その日の夕方、小筆ノヴェラを含む9人の撃退士が施設を訪れた。
出迎えるのは、100人あまりの子供たちと職員20名ほど。
「今日は久遠ヶ原学園の皆さんと、たのしくお食事しましょうねー」
職員の女性が言うと、子供たちは一斉に「はーい」と応じた。
中には家族を失ってやさぐれた子もいるが、たいていは朗らかだ。
挨拶もそこそこに、料理会が始まる。
一同は、まず給食室に案内された。
1日3回すべての子供と職員の食事をまかなうだけあって、かなりのスペースだ。調理器具や調味料なども充実している。
なにより目立つのは、山積みされたジャガイモとサツマイモ。それこそ売るほどある。
「おおっ、これは立派ですね! 今日は子供達の笑顔のためにも頑張りますよー!」
袋井雅人(
jb1469)が気勢を上げた。
彼が持ち込んだ食材は、牛カルビと納豆。
カルビは確実に受けるだろうが、納豆は不安だ。
「そうですね。子供だけでなく職員の皆さんにも喜んでもらえるよう頑張りましょう!」
木嶋香里(
jb7748)が同意した。
彼女はポテトサラダを作る予定だ。材料は前もって用意してある。
「では早速はじめよう」
早々に調理へ取りかかるのは、鴉乃宮歌音(
ja0427)
エプロンにバンダナ姿がよく似合う。
髪は三つ編みで、一見すると女の子にしか見えない。
ほかのメンバーたちも、それぞれ割り当てられたスペースに散らばった。
「さて、KCB第3回戦スタート♪」
ノヴェラの合図で、バトル開始!
「ふむ……食べるだけでは面白くありませんね」
雫(
ja1894)は、ふと考えた。
食べてもらうだけでなく、料理する楽しみも子供たちに知ってもらおうと。
「よい子のみなさん、私と一緒に料理を作ってみませんか? 人に作ってもらった料理もおいしいですが、自分たちで作った物も別のおいしさがありますよ」
呼びかける雫。
彼女のもとへ、料理に興味のある子供が次々と集まってくる。
だが同じことを考えているメンバーは他にもいた。
「私もそうしようと思って、色々と用意してきました」
そう言って、香里は深さ1mほどもある大釜と数本の大しゃもじを並べてみせた。
作る料理はポテトサラダ。簡単に作れておいしいうえ、子供にも人気のある定番の品だ。
こちらには女子が多めに集まってくる。
「では頑張りましょう。一緒に料理で楽しんでくださいね!」
料理自慢の居並ぶ中、香里の仕事が始まる。
「奇遇ですね。私も子供たちと料理をするつもりでした。早くも人気勝負というわけですよ!」
続いて雅人が正々堂々と宣戦布告した。
ちなみに彼が作るのは──
肉より野菜多めの、焼肉というより焼き野菜な『野菜モリモリ焼肉』
ゴマダレにひきわり納豆を混ぜたドレッシングを色とりどりの生野菜にあえた『納豆サラダ』
カットして串に刺した野菜を溶かしたチーズに絡めて食べる『野菜チーズフォンデュ』
以上3品。
納豆とチーズというアグレッシブな食材の選択は、味覚の幼稚な子供たちにウケるのか?
「えとぉ……では私も……一緒にカレーを作ってくれる子は、いませんかぁー?」
月乃宮恋音(
jb1221)も子供たちに呼びかけた。
カレーとは何と無難かつ強力な選択。カレーが嫌いな子供などいない。大勢で大量に作るのにも向いている。
もちろん『子供たちと一緒に作るために』カレーを選んだのだ。さすが恋音。ガチである。しかも『秘伝の流星カレー』のスパイスを流用するという、久遠ヶ原ならではの特製ポークカレーだ。
メニュー選択の時点で、恋音が少々有利か。
そんな『子供と一緒』チームを横目に、浪風悠人(
ja3452)は淡々と作業していた。
彼が選んだ食材は、大量に余っているジャガイモ。
これを大小問わず片っ端から洗い、皮を剥いて芽を取る。
「ここには毒があるから気をつけて」と説明する悠人だが、最初からの情報通り子供らは芋に飽きてるので反響は薄い。
だが見せ場はここからだ。
まずは大きめのジャガイモを豪快に木串で突き刺し、回転させながら包丁で螺旋状に切ってゆく。薄く薄く、千切れないように。切り終えたところで串に沿って引っ張ると、スプリングのような形になる。これを油で揚げて塩を振れば、トルネードポテトの完成だ。味はただのフライドポテトだが、見た目に楽しい一品である。
さらに、小さめのジャガイモは皿にまとめてラップをかけレンジで600w7分。温める間にニンジンと玉ねぎの皮を剥いて細かく切り、芋と同じようにレンジで1分。その後、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを半々に分ける。
分けた一方のジャガイモをつぶし、ニンジン、玉ねぎ、ベーコンを手で千切り入れたら塩胡椒。辛子マヨネーズを加えながら、辛くなりすぎないように調味して冷やせばポテトサラダに変身。
分けたもう一方はジャガイモをカット。ニンニクを色が変わるまで炒め、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ベーコンと加えて塩胡椒とコンソメで味付け。玉ねぎの色が変わってしんなりしたら、火を止めて刻んだパセリをまぶす。ジャーマンポテトの出来上がり。
真っ正面からジャガイモの消費に取り組む悠人だが、判定やいかに?
そのとき。
給食室に、ド派手な轟音が響きわたった。
染井桜花(
ja4386)が光纏して『スマッシュ』をぶちかましたのだ。
犠牲になったのは、ゆでたジャガイモ。手加減してはいるが、天魔を殺すスキルでジャガイモを攻撃したら一瞬で粉微塵である。何故そんな無駄にバイオレンスなことをするのかといえば『(ス)マッシュ』だからという……駄洒落か!
なんにせよ、ものすごい迫力に子供たちが寄ってきた。ただし男子ばかりだ。女子の大半は怯えている。
ともかく、こうしてマッシュしたポテトに、強力粉、バター、砂糖、イーストを加えてボウルでこね、生地にまとまったら塩をして更にこねたあと、一次発酵として寝かせる。これをガス抜きして八等分したら球状に成形、切れ込みを入れたあと表面に塩をつけて二次醗酵させる。表面にバターをたらして180度のオーブンで20分焼けば、特製ポテトパンに。
これだけでも十分おいしいパンだが、ここから桜花は『つくね』を作る。
ウインナー、ピーマン、玉ねぎを微塵切りに。豚挽き肉を加えて球状にしたら、サラダ油を引いたフライパンに並べて火をつけ、ジュ〜っと音がしたら蓋をして蒸し焼きに。ケチャップベースの甘めのソースを入れて煮つめれば、いったん完成だ。このつくねを取り出して、フライパンに残ったソースにバターを加えて再び煮詰めたあと、つくねにまわしかければOK。
このつくねをポテトパンに挟んだ『つくねバーガー』が、桜花の勝負料理だ。
「子供たち、料理ができるまでポテトチップスでもどうかな」
歌音が最初に作ったのは、大量のポテチだった。
ジャガイモをスライスして揚げたものに塩を振っただけの、シンプルな料理。だが子供の目には完全にスナック菓子だ。
これには当然のように子供が集まってくる。
芋は飽きたといっても『手軽に食べられるものがあるならとりあえずつまむ』ものだし、それがポテチなら子供受けは確実だ。単純な発想だが、ここは歌音が一歩リード。
さらに彼が選んだ料理はスイートポテトパイ。これまた子供受け間違いなしの選択だ。
「メイン料理は皆にまかせて、私はデザートを作ろう。みんな好きだろう? 甘いもの」
歌音の問いかけに、子供たちが「だいすきー!」と返した。
そこで登場するのは、歌音の持ち込んだ秘密兵器・段ボールオーブンレンジ。
その物珍しさに、子供たちから「なにこれ」という声が寄せられる。
「これは自家製オーブン。いまからこれを使ってスイートポテトパイを焼こう」
そう言うと、歌音はサツマイモを手に取った。
まずはイモを洗って茹で、皮をとって潰す。バター、三温糖、バニラを加えたら、牛乳で滑らかさを調整。
次にパイシートをカットする。ふたになるものには切り込みを入れるが、熊や魚など可愛らしい動物の形に飾り切り。これは確実に女の子に受ける。
こうして土台になるパイシートにサツマイモのペーストを盛ってふたを被せたら、フォークでピッチリと縁を閉じる。表面に卵黄を塗ったら、いよいよオーブンの出番だ。
「本当に焼けるの?」という子供たちの問いに応じて、歌音は悠々と手順をこなす。
その手際の良さや珍しい調理道具、なにより中性的な歌音のルックスも相俟って、女の子たちの注目が熱い。特に派手なパフォーマンスをしなくても人気は取れるという、良い見本だ。
皆いろいろと工夫をこらす中、雫は地味に調理を進めていた。
彼女が作るのは豚汁だ。
子供たちと一緒に、大根やニンジン、サトイモを切って鍋へ。
危険のないよう、火を使う部分は雫がおこない、子供たちの包丁使いにも注意を払う。
さらに豚汁と平行して、茶碗蒸しも作成。
具材は、銀杏、百合根、椎茸、舞茸など山の幸たっぷりだ。
「本当は松茸を使ってみたかったのですが……さすがに予算オーバーでしたね」
明らかに予算超過というか、百合根や舞茸でも予算ギリギリだ。
だが、ここまではよかった。
問題は次の料理。和のスイーツ栗金団だ。
彼女の作る菓子類は何故か原因不明の化学変化をとげて、殺人料理になってしまうのである。
「……言っておきますが、私が苦手なのは甘味だけで通常の料理は問題ありませんから」
誰にともなく自己弁護する雫。
はたして栗金団の出来映えやいかに!
集団食中毒事件など起こしたらシャレにならんぞ!
さて、ここまでまったく出番のなかった水無月沙羅(
ja0670)だが、ようやく準備を終えて動きだした。
彼女の選んだ料理は──
「良い子のみんな〜、餃子が大好きな人集まれ〜♪」
餃子という言葉に、多くの子供が反応した。
なんだかんだで、やはり芋類には飽きていたのもある。おまけに沙羅の用意した餃子は、中身の具を自分で選んで自分で包む、『包み放題・お好み餃子』だった。ここまで黙々と作業していたのは、これらの具材をそろえるため。
ポテトサラダ、トマト、チーズ、キムチ、コンビーフ、ツナ……etc
「どれでも好きなのを包んでくださいね。普通の餃子の餡もありますよ。絶対に! 最高においしく焼き上げることを約束します!」
沙羅の呼びかけに応じて、子供たちが一斉に集まってきた。
餃子が嫌いな子など滅多にいないし、なにより自分で好きなタネを選んで包むというのが楽しい。これは沙羅の作戦勝ちだ。
そして餃子だけではない。
余った食材で作るのは、野菜たっぷりの味噌汁とレタスチャーハン。とどめのデザートに、サツマイモのペーストと生クリームで作ったモンブランまで作ってしまう。まさに一人でコース料理を仕上げてしまわんばかりの勢いだ。
いつにも増して真剣な沙羅だが、これには理由がある。家族を失った子供たちの母親代わりとして、『いっぱい食べて、強く逞しく育ってほしい』という想いが籠められているのだ。
もちろん他のメンバーも順調に調理を進めていた。
香里は子供たちと楽しくポテトサラダ作り。大釜で大量のジャガイモをゆでたり、ジャガイモをつぶしてニンジンや玉ねぎをまぜるのも、子供にとってはお遊び気分だ。
桜花は『つくねバーガー』だけでなく、ポテチパンも作っている。その名のとおり、ポテトチップスをポテトパンで挟んだ一品だ。一見ジャンクだが、キャベツとニンジンが一緒に挟まれており栄養バランスは悪くない。
恋音もデザートとして『薩摩芋スティック』を作っていた。黒胡麻+黒蜜や、粉チーズなど、複数のテイストも用意。評価を狙う。
歌音のパイも綺麗に焼き上がり、片手間に作ったスイートポテトも上々の出来だ。
沙羅の羽根つき餃子は見るからに食欲をそそる。
かたや雫は、予想どおり殺人的な何かになってしまった栗金団を施設の裏庭に違法投棄しようとして職員に怒られるのだった。
という次第で、全員の料理がホールにそろった。
ノヴェラの合図で、子供たちが「いただきまーす!」と声を上げる。
撃退士たちも子供にまじって一緒の食事会。
悠人のヒリュウや、雅人のケセラン、パサランも出てきて、子供たちをたのしませる。
いずれの料理も人気だが、恋音のカレーと沙羅のお好み餃子が特に好評だった。食べる量を調整しやすいのも原因か。
一方、雫と雅人の料理は今ひとつ。どちらも子供受けしにくいものを選んでしまったようだ。豚汁や茶碗蒸しは地味だし、納豆とチーズは攻めすぎだった。職員には好評だが、これは子供相手の勝負。悠人のトルネードポテトみたいに見た目のインパクトが重要なのだ。栄養のことなど考える子供はいない。
ともあれ食事会は和気藹々と進んでいった。
子供らはもちろん、撃退士たちも仲間の作った料理に舌鼓を打つ。
まずはイベント成功と言えるだろう。
その後、余興として恋音と雅人による『久遠ヶ原流花火会』が行われた。
ファイアワークスやコメット、星の鎖などの魔法が次々と夜空に打ち上げられ、子供たちを喜ばせる。
それならばと他の撃退士たちも協力して、花火大会は大盛り上がり。
最後に恋音のテラ・マギカが壮大に夜空を染め上げて、花火会は拍手と歓声に包まれながら終了した。
「さて良い子のみんな、たのしかったかな?」
一連の出しもののあと、ノヴェラが子供たちに問いかけた。
当然「たのしかったー!」という返事が返る。
「じゃあみんな、今日一番おいしい料理を作ってくれたと思う撃退士のところに集まって」
ノヴェラの指示で、子供たちがワッと走りだした。
迷わずダッシュする子もいれば、なかなか決められずウロウロする子もいる。
だが1分後には結果が出た。
「どうやら私が首位のようですね。ありがとうございます」
沙羅のもとには30人以上の子供が集まっていた。かなりの支持率だ。
作って楽しい、食べておいしい『お好み餃子』大成功。
「私が2位ですねぇ……うぅん……」
恋音に投票したのは約20人。
なんと全員が男子だ。ど派手なスキルとカレーという選択が理由か。乳の魔力も否定できない。
「そして私が3位かな。勝敗には興味ないけど嬉しいね」
逆に歌音は女子の人気が圧倒的だった。
料理も女子ウケするものだったが、外見もあろう。
「……で、私が最下位ですか。まぁ仕方ありませんね」
残念ながら、雫を支持したのは2人だけだった。
子供は残酷だが正直である。
結果、得点はこうなった。
水無月沙羅+5 計11点
月乃宮恋音+3 計9点
鴉乃宮歌音+1 計1点
雫−3 計マイナス3点
「水無月君が強いなぁ。でもKCBはあと3回戦あるからね。ほかのみんなも逆転優勝めざして頑張ろう! というわけで……さぁみんな、後片付けして撤収!」
ノヴェラが言い、撃退士たちは祭りの後始末にとりかかるのだった。
第4回KCBは近日開催予定!