その日の取材は、環結城(
jb5219)の希望で調理実習室を使うことになった。
自称貴族のギュー男爵は、無精ヒゲに百円ショップのTシャツ姿で登場。しかも、あきらかに酔っぱらっている。だれが見ても、ダメダメすぎるオッサンだ。
「な、なんか怪しい……」
ぽつりと呟く雫(
ja1894)
たしかに、怪しい。いろいろな意味で。とくに性犯罪者的な意味で。
ギュー男爵は無言で雫のほうを見た。
その目が妙に笑っているのは、彼が真性のロリコンだからだ。
「うぅ……っ」
ぶるっと体を震わせる雫。腕には鳥肌が立っている。
それを見てニヤッと笑う男爵。まぎれもない変態だ。よく取材許可が下りたものである。
「どうも初めまして。饗と申します」
慇懃に頭を下げたのは、饗(
jb2588)
頭部に生えた狐型の耳が目を引く、はぐれ悪魔だ。
「その耳は本物か?」
いきなり手をのばし、耳を引っぱる男爵。
彼の辞書に『遠慮』という言葉はない。
「本物ですよ、もちろん」
「おまえは、天魔というやつか?」
「ええ」
「なるほど。期待しておこう」
そこへ、壁をすりぬけながら現れたのは、ヴェス・ペーラ(
jb2743)
一瞬、男爵がビクッと立ちすくむ。
「こんにちは。ヴェス・ペーラと申します。悪魔ですが、いまは撃退士をしています。どうぞよろしくお願いします」
「いまのは『透過』か?」
「あら。ご存知でしたか」
「多少は勉強してきたんでね。実際に見るのは初めてだが」
そう言いながら、男爵は舐めまわすようにヴェスの体を見つめている。
悪魔が珍しいのか、それともヴェスの体型に興味があるのか──。言うまでもなく後者だ。彼の辞書に『遠慮』はない。
「わたくしがお力になれば幸いなのです〜」
「うおっ!?」
『遁甲の術』で背後から忍び寄ってきた結城に、おもわず跳び上がる男爵。
「今日は『舞礼貝』を使った『音足繆』という料理会ですね! がんがらしてもらうのです!」
なにかを盛大に勘違いしている結城は、そのまま全速力で迷走しはじめた。
「『舞礼貝』……それは全長1mの巨大な二枚貝。その大きさから『音足繆』という料理会でしか食べることができない伝説の貝と言われていましたが、まさかこんな所でいただくことができるとは……!」
「そんな貝はどこにもないぞ……」
さすがに男爵も困惑顔だ。
「え? ないのですか? それならアサリを持ってきたので、さっそく調理します〜」
話を聞かずに、酒蒸しを作りはじめる結城。
どうやら、このために調理実習室を借りたようだ。
「わたくしは記憶喪失なのですよ〜。なので、何をするにも失敗ばかりでした。塩と砂糖を間違え、料理をするとなぜか美味しいのに必ず爆発。うっかり雑巾をバケツごと顔に投げつけてしまったこともあります。でも友達は笑って許してくれました。コーラと間違えて醤油を持ってきてしまった上に一気飲みをしてしまった時も……。だから、そんな友達がいることこそ久遠ヶ原に来て一番嬉しいことなのです」
「……」
どこからどうツッコめば良いのかわからず、無言になる男爵。
やがて、アサリの酒蒸しが完成。
「さぁできましたよ♪」
「見た目は普通だが……」
おそるおそる箸をのばす男爵。
そして彼は、「うまい」と口にした。
「それはいいんだが、今日は料理会じゃないぞ? インタビューを聞きに来たんだが……?」
「インタビュー?」
ハッと勘違いに気付いた結城は、「あうあう。もう皆さんに会わせる顔がないのです!」と叫びながら、手刀で机を真っ二つに。忍軍らしい素早さでトンボを切ると、そのまま天井へ消えていった。
「なんだったんだ、あれは……」
さすがの男爵も、呆然と呟くしかなかった。
そんな騒ぎで幕を開けたわけだが、ともあれ全員が席に着き、取材が始まった。
一番手を切ったのは、龍崎海(
ja0565)
「撃退士といえば人知を超えた天魔と戦うというイメージがあるでしょうが、ここの撃退士は同時に学園生でもあるので、そちらについてお話しさせてもらいますね」
「小説のネタになる話だろうな?」
「私は作家ではないので判断できませんが、ともかく聞いてみてください。……さきほど言ったように、私たち撃退士は天魔と戦うわけですから、並み外れた身体能力を持っています。これは戦闘において大きなメリットですが、一部の学生にとってはデメリットにもなるんですね。というのは、おおよそのスポーツにおいて、撃退士が全力を出すと競技として成り立たなくなってしまうんです」
「そりゃそうだろうな」
「まあ、それでへこたれるような撃退士は滅多にいませんが。むしろ、撃退士用にルールをアレンジして楽しんでいるぐらいで。たとえば野球なら、ボールが鉄球とか。スキルの応用で魔球や秘打も飛び交いますね。サッカーだったら、壁を駆け上がったり飛行したりの三次元ルールが採用されたり……。こういう撃退士ならではの競技を、世界各地の撃退士養成校と連携して公式なものにしようという噂もありますね」
「なるほど。撃退士とスポーツか……。それは盲点だったな。いちど、そっちのほうにも取材してみるか……」
わりと真剣な顔つきで、タブレットに文字を打ち込む男爵。
どうやら、多少なりとネタにはなったようだ。
「スポーツと言えば、スケート場やプールで戦ったことがあるんだが、あれはひどかった……」
なにやら複雑な表情で語りだしたのは、コンチェ(
ja9628)
「滑れもしないのにスケートリンクでプリンプリンな天魔と戦わされたり、プールを占拠した天魔の粘液で服を溶かされて、見たくもない女の裸を見る羽目になったり……。それだけならまだしも、裸を見られた女に殴られ、天魔の真っただ中に飛ばされたのだぞ! あれほど屈辱的な経験は他にない!」
「なんだって? もういちど言ってくれ」と、男爵。
「あれほど屈辱的な」
「そっちじゃない。粘液とかいうほうだ」
「服を溶かす粘液を吐きかけてくる天魔がいたのだ。結果はどうなったか、言わずともわかるだろう?」
「そのときの動画はないのか? 写真でもいい」
堂々と己の趣味をさらけだす男爵。
「あるわけなかろうが! だいたい俺は女が苦手なのだ!」
「なんだ、ただのホモか」
「だんじて違う! 俺はストイックなだけだ!」
「ムキにならなくてもいい。ただ、俺をそういう目で見るのはヤメてくれ」
「俺はホモではない! たとえホモだとしても相手ぐらい選ぶわ!」
「わかったわかった。おまえはもういい。女の子の話を聞くことにする」
聞く耳持たずに話を終わらせる男爵であった。
「そういえば、私の初めての任務はプールの警備でした」
ふと思い出したように、雫が口を開いた。
小等部四年生の彼女は今日あつまったメンバーの中では最年少だが、撃退士としての経験は誰よりも多い。学内でも屈指のレベルなのだ。
「ほう。お嬢ちゃんがプールの警備……? そのときの動画か写真は持ってないのかい?」
おなじことをくりかえす男爵。一体こいつは何をしにきたのかという視線が一斉に注がれる。
「いえ、ありません。報告書ならどこかにあるはずですが……」
「報告書? そんなのはどうでもいい。画像がほしいんだよ。それが俺の創作意欲をかきたてるんだ。わかるだろ、お嬢ちゃん」
「いえ、ちょっとわかりません……」
「なんなら、いまここで水着になってくれてもいいんだよ?」
「え、遠慮しておきます!」
雫は全身に鳥肌を立てて、あとずさった。
ヘタな天魔よりも恐ろしい相手だ。なにより、天魔と違って退治できないのが恐ろしい。
「しかたないな。また今度、海水浴かプールの時間にでも取材に来るとしよう」
男爵の目は本気だった。
「小説のネタになりそうな話というと……やっぱり印象深いのは、ゲートのコアを破壊しに行ったときね」
と話しだしたのは、フローラ・シュトリエ(
jb1440)
「ほほう」
生真面目そうな顔をしながら、男爵はフローラの胸元ばかり見ている。
大きく胸の開いたチャイナドレスから覗く谷間は、かなりのインパクトだ。男爵ならずとも、目を引かれてしまうのは仕方ない。ただ、彼の場合は堂々と見すぎである。
無論フローラも視線に気付いているが、気にも留めずに話をつづける。そんな視線には慣れっこなのだ。
「消耗を抑えるために目的地に着くまでは敵をやりすごしたり、移動する場所を変えたりして戦闘を回避したわ。そういうときの張りつめてる感じって独特よね。……それで、コアに辿りついたらもちろん守護者がいるわけだから、戦いながらのコア破壊になったの。そこまで来たらもう出し惜しみする必要もないから、ありったけのスキルを連発したりして、ね。敵が次々と生み出されてくるのも厄介だったわ」
「そのコアってのは簡単に壊せるのか?」
「ものによるわね。大規模なゲートのコアだとかなり頑丈みたい。……で、そのときの私は仲間を信じてコアへの攻撃を重点的に行ったわ。結果は皆で協力しあってコアの破壊と守護者の撃破に成功したのだから、達成感はかなりのものだったわね」
「ふむ……。ホモの撃退士がコアを破壊するスイミング小説か……?」
男爵の脳内で、いかなる小説の構想が練られているのか。だれも、知るよしもなかった。
「オラぁまだ撃退士になったばっかで、作家先生に話せるようなこたぁねぇだよ」
田舎のおばあちゃんみたいな口調でしゃべりだしたのは、御供瞳(
jb6018)
「やけん、ここに来る前の話をするっちゃ。……オラの村は四国の山奥にあるんだけんど、しばらく前に悪魔が大勢やってきて、みぃんな殺されちまったんだべ。そんときオラはちょうど旦那様と結婚式をあげてるとこで、」
「待て。何だって? 結婚式?」
男爵が話を遮った。
「んだ。そんでオラは村を離れてて……」
「待て待て。キミは中学生だろう? 結婚できる年齢じゃないはずだ」
「んだども、村じゃあそういう決まりだったんだべ」
「キミは今いくつだ?」
「十三だっちゃよ」
「十三歳のロリ少女と結婚……だと……!?」
拳をにぎりしめ、わなわなと震える男爵。
なにを怒っているのか理解できず、瞳はキョトンとするばかり。
「だども、旦那様はずーっと行き方知れずだぁ。早ぅ迎えにきてほしいっちゃよ」
「残念だが、その旦那様とやらは迎えに来ない。爆発するように念じておいたからな」
「なっ! なにをするだァーッ! 旦那様ァァーッ!」
男爵の妄言を信じきって取り乱す瞳。
まさか信じると思ってなかった男爵もまた取り乱した。
「お、おちつけ。冗談だ、冗談。人間はそんな簡単に爆発しない」
「そうだべか? 旦那様は迎えにきてくれるべか?」
「ああ、くるとも。貴族の名に賭けて断言しよう」
キリッと顔を引き締める男爵だったが、ブサメンは何をやってもブサメンだった。
「私は、人の世に来てからのことを適当にお話ししましょうかね」
そう言って煙管をふかすのは、饗。
「おまえは天魔だったな」と、男爵が再確認した。
「ええ。……まずは外見が珍しかったのか、猟銃持った人間やら黒い服を着た人間やらが大量に押し寄せてきて大変でしたねえ。仕方ないので適当に半殺しにしたあと、彼らを観察して黒髪金目の人の姿に化けました。それから改めて人里を探索したのですが、何をしようにも『お代を!』と言われまして。聞いてみたら、『おめえ、何をするにもそれがないと始まらんだろう! 金目のモンだよ! キラキラした奴とかねえのか!』と言われたので、手持ちの石を見せたら、目を輝かせながら大量の紙幣と交換してくれました。あとになって人間界では高価なものだと知った時には、もっとふんだくるべきだったと反省しましたよ」
「人の姿に化けたと言っているが、ふつうの人間に狐の耳は生えてないぞ?」
「ええ。結局あちこち放浪したあと、この学園に落ちつきましてね。見てみれば、私よりよほど奇天烈な格好をした人が大勢いるじゃありませんか。天魔も堂々と普段の姿ですし。なので最近はこの姿で過ごしております」
ふぅ、と煙を吐きながら、耳をぴこぴこさせる饗。
「く……っ。かわいくなんかないぞ!」
わけのわからないことを言う男爵の手は、かすかに震えていた。
耳をさわりたかったのかもしれない。
「では、おなじくはぐれ悪魔の私からもお話を……」
飲みさしの紅茶をテーブルに置いて、ヴェスが語りはじめた。
「私が撃退士になって気付いたのは、見たことのないものや知らないことが世界には沢山あるということです。どこへ行こうと、どんなことを覚えようと、私の前には常に未知なるものがあります。そういった、人の作った物や娯楽に接したとき私はとても驚き、もっと見たい、もっと知りたい、もっと味わいたいと思うんです」
「好奇心が強いわけか」と、男爵。
「そうですね。天使や悪魔を除けば、人間は自分の見たものや考えたことを言葉や物にして伝えることの出来る唯一の存在です。そして他者に伝えられたものは、その人にとってまだ見たことのない不思議になり、その人もまた別の言葉や物に換えていき……そうして、人の手によって世界には未知なるものが増えていく。そしてそれを別の人が知りたいと思う。私はその工程がとても素敵に思えるのです。その誘惑に負け、力や居場所を失ってでも撃退士の道を選んでしまったほどに」
「それが人間界を選んだ理由なのか?」
「はい。私は人間に憧れて、冥界を去ったのです」
「なるほど。人間への憧れで冥界を捨てた悪魔か……。これは使えるかもしれないな……」
まじめな顔つきでキーボードをたたく男爵は、腐っても作家なのであった。
「それで、どうでした? 小説のネタになりそうな話はありましたか?」
ひととおり話が終わったあとで、龍崎海が問いかけた。
「そうだな……。『これぞ!』ってのはなかったが、いくつか組み合わせれば一本書けそうだ」
「オラの話は役に立ったべか?」
と、瞳が訊ねる。
「ああ、キミの話はとても興味深かった。もうすこし詳しく聞きたいな。……ええと、瞳ちゃんだったかな。それと、そっちの……」と言いながら、男爵は雫を指差した。
「私ですか?」
「雫ちゃんだっけか? ふたりにはもう少し話を聞きたいから、このあと食事でも一緒にどうかな?」
「いえいえ、おことわりします」
両手をぶんぶん横に振る雫。
瞳も同様だ。
「まぁそう言わずに。おいしいスイーツの店を知ってるんだ。ごちそうしてあげよう」
「え? スイーツ?」
釣られそうになる瞳。
「釣られちゃ駄目ですよ!」と、雫がたしなめた。
「そう警戒することはない。こう見えても俺は貴族だ。正確には男爵だ。紳士的なエスコートには慣れている」
「いえいえいえ、本当に結構ですから!」
「まぁまぁまぁ、そう言わずに!」
こうして数分間におよぶ押し問答のすえ、男爵は風紀委員に引きずられていった。
その後彼が撃退士の小説を書いたか否かは定かでない。