調理実習室の前に、『台風コロッケ会場』なる看板が立てられていた。
書いたのは、アーティスト科講師・小筆ノヴェラ(jz0377)
本日は矢吹亜矢との共同主催である。
会場には既に多くの生徒が集まり、思い思いにコロッケを作っていた。
外は台風で大荒れだが、実習室もそれに負けない盛り上がりぶりだ。
「今日はKCB番外編と聞いて来ました! 私は途中参加組ですが、逆転優勝めざして頑張りますよ!」
袋井雅人(
jb1469)は妙に張り切っていた。
「まさか納豆コロッケとか言い出さないでしょうね?」
亜矢の問いも無理なかった。最近の雅人は納豆とおっぱいのこと以外アタマにないのだ。
案の定、彼は答える。
「もちろん私が作るのは納豆コロッケと焼肉コロッケですよ! とにかく焼肉と納豆は万能なのです!」
「焼肉はいいけどさぁ……」
「食べればわかります! 納豆はどう調理してもおいしい完全栄養食ですから!」
「納豆はごはんだけで十分よ」
「もちろん納豆ごはんは最高ですが、コロッケにもあうんです! ぜひ試食していただきたい!」
そう言うと、雅人は調理にかかった。
レシピは単純。普通にマッシュしたジャガイモに納豆やカルビを混ぜ、整形して揚げるだけだ。シンプルisザベストというか、名前そのまんまである。
「あら……? 意外とおいしそう?」
「『意外と』ではありませんよ! 試食タイムをたのしみにしててください!」
「台風でコロッケねェ……どんなのを作りましょうねェ?」
大量のジャガイモを前に、黒百合(
ja0422)は首を傾けた。
「普通のコロッケじゃ面白くないしィ……ん〜」
じきに彼女はポンと手を叩き、学園のどこかから何台かの機械を運んできた。
調理実習室の一画に、それらが一直線に配置される。
・PREMIUM 4Gキャノン
・トータル制御コンピュータ
・スチーム式鉄板ミット
・空気圧縮調整機器
とてもコロッケを作るとは思えない。
ロケットの燃焼試験場みたいだ。
「さてェ……調整は念入りにねェ♪」
機械技師みたいな手つきでマシンをいじる黒百合。
「なにか凄いコトしてるね」
ノヴェラが目を止めた。
「あはァ、3秒でコロッケを作るつもりよォ♪」
「火が通るのかな」
「最先端の科学技術と私のアウル技術を駆使すれば可能……だと思うわァ♪」
「実際やってみてほしいな」
「すこし待ってねェ……真の『台風コロッケ』をめざして、風力発電で充電してるところだからァ」
「エコだね♪」
黒百合3秒クッキングの結果は、番組のあとで!
「ふと思ったのですが……今回のイベントの趣旨って、処理に困ったジャガイモを無理やり消費させることでは?」
だれもが薄々察していることを、雫(
ja1894)は改めて確認した。
「『無理やり』ってなによ! だれも無理に参加しろなんて言ってないでしょ!」
亜矢が怒鳴った。
「そうですか。ヒマな生徒を無報酬で酷使して、不良在庫を処分するのが目的ではありませんでしたか」
「あたしはただコロッケが食べたかっただけよ! 自分じゃ作れないから、料理できる人たち集めたんでしょうが!」
「コロッケも作れないんですか、亜矢さん……」
「うっさいわね! あんただって殺人スイーツ作るでしょうが!」
「まぁその話は置いておくとして……材料が足りないので買い出しに行ってくれませんか?」
「冗談じゃないわよ、こんな嵐の中!」
「台風が大好きだと聞きましたが? こういう嵐の夜は外に出たくなるのでは?」
「見てるだけでいいの! 見る専! こんな嵐の夜に外出するのはバカだけでしょ!」
「台風が好きというのは口だけでしたか。あなたにはガッカリです。では卍さんに頼みましょう」
「あいつは帰ったわよ!」
「つくづく役に立たない人たちですね」
溜め息をつく雫だが、こんなのに参加するほうがどうかしてる。
そんな中、月乃宮恋音(
jb1221)は明らかにコロッケではないものを作っていた。
持参した強力粉で生地を作り、こねているのである。
「なにやってんのアンタ。うどんでも打つつもり?」
亜矢が訊ねた。
「えとぉ……これは、パン生地ですよぉ……。亜矢先輩は、コロッケパンが大好物のはずなのでぇ……」
「そう! そのとおりよ! さすが恋音、気が効くわね! KCBポイント+100!」
「それはちょっと、やりすぎでは……。それにKCBの主催者は、小筆先生ですよねぇ……?」
「冗談よ! ところで、そのアーモンドは何に使うの?」
「こちらは、コロッケの衣として使おうかと……」
「コロッケパンは普通のコロッケのほうがいいでしょ」
「そこは他の皆さんのコロッケを、使わせていただこうと思いますぅ……」
「なら文句ないわ。コロッケパンたのしみにしてるわね♪」
ホクホク顔で他の参加者を見に行く亜矢。
じつは勝手にコロッケパンを作ろうと思って購買のパンを持ってきてたのだが、恋音の手作りパンのほうがおいしいに決まっている。
実習室の片隅では、華子=マーヴェリック(
jc0898)が何台ものビデオカメラを並べていた。
完全にキッチンを包囲する形だ。まるでハリウッドの撮影現場。
「ウフフ……今日は愛するとしおさんの個人撮影会……もうどうにかなりそうだよ〜!」
身悶えしながらも、最高の映像を撮るべくカメラアングルに気を使う華子。
彼女の目的は、ただそれだけ! コロッケなにそれ状態だ。
ていうか彼女はもうとっくに『どうにか』なってると思う。
「そろそろ調理をはじめてもいい?」
佐藤としお(
ja2489)が訊ねた。
「もうちょっと待って! まだ撮影の準備ができてないよ〜♪」
「今日は料理の手伝いをしてくれるって聞いたような……」
「一流のアスリートだって、自分のパフォーマンスを録画してトレーニングに活用するでしょ。それと同じ!」
華子の強引な理論が炸裂した。
まぁ暴力でねじふせるよりは平和的である。
ちなみに今日の撮影会は華子にとって『花嫁修業』らしい。完全にどうかしてる。
「準備完了! としおさん、はじめて!」
「よしきた! いざ調理開始!」
今回としおが作るのは、ごく普通のコロッケだ。
まずはジャガイモ。大鍋に入れて水からゆでる。
ゆでたら皮をむいて、グニグニと潰す。
さあ、ここが難所のみじん切り。
タマネギが目に染みるけど、涙こらえて我慢我慢。
炒めよう! ミンチを塩コショウで。
潰したジャガイモ混ぜたら、丸く握る。
小麦粉、玉子にパン粉をまぶして180度の油で揚げれば……はい、コロッケだよ!
「これを器に盛りつけて……コロッケラーメン完成っ! いや〜、ラーメンって何のトッピングでも合うよね〜」
なにかの行進曲みたいな調子で、あっというまに料理が完成した。……って、ラーメンいつ作った!?
「これがとしおさんのコロッケラーメン……キャベツはどうした〜っ!」
華子が怒鳴った。
そこでハッと我に返る。
「……あれ? 私、なにしに来たんだっけ? ……ま、いいか。こんな近くでとしおさんが撮影できたんだもん♪ この映像は永久保存版よ!」
礼野智美(
ja3600)は、剣術部での活動を終えたところだった。
部活中は気付かなかったが、見れば外は大荒れの空模様。
「あ〜、これはひどいな。まぁ撃退士だから帰れないこともないけど……今日は部室に泊まるか」
そこへ美森あやか(
jb1451)が声をかけた。
「そういえば今夜、台風記念でコロッケを作るイベントがあるんですって。お夕飯もまだだし、ちょっと見てみない?」
「台風記念って何だ?」
「よくわからないけど興味はあったの。もともと参加するつもりはなかったんだけど……」
「コロッケねぇ。材料あったかな。んーと……」
智美は部室の冷蔵庫を物色しはじめた。
「ふむ、挽き肉ある、玉ねぎと人参もある、つけあわせのキャベツもある……夕飯のおかずにはなるだろうし、まぁ行ってみるか。この手のイベントはイヤな予感するんだけどな……」
そう言うと、智美は二人分の米を炊飯器にセットした。
あやかはコロッケの材料とエプロンを用意。そろって調理実習室へ向かう。
そして会場を見たとたん、智美が眉をしかめた。
「やっぱり、あの忍者が主催者か……。たいていロクなことにならないし、さっさと作って引き上げよう。爆発事故なんかに巻き込まれたら堪らない」
「え、智ちゃん何か言った? いま『爆発』とか物騒な言葉が聞こえたような……」
「なんでもない。空耳だ。せっかく来たからには作って帰ろう」
あいてる場所を選んで、手早く調理にかかる智美。
あやかも料理は得意なので、智美と並んでジャガイモを手に取る。
「智ちゃんは、どんなコロッケ作るの?」
「そうだな……まず普通のコロッケは外せないとして、あとはカレーコロッケとチーズインコロッケあたりかな」
「じゃあ、あたしもそうしようかな。それぞれ形を変えても良いけど……同じ形にして何が当たるか楽しむのもいいかも?」
そんな会話を交わしつつ、淀みなく作業を続ける二人。
とくに難しい料理でもないので、すぐ完成だ。
「じゃあ部室に戻ろう」と、智美。
「ほかの人のも食べてみたかったけど、そうだね。帰ろうか」
ちゃちゃっと後片付けして、二人は揚げたてコロッケを手に実習室を出て行こうとした。
その背中に亜矢が大声を浴びせる。
「待ちなさい! 勝手にコロッケ作って帰るつもり!? 挨拶ぐらいしなさいよ!」
「ああ、面倒なのが出てきたか……」
智美が溜め息をついた。
「だれが面倒よ! ここから出て行きたいなら、そのコロッケをひとつよこしなさい! ショバ代よ、ショバ代!」
ヤーさんじみたことを言い出す亜矢。
「わかったわかった。大声を出すな。俺のをひとつやるよ。それでいいな?」
「待って智ちゃん、あたしが渡すから。もともとあたしが誘ったんだし」
あやかが止めた。
「いや俺が出す。最初から予感はしてたんだ」
「じゃああとで、あたしの半分あげるね?」
などと、バカップルみたいなことをはじめる剣術部。
これには亜矢も逆ギレする以外なかった。
「あー、もういいわよ! とっとと帰ってコロッケ食べなさいよ! 言っておくけど次はタダじゃ帰さないから!」
そんなこんなで、智美とあやかは仲良くお手製コロッケをお持ち帰りすることができたのだった。
そのころ、龍崎海(
ja0565)は暗い校舎の廊下を歩いていた。色々と雑用があって帰宅が遅くなってしまったのだ。
ふと実習室の前を通りかかると、『台風コロッケ』なる集まりが開かれている。
「この台風の中帰宅するのもなぁ……夜まで天気の様子を見るついでと、夕食のために参加してみるか」
そう言うと、海は手ぶらで実習室に入っていった。
見たところ、まっとうなコロッケが多い。そこで彼はひとつ思いついた。
「ふむ……せっかくだし、食べ方もいろいろ工夫したらどうかな?」
「面白い案があるなら聞くわよ?」と、亜矢。
「通常のコロッケに激辛コロッケを一つだけ混ぜた、ロシアンコロッケはどうだろう」
「いいんじゃない? パーティーの定番よね」
「じゃあそれで行こう。普通のコロッケは大量にあるようだし、俺は激辛コロッケを作ればいいかな」
海が調理に入った。
ロシアンとはいえ、根が真面目な彼に殺人レベルの激辛コロッケは作れない。食べ物を粗末にしたくはないのだ。
しかも激辛を引いてしまった人のために、飲み物まで用意する気配り。
なぜロシアンコロッケなど考えついてしまったのかと、不思議になるレベルだ。
そんな料理風景の中、鴉乃宮歌音(
ja0427)は黙々とコロッケを作っていた。
停電の危険があるため、IHではなくガスコンロを使用。さらに念を入れて、ナイトビジョンを装備している。ふだんから白衣姿なので、その姿は何やら怪しい実験に取り組むマッドサイエンティストにしか見えない。
だが作っているのは、ただのコロッケだ。
否、『ただの』コロッケではない。
まずは、持参したカニの身をほぐす。
次に玉ねぎを微塵切り。カニと混ぜ合わせ、塩胡椒を振って炒める。
そこへマーガリンを落とし、小麦粉と牛乳で練ればタネ完成。
カニの爪を飾りつけたら、あとは通常どおりパン粉をまぶしてカリッと揚げる。
カニアレルギー以外の人なら誰もが愛してやまない、カニクリームコロッケの出来上がりだ。
ちなみに停電だの何だのは完全に取り越し苦労だった。
念には念を入れて拳銃やスタンガンも持ってきてたのだが、とくに何の騒ぎも起きなかった。今回の参加者は良識派ばかりだ!
こんなに平和な料理会、はじめてかも。
「台風コロッケか。もちろん私が作るのは闇鍋コロッケに決まっている」
当然のように、鷺谷明(
ja0776)はそんなことを言い出した。
「コロッケは鍋の具にならないでしょ!?」
すかさず亜矢がツッコんだ。
「安心していい。煮込むわけではない。ただ鍋にコロッケを入れるだけだ」
「それ鍋にする意味ある?」
「意味? 意味など求めることに意味はない。まぁただの闇鍋では、皆の予想の範疇だろう。そこで私が提案するのは、ロシアンルーレット形式だ」
「それ、もう他の人がやってるわよ」
「私のロシアンは違う。普通のコロッケが『はずれ』で、ほかが『あたり』だ。ところでKCBとやらの採点基準って『おいしい=ネタになる』って意味だよね?」
「お笑いコンテストじゃないんだから」
「そうなのか。……まぁ始めよう。まずは普通の男爵芋コロッケを……『あたり』のコロッケには、コーヒーゼリー、ラムネ、ぼんたん飴、雑草……なんだか面倒になってきた、矢吹君かわりに作ってくれ」
「自分でやりなさいよ!」
「なにかこう……低気圧のせいかな、気分が乗らない」
「自分で言ったんでしょ!」
「わかったわかった」
よっこらしょと言いながら、作業を再開する明。
やがて一杯の闇鍋コロッケが完成する。
その瞬間。
「うおおおおおっ! タコだ、凧! 上げずにはいられないッ!」
やおら雄叫びをあげ、自作の凧をひっさげて外へ飛び出す明。
引き止める間もなく嵐の真っ直中に飛び出した彼は、雷に打たれたうえ突風に吹き飛ばされて、闇の中へフェードアウトしていった。
「なんだったの、あいつ」
さすがの亜矢も、それ以外の言葉がなかったという。
「話は聞いたのぢゃ! 妾を呼ばずにグルメな催しとは言語道断ぢゃ!」
『日本は滅亡する!』みたいな勢いで、Beatrice(
jb3348)がスパーンとドアを開けた。
ミリタリーポンチョの似合うその格好は、さながら炊き出し部隊の隊長のごとし。台風だろうとお洒落に気を使うのが淑女のたしなみです。
「では早速、試食させてもらうのぢゃ。妾の舌を満足させるコロッケはあるかのう」
「待ちなさい! 食べるのは作ってからよ! 働かざるもん食うべからず!」
亜矢がポンチョを引っ張った。
「ふっふっふ……そう言うと思って、最強のシェフをつれてきたのぢゃ。出でよ、御料理姫!」
Beatriceの召喚に従って、水無月沙羅(
ja0670)が現れた。
「なにか妙なノリですけれど、KCBの一環と聞いて参上しました。よろしくお願いします」
「あんたは料理うまいから大歓迎よ」
「では始めましょう。通常のコロッケは当然ですが、本日は油で揚げない『スコップコロッケ』を作らせていただきます」
「油なしでコロッケが作れるの?」
「ええ。揚げないので、胃にもたれないし何よりヘルシーです。作りかたは簡単。まず普通にジャガイモをゆでて……」
一言で言えば、普通に挽き肉と玉ねぎを炒めてマッシュしたジャガイモに加え、耐熱皿に盛った上に炒めたパン粉をかけ、オーブンで焼くだけだ。
「見た目が全然コロッケじゃないわね」と、亜矢。
「食べればちゃんとコロッケの味です。材料が同じなので当然ですが。あとはせっかくなので、普通のコロッケも作りましょう。胸焼けしないよう、キャベツの千切りも大量に……と」
物凄い勢いでキャベツを刻む沙羅。
はたしてKCBボーナス点を獲得できるか?
「たしか台風コロッケって、15年前の台風のとき某大型掲示板のやりとりが発祥だったような……」
そんなネット知識を呟きつつ、浪風悠人(
ja3452)はジャガイモの皮をむいていた。
久遠ヶ原に来て以来料理の腕を磨いてきた彼にとって、コロッケなどお手のもの。
今晩のおかずを台風の中買いに行かなくて済むという、単純な理由での参加だ。
用意したのは、牛肉切り落とし、カレー粉、タマネギ、塩胡椒、小麦粉、卵、パン粉。
まずは肉をこまかく切り、刻んだタマネギとあわせて炒める。
塩胡椒で味付けして半分ずつ分けたら、潰したジャガイモも半分に分けてそれぞれに混ぜる。
分けた片方には、カレー粉を投入。
つまりノーマルのコロッケとカレーコロッケを作るのだ。
形を整え、小麦粉、玉子、パン粉の順に付けたら油で揚げる。
念のため……というか当然のごとく、16個だ!
「わかってるわね、あんた!」
亜矢が悠人の背中をブッ叩いた。
「うお……っ!?」
危うく高温の油をこぼしそうになる悠人。
「ちょ……、危ないでしょう! 油を扱ってるんですよ!」
「あ、ゴメンゴメン。だれも台風コロッケのことわかってないから、知ってる人を見つけて嬉しかったのよ」
「それはわかりましたけど、気をつけてください」
「さーて、試食がたのしみね〜♪」
話を最後まで聞かず、ほかのコロッケを見に行く亜矢だった。
「話は聞いたのねん。台風なんかに私の食欲が削ぎ落とされるとでも思って? いいわ、学園すべてのコロッケを食べてあげる♪」
王者のごとき余裕で、ユリア・スズノミヤ(
ja9826)は実習室の扉をバーンと押し開けた。
胃袋ブラックホールの異名を持つ彼女にとって、コロッケなど水のようなもの。いくらでも飲める。
「待ちなさい! 食べたければ、まず自分で作るのよ!」
コロッケに襲いかかろうとするユリアを、亜矢が止めた。
「あ、そうなのん? 自分で作るんだねん。おっけおっけ。おいしいの作ってパーティしよ☆」
食べるのが大好きなユリアだが、作るのも大得意。コロッケには比較的こだわりもあるのだ。
まず作るのは、シンプルな肉屋風のコロッケ。
材料は、ジャガイモ、豚挽き肉、タマネギというシンプルさだ。隠し味の生クリームが職人芸。
続いて、いまの時期にぴったりのカボチャコロッケ。
バターの風味をきかせたカボチャは、もはやスイーツと言って良い。
3品目には、ベーコンとマッシュルームのクリームコロッケ。
説明の必要もない、そのまんまの一品だ。
それら全てに、キャノーラ油を使用。少量でカラッと揚がる、エコでヘルシーな油である。
「温度はやや低めをキープして〜、狐色になる少し前で取り出すのがコツだよねん☆」
みごとな手際で、次々とコロッケを揚げてゆくユリア。
油を切って少し置くと、余熱でほっこり仕上がる算段である。
「ん〜、われながら良い出来だねん。ちょっと味見♪」
と言いつつ、片っ端から食べてしまうユリア。
「あ、大丈夫。すこしは残しておくから。みんな食べてみてねん☆」
「嵐の夜って妙にわくわくするです」
いつも明るいザジテン・カロナール(
jc0759)だが、今夜はひときわ良い笑顔だった。
彼の召喚獣『クラウディル』が人間界に降臨したのが嵐の夜だったことも、影響しているのかもしれない。
「そう、嵐の日は心が浮き立つのよ。アンタ天魔のくせにわかってるじゃない」と、亜矢。
「僕も人間界のことが段々わかってきたのです。台風の日にはコロッケを食べる習慣があるというのも、またひとつ勉強になったです」
こうしてザジテンは、今日もまたひとつバカになる。
そんな彼が持参したのは、カレー粉、合い挽き肉、玉ねぎ、卵、米(2kg)、千切りキャベツ、トマト。
まずは米をといで炊飯器にセットする。
挽き肉と玉ねぎ(みじん切り)を炒めて、塩とカレー粉で調味。
蒸かして潰したジャガイモに混ぜたら、通常どおり油で揚げる。
とてもシンプルな、カレーコロッケだ。
「あとはキャベツとトマトでサラダを作るですよ。栄養バランス大事です」
実際問題みんなコロッケばかりなので、野菜は重要だ。
「なるほど、KCB(久遠ヶ原・コロッケ(croquette)・バトル)ですか……え、違う?」
Rehni Nam(
ja5283)は、ひとりボケひとりツッコミしながら包丁を手に取った。
まずは得意の『包丁一閃』!
ニンジン、玉ねぎ、ピーマンが、たちまち木っ端微塵切りになる。
これらの野菜をオリーブオイルで炒めたら、わざわざ持ってきた冷や飯を投入。
塩胡椒とコンソメで味を調え、火が通ったらコンロから下ろす。
粗熱がとれたら、中心にチーズを押し込んで握り拳半分ぐらいの球状に整形。
玉子とパン粉で衣をまとわせ、油で揚げる。
最後にケチャップベースのソースをかければ、できあがり。
「完成、ライスコロッケです!」
「これはこれでおいしそうだけど……本来の目的と違うのよ」
亜矢が難癖をつけた。
「というと? なにが目的でした?」
「大量にジャガイモがあるって言ったでしょ」
「ああ、つまり在庫処分が目的でしたか」
「人聞き悪いわね。まぁいいわよ、カニクリームコロッケとかカボチャコロッケ作ってる人もいるし」
「なんなら普通のコロッケも作りましょうか?」
「大丈夫、普通のコロッケは沢山あるから。むしろライスコロッケ大歓迎よ」
実際まっとうにコロッケ作る人が多すぎた。
だれか一人ぐらいモノマネとかやると思ったのに!
「えーと、これでみんなの料理は出そろったかしら。じゃあそろそろ乾杯の合図を……」
テーブルに並ぶ数々のコロッケを見て、亜矢が確かめた。
「うんうん、出そろってるのねん。どれもおいし〜☆」
いただきますの合図とか何とか知らんもんねとばかりに、ユリアはとっくにコロッケを食べだしていた。『味見』の延長である。
「なに勝手に食べてるの! こういうのはみんなで『いただきまーす』ってやるのがマナーでしょ!」
「そのとおりですよ! 亜矢さんを差し置いて好き勝手にコロッケを食べるなど、許しがたい行為です! おおっ、恋音のコロッケは最高ですね!」
とかなんとか言いながら、雅人は普通にアーモンドコロッケをほおばっていた。
見れば、大体みんな勝手に食べている。漫画みたいに全員の料理がそろってから一斉に『いただきまーす』なんてのは無理。だって冷めちゃうからね、仕方ないね。
「まぁいいわよ。今日のあたしは機嫌がいいの。みんなじゃんじゃん食べて」
開きなおる亜矢。
「では早速ですが……コロッケパンをどうぞぉ……」
焼き上げたコッペパンにコロッケをはさんで、恋音が持ってきた。
一口かじって亜矢が一言。
「コレめっちゃおいしい!」
「中身は私が作った焼肉コロッケですよ」
雅人が胸を張った。
「最近忘れてたけど、あんたマトモな料理もできるのよね」
「納豆コロッケも是非どうぞ。本当においしいですよ」
「そっちは遠慮しとく」
「何故ですか!?」
「じゃあ僕が納豆コロッケをいただくです」
ザジテンが興味津々でやってきた。
人界知らずの彼だが好き嫌いはない。納豆コロッケ上等とばかりに、ザクッと一口。
「これ、おいしいです。納豆のネバネバが消えて香ばしくなってるですよ。ごはんのおかずにピッタリです」
「おまけに栄養もたっぷりですからね」と、雅人。
「僕のカレーコロッケも食べてください。結構うまくできたですよ」
「もちろんいただきますよ。今日は皆さんのコロッケを全制覇する予定ですからね」
「僕も付き合うです! みんなのコロッケ気になるですっ!」
雅人とザジテンは意気投合し、コロッケ試食ツアーに出た。
「コロッケラーメンいかがっすかー」
いつもの調子でラーメンを提供してるのは、御存知ラーメン王としお。
雅人たちはもちろん、多くの生徒が行列を作っている。
ラーメン王の新作ということで、噂を聞いたラーメンマニアが集まってきたのだ。この一画だけラーメン博物館みたいになってる。
「さすがとしおさん……」
その様子を、十数台のカメラで余さず撮影する華子。
今日の彼女はひときわ幸せそうだ。
そこから少し離れた所では、世紀の大実験が始まろうとしていた。
黒百合の3秒コロッケクッキングである。
謎のマシンがズラリと並ぶその迫力には、野次馬たちも騒然だ。
「さてェ、充電完了ォ……調理開始ィ♪」
黒百合がスイッチを叩くと、2本のプラスチック管の中をジャガイモ(つぶしたもの)と、炒めた挽き肉&玉ねぎが高速で走り抜けた。そのまま両者は管の中で合流し、加速しながら水平に発射される。舞い上がる小麦粉、玉子液、パン粉。謎のアウル力で空中に固定された高温の油、と一瞬で通過し、最後はクッションに激突。
完成したのは、ぐちゃぐちゃになって焦げたジャガイモの何かだった。
「残念、調理失敗ィ♪」
「いや料理は失敗したけど黒百合君の意気込みは評価しよう! これこそアートだよ! KCBポイント3点!」
ノヴェラは大絶賛だった。
「あらァ、いいのォ?」
「うん。これからも頑張ってね」
だが次のKCBに黒百合は参加してないのだった。
そんなこんなで、台風コロッケパーティーは良い感じに盛り上がっていた。
ロシアンコロッケで激辛を引き当ててしまう不幸な悠人の姿と、自作のコロッケでいつもどおり胸が肥大化してしまう恋音が目立つが、その程度だ。
歌音は一人黙々とカニクリームコロッケを揚げ続けてるし、ユリアも黙々と……ではなくRehniとおしゃべりしながら互いのコロッケを試食している。
爆発物を持ち込んだり、ゴキブリを仕込んだり、おっぱいで全てを押しつぶしたりする者はいない。撃退酒の出番もなく、いたって平和なひとときだ。いやマジでどうしたっていうぐらい、なにもハプニングが起こらない。約1名だけ嵐の中へ凧揚げに行って行方不明になってしまった男はいるが、完全に自己責任なのでハプニングでも何でもない。なお彼の遺作となった闇鍋コロッケはわりとおいしく食べられました。
「ではこのあたりで、妾の特製コロッケを披露するのぢゃ」
最後のとっておきとばかりに、Beatriceが沙羅と一緒に皿を持ってきた。(駄洒落!
出てきたのは、フルーツトマトの中身をくりぬいてコロッケのタネとチーズを詰めこみ衣を着けて揚げたもの。サラダが横に盛りつけられて、ジェノバソースが添えられている。
「名付けて台風コロッケ・アランチーニ風。妾のコロッケはプリティでスイート! デリシャスなのぢゃ♪」
「どうぞ皆様。トマトのフレッシュな味わいと、チーズの濃厚なコク、そしてカリカリしたコロッケの三味一体をご賞味ください」
Beatriceと沙羅の凸凹コンビは、なかなかの仕事ぶりだった。
この少々変わったコロッケに、皆が飛びつく。
「さすが水無月君。ユニークな料理だねぇ♪」
と、ノヴェラが言った。
「いかがでしょう、KCBの点数はいただけますか?」
「うーーん、いい線まで行ったけど惜しい。せっかくだから『台風らしさ』があればよかった。これじゃ、ただのおいしい料理だからね」
「難しいことをおっしゃいますね……。では次に活かしましょう」
というわけで、KCBポイントを得たのは黒百合だけだった。
ここでBeatriceが場をまとめるように語りだす。
「皆も知ってのとおり、台風……自然の力とは壮大で強く恐ろしいモノぢゃ。だが我らの力はもっと強い! がんばれ若者たちよ!」
「なに勝手に終わらせようとしてんのよ!」
亜矢が怒鳴った。
「そろそろ締めの時間ぢゃろ」
「時間なんてないわよ! 今日は朝までコロッケパーティーなんだから! 名付けて徹コロ!」
「どこかの大物司会者みたいな名前ぢゃのう。まぁそういうことならパーティー続行なのぢゃ」
こうして徹夜コロッケが決まった、そのとき。
ガラッと扉を開けて、やってきたのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)
「いやー、嵐の夜の学校っていいよな。この世の終わりって感じがビンビンだからなー」
「出たわね! スイカ割りのときと同じく、爆破オチは絶対阻止させてもらうわよ!」
亜矢がいきなり光纏した。
初手から殺る気満々である。
「なに言ってんだ、この凶暴女。俺はコロッケ食べに来ただけだっつーの」
「とか言いながら、爆弾とかミサイルとかサリンとか持ってるんでしょ!」
「いくら俺でも最後のは持ってねーよ。てかコロッケ食わせろよ。それとも自分で作れってか」
「『おまえに食わせるコロッケはねえ!』って言いたいけど、おとなしくしてるならいいわよ」
「俺をなんだと思ってんだ。いつも悪さばかりしてるみたいじゃねーか」
と言って、おとなしくコロッケを食べ始めるラファル。
そしてふと思い出したかのように、周囲へ話しかける。
「そうそう。さっき外を眺めてたらさ、雨のカーテンの向こうに妙なモンが見えたぜ。ちょうど一昔前の恐竜映画みたいな……こんなやつ」
スマホをプロジェクターにつなぐと、ラファルは『ジュラシック公園』のパチモンみたいな映画を流した。
やがてスクリーンに登場する、巨大なT−REX。
と同時に、実習室の窓の向こうにも恐竜の頭部がヌッと現れる。
どがしゃああああああん!
窓が割れ、壁がブチ壊されて、恐竜の頭が突っ込んできた。
猛烈な雨と風が室内に吹き込み、コロッケが舞い散る。
平和なコロッケパーティーは一瞬で壊滅だ。
「「ラファルゥゥゥゥ!!」」
亜矢だけでなく何人かが同時に叫んだ。
「俺は何もしてねーー! 野生の恐竜がコロッケの匂いにつられてきたんだー!」
「「恐竜がコロッケ食うかー!」」
コロッケを作って食べるだけのイベントは、たちまち恐竜型の天魔退治になってしまった。
だがこの程度のことは、久遠ヶ原の生徒にとって日常茶飯事。
摂取したコロッケのカロリーをアウルに昇華して──行け! 撃退士たちよ!
なおラファルは味方の攻撃に巻き込まれて病院送りになった模様。