まず最初に言うと、彼らはいくつものミスを犯していた。
7人のチームが現場に到着したとき、配置はこうなる。
入口−撃退士−−廊下−−スケバン−部屋−宮川・蓮花−壁
おまけに一般人の受講者が逃げまどってる状態だ。
敵を挟み撃ちにできると考えれば都合が良いが、ようするに宮川と蓮花を人質に取られているようなものである。
さらに言えば、鏡子たちは撃退士が来ることを知っている。迎撃態勢を整える時間も十分あった。正面から乗りこめば不利なのは明白。これが第1のミスだ。
「待ってたぜ。依頼で来たんだろ? せいぜい楽しませてくれよな」
鏡子がポキポキと指を鳴らした。
舎弟2人は範囲攻撃に巻き込まれないよう、絶妙な位置に立っている。
それを見た瞬間、仁良井叶伊(
ja0618)は「依頼を聞いたときからこじれるとは思ってましたが、これは厄介ですね……」と、小声で呟いた。
彼の計算だと、今回のメンバーでは高レベルの阿修羅3人を被害ゼロで制圧するのは難しい。できれば話しあいで解決したいところだ。
まずは不意討ちを食らわないよう、距離をおいて牽制しながら話しかける。
「先に言っておきたいんですが、これは犯罪ですよ? 相手が撃退士といえど、阿修羅の過剰な火力で攻撃すれば殺意ありと見なされます。そうなれば、あなたたちが討伐対象ですよ?」
「アホか。法律を守る不良がいるかよ。それに命までは取らねぇさ。骨の2、3本で許してやる」
「そこをこらえて、この場は引いてくれませんか? この施設が怪しいのは事実ですし、改めて調査依頼をすれば結果次第で正々堂々と殴れるかもしれません。けれど確たる証拠もなく暴力をふるえば、宮川が一方的な被害者で、あなたたちはただの犯罪者になります」
「犯罪者? 大歓迎だぜ。調査依頼とかクソ面倒なコトしてられっか」
不良相手に普通の説得は難しい。
「えとぉ……鮫嶋先輩、もう少し話を聞いてくれませんかぁ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)が、一歩前に出た。
彼女も無益な戦いは好まないが、いざという場合にそなえて油断なく位置取りを考えている。
「てめーも、おとなしく帰れってのか?」
「あのぉ……じつはこちらの施設は、以前から学園の調査対象になっているのですよぉ……。被害者の証言もありますし、もう一歩で合法的に処分できる状態ですぅ……。ここは手を引いてくれませんかぁ……?」
「ほー。手を引けば、合法的にコイツを殴らせてもらえンのか?」
「そ、それは難しいですねぇ……」
「ならスッこんでろ」
この時点でもう、説得は無理だと誰もが実感していた。
「つーかさー。俺たちゃ児童相談員じゃねーんだから、くだらねーことで呼び出すんじゃねーよ」
心底つまらねーとばかりに、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が鼻で息をついた。
「なんだ? また殴られに来たのか?」
ニヤリと挑発する鏡子。
じつはラファル、鏡子とは過去何度か因縁があるが、その全てが殴り倒されたことしかないという負けフラグバリバリの関係なのだ。が、そんなことで萎縮するラファルではない。
「安い挑発だぜ。俺がここに来たのは他に興味を引かれたからだ。おまえなんか知ったことじゃねーよ」
「興味って何だ?」
「おまえに言う義理はねーな。とっとと戦ろうぜ」
ラファル、説得する気ゼロ!
「しかしまぁ……こらまた殴り込みの見本のようだね」
思ったままを言葉にしたのは、佐藤としお(
ja2489)
「殴り込みに来たんだ、当然だろ」と、鏡子。
「でもさぁ……これ最低でも、器物損壊、不法侵入、営業妨害の3コンボだよ? ここから暴力まで振るったら傷害罪や慰謝料もついてくる。あの宮川さん?を殴ったところで、きみたちに何の得もないよ? 彼は一切の罪に問われないし、いままでどおり生活できる。逆にきみたちは捕まって慰謝料を払うことになる。撃退士の資格も剥奪、刑務所行きかもしれない。そんなのハクがついたとか自慢にならないでしょ? 今回の保証って誰がするの? きみたちの家族だよね?」
「損得勘定したら殴りこみなんかしねーよ。カネとかムショとか、どーでもいいんだよ。こんな依頼受けてるヒマあったら豚骨ラーメンの研究でもしとけ」
「僕のことを知ってるのか」
「イベントで何度も食ったぜ」
「く……っ、一本取られたか」
としおはスマホで鏡子たちの写真を撮って撃退庁に情報を問い合わせる作戦を進めていたのだが成果は得られず、逆に鏡子のほうがとしおを知ってるありさまだった。さすがラーメン王!
「で、そっちのゴツい姉ちゃんは意見ナシか?」
鏡子の問いかけに、神無月茜(
jc2230)は腕組みしたまま頷いた。
「どうも、鮫島先輩さんがた。神無月茜です。よろしゅう」
いかにも適当な対応だが、いつでも戦闘に入れるよう心構えは出来ている。
ただし、さりげなく鏡子たちの側面を取ろうとする行動は視線だけで阻止されてしまった。熟練の撃退士相手に、そう都合よくは進められない。
「大丈夫かよ新入り。せいぜい死なないようにな?」
「ふっ……能力が全てではない。根性見せてやるよ」
茜の言動は、むしろ鏡子たちに近いものがあった。
「兄ちゃんらは? なにか言いてぇコトあるか?」
鏡子が、袋井雅人(
jb1469)と咲魔聡一(
jb9491)に話を振った。
「とくにありません! 頭を使うのは他の人に任せました! 私はひたすら戦闘デス!」
雅人は完全ガチモードで装備を固めていた。
アスヴァンにもかかわらず、耐久力重視でCRをゼロに。スキルの命中率重視でワイヤー装備だ。
「私も特に言うことはないが……」
聡一は眼鏡の縁に指を当て、ビッと姿勢を正した。
そしてクールに一言。
「話し合いができないなら人に頼るのが常道だ。それができないからっていちいち力に任せてたら、力で制裁されても仕方ないな」
「いいぜ、制裁できるモンならやってみな」
鏡子がメリケンサックを拳にはめた。
舎弟2人も同様だ。
説得工作は完全に失敗。
これが第2のミスである。前科上等の不良に常識的な理屈など通じない。
「っしゃあ! はじめようぜ!」
鏡子が怒鳴り、全員一斉に光纏した。
鏡子たちは闘気を放ちながら、一気に距離をつめる。
「鏡子さん、このラブコメマスターこと死に戻りの袋井雅人が相手になりますよ!」
雅人が挑発した。
と同時に、仲間たちの遠距離攻撃が撃ち込まれる。
まずは叶伊のスタンエッジが舎弟の一人を貫き、
次にラファルのフレイムランチャーが廊下ごとスケバンたちを焼き、
茜の飛燕が鏡子に命中、
最後に恋音のコメットが炸裂した。
みごとな集中砲火だ。とりわけ最後のコメットは一撃で全てを終わらせる威力がある。
その間、としおは冷静に一般人の避難誘導。
聡一は隙をついて飛翔し、宮川の救出に向かう。
そして雅人のシールゾーンはみごとにスケバン3人のスキルを封印していた。
──が、
「倍返しだァ!」
集中攻撃をものともせず、鏡子が突撃して普通に恋音をブン殴った。
最初の攻撃で、まずコイツから消すべきと判断したのだ。
その一撃で、恋音は戦闘不能に。
続いて茜とラファルも、舎弟2人の打撃で沈んだ。
「まずいですね。まさかここまでとは……」
叶伊は武器をトンファーに持ち替えて、鏡子の前に立ちはだかった。
自分なら一撃は耐えられると判断してのことだが、鏡子たちはケンカのプロだ。
阿吽の呼吸で舎弟2人が叶伊に殴りかかり、すぐさま鏡子がトドメを刺した。
これで前線に残ったのは雅人だけだ。
「いいでしょう! 私が相手になりますよ!」
ブレスシールドを自らにかける雅人。
「これはまずいか……? いや依頼人の保護優先だ!」
依頼人さえ無事なら依頼は成功なのだと、聡一は判断した。
が、宮川の周囲に仕掛けられていたワイヤートラップにかかって墜落してしまう。
「悪ィな。そいつを逃がすワケにいかねーんだよ」
「ぐは……っ!」
背中から鏡子に殴られて、聡一は為す術なく倒れた。
「はーい、ちゅーもーく!」
緑火眼を発動しつつ、としおが声を張り上げた。
これ以上コトを大きくしたくないと考えて、もう一度説得を試みようとしたのだ。
が、鏡子たちは聞く耳持たない。
雅人の支援を受けて応戦するとしおだが、力およばず。
最後に残った雅人を鏡子が蹴り倒し、同時に死活の反動で舎弟2人もダウン。
死闘の末、立っているのは鏡子だけだった。
これが第3のミスだ。相手は阿修羅なのだから死活は当然。特攻してくる敵への対処が足りなすぎた。
「よし、なかなか楽しめたぜ。おい宮川、こいつら全員治してやれ」
「それはいいんですが……敵ですよね?」
「べつに敵じゃねーよ。こいつら依頼で来ただけだろ」
「そうですか。では回復術が使える生徒を呼びましょう」
「ああ。てめえをブチのめすのは全員治したあとだ」
「そ、それはご勘弁を!」
「早くやれ」
そんな会話のすえ、招集された生徒によって撃退士たちは意識を取りもどした。
「いやー、みごとに負けましたね! さすが鏡子さん!」
落ち込む様子もなく、雅人が笑った。
「うぅん……少々見通しが甘かったようですねぇ……。ええと……鮫嶋先輩、こちらの敗北は認めますのでぇ……宮川さんへの暴力は、おさえてくれませんかぁ……?」
恋音はまだ説得を諦めてなかった。
「いいぜ、聞くだけ聞いてやる。いま少し暴れてスッキリしたからな」
「おぉ……では、宮川さんに聞いてほしいのですけれどぉ……こちらの鮫嶋先輩は、後輩の女子があなたからセクハラを受けたと聞いて、やってきたのですよぉ……。ここはひとつ、謝罪をしていただいて示談という形にしませんかぁ……?」
「セクハラなんて、覚えがない」
「えとぉ……セクハラは親告性ですのでぇ……宮川さんの意図とは無関係に、民事訴訟を起こされる可能性はありますよぉ……?」
「僕は間違ったことなどしてない。裁判でも何でも受けて立つ!」
「そ、そうですかぁ……うぅん……」
本気で自分が正しいと信じ込んでいる詐欺師ほど、タチの悪いものはない。
ここで聡一がバトンタッチ。
「宮川さん、冷静に話しあいましょう。今回、彼女らは直接殴り込んで来ましたが、もし代わりに弁護士が来ていたらタダじゃ済まなかったかもしれませんよ? たしかにここの営業は詐欺罪には引っかからないのかもしれない。が……民法ではどうでしょうね?」
「僕を疑うなら訴訟でも何でもすればいい」
「あなたはこのセミナーでアウルが覚醒したと思っておいでのようですが……過去、ある生徒が学生のアウル覚醒のきっかけを調べたところ、自ら努力して覚醒させたという人はいなかった。あなただって受講生の生活を四六時中監視しているわけじゃないでしょう?」
「だが僕のおかげで覚醒できたと言って、卒業後も支援してくれる生徒は大勢いる」
「それはもう宗教ですよ。このセミナーが覚醒をもたらすと証明できない以上、いずれ裁判に発展する可能性もあります。裁判沙汰になったとなれば、セミナーの信用もガタ落ち……その前に方針を改めたほうがいいのでは?」
「繰り返すが、僕の啓発法は正しいんだ!」
話はどこまでも平行線だった。
「面倒だ。セクハラしたってことを自白させようぜ」
茜が近寄って、いきなり宮川の股間をつかんだ。
「qあwせdrftgyふじこ!?」
「罪を認めろよ。セクハラしただろ?」
「してない! 僕は無実だ!」
「吐けよ。このまま握りつぶすぞ?」
徐々に力をこめてゆく茜。
宮川は立ったまま悶絶し、泡を吹いている。
「おー、なかなか面白いお仕置きじゃねーか」
鏡子が手を叩いた。
しかしこのままでは殺人事件になってしまうと、ほかの撃退士たちが慌てて茜を止めた。
「なるほど、ここまでの話を聞いて私はようやく理解しました。つまり鏡子さんは宮川さんに落とし前をつけさせたいのですね?」
いまさらのように確かめる雅人。
「今ごろ理解したのかよ」
「わかりました。しかし暴力はいけません。見ててください鏡子さん。これが愛のあるOshiokiです! フオオオオッ!」
おもむろに服を脱ぎ捨てて、雅人はパンツ2丁のラブコメ仮面に変身した。
そのまま宮川に突撃! ズボンを脱がしにかかる!
「悪い依頼ヌシはラブコメ仮面がお仕置きです! おとなしくケツの穴を掘られやがってください!」
「な、なにをするだーーッ!?」
「私があなたを覚醒させてあげましょう!」
だが雅人も本気で尻を掘るつもりはなかった。だれかが止めてくれると信じて一芝居打ったのだ。
が、しかし!
『ケツの穴ぐらいなら死なないし、ご自由に』とばかりに、惨状を眺める撃退士たち。
「こうなっては後に引けません! 有言実行ですよ!」
「アッーーー!?」
宮川の絶叫が響きわたった。
その姿には、さすがの鏡子もこれ以上は……と躊躇するしかなかったという。
「良い子は見ちゃダメだぜ」
おぞましい光景を背後に、ラファルは蓮花をつれて部屋の外へ出ていた。
最初に自ら言ったとおり、ラファルにとって鏡子も宮川もどうでもいい。彼女の目的は蓮花だ。
蓮花は以前、アウルを覚醒させてほしいという依頼を出したことがある。そのときラファルはさんざん蓮花をこきおろし、泣く寸前まで追い込んだ。もっともそれは精神的に打撃を与えて覚醒を促す狙いがあったのだが、結果は無駄に終わった。ラファルからすれば、見込みのない人間にヘタな希望を持たせるほうがよほど詐欺だと思っているぐらいなので、わずかばかり責任を感じてもいたのだ。
無論そんなことを釈明するラファルではない。
おかげで蓮花は「なんの用?」と、喧嘩腰だ。
「まぁ四の五の言わずに、こいつをかぶってみな」
ラファルが取り出したのは、王冠のパリュールだった。
その解説には『撃退士としての力を覚醒させることができ……』と記されている。
「どうよ。試す価値はあるだろ?」
「意外と親切な人なの? でもこんなので覚醒できるわけ……」
と言いつつも、おそるおそる王冠を頭に乗せる蓮花。
だが、そう甘くはなかった。そもそも魔具魔装はアウルがなければ使えない。
「無駄だったか。悪ィな」と、ラファル。
そこへ、さりげなく恋音が話しかけた。
「あのぉ……そうやって色々と試すのは、良いと思いますぅ……。ただ、アウルの研究としては久遠ヶ原学園が最先端ですから……学園で未完成の技術が、民間で完成している可能性は極めて低いですねぇ……」
「わかってるよ、そんなの。でも可能性はゼロじゃないでしょ?」
「うぅん……そうですねぇ……」
それ以上、恋音に言えることはなかった。
さて──いくつものミスを犯した撃退士たちだが、本件は『成功』に終わった。
依頼人が新たな趣味に目覚めて満足したためだ。
この日以降、彼のセクハラ行為は行われなくなり、セミナーには『そのスジ』の男が増えてハッテンバと化していったという。