この日、12人の命知らずたちが一同に集結した。
だが、参加者の誰ひとり、詳細は知らされてない。
収録現場への移動バスの中、紫北斗(
jb2918)は軍服のような私服に身をつつみ、窓の外を眺めながら薄い笑みを浮かべていた。
銀色の髪に黄金色の瞳。野性的な肉体と知的な風貌をそなえた彼は、100人中99人の女性が認めるであろう美形だ。が──
「ふふ……。ごっつぅたのしみやな。TVに出れば、えらいことモテるかもしれへんでぇ……」
口を開いたとたん株価が暴落する、いわゆる残念系イケメン。それが紫北斗。
ことわっておくが、これでも一応悪魔である。
「今日はたのしみですねー♪」
となりの席から声をかけたのは、みくず(
jb2654)
この二人は何度か任務を共にしたことがあり、友人と言って良いぐらいの仲なのだ。みくずも悪魔であり、話が合う点も少なくない。
だが実はこの二人、彼ら自身も気付いていない秘密を抱えているのである。それは果たして──
「今日は、夜のごはん作らなくて済むかな〜」
バスの中。のんきなことを言っているのは不破十六夜(
jb6122)
たしかに、作らなくて済むかもしれない。死んでしまえば食事など必要ないのだから。
「なぁ、料理得意なのか?」
通路をはさんだシートから、地堂光(
jb4992)が問いかけた。
「うーん。得意っていうほどじゃないですけど……。普通? かな……?」
「そうかー。いいなぁ」
実際のところ十六夜の料理は、壊滅的というか世紀末的というか実際ヤバイ級なのだが、彼女自身の味覚がちょっと異次元なため、まずいものをまずいと認識できないので、『普通』という自己評価をくだしているのだ。
「俺、いつも姉さんの料理食わされてるんだけど、それがもう殺人的でさぁ。今日だって、ただでマトモなメシが食えるから参加しただけなんだぜ?」
「それは、お気の毒ですねぇ……。じゃあ今日は、おなかいっぱい食べましょう!」
「そうだな! 大食いなら負けないぜ?」
「こちらこそ!」
目をキラキラさせる二人。
なにも知らないというのは、不幸でもあるが幸福でもある。真実を知る瞬間までは。
やがてバスは第一ステージの現場に到着。
そこに控えるは、落差100mの大瀑布!
その圧倒的な景観に目を奪われていた撃退士たちは、TVスタッフの一言で唖然となった。
「みなさんには、あの吊り橋の上でそうめんを食べてもらいます」
指差されたのは、滝の真ん中あたりを渡る吊り橋。
「冗談だろ、おい」と、赤井藤次(
jb5249)が言った。
「撃退士だからといって、出来ることと出来んことは御座るぞ……」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)も、さすがに顔を引きつらせている。
「これはひどい話っす……」
ウサギの着ぐるみを身にまといながら、大谷知夏(
ja0041)も呆れたように呟いた。
「撃退士もラクではありませんね……」
楯清十郎(
ja2990)は、どこか諦めたような顔だ。
そんな彼らを無視して、スタッフは「さぁこちらへ!」と妙に元気よく誘導。
そして実際に吊り橋の前に立つと、その迫力はハンパないものだった。
目の前には、轟々と流れ落ちる巨大な滝。
水しぶきが飛び散り、虹がかかっている。
吊り橋の下には、爆発するように水煙を噴き上げる滝壺。
眼下を流れる川は至るところに岩が露出し、転落すればタダでは済まないだろう。
「……生きて帰れるのか、すこし怪しいですね」
東風谷映姫(
jb4067)が、独り言のように呟いた。
まちがいなく怪しいが、『すこし』どころではない。『だいぶ』怪しいと言うべきだ。
「すみませ〜ん、これを考えたディレクターを流して良いですか〜?」
さっきまで『夜のごはん作らなくて済むかな〜』などと言っていた十六夜も、さすがに態度を改めていた。
「こいつは度胸試し、ってやつかい? いいだろう! この俺が、ストリートに渦巻く伊達ワル力の元気玉を魅せてやるぜ!」
やたらとテンションが高いのは、命図泣留男(
jb4611)
彼もまた、北斗と同じく口を開いたとたん残念になる系統の男だ。なにしろ、道端に落ちていた男性向けストリートファッション誌を拾ったことがキッカケで堕天したという過去を持つほどである。堕天使にも色々いるが、これほど残念な理由で天界を捨てた天使も珍しい。
「流しそうめん……なんと……食べ物を……川に、流すと……? 人間は……どうしたことだ、貴重な命の糧を、こんなことに。退化した……のか? まあ、いい……我が、つかんで、食えば、いいのだろう……」
日々死ぬことばかり考えているユーサネイジア(
jb5545)にとって、吊り橋は恐怖でも何でもないようだ。そうめんを捨てることのほうが気になるらしい。ただしくは捨てるわけではないのだが、彼らがキャッチできなければ結果的にそうなる。
「これって、どう考えても大食いは二の次三の次だよな……。まぁ、やるだけやってみるか」
鹿島行幹(
jb2633)は、もう開きなおったようだ。
「……俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
無駄に死亡フラグを立てる藤次。
『!』付きの依頼でその発言は、けっこうシャレにならないぞ。
「では皆さん、特設ステージへどうぞ!」
TVスタッフの言う『特設ステージ』とは、幅30cmほどの板きれで出来た吊り橋なのだった。
そして、12人の撃退士たちが吊り橋に並んだ。
大半の者は、転落防止の策を講じている。
たとえば十六夜は、足の裏を『氷結晶』で凍らせて吊り橋に固着。
ユーサネイジアは命綱がわりにフンドシを結びつけ、藤次は恥も外聞もなく橋をまたぐようにして両脚でガッシリつかんでいる。
とりわけ清十郎は念が入っており、体の左右に双剣を突き立てて固定するという技を披露。たしかに効果的だが、大丈夫なのだろうか。橋が切れないように刺したとはいえ、いやな予感しかしない。
「それでは、大食いバトルスタート!」
ホイッスルが鳴り、滝の上流に控えたスタッフ数名が、いっせいにそうめんを流しはじめた。
急流に乗って、勢いよく流れるそうめん。
こんなにワイルドな流しそうめんは、世界にも類を見ないだろう。
次々と投げ入れられたそうめんが、いよいよ滝を流れ落ちる!
「ほな、いくで〜?」
北斗が、思いっきり橋を揺らした。
「うぉおおおおッ!? 俺の吊り橋ストリートがッ!?」
なんの対策もしてなかった泣留男が、まず転落。
『だれかが落ちたら反則してでも飛行で助ける!』などと考えていた彼だが、まさか自分が真っ先に落ちるハメになるとは!
しかし、『光の翼』でケガは回避!
そしてほぼ同時に、映姫も墜落。
「きゃああああっ!」
どぼーん!
運良く水面に落ち、彼女は軽傷で済んだ。
「いたたた……。いろいろ無理すぎますよ、これ……」
「おいこら! 揺らすな! 落ちるだろ!」
行幹はどうにか揺れを抑えようとしていたが、いちど揺れはじめた吊り橋を抑えるのは不可能だった。
やむなく『光の翼』を使った彼は、レッドカードをもらって一発退場。
その間にも揺れはどんどん大きくなり、全員そろって橋にしがみつくばかり。
もはや、そうめんどころではない。大食いはおろか、だれも一本たりと食えない始末だ。もちろん北斗も食えてない。なにがしたいのかまったくわからないが、残念イケメンなので仕方ない。
そして、ついに悲劇が起きた。
清十郎のしがみついていた双剣の部分から「ビシッ!」という音がした、次の瞬間。
吊り橋は真っ二つに千切れ、全員いっせいに落下!
「「アイエエエエエエ!」」
飛行スキルを持っている者は当然それを使い、持っていない者はどうにか空を飛べないものかと願ったが、あいにく一介のMSにその願いをかなえる権限はなかった。
ドボーーン!
ドボーーン!
ドボーーン!
グシャアアッ!
ドグシャアアアアッ!
何人かが、悲惨な落ちかたをした。
とりわけ悲惨だったのは、ユーサネイジア。死にたがりの彼は『闇の翼』をあえて使用せず、そのまま落下。ふんどしを吊り橋に結びつけていたため、全裸で岩の上に叩きつけられる結果となってしまったのだ。
「キャアアアッ!」
あまりの惨状に、映姫が悲鳴をあげた。
撃退士だから血や死体などは見慣れているが、ふんどしに隠されていたモノのほうは衝撃映像だ。トラウマにならなければいいのだが。
「これはひどいっす! ひどいっすよ!」
負傷者だらけの中、高レベルのアスヴァンである知夏は大忙しだった。
それにしても、参加者がそれぞれ小細工を弄する中、『思いっきり橋を揺らす』の一言だけで全てを無に帰してしまった北斗、おそるべし。MS的には超GJです。
こうして第一ステージは、開始後わずか1分で全員0杯という記録を残して終了したのである。
……うん。まぁとりあえず、重体者が出なかっただけでも良しとしようか。
「さて皆さん、こちらが第二ステージになります」
次に参加者たちが案内されたのは、15m四方の特設ステージだった。
鉄柵で囲われたコンクリート床の中央に、大鍋が吊り下げられている。
ただそれだけの、なんの変哲もないステージだ。
「では皆さん、こちらへ」
スタッフは柵の扉を開けると、ステージ端のガラス張りになった小部屋へ全員を誘導した。
「これは耐火ガラス。強力な断熱性能を持ち、この部屋の安全は保証されています。バトル中の休憩所としてご利用ください」
「休憩所はわかりましたが、これはどういうステージなんですか?」
清十郎が問いかけた。
「すぐにわかります。では私は逃げ……失礼しますね」
いそいそと出ていくTVスタッフ。
「どうせまた、ろくでもねぇことさせる気なんだろうな」
藤次が肩をすくめた。
「さっきのナイアガラそうめんに比べれば、マシではないかと思うで御座る」と、虎綱。
「なんでもいいから、早く食わせてくれねぇかなぁ。さっきのそうめん、一口も食えなかったし」
光のおなかが、グゥッと鳴った。
無理もない。今日は思う存分食いだめしておこうと思い、朝食を抜いてきたのだ。
その直後、ハンドスピーカーを手にしたスタッフが、「注油!」と指示した。
同時に、床一面から透明な液体が滲み出てくる。
もちろん、ガラス張りの小屋の中は乾いたままだ。
次にスタッフが「点火!」と言うや否や、火のついたバトンが投げ込まれ──
ゴオオオッ!
ものすごい音を立てて、床一面が火を噴き上げた。
「もしや、この業火の中で鍋を食べろというので御座るか……」
悟ったような諦め顔で、虎綱が言った。
「俺たちを殺そうとしてるんじゃないのか、あいつら。ていうか撃退士を何だと思ってんだ……?」
行幹が溜め息をつく。
「心頭滅却すれば火もまた涼しいといったところでしょうか……。まあ、心と頭をなくせば死んでしまうから熱さなんて感じないでしょうけど……」
十六夜は呆れ顔で毒づいた。
ちなみに『心頭滅却すれば……』はもともと辞世の句で、詠んだ本人は直後に焼き討ちを受けて焼死している。以上、どうでもいいトリビアでした。
「では鍋が煮えたようなので、第二ステージを開始します! バトルスタート!」
ホイッスルが鳴らされても、さすがに誰も出ていこうとしなかった。
皆おたがいの顔を見て、「おまえが行けよ」「いやおまえが」「いやいやおまえが」みたいな、だれも立候補しないダチョウみたいなことになっている。
なにしろ、凄まじい火力だ。小屋を出た瞬間に火だるまになるとしか思えない。
そんな中、清十郎はお泊りセットのシャンプーを泡立てて、全身に塗っていた。
「なにしてるんだ?」と、行幹が問いかける。
「……一部の消火剤は主成分がシャンプーと同じ、最低でも火達磨は避けられるはずです」
そう言うと、清十郎は勢いよく外へ飛び出していった。
「ぐ……っ!」
想像を絶する熱さと、突き刺すようなガソリンの匂いが清十郎を襲った。
しかし、彼は撃退士。耐えられないほどではない。
『血晶再生』を発動し、猛然と走りだす清十郎。
あっというまに鍋へたどりつくと、煮えたぎっているのは血のように真っ赤なチゲだった。
いかにも辛そうだが、たいしたことはあるまい。
そうタカをくくって、オタマで鉄の椀によそう。
そして豪快に実食!
「グボハァァッ!?」
鼻と口と耳の穴から赤いスープを噴き出して、清十郎は倒れた。
そのまま、這うようにして小屋へ戻ってくる。
「よほど辛かったみてぇだな」と、行幹が言った。
「ちょっと甘く見てしまいました……。あれは殺人兵器です……」
全身から煙を噴き上げる清十郎は、たった一度の突撃で疲労困憊だった。
「ふん……この伊達ワルの輝きで、身も心もとろけちまいな!」
泣留男がライトヒールをかけた。
「ありがとうございます。……しかし僕たちは飽くまでライバル同士。この手の情けは無用です」
「そうかい? だが、俺のボランティア精神はノールール。困ってる者を見過ごせないのが、俺の唯一のバッドステータスなのさ。……そして見るがいい。おまえのブレイブな行動は、皆のハートに火をつけちまったぜ?」
泣留男の言うとおり、撃退士たちは一斉に鍋めがけて突進していた。清十郎のチャレンジを見て、とりあえず即死することはなさそうだと判断したのである。
「そうですか……。こうしてはいられませんね。僕も行かなければ……」
「グッド。俺とプレジャーに勝負しちまうかい?」
「無論です」
そうして、ふたりは火炎地獄へ飛び出していった。
冷静に考えてみると、狂っているとしか思えない光景だ。なんなの、このバトル。
さて、着ぐるみの耐熱効果で、いち早く鍋にたどりついたのは知夏だった。
しかし彼女は、清十郎の惨劇を目撃していたにもかかわらず、たいしたことないだろうと決めつけて殺人激辛鍋をストレートに口の中へ!
「ゲグボッ!?」
そのとたん、錯乱した彼女の手から『コメット』が発動!
標的は、唯一の安全地帯である休憩所だ!
ガシャーン!
ガラスが割れ、休憩所の中はたちまち火の海に!
「「なっ! 何をするだァーーーッ!」」
いっせいに抗議の声が上がった。
もともと知夏は一番乗りした時点で、『一杯食べたら錯乱したフリして休憩所を叩き壊しちゃうっす!』などと考えていたのだが、あまりの辛さで本当に錯乱してしまい、なにも食べてないうちにこの結果を生みだしてしまったのだ。
「えほっ、ぐほっ! す、すまんっす! ごふっ、予期せぬっ、事故っす! ぶほっ、ごぼっ!」
エノキダケを鼻から垂らす知夏の姿を見た撃退士たちは、それ以上なにも言えなかった。
とはいえ、休憩所がなくなったのは文字どおり死活問題だ。
恐ろしい考えが、撃退士たちの脳裏をよぎる。
まさか一時間経過するまでココから出られないのでは──という考えだ。
「おい! スタッフ! スタッフ!」
行幹が呼びかけた。
「なんでしょうか」
「休憩所が壊れちまった! どうすんだよ、これ!」
「皆さん同じ条件なので問題ありません。続行してください」
「はぁ!?」
「そのまま一時間、食べつづけてください」
「ば……っ! 馬鹿言え! 死ぬに決まってんだろ!」
「では柵を越えて脱出してください。反則ですが、命は助かります」
「マジかよ……」
柵の高さは3mほど。撃退士なら越えられないことはない。
しかし、さすがの体育会系思考を持つ行幹といえど、これほどハードなしごきは予想もしてなかった。
「ならば、可能なかぎり食べて脱出するで御座る」
虎綱はフンドシ一丁で走りだし、清十郎と知夏の残した教訓も顧みずに鍋をかっこんだ。
「スんドぅブッ!?」
真っ赤なスープまみれになって、ばたりと倒れる虎綱。
どうして皆、辛さを甘く見るのだろうか。ヤバイ級の辛さだって忠告したのに……。
「か、からっ! からすぎますよ、これ!」
一口なめて、あまりの辛さに涙ぐむ映姫。
「ぐ……漢の勝負とは『グローリー・ノーサイド・ゴング』だ!」
よくわからないことを口走りながら、泣留男は牛乳を手に殺人鍋と格闘している。
「人間の食いものじゃねーぞ、これ……」
そう呟く藤次は最初、このステージを捨てるつもりで参加していた。素早く二杯食べたら早々に離脱して次のステージで本気を出す計画だったのだ。が、一杯食べきることさえ難しそうな辛さに直面し、計画もへったくれもない状況に陥っている。
「激辛鍋……己でも、食えないような、辛さのモノを、わざわざ作るとは……やはり、人間は退化したのか……」
ユーサネイジアは、いちごオレやバナナオレをチゲに混ぜて食べようとしているが、それでも到底この辛さは抑えきれなかった。彼がいくら死を望んでいようと、生物としての本能がこの鍋を拒否しているのだ。食ったら死ぬぞ──と。
燃えさかる紅蓮地獄の中、参加者たちは熱さと辛さに立ち向かいながら、どうにか一杯だけでも食べてやろうと必死だった。
しかしながら、休憩所が潰されてしまったのはあまりに影響が大きく、次から次へと戦場を脱出。ただひとり、日ごろから姉の殺人料理で鍛えられていた光だけが、かろうじて一杯完食することに成功したのだった。
「くそ……っ。たった一杯か。でも、とりあえずトップだ!」
全身黒こげになり、命からがらステージを脱出する光。
そんな彼を、撃退士一同が拍手で迎えた。
実際、あの殺人鍋を一杯でも食べきったことは賞賛に値する。
「やったよ、姉さん。俺は勝ったんだ……!」
生まれて初めて、姉の料理に感謝する光。
しかし脱出は反則なので、彼の食べた一杯はノーカウントとなった。
「ひ、ひどすぎる……」
ぶすぶすと煙を上げながら、光は崩れ落ちた。
おお! なんという波乱の展開!
第二ステージを終えて、全員が横並び!
というか、全員がゼロ!
あんなの大食い大会じゃない、と言い残した前回優勝者の言葉どおりだ!
休憩所が壊されなければ、もうちょっとマシなバトルになったんですけどね!
知夏ちゃんGJ!
さて、大食いバトルはついに最終ステージに。
わりと普通な感じの回転寿司っぽい店に案内された参加者たちは、すくなくとも滝に落ちたりバーベキューにされたりする心配はなさそうだと胸を撫で下ろしていた。
だがもちろん、この大会は甘くない。
むしろ、この第三ステージこそ真の地獄なのだ。
「えー、皆さん。ここは一見ふつうの回転寿司。でも我々スタッフは考えました。お寿司が回る代わりに、お客さんのほうが回ってもいいよね? と」
いいよね、じゃねーよ。という白い目を向ける撃退士たち。
「そこで今回は、イスにベルトコンベアを設置! だれかが一皿食べるごとに、回転速度が1キロずつ上がる仕掛けになっております! さぁみなさん、お好きな席へどうぞ!」
だれかが落ちたとき巻きこまれたくないという心理から、自然とバラバラの席に陣取る参加者たち。
そんな中、藤次は自らをロープでイスに縛りつけていた。
振り落とされないようにという作戦だが、自分で降りることもできないぞ。大丈夫か?
一方、知夏はこのステージを自ら棄権。
そもそも彼女の目的は大食い大会そのものではなく、着ぐるみのイメージアップをはかることなのだ。こんな明らかに危険なアトラクション、参加する理由がない。
「さぁ、第二回サバイバル大食い大会も、いよいよ最終ステージ。開始まで秒読み段階っす。これまでの激闘を振り返ると、この戦いも混沌必至! 栄冠は誰の手に!?」
ウサギの着ぐるみをアピールするように、カメラの前でピョンピョン跳びはねながら実況する知夏。第二ステージをぶち壊しにしたことなど、カケラも覚えてないような笑顔だ。
「……なんというか、ベタすぎですね」
イスに座りながら、またしても毒を吐く十六夜。
初めて参加した依頼がこんなアホなものだったということが、耐えられないのかもしれない。
「ここまで来た以上、女子供でも容赦はしまへんで〜」
と、北斗が笑顔で言った。
特定の誰かに向けて発された言葉ではないのだが、それをみくずが聞きとがめた。
「む……っ。女子供として、負けませんよっ?」
「えー? そない睨まんでもええやろ。……ま、泣いても笑ってもコレでしまいや。よろしゅーな」
「では第三ステージをはじめます! バトルスタート!」
スタッフの号令で、イスは時速10キロから回りはじめた。
「振り落とされないように頑張りましょう……」
のんきなことを言いながら、流れてきた……ではなく『流れていった』映姫は、手始めにヒラメを選択。
「あら、意外とおいしい。……そういえば、ちゃんとしたお食事をするのって10時間ぶりぐらいでしたね」
そんなことを言ってる間に、イスはぐんぐん加速していく。
先手必勝とばかりにみくずが食いまくり、行幹や光も恐ろしいハイペースで食っているのだ。レーンから一皿減るたびに回転速度が1キロ上がる、この回転寿司。開始1分たらずで、速度は時速50キロ以上に。
だが、ひとりも降りようとはしない。
この程度なら、たとえ落ちてもライトヒールぐらいで済むとわかっているのだ。一般人だって、大ケガはしても死にはしないだろう。
ちなみに寿司の乗ったレーンも、ちゃんとキャッチできるように時速40キロで回っている。客と皿の相対速度は常に時速10キロのままだ。
そのままイスの回転速度は、60、70、80……
これぐらいの速度になってくると、さすがに撃退士でも『ヒールでラクラク回復』という感じではない。だが、この程度ではまだまだ余裕だ。
しかし、さすがに時速が100キロを超えると、不安な空気が流れはじめた。
日々危険な任務に明け暮れる撃退士は様々な危機的状況に遭遇するが、『時速100キロで回転するイスから投げ出される』という経験をした者は滅多にいない。というか、たぶん一人もいない。だから、どこらへんがヤバい境界線なのか、だれにもわからないのだ。(MSにだってわからない!)
おそらく、だれか一人でも降りれば次々と降りることだろう。しかし、『だれも降りないんだからまだ大丈夫だ。撃退士だし!』という思い込みを全員が共有してしまったことで、ひとりも脱落しないままイスの速度は際限なく上昇。開始3分後には、時速170キロに。
「こっ、これは……そろそろヤバくねぇか!?」
ロープで自らを縛りつけた藤次は、冷や汗を流していた。
もともとは時速100キロの時点で降りる予定だったのだが、だれも降りないのでやむなく延長したのだ。このステージでは全力を出すつもりでいたため、負けるわけにはいかない。
「す、すごく早いですね〜。こ、これは早々にリタイアしたほうが得策ね!」
そう言いながらも、『優勝をめざす』映姫は自らリタイアすることはない。ただ、できれば他の人にリタイアしてほしいなぁと思っているだけだ。
「ああ、死にたい……。皆、我と一緒に……死んでくれ……」
ほかの参加者の手が止まりがちな中、ユーサネイジアは全く変わることのないペースで寿司を食っていた。彼はイスの速度が何キロになろうと、降りる気はない。降りるときは死ぬときだ。
「これは……チキンレースですわ……」
虎綱もイヤな汗を流しながら、しかし手を止めることなく寿司を食っていた。
この速度で投げ飛ばされれば無事で済まないことはわかっているが、ここまで来ては後に引けない。なにしろ、まだ誰も降りてないのだ。もはやプライドの問題である。それに、いざとなれば『空蝉』でダメージをゼロにすればいい。そう考えている。──だが、このダメージを空蝉で回避できるのか? 通常の攻撃を食らうわけではないんだぞ? スクールジャケット一枚で、なかったことにできるのか!?
やがて、だれも降りないまま時速は333キロを超えた。新幹線のぞみを凌駕する速度である。
この速度で投げ飛ばされた撃退士がどうなるか、もはや想像するのも難しい。
言うまでもないと思うが、一般人が時速333キロで投げ飛ばされたら大体死ぬ。
ちなみに、このイスを乗せたコンベアは設計上音速を超えることも可能なので、現状のままバトルが進行すると大惨事を招くことになる。
その大惨事を招こうと、ひょいひょい皿を取っていくユーサネイジア。
死を恐れない北斗と、食べることしか考えてない光も、マイペースで食いまくる。
依然として速度は上がりつづける状況だ。
「これはもう、無事では済みませんね……」
そう呟きながらも、清十郎はクールな表情で淡々と寿司を食っていた。もはや病院送りは覚悟済みである。
そのまま速度は上がりつづけ、400キロを突破。
だれか降りてくれよ、と多くの参加者が思っている。
しかし、もう手遅れだ。この速度で、一体どうやって降りるのか。
生き残るには、最後の一人になってイスを止めるしかない。
「みんな、がんばれっす〜!」
棄権して良かったなぁという顔で応援する知夏。
いよいよ時速は500キロに。
「なんで、だれも降りないの〜!?」
そう言いながら、十六夜は大トロやウニなどの高いネタばかり食っていた。
「どうやって降りろってんだよ!」
行幹がヤケクソ気味に怒鳴りながら、シメサバを口に入れる。
「ここで死ぬために、俺は生まれてきたのかもしれない……」
泣留男もまた、ひらきなおって玉子を食べていた。
「こうなってしまっては、もうどうにもなりませんね……」
映姫は泣きそうな顔になりながら、カッパ巻きの皿を取っていた。
そして誰も降りないまま、イスは時速777キロに到達。
なんと縁起のいい数字!
「いま降りれば、運良く助かるかもしれませんね……!」
まったく根拠のないことを言って、だれか降りないかなぁと様子をうかがう映姫。
だが無論、だれも降りやしない。
というか、降りたら死ぬ。
「こうなったら、音速の壁を超えるっすよ!」
他人事だと思って無茶なことを言う知夏。
だがこのまま行けば、本当にマッハを超えてしまう。
速度は順調に上がりつづけ、1000キロを突破。
1100、1200……
そして音速に達した瞬間。
全員の体からソニックブームが発生し、藤次以外ひとり残らずイスから投げ飛ばされていた。
さて、各自どういう対応をとっただろうか?
清十郎は、盾をソリがわりにして床を滑走。
ナイスアイディア!
そのまま壁に激突し、彼は重体となった。
虎綱は予定どおり空蝉を発動!
完璧だ! 空蝉使えばダメージゼロだもんな!
そして彼は慣性の法則に従ってスクールジャケットもろとも壁に激突。めでたく重体判定を食らうことに。
行幹は『光の翼』を使って減速を試みた。
悪くない策だ! でも現在の速度はマッハ1!
ちょっとだけ速度を落とすことに成功した彼は、脳天から壁に激突して重体となった。
光は『シールド』を使用しつつ受身をとるという策を披露。
このような形で受け防御を使うとは、斬新だ!
完璧な受け防御の姿勢を取った光は真正面から壁に激突し、みごと重体。
ユーサネイジアは、もちろん何の対策も講じない。
そもそも、死ぬために参加しているのだ。
彼は喜んで壁に激突し、希望どおり重体に。
残る三名、映姫、泣留男、十六夜たちは無策で壁に激突して、当然のごとく重体。
そんな酸鼻を極める光景の中、ひとつのドラマが!
なんと、みくずが投げ飛ばさされた瞬間、北斗が身を挺して抱きかかえたのだ!
おかげでみくずは重体を回避!
無論、北斗は重体だ。
彼はいま、うすれる意識の中で川の岸辺にいた。
川の向こうには、一面の花畑。
渡ったら死ぬパターンの、サンズリバーめいた何かだ。
「うわあ……綺麗な花畑どすぅ……。摘んで憧れの君に贈……」
そのとき、うしろから呼び止める声が。
振り返れば、なにか見覚えのある狐っ子。
そして北斗は不意に思い出した。
なんということだろう。あれは……あの狐っ子は……!
「みくず……おまえ、俺の妹やないかー!?」
「えええええっ!?」
驚くみくず。
彼女には、何年か前に別れたきりの兄がいたのだ。
それが、まさか目の前の残念イケメンだったとは……。一体なぜ、こんなことに。
「お兄ちゃん!? お兄ちゃんなんだね!? やっと会えたよ!」
涙まじりに北斗を抱きしめるみくず。
「あ、あかん。死んでまう。もっと優しゅうしたってや……」
そうして北斗はガックリと意識を失った。
予想外のドラマに皆も涙を……と言いたいところだが、意識を保っているのは知夏とみくずだけだった。藤次は投げ飛ばされはしなかったものの、イスの上でぐったり放心状態。マグロをくわえたまま、意識を失っていた。
「えー、衝撃的な結末を迎えてしまった最終ステージですが……」
いろいろと予想外すぎる流れに、さすがのTVスタッフたちも戸惑い気味だ。
「と、ともかく皿を集計しましょう!」
壁にめりこんだ撃退士たちをよそに、淡々と皿を数えるスタッフ一同。
なんだかもう、色々ひどい。
「では、結果を発表します! 第二回サバイバル大食い大会……優勝者は!」
数秒の溜めを置いて告げられた名前は──
「230皿をたいらげた、みくずさん! おめでとうございます!」
「ええっ! あたし!?」
なんと、生き別れの兄を見つけた上に優勝まで持っていくとは!
「やったっすね! おめでとうっす!」
あいにく、祝福してくれる者は一人しかいなかった。
それでも、みくずにとって今日は最高の一日となったのであった。