ゴキブリ。
その存在は日本人の誰もが知り、嫌悪している。一目見た瞬間に絶叫して逃げだす者も少なくない。かと思えば逆に、丸めた新聞紙をひっさげて親の仇のごとく殴りかかる者もいる。
どちらにせよ、これほどまでに人から嫌われている生物も珍しい。『蛇蝎のごとく忌み嫌われる』などという言葉もあるが、ヘビやサソリでさえゴキブリほどには嫌われてないだろう。たいした害のないわりには、かなりのコストパフォーマンス(?)である。
さて、あるところに一人のデビルがいた。彼は人間界について深く学び、やがて究極の答えにたどりついてしまった。──そう。ゴキブリを利用すれば人間界をたやすく支配できるのではないかと!
まさに悪魔の計画。
そうして生み出されたのが、彼ら三十匹のゴキブリ兵たちだった。
「「「デュワッッ!!」」」
訓練された兵隊のように整然と並ぶゴキブリ型ディアボロ!
そんな最凶の敵に立ち向かう、勇敢な(または金に釣られた)撃退士たちは以下の八名。
◆鴉乃宮歌音(
ja0427)
女装の似合うクールなインフィルトレイター!
今回は汚れるのがイヤなので清掃員みたいな水色ツナギで登場だ! 残念!
◆ラグナ・グラウシード(
ja3538)
だれが呼んだか、その二つ名は『非モテ騎士』!
ゴキブリは大嫌いだが金に釣られて参戦! 報酬はすべて飲み代だ! 肝臓大丈夫か!
◆礼野智美(
ja3600)
凛々しき男装姿の洗濯板! 女装だの男装だの撃退士も色々だぜ!
ゴキブリは足で踏みつぶすという剛胆ぶりはみごと! でも今回の相手はちょっとデカいぞ!
◆氷雨静(
ja4221)
二重人格のダアト! 汚れることも厭わずメイド服で参戦! MSも大喜びだ!
ゴキブリは全然平気だが、恋人の樹が不安だぞ!
◆龍仙樹(
jb0212)
静の恋人! すなわちリア充! ラグナからビシビシと憎悪の視線を感じる!
なんと今回は重体の身で参加だ! はたして三十匹のゴキブリ軍団相手に生きて帰ることができるのか!?
◆メレク(
jb2528)
黒髪天使のルインズブレイド! 推定ピーカップ! Pじゃないぞ!
人類にとって恐るべきゴキブリも、天使にとってはどうってことない!
◆ミリオール=アステローザ(
jb2746)
天界から逃れてきた八歳児の天使! ロリコンのMS大歓喜!
天使はゴキブリを恐れない? しかし足が震えているように見えるぞ! 大丈夫か!?
◆蒼刃鉄鎚(
jb4560)
こちらも天使のルインズブレイド! やけに天使が多いのは天界でゴキブリ狩りでも流行っているのか?
ゴキブリは全然平気だと宣言! しかし今回のゴキブリは少々勝手が違うぞ!
「……なんか、思ってたのと違うんだが」
ゴーストタウンの一角。前方でビシッと整列した三十匹のゴキブリを目にして、洗濯板智美が呟いた。
「たしかに……。私もゴキブリ型のディアボロ退治と聞いたので、なんというか、こう……とにかくこれは違います……」
こめかみに指をあてながら、感想にならない感想を口にするメレク。
そのあとを引き継ぐように、ミリオールが大声を張り上げた。
「まったく、信じられませんワ! 悪魔さんの感性を疑うのですワ!」
憤るのも無理もない。いったい誰が予想できただろう。体長二メートルのゴキブリ三十匹が横一列に並び、撃退士たちを出迎えるなどと。しかも信じがたいのは、『後ろ足で立っている』という衝撃的な事実!
「わたくし、事前に調べてきたんですの。でも、あれは図鑑に載っていたものとずいぶん違いますわ。あの虫は二本足で立つものなんですの?」
問いかける鉄鎚も、いささか困惑気味だ。
彼女だけではない。だれもが自分の目を疑っていた。直立歩行するゴキブリを見たことのある者など、ひとりもいない。ゴキブリは六本足でカサカサ這いまわるものだと、完全に信じきっていたのだ。
だが、それこそ落とし穴! ゴキブリは二足歩行しないなどという決めつけなど、先入観による偏見にほかならない! 目の前の光景はまぎれもない現実なのだ! っていうか、こいつら天魔だし!
「私は帰らせてもらってもいいだろうか……」
弱々しい声で言いながら、じりじりと後ろへさがるラグナ。
その腕を、歌音がグイッとつかむ。
「たしかに予想外の展開だが、仕事は仕事だ。やることは何も変わらない。掃除するだけだ」
歌音は既に煌纏し、左手に阻霊符をにぎっていた。
次の瞬間。歌音の右腕が残像を残して消え──西部劇のガンマンを思わせるクイックドローからの一撃が空気を震わせた。
ガンンッ!
銃声。
中央あたりに立っていたゴキブリの一匹が、バタッと倒れた。みごとに眉間が撃ち抜かれている。(ゴキブリの眉間ってどこだろう)
そして、それが戦いの始まりを告げる号砲となった。
バサバサバサッ、と羽を広げて一斉に飛び立つゴキブリ軍団!
煌纏し、阻霊陣を展開して迎え撃つ撃退士!
逃げだそうとしてつかまるラグナ!
「ぐ、ぐぬぬ……。こうなればやむをえん。かかってくるがいい、下等生物ども! 我が名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード! 誇り高きディバインナイトの名に賭けて、貴様らを討つ!」
シャキーンという効果音とともに抜き放たれたのは、殺虫剤のスプレーと食器用洗剤! もちろん魔具ではない! 相手は天魔だぞ、大丈夫か!?
「「「デュワァッッ!!」」」
ここぞとばかりにラグナめがけて急降下してくる、ゴキブリ二十九匹!!
「ぬぁぁぁっ!? なぜだぁぁぁっ!」
それはまぁ相手の立場で考えれば、物騒な魔具を持った撃退士より、洗剤とか持ってるやつを狙うに決まっている。集中的に。
「ええい! 神の怒りを受けるがいい!」
やみくもに噴射される殺虫スプレー&食器用洗剤。
「キャアッ!」
ミリオールと鉄鎚が犠牲になり、ゴホゴホ咳きこんだ。なんというパーティーアタック。
その隣では樹が頭から洗剤を浴びて、深刻な(私は食器か? 的な)ダメージを受けていた。ひどい話である。ただでさえ重体なのに!
「樹様!」
メイド服(重要)で駆け寄る静。そのまま、スイッチが切り替わるようにマジ狩るモードへ突入。はい、確変入りましたー。
「樹様に手を出すなんて……。この虫ケラども……」
静の全身から立ちのぼる殺気(オーラ)を見て、ビクッと動きを止めるゴキブリ軍団。とんだ濡れ衣である。彼らに罪はない。
「「「デュ、デュワッ(冤罪だ)!」」」
空中で抗議するゴキブリたち。
だがあいにく、ゴキ語を理解できる者はいなかった。
「「「デュワッ、デュワワッ(通訳はいないのか)!」」」
「うるさい、このゴミ……。消えろ……!」
静の右腕が水平に動き、その軌跡が炎の輝きを帯びた。
すぅ、と息を吸いこむ音。そして、彼女の名前どおり静かな声音で呪文が詠み上げられる。
「汝、朱なる者。其は滅びをもたらせし力。我が敵は汝が敵なり……」
沸騰するように湧き上がるアウルが、恐ろしい勢いで上空に凝り固まっていった。それはたちまち巨大な火球を形成し、散乱する光と熱で周囲の光景を砂漠のように染め変え──
「バーミリオンフレアレイン!」
爆音とともに火球が炸裂し、大気を焦がす猛火の雨が轟然と降りそそいだ。
火だるまになって地面を転げまわる、あわれなゴキブリたち。
「「「デュワァァァ……」」」
「ゴミ虫ども……。樹様に触れようなど3億5920万年早いのよ……」
文字どおり虫ケラを見るような静の双眸は、行使した魔法と裏腹に冷たく醒めきっていた。
そんな彼女を前にして、樹はひどく悲しげな表情だ。
「嗚呼。人前でこの人格に……。心配をかけすぎてしまいましたか……」
そもそもの原因はラグナだったのだが、もはやそんなことは誰も気にしてなかった。というより、ラグナ本人が一番気にしてなかった。
「いまので五匹ぐらい片付いたんじゃないか?」と、洗濯板智美。
「一、二、三……」と、ミリオールがかわいらしい声で数えだす。
転がっている死体は六。そして残り二十四匹となったゴキブリは、撃退士たちを取り囲むように輪を作っていた。兵隊のように。直立不動で。
おそらく、彼らは六本足で走ったほうが遙かに速い。しかしこの軍団を作った悪魔は頭がアレだったので、こんな仕様にしてしまったのだ。なんてあわれなゴキブリたち!
「もしかしてこいつら、見た目がキモいだけで本当は滅茶苦茶弱いんじゃないか……? よく見てみろ、足がプルプルしてるぞ」
かわいそうな事実に気付いてしまう洗濯板。
「見た目がキモいだけで、私には十分脅威だ!」
えらそうに断言するラグナは、まだ殺虫剤と洗剤をかまえている。剣を抜く気はないらしい。動揺しすぎて忘れているのか。
「……どうやら思った以上に簡単な仕事だったようだな」
無感動な口調で言いながら、歌音がアサルトライフルを掃射した。
タタタタッ、という軽快な発射音とともに、次々倒れてゆくゴキブリたち。あまりにも一方的な殺戮だ。
「「「デュワッ! デュワッ!」」」
「なんだ? 飛び道具は卑怯だとでも言いたいのか? だったら近付いてくればいい」
挑発に乗せられたのか、あるいは主の命令で逃亡が許されないのか。ともかくゴキブリたちはまっすぐに突進してきた。その間にも、一匹また一匹と銃弾の前に散ってゆくゴキ。なんだかちょっとかわいそうになってきた。
「かなにも少しはお仕事させてほしいんですの!」
それまでおとなしかった鉄鎚が、しびれを切らしたように前へ出てきた。歌音の横に立つや、いきなりアサルトライフルを乱射しはじめる。ようやくエンジンがかかったようだ。
猛然と火を噴く二挺のライフルを前に、二倍の速度で殲滅されてゆくゴキ軍団たち! おお、もはや彼らに打つ手はないのか!?
「「「デュワッ!!」」」
だが、ゴキブリたちも無能ではなかった。近付けなければ近付く工夫をすれば良いのだ。
そのことに気付いた三匹のゴキブリたちが、縦一列になって走りだした。先頭の者が攻撃を引きつけ、後ろの二匹が攻撃を加えようという起死回生の策だ。これぞ、ジェットストリーム・Gアタック!
そんな知略あふれる黒い三連星は、わりとあっさり蜂の巣にされて死んだ。なんと無惨な! 残り十三匹!
そのあたりでようやく二本足で走る愚かさに気付いたのか、ゴキたちはバッと空に舞い上がった。最初からそうしろよ。
しかし、空中もまた彼らの占有空間ではなかった。
なんとなれば、撃退士の中に三人もの天使が含まれていたからである。さぁ、満を持して天使チームのターン!
天使たちはそれぞれの翼を広げて、きらめきをまといながら空を駆け上がり、完璧な迎撃態勢をととのえた。三人もの天使がいれば、空中戦といえども死角はない。
それでも、ひるむことなく飛び込んでゆく決死のゴキ軍団。その表情は悲壮感あふれている。(ラスト36ライみたいなシーンをご想像ください)
主の命令に忠実たらんと玉砕精神で突撃するゴキ!
迎え撃つのは、美しくも無慈悲なエンジェル三人組!
「見敵必殺、でしたね」
ぼそりと呟いたメレクの手から不可視の糸が走り、ギリギリと敵を絡め取る。
「「「デュワァァ……!」」」
「害虫風情に遅れをとるかなではありませんの!」
鉄鎚はメタリックな翼をひるがえしてゴキブリたちの間を縫うように飛び、手当たり次第にルーンブレイドで斬り伏せてゆく。
「「「デュデュワァァ……!」」」
「あはは。皆、燃えてしまえばいいのですワ……!」
狂ったように放たれるミリオールの火球もまた、次から次へとゴキブリたちを仕留めていった。
「「「デュデュデュワァァ……♪」」」
天使三人の連携は、まさに以心伝心。翼を持たない人間には理解できない阿吽の呼吸で、効率的に敵を葬り去ってゆく。醜悪きわまるディアボロを容赦なく殲滅するそのさまは、かつての人類が夢想した天使のおこないそのものだ。
そうして地上に落ちてきたゴキのうち、まだ息があるものを、洗濯板が大鎌で介錯してまわった。
「新聞紙丸めたV兵器がほしいな……」
その呟きは、わりと切実だった。この任務終わったら大鎌どうしようというのが、目下のところ洗濯板のかかえる最大の課題だ。
そして、あっというまにゴキブリは最後の一匹に。
だがしかし、さすがに最後まで生き残ったゴキはただものではなかった。じつはこれこそ全てを計画した悪魔の化けたものであり、その正体は冥界の王ハデスの側近として知られる──などという設定はカケラもなく、あっさりミリオールの火球に焼かれて終わった。
デュワ(略)
任務終了。
「それにしても、これを作った悪魔は何を考えていたんでしょうか」
ジェンガみたいに積み上げたゴキの山を火炎放射器で焼却しながら、メレクは生真面目な口調で問いかけた。
「単なるいやがらせとしか思えませんワ! ああ、いまだに信じがたい。信じがたいのですワ……!」
ミリオールは両腕で肩を抱きながら、全身を震わせている。じつはかなりのゴキブリ嫌いだったのだ。けなげに頑張った八歳児にMVPをあげたい!
「あぁ……、実際おそろしい敵だったが、みんな無事でなによりだ」
「ラグナ、今回おまえは何もしてないだろうが」
「し、失敬な! 私はこの剣で果敢に……」
歌音に指摘されて、あわてるラグナ。彼の剣は今回の任務中一度も抜かれていない。
そして、まったく戦っていないという点では、樹も同様だった。もともと重体で参加したせいもあるが、なにより味方が強すぎたのだ。しかし彼にとって任務の正否や内容は二の次。出番がなかったことにも不満はない。彼にとって重要なのは、静の身だ。彼女が無事でさえあれば、それでいい。
「樹様……」
本来のおとなしい性格にもどった静はいま樹の腕に抱かれて、ぎゅっと抱きついている。仲睦まじい二人の姿は、だれの目にも相思相愛のベストカップル。まるで、二人だけが暖かい春の陽気に包まれているようだ。
ラグナは「ぐぬぬ……」などとうめきながら、いまにも『リア充瞬殺剣』を解放せんと言わんばかりの顔をしていた。だが任務中一度も抜かなかった剣をこんな場面で抜くのはさすがにどうかと思い、自重する。彼は(自称)紳士なのだ。遠慮なく殺っちまえという毒電波っぽいものもあちこちから聞こえるが、ラグナの魂はまだそこまで汚れきってはいない。たぶん。おそらく。きっと。
処分されてゆく黒色の山。
それを眺めながら、八人の撃退士たちは当分ゴキブリは見たくないなと思っていた。
そんな彼らを遠くから見つめる悪魔がひとり。
ふむふむとうなずきながら、こんなことをつぶやいている。
「なかなかやるな、人間ども。……だが、我が計画はまだ終わったわけではない。次こそ完全なるゴキボロ兵団を作り上げ、報復してみせようではないか。くっくっくっく……」