え……? あの……!?」
予想外の行動に、あわてるソーニャ。
「あなた、かわいいね? 私と友達にならない?」
「ええ……っ!?」
顔を赤らめて、もじもじするソーニャ。暗い過去を持つ彼女は引っ込み思案であり、友達と呼べるような相手は一人もいない。これほどストレートな好意を寄せられたのは、ほぼ初めてだ。
「迷うことないよ? 仲良くしようよ。ね?」
言いながら、ソーニャの頭を撫でる明日羽。
薄幸そうな少女をいじめるのが、彼女の趣味なのだ。
「で、でも……」
ソーニャは断ることができなかった。
いままで、とても寂しい人生だったのだ。これだけはっきり『仲良くしよう』などと言われれば、流されてしまいそうにもなる。
「ことわる理由ないよね? 私、あなたみたいな子が好きなの」
明日羽は、どこまでも直球を投げつづける。
ソーニャの心は揺れ動き、『はい』とも『いいえ』とも答えられない。
そこへ、龍太が襲いかかった。
「ちょっとぉ。ここにこーんな可愛いオンナノコがいるのに無視するなんて、あなたの目どうなってるのぉ?」
マッチョボディをヒラヒラのドレスで包んだ彼女……もとい彼は、星煌と蜥蜴丸の二刀流でアタック!
「オカマは男の子と仲良くしててね?」
明日羽の手から審判の鎖が飛び、龍太は床に転がった。
そこへ、明日羽のサッカーボールキック!
彼女は決して男に手を触れない。接触するときは例外なく靴である。
「なにすんのよぉぉぉっ!」
龍太はゴロゴロ転がって、レグルスと同じ落とし穴に落下!
なにもできずに50m下のアナゴ養殖池に落ちた龍太はレグルスと頭をゴッツンして、ふたりとも失神した。
そしてお約束どおりに殺人アナゴが!
オカマの○○シーンなど誰にも需要がないので、描写はカット!
「これは厄介ですね……」
珠洲が言い、結希がうなずいた。
「人質をとられたみたいなものだから、手が出せないわね」
二人の言うとおり、明日羽はソーニャをお姫様だっこしているため迂闊に攻撃できない。しかも周囲はトラップだらけ。動くこともできない。
「ふぅーははは! 我が研究所は不落! あきらめて帰ったらどうかね?」
平等院が高笑いした。
そこへ、神削のレラージュボウが撃ちこまれる。
カキンという音がして、矢は撥ね返された。
よく見れば、平等院の前には透明なアクリルガラス。
「はぁーっははは! この強化ガラスはガトリング砲の連続射撃にも耐えるのだ! 弓矢など通るはずなかろう! さぁ、尻尾をまいて帰るがいい!」
しかし、帰ろうとする者はいなかった。
ここまできて諦めるわけにはいかない。というより、皆かなりヤケッパチだ。
「こうなれば、トラップの山を踏み越えて突撃にゃ〜! みんなボクに続けにゃ〜!」
宮子が明日羽めがけて突進した。
たしかに、いくらトラップだらけといっても所詮は室内だ。仕掛けられる数には限度がある。その全てを作動させてしまえば、あとは楽勝だ。
なんという脳筋思想!
だが、あながち間違ってもいない!
そういうわけで、とりあえず宮子が踏んだのはマジックハンド的なトラップだった。
床から伸びた機械の腕がサッと動き、宮子のスカートを剥ぎ取る。
くりかえすが、スカートだけだ。MSの……じゃなく明日羽の趣味に違いない。
「にゃにゃ……っ!?」
赤面しながらも、足を止めない宮子。
その次に彼女を襲ったのは、天井から落ちてきたバケツ。
中身は、真っ白なドロドロの液体だ。正体は不明である。
「にゃんにゃにょぉぉ!?」
粘液まみれになってスッ転ぶ宮子。
全身ぬるぬるで、足が滑って起き上がれない。
「ふふ……っ。かわいい格好だね?」
明日羽が微笑み、リモコンのようなものを操作した。
と同時に床から流される、強烈な電気ショック!
「んにゃぁぁぁッッ!?」
白濁液にまみれながら、宮子はパンツ丸出しで痙攣した。
バタリと倒れる宮子。その背中からは、真っ白な煙が噴き出している。
完全にリタイアだ。
「あとはまかせて!」
宮子に代わって、結希が先頭に立った。
そして、思いつきの作戦を決行。
もしかすると明日羽はBLに弱いのではないかと思い、それらの画像をスマホに表示して見せつけたのだ。なんでそんな画像を持っていたのかは、聞いてはいけない!
「これを見なさい! この、男同士の絡みを! これがあんたの弱点でしょう?」
「私に弱点なんてないよ?」
明日羽がクスッと笑い、結希は床を這うワイヤーに足をとられてひっくりかえった。
しかもこのワイヤー、自律的に動いている。本来、人間の手が届かない危険な場所や深海などで用いられる代物だ。平等院はこれを改良(?)して、トラップに転用している。
「あああっ!? ちょ、ちょっと!? なにこれぇぇ!」
ワイヤーは結希の手足を絡め取ると、床にガッチリ拘束した。
そのうえ、何本ものワイヤーが彼女の服の中へ入り込み──
「いやぁぁあああ!」
絶叫する結希。
でもレグルス君よりはマシだ!
「皆さんの犠牲を無駄にするわけにはいきませんっ!」
決死の覚悟で、珠洲が猛然と詰め寄った。
明日羽までの距離は、あと5m。
そのとき、壁に埋めこまれた火炎放射器が火を噴いた。
「きゃあああああ!」
全身火だるまになって叫ぶ珠洲。
しかし、幸運なことに目の前には『防火用』と書かれた水槽が。
あわてて飛びこむ珠洲。
チュドォォォォン!
お約束どおりというかリクエストどおり、水槽の中身はガソリンだった。
全身真っ黒焦げのアフロヘアーになりながら、水槽から這い出てくる珠洲。
とりあえず『氷結晶』でやけどを──
「あっ! スキルが使えるようになってる! シールゾーン切れてますよ!」
言った直後、二発目のシールゾーンがぶちこまれた。
明日羽に慈悲はない!
「いまこそ11フィート棒の出番!」
テテテテッテテーン♪
ドヤ顔で秘密道具を取り出すグリーンアイス。
一瞬後、審判の鎖が棒ごと彼女をがんじがらめにしていた。
倒れたところへマジックアームが襲いかかり、脚をつかんで逆さ吊りにする。
「ちょ……っ。ウソでしょぉぉっ!?」
ワンピースの裾をおさえながら、グリーンアイスは棒きれでアームを殴りつけた。
そこへ、もう一本のアームが伸びてくる。
そして両脚をつかまれたグリーンアイスは強制的に開脚させられ、次に天井から謎の白い液体がドバッと落ちてきて──
「やぁぁぁああっ!」
彼女がどんな目に遭ったかは、とても書けない。
さて、残るは沙耶と神削の二人だけ。
しかもスキルは使えず、明日羽と平等院はノーダメージだ。
「ここで諦めては……みんなの努力が水の泡に……」
沙耶は玉砕覚悟で突撃した。
そもそも『非常に難しい』依頼だったのだ。失敗は覚悟の上である。
「止まったほうがいいよ? そこ、回転ノコギリが飛び出してくるからね?」
明日羽の言葉がハッタリとは思えず、沙耶は思わず足を止めた。
そのとたんに飛んでくる、お得意の鎖。
どうすることもできずに倒れた沙耶を、明日羽が抱え上げた。
見れば、ソーニャはおとなしく明日羽の後ろにくっついている。
「裏切った……の……?」
沙耶の問いに、ソーニャは答えなかった。
もちろん彼女は裏切ってなどいない。明日羽に籠絡されたふりをして、ミスペを奪うチャンスをうかがっているのだ。
「大丈夫だよ? あなたもすぐ裏切ることになるから。ね?」
明日羽の手が、沙耶の髪を撫でつけた。
抵抗しようにも、まるで体が動かない。
「ねぇ、なんで男装してるの? 似合うけど、胸がきついんじゃない?」
そう言って、明日羽は沙耶の胸元に手をのばした。
そして、上からひとつ、ふたつ、とシャツのボタンを外していく。
「な……なにを……?」
「きつそうだから、ラクにしてあげるだけだよ?」
「や、やめ……やめてください……!」
「ふふ。かわいいね……?」
「あー、そこから先は他の場所でやってくれないか、佐渡乃君。ここは神聖な研究施設なのでね」
平等院が、めずらしくマトモなことを口にした。
明日羽は沙耶の胸をまさぐりながら「じゃあ奥の部屋に行こうか?」と問いかける。
沙耶は必死で首を横に振ったが、明日羽は応じない。
「ちょっと待った。ひとつ提案があるんだが……」
そのとき。神削がおもむろに口を開いた。
「あら。まだいたの? ナイフがいい? 槍がいい? それともオカマと同じ穴に落ちる?」
明日羽は、男に対して容赦しない。
無論、こんな状況で戦いを挑むほど神削は無謀ではなかった。
「俺は今から、トラップにハマった女性たちを医療施設に運ぶ。その場所を教えてやるから、好きにするといい」
とんでもないことを言いだす神削。
あまりに非人道的な提案だが、依頼を達成するためならば彼は鬼にでも悪魔にでもなる。
「それはありがたいけど、かわりにミスペをよこせっていうの?」
「そのとおりだ。悪くない条件だと思うが?」
「私は文句ないけど、あの男がOKって言うと思う?」
明日羽が平等院のほうへ視線を向けた。
平等院は鼻で笑って答える。
「当然、おことわりだ。私にとって何の利益もない取り引きだからな」
「これを見ても、そんなことが言ってられるかな?」
神削が見せたのは、トラップにかかってボロボロになった仲間たちの写真や動画。
「それがどうしたというのかね?」
「おまえが要求をのまなければ、この画像を風紀委員や学園長に送りつけて、研究所を廃止するよう訴えるつもりだ」
「なに……?」
「いくら自由な久遠ヶ原学園といえども、ここまでやっては冗談では済まされんぞ。まちがいなく、この施設は消えてなくなる」
「く……っ。卑劣な手を……!」
「卑劣? はっはっは! 最高の賛辞だ! さぁ、おとなしくミスペを渡してもらおうか!」
どちらが悪役だかわからない展開だった。マフィアvsヤクザみたいなものだ。
しかし、いくらマッドな平等院といえど、ミスペのために研究所の未来を賭けることはできなかった。
「一本でいいのか……?」
「ふざけるな。人数分、つまり十本わたしてもらうぞ」
「ぬぬぬぬ……」
こうして、神削の鬼畜……みごとな作戦により、彼らはミスペを手に入れることに成功したのだ。
ぶっちゃけ99%失敗にする予定だったのだが、神削のプレイングが神すぎた。
ひとりでもガチレズ完全NGの人がいれば通らない手だったのだが……。まさに奇跡の勝利と言えよう。
けっして、冒頭部分を書きたかったから甘く判定したわけではない!
本当だ! というか神削のプレイングが鬼畜すぎたんだ!
あと、グリーンアイスの11フィート棒!
おみごとでした!
──という次第で、冒頭のような惨劇が現実となったのである。