「聞いてくださいよ、撃退士の皆さん。あの熊ときたら毎日毎日うちの温泉に入りに来て……完全に住みついてしまってるんです。どうにかしてくれませんか」
宿屋を訪れた撃退士たちを、女将は涙ながらに出迎えた。
歳は80近いが、まだまだ元気そうだ。あと10年は働けるだろう。
「もちろん、そのために私たちが来たんです。大船に乗ったつもりでどうぞ。今夜は絶品熊鍋をごちそうしますよ」
雫(
ja1894)が自信満々に応じた。
これまで無数の天魔を撃破してきた彼女にとって、ただの熊など鍋の具材でしかない。
「やったー、今日の晩ごはんは熊鍋なのだー♪」
無邪気に喜ぶのは、焔・楓(
ja7214)
小さなくせに大食らいの彼女は、熊鍋が食べられると聞いて参加したのだ。頭を使うのは苦手なので、旅館の経営などは他人まかせ。
「待って。むやみに動物を殺すのは反対よ。温泉に入るだけのおとなしい熊だっていうし、話せばわかると思う」
すっかり熊鍋にする気でいる仲間を、天城絵梨(
jc2448)が止めた。
一見クールに見える黒髪少女だが、じつは動物を愛する自然愛好家の絵梨。今日は熊を救うためにやってきたのである。
「そんなー! 熊鍋食べられないのだー?」
残念そうに叫ぶ楓。
熊鍋目的で参加したのに鍋が食べられないのでは、がっかりするのも無理はない。
「あのぉ……鍋にするかどうかは、実際に熊を見てから考えることに、しませんかぁ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)が冷静に提案した。
平和な提案に見えるが、こう言いながらもMy包丁やMy調味料をしっかり持参。燻製用のスモークチップまで用意済みという完全料理体勢だ。焼肉部やKCBで鍛えた料理の腕を見せられるか?
「鍋はともかく、熊を退治してくれないと困るんですが……」
鍋派と愛護派の意見が割れたので、女将は少々不安げだ。
それを落ち着かせるように恋音が言う。
「えとぉ……単に熊を追い返しても、温泉の味を覚えたからには再び訪れる可能性が、あるのですよねぇ……。かといって、一方的に殺してしまうのも可哀想ですし……」
「ならば調教して宿の名物にするのはどうです?」と、雫。
「そんなこと、うまくできますか?」
女将の顔が不安の色を増した。
「うぅん……せっかくなので、駄目元で試してみる価値はありますねぇ……。うまくいけば、宿の名物になりますし……うまくいかなければ、そのときは鍋ということで……」
冷静な口調で熊鍋ルートを支持する恋音。
理論的なぶん、ある意味一番むごい。
「私は恋音の意見に賛成しますよ。むやみな殺生はいけません。もちろん退治するしかない場合は私も調理を手伝います」
袋井雅人(
jb1469)が応じた。
ふだんは女装したりパンツをかぶったりしてる男だが、今日は普通の制服姿だ。
「心配は無用ですよ、女将さん。なんだかんだで依頼は大抵うまく行くものです。我々が来たからには御安心ください!」
堂々と言ってのける雅人の姿は、いつもの彼を知らない女将から見れば実に頼りになりそうだ。
が、次に彼はこう言うのだった。
「それでは皆さん、熊の対応はまかせますね。私は山に入って何か観光資源になるものがないか探してきます。なにしろAV(アニマルビデオ)フラグが盛大に立ちまくってるので、私が行くと危険ですからね」
という次第で、雫、恋音、楓、絵梨の女子4名が温泉に向かうことになった。
たどりついたのは、森と川に囲まれた露天風呂。野趣あふれる自然のままの温泉である。
するとそこに、一頭の熊発見。情報通り、のんびりと温泉に浸かっているではないか。
「おー、本物の熊さんなのだ。手ぬぐいをお湯につけてないってことはマナーのなってる熊さん? アタマいいのかな? かな?」
やや興奮気味に喜ぶ楓。
だがしかし……
「え、えとぉ……? 私の目の錯覚でしょうか……あれは北極熊では、ありませんかぁ……?」
とまどい気味に恋音が訊ねた。
実際、温泉に入ってるのは真っ白な熊だ。
「待って。日本に野生の北極熊はいないよ。もしかすると……そう、どこかの動物園から脱走してきたのかも。だとしたら殺すのはまずいよ。ましてや鍋にするなんて」
ありえない光景を前に、絵梨もやや困惑の様子だ。
「熊の種類など、どうでもいいですね。まずは完膚無きまで叩きのめして、上下関係を教えてやりましょう」
雫は深く考えないことにして、闘気解放しつつ大剣を抜き放った。
「駄目よ! そんなので攻撃したら死んじゃう! 相手は天魔じゃないんだから!」
絵梨が慌てて止めた。
「ヒールすれば治ります。では行きますよ」
「やめて! 熊がかわいそう!」
などと揉めている二人を尻目に、「クマさーん、一緒に温泉に入るのだー♪」と言いながら、服を脱ぎ散らして突撃する楓。
その直後。
「がおーー!」と獰猛な(?)声を上げて、熊が両腕を振りかざしながら立ち上がった。
「うわー! 凶暴な熊だったのだー!?」
楓はすかさず『鉤爪』を装備して、鬼神一閃!
「おぉ……!? 聞いていた話と違いますよぉ……!?」
予想外の展開に驚きつつも、恋音もライトニングで応戦した。
しかも的確に頭部を撃ち抜いている。内臓を傷つけると臭みが回って味が落ちるためだ。
「だから言ったのです。さっさと鍋にしてしまいましょう」
とどめに雫の太陽剣が、容赦なく熊にブチこまれた。
威嚇ではない。本気の一撃である。もともと『動物=食料』と考えている雫にとって、野生の熊など食材でしかないのだ。
なんにせよ撃退士3人(うち2名は世界級の強者)の攻撃を受けて、熊は「うがーー!?」とか叫びながら血まみれで吹っ飛んだ。
そのまま動かなくなり、ぷかぷかと水面に浮かぶ哀れな熊さん。
「うぅん……これではもう、調教どころではありませんねぇ……。鮮度が落ちないうちに、さばいてしまいましょう……」
死んだ熊に手を合わせつつ、恋音は肉切り包丁を取り出した。
だが、そのとき。近くにいた楓が異変に気付いた。
「あややっ!? これ人間なのだ!?」
よく見ると、その北極熊はただの着ぐるみ!
じつはRehni Nam(
ja5283)が先回りして温泉を満喫していたのだ。
「やれやれ。不慮の事故とはいえ、やってしまいましたね。仕方ありません、山奥にでも埋めましょう」
真顔で提案する雫。
「そ、それは完全な犯罪ですよぉ……!?」
恋音も真顔でうろたえる。
「冗談です。まずは温泉から引き揚げて蘇生を試みましょう。袋井さんは残念なことをしましたね、せっかく合法的に女子と人工呼吸できるチャンスでしたのに」
雫が言った、その瞬間。
「ふおおおおっ! 人工呼吸を必要としている美女はどこですかっ!?」
恐るべき地獄耳で、雅人が山から駆け下りてきた。
あまりの勢いに、たまらず生き返って跳ね起きるRehni。
「いけません、無理をしては! あなたの心臓は止まってます! 私のマッサージと人工呼吸が必要ですよ!」
有無を言わさず、雅人がRehniを押し倒した。
直後、
「うがーーっ!」
どこからともなく出てきたプラカード(16t)が薙ぎ払われて、雅人は山の彼方まで吹っ飛ばされたのであった。
そんな撃退士たちのコントを、一頭の熊が木陰から眺めていた。
全身は震え、顔は青ざめている。
その背後から、雫がポンと肩に手を置いた。
「いまの騒ぎを見てましたね? 説明は面倒です、鍋の具になるか従順になるか今すぐ選びなさい」
「クッ、クマッ!?」
反射的に土下座して、従順の意を示す熊。
「なかなか賢い熊ですね。これなら調教もはかどりそうです」
こうしてRehniと雅人の献身により、撃退士たちは無駄な時間を使うことなく熊をおとなしくさせたのであった。
「くまーーっ!」
熊と間違えられてボコられたRehniは誰にともなく抗議の声をあげるが、なにしろ『パーフェクト白クマー』なので仕方ない。
ちゃんと『女性の入浴シーン』を演出してれば良かったんだよ!
ともあれ問題の熊は旅館に連行された。
予想外のなりゆきに女将も驚愕だが、土下座で命乞いする熊を見れば無下に殺すのも忍びない。
「見てのとおり頭の良い熊です。調教して女中に仕立て上げれば、宿の名物になるのでは?」
雫が提案した。
「ちょーきょーっていうのはよくわからないけど、うまくいけば旅館のマスコットになるのだ。うまくいかなければ鍋にして食べるのだ♪」
楓も後押しするが、『調教』の意味はわかってない。
『鍋』という言葉に反応して、熊がビクッと震える。
「うがうが」
白熊Rehniがコクコクうなずいた。
今回の彼女は人語を発する気がない。意思疎通はプラカード(物理)のみ。
女将には特に反対する理由もないため、こうして調教の日々が始まった。
調教の指揮を執るのは提案者の雫。
基本的には、彼女がスパルタ式で女中の作法を叩きこむ方向だ。
だが雫自身女中の作法など身につけてないので、手本を見せるのはRehniの役割。
しろくまーとして就職済みの彼女にとって、女中の作法などお手のものだ。
しかしながら、いくら頭の良い熊といえど女中として働くのは無理がある。
そんなときは、絵梨がムツゴローさんばりの愛情で優しく話しかけ、傷ついた熊の心を癒してあげるのだ。みごとな『飴と鞭』作戦と言えよう。
なにしろ命がかかってるので、めきめきと女中スキルを上げる熊。
ちなみに楓は熊と遊んでただけ!
一方、恋音は調教を手伝いながらも他の手を打っていた。
まずはネットに旅館のホームページを作って宣伝。
地元のコミュニティサイトや観光案内にも紹介記事を載せてもらい、集客を図る。
さらに学園に打診して合宿所の候補に推薦したり、豊富な自然を活かしたサバイバル訓練の場所として宣伝。
宿泊中に気付いた改善点をまとめたりするのも忘れない。
ちなみに楓も改善点を女将に伝えようとしたが、なにしろ楓なので大したことは思いつかなかった……っていうか何も思いつかなかった!
──数日後、調教は無事完了した。
そこにあるのは、エプロンをつけてビシッと直立した熊の姿。ブラッシングも完璧である。
「よく頑張りましたね。身だしなみも合格です」と、雫。
「クマッ!」
直立不動で応える熊の姿は、女中というより軍人だ。
「さて、それでは次の課題です。ほかの熊の巣穴を教えなさい」
「クマッ!?」
「卒業祝いの熊鍋……もとい周辺の安全確保のためです。ただし私も鬼ではありません、あなたの家族の安全は保障します」
「クマー!?」
立ったまま涙目で震える熊。
「おー、やっと熊鍋が食べられるのだ?」
楓のおなかがグーッと鳴った。
「まだわからないの!? むやみに動物を殺さないで! この子だって、こんなに賢くて良い子じゃない!」
すかさず抗議しつつ、熊に抱きつく絵梨。
「うぅん……熊鍋はともかく、この辺りに熊が住んでいるのは事実ですし……周辺の警備は必要ですねぇ……」
もっともなことを言う恋音だが、『もし熊が獲れたら骨でダシをとって熊蕎麦にしてみましょう』などと考えている。
「がうがう」と、同意するシロクマー。
暴力的な仲間たちに、絵梨は厳しい目を向ける。
そこへ雅人が帰ってきた。
じつはこの数日間、ずっと山に篭もって観光資源になるものを探していたのだ。
「みなさん、熊のほうはどうなりましたか? 山狩りのほうはバッチリでしたよー」
そう言って彼が見せたのは、山で採れた大量のキノコや山菜。
「おぉ……これは大漁ですねぇ……これだけ採れるなら、熊鍋あらためキノコ鍋も良いかもしれませんよぉ……」
恋音が言った。
「キノコ鍋? それなら食べてもいいのだ?」
楓がチラリと絵梨のほうを見た。
動物愛護家の彼女も、「まぁキノコや山菜なら……」と答える。
「がうがう!」
笑顔で包丁を振りまわすシロクマー。
彼女の『包丁一閃』は瞬時に全ての具材を切り刻むのだ!
こうして急遽、キノコ鍋パーティーが開かれることになった。
調理担当は、恋音とRehni。
宿の一室に撃退士たちと女将が集まり、鍋を囲んでの談笑が始まる。
熊鍋に比べるとインパクトは薄いが、この季節のキノコや山菜はまさに旬の味。はっきり言って熊鍋よりおいしい。
熊鍋派と熊愛護派で意見の割れる中、別の具材を調達してきた雅人GJ!(MSも助かりました!)
「いやー、調教がうまくいって良かったですねー。これは宿の看板娘として宣伝効果抜群なのでは?」
鍋を食べながら雅人が言った。
温泉で山籠もりの汚れも落とし、さっぱり笑顔である。
「はい……早速ホームページで『熊の女中さん』として紹介したところ、大反響ですねぇ……。問い合わせのメールが止まりませんよぉ……予約も立て続けに入ってますぅ……」
恋音は鍋をつまみながらも、ひっきりなしにノートPCを操作していた。
『エプロン姿の熊が働く老舗旅館』として、爆発的に拡散している状態だ。
「なんだかすごいのだー? あっ、熊鍋のかわりにキノコ鍋を名物料理にしたらいいかもなのだ? キノコなら女将さんでも採れるのだ」
案外まともなことを言いながら、鍋をがっつく楓。
熊鍋の予定がキノコ鍋になってしまったが、腹が膨れれば何でも良いのだ。
「がうがう」
シロクマー姿のまま、器用に箸を使って鍋をつつくRehni。
年齢的に酒は飲めないので『米のジュース』を飲んでいるが……これって、どぶろく!?
「やっぱり鍋にしなくて正解だったね。愛を持って接すれば、動物たちは必ずわかってくれるんだよ」
対立もあったが、ともあれ熊を殺すことなく依頼を達成できたので絵梨は満足げだ。
女中熊も彼女に愛情と恩義を感じており、ぴったり寄り添っている。
「よしよし、いい子だね。……ねぇ女将さん、このまま熊さんの人気が出て経営を立てなおせたら、ご褒美としてこの子に温泉を使わせてあげてほしいの。もちろん深夜とか、お客さんのいない時間でいいから」
「それはもう、まったく構いませんよ。この数日で、とてもおとなしい子だとわかりましたし」
喜んで応じる女将。
熊のおかげで予約が殺到しているのは事実だ。温泉を使わせるぐらい何も問題ない。
「しかし『動物を』調教するのは初めてでしたが、うまく行ってよかったですね」
なにか怖いコトを無表情で言う雫。
その無表情のまま、彼女は熊のほうを見る。
「わかっていると思いますが、もし客や女将に危害を加えたら……生きたまま熊鍋にしますからね?」
「ク、クマァッ!?」
熊は跳び上がると、絵梨の背後に隠れてガタガタ震えだした。
「いじめないで! かわいそう!」と、絵梨。
「いじめではなく警告ですよ。その熊が従順な態度を守れば良いのです」
しれっとした顔で言う雫だが、この熊の怯えきった様子を見れば逆らう気など微塵もないとわかる。
もちろん、熊女中さんの人気がいつまで続くかわからない。
だが今のところ、旅館の未来には明るい光が差していた。