頭脳が残念な悪魔からの挑戦状に応えるべく、今日ここに八人の撃退士が集まった。
しかし彼らは知らない。どのような天魔と戦うのかということを。
そうして、またしても一人の撃退士が不幸な目に遭うのだった──
「また会ったね! 今回は前回みたいなことはないから、お姉さんのこと頼っちゃっていいよ!」
桜花(
jb0392)は、いきなり静馬源一(
jb2368)に抱きついた。
「桜花殿!? なんと、ひさしぶりでござるな!」
「うん。ひさしぶり。今日はよろしくね?」
などと言いながら、源一の頭を撫でまくる桜花。
じつは彼女、真性のショタコン&ロリコン。かわいい男の子と女の子が大好きな、正統派の変態なのである。
そんな二人に向かって「遊んでないで、さっさと行こうぜ」と言ったのは、Sadik Adnan(
jb4005)
彼女は、どのような依頼でも決してブレることがない。いつでも、淡々と、作業のように依頼を片付ける。
まるで機械のようだが、そうではない。単に彼女は純粋なのだ。
「俺も、早いとこ終わらして夏の祭典用の原稿やらなくちゃなんないんだ」
御門莉音(
jb3648)が、Sadikに同意した。
夏の祭典とは、つまりコミケのことである。ジャンルはBL。しかも彼は男だ。いわゆる腐男子というやつである。くわえて、彼は天使。BLのために堕天したという過去を持つ、残念天使なのだ。
「おっと、すまぬでござる。素早さこそ、我ら忍軍の本領。このような任務、あっというまに片付けてしまうでござるよ」
「うんうん。がんばろうね、静馬」
よだれをたらしながら、源一の頬を撫でる桜花。
いろいろな意味で不安だ。
三十分後、彼らは夕闇せまる河原に立っていた。
挑戦状からの決闘といえば、やはり河原である。
撃退士たちの前に立ちはだかるのは、二十匹のゴキブリ型ディアボロ──通称ゴキボロ。横一列にビシッと整列し、アサルトライフルやロケットランチャーを手にした彼らは、まさに軍隊そのものだ。
「「デュワッ!」」
無駄に美声なバリトンヴォイスで掛け声をあげるゴキボロ軍団。
前回と違って、対象年齢五才ぐらいの魔法少女ステッキとか某ミステリ作家の分厚い文庫本を装備している者はいない。いずれも現代兵器で武装した、超火力部隊だ。
「あ、あれ、あいつらじゃん……! あいつらだよ……! うそぉぉぉ……!?」
さきほどまでの意気込みはどこへやら。桜花は顔面蒼白でガタガタ震えていた。すっかり戦意喪失した彼女は、いまにも逃げだしそうな格好で源一にすがりついている。
じつは彼女、以前にもゴキボロと戦ったことがあり、そのキモさがトラウマになっているのだ。この時点で、完全に戦力外である。
「まさか、この天魔と再び相見えようとは……。よかろうでござる! 何度でも倒してやるでござるぞ!」
源一もゴキブリは苦手だが、任務とあれば臆することなどない。外見は子供だが、勇気は人一倍なのだ。
「あー……うむ、まあ……がんばるかのお」
げんなりしたように呟いたのは、イオ(
jb2517)
あきらかにイヤそうな目で、ゴキボロと視線が合わないよう空を見つめている。
「虫(バグ)か……。少々やっかいだの」
なにもかもわかったような顔で言うのは、橘樹(
jb3833)だ。
ふだんの和装とは打って変わって、黒スーツにサングラスというスタイル。やたらと凝った作りの大型銃(水鉄砲)を手にした彼は、完全にどこかの組織のエージェントだ。いわゆる『黒衣の男』というやつである。この依頼のために映画シリーズ三作を復習してきた彼に、隙はない。
「おー……。これは色々ダメな気がするんだよ……」
苦虫を噛みつぶしたような顔で言うのは、サラ・U(
jb4507)
ブラジル出身の彼女は、日本の真っ黒なゴキブリをあまり見慣れていない。まぁ見慣れていたとしても、二メートルの(しかも直立歩行する)ゴキブリとでは比較対象にならないと思うが。
だが、しかし。
本当にダメなのは歌音テンペスト(
jb5186)だった。
なんと彼女、
『生き物の命をいただくとはどういうことか、正しい食育に真正面から取り組みたい』
などと考えて、ゴキボロを食うというプレイングを強行!
なんというチャレンジスピリット!
……いやいやいや、ちょっと待ってください! それ、エリュシオンの中でも最大級のNGですから!
ディアボロの材料は人間の死体ですからね!? これを食うのは、かなりヤバイですよ!? しかも明らかに確信犯ですよね!? ぜんぶ承知の上でやってますよね!? おまけにプレイングの九割が食事風景だし! なんとMS泣かせな! これはMVP確定だ!(え?)
ともあれ、戦いの火蓋は切られようとしていた。
「自分が囮になるでござる!」と言って飛び出そうとするのは源一。ビビリのくせして、今回やけに強気である。
「よし。介錯してやる。俳句を詠め」
イオが、わけのわからない言葉を返した。
本人は『骨は拾ってやる』という意味で言ったのだが、盛大に勘違いしてしまったのだ。
「ゴキブリを ニンジャが集めて アイエエエ」
ノーベル文学賞級の句を詠んで突撃する源一。
バッタライダーの『強い人』みたいな変身ポーズで光纏した彼は、迷いなく『ニンジャヒーロー』を発動!
「聞けぃ! 天魔ども! 自分は正義の撃退士……静馬源一! 自分の目が黒いうちはこれ以上貴様らの好きにはさせんでござるぞ! 受けるでござる! 48のわんこ技が一つ! 英雄☆ニン」
「あぶないっ!」
ズドォォォォンン!
口上を述べている間に、ロケット弾がぶちこまれた。
身を挺して守ろうとしたサラが、スクールシールドごと吹っ飛ぶ。
無論それで守りきれるはずもなく、源一も一緒に吹っ飛ばされていた。
彼は敵を一箇所に集めるために『ヒーロー』を使ったのだが、飛び道具を持っている相手にはあまり意味がなかった。というか、これっぽっちも意味なかった。
「静馬ぁぁぁ!」
駆け寄った桜花が、人工呼吸を試みようと顔を近付けた。
「ま、待つでござる! 自分は無事でござる!」
「ううん。ダメダメ。いまの静馬は心肺停止状態だよ」
「心肺停止してたらしゃべれないでござるよ!」
「まぁまぁ、いいからいいから。人工呼吸しようよ」
「おことわりするでござるぅぅぅ……!」
必死で口を近付けようとする桜花と、それを両手で押し返す源一。
実力伯仲の勝負だ。
そんな二人を無視して、戦いは始まっていた。
先陣を切ったのは樹。
なんと彼は前もって用意しておいたG型のオモチャを虫かごに詰め込み、人質作戦を敢行!
「おぬしらの仲間は捕らえさせてもらったの。仲間がどうなってもいいのかの?」
などと言いながら、虫かごに水鉄砲をピューピューするという非道な行為を見せつけたのである。なんと狡猾な作戦!
ズドォォォォンン!
当然のように撃ちこまれるロケット弾。
いや……。あの……。まぁそうなりますよね……。
人質作戦って……。
こうしてアッというまに、源一、サラ、樹の三名が脱落。桜花は最初から戦力外。
まともに戦えるのは四人だけとなってしまった。
いくら貧弱なゴキボロ相手とはいえ、かなり不安だ。
「とりあえず、あいつは潰しておいたほうがいいよねー?」
ロケラン装備のゴキボロめがけて、莉音が発砲した。
みごとにロケランの銃口を撃ち抜き、大爆発。
三匹ほどのゴキボロが、まとめて宙に舞う。
「「デュワァァァ……!」」
「ヒャッハー! 汚物は消毒じゃ〜! ……と言えば良かったのかの?」
イオは火陣球を群れの中へブチ込み、景気よく焼却。
その隣では、Sadikがティアマットのゴアを召喚して大暴れさせていた。
「おら行けゴア! ビリッといけ!」
ゴアの放ったサンダーボルトが真一文字に戦場を貫き、ゴキボロ軍団を吹っ飛ばす。
一応『麻痺』の効果もあるのだが、そんなものが適用される前に一撃でくたばるゴキボロたち。あまりに弱すぎる。
そう、彼らは二本足で立つことを選ぶ代わりに、本来ゴキブリが持っているはずの耐久性や敏捷性を捨てなければならなかったのだ。なにもかもが間違ったコンセプトの下に作られてしまったゴキボロ軍団。今回もやはり完敗ロードまっしぐらか?
「ぬぅ……。あの装備でもダメか……」
挑戦状をたたきつけてきた悪魔が、遠くから戦場を見下ろしていた。
見てないでおまえも戦えよと誰もがツッコミたくなるところだが、彼は研究者タイプの悪魔なのだ。
もちろん彼自身がそう思い込んでいるだけで、実際のところ彼に研究は向いてない。
というか、こんなに頭脳が間抜けな研究者は世界にも稀だ。
だが、そのとき!
ついに一匹のゴキボロが真実に気付いた。気付いてしまった。
俺たち六本脚で走ったほうが早くね? ──と。
そして彼は武器を捨て、六本脚モードにモデルチェンジ!
G本来の性能をとりもどしたゴキボロが、すさまじい速度でSadikに迫る!
「ムダでけぇな! つぶれちまえ!」
ディバインランスが突き刺さり、体液を飛び散らせて倒れるゴキボロ。
なんと哀れな結末。素早くなっただけでは、まったく戦力アップにならなかった! だって攻撃手段がないんだもん!
さぁ、ゴキボロ軍団は残り十匹。
ここで戦線に復帰した樹が、バナナの皮をばらまいてゴキボロをスッころばせるという素敵なプレイングを披露した。
もともと二本足で立っている彼らは、ひどくバランスが悪い。立っているだけでも足がプルプルしてしまうほどなのだ。そんなゴキボロがバナナの皮を踏めば、どうなるか。当然、ころぶに決まっている。そして、一般人以下の耐久力しかない彼らが転んで後頭部をぶつければ、どうなるか。当然、死ぬに決まっている
──と言いたいところだが、腐っても彼らは天魔。地面に頭をぶつけたぐらいでは死なない。ちょっと涙目になっているようにも見えるが、気のせいだ。天魔はV兵器やスキル等以外でダメージを受けることはない! だから、画鋲とか踏んでも痛くないぞ! V兵器の画鋲だったら話は別だけどな!
「デュワッ……!?」
しかし、仰向けに転んだゴキボロは脚をバタバタさせていた。
なんと、彼らは一度ころんだら最後、二度と立ち上がれないのだ。
そこへ容赦なく叩きこまれる炸裂符。
「デュワァァァ……!」
「予想外の結果だの……」
ネタのつもりでやったことが、思わぬ戦果をあげてしまった樹。
複雑な表情を浮かべながらも、彼はカッコよくサングラスのふちをクイッと持ち上げるのだった。
そんな激戦のさなか、サラは戦場を舞台に調理開始!
銃弾や魔法の飛び交う中、マイペースにヴァドゴンバレヴェシュを作り上げる。
なじみがないと思うので説明するが、これはハンガリーのキノコ料理だ。
無論サラにもなじみがないので、作りかたはわからない。
ズダダダダダ!
ビシッ! バスッ! ドゴッ!
ゴゴゴゴゴ……!
ブスブスブス……!
チュドォォォン!
まるで戦争だが、すべて調理過程で生じた音である。
やがて完成したのは、名状しがたき謎の物体X!
とても爽やかな笑顔で、サラはそれをゴキボロめがけて放り投げた。
「できたんだよ! これでもくらえー!」
敵を一箇所に集めるための作戦だったが、物体Xを目にしたとたんゴキボロたちは一斉に逃げだした。
おそらく、本能が察知したのだろう。これはヤバイ、と。
無論、天魔である彼らが人間の料理(?)を食ったところでダメージはない。しかし、サラの作り上げた物体Xは、ダメージうんぬんを超越した次元の代物だったのだ。食べることはおろか、近付くことさえ躊躇する危険物なのである。
「なんで集まってこないのー?」と、サラが言った。
そりゃ集まるわけないよ、と他の撃退士たちは無言でうなずくばかり。
「行け! ぶっつぶせ! なぎはらえ!」
策士たちを完全にスルーして、Sadikはティアマットを操りながら自身はランスを手に暴れまわっていた。
「こーいうとき、人はなんて言うんだっけ? 『エガシラ』? 『エンドウ』だっけ?」
莉音も原稿のために早く終わらせようと、まじめに戦っている。
ちなみに彼が言いたかったのは『エンガチョ』である。全国の江頭さんと遠藤さんに謝ってほしい。
「これで終わりじゃ!」
イオの炸裂符が、最後の一匹を木っ端微塵にした。
まともに戦えば、やはりゴキボロなど撃退士の相手ではないのだ。
こうして任務は無事終了。一同解散──とはならない。
歌音のプレイングは、ここから始まるのだ!
「さぁ食育の時間がやってきました。……ディアボロだから食べるのは無理? ううん。あきらめたら、そこで試合は終わりだよ!」
正露丸とタルタルソースを手にして走りだす歌音。
「え……? 本気か……!?」
莉音がポカンと口を開いた。
任務だから参加したとはいえ、本来ゴキブリに触るのもイヤだと思っている彼にとって、『食う』などと考えるだけでも気色悪い。それにそもそも、これはゴキブリではない。あくまでも、G型のディアボロなのだ。
「待て待て。待つのじゃ。いくらなんでも、それはやめておくべきじゃろ」
イオが引き止めた。
「たしかに、そればかりはやめておくべきだの」と、樹も同意する。
「やめろって言われれば言われるほど、やりたくなるよねっ♪」
天性の暴走キャラ、歌音テンペスト。一度やろうと思ったことは最後までやりきらないと気が済まないのである。
周囲の制止を振り切って、歌音はほどよく焼けたゴキボロを選別。
ていねいに殻をむき、脚や触覚を切り落として、腹を割く。
ワタ(内臓)を掻き出して、やわらかい可食部にタルタルソースをかけると、なんだかそれなりに食べられそうな雰囲気に──
──ならないよ!
見た目的にも倫理的にも人道的にもMS的にも、ありとあらゆる観点からアウトですよ!
やめてください、歌音さーん!
「いただきまーす!」
すべてを無視して実食開始のあいさつをする歌音。
「うわあああ! やめるでござるぅぅぅ!」
源一が悲鳴をあげた。
その背中には、桜花がブルブル震えながらしがみついている。
歌音は気にも留めず、箸でつまんだ肉を──
次の瞬間、歌音の口に謎の物体Xが投げ込まれた。
サラが絶妙のピッチングで投げつけたのだ。
「んぼふっ!?」
鼻と耳から白煙を噴き上げて、歌音はバッタリ倒れた。
ある意味、ゴキボロを食うより恐ろしい体験をしてしまった歌音。ヘタすれば重体判定を食らってもおかしくないところだった。
「ナイスでござる、サラ殿」と、源一。
「まったく、危ないところじゃったのう」
イオが苦い顔で呟く。
「ったく、なにやってんだか……」
Sadikは興味なさげに言い捨てた。
「でも、これでよかったのかな……」
地面に倒れたまま耳の穴からブスブスと煙を吐き出す歌音を見下ろして、サラは誰にともなく問いかけるのだった。