抜けるような青空の下、『第20回レイン・レルフ追悼祭ライヴバトル』は盛大に幕を開けた。
参加バンド数32。
いずれも、厳しいオーディションをクリアした実力者たちだ。
幸か不幸か、チョッパー卍たちのバンドはトップバッター。
つめかけた千人あまりの観客は、今か今かと祭りが始まるのを待っている。
「まさか……一番手とは……」
ステージの袖から観客席を覗いて、秋姫・フローズン(
jb1390)は胸に手をあてた。
真っ赤なドレス風の衣装に身をつつんだ彼女は、ダンサー役をつとめる予定だ。
メタルのライヴにバックダンサーとは珍しいが、吉と出るか凶と出るか。
「はじめての依頼がへヴィメタルの演奏で、おまけにトップバッターとは……つくづく不思議な縁デスネ」
開きなおったように「あはは」と笑うのは、メイヘム・スローター(
jb4239)
その名前だけで、メタラーには好印象だ。すさんだ感じの服装も悪くない。担当はベース。
「やるっつったからには全く自信がないなんてことはねェけど、俺でどこまでやれるかねェ……。……まぁ、叩くしかねェんだけどな!」
弱気とも強気とも取れる発言をしたのは、鷹群六路(
jb5391)
髑髏のモチーフがプリントされたタンクトップは、なかなかロックだ。
「僕は裏方なんで、みなさん頑張ってください。……あ、チョッパーさん。これ終わったら焼きそばパンくらいおごってくれますよね。こまってるのをお手伝いするんですもんね」
いつもどおりのお気楽さでそんなことを言うのは、レグルス・グラウシード(
ja8064)
「ああいいぜ。ただし、争奪戦には一緒に参加してもらうけどな」
「ま、またですか……」
「そういや、あのコンバスはどうしたよ?」
「おうちでお留守番してます」
「たまには弾いてやらないと、寿命が縮むぜ?」
そんな二人の会話に、AKIYA(
jb0593)が割って入った。
「そろそろ出番だ。……よしチョッパー卍、きみはレインを超えろ」
バシッ、とチョッパーの肩を叩くAKIYA。
ヴィジュアル系バンドBLACKLOREのギタリストだった彼は、ステージ慣れしている。
ゴシック調の服装は完全に女性のものだが、中身は紛れもない男だ。
パートは当然ギター。その腕は、チョッパー卍も太鼓判を押したほどだ。
「よし行くぞ、野郎ども!」
チョッパー卍がステージへ駆け上がり、メンバーたちが後に続いた。
祭りの始まりだ。
歓声が沸き上がる。
一曲目は、レイン・レルフの代表作『Hell's Bell』のコピーだ。
この曲はレインが亡き友人に捧げた作品であり、追悼祭では頻繁にコピーされる。いわば定番だ。そして定番ゆえに、観客も審査員も厳しい目で評価せざるをえない。出来が悪ければブーイングが飛ぶだろう。
そのイントロは、荘厳なチャーチオルガンから始まる。
照明の落ちたステージ。そこからリバーブのかかった暗い響きが広がり、一瞬で会場の温度を変えた。
無論オルガンなどない。君田夢野(
ja0561)がキーボードで再現しているのだ。
トップバッターがアタマにこのナンバーを持ってきたのだから、観客は沸くに決まっている。
やがてオルガンの音色にベースが重なり、ゆっくりとドラムが走りだした。バックギターがオルガンとユニゾンして徐々に音が厚くなると、リードギターが歌いだし、流麗なハーモニーを織り上げる。
そこへ、亀山淳紅(
ja2261)のファルセットが天上から切りこんできた。
同時にレグルスの手が動き、カクテルライトの青い輝きがステージ全体を照らし上げる。
You're rolling thunder
You're puring rain
You're coming like on hurricane
完璧なコピーだった。歓声が大きくなる。
リハーサルやオーディションのときより良い演奏だ。
その手ごたえに、メンバーたちは視線を交わしあい、笑顔を見せた。
曲は滞りなく進み、ヴァースからブリッジを抜けて徐々にテンションを高め、最初のコーラスへ。
Hell's bell
Demon coming to you
Hell's bell
Across the sky
淳紅のオペラ仕込みの歌声はステージばかりか観客席までをも震わせ、空の向こうまで突き抜けてゆくようだった。
あきらかに、レイン・レルフ本人よりうまい。
もっとも、幼いころから声楽を学んでいる淳紅と、本来ギタリストのレインを比べるのは酷というものだが。
いずれにせよ、淳紅のヴォーカルが相当な高評価を得たことは間違いない。
曲は再びブリッジへ戻り、二度目のコーラスを通過して、間奏部へ。
ここでギターソロを決めるのは、美具フランカー29世(
jb3882)だ。
しかし彼女が手にしているのはギターではない。真っ赤な大剣、フレイムクレイモアだ。いわゆるエアギターである。
スポットライトを浴びながら、狂ったように大剣を弾きまくる美具。
それでもしっかりギターの音が鳴っているのは、チョッパー卍とAKIYAが後ろで弾いているためだ。
ここぞとばかりに秋姫がドレス姿で飛び出し、美具を煽り立てるように舞い踊る。意図したものか、はたまた偶然か。火炎のような大剣と秋姫の真っ赤な衣装は狂乱の中に一種の統一性を生みだし、じつに見栄えのするパフォーマンスとなっていた。
ただのコピーかと思っていた観客は驚き、拍手が上がる。
無論、曲そのものは完全コピーで進行中だ。
一分たらずのギターソロが終わると、美具と秋姫は素早く退場。彼女らの本番は次の曲である。いまのは、いわば顔見せだ。
観客席からは「もっと見せろー!」だとか「脱げー!」などの声。
どうやらダンスパフォーマンスは好評のようだ。
その後、もういちどコーラスを経て曲は終了。
盛り上がる観客たち。
とりあえず、祭りのスターターとして場を暖めることには成功したと言っていい。
「ありがとさーん! ほな二曲目いくでー!」
淳紅がマイクを掲げると、スパーク状の火花がステージから打ち上げられ、観客席の上空で破裂した。
会場がどよめく。
それを合図に、六路のスティックがリムショットを刻みだした。
カッ、カッ、カッ、カッ、
四拍子のサインから、メイヘムのベースが唸りを上げる。
凄まじい音圧で繰り返される低音の響きは、嵐の訪れを予兆するかのようだ。
並走するツーバスは雷雲のごとく大気を震わせ、不穏な予感を煽り立てて──
ギャァアアアンンッ!
すべてを引き裂くように、爆音ギターが炸裂した。
チョッパー卍とAKIYAによる、完璧なアタックだ。
そのまま曲芸のような超絶光速ソロをチョッパー卍が決めると、曲調は一転してクールダウン。
暴風を思わせるイントロと裏腹に、ささやくような声で淳紅は歌いだした。
We are such stuff as dreams are made on
And our little life is rounded with a sleep
シェイクスピアの戯曲『テンペスト』からの一節だ。
そのタイトルが、この曲名にもなっている。完全なるオリジナル曲だ。激しい生涯を送ったレイン・レルフという男を、『嵐』のテーマで表現しようというのである。
問いかけるような淳紅の歌声は、嵐の前の静けさを表している。
その歌声をささえるのは、バッキングに徹する楽器群。いずれもクリーントーンで、とりわけ夢野の手から紡ぎだされるピアノの音色は、癒されるほどに心地良い。ポロポロと軽快に降りそそぐ音は、雨垂れを連想させる。
このままバラードに流れるのかと思わせる曲構成だが、そうはいかない。
突如メンバーたちに襲いかかるのは、強い風。
その風とともに颯爽と秋姫が飛び出し、ステップを踏みはじめた。激しく情熱的な踊りは、フラメンコを彷彿とさせるものだ。ドレスの裾が舞い上がり、白い脚が覗く。
観客は一気にヒートアップ。
それと前後して、ギターとドラムのリズムがずれだした。
ベースまでもが違うリズムを刻みはじめ、それぞれのパートがバラバラの拍子で進行しはじめる。淡々と正確なリズムを打ちつづけるのは、ピアノの雨音だけだ。
「おい、なんか違わね?」
AKIYAがメイヘムに指摘した。
「なに言ってるんデス。そっちが間違ってるんでショウ?」
「バカ言え。僕はちゃんと弾いてるだろ」
「耳がおかしいんじゃありませンカ?」
「ああ? ザっけんなよテメェ!」
いきなりギターで殴りかかるAKIYA。
メイヘムが応戦し、乱闘が始まる。
袈裟斬りのように叩きつけられるギター。
お返しとばかりに、ベースがAKIYAの頭上へ振り下ろされる。
その直後に照明が落ち、ステージは暗転した。
ざわめく観客席。
その間も、演奏は止まってない。ベースの音が鳴っているのは、チョッパー卍がフットベースを踏んでいるのだ。無論ギターを弾きながらである。まさに曲芸師。
数秒後、突き刺すようなピンライトが乱闘中の二人を映し出した。
突如はじまった乱闘に対して、観客席からは「ブッ殺せー!」などの声が上がる。この祭りに参加するような人種は、あまり上品ではない。
AKIYAとメイヘムの殴りあいは、しかし正確に刻まれるピアノの雨粒とシンクロしていた。
殴打のリズムは段々と速くなり、曲も加速する。ちぐはぐな変拍子で進行するメロディはまるで障害物競走だが、破綻寸前で形になっている。それはまさに嵐の訪れだった。
やがて、チョッパー卍がステージ中央に。
前もって水がまいてある足下へ、AKIYAがギターを叩きつけた。
「行け! レインを超えろ!」
「グワーッ!」
感電し、頭から煙を噴き上げるチョッパー卍。
一瞬、観客席が静まりかえる。
無理もない。一般人なら死んでいるところだ。
しかし彼らは撃退士。この程度で命を落とすことはない。
「行くぜ!」
逆立った髪を振り乱しながら、チョッパー卍はマシンガンのようにギターを掻き鳴らした。
負けじとAKIYAが横に並び、ギターバトルが始まる。
チョッパーが光速ソロを決めれば、AKIYAがそれ以上のソロを返し、さらに上回るソロをチョッパーが返す。会場のボルテージは最高潮だ。
ふたりを煽るように踊っていた秋姫は、ここで鉄扇を取りだしてジャグリングを開始。器用な手さばきで三本の扇を高く投げ上げると同時に、クルリ一回転。遠心力で衣装が剥がれ落ち、ロングドレスは一瞬でノースリーブ&ミニスカートに。
この瞬間、歓声は最高潮に達した。
そして、ギターソロの最後を飾るのは美具。
大剣をギターに見立てて弾きまくる彼女は、ノリノリだ。
「見るがいい、これが美具らのソウルじゃ。デストローイ、ノーフューチャー!」
召喚獣の咆哮が轟き、オーディエンスを圧倒。
地味な運用法ながらも、効果的な演出だ。
ソロバトルが終わると、曲は再び静けさを取りもどした。
台風の目に入ったのだ。
吹きつけていた風はおとなしくなり、照明も青を基調とした穏やかなものになっている。
しかし、六路のドラムだけは一貫して雷鳴のような重さを保ったままだ。ステージに混沌が吹き荒れる中、どうかすればこの音だけが唯一の拠り所のように見える。
折れ曲がりながら進む曲想は『不穏』の一言であり、降りしきる雨の夜をひとり歩くようだ。
自分の肩を抱き、訴えかけるように歌う淳紅は、孤独な旅人を思わせる。
だが、静けさは長く続かない。
やがて、波のようにベースがうねりだし、ギターに躍動感が生まれる。
嵐の目を抜けたのだ。
曲は転調に次ぐ転調を繰りかえし、なだれこむようにクライマックスへ。
Tempest連れてきたSound of the ecstasy
Ah 狂うほど愛してたのに!
His sound left a deep scar for me
今宵も鳴り止まぬthundery rain...
溜めこんでいた鬱屈を爆発させるかのように、淳紅の力強い声はミサイルのごとく観客たちを直撃した。
その直後、ショルダーキーボードをひっさげて前面に躍り出たのは夢野。
そして炸裂する、稲妻のようなグリッサンド。
バッキングにまわったギタリストふたりの支援を受けて、痛快なソロが展開された。ひずんだエレピの音色はギターにも似て、ギター以上に綺麗な和音を噴き上げる。
爪先立ちになって伸び上がり、目のさめるようなフレーズを天に向かって解放する夢野。それはまさに天国のレインに捧げる演奏だ。ただひとつ間違っているとすれば、彼を迎え入れる天国などどこにもないということぐらいだろう。
ソロの最後をしめくくるのは、気持ち良いほどに滑らかな下降音階。
嵐の終わりを告げる音だ。
曲調は急速に丸くなり、抑制の効いた各パートの上にピアノの雨音が降りそぼる。
最後は雲の切れ間から太陽が覗くかのような明るいフレーズをピアノが描き出し、かろやかにフィニッシュ。
割れんばかりの拍手と歓声が、彼らを祝福した。
最終的な結果として、チョッパー卍たちは九位を獲得。
賞は獲れなかったものの、レイン・レルフ追悼祭ライヴバトルの歴史に小さく名前を残すこととなった。
ちなみに一位をとったバンドは、テイマー五人の召喚したストレイシオンに対して火を噴く改造ギターやレーザーを発射するベースで戦うというパフォーマンスを披露。文字どおり血みどろになってレインの傑作『Kill the dragon』を再現し、二位以下に大差をつけて優勝した。
「あそこまでやられちゃあ仕方ありませんねェ」
とぼけた感じで言いながら、六路は頭を掻いた。
「テイマー五人はズルすぎますヨ!」と、声を張り上げるメイヘム。少々機嫌が悪いようだ。
しかし、居並ぶ強豪たちの中、九位というのは決して悪くない。
「あいつら、去年も一昨年も召喚獣パフォーマンスなんだよな。わかっちゃいたが、あれに勝つのは容易じゃないぜ」
チョッパー卍が舌打ちした。
「最初にそう教えてくれれば良かったのじゃ」と、美具。
「俺はメンバーをあつめることにした時点で、丸投げすると決めたんだ。それに、教えたところでどうにもならねぇだろ?」
「たしかに……。あれに勝てる方法は思いつかんのう……」
「でも僕は楽しかったですよ。やっぱり音楽っていいなぁ」
しみじみとそんなことを言うレグルス。
「まぁ思ったより楽しかったのは事実だな」
夢野が同意し、何人かがうなずく。
「とはいえ、やっぱり悔しいな。真剣に優勝狙ってたんだぜ、僕は」
AKIYAが爪先で壁を蹴った。
チョッパー卍がニヤリと笑う。
「じゃあ来年も参加すりゃいい。おまえなら大歓迎だ」
「あ? ああ、なるほど。リベンジってわけだな?」
「今日で要領はつかんだろ? 優勝のために、一年間ネタ考えとけ。あと、スケジュールもあけておけよ?」
「それ、自分らも歓迎してくれるんやろな?」
淳紅の問いに、チョッパー卍は「当然だろ」と答えた。
「一年後かぁ。たのしみだなぁ」
レグルスは、どこまでもお気楽だった。