ホッケ男5度目の襲来!
その討伐依頼を受けた8人は、いま現場付近の河原に到着したところだった。
周囲に人影はなく、放棄されたBBQセットやテントが、あちこちに見られる。
「どうやら市民は避難済みであるようだな。敵はもう少し先であろう」
真剣な顔で言うのは、半裸マッチョの堕天使マクセル・オールウェル(
jb2672)
知らない人が見たら、ただの変態である。(知ってる人が見ても変態だ
最初にネタバレしておくが、彼は滝壺に落ちてリタイアする運命である。
「や〜ん、天魔こわ〜い♪」
華子=マーヴェリック(
jc0898)は妙にカワイコぶっていた。
なぜなら今回は、愛するとしおさんとの共同作業(討伐依頼)なのだ。今日はこっそり追跡したり、GPS発信器や爆破装置をとしおの体内に埋め込んだりしなくて良い。ストーカーの汚名は(今日だけ)返上だ!
「なにも怖くないさ。僕にまかせて」
佐藤としお(
ja2489)が、イケメン拉麺スマイルで応えた。
これも先に言っておくが、彼は愛する華子の手で滝壺に突き落とされるという非業の死をとげることになる。
「人の執念って、方向を誤るとこんなにも危ういものなのか……」
無人のキャンプ場を前に、浪風悠人(
ja3452)は呟いた。
「独り…だから…こんな…暴れるもの…?」
浪風威鈴(
ja8371)が、思ったままのことを言う。
「モテないからといって暴れていい理由にはならない。確実に倒そう」
「そう…だね…」
こくりと頷く威鈴。
この夫婦は、存在そのものがホッケ男の宿敵と言って良い。
無論リア充がホッケに勝てるわけないので、彼らも滝壺に落ちる宿命だ。
「はぁ……仲の良いカップルどもですねぇ……」
月乃宮恋音(
jb1221)が、これみよがしに溜め息をついた。
息が酒臭いうえに、やたら目が座ってる。
じつは昨夜(というか今朝まで)学園のマゾ仲間と酒盛りしてたのだ。もちろん未成年なので、ノンアルの撃退酒である。なのに酒臭いのは、体内のアウルが以下略。
そんな次第で恋音のアウルは大変不安定な状態にあり、なんの拍子に体が肥大化するかわからないのであった。
「こんな恋音は珍しいわね。でも大丈夫、恋音には私がいるじゃない」
慰めるように、満月美華(
jb6831)が言った。
210cm199kgの巨体は、マクセル以上の存在感がある。
ちなみにこの二人も滝壺仲間なのだが……みんな落ちすぎじゃね?
「さぁ作戦会議よ!」
雪室チルル(
ja0220)が、真面目な顔で言い出した。
学園屈指の脳筋少女から『作戦会議』なんて言葉が出てくるとはMSもビックリだが、ただのアドリブだった。
だが最近のチルルは確実に頭脳指数が向上している。これぐらいのことは言うだろう。
「依頼書に書いてあったわ。敵は不死身だから下流の滝壺に落とすのがいいって。だから、そこまでおびきよせる囮役と、敵をドンッて突き落とす役に分かれたほうがいいと思うの」
「さすがチルチルね。じゃあ私は、この体格を利用して突き落とす役で」と、美華
「えとぉ……私は満月先輩と一緒に、行動しますねぇ……」
恋音が追従した。
「僕と華子は囮役になろう。敵の目の前でイチャつけば、顔真っ赤にして襲いかかってくるんじゃないか?」
真顔で提案するとしお。
そのとたん、華子が真っ赤になった。
「そ、そんな。敵の前でイチャイチャなんて……としおさんってば」
「危険な作戦だけど協力してくれよね?」
「もちろんですわ、としおさん。心の準備もできてます♪ 最近……って、Σ!?」
としおとキスしたことを思い出して、脳天からボシュッと湯気を噴き上げる華子。
「ど、どうした!?」
「ななな、なんでもありません! あんなことがあったからって、ズルズルと関係を深めるような女ではないのです! これは危険な討伐依頼! 心に一線を規します!」
でもどうしてもって言われたら私……と、小声で呟く華子。
「準備ができてるなら大丈夫だね? じゃあ行くよ?」
「はい、もういつでも受け入れ……はっ! ちち違います! ホッケ男さんをやっつける準備です! 決して変な意味では……! もう、としおさんのバカバカ〜!」
乙女チック・ラブコメ思考のすえ、両手でとしおの胸をポカポカ叩く華子さん。
これはもうホッケ男でなくても殺意が湧くレベルのバカップル!
と、まぁそんな感じで、8人はそれぞれ担当に分かれて行動を開始するのだった。
ちなみに言うのを忘れたが、チルルも滝壺に落ちるので。
つまり全員落ちるってことだ!
一方そのころ──
ホッケ男は、獲物を求めて川原をさまよっていた。
やがて彼が見つけたのは、なぜか威鈴抜きでソロBBQする悠人の姿。
まさか離婚の危機……などということはなく、これは悠人の策だった。男ひとりで寂しく焼肉してるように見せかけて、同情を買う狙いだ。威鈴は下流のほうで身を隠しつつ、様子をうかがっている。
「非モテ……仲間……」
勝手に悠人を仲間認定するホッケ男。
だが彼は気付いた。悠人のソロBBQパーティーの背景に、としおと華子が映り込んでいることに。
しかも二人は──
「それそれ〜」
「きゃ〜冷た〜い♪」
とか川で水をかけあったり、
「きゃあっ、ころんじゃった〜♪」
「!?」
などと水に濡れてスケスケになった華子の服をとしおが凝視したり、
「獲ったどー!」
「あ〜ん、としおさん、ス・テ・キ♪」
とか魚を獲って遊んだり……
さらにはBBQ場に移動して
「としおさん、焼き魚食べさせてあげますね。はい、あ〜ん♪」
「あーん」
と見せつけたり、
「としおさんたら、ほっぺにご飯粒ついてますよ」
とか言って、としおの頬についてた飯粒を華子がパクッとしたり……やりたい放題!
ごく短時間でこれだけできるのは、必殺ラブコメ技『ふたりだけの世界(ザ・ワールド)』の能力に他ならない!
「リ……リア……リア充ゥゥゥッ!」
血の涙を流して突撃するホッケ男。
おお、かつてここまで彼を怒らせた勇者がいただろうか!
しかも! ふたりの間に展開した『LOVE LOVEピンクフィールド』がホッケ男の突撃を撥ね返す! 滅茶苦茶だな!
「なにか騒がしいね。あっちへ行こう、華子」
「はい、としおさん♪」
ホッケ男をガン無視して、崖のほうへ向かう二人。依頼を完全に忘れてる。
その間もホッケ男は諦めず攻撃を繰り返すが、どうやってもラブコメ空間を崩せない。
じきに二人は、滝の流れ落ちる崖の上に到着した。
すると何故か背景は夕焼けに染まり、ムードたっぷりのBGMが流れだす。
「としおさん……大好きっ♪」
「俺もだよ、華子……」
唐突に盛り上がると、としおは華子に顔を近付けた。
そのまま唇をかさねつつ抱擁……しようとした直後
落ちていたバナナの皮を踏んで、としおはつんのめった。
あわてて伸ばした手は、お約束通り華子の胸に!
「あ……アレ? この感じって……」
思わずムニムニするとしお。
そのとたん、華子の全身が真っ赤になって翼がボンッと現れた。
そして、としおをドンッと突き飛ばす。
「としおさんのエッチ〜!」
「ふおおおぉぉーーッ!?」
滝壺に飲みこまれてゆくとしおの表情は、じつに幸せそうであった。
と同時にラブコメ空間も消滅し、華子もホッケ男のチェーンソーキックを背中に食らって滝壺へ。
翼があるのに落ちたのは、おっぱい揉まれて動揺しすぎたせい。
「むぅ……あまりに二人だけの世界すぎて、割り込む余地がなかったのである」
マクセルは一部始終を見ていたが、実際どうしようもなかった。
だが、ここからは彼のワンマンショーだ。
「久しい再会であるな、魚花(ほっけ)殿! おぬしはこの超絶イケメンたる我輩が、今度こそ葬ってやるのである! さあ、おとなしく首を垂れるが良いのである!」
そう、マクセルはホッケ男の初回登場時に対戦しているのだ。
しかもガチバトルで相手の首を斬り落としている。
「だが、そのまえに。すこし話そうではないか。前回は我輩、問答無用でおぬしを討とうとしたこと、少々反省しているのである。さて……おぬし、モテるのが最良であるが、そうでなくともリア充になれればそれで良いとする所があるようだな。そこで提案である、おぬしも料理や珈琲に目覚めてみぬか?」
そう言うと、マクセルは返事も聞かずに珈琲用具一式を取り出した。
そして当然のように抽出開始。
「我輩、モテたいという気持ちはわからぬであるが、充実した人生を歩みたいという気持ちは理解できるのである。我輩は常に、充実し、満足の行く人生を歩んでいるである。……が、それゆえに、この充実感がなくなることを恐れているのである。我輩が料理や珈琲の腕を磨くのも、そのためであるな。良い出来でも、まだまだ先がある。終わりがないからこそ、研鑽という充実した時が過ごせるのである。料理や珈琲ではなく、他のことでも良い。趣味を持たれよ、魚花殿。果てなく腕を磨き続けられるような、そんなものを。……ふむ、おぬしであればチェーンソーアートなど良いかもしれぬな」
セリフが長いよ!
もちろん説得は失敗だよ!
「話は通じぬであるか。……ならばよろしい、チェーンソーなど捨ててかかって来るのである!」
『筋肉祭り』を発動し、ライバック式説得術を駆使するマクセル。
その直後、投げつけられたチェーンソーのハンドルが顔面に命中して、彼も滝壺に落ちていった。
翼があるのに落ちたのは、セリフ長すぎて時間(字数)が尽きたからだ!
「みんな情けないわね! ここは最強剣士のあたいに任せなさい!」
自信満々にチルルが出てきた。
なぜか釣竿を持ってるが、これぞ今回の秘密兵器!
「『りあじゅう』とかいうのは知らないけど、要はそれを使えばいいのよ!」
そう言うと、チルルは釣糸の先につけた『うな重』をホッケ男の前に投げた。
彼女は考えたのだ。『りあじゅう』とは『リア(ルうな)じゅう』のことではないかと。
そこで用意してきたのは、1人前1000久遠の高級リア(ルうな)じゅう!
「これはもう作戦大成功のはず! いいえ大成功確実よ! さすがあたい、ずのうしすうの高さが光るわね!」
スレイプニルに騎乗して、藪に身を隠すチルル。
でも大声でしゃべってるからモロバレだ。
さすがのホッケ男も、意味不明なうな重とチルルを交互に眺めるばかり。
「どうしたの、りあじゅうよ! りあじゅう!」
「リア充……?」
首をかしげつつも、リア充ならば殺すべしとホッケ男がチルルに斬りかかった。
「なんであたいを狙うのよ! もういいわ! 突撃よ、スレイプニル!」
作戦が失敗したので、結局いつもの脳筋プレイに戻るチルル。
そのままスレイプニルごと滝へ突進し、ホッケ男もろとも滝壺へ落下!
という狙いだったが、ホッケ男は寸前で物質透過して地中へ避難。チルルの乗ったスレイプニルだけが崖から飛び出した。
「な……っ! 透過は卑怯よ! スレイプニル、召喚解除!」
結果、ひとりで滝壺に落っこちるチルルちゃん。
……いやいや、なんで解除した!? スレイプニルは飛行できるよ!?
「なにか…色々…失敗…みたい?」
一連の顛末を見て、威鈴は呟いた。
悠人がうなずく。
「誘導がうまくいったのはいいけど、突き落とすのが厄介だな」
「でも…あの人…変な…マスク…何で…つけてる…の?」
「不細工な顔を見られたくないからだろう」
「かわいそうな…人なんだ…ね」
「ああ、いっそラクにしてやろう」
そんな会話の途中、ホッケ男が血相を変えて(マスクだけど)襲ってきた。
「裏切り者ォォ!」
彼にしてみれば、ソロBBQを見て仲間認定してた悠人に裏切られた気分なのだ。
「ここはいったん逃げよう。恋音さんたちと合流したほうがいい」
そう言うと、悠人は威鈴をお姫様だっこで抱え上げた。
そして全力で走りだす。
姫抱きされたまま、威鈴はスマホで恋音に連絡。
「なぜか…応答がない…の…」
「まさか既にやられてしまったとか?」
「わから…ない…」
などと言ってる間に、ホッケ男が距離をつめてきた。
「駄目だ、このままだと追いつかれる。ここで下ろすから威鈴は反対側へ逃げてくれ。ヤツは俺が引きつける」
「わかった…気をつけて…」
浪風夫婦は、二手に分かれて走りだした。
威鈴のほうを狙われては台無しなので、「やーい万年独り身のブサメンー」と挑発する悠人。
「裏切り者ォォッ!」
迷わず悠人に向かうホッケ男。挑発とか無用だった!
「俺は裏切ってなどいない。おまえが勝手に勘違いしただけだ。ついでだから教えてやろう、何故おまえが独り身のまま終わったのかを」
威鈴が逃げる時間を稼ごうと、悠人は語りかけた。
が──
威鈴はふと立ち止まり、「ブサメン…って…なに?」と純真な瞳でホッケ男に問いかけたのであった。
「リ……リア充ゥゥ!」
くるっと方向転換して、ホッケ男は威鈴に襲いかかった。
「そうはさせない! 威鈴は俺が守る!」
ホッケ男を追い越すと、悠人は威鈴の前に立ちふさがった。
この瞬間、夫婦愛を見せつけられたホッケ男の怒りゲージが爆発!
『リア充爆殺チェーンソー』が発動し、悠人も威鈴も滝壺へ葬らんされてしまうのであった。
さて、そのころ。
恋音と美華は、撃退酒でドンチャン騒ぎの宴会を繰り広げていた。昨晩のヤケ酒の続きである。
「飲みすぎよ、恋音。さっきもスマホ鳴ってなかった?」
「いいんですよぉ……どうせ『あの方』からの電話じゃないんですからぁ……」
恋音のヤケ酒の理由は、最近恋人が構ってくれないというものだった。
先日ワカメで緊縛プレイしてたが、あれでは足りなかったようだ。サザエの妹のことではない。
するとそこへ、騒ぎに気付いたホッケ男が登場!
「おぉ……ホッケさん、一杯いかがですかぁ……?」
撃退酒の一升瓶片手に、恋音がホッケ男の腕へ抱きついた。
「!?!?」
生前一度も味わったことのない柔らかな感触に、思わず戸惑うホッケ。
だが恋音は胸をぐいぐい押しつけながら迫る。
「ホッケさんも、こちらを飲むのですよぉ……マスク越しでも飲めるよう、ストローも用意してありますぅ……」
「駄目よ恋音! そいつは天魔なんだから!」
「天魔でも何でも……かまってくれるだけ、ありがたいですよぉ……」
昨夜からの連続飲酒で、恋音の判断力はチルル並みになっていた。
ちなみにホッケ男は乳の魔力で完全に戦意喪失してる。
「恋音、撃退酒を渡して!」
「いやですぅ……!」
一升瓶の奪い合いになり、互いの乳を押しつけあってキャットファイトを演じる二人。
その拍子に恋音の持っている薬物が地面に落ちて飛び散った。
即興薬物カクテル一丁上がり!
とたんに恋音と美華の体が肥大化し、巨大なミートボールみたいになって転がりだした。
ホッケ男は二人の間に挟まれて、身動きもできない。
そのままゴロンゴロン転がって、盛大な水柱とともに滝壺へ落ちる3人。
そして誰もいなくなった。