死者が出るかと思うぐらいの熱さで幕を開けた『寿司大食い大会』は、いたって平穏に始まった。
席に座っているのは、総勢22名の撃退士たち。
白紙が3人いたわけではない。
無料の食い放題だというのに、村上友里恵(
ja7260)と草薙雅(
jb1080)の2名は店員として手伝いを志願したのだ。
そして、カレーパン命・最上憐(
jb1522)は、『食い放題イコール店内の食材は何でもOK♪』と解釈し、厨房に潜入している。
\フリーダム!/
「とりあえずビール!」
第一声は、桝本侑吾(
ja8758)のオーダーだった。いわゆる『とりビー』である。
彼はゆうゆうと最後尾の席に座り、唐揚げをツマミに一杯やるつもりだ。いや、一杯どころでなく何十杯もやるつもりだ。
じつはこの店、寿司がうまいのは当然ながら、サイドメニューも充実している。とくに『比内地鶏のパリパリ唐揚げ』は、かなりの評判なのだ。もちろん、酒も唐揚げも『皿』に乗っているので、ちゃんとカウントされる。これは好成績が期待できそうだ。
……それはともかく、今日は暴力ふるわないんですか? あれ? 勝負の世界は非情じゃないんですか? 超期待してたのに! ウェポンバッシュしない侑吾なんて侑吾じゃない!
……でもまぁ酒のためなら仕方ない。わかります。
そんなエセ平和主義者な侑吾と対照的に最上流の席に座っているのは、鳳静矢(
ja3856)。
彼は命を賭けた熾烈な戦いの果てにこの席を奪った──のではなく、なんの苦労もなく取れてしまったのである。ジャンケンすらなかった。『なるべく上流に座る』の一言だけで、この席を確保してしまったのだ。なんという省エネプレイング! これぞ頭脳の勝利!
「ほう……次はこれか」
好き嫌いはないので、流れてきた寿司を淡々と食べる静矢。その洗練された手さばきは、ただ寿司を食っているだけでも絵になるほどだ。イケメンは得だな。
彼の隣に座っているのは、もちろん妻の鳳蒼姫(
ja3762)である。
「サーモンなのー。アキのサーモンなのー☆」
大好物のサーモン握りをゲットして、無邪気に笑う蒼姫。
この店にはノーマルのサーモンだけでなく、炙りサーモン、オニオンサーモン、とろサーモン、バジルサーモン、チーズサーモン、アトランティックサーモン、ギガンティックサーモンなどなど多彩なバリエーションがそろっており、サーモン好きな蒼姫にはたまらない仕様となっている。まさにサーモン天国! サーモン本人にとっては地獄!
「アキはサーモンが大好きなのですよぅ〜☆」
こぼれる笑みとともに、地球上からサーモンを絶滅させんばかりの勢いで食いまくる蒼姫。
これは二人とも好記録が残せそうだ。
「なんだよ。タコ焼き食べ放題じゃなかったのかよ!」
なにか勘違いして参加してしまったのは、十八九十七(
ja4233)。
どうやら『食べ放題』の部分しか耳に入ってなかったようだ。よっぽどタコ焼きが好きらしい。
「シラフじゃあやってられねえ! 九十七ちゃんは酒を飲む!」
自前のウォッカを持ちこんだ九十七だが、じつはこの店にはウォッカも置いてある。そればかりか、ウイスキーもブランデーもジンもテキーラも、なんでもある。ハイパー寿司屋なのだ。
「こいつぁいいや!」
思わぬタダ酒にありついて、ゴキゲンの九十七。好物のアナゴを肴に、ハイペースで飲みまくり、食いまくり、酔いまくる!
「タコ焼きがお寿司にクラスチェンジしたって聞いたわ!」
一方こちらは、タコ焼きより寿司が好きな雪室チルル(
ja0220)。普通そうだよね。
彼女の好物は、玉子やイクラなど子供好みのネタだ。
「とりあえず玉子! 玉子!」
この店の『特選玉子焼き握り』は、かなりの一品。これを食べるためだけに県外から訪れる客もいるほどなのだ。その味は折り紙つきである。やったね、チルルちゃん!
でも、なかなか流れてこない玉子。
上流のほうで取られてしまうのだ。さては静矢のしわざか!
イクラも流れてこない。さてはクマのしわざか!
しかたなく、カッパ巻きを食べるチルルちゃん。
でも、これはこれでおいしかったりする。
やがて、待ちに待った玉子が流れてきた。
「ねんがんの たまごやきを てにいれたわ!」
ヒマワリのような笑顔で頭上に皿をかざすチルルちゃん。
そのとたん、ポロッと落ちる玉子。
そのまま湯飲み茶碗の中へドボン!
「あうあうあーーー!?」
チルルは……二度と玉子を取れなかった……。
カッパ巻きとかんぴょう巻きだけを食べながら、永遠に玉子を待ちつづけるのだ。
そして食べたいと思っても食べられないので、
……そのうちチルルは考えるのをやめた。
「寿司食べ放題と聞いては黙ってられへんな!」
やる気満々で腕まくりする桐生水面(
jb1590)は、開始早々から『赤身→ねぎとろ→トロ炙り→中トロ→大トロ』のマグロ5連コンボを決めると、そこからは玉子にアナゴ、ウニ……などなど、手当たり次第に取っていった。
やる気満々である。
「忘れちゃならんのが炙りサーモン! 油が乗ってて旨いで〜♪」
幸運にも蒼姫の手を逃れてきた、一皿の炙りサーモン。大海原めざして逃げる途中だったが、水面に食われてしまう。
サーモン大絶滅! ……じゃなくて大人気!
さて、ハードボイルドなトレンチコートに身をつつみ、黙々と皿を積み上げていくのは矢野古代(
jb1679)。
妙に周囲を警戒しているのは、ヒットマンにでも追われているのだろうか。
それとも、暴力に走る撃退士がいないかどうか警戒しているのかもしれない。
だが今回、彼の心配は杞憂に終わりそうだ。畜生。
「アナゴとかシンコとかエンガワにカマトロ……あ、アワビもいいなー」
古代の横では、空木楽人(
jb1421)が高い皿ばかり食べていた。
ゲットしたアワビのうち、ひとつを自分で。もうひとつをヒリュウのひー君に食べさせている。
見かけによらず大食漢の楽人、召喚獣の食べる分もあわせて、かなりの速度で皿を重ねていく。さりげなく強力な作戦だ。
テイマーは得だな!(ステマ)
そんな楽人の友人、緋野慎(
ja8541)は隣の席でマグロをぱくついていた。
その次はハマチ、次にイカ。オーソドックスなネタを中心に、どんどん食べていく。好き嫌いはないので、なんでも手当たり次第だ。慎も楽人も大食い大会には関心ないが、ふつうに食べているだけでもかなりのハイペースで皿が積まれてゆく。
「おいしいねー。楽人」
「うん、来てよかったねえ♪」
「だねー。あ、楽人、エンガワきたよ。取ってあげる」
「ん、ありがと。慎くんも一個食べる?」
「もらうもらう!」
おいしそうにエンガワを分けあって食べる慎と楽人。
ああ、なんとほのぼのした光景。一時は『寿司屋でバトロワ!?』などという説もあったが、こういう平穏な食事会も悪くないなぁと思わせる光景である。(そんな説を流していたのはMSだけだ)
ほのぼの空間を演出する彼らの横では、地堂光(
jb4992)が涙を流しながら寿司を食っていた。
いつもは姉の作る殺人料理ばかり食べさせられている光。まともな寿司を──というより、まともな料理を食べるのは久しぶりなのである。
マグロやイカ、カッパ巻きなどのスタンダードなネタを取りながら、「うまい、うまい」と涙を落とす光。普段どれだけ凄まじいものを食わされているのかと思うほどだ。
「ここまで喜んでくれるたぁ、うれしいじゃねぇか畜生……!」
泣きながら寿司を食う光の前で、寿司職人たちもまた感動の涙を流していた。
「よほどお寿司が好きなんですね」
中トロの皿を取りながら、折田京(
jb5538)が話しかけた。
「俺、いつもロクなもの食ってなくて……。寿司なんか本当に久しぶりなんだ……!」
涙を流し、寿司を口に入れながら答える光。
「わかります、その気持ち。私もふだんは貧しい食生活を送っているもので……」
実際、京はここ半月ばかり野菜炒めしか口にしていない。それはそれでヘルシーだが、育ち盛りの少女にとっては拷問に近い。だからこそ、今日は食って食って食いまくるのだ。
「今日は頑張って食いまくろうぜ! 一ヶ月分……いや一年分の寿司を食ってやるんだ!」
「もちろんですとも。この機を逃したら、次はいつ食べられるかわかりませんからね……」
そんな会話を交わしながらも、ふたりは競いあうように皿を重ねていく。
どちらも大食い大会には興味ないが、これは良い記録を残せそうだ。
「……ぴんと立った銀シャリに、口の中でとろける大トロ。……大将、良い腕をしておるの」
なぜか一般客に混じって寿司を食べているのは、小田切翠蓮(
jb2728)。
妨害工作を警戒してのことだが、残念。とくに必要はなかった。
しかしながら、『悪魔の囁き』で板前をひとり籠絡した翠蓮は、意のままにネタを握らせ、レーンに流させず直接受け取って食べている。
まさか、寿司屋でこのスキルを使うとは。
さすがのマイペースぶり。いつものことながら(?)みごとな策士だ。
「このウニも、みごとよのう。濃厚な潮の香りと豊潤な甘みが舌に心地良い」
悪魔の囁きを使いながら、ほめまくる翠蓮。
「ほほう。このイクラときたら、口の中でぷりぷりと弾けおるわ。とろけだす海のエキスと海苔の香りが織りなすハーモニー。絶品じゃのう」
さすがはベテラン解説者・小田切翠蓮。『囁き』など使わずとも籠絡できたのではないかという口の巧みさである。
これは確実に好記録が期待できよう。
「すしは初めてだな……。あんま、生で食うってないからなぁ」
生の魚を食べ慣れていないSadik Adnan(
jb4005)は、ちびちびと玉子やアナゴを食べていた。
手に取るのは、火が通っているネタばかりだ。
それでも色々と種類はあるが、さすがに飽きてくる。
「せっかくだし、一個ぐらい……」
何皿か食べたところで、おそるおそる中トロに手をのばすSadik。
びくびくしながら口に入れ、慎重にもぐもぐする。
やがて、その顔がパッと明るくなった。
「サシミ? ……だろ? なんだ、魚って生でもうまいんだなぁ」
一度おいしさを知ってしまえば、もう止まらない。
次から次へと皿を取り、召喚獣と一緒に食べまくるSadik。
「ほら、キュー。うまいぞ。な?」
その笑顔は、ふだんの殺伐とした彼女からは想像もできないほど明るいものだった。
ああ、バトロワにならなくて本当によかった……。
「わあ、おスシだ (・∀・)!」
きらきらと瞳を輝かせるのは、レグルス・グラウシード(
ja8064)。
ヨーロッパで育った彼にとって、寿司を食べるのはレアな体験だ。
しかし、どうにもタイミングがつかめず、うまく皿が取れないレグルス。取りたいと思った皿は上流の人に取られ、よくわからないネタは取るか取るまいか迷っているうちに流れていってしまう。回転寿司の皿にはネタの名前を書いてほしいと思うレグルス君なのであった。
「と、とれない…… (´;ω;`)」
「そういうときは、直接注文すればいいんですよ。なにが食べたいんですか?」
となりに座っている樋熊十郎太(
jb4528)が声をかけた。
この二人は過去に同じ依頼をこなしたことがあり、知らぬ仲ではない。
「えと……。じゃあ玉子で」
「すみませーん! こっちに玉子ふたつくださーい!」
むやみにでかい声で注文を通す十郎太。
一瞬、レグルスがあわてる。
「えっ? ふたつ?」
「俺も食べますんで。ここの玉子は、かなりうまいらしいですよ」
「そうなんですかー」
のんきに言ってから、レグルスは急に何かを思いだしたようにハッとした。
「あっ。このまえはお世話になりました」
「ああ、購買のヤツですね。いえいえ、こちらこそ」
「あのテント飯にはビックリしましたよねー」
「ですね。あれはすごかった……」
思い出話に花を咲かせつつ、出てきた玉子握りをほおばる二人。
その味をたしかめると、彼らは顔を見合わせて微笑んだ。
余談だが、その間もチルルはしょんぼり顔で玉子を待ちつづけていたという。
「寿司だって魚の肉だ! 肉はゆずらん!」
独自の理論をのべて一心不乱に食べまくるのは、ハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)。
同居人の事情で最近ロクに食べてなかった彼女は、いまや一頭の飢えた獣だ!
「マグロ!」
「カツオ!」
「サーモン!」
「カジキ!」
赤身のネタばかり取るハルティア。肉っぽく見えるからだろうか。
おそろしいハイペースで飛ばす彼女の前には、たちまち皿のタワーが建築されてゆく。
「赤貝!」
「甘エビ!」
それは魚ではないのだが、気付いてないのかもしれない。
というより、胃に入りさえすれば何でも良いのだろう。
「うおっ!? 肉だ! 肉! 肉がある!」
流れてきたカルビキムチの皿を見て、狂喜乱舞するハルティア。
そう。ハンバーグ握りや豚カルビ握り、イベリコ豚炙りなどなど、この店には肉系のメニューもそろっているのだ。
「ヒャッハー!」
肉を前にして目つきが変わったハルティア。一頭の怪獣と化して皿に襲いかかる!
さわがしいハルティアの横で、神喰茜(
ja0200)は黙々と寿司を味わっていた。
まず白身のタイやヒラメといったところから入り、マグロ、ブリなどをおさえたあとで、旬のネタへ。なかなかの『通』である。
この時期のネタといえば、カレイ、キス、アジといったところだ。
これを順に食べると、彼のキスの味がするという。駄洒落はやめろ。(旬なのは本当です)
「ん。おいし♪」
お茶をすすりながら、寿司を満喫する茜。
その表情は、じつに幸せそうだ。
さすがの茜も、寿司屋で暴れる気はないらしい。
「これが寿司か……。見たことがない」
なぜか光纏しながら皿を取っているのは、コンチェ (
ja9628)。
密教の僧侶である彼は修行中に視力を失い、全盲なのだ。しかしながら光纏中はかろうじて周囲が見えるため、こうして寿司を食っているのである。彼以外に光纏している者はいないため非常に目立つが、やむをえない。そうまでしてでも、寿司が食ってみたいのだ!
さりげなく上流の席についたコンチェ。手当たり次第に皿を取っては食い、取っては食い。トロが流れてきたときなど、親の仇を討つかのごとき勢いで奪い取る。味がわかっているのか、それとも値段がわかっているのか……。いずれにせよ、あまり僧侶らしからぬ行為である。
さて、以上はあまり真剣に優勝する気のない人々。
残るは、優勝めざして本気で大食いに挑む面々である。
まずは並木坂・マオ(
ja0317)選手。
じつは『がんばる』の一行プレイングだったのだが、無論がんばって優勝を狙っている。
手に取るのは、赤身や甘エビなどの、さっぱり系ばかり。当然の二カン食いで、時間節約のため醤油はつけない。水やお茶も極力ひかえ、鬼のような速度で寿司を胃に詰めこんでゆく。
その真剣な戦いぶりは、まさにフードファイター。
優勝を狙う参加者が他にいなければ、一行プレイングで優勝してしまう可能性すらあった。
だが、もちろん優勝しようと必死で挑むファイターもいる。
その筆頭は森田良助(
ja9460)。
シリアス大食い漫画『喰いしん暴』の愛読者である良助は、大食いの知識や技術に関して誰よりも上を行く。
基本は二カン食い。マオと同じように食べやすいネタを選び、こまかく咀嚼しながら胃に流し込んでゆく。水は必要最低限しか飲まない。ときどき立ち上がって体を動かし、胃の蠕動運動を刺激することも忘れない。
もちろん、大食い大会だからといって朝食を抜いたりはしない。そんなことをすれば胃の容量が小さくなってしまうのだ。ちゃんと食べて、胃腸のコンディションは万全にしてある。
ペース配分も重要だ。二時間という長丁場では、『早食い』ではなく『大食い』のスキルが求められる。なにも考えずに最初からフルスロットルで飛ばしてはダメなのだ。タイムリミットの瞬間まで手を止めないためにも、いまは自分のペースで食べ進める。
すべて漫画で得た知識だが、理論は正しい。彼もまた実力ある食闘士と言えよう。
だが問題は、142cm38kgという小柄な体格。
ほかの実力者たちとの体格差をはねかえし、優勝できるのだろうか!?
そして、皆から離れた席でひとり黙々と食べつづけているのは、桐生直哉(
ja3043)。
ふだんから底なしの胃袋を誇る彼にとって、大食い大会など余興のようなものだ。良助とは対照的に、大食いの知識や技術など一ミリも考えず、メニューの端から順番に注文してゆく。しかも10皿ずつ。大食いでは避けるべきとされる軍艦や巻きもの、デザートもガンガン食べる。こまかいことなど、まったく気にしない。
そのペースは驚異的だ。
積まれた皿は恐ろしい勢いで高層タワーを作り上げ、天井にまで届くほど。
確実に優勝候補である。
あるのだが……。
ひとりだけ、異次元の戦いを展開している者がいた。
その名は革帯暴食(
ja7850)。
ついに出ました、喰うことに関しては誰にも負けないと自負する、食欲魔神。
「喰い放題っつったァよォなァァァッ!?」
おびえる店員を前に、彼女は開始10分ほどで既に100皿以上をたいらげていた。
その名のとおり、ふだんから『喰う』ことしか考えてない暴食。フィジカル、メンタルともに、これほど大食いに適した存在は他にないだろう。まさに『食』の最終兵器!
これはちょっと規格外すぎる。小学生がプロレスごっこしてたら本物のレスラーが飛び入り参加してきたようなものだ。笑うしかない。
優勝決定!!
……いや、もう、だって、無理でしょ? 無理ゲーだよ、これ。参加者一覧見たとき笑っちゃったもん。プレイングにもまったく隙がないし。
というわけで、あとは二位争いだ!
──と思いきや、暴食に並ぶ勢いで食いまくっている者がいた。
最上憐である。
『擬態』と『隠走』で厨房に忍び込んだ彼女は、カレーライスを見つけるや否や、店をつぶす勢いで食いはじめたのである。──否、『食っている』のではない。『飲んでいる』のだ。その勢いは凄まじく、寸胴鍋いっぱいのカレーはたちまちカラに。
「……ん。カレーは。飲み物。飲料。飲む物」
そして二杯目の寸胴鍋に取りかかる憐。
最上憐式カレーライスの食べかたは、こうだ。
カラの寸胴鍋に、ホカホカごはんを入れる。一升ぐらい。
そこへカレーをぶちまける。二升ぐらい。
そのまま、鍋をかかえて一気飲み。
ズゴゴゴゴゴッ!
凄まじい音を立てて、カレーライスが憐の胃袋に流れ落ちてゆく。目を疑う光景だ。──おお、彼女の胃は異空間につながっているのか!?
残念ながら皿の数で優勝が決まる大会なので彼女の勝利は有り得ないが、腹に収めた量ならこれもまた人類の規格外。
暴食を倒す可能性を秘めた数少ない参加者だっただけに、できれば着席して食べてほしかったものだ。
さぁ、大食い大会もそろそろ中盤。
そんな中、さりげなくトップグループに混じっているのは、お手伝い中の友里恵。
彼女は一皿握るごとに一皿食べるという作戦で臨み、現在かなりの量の皿を積み上げている。
狙いはサーモンとホタテだ。
ああ、ここでもサーモン絶滅計画が。
「ずいぶん食べたものでござるなあ」
おなじく手伝い中の草薙雅が、あっけにとられたように言った。
彼はといえば、一皿も食べていない。とにかく撃退士の皆においしい寿司を食べてもらおうと、心をこめて握りつづけている。本手返しによる握りの技術はみごとなもので、外見上は職人が握ったものと遜色ない。
「お上手ですねえ」
感心したように言う友里恵の握りは、おせじにも上手とは言えない。が、今回は仲間の撃退士たちに食べさせるものなので店側は快くOKした形だ。そういうわけで、ときどきグチャッとしたネタが流れているのは彼女のせいなのである。無論どんな出来であろうと暴食が食ってしまうので、これっぽっちも問題ないのだが。
「よぉ、アンタ。イケる口だねぇ」
いい感じに酔っぱらいはじめた九十七は、だいぶ砕けた口調で侑吾に話しかけた。
「ああ、酒は大好きでね。……そっちも相当みたいだが」
「へへへ。まさか寿司屋にこいつがあるとは予想もしなかったぜ」
そう言って、九十七はストレートのままウォッカをあおった。ロシア人みたいな飲みかたである。
ふたりとも、相当な量のアルコールを飲んでいる。とくに侑吾は『ザル』どころか『ワク』の大食い/大酒呑みであり、カウンターに並べられたお銚子の数たるや、目を疑うレベルだ。唐揚げの皿も、かなりとんでもないことになっている。こっちはこっちで比内地鶏を絶滅させるつもりらしい。ウェポンバッシュはまだですか?
「さぁて、開始から一時間が過ぎたでー。ここらで各選手の模様をお送りしとこかー。あ、実況はうち。桐生水面や。よろしゅーな」
早々におなかいっぱいになり戦線離脱した水面は、デザートのプリンを手にしながら実況をはじめた。
「あー、もう見てわかるとおりやけど、革帯はんがダントツ一位やで。ちょっとインタビューしてみよかー」
エアマイクを手に、暴食の前へ駆け寄る水面。
「いま一位ですけど、どんなお気持ちですか?」
「ああン!? ジャマすんじゃねェーーよ! 喰われてェのかッ!?」
「あぃえええっ!」
あわてて逃げだす水面。
いまの暴食に話しかけるのは、ドラゴン型サーバントにインタビューを求めるようなものだ。
「こ、こわぁ……! なんなん、あの人。ホンマに喰われるかと思ったわ。シャレならんで」
ガクブルしながらも、プリンをほおばる水面。
「よ、よっしゃ。気を取りなおして、つぎ行くで? ええと、二位の人は……」
こりずにインタビューを敢行する水面。
「現在二位の桐生選手。意気込みをどうぞ!」
「ぶっちゃけ勝ち目なさそうだな。まぁせいぜい最後まで食べつづけるだけさ」
「そうですかー。逆転めざして頑張ってください! ……ほな、三位の人んとこ行くでー」
参加者を見渡して、皿の山をざっと数える水面。
一位と二位はパッと見ただけですぐわかったが、三位は僅差だ。
どうやらここだと判断して、突撃インタビュー。
「三位は、たぶん鳳静矢さん! どうですか、ご感想は」
「ん? 私が三位なのか? 意外だな。いちばん上流の席に座れたのが大きかったか……?」
それはもちろん、かなり大きかったと言えよう。好みのネタを選べるのは有利だ。どこの席でも店員に直接オーダーすれば同じかもしれないが、そのぶん時間をロスするのは当然。無駄なく時間を活用しようと考えれば、やはり上流の席は有利なのだ。
「ありがとうございましたー。……えー、四位以下はかなりの混戦やなぁ。ちうか、冷静に見るとえらい光景やで、これ。さすが撃退士やなぁ。お店の人ら、食い放題にしたの後悔してるんちゃうか?」
たぶん後悔しているだろう。
すべての元凶となった矢吹亜矢は、そしらぬ顔でコロッケ握りをパクついている。なんでもあるな、この店は。
そんなこんなで、開始から90分が過ぎた。
さすがに戦線離脱者が何人かいる。
ペース配分をまったく考えず野獣のように食べまくっていたハルティアはパンパンにふくれたおなかをかかえて床に倒れ、おなじく『ペース配分なにそれ』状態だったチルルも「けふぅぅぅぅ」と床に転がっていた。ちなみに玉子は一個も取れていない。
サーモン討伐隊長・蒼姫は、とっくに離脱してのんびりとデザートタイム。
Sadikは自分で食べず召喚獣にばかり食べさせている。
そんな離脱者たちをよそに、まだまだ食べつづけるフードファイターたち。
しかし、さすがに疲労の色が濃い。
最低でも三位には入ってみせると必死で食べてきた良助も、手が止まりがちだ。さすがに『喰いしん暴』の知識だけでは差を埋められなかったか。『大食い仔牛園』も読んでおけば良かったかもしれない。
レグルスも、食べ慣れない寿司でペース配分をまちがえたか、完全に手が止まっていた。もっとも、彼は貴族出身のセレブ。タダで食べられるからといって、無理して食べる必要はまったくない。
そういう点で言うと、地堂光と折田京の二人は『無理してでも食べておかなければならない派』だった。この機を逃がしたら、次に寿司を食える日など永久に訪れないかもしれないのだ。たがいの食糧事情を知った二人は、ともに同情しあい、はげましあいながら、ただひたすら明日のために寿司を食いつづける。感動を呼ぶ(?)光景だ。
やがて120分が経過し、終了のブザーが鳴った。
第一回大食い選手権、終了!
皿の集計がはじまる。
さて、結果は──?
では、五位から発表だ。
第五位! 空木楽人!
「え……っ? 僕ですか?」
おどろく楽人。
「やったね、楽人!」
「おお。おめでとう、空木さん」
慎と古代が拍手した。
居並ぶ撃退士たちを押しのけて五位入賞とは、実際たいしたものだ。
勝因としては、彼自身の大食いぶりもさることながら、召喚獣の存在が大きい。なんせ、寿司を食べさせてしまうことができるのだから。ある意味、堂々と反則しているようなものである。テイマーは本当に得だな!(ステマ)
第四位! コンチェ!
「俺が四位か。これも修行の賜物だな」
さりげなく良い席を取って淡々と食べつづけたコンチェ、ふだんからの食べ歩きで鍛えられた胃袋によって、みごと入賞。手当たり次第と言いつつも大トロを優先的に狙い撃ちした結果、食べた金額では彼がトップである。
「寿司か……。これはハマるかもしれんな」
食べ歩きが趣味なのに、なぜか一度も寿司を食べたことがなかったコンチェ。新たな食べ歩きコースができたかもしれない。
第三位! 桝本侑吾!
「三位ねぇ……。酒飲んでただけなんだけどな……」
タダ酒飲まずにおくべきかとばかりに呑みまくった侑吾、みごと三位入賞。
「おお、やるじゃねぇか。よし、祝杯だ。祝杯」
いっしょに酒盛りしていた九十七が、侑吾の背中をバンバンたたいた。
ふたりとも相当へべれけだが、大丈夫なのだろうか。
ところで、ウェポン(ryまだ(ry
第二位! 桐生直哉!
「まぁ一目でわかる結果だな……」
彼の前には、もはや数えるのもイヤになるほどの皿の山。
三位以下にかなりの差をつけての準優勝だ。
だがしかし、それでもなお一位との差は大きい。
そして堂々の第一位は!
ドダダダダダダ!(ドラムロール)
やはり、この人! 革帯暴食!
最初からわかっていたとはいえ、あまりに圧倒的! 他をよせつけない完封勝利! なんというゲームブレイカー!
「まだ喰いたりねェぞ? あと十時間ぐらい延長しねェのかよ」
「勘弁してください! 店がつぶれてしまいます!」
土下座しそうな勢いで謝る店員たち。ちょっとかわいそう。
蛇足ながら付け加えてくと、最下位は草薙雅だった。
一皿も食べてないのだから当然だ。
しかし、おみやげ用の寿司はちゃっかり確保してある。ほんとうは全員分を用意したかったのだが、あくまで『二時間食べ放題』であり、その要求は断られてしまった。ただし雅の分だけは店側の好意で『ぜひ持って帰ってください』と手渡されたのである。
そんな雅は、二時間立ちっぱなし握りっぱなしの労働がたたり、ソファで永眠していた。
その寝顔は満足げだ。
「それにしても……お店、大赤字だよねぇ……」
山のように積み上げられた皿を前に、茜はしみじみ呟いた。
他人事のように言っているが、彼女もかなり食べたほうである。
「でも、すごくおいしかったのですよぅ〜☆」
微妙に噛み合ってない受け答えをする蒼姫。
彼女の討ち取ったサーモンの数は、地球の生態系を一変させるほど。──ということは有り得ないが、静矢も驚くほどの量だったのは間違いない。
「……うむ。みごとな寿司であった」
睡蓮はマイペースにお茶をすすっていた。
この優雅な和装の悪魔には、やたらと湯飲み茶碗が似合う。
「参加してよかったなー」
「そうですねぇ。これで明日からの貧しい食生活にもしばらくは耐えられそうです」
光と京は、ひどい食生活を送る者同士すっかり意気投合していた。
そんな撃退士たちから離れたところで、憐はカレーまみれの口元をぬぐいながら言う。
「……ん。そこそこ。満足。また。やらないの?」
今度はスイーツショップの娘がディアボロに襲われたりするかもしれない。
はたしてそれはいつの日か──。