その日、スイーツに釣られて九人の撃退士が集まった。
女性しか入れない店にも関わらず、ウェンディス・ロテリスとラグナ・グラウシード(
ja3538)は女装で参加。
ウェンディスは、大学部の女子制服にサングラス。
ラグナはブラウスにスカートだ。
どちらも180cm超えの長身ゆえ、なかなか厳しい女装である。
しかし、蓮城真緋呂(
jb6120)の化粧テクニックと、紅アリカ(
jb1398)の貸したアクセサリーで、どうにかごまかせている……のか?
「ふ……。さすがに美しいな」
鏡を手に、ナルシストっぽく髪を掻き上げるラグナ。彼には現実が見えていない。
そんなんだからモテないのだ!
「しかし、これは盛りすぎだ」
ウェンディスは、パッドで膨れあがった胸を見て呟いた。
おそらく、今日の参加者の中で一番でかい。
「少々……やりすぎたかも、しれません……」
そう言いながらも、秋姫・フローズン(
jb1390)は楽しげだ。なにしろ、二人を女装させるのに一番熱心だったのは彼女である。外見だけでなく内面まで女性に見せようと、しぐさや立ち振る舞いに至るまで叩きこんだのだ。おかげで、今日のウェンディスとラグナはかなりの女子力!
むしろ、この中で一番女子力が低いのは鳴海鏡花(
jb2683)かもしれない。
とはいえ、今日の彼女は珍しく女物の服を着て、化粧もしている。念のために学生証も持ってきた。いつものように性別を間違えられる恐れはない!
「……にしても、ここまでハードルを上げて営業しているのならば、相当の腕前なのだろうな。甘いものは苦手なのだが、同業者として入念に視察せねばなるまい」
清楚なワンピースに身をつつみ、キリッと顔を引き締めるのは、アンジェラ・アップルトン(
ja9940)
一見クールに見えるが、じつは彼女。このカフェは前々からチェック済みだったのである。しかし人数制限のハードルが高く、自称クールな彼女は誰かを誘うこともできず悶々としていたところへ、この依頼。渡り船とばかりに飛びついたのだ。そういう次第で、今日のアンジェラは本気モード全開!
渡りに船と言えば、若菜白兎(
ja2109)にとっても今日の依頼は絶好の機会だった。もともと甘いもの大好きな白兎は、オープン前からこのカフェを知っていたのだ。しかしアンジェラ同様『五人以上』という制限が厳しく、悩んでいたのである。
彼女たちにとって、ウェンディスはまさに救世主。
そして、すこしでも食費を浮かせたい最上憐(
jb1522)にとっても、この依頼は大歓迎だった。
しかし、異次元の胃袋を持つ彼女が参加したとなると、オープン早々このカフェは潰れるかもしれない。
一抹の……否、千抹ぐらいの不安をかかえつつ、いざ入店!
当然だが、店内は女性ばかりだった。
客はもちろん、スタッフも女性のみ。
しかも、妙に怪しげな空気が漂っている。
そう。この店の名は『Lily Garden』
特殊な性癖を持った淑女たちの社交場なのだ。
「これは……かなりのアウェイ感だな……」
弱気なことを言いだすウェンディス。
「大丈夫だ、ロテリス殿。いまの私たちはどこから見ても女性だ……ではなく、でしてよ?」
ラグナが女声で励ました。
「そうだな。食べ始めてしまえば気になるまい……いや、気になりませんわね」
そして彼らはテーブル席へ。
「おお……菓子がいっぱい……」
色とりどりのスイーツを前に、鏡花は目をキラキラさせた。
「どれにするか迷うでござるなあ……。まずはケーキにしようかのう。定番のイチゴショートにレアチーズ、チョコレートケーキも良いでござるなあ……」
よだれをたらしながら、ひょいひょいとケーキを取っていく鏡花。トレーはたちまちケーキの山である。
その横では、白兎が鏡花以上に目をキラキラさせていた。
そのキラキラぶりたるや、目から流星群が落ちるほど。
「はゎゎ〜」
目移りしまくって、必死でキョロキョロする白兎。
悩むところだ。オリジナル商品をガンガン攻めるか、それともオーソドックスなところから行ってパティシエの実力を見極めるべきか──
だが、そうして悩んでいる時間さえもったいない。
結局シンプルなところから確認することにして、白兎はパンケーキとシュークリームを選択。一秒も無駄にはできないとばかりに、自分の席へダッシュ!
テーブルは既に表面が見えないほどのスイーツで覆われていた。
「食べ放題の心得は、お皿に山盛りにしないとか、テーブルをケーキだらけにしないとか、色々あるけど……。あえて私はすべてを無視する!」
抜群のスタイルを誇るクセに大食い自慢の真緋呂は、全種制覇をめざして片っ端から食べ進んでいた。
アプリコットの香りが爽やかな、特製ザッハトルテ。
マンゴーやキウイ、夏みかんなど七種のフルーツが乗った、季節限定タルト。
パリパリ生地とフワフワカスタードの七層構造が目にも楽しい、レモン風味のミルフィーユ。
いずれも、文句のつけようがない。
文句があるとすれば、おいしすぎてついついじっくり味わってしまうことだ。しかし、いっぱい食べようと思って早食いすると、せっかくの味がよくわからないというジレンマ。
「ああ……。なんて幸せな悩みなの……!」
嬉し泣きしながら、真緋呂はスイーツの海に溺れるのだった。
「ああ、なんと美味なのでしょう……。美味すぎて、いくつでも食べられるのです……」
自称クールで甘いものが苦手なはずのアンジェラは、本性丸出しのウットリ顔でスイーツ欲を満たしていた。
彼女は『見た目もスイーツの重要ポイント』と考え、梅雨シーズン限定の虹色ゼリーや、ヒマワリ模様のシフォンケーキなどをテーブルに並べている。
とくに目を引くのは、七夕シーズンだけのスターライトプディング。星形のゼリーやシャーベットが山盛りにされた、ブルーベリーのプディングだ。
「ほほう。見るからにおいしそうだな、アンジェラ殿」
ラグナが話しかけた。
彼らは旧知の仲で、幼少時から互いを知っている。
「半分差し上げましょうか?」
「では遠慮なくいただこう」
「食べ放題で、遠慮などする必要ありませんわ」
「それはそうだな。……うむ、うまい。女装までして潜入した甲斐があるというものだ」
プディングを頬張り、カルーアミルクを飲み干すラグナ。
その隣では、ウェンディスが黙々とケーキをたいらげ、ストロベリーダイキリやファジーネーブルなどの甘いカクテルを浴びるように飲んでいる。彼は悪魔だから急性アルコール中毒で死ぬことはないが、糖尿病で死ぬかもしれない。
そんな彼らを尻目に、最上憐は淡々と食料を胃に収めていた。
テーブルに運ぶ時間がもったいないため、スイーツの並んだバイキングコーナーから動かない。
そして、味や見た目などどうでもいいとばかりに、文字どおり手当たり次第食べてゆく。
そのペースは、人間のレベルではない。ただでさえ大食いの撃退士たちがやってきたというのに、遠慮も容赦もなく憐が食いまくれば、どういうことになるか──
当然の結果として、開始二十分後には全スイーツが品切れ状態に。
客が騒ぎだし、スタッフが謝罪する中、憐は「……ん。なくなった。おかわり。遅い。厨房に。強襲する」と言い残して、厨房へ突撃。もちろん『擬態』と『隠走』を使うのは忘れない。この二つで身を隠し、厨房に忍び込んで食材を食い漁るのが憐の得意技なのだ。
ところがどっこい、今日はうまくいかなかった。
なんと、厨房に忍び込んだ憐を『ダークハンド』が捕らえたのだ。
「……ん? こんなところに。撃退士?」
「あらあら。いけない子猫ちゃんねぇ。関係者以外立ち入り禁止よ?」
姿を見せたのは、オーナー兼パティシエの美女。
『束縛』を食らって動けない憐の頬を指でつつきながら、彼女は言った。
「いま大急ぎで作ってるから、お行儀よく待っててね? いい?」
「……ん。おかわりが。来るなら。待つ」
ただならぬ気配を察して、憐は引くことにした。
予想外の結果だが、パティシエが撃退士だったのでは仕方ない。
「あれ? どこ行ってたの?」
テーブルに戻ってきた憐を見て、真緋呂が問いかけた。
彼女たちは最近の依頼でカニ鍋パーティーをともにしており、知らぬ仲ではない。
「……ん。厨房に忍び込んだら。撃退士が。いた」
「駄目だよ、そんなことしちゃ。ほら、私のワッフルあげるから」
「……ん。ワッフルワッフル。もうないの?」
しゃべりながら、一口で食べてしまう憐。
噛まずに飲みこんでいるので、しゃべっていようが歌っていようが平気なのだ。
「では……私のケーキを、どうぞ……」
秋姫が、ミルクレープを差し出した。
「……ん。なかなか。もうないの?」
「……じゃあ、私のレアチーズケーキをあげる」と、アリカ。
「……ん。なかなか。もうないの?」
「これは拙者も譲らねばならぬ流れでござるか……?」
名残惜しそうな感じで、串に刺さったマシュマロを持ち上げる鏡花。
チョコレートファウンテンに浸したマシュマロだ。
近付けたとたん、パクッと食いつく憐。
「なにやら、餌付けをしている気分でござるな……」
──と、そこへ。さきほどのパティシエがやってきた。
「ふぅん。あなたたちが食べまくってくれたわけね」
「な、なんでござるか? 撃退士は出入り禁止とでも!?」
鏡花が声を上げた。
「あら。みごとな女装ね。でも、この店は女性専用なのよ?」
「失礼な! 拙者は女でござる! というか女装してる男が二人、ほかにいるでござろう! それを差し置いて、なぜ拙者が!?」
言ってはいけないことを口走ってしまう鏡花。
一瞬、場が凍りついた。
「女装? いえいえ、そんな者はどこにもいませんわよ?」
無駄に体をくねくねさせながら、裏声で必死にごまかすラグナ。
「ええ。女のフリしてまでスイーツを食べにくる悪魔なんて、いるわけありませんわ」
ウェンディスも必死の裏声だ。だいぶキモい。
「まぁ、マナーを守ってくれれば追い出したりはしないけれど。ただ、もうすこし味わって食べてもらえると嬉しいかしら……?」
「味わって食べていますわ。本当においしくて……身も心もとろけてしまいそう!」
ラグナはまだ体をくねらせている。MPを吸い取る踊りだろうか。だいぶ吸い取れそうな気がする。
そのとき。アリカが「あ……!」と声を上げた。
彼女が見つめているのは、パティシエの胸元。
そこに、『佐渡乃』という名札が付けられている。
こんな苗字は、めったにあるものではない。
「……あの、もしかして妹さんがいませんか?」
「あら。明日羽のお友達?」
「……ええ、そうです。驚きました。こんな偶然ってあるんですね。来て良かったぁ……」
「もういちど訊くけれど、ほんとうに明日羽の『お友達』なのね?」
言外に含みを持たせるように、パティシエ佐渡乃魔子は問いかけた。
アリカは強くうなずいて、はいと答える。
「だったら、なにかサービスしないといけないわね。あの子を怒らせたくないし……」
腕組みして、うーんと考えこむ魔子。
「食べ放題2時間延長っていうのは、どうですか!」
ここぞとばかりに真緋呂が提案した。
1時間でなく2時間と要求するところが図々し……彼女らしい。
「この時点でも赤字なのに、さらに赤字を背負わせようというわけ……?」
「いえいえ、無理だったらいいんです。冗談で言ってみただけですから。本当に。無理だったら、無理しないでください。お店が潰れちゃったら大変ですから!」
さりげなく挑発的なことを言う真緋呂。
しかし魔子は微塵も動じず、「仕方ないわね。かわいい後輩のために、あたしの財布から2時間分出しておいてあげる」と返すのだった。
「「ヒャッハー!」」
沸きかえる撃退士たち。
カニ鍋パーティーに続いて、真緋呂の延長プレイングが冴える!(アドリブです)
思いもかけなかった延長サービスに誰もが沸きかえったが、いちばん喜んでいるのは白兎だった。なにしろ、バストアップ画像全部お菓子を食べてるほどだ。口数が少ないため喜びが伝わりにくいが、その恍惚とした表情を見れば誰にでもわかる。スイーツに賭ける彼女の情熱が。
しかしながら、スイーツを愛しすぎている白兎はどうしても味わって食べてしまうため、あまり多くは食べられない。
見れば、アンジェラや秋姫、真緋呂たちも、ゆっくりペースになっていた。
無論、おなかがいっぱいなのではない。しっかり味わって食べなければ、いくら量を食べても意味がないということに気付いてしまったのだ。そりゃそうだ。せっかくの絶品スイーツをただただ胃袋に流し込むなど、食文化に対するテロリズムに他ならない。
「……ん。食べ放題は。弱肉強食。サバイバル」
そんな中、食のテロリスト最上憐は自分で取りに行くことを完全に放棄して、ほかの人が取ってきたスイーツを片端から飲みつづけていた。彼女にとって、味など二の次。目の前にあるものを胃に収めるのが使命なのだ。
「お店が潰れてしまわないか……本気で心配になりますね……」と、秋姫が不安げに言った。
「そうですよ。潰れる前に、しっかり食べておかないと!」
真緋呂の発言は、ときどきひどい。……いや、しょっちゅうひどい。
そうして、たっぷり四時間スイーツを満喫した撃退士たち。だが──
「……時間が経つのは、あっというまね。まだまだ食べ足りない感じだわ……」
アリカが呟くと、皆同時にうなずいた。
テーブルの上には、山積みにされた皿。回転寿司みたいな光景だ。
「もう二時間延長してもらえないかなぁ」
無茶なことを言いだす真緋呂。
「本当に……お店が……潰れてしまいます……」
そう言って、秋姫はちらりと憐のほうを見た。
「……ん。そこそこ。おいしかった」
口のまわりに生クリームやチョコレートをくっつけたまま、憐はおなかをぽんぽん叩いている。
それを見て、自分のおなかを確かめる女子数名。
「……明日から、また運動ね……」と、アリカが言った。
「私の摂取したカロリーは全て胸に行くので問題ありませんわ」
アンジェラが言い、真緋呂と秋姫がうなずく。
鏡花は何となく複雑な表情だ。
そこへ、佐渡乃魔子がやってきた。
「ずいぶん食べてくれたわねぇ」
「しかたありませんわ。だって、おいしかったんですもの……!」
完全に本心をさらけだすアンジェラ。
だが、この絶品スイーツを前にしては無理もない。
「うん。本当においしかったの……」
白兎が、こくこくと首を縦に動かす。
「じゃあ、また来てくれるかしら?」
魔子が、自然な感じで白兎の頭を撫でた。
白兎はちょっと顔を赤くして、「はい」と答える。
彼女は気付いてないのだ。魔子の本性に。
ただひとり、アリカだけはわかっている。
「……次は、明日羽さんと遊びにきます」
その言葉に、魔子はニッコリと微笑むのだった。