まず、人魚が現れる前まで時間を巻きもどす。
その日、久遠ヶ原海岸は多くの男女で賑わっていた。
場所柄カップル多めだが、とりわけ仲が良いのは浪風悠人(
ja3452)と浪風威鈴(
ja8371)夫妻。
今日は久々の休日ということで、戦いを忘れるために遊びに来たのだ。ふたりとも海に来ることは滅多にないので、妙にはしゃいでいる。ビニールボールを使って浅瀬で遊ぶ二人の姿は、まさにTHEデートだ。
数分後にはブチ壊しにされる運命だが、いまはただ休暇を満喫するのみ。
浪風夫妻の【目的】は一致している。なにがあろうとデートを続けることだ。
そこから少々離れた場所には、もう一組のカップルがいた。
佐藤としお(
ja2489)と華子=マーヴェリック(
jc0898)である。
ただし彼らの『デート』は一味ちがう。としおは一人で海の家のラーメンを食べに来ただけだし、華子はとしおを尾行してきただけなのだ。
ふたりの【目的】はまったく異なる。
としおの目的は、絶品と噂のラーメンを食べること。
華子の目的は、としおの監視(訂正二重線)観察だ。
「ああ、としおさん……今日はどこのラーメン屋さんに行くのかしら」
どこかから引っこ抜いてきた電信柱に身を隠しつつ、曇りのない瞳で監視……もとい観察を続ける華子。見失う恐れはない。まえもって、としおのシャツには超小型GPS発信器が縫い付けてあるのだ。ストーキング……じゃなくて観察! 観察の準備は完璧!
「としおさんってば最近ぜんぜん遊んでくれないんだから……。でもラーメンなら許すわ。ただし他の女の子に手を出したら……爆破しちゃうかも♪」
そんなリア充たちを横目に、ユリア・スズノミヤ(
ja9826)は一心不乱の潮干狩りに励んでいた。
衣装は、黒地に百合柄のパレオ付ビキニ。防水仕様のヘッドフォンがクールだ。しゃべらなければ完全無欠の美女である。
「ふふ、アサリがザックザクにゃん。今日の晩御飯はコレでオッケー♪ しばらく貝料理には困らないねん☆」
実際かなりの乱獲ぶりだ。彼女の通った跡にはペンペン草も生えないほど(砂浜です
だがアサリごときどれだけ獲ったところで、胃袋BHユリアにかかれば一日で食い尽くされてしまうのだ。
「あー、死ぬほどヒマだぜー。おまけにクソ暑いしよー」
馴染みの顔ぶれを見下ろしつつ、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は監視台に座っていた。
むしろ監視される側であるはずの彼女が、なぜライフセーバーみたいなことをしてるのかというと、いつもの義体特待生ゆえの義務とか何とかいうやつである。誰もこんな救助員の世話になりたくないぞ。
「海といったら海産物ディアボロだろ。いま話題沸騰中のゴジ○でも上陸してきて一暴れしねーかな」
案の定、物騒なことを呟くラファル。
こんなライフセーバーいらない!
「ザザ……ッ……えー、迷子のおしらせをしますー。秘境グンマからお越しのI田さまー……」
呼び出しスピーカーから、間下慈(
jb2391)のアナウンスが響いた。
本日の彼は迷子案内のバイト中。『索敵』や『鋭敏聴覚』を利用して迷子探しに力を貸しているのだ。
ラファルと違って、かなり人の役に立っている。ラファルと違って!
だが、その鋭敏聴覚が今回は仇となった。
ボ エ エ エ エ 〜 〜 〜 〜 ♪
平和な海岸に、突如として殺人的な歌声が炸裂した。
だれもが一斉に、声の方向へ振り向く。
見れば、白い波の向こうに金髪碧眼の人魚の姿があるではないか。
あまりの歌声に、たちまち辺り一帯は騒然となった。
逃げだす者、立ち向かう者、他人まかせにする者……対応は人それぞれだ。特殊抵抗の低さゆえに一瞬で錯乱してしまった者もいる。
慈は決して抵抗値が低いわけではないが、鋭敏聴覚による歌声ダメージは深刻だった。
しかも、この酷暑と疲労、仕事のストレス……すべてのマイナス要素が重なり、彼は毒電波を受信。
「アババーーッ!?」と叫ぶや、機械みたいな声音で実況を始めるのだった。
「皆様こんにちはー。こちらは久遠ヶ原海岸。たったいま人魚型の天魔が現れましたー。さて脳天気な学生たちは、この事態にどう対処するのでしょうかー。実況は間下がお届けしますー」
「おー、おもしろそうな海産物ちゃんが来たじゃねーか。なんでも言ってみるもんだな」
監視台の上で、ラファルがニヤリと微笑んだ。
ロクでもないことを考えついたときの表情である。
「鴨がネギしょってきたからには、ていねいにいじり殺してやるのがラファル道ってなもんだ。ここは『太陽の柱』使えるアカレコ拉致って、覚えたての『鏡傀儡』で光を反射させて攻撃するってのはどうよ?」
よくわからない作戦を立てるラファル。
そのアカレコを見つけるだけで一苦労だぞ、おい。
さて、最初に人魚と遭遇したのはザジテン・カロナール(
jc0759)だった。
ストレイシオンの『レイニール』と一緒に、沖で泳いでいたのだ。
「これは人界に有り得ない音痴……。天魔に違いありません!」
ザジテンはレイニールに爪を研がせると、いきなりチャージラッシュをぶちかました。完全に殺す勢いである。
「ああん……っ♪」
妙に色っぽい声をあげて吹っ飛ぶ人魚。
だがザジテンは追撃の手をゆるめない。
ありったけのチャージラッシュをぶちこみ、さらにマイク状の魔具を手にして校歌を熱唱!
衝撃波が人魚を切り刻む!
もともと天使であるザジテンが人界に下ったのは、この世界の『海』が気に入ったためなのだ。それを汚す者は絶対に許さない!(激おこ
その怒りパワーによって人魚は完全消滅。水の泡となって消えたのであった。
以上! 討伐終了! 完!
……というのは、すべてザジテンの幻覚だった。水の泡となったのは彼のほうで、これが人魚の歌による最初の犠牲者だった。
「あーっと、1人やられましたー。まさにニンギョリアリティ・ショック」
慈の実況が淡々と響いた。
その間にも、海岸は混迷の度を増してゆく。
「おまえが行けよ」「いやおまえが」みたいな醜い譲りあいをする撃退士たち。
なにしろ相手が悪い。耳栓もせずに近付けば、混乱幻覚卒倒は確実だ。
だが、ここで1人の男が立ち上がった。
「いまこそ見せてやる、ヤキニクストLV35に至った僕の奥義を」
彼の名は陽波透次(
ja0280)
今日は海岸でソロBBQを満喫していたところだ。それを汚す者は絶対に許さない!(激おこ
「行くぞ、幻影・影分身!」
掛け声と同時に、透次の姿が二つになった。
そして──通常の二倍の速度で、焼肉を食う! 食う! 食いまくる!
事情を知らない人には(知ってる人でも)理解困難な行動だが、彼は摂取した焼肉量に応じて固有結界『焼肉フィールド』を展開することができるのだ。しかも影分身からの結界力は普段の二倍!
「奥義・W焼肉フィールド展開ッ! うおおおおおっ!」
焼肉戦士覚醒の処刑BGMが流れだし、人魚の歌声を掻き消した。
そのまま水上歩行で突撃し、焼肉ステイシス時空を発生させて止まった時間の中を走る透次。
「やだ〜、こないで〜!」
歌声以外に攻撃手段のない人魚は、両手で水をかけるぐらいしかできなかった。
ちょっとかわいいが、そんな姿に騙される透次ではない。たやすく人魚の眼前まで走り寄ると、彼は水しぶきを立てて海中に潜り背後へ回りこんだ。
「もらった! 必殺・焼肉飯綱落とし!」
むにゅっ♪
「いやぁん♪」
背中から人魚を抱え上げようとした瞬間、透次の手に柔らかい感触が返ってきた。
「こ、これは……!? この柔らかくも適度に弾力があり、手のひらに吸い付くような感覚は……!?」
未知の体験に、思わず夢中で揉みまくる透次。
確信犯的ラキスケである。
「そんなに強く揉んじゃダメぇ……」
「は……っ!?」
人魚の喘ぎ声で、透次は我に返った。
そのとたん、自分のしていたことに気付いて真っ赤になりながら両腕をあげる透次。動揺で焼肉フィールドも消滅している。
「Hな子には、お仕置きよ♪」
「あばごぼ……っ!?」
頭の上から人魚にのしかかられて、透次は幸せな感触に包まれつつ沈んでゆくのであった。
「おーっと、ここで第二の犠牲者。これはオタッシャ重点ですね」
なぜか忍殺語を使いこなす、慈の実況。
そうこうしてる間に人魚のヒトカラは再開され、撃退士たちは次々と倒れて海の家へ担ぎ込まれてゆく。
「まったく……海の家のバイトのはずが、何故こうなる……?」
溜め息をつきつつ、礼野智美(
ja3600)は救助活動に専念していた。
今日は普通に海の家で日雇いのバイトに来ていたのだが、ふたを開けたらこの始末。
戦う予定もなかったのでジョブも本来のものではないため、戦闘力は半減だ。
見たところ常識の通じない相手のようだし……と、傍観しつつ救助役に回ることにした次第である。
「とりあえず学園に通報も入れたし、まかせておけば大丈夫だろう……多分」
歌声の被害が及ばない場所から、双眼鏡で状況を確認する智美。
戦況はあまりよろしくないが、はたしてどうなることか──
「お、おお……? この音痴……いえ個性的な歌声は、なんでしょうかぁ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)は、現場から少し離れた浜辺を歩いていた。
身につけているのは、いつもの牛柄ビキニ。
「近くの海岸でカラオケ大会でもやってるのかもしれません。行ってみましょう、恋音」
応じたのは袋井雅人(
jb1469)
二人は普通にデートで海へ来ていたところだ。
とりあえず、騒がしいほうへ向かう恋音と雅人。
すると、じきに状況が見えてきた。
「あれは……パツキン美女の人魚!? いいでしょう、ここは私にまかせてください」
なぜか両手をワキワキさせる雅人。
揉みに行く気満々である。スナライ持ってるのに。
「あのぉ……その前に、土左衛門……というか、犠牲者の方を救助しませんかぁ……?」
恋音が海面を指差した。
そこには、水死体みたいになって浮かぶザジテンと透次の背中が!
「そうですね! まずは人命救助! 次がおっぱいです! 撃退士として!」
「で、では助けてきますねぇ……」
恋音は瞬間移動を使うと、海中へワープした。
が、そこに待ち構えていたのは『増えるワカメ型ディアボロ』!
「大丈夫ですか、恋音!」
「うぅん……どうやら絡みつくだけで、実質無害のようですねぇ……」
そう言うと、恋音は大量のワカメを引きずりながらザジテンと透次を陸に運び上げた。
そして二人の胸に耳を当てて一言。
「おふたりとも、呼吸が止まってますねぇ……まずは、飲んだ海水を吐かせましょう……ふふふ……」
なぜか妖しく微笑む恋音。
すでに彼女は人魚の歌で錯乱Sモードなのだ。
「様子がおかしいですよ、恋音。救助班を呼んだほうがいいのでは?」
「大丈夫ですよぉ……こういう事態には、慣れてますからぁ……。では行きますねぇ……、炸・裂・SHOW♪」
喉に詰まった餅を吐かせる感じで、恋音の一撃が透次の背中にブチこまれた。
どっぱあああん!
「qあwせdrftgyふじこ」
どぐしゃあああん!
意味不明な悲鳴をあげて吹っ飛び、海の家へ激突する透次。
「いま、海水ではなく血を吐いてましたよ」
雅人の言うとおりだった。
「意識が戻ったのですから、結果オーライですよぉ……? さて、次は……」
恋音がザジテンのほうを振り向いた。
その殺気に当てられて、バッと起き上がるザジテン。
「炸裂掌は結構です! 僕は無事ですから!」
「そうですかぁ……? では、こちらのワカメで緊縛プレイなど、いかがですぅ……? ショタコンのお姉さんたちにいじめてもらいませんかぁ……?」
「意味がわかりません! 正気に戻ってください、レンネさん!」
「私は正気ですよぉ……?」
両手にワカメを握って、にじりよる恋音。
そこへ雅人が立ちふさがった。
「ふおおおおおっ! そういうプレイは私が引き受けますよ! 恋音、ウェルカム!」
「おぉ……では、このワカメをこうして……このように……」
「ふおおおおおッ!?」
プレイの内容は想像に任せる!
ザジテンは何も見なかったことにして、その場を立ち去った。
いいね、ザジテンは何も見なかった! 見なかったよ!
「ほほう……この意味不明かつ唐突なお色気……悪くないですねー。蔵倫の都合上、実況はお送りできませんが……おお、そこまでやりますか月乃宮=サン。実際ハレンチ」
慈の実況通り、恋音の緊縛SMプレイは命がけの代物だった。
言うまでもなく、かかってるのは雅人の命だ。
そんな騒ぎの中、通報を受けた学園生たちが続々と海岸に駆けつけてくる。
「『空を飛べる人急募』って言われて来たけれど……これはひどいわねぇ」
現場の惨状を見て、華宵(
jc2265)は呆れたように呟いた。
辺り一面に轟きわたる、殺人音痴の人魚カラオケ。
それを狙撃しようと頑張る撃退士もいれば、飛行や水上歩行で近接戦闘を挑もうとする撃退士もいる。だが、どれもうまくいかない。近付けば近付くほど殺人音波で脳をやられ、錯乱水没してしまうのだ。狙撃班の面々も徐々に精神を蝕まれ、相打ちをはじめる始末。
「おっと、ここでニューカマー(ダブルミーニング)の登場です。早速そのワザマエを見せてもらいましょう」
「失礼ねぇ、私はオカマじゃないわよ。……ま、ためしにチャレンジしてみましょうか」
華宵の背中に、オオルリアゲハの翅に似たものが生えた。
それを羽ばたかせて、華麗に海の上へと舞い上がる。
その鮮やかな姿に、仲間たちの視線と期待が注がれた。
ぼっちゃん♪
飛び立ったとたん、まっさかさまに落下する華宵。
「無理……この騒音の中は飛べない……」
海面に顔を出すと、華宵は挑戦を諦めて水上歩行で浜辺へ退却した。
あまりの諦めの良さに、周囲からブーイングが浴びせられる。
「え……? 退治しに来たのじゃないかって? 無理無理。高齢者は労わってね?」
無駄にイケメンな笑顔を返す華宵。
ナリは若いが、こう見えても実年齢700歳ほどの後期高齢者なのだ。この世界の年金制度どうなってんだろ。
「まぁ一応ヤル気だけは見せたし、あとは若い人に任せるわ」
全身から水を滴らせつつ、華宵は殺人カラオケの届かない海の家へ歩くのだった。
「は、初めての依頼……がんばらなきゃって……でも、この歌声は……!」
やってきたのは、神風春都(
jb2291)
身につけているのは、Tシャツに短パン。下にはしっかり水着を着けている。
彼女は学園生活こそ長いものの、正式な『依頼』を受けたのは今回が初めてだ。
ほかにも依頼デビューはいくらでもあったろうに、何故よりによってこんな依頼を……。
だが春都には春都なりの参加理由があった。じつは人魚の歌声に触れた瞬間、あまりの美声に感激し涙を流してしまったのだ。現に今も、殺人カラオケと向かいあって感動に震えている。
「変態か……」
「新手の変態だ……」
「重度の変態ね……」
春都の姿を見て、口々に囁きあう撃退士たち。
周知の通り久遠ヶ原は変態のパラダイスだが、この手の変態は珍しい。
「ちょっと待ってください! 私は変態でも音痴でもありません! 繰り返しますけど変態でも音痴でもありませんから!」
いくら反論しようとも、地の文に逆らうのは不可能だ。
「変態と天才は紙一重と言うよ。しかし無念だ。美人の天魔と聞いて駆けつけたのに、残念美人だとは……」
キザっぽく前髪を掻き上げて、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が告げた。
彼もまた人魚の噂を聞いてやってきた一人だが、春都とは目的が180度違う。
「どれほど歪んだ音階も、調和する音をぶつければ美しくなる。僕がしてみせる! さあ、至高のハーモニーを奏でよう!」
言い放つと、ジェンティアンは盗んだ水上バイクで走りだした。
そしてド定番の泥棒ソングで人魚の歌とハモりつつ、波しぶきをあげて海上を疾走!
しかもこれはV家電水上バイクだ! このまま人魚を轢き殺すこともできる!
「そうはさせません!」
春都が炸裂符の爆風を利用して、ジェンティアンの目の前に飛んできた。
準備の良いことにバナナボートも持参しており、ナイス着船!
「先輩、それ以上私のローレライに近付かないでください」
『あまりに音痴すぎるローレライだな!?』
熱唱中なので、スケッチブックで筆談するジェンティアン。
「残念です……初めてお会いしたのに、敵同士だなんて……」
春都がハリセンを構えた。
どうやら刀と間違えたようだ。すでに錯乱している。
『僕も残念だよ、こんなに可愛い女の子と戦わなきゃならないなんて』
ジェンティアンは容赦なく呪縛陣を発動させた。
そして束縛からの……くすぐり攻撃!
「あははははは! やめてください! くすぐったやはははは!」
『ふ……やめてほしければ『まいった』と言うんだ』
くすぐりながら器用に筆談するジェンティアン。……って器用すぎるわ!
ともあれ、そんなほのぼのバカップルめいた二人は仲良くくすぐりっこしながら沈んでいった。
たぶん登場の瞬間から錯乱してたんだ、この人たち。
「あぅぅ……神風ちゃんが、やられてしまったのですぅ……」
悲惨な……というか当然の結末を見て、深森木葉(
jb1711)は震えた。
今日は海辺の戦闘ということで、当然のようにスクール水着だ。ほかに選択肢はないだろという勢いでスクゥゥル水着だ!(注:当MSの依頼では衣装の指定がないと勝手に着せ替えされます)
「でも、あたしには秘策があるですぅ……。音の攻撃には、まず耳栓が一番!ですぅ」
だれもやろうとしなかったことを、あえて強行する木葉。
これはきっと恐ろしい天罰が……と思いきや、なにも起こらない。
「あ、あれ……? 耳栓ありなのです?」
予想外のなりゆきに、木葉はキョロキョロと周囲を見回した。
そこへ意表を突いて巨大なウニボロが!
などということもなく、やはり何事も起きない。
「そ、それなら、予定どおり作戦実行ですぅ」
木葉が取り出したのは琉球楽器の三線だった。
これを奏でることで、人魚の歌声を相殺する狙いだ。
「神風ちゃんが渡してくれた、この楽器で……仇討ちですぅ〜。いきますよぉ〜」
演奏が始まった瞬間、おそろしく調子外れの不快音が飛び出した。
これで人魚の歌声に対抗する作戦だが……どう見ても被害が拡大してるだけ!
「死んでいった神風ちゃんのためにも、あたしは頑張るのですぅ〜。とどけ、このメロディ〜♪」
真剣な表情で三線を掻き鳴らす木葉。
人魚の歌との相乗効果で、被害増大が凄まじい。
「うるさい! ヘタな演奏を即刻やめなさい! 食事がまずくなります!」
海の家から胡椒のビンが飛んできて、木葉の後頭部に命中した。
投げたのは雫(
ja1894)だ。海の家で食事していたのである。
「いたた……痛いですぅ〜……ふぁ……は……ぺぷしっ! ぺぷしっ!」
胡椒まみれになって、炭酸飲料みたいなクシャミを連発する木葉。
相手が木葉とわかってれば雫も耐えたはずだが、わからなかったので仕方ない。
そんな騒ぎをよそに、神谷春樹(
jb7335)は海の家でくつろいでいた。
殺人的音痴の天魔とはいえ、物理的な被害は少ない。まじめに対処している仲間たちもいる。
というわけで、邪魔せず様子を見るというのが春樹の判断だ。
「よけいなことをして巻き込んだり巻き込まれたりするのも何だしね……」
とはいえ人魚の歌声への対処は必要だ。
彼は『雫衣』でパーカーを身につけているように見せつつ、全身を覆う水滴で音を吸収していた。
だが実際のとこ雫衣にそんな機能はないので、あくまで吸収している気になってるだけだ。
本人に自覚はないが、徐々に確実に精神がやられてゆく。
「みんな苦戦してるようだし、そろそろ僕の出番かな」
そう言うと、春樹はスナイパーライフルを担いで砂浜に出た。
彼の見たところ、敵は歌声もさることながら機動力も抜群。それをまとめて打ち消すには……
「ファイアワークスを海中に撃ち込み、水飛沫と爆音で歌を打ち消すと同時に、波で敵の機動力を削ります。みなさん攻撃範囲から出てください。では行きます」
逃げるヒマも与えず、春樹はファイアワークスをぶっぱなした。
巻き込まれて吹っ飛ぶ撃退士たち。
歌で錯乱してたので仕方ない。もちろん人魚はノーダメである。
「やれやれ、みんな一生懸命だねぇ」
逢見仙也(
jc1616)は、完全に休暇モードで騒ぎを眺めていた。
依頼で来たわけでもないので、働く義理はない。耳栓つけて、ダラダラと夏の一日を過ごすだけだ。
「人魚型のディアボロね……。まぁ俺には関係ないね、仕事じゃないし」
海の家で扇風機にあたりつつ、ゴロゴロ寝てばかりの仙也。
外では仲間たちが必死で(?)戦っているというのに、これはひどい。一体なにしに来たんだ。……あ、休暇に来たんだった。
ちなみに明日羽は呼んでも来なかったよ!
あの人、男は嫌いだから……。
「まったく、なんでデート先でまで天魔に出会うかなぁ〜……」
悠人は浅瀬でのボール遊びを諦めて、海の家まで避難していた。
「天魔…見るの…日常に…なってきてる」
思ったままのことを、威鈴が言った。
「まぁ学園からの救援部隊が何とかするだろうし、俺たちはデートを続行しよう」
「それにしても…凄い声…サイレン…みたい…」
「ひどい声だけど、これだけ距離をとれば大丈夫だろう。とりあえず海の家デートらしく、焼きそばでも食べようか」
「そう…だね…」
こんな状況にもかかわらず、「はい、あ〜ん♪」とか始める、リア充夫婦。
敵がホッケーマスクのチェーンソー野郎だったら、秒殺されてるぞ!
実際、数日後そういう目に遭うけど!
次の挑戦者は、美少女レスラー桜庭愛(
jc1977)
コスチュームは、いつもの胸もとに白ラインの入ったチューブトップのハイレグだ。
「夏と海といえば美少女プロレス! これが、その特設リングだー!」
愛がお披露目したのは、波打ち際に設営された特殊リング。
海と陸が半々になった、海産物との専用対戦マットだ。
「さて、そこな可愛い人魚ちゃん、美少女プロレスに興味ないかにゃー?」
ごく普通に、いつもの営業をかける愛。
でも相手は歌しか能力のない人魚なんで……
と思いきや、なぜか近寄ってきてリングイン!
「挑戦を受けるんだね。ならば、早速ゴングだよ!」
愛が言うと、どこからともなくゴングが鳴った。
まずはリング中央で睨みあい……からのチョップの打ち合い。
たがいにダメージを積みかさねて──先手を取ったのは愛だった。ロープ際での攻防から人魚をリング外に投げ落としての大技狙いだ。
「いくぞ。ロープの反動を最大に、今必殺の人間魚雷。トペ・スイシーダ!」
リング上を一往復すると、愛は場外の人魚めがけて華麗な飛び技を敢行した。
それはみごとに相手の顔面をとらえ、そのまま場外KO!
……というのもまた、すべて愛の錯覚によるものだった。
「よーし、あたいの出番ね! 今日もスイカ割りよ!」
ここで自信満々に登場したのは、雪室チルル(
ja0220)
本件の参加者はデフォルトで錯乱してるような人ばかりだが、彼女もその最右翼だった。
この死屍累々の騒音地獄の中で、あえてスイカ割りとは。なんの修行だ。
「うるさいから耳栓装備してと……そして忘れちゃいけない目隠しね!」
耳栓と目隠しで視覚聴覚を遮断して、大剣をふりかざすチルル。だが果たして──
盲目の剣士の刃は、スイカを断つことができるのか? ……できる。できるのだ。
「えらい人は言ったわ。レベルを上げて物理で殴れと。……では、いざ出陣! でやあああああ!」
チルルは脳筋だが、いきなりスイカに斬りかかるようなマネはしない。
スイカ割りの基本ルールとして、まずは剣を地面に突き立てて柄の上に眉間を乗せ、ぐるんぐるん回転するチルル。
この時点で絵的にヤバいが、さらにフラフラしながら大剣をブンまわして闇雲に襲いかかる姿は完全にキの字の人である。ホッケーマスクの殺人鬼より怖い。よし、ここに病院を建てよう。
「おまたせェ……すこし手間取ったけど、カラオケ会場スタンバイOKよォ♪」
チルル並みに意味不明なことを言いながら、黒百合(
ja0422)がやってきた。
彼女の背後には、本格野外ライヴ用の大型スピーカーと、山積みされたアンプ。さらにスモークマシンとレーザー装置が並び、えらいことになっている。これには撃退士たちも唖然だ。
「どうしたのォ? 歌には歌で対抗でしょォ……? あの人魚に勝てるのど自慢はいないのォ?」
無茶なことを言い出す黒百合。
大体いつも無茶なこと言ってる気はするが、そう都合よくカラオケバトルに挑む猛者など……
「わかりました! この場は私が引き受けましょう!
Rehni Nam(
ja5283)が名乗りを上げた。
どうやら歌には自信があるらしいが……コレそういう依頼だったっけ!?
「では一曲歌わせてもらいます……けど、その前に! 私に良い考えがあるのです! あの人魚は回避力が高いようですが、アーティストの新スキル『リズムドフーガ』を使えば必中なのですよ!」
その迷案に、撃退士たちはざわめいた。
そもそもリズムドフーガは誰かが攻撃を当てないと発動しないわけで、ここまでの戦闘において人魚への攻撃に成功したのは透次だけなのだ。
「……え? そもそもフーガの追撃には誰かの攻撃が命中する必要がある? だ、弾幕張って、誰かが一発当てれば後は芋蔓式ですしおすし。やる前から否定するのは……って、誰もうまく行かなかったんでしたっけ。……それでも、それでも命厨の人なら……っ! あ、いませんか。そうですか。まあ、それならそれで、正々堂々と歌で対抗しましょう!」
Rehniはマイクを手に取ると、デンモクで持ち歌を入れた。
さらに『歌謡い』と『ダンス』を発動、召喚獣のクレナイまで呼び出して万全の歌唱態勢だ!
真夏の砂浜にスモークが立ちこめ、カラフルなレーザーが空間を切り裂く。
「おっと、メイン会場ではカラオケバトルが始まるようです。歌で撃退を試みるようで……ぶっちゃけ無理では?」
慈の実況が入った。
そして始まる、カラオケ採点バトル!
「うるさい! よそでやりなさい!」
歌いだした直後、Rehniの後頭部に雫の投げたドンブリが命中した。
今日の彼女はひどく機嫌が悪い。どうやら出てきた料理が今ふたつのようだ。
完全無防備で後頭部への一撃を受けたRehniは失神KO。
それでも最後までマイクを離さなかった彼女は、まさに歌手の鑑。
だが、その程度のアクシデントで尻込みする撃退士たちではなかった。
久遠ヶ原には、なぜか異様に音楽の才能を持つ者が多いのだ。
我先にとマイクを奪いあい、曲を予約してステージに立つ撃退士たち。
そのすべてが、カァーン♪という無慈悲な鐘(ドンブリ)ひとつで退場させられてゆく。
そして海の家へ担ぎ込まれた犠牲者には、心臓マッサージがわりの闘気解放クロスグラビティ!
それでも意識が戻らない者には、業務用発電機を使っての電気ショック!
そんな悲劇の舞台を用意した黒百合自身は決してマイクを握らず、クーラーの効いた海の家でアイスコーヒー片手に仲間たちの悪戦苦闘ぶりを眺めている始末だ。
ここでようやく、ユリアは周囲の騒ぎに気付いた。
ずっとヘッドフォンかけて潮干狩りに没頭していたため、人魚にも何も気付いてなかったのだ。
「なにこれ……カラオケ合戦? 歌の修羅場?」
ヘッドフォン外したらヤバそうだと判断しつつ、ともかくカラオケ会場に向かうユリア。
するとそこには、謎の歌合戦を繰り広げる人魚と撃退士が。
「あれは天魔だよねん? クリスタルダストで口を凍らせたら歌も止まるかにゃ? ついでに貝殻ビキニも巻き込んでポロリさせれば、カラオケどころじゃなくなるはず♪」
というわけでクリスタルダストをぶちこむユリア。
狙いは大成功! 人魚の貝殻ビキニがパラリと外れる!
カワイイヤッター!
なお全て幻覚だった模様。
「なにか外が騒がしいなぁ」
噂に違わぬ絶品ラーメンを堪能していたとしおは、今ようやく人魚の歌声に気付いたところだった。
ためしに店を出てみれば、そこには紛れもない人魚が。
「え? 人魚? まぢ? 人魚って音痴? ……って、あれ? なんだか頭がクラクラしてきた……?」
瞬時に脳をやられてしまうとしお。
もっとも、最初からやられてるという説もある。
「なんて美人だ、彼女を討伐するなんて間違ってる!」(混乱
「あの歌声さえどうにかすれば、討伐されずにすむはずだ!」(混乱中
「そう、今ここに新たな人魚伝説が始まるっ!」(絶賛混乱中
一気に話を進めると、彼は出てきたばかりの店に駆け戻っていった。
「もう駄目だ、これ以上耐えられない。あの天魔は俺が殺す」
せっかくのデートをぶち壊しにされて、悠人は激おこを通りこしてファイヤーしていた。
「そんな…危ない…よ…?」
オロオロうろたえる威鈴。
だが悠人は躊躇なく狙撃銃を手に取り、シリアス顔で海の家を出て行く。
それとほぼ同時に、華宵も海の家から出撃していた。
彼はかき氷を食べてて気付いたのだ。いわゆるアイスクリーム頭痛の原理を応用し(字数がないので略
とりあえず消音用の段ボール箱をかぶって飛行する姿は、まさにダンボー。
両手に持った『死のソース』で一撃確殺を狙う!
「よーし、そろそろ俺様の出番だな。ライフセーバーとして、きっちり片付けてやるぜ」
時間(字数)がなくなってきたことに気付いて、ラファルがアップを始めた。
ああ今回も定番の爆破オチなのか?
「そうですねぇ……もう暗くなってきましたし……終わりの時が来たようです……」
すっかり錯乱殲滅モードに入った恋音は、灰色の瞳でOP薬を取り出した。
これを飲めば、超巨大化したおっぱいが周囲すべてを押しつぶす。
もはやラファルの爆破とどちらが早いかの勝負だ。
だが、ここで!
すべてを救う救世主登場!
「待ったぁー! ラーメンを! このラーメンを食べるんだ!」
としおが絶品ラーメンをつきつけた。
「あら、おいしそう♪」
普通にドンブリを持って、麺をすする人魚。
そしてなんと……ラーメンの背脂が彼女の喉をなめらかにした結果、驚きの美声が!
「見たか、これぞラーメンの力! ラーメンは世界を救う!」
としお完全勝利!
なお、他の女の子に手を出したという華子裁定により、彼は即座に爆殺された。
「えー、人魚のカラオケ被害がなくなったことで討伐の理由も消えたため、今回の依頼はここまで。ご静聴ありがとうござい間下」