真っ昼間の繁華街で、人食いクラブが暴れていた。
襲われているのは、カニ料理屋を訪れていた客数名。カニを食いに来たのに逆にカニに食われるとはシュールすぎるが、笑いごとではない。人の命が懸かっているのだ。一応。
そこへ颯爽と現れたのは、我らが撃退士!
「……ん。市街地の。カレー屋とか。飲食店とか。カレー屋は。私が。護る」
タダ飯が食えると聞いて駆けつけた最上憐(
jb1522)は、淡々とダークハンドを発動した。
抵抗することもできず、いきなり束縛されるカニディアボロ。
もう、この時点で勝敗は決まっていた。
「ほほほほ、あたいの酒の前に立ちふさがるものは、こうなるとよ!」
高笑いとともにサンダーブレードを放つ桃香椿(
jb6036)は、いつになく士気が高かった。
彼女もまた、タダ飯──というよりタダ酒に釣られて参加したのだ。
飲酒を邪魔する者には正義の鉄槌を! MSも応援します!
「……いつぞやはヒトデ。このまえはエビ。今回はカニ……。言いたいことは山ほどありますが、まぁイイでしょう。このあとのおたのしみを思えば気にならないのです」
そう言って、沙夜(
jb4635)はヒリュウを召喚。
バサッと翼をひるがえしたヒリュウが顎を開き、疾風のような雷撃を叩きこむ。
「エビィィィッ!」
「……おぬしはカニじゃろが」
謎の悲鳴をあげたカニボロに対して、ファタ・オルガナ(
jb5699)はルキフグスの書で攻撃。生みだされたカード状の刃が、カニボロの関節部を切り刻む。
「あたいはあまり強くないから、攪乱要員かニャ〜?」
闇の翼で空を飛びながら弱点をさがすのはアヤカ(
jb2800)
無論、カニの弱点は腹部に決まっている。そこを狙って、アヤカは拳銃を撃ちまくった。
はじき返されるかと思いきや、あっさり食い込む弾丸。見かけ倒しにもほどがある。
「ふむ……。たしかにカニだ。見た目どおり鈍いな。さっさと片付けてカニ料理をたのしむとしよう」
穂原多門(
ja0895)は無意識に駄洒落を呟きながら、防壁陣をまといつつブラストクレイモアを振るっていた。
さすがに背中の甲羅は硬く、まるで刃が通らないが、脚の関節部や腹部にはダメージが入る。
実際問題、陸に上がったカニなど満足に動けやしないのだ。鈍重としか言いようのないカニボロに対して、多門の剣が叩きつけられ、薙ぎ払われる。
「……まぁ一応、戦闘に参加したそぶりぐらいは見せておかんとね」
やる気なさそうに火炎放射器をヒャッハーしているのは、綿貫由太郎(
ja3564)
彼のアタマにあるのは、とっとと戦闘を終わらせて酒とカニ料理でフィーバーすることだけだ。いつもながらのマイペースぶりである。
「タラバガニ……それはカニの王。……そう、ヤドカリなのにカニの王様と呼ばれ、あまつさえ前にも進める奇行種。ヤドカリに王座を奪われた全カニの想いを背負い、私は敢えて横歩きで挑む!」
わけのわからないことを真顔で言い放つ蓮城真緋呂(
jb6120)は、宣言どおりカニ歩きで戦っていた。
真剣な顔つきで反復横跳びしながら戦うその姿は、ちょっと、だいぶ、アレな感じだ。いや、見方によってはカワイイかもしれない。見方によっては!
「カニを食べるからには、カニへの敬意を払う……! 食らえ、プロレタリア魔法・蟹光線!」
突き出された直刀が金色の輝きを放ち、刃と化した稲妻がカニボロの甲殻を貫いた。別名サンダーブレード!
「ィエヴィィィイッ!」
妙に欧米人っぽい巻き舌で叫ぶと、カニボロは泡を吹いて倒れた。
反撃なぞ一度もないまま、戦闘終了!
麻痺とか束縛とか、強すぎるんだよ!
「「さぁ、カニだ!!」」
フルヒャッハー状態で『かにDo Luck』へ突撃する八人。
もちろん真緋呂はカニ走りだ! 指をチョキチョキするのも忘れないぞ!
「おお。よくぞあの化け物を退治してくれました。お礼の席を設けましたので、どうぞこちらへ」
RPGの村長みたいなことを言う店長はニコニコ顔だ。
「わーい、食べ放題! 食べ放題!」
真緋呂が反復横跳びしながら全身で喜びを表現した。
「いえ、ご用意したのはフルコースです。食べ放題ではありません。ドリンク類はお酒も含めて飲み放題ですが」
「え……っ!? そんな、嘘よ……。嘘よね……?」
反復横跳びをやめて、がっくり落ち込む真緋呂。
その落ち込みようたるや、一億円当たった宝くじをヤギに食われてしまったほどのレベルだ。
「あの、フルコースでおなかいっぱいになるはずですので……」
「じゃあ、おなかいっぱいにならなかったら食べ放題にしてくれる?」
「そ、それはまぁ……」
「約束だよ? 食べ放題だよ?」
「は、はい」
「やったー! みんな、食べ放題になったよ!」
作戦大成功!
これには他のメンバーも大喜びだ!
店長無惨!
撃退士たちが通されたのは、広い和室だった。
テーブル上には既にカニ刺しやカニ味噌が並べられ、たいへん食欲を刺激する眺めとなっている。
そこへ、店長がじきじきにオーダーを取りにきた。
「では、ドリンク類のご注文をどうぞ」
「「とりあえず生中!」」
多門とアヤカ、そして沙夜が声をそろえた。
「未成年は、お酒ダメニャよ☆」
「うふふ。冗談ですよ。とりあえずウーロン茶で」
沙夜は笑ったが、じつはわりと本気だった。
なんと彼女、未成年のくせに大酒呑みなのである。
でもNGだから今回は我慢してね!
お酒は二十歳から!(天魔は除く)
そして次々と地酒が注文される中、憐の問題発言が飛び出した。
「……ん。カレーを。飲む」
「カレーは扱っておりませんが……」
困惑する店長。
「……ん。カレーは。飲み物。今日は。飲み放題。つまり。カレーも。飲み放題」
「ええと……」
「……ん。プロなら。一度。口にしたことを。守るのが。基本」
「か、かしこまりました。すぐに作らせます」
無茶苦茶な理屈に押し切られた店長は、やむなく店員をスーパーに走らせたという。
「んじゃまー、楽勝でカニ退治も終え、依頼主さんのご厚意でこうしてカニパーティーを開けたことに感謝して……乾杯!」
由太郎が音頭を取って、全員が「乾杯!」と声をそろえた。
八つのグラスやジョッキが一斉に打ちあわされ、カシッと音を立てる。
「よし、おかわり!」
あっというまにジョッキをあけた多門は、さっそく二杯目をオーダー。
負けじとアヤカが日本酒を飲み干し、椿も続く。みごとに大酒飲みがそろったようだ。
「いやいや、おっさん負けそうだよ……」
そんなうわばみたちを横目に、由太郎はじっくりと地酒を堪能。
芳醇かつキレのある純米大吟醸酒が味蕾を刺激し、五臓六腑に染みわたる。
その余韻が残っている内に、カニ刺しを一口。酒の芳香とカニの甘みが渾然となって、えもいわれぬ味と香りのハーモニーを奏でる。
「くぅ〜。たまらんね……!」
「んふ。これはうまそうじゃのう」
揚げたてのカニ天ぷらを箸で持ち上げながら、ファタは舌なめずりしていた。
イギリス出身の彼女は、新鮮なカニを食べた経験が少ない。
しかも、これほど高級店のカニ料理となれば、期待に胸が膨らむのも当然だ。
足一本を豪快に丸揚げしたカニ天を、ワイルドにかぶりつくファタ。
ザクッ
半生状態のカニが舌の上で踊り、香ばしい衣がサクサクと音を立てる。
そこへ、すかさず地酒を一口。
淡麗辛口のスッキリした風味が、これまたカニ天と抜群の相性で──
「くぁ〜、たまらん!」
期せずして由太郎と同じセリフを口にしてしまうファタ。
しかし、うまいカニとうまい酒を前にして、これ以上のセリフがあろうか。
真にうまい料理は、人間から言葉を奪い去るものなのだ。
「こりゃあうまかとよ」
椿はカニの足をほじりながら、ものすごいペースで飲んでいた。
なにしろ彼女は、ふだんからヒマさえあれば一杯やっているほどの酒好き。無料で飲み放題など、まさに天からの福音だ。豊富に取りそろえられた地酒の数々を、片っ端から飲んで飲んで飲みまくる。
最初はグラスを使っていた椿だが、もう既にラッパ飲みモード。
だが、この程度ではまだ酔わない。あらゆる毒物に耐性がある撃退士は、ちょっとやそっとのアルコールでは何ともないのだ。酔っぱらうために酒を飲むタイプの撃退士にとっては悲劇だが、それでも超大量のアルコールを摂取すれば酔っぱらうのは間違いない。
椿は今日、完全に酔っぱらうつもりで飲んでいる。
乾杯から十五分で彼女が空けた一升瓶は五本。一般人なら急性アルコール中毒で死んでいるところだ。
無論、こんなのは椿にとって序の口。相撲で言うなら塩をまいたぐらいの段階だ。勝負は始まってすらいない。
「……」
真緋呂は全力でカニを堪能するべく、一心不乱にカニの足をほじっていた。
痩せ形の彼女だが、じつはかなりの大食い。カニならいくらでも食べられる。
オーバーしたカロリーは、すべて胸に行っているに違いない。
だから、そんな立派な胸をサラシで隠しても駄目なのよ、真緋呂ェ門ちゃん。
「……」
沙夜もまた、黙々とカニの足をつついたり、カニ爪を割って身をほぐしたりしていた。
愛しのヒリュウは隣の座布団にチョコンと座り、沙夜の取り出したカニの身をモグモグしている。じつに微笑ましい光景だ。
「……」
いつもカレーばかり食べている憐も、今日は珍しくカニを食べていた。
無論、つけ汁はポン酢や醤油ダレなどではなくカレーだ。
嗚呼、なんということを! 繊細なカニの風味を問答無用で破壊するカレーの暴圧!
しかし、憐は満足げだ。カレーさえあれば彼女はいつでも幸せなのである。
そして気がつけば、皆カニを食うことに必死で、座敷には沈黙が流れていた。
事態に気付いた多門が、ハッと我に返って言う。
「みんな、任務のときより真剣じゃないか……? たしかに、カニを食べると静かになるものだが……」
またしても無意識に駄洒落(しかもダブル!)を披露してしまうのだが、だれも気付かない。
「にゃはは。必死になってたニャ〜☆」
アヤカが笑いながら杯を傾けた。
しかし、それは普通のグラスやお猪口ではない。
「むっ? その杯は……?」
「カニの甲羅ニャよ? こうやって、カニ味噌を溶かしたところへ日本酒を……」
甲羅の中へ味噌を入れ、酒を注ぎながら箸で掻き混ぜるアヤカ。
おお、これは真の酒好きにしか思いつかない発想だ!
しかし、こんなことでMVPを付与してしまうのは我ながらどうかと思うぞ!
「ほほう。それはいい。俺もご相伴にあずかろう」と、多門が乗り気になった。
「よし、おっさんもやってみようかね」
由太郎も、手頃な甲羅を探しはじめる。
「ぬ? 甲羅酒とな……? それは是非とも試さねばのう」
「なんね? カニ味噌を日本酒に……? そりゃあうまかとやろ。あたいもマネしちゃる」
ファタと椿も加わって、酒飲みたちによる甲羅争奪バトルが始まった。
そしてカニ味噌甲羅酒を口にした四人は「「くぅ〜っ」」と口をそろえるのだった。
そしていよいよ、本日のメインディッシュ!
豪華カニ鍋がドーンと登場!
エビにホタテ、鮭の切り身からイワシのつみれまで、海鮮素材がたっぷりと。そして、ネギ、白菜、豆腐、シイタケが彩りを添え、これでもかとばかりにカニが投入されている。食べる前から唾液の洪水ほとばしる、究極の一品だ。
「「ヒャッハー!」」
目の色を変え、血をたぎらせる撃退士たち。
もちろんカニ刺しやカニ天なども文句ない味だったのだが、やはり鍋はテンションが上がる。鍋は日本人の魂を揺り動かさずにはおかないのだ! ……まぁ日本人じゃないどころか、人類ですらない者も約一名いるのだが。それはそれ!
「ああ……おいしいお鍋ですねぇ……」
沙夜はハイペースでウーロン茶を飲みながら、カニ鍋を満喫していた。
気のせいか頬が桜色になっているように見えるが、これは鍋が熱くて体温が上がっているため。彼女が飲んでいるのはウーロン茶だ。断じてウーロンハイなどではない。お酒は二十歳からと決まっている。法律を守らない撃退士など、決して許されるものではない!
「まさか、どさくさにまぎれてお酒飲んでニャいよね?」
問いかけたのはアヤカだ。
「そんな、まさか。お酒なんて一滴も飲めませんから、私」
「でも、だれも注文してないはずの焼酎のボトルがあるニャよ」
「店員さんが間違えたんじゃありませんか?」
「そうかもしれニャいニャ!」
納得してしまうアヤカ。
彼女はあまりこまかいことを気にするタイプではないのだ。
「んふ。一杯どうじゃ?」
鍋をつつく由太郎の横に、ファタがそっと腰を下ろした。手には一升瓶。
「おっと。これはありがたい。美人にお酌してもらうと、うまい酒がますますうまくなる」
「んふふふ。口がうまいのう」
「いやいや。おっさんはウソつかないよ?」
そこへ乱入してきたのは、赤い顔をした椿。
「あたいの酒も飲めぇ〜」
すっかり酔っぱらった彼女は着物の肩をはだけ、ゆたかな胸の谷間を大きく露出させていた。
無論、由太郎はそんなことで心を乱されるような若造ではない。谷間ごとき、見慣れている。見慣れているぞ! しかし、それはそれ! これはこれ! せっかく目の前にあるものを見ない道理はない!
「あ〜、こまったな。おっさん、ちょっと心拍数が上がってきたぞ?」
椿の胸がグイグイ腕に押しつけられて、挙動不審になる由太郎。
美女ふたりをはべらせてタダ酒とは、うらやましいにもほどがある。
「さて、そろそろ雑炊に行っちゃいますか?」
真緋呂が提案し、満場一致で可決された。
「締めは、やはりカニ雑炊だろう」と、多門。
「ああ、もちろん雑炊だ」
由太郎はファタと椿に挟まれて、すっかり鼻の下が伸びている。
「……ん。カニカレー雑炊で。しめる」
憐はどこまでもブレない。最初から最後までカレーだ。
そして始まる雑炊パーティー。
カニのダシがたっぷりの雑炊は、祭りの締めとして完璧な絶品だ。
最終的に彼らは雑炊を三回もおかわりし、その間も酒を飲みまくって、最後にはデザートまで綺麗に完食。店側の受けた損害は、カニボロによるものより大きかったという。
「……ああ、おいしいお酒……じゃなくて、おいしいお料理でしたねぇ」
店を出た沙夜は、いつになく上機嫌だった。
「うむ。良い店だった。プライベートでも来てみたいな」
多門も、いささか饒舌になっている。
「でも、店長さん泣いてましたね。なんでだろ」
しれっとした顔で言う真緋呂。
彼女が食べ放題をゴリ押ししたせいなのだが、気付いてないらしい。
ともあれ、カニと酒を腹いっぱい満喫した彼らは、真っ昼間から酒臭いオーラを発しつつ帰宅の途につくのであった。