雨の中。『依頼』に招集された顔ぶれを見て、陶子は苦笑した。
サブラヒナイト数体を討伐するには、あまりに過剰な戦力。依頼主の魂胆は丸わかりだ。
「まったく、撃退士って群れるのが好きだよね。虫ケラみたい」
「ふぅん……だから殺したのォ? おもしろい子ねェ♪」
黒百合(
ja0422)が直球を投げつけた。
陶子は取りあわず、ただ警戒の目を向けている。
「まぁ、やりたいことやってる分には別にいいんだが……その結果なにが起きても自業自得ってことだ」
向坂玲治(
ja6214)も、最初から陶子を殺人犯扱いだ。
たしかに陶子には動機があるし、状況も真っ黒。だが、それだけでは裁けない。
「みなさん、状況証拠だけで陶子さんを犯人と決めつけるのは早計ですよ。もしかすると、これは何かの罠かもしれません」
袋井雅人(
jb1469)は大胆なことを口にした。
誰もが陶子を殺人犯と疑わない中、勇気ある発言とも言える。
だがもっと酷いのは、この場に褌一丁で現れたことだ。
「なぁ袋井さん、その格好は何か意図があってのことなん?」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が訊ねた。
「よくぞ訊いてくれました! これはただの性癖というか趣味です!」
「そうか、性癖じゃ仕方ないわな。雨なんで風邪には気をつけてな」
「ご心配ありがとうございます!」
シリアスな空気が雅人のおかげで多少なごやかに……どころか、陶子は今にも刺しそうな目で彼を睨んでいた。以前の依頼で雅人は陶子の『殺害予定リスト』に載っているのだ。その上こんな姿で現れたら、殺意が再燃するのも無理はない。
そしてリストのトップに名を刻まれているのが、天宮佳槻(
jb1989)だ。彼に対する陶子の恨みは恐ろしく深い。だが佳槻のほうは陶子のことなど何とも思ってないので、普段どおりの涼しい顔だ。
それと正反対の対応を見せるのは、間下慈(
jb2391)
彼がいなければ陶子は学園に来ることもなく、自ら命を絶っていただろう。彼女が心を許す、数少ない存在だ。
「陶子さん、本当に久しぶりです。風邪など引いてませんか? 今回はご一緒できてよかった」
「あなたも私を疑ってるんでしょ」
「正直に言えば、そうですね。もともと撃退士への復讐をそそのかしたのは僕ですし」
「その後始末をしに来たわけ? くだらない」
そう言うと、陶子は慈との会話を打ち切った。
その後、雫(
ja1894)と月乃宮恋音(
jb1221)が短く挨拶を交わす。
恋音は陶子と顔見知りなので、なにかを偽装する余地はない。
雫は新人のふりをして陶子の油断を誘うことも考えていたが、学園屈指の撃退士である彼女を知らぬ者は少なかった。強すぎると不利を招くこともあるのだ。
「さて、賽はどちらに転ぶのやら……」
出撃前、ゼロはぼそりと呟いた。
こうして不穏な空気の漂う中、一同は現場へ向かった。
雨が降っているが、傘を差す者はいない。
じき霊園に到着すると、待っていたようにサブラヒナイトが姿を見せた。
数は五体。このメンバーなら負けることは有り得ないが、『味方殺し』が含まれているため油断はできない。
「まぁとにかく、ちゃっちゃっと片付けてしまいましょう!」
気楽な調子で雅人が光纏した。
褌一丁で盾を構える姿は、さながら原始人かバーバリアンのごとし。雨なので服も濡れずに済む。ある意味とても理に叶ってはいる。
「せやな。このメンツなら楽勝やろ」
ゼロは漆黒のアウルを纏いながら、背丈よりも大きな鎌を抜き放った。
もちろん陶子への警戒は解かないが、これだけの強者が居並ぶ中でヘタなことはしないだろうという判断だ。正攻法で戦えば何も問題ない。
「では始めましょうか。前衛には強力な味方が揃っているので、僕は後衛に回ります」
佳槻は淡々と霊符を手にした。
陶子からの殺意は肌で実感できるほどだが、彼にとっては何ということもない。今回の依頼はあくまでサブラヒナイトの殲滅。粛々とそれを実行するのみだ。
「それじゃ行くわよォ? せいぜい楽しませてねェ♪」
黒百合が白銀の槍をきらめかせつつ、先陣を切った。
雫と玲治、ゼロも前衛として後に続く。
ほかのメンバーは後衛だ。陶子もジャラリと鎖を手にした。
「鎖とは面白い武器ですね」と、慈。
「ある人からもらったの」
「ずいぶん気前のいい人ですね」
「ただでもらったわけじゃない」
意味深なことを言い残して、陶子は戦闘に向かった。
前衛の四人が、ちらりと後方を振り返る。
まさかいきなり味方を『誤爆』するとは考えにくいが、油断は禁物だ。
「まったく……眼前の敵と対峙しながら、背後からの攻撃に気を付けなければいけないとは……」
闘気を解き放ちながら、雫は前の敵と後ろの敵を等しく警戒していた。
サブラヒナイトの火矢が飛んでくるが、悠々と回避してクレセントサイスを撃ちこむ。
続いて玲治の神輝掌、黒百合のUNウイルスが炸裂し、恋音のライトニングが正確に敵を捉えた。
佳槻の放つ因陀羅の矢も、タイミングよく敵の群れを焼き払う。
ゼロはあえて『戦闘後』のためにスキルを温存しつつ大鎌をふるい、逆に雅人は気前良くスキルを乱射していた。
戦闘スタイルはそれぞれ異なるが、いずれも戦い慣れた動きだ。こんな並み外れた撃退士たちを敵に回すほど、陶子は間抜けではない。
結局、なんの波乱もないまま一方的に戦闘は終了した。彼らはあまりに強すぎたのだ。
「あらァ、もう終わりィ? 準備運動にもならなかったわァ」
退屈そうに言って、黒百合はサブラヒナイトの死体を蹴りつけた。
「まだ終わっとらんで。ここからが本番や」と、ゼロ。
その台詞に、陶子は隙なく身構える。
気がつけば、いつのまにか彼女は仲間に囲まれていた。
「なにか私に話でもあるみたい?」
「察しがついとるようだから正直に言うわ。おまえ味方殺しで疑われとるで? 実際どうなん? 殺したんか?」
ゼロが正面から訊ねた。
「殺してたとしても『はいやりました』なんて言うわけないでしょ」
「そりゃそうやな。そこで、や」
ゼロが目配せすると、恋音が一歩前に出た。
抵抗に備えて陶子の左後方に位置しているあたり、抜け目がない。
「話は簡単です……シンパシーで、あなたの記憶を読み取らせてください」
「それプライバシーの侵害だから」
「交渉の余地は、ありませんねぇ……受けるか断るかの、二択です……」
「当然ことわるけど? それとも力ずく?」
「抵抗や逃走を図るのであれば、それもやむをえませんねぇ……」
「私は抵抗も逃走もしない。ただプライバシーの侵害だから断るって言ってるの。日本語わかる?」
「口の達者な人ですねぇ……」
もともと事務を得意とする恋音は、人の命をただの数字として見る傾向がある。その『数字』を無法に奪う者には容赦がない。今回、最悪の場合は殺害も辞さない覚悟だ。が、陶子が相応の動きを見せない限り一方的に暴力をふるうわけにもいかなかった。
そこへゼロが話しかける。
「おまえの経歴は少しばかり調べてきたわ。どうやら随分と撃退士が好きみたいやなぁ。愛と憎は表裏一体やで? ほんまに関わりたくないなら離れればいい、でも必死こいて強くなって情報集めて……それは執念やなくてただの執着や。目的はホンマに復讐か?」
「悪魔のできそこないの分際で偉そうに。馬鹿じゃないの?」
魔界の出身という点で、ゼロは根本的に陶子の敵だ。まともな会話は望めない。
「では僕が訊きます」
ここは自分の出番と見て、慈が陶子の前に立った。
ゆっくり確かめるように、彼は問いかける。
「陶子さんには、前回の依頼で仲間を意図的に誤爆殺害したという疑いがかけられています。これは事実ですか?」
「何度も言うけど誤爆は『事故』だから」
「んじゃ、これまで二年間、復讐も『彼』も忘れて真面目に撃退士をやってたんですか? だとしたらいいんですが……本当は忘れてなどいないのでしょう?」
「どうしても『殺しました』って言わせたいの? でも無駄だから」
陶子は知っている。殺意があったことを自供しなければ、決して有罪にはならないと。だから何があろうと『事故』を主張し続けるのみだ。
すると、雫が何かを手にして陶子に近付いてきた。
「これをぬかるみの中から発見しました。亡くなった撃退士の遺品です」
そう言って、雫は壊れた携帯電話を見せた。
実際は『創造』で作りだした偽物だが、見た目には本物と区別できない。
「この中に音声データが残されてました。どうやら戦闘中に記録として録っていたようです。調べたところ、あなたが裏切ったことを示唆する言葉が残されていますね。学園で修理すれば、データを復元して事件の全貌も解明できるでしょう」
「くだらない。戦闘中に音声記録する人なんているわけない」
「あなたに殺された……いえ、前回の討伐依頼で亡くなった撃退士の中には、私の教え子もいたんです。その子は戦闘中に画像や音声を残しておくのが癖でした」
無表情で嘘をつきながら、雫は陶子の反応をうかがっていた。
が、動揺はまったく見られない。「ふっ」と笑って彼女は言う。
「そんな都合のいい話、あるわけないから。どうせ『創造』でも使ったんでしょ。あなた詐欺師にはなれないね」
誰も彼も陶子を甘く見ていた。
彼女の決意は本物だ。自白して刑務所送りになれば『復讐』を続けられない。どんな誘導にも拷問にも、絶対に折れない信念がある。
「まぁまぁ皆さん、決めつけはいけません。被害者のヒヒイロカネが見つからなかったことで陶子さんが疑われてますが、それも彼女なりの方法でどこかに弔われているのかもしれませんよ」
雅人が能天気な主張で口をはさんだ。
あまりの発言内容に『おまえはなにをいってるんだ……?』みたいな視線が一同から浴びせられる。中でも陶子は、完全に阿呆を見るような目を向けていた。
ここまで一向に埒の明かない状況だ。
それを見かねたように、佳槻が口を開く。
「あなたは認めないようですが、どうやら天使の眷属にはなれなくてもあの男の同類にはなれたようですね。女に捨てられて追うこともできず、へたりこんで八つ当たりを繰り返したあの男と」
「あの人は、死んだ天使を追いかけて死んだの! 私を置いてね!」
ここまで比較的平静を保っていた陶子だが、佳槻の言いがかりには強く反論した。
そして佳槻の次の一言が、彼女を混乱の淵に叩き落とす。
「あなたは知らないんですね、あの男の主である天使は生きてるんですよ。仇討ちなど最初から見当違いというわけです」
「え……!? どういうこと!?」
「これ以上は語りません。あなたには何を言っても無駄でしかないので」
「なんで! 教えてよ! なにを知ってるの、あんた!」
「なにも知らないまま、男に捨てられたショックでヒステリーを起こして人を殺すような女には何を言っても仕方ないでしょう。大体あなたは自分を天界の眷属と思い込んでいるようですが、撃退士を何人殺したところでそんなものにはなれません。現実を見なさい」
佳槻の発する言葉すべてが、陶子のプライドを粉々にした。
その全身を赤黒いオーラが包み、鮮血のようなアウルが鎖から滴り落ちる。
「今の言葉を撤回しなさい。そして、あなたの知ってることをすべて吐きなさい」
「おことわりです」
佳槻が答えた瞬間、陶子の手から鎖が飛んだ。
明確に殺意の籠められた一撃だ。
が、この攻撃は玲治が『庇護の翼』で肩代わり。
すぐさま雫のダークハンドが陶子を拘束し、同時に恋音のライトニングとゼロの雷菊が撃ちこまれた。殺さないよう、いずれも手加減されている。とはいえダメージは相当だ。倒れなかったのはアストラルヴァンガードの耐久力ゆえである。
「ち……っ、卑怯者ども! いつもいつも群れやがって!」
痛みと怒りで冷静さを失った陶子は、もはや殺意を隠そうともせず再び佳槻に襲いかかった。
その手を、慈の銃弾が撃ち抜く。
ジャラッ、と鎖が地面に落ちた。
「あんたまで私を撃つの!? 裏切り者!」
多少は信用していた慈に銃撃されたことで、陶子は激昂した。
そのままなりふり構わず、慈めがけてコメットをぶっぱなす。
こうなれば、もはや自供も何もない。言い逃れ不能の現行犯だ。
直後、四方から飛んできた攻撃が瞬時に陶子を打ち倒した。
身動きできなくなった彼女を、玲治が手錠で拘束する。さらに自殺を防ぐためヒヒイロカネを取り上げ、猿ぐつわを噛ませるという念の入れよう。ここまでされては、もう何の抵抗もできない。血と雨と泥にまみれながら、陶子は慈を睨みつけるばかりだ。
「まっさん大丈夫か? 頭から血が出とるで?」
ゼロが慈に話しかけた。
「大丈夫です。これは僕への罰として受け止めましょう。……陶子さん、僕はあなたに謝らなければいけません。最初会ったとき、あなたのことをまっすぐで弱いと思いました。目的がなければ、ただ助けても自ら死を選ぶのではないかと……。だから復讐をエサにしました。学園に来れば、あなたも友人や師と出会い復讐以外の道を見つけると思ってたんです。……そう、僕のように。でも楽観でした。あなたは予想以上に、まっすぐで、強かった。見誤りました。水族館で助けておきながら、そのあとあなたを導けなかった。……ごめんなさい」
慈は深々と頭を下げた。
陶子は猿ぐつわを噛まされて言葉も発せないが、その目を見れば誰でもわかる。どんな謝罪も彼女の耳には届かないと。
「しかし何やな。おまえの殺意はぬるいわ。しょせん垂れ流しやったらそんなもんか。もっと鋭い殺意の中で生きてきた身としては矮小やわ。だいたいな、俺にもこの学園に殺したい奴なんか何人もおる。てめぇのこと棚に上げて綺麗事ぬかす野郎とかな。でもな、そんなやりかたでおまえも含めて誰かが満足するとは思わんことやな」
説教するでもなく、ゼロが淡々と告げた。
「まァ別に復讐してもいいと思うけどォ、バレないように綺麗に処理しないさよォ。事故死に見せかけるとかァ……今回のやりかたじゃバレバレじゃないのォ、疑いをかけられたらおしまいよォ?」
黒百合は最初から最後まで楽しそうだ。
「みなさん油断大敵ですよ! もしかすると大天使が陶子さんをスカウトしにくるかもしれません!」
今日の雅人は最初から最後までどうかしてた。
彼の思考と行動は常人には理解できない。恋音は付き合う相手を真剣に考えなおすべきである。
こうして陶子は殺人未遂で捕縛され、恋音のシンパシーによって前回の『味方殺し』も殺意をもって行われたことが確定。ひとまず久遠ヶ原のしかるべき施設へ収容されることとなった。
「結局、やってきたことは自分に返ってくるだけだ……」
雨の中、手錠姿で学園職員に連行される陶子を見送りつつ、独りごちる玲治。
このあと護送中の『事故』で陶子は脱走するのだが、それは彼らの責任ではない。
復讐の血の雨は、降り続ける──。