「……ここは化け物水族館か?」
眼前の光景に、ウェンディスは呆然と呟いた。
そこにいるのは、巨大蟹、巨大鮪、巨大蛸、巨大鰻、巨大ダツ……etc
「うぅん……考えることは、みなさん同じでしたねぇ……」
苦笑いするのは月乃宮恋音(
jb1221)
彼女が用意したのは10mの黒鮪だ。しかも生きている。
「期せずして海産物祭り開催ですが、優勝めざして頑張りますよ!」
袋井雅人(
jb1469)が持ち込んだのは、巨大なタイやヒラメ。
ここは化け物竜宮城か。
「本当なら生きた牛を拘束して、死なないようにヒールしながら切り分けるという牛の活け造りをしたかったのですが……牛肉の生食は色々と制約がうるさいので変更しました」
なにか怖いことを言い放つ雫(
ja1894)だが、用意したのは無難に(?)巨大タラバガニ。
これまた生きてるので、もはや怪獣映画の様相である。
「なんか食材がかぶっちゃったけど……普通の食材だと派手にならないし、これなら派手な調理になるよね? ……私が無事かどうかが一番の問題な気もするけど、ここで今までのマイナスをプラスに持ち直すよっ!
無謀なことを言うのは、彩咲・陽花(
jb1871)
彼女は過去2回のKCBに参加して、どちらも最下位という成績をおさめている。合計点は脅威のマイナス6! 優勝どころかプラスにするのも難しい!
「でもまぁ料理まで同じ人はいないだろうし……とりあえず調理開始♪」
ノヴェラが銅鑼を鳴らし、勝負が始まった。
海の幸が目立つ会場だが、無論ほかの食材を選んだ者もいる。
唐突に参加した期待の新星・何静花(
jb4794)が用意したのは普通の鶏だ。
巨大鶏ではない。アウルによる品種改良などもしてない、いたって通常の鶏である。
料理は『辣子鶏』
出身地である雲南省あたりでよく食べられている、四川料理だ。
味付けは麻辣。特別な演出もなく、淡々と作っている。完全に普通の辣子鶏だが、なにかサプライズがあるのか。
同様に鶏をさばいているのは、水無月沙羅(
ja0670)
静花と同じく、普通の鶏を普通に処理する。
その鶏を丸のまま使い、腹に香草と米を詰めたら蓮の葉で包み、粘土で密封。
オーブンに入れたら、アウルの力で限界突破グリル!
プラズマめいた何かがバチバチいってるが、気にせず次の料理へ。
2品目はブイヤベースだ。
通常サイズの魚介類と野菜を並べたら、大太刀で鬼神一閃!
バラバラになったところへ時雨をブチこみ、細胞レベルまで粉砕!
ミキサーにかけたかのようなドロドロの液状になるので、これをポタージュに。
具材に使う魚介は通常どおりカットして、アクを取りながら澄んだスープに仕上げる。
撃退士としての演出は今ひとつだが、料理の腕前はさすがだ。
このままでは鶏肉と海鮮だけになってしまうのでは……という懸念の中、染井桜花(
ja4386)はデザートを作っていた。
用意したのは、アウルの力で栽培した各種フルーツ。
さらにアウルを籠めた砂糖と水を使って、まずは水飴を作る。ただし普通には作らない。
「……さあ、踊ろうか」
ダンスとスピンブレイドを併用しつつ、高速回転で水飴に空気を含ませるように練り上げる。
これをゴブレット状に形成し、ある程度固まったところで模様を彫り込んで行く。
続いて、冷凍フルーツをスマッシュ!
ペースト状にして水飴と練りあわせ、宝石や薔薇の装飾に加工する。
飴のゴブレットに飾りつけたら、器の完成。
それからようやく本命に取りかかる。
作るのは、ドラゴンフルーツのババロアだ。
レシピは通常どおり。撃退士らしく(?)V冷蔵庫を使うが、味に変化はない。
なんにせよ、ただ一人デザートを選んだという点では有利か?
一方、海鮮料理組は巨大生物相手に壮絶な闘いを繰り広げていた。
巨大タラバと格闘しているのは雫。
ダークハンドで拘束してからの闘気解放韋駄天斬りで、鋏や脚を滅多斬りにする。
さらに切断した脚にヒールをかけて再生させ、ふたたび切り落とすという残忍な調理風景だ。
蟹だから良いが、同じことを牛でやったらグロ映像すぎる。
最終的には素手で甲羅をひっぺがし、大量の蟹味噌と撃退酒を混ぜ合わせて『アート爆発』!
酒を熱燗にする狙いだが、はたして上手くできるのか?
かたや召喚獣で巨大蛸と戦ってるのは、陽花。
多重召喚で二体の獣を使役し、自分も薙刀を振るってタコをさばく。
「フェンリル、ヒリュウ、がんばって解体しちゃうんだよ!」
キリッと命令する陽花だが、召喚獣の動きが芳しくない。
まぁタコをさばくために生まれてきたわけじゃないからね、召喚獣って。
などと言ってるそばから、タコの触手が陽花に絡みつく。
「もう、どこに絡みついてるの!? 食材なんだから暴れないで素直に解体されるんだよー!」
この破廉恥パフォーマンスに、ノヴェラは無言で点数をつけるのであった。
そんな騒ぎの中、恋音は淡々と巨大鮪を処理していた。
手にしているのは包丁ではなく、エネルギーセイバーΣ。
実体のない魔法剣を使うことで、刃物の金属臭を食材に移さないのが狙いだ。
部位ごとに切り分けたら、審査員ふたりに訊ねる。
「えとぉ……これから各部位ごとに、調理しますけれどぉ……ご希望の厚さなどは、ありますかぁ……?」
「それは月乃宮君のセンスにまかせるよ」
「同じく。おまえの考えた最高の調理をすればいい」
ノヴェラもウェンディスも人任せだ。
「そうですかぁ……わかりましたぁ……全力をつくしますぅ……」
恋音は秘伝のノートを開いた。
そこにはアウルを用いたオリジナルの調理技法が記されており、うまく再現できれば至高の美味が生み出せるのだ。
各人それぞれ調理パフォーマンスを披露する中、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はパフォーマンスを放棄して独自の演出に走っていた。
用意したのはパソコンとモニター。その画面に青い海が映し出される。
海原を疾るのは小さな漁船。船首にはシルクハットにタキシードのエイルズが立ち、鋭い目で前方を見据えている。
やがて、おもむろにダイヤを召喚。海中へ潜らせた。
しばしの沈黙。
数分後、ダイヤが海面から飛び出した。
それを追いかけて現れたのは、巨大なダツ。海産物天魔シリーズの中でも凶悪な部類だ。
エイルズに襲いかかるダツ型ディアボロ。
間一髪でこれをかわし、エイルズは漁船から飛び降りて水上歩行で海面を走る。
めざすは砂浜だ。
が、敵は一匹だけではなかった。
サメのごとく尾ビレで海面を切り裂きつつ、数匹のダツがエイルズを追う。
次々跳びかかってくるダツを、エイルズは持ち前の回避力でヒラヒラかわす。
しかし敵の数は増える一方だ。
じきにエイルズの足が鈍り、よろけてバランスを崩した。
その隙をついて、ダツが背後から跳びかかる。
絶体絶命!
と思われた瞬間、ダイヤがエイルズの脇からタックルで突き飛ばした。
空を切ったダツは鼻先から砂浜に落下。地面に刺さって抜けなくなる。
そう、最初からこれがエイルズの狙いだったのだ。まさに体を張った、撃退士ならではの漁法!
さらに彼は獲物に串を打ってまっすぐ整え、鼻先を地面にブッ刺して火吹きパフォーマンスで炙る。
焼きあがったら粗塩を刷り込んで完成!
「ちょっと待って!? まさか天魔料理!?」
さすがにノヴェラがツッこんだ。
「ごらんのとおりですが、なにか?」
「それは食べちゃ駄目!」
「案外まともなことを言うんですね」
「これでも教師だから!」
というわけで、まさかの天魔料理を出したエイルズ。無念の失格!
ボムッ!!
すごい爆発音が轟いて、一同は反射的に振り向いた。
見れば、沙羅の使っていたオーブンが爆発炎上している。
「アウルの火力強化に耐えられませんでしたか……しかしピンチに陥ってからが撃退士の本領発揮。このまま調理を続けます」
燃えさかるオーブンを利用して、鶏肉をローストする沙羅。
火災報知器が鳴りだすが、だれも慌てやしない。この程度の爆発で動じる者など久遠ヶ原にはいないのだ!
ともあれ、波乱の果てに全員の料理が出そろった。
一番手に立つのは陽花だ。
「はい、完成なんだよ♪ なんとか無事に調理できてよかったんだよー♪」
笑顔で海鮮料理を運んでくる陽花だが、せっかくの衣装(巫女服)がズタズタのデロデロだ。
カニの鋏に切られたり、タコやウナギに絡まれたりしたせいである。
「すごい格好だけど大丈夫?」と、ノヴェラ。
「平気平気。だいじな所は隠れてるよ♪ はいどうぞ、全部食べてね♪ ……ぇ? きゃっ!?」
料理を出したとたん、かろうじて残っていた衣装がズリ落ちた。
あわてて両腕で隠す陽花。
「その演出、プラス1点!」
相変わらず適当な採点をするノヴェラ。
肝腎の料理はといえば、鰻の蒲焼き、蟹の塩焼き、蛸の唐揚げ。
「見た目はおいしそうだけど……ぅぐっ!?」
蒲焼きを口にしたとたん、ノヴェラは青くなった。
ウェンディスも死にそうな顔になっている。
「これは殺人兵器か? 余裕のマイナス5点だ」
「味はひどいけど、パフォーマンスは3点ね。はい、次の人!」
「私の料理は……巨大黒鮪の『鮪づくし』ですぅ……」
恋音が持ってきたのは、各部位ごとに調理された鮪料理だった。
頬肉のフライ、目玉の煮つけ、カマの照り焼き、テールのステーキ、赤身とトロの刺身、アラの味噌汁……etc
「どれも普通にうまいぞ。4点やろう」
ウェンディスには好評だ。
かたやノヴェラは首をひねる。
「味は良いけどパフォーマンスが想定内だったね。僕からは2点」
「うぅん……撃退士らしく、工夫してみたのですけれどねぇ……」
残念そうに言う恋音。
演出が地味すぎたのだ!
「私の番だな。食通気取りに本気の料理を見せてやろう」
静花の料理は辣子鶏。
普通に作った普通の料理だ。コンテストの趣旨を理解してるのか怪しい。
「そもそもだ、アウルが生体に与える影響は月乃宮を見れば慰めるくらいだが食材にアウルを用いても食材は活性化しないから意味などない。もし活性化できるなら天魔に向かって学園長の写真をたたきつける奴しか残らないはずだ。よくわからないけど、そういう扱いらしいからな。だいたい活性化した食材で料理して、できあがった料理も活性化するのか? 万物に影響を与えそうに見えるアウルだが、その効果を維持することは全くできてない。仮に活性化したとして、活性化させている奴に腹を握られていることになるんじゃないのか。まぁそれは置いといて、いいから私の料理をおとなしく食え」
一気にまくしたてると、静花は皿をテーブルに置いた。
鶏の軟骨と胸肉に青野菜を加えて炒め、激辛に仕上げたものだ。
自家製の麻辣醤と辛さ救済用マヨネーズが添えられている。
「普通にうまいが……3点だな」と、ウェンディス。
「パフォーマンスは0点ね。本当に普通の料理だし」
激辛料理ゆえかノヴェラの評価は辛口だった。
静花は趣旨を理解した上でやってるとしか思えない……。
「時期的に考えて、少々早いですがクリスマス料理を作りました」
沙羅が出してきたのは、真っ黒に炭化した塊だった。
「オーブンを爆発させて作ったヤツだね」と、ノヴェラ。
「そのとおりです。危険を顧みず命を削って料理するのが、私の流儀。いままでの対決で得た経験と絆……その全てを籠めて、発動!」
沙羅が『絆』を放ち、大太刀を黒い塊に叩きつけた。
ゴシャッ、と岩の砕けるような音がして、塊が割れる。
と同時に、密閉されていた芳香が溢れ出した。
「どうぞ、富貴鶏のローストチキンです」
これがうまくないはずがない。
二皿目に、食材全てを余すことなく使いきって旨味を濃縮させた『丸ごとブイヤベース』
さらに淡く輝くクリスマスケーキで、とどめを刺す。
「うまかった。4点だな」
「爆破演出を評価して、僕からは3点ね♪」
なんだかんだで爆発が好きなノヴェラなのであった。
「見てのとおり、私からは蟹づくしです」
雫が提供したのは、巨大タラバのフルコース。
焼き蟹、蒸し蟹、茹で蟹、蟹鍋……そして蟹味噌の甲羅酒。
「料理は通常的な物ですが、調理法を撃退士らしく派手にしてみました」
「うん、いいね。とくに甲羅酒がいいよ♪ 切った脚をヒールで再生させるのも名案だったね。パフォーマンスは3点」
ノヴェラは蟹味噌と日本酒に満足げだ。
「味は普通に蟹コースだな。俺からも3点だ」
実際、でかい蟹を使っただけで料理自体は普通だった。
「いよいよ私の番ですね。藍子さん、絵夢さん、ご登場ください!」
雅人の案内で登場したのは、三条藍子と絵夢の親子。
そのまま皆の前で服を脱ぐと、出てきたのは極小ビキニだ。
「おふたりとも素晴らしい。最高に美しいですよ。ではここへ横になってください」
雅人が指差したのは、舟形のベッド。
藍子と絵夢は全身を火照らせながら、そこへ仰向けになる。
「では行きますよ! ふおおおおっ!」
半解凍された魚介の切り身を大剣で切りつけ、刺身にする雅人。
その一切れ一切れが華麗に宙を舞い、藍子と絵夢の体に盛りつけられてゆく。
やがて完成したのは、『巨大海鮮の刺身女体盛り!』
「今回は料理は勿論のこと、器にも最大限こだわってみました。どうぞ御試食ください」
妙に紳士的な口調で二つの『舟』を出す雅人。
真っ白な女体に、新鮮な魚介の輝きが光る。
ただの悪趣味な女体盛りではない。器の体温で刺身をゆっくり解凍する寸法だ。
「僕は好きだよ、こういうの。でも3点かな」と、ノヴェラ。
「味はダメだ。どんどん刺身が生ぬるくなってくるぞ。1点だ」
ストイックなウェンディスに、女体盛りの効果はなかった。
「……最後に……デザートを……用意した」
桜花が運んできたのは、『アウル製ドラゴンフルーツババロア・宝石の器仕立て』
飴細工のゴブレットには薔薇の花と茨の蔓が飾りつけられ、宝石のようなフルーツ水飴が散りばめられている。
「これは立派なアートだね。でも撃退士らしいパフォーマンスは少なかったかな。2点!」
「たしかに装飾は綺麗だが、味は普通だな。3点だ」
審査員の評価はなかなか厳しかった。
結果──
恋音 +6/計20点
沙羅 +7/計19点
桜花 +5/計14点
雅人 +4/計4点
雫 +6/計3点
静花 +3/計3点
陽花 −2/計−8点
エイルズ 審査不能
「じゃあ僕から一言。全体的に演出が地味だったね。巨大食材やアウル食材を使っても、普通の料理にしたんじゃ意味ないよ。既存のレシピどおりじゃなく、もっと独自の料理を作ってほしいな」
ノヴェラが総括を述べた。
「俺の望む『最高の料理』には出会えなかったが……一品を除いてどれもうまかった。ごちそうさま、だ」
ウェンディスが行儀良く両手を合わせ、KCB第5回戦は幕を閉じた。
ほぼ恋音と沙羅の優勝争いになってきたが、最終決戦はもう近い。