「派手な映像を撮りたいのか。よし、俺たちにまかせるといい」
TVクルー四人を前に、猿(
jb5688)は力強く断言した。
重要な点だが、彼は動物の猿、いわゆるモンキーではない。これで『マシラ』と読むのだ。だいたい、サルの撃退士なんているわけない。パンダやクマやネコは見かけるが。……あれ、サルがいても不思議じゃない?
そんな猿は、いきなり女性スタッフを口説いている。
OPで鼻からラーメンを食べてたほうだ。
「この依頼が無事に終わったら食事でもどうかな? うまいラーメン屋を知ってるんだが」
「あ、無事に帰れたら……」
あっさり了承を得てしまった猿。どう見ても死亡フラグ!
ラーメン娘が妙に元気ないのは、雪風時雨(
jb1445)の提案でスタッフ全員に遺書と誓約書(何があっても自己責任)を書かせたからだ。覚悟していたとはいえ、そんなものを書いたあとで元気あるわけがない。
「遺書のことは忘れるがいい。これは今日の記念だ」
元気づけようと、アイリス・レイバルド(
jb1510)がワイヤークラフトのドラゴンを手渡した。
「うわ、すごい。器用ですね」
「たいしたものではない。私はどこにでもいる探索者のアイリスだ。よろしく頼むよ、淑女的に」
「はい、こちらこそ」
スタッフの間に、すこしだけ柔らかい空気が生まれた。
「これ、効果抜群のお守り……持ってたら怪我しない。戦いが終わるまで預かってて……」
そう言ってお守りを手渡すのは、若菜白兎(
ja2109)。
入学時に父からもらったものだ。無論、大切な一品である。
なんだか、これもかなり死亡フラグっぽいが大丈夫だろうか。
「ありがとう。お嬢ちゃんみたいな小さい子もいるんだね」
「うん。無事にお仕事終えて、ウズラ玉子の入った中華丼、いっしょに食べましょう。グリーンピースは……がんばるの」
「ちょ、ちょっと待って、若菜ちゃん。がんばるって、どういうこと?」
どうでもいいことに口をはさんだのは、因幡良子(
ja8039)だ。
「え? だって……」
「グリーンピースおいしいよね? 天津飯に入ってないなんて許せないよね?」
「入ってなくてもいいっていうか……入ってないほうがいいっていうか……」
「うそっ!?」
恋人の浮気現場に出くわしたみたいな顔になる良子。
あまりの衝撃に、現実が受け入れられないのだ。
「俺もグリーンピースはいらねぇな」
綿貫由太郎(
ja3564)も、反GP派だった。
「うそでしょ!? どうして!?」
「だってマズイだろ」
「な……っ!? 信じられない!」
恋人の浮気相手が自分の母親だったぐらいの衝撃を受ける良子。
「あたしは好きですよ? おいしいじゃないですか」
良子の味方についたのは、砥上ゆいか(
ja0230)だ。
「だよね! おいしいよね!」
「でも最近のシューマイには乗ってないよな」と、由太郎。
「あれはコスト削減なんです! ぜんぶ不況のせいですよ! グリーンピースをなくすぐらいならシューマイをなくせばいいのに!」
おお、なんというグリーンピース原理主義!
そこへ、ガウン・バーガンディア(
jb5565)が割って入った。
「なぁ、それは今しなけりゃならない話なのか……?」
「え……!?」
ハッと我に返る、GP良子。
「や、やだなあ。こうやってバカな話をすることで皆さんをなごませようと思ったんですよ。あはは。あははは」
その試みは結構うまくいったようだが、彼女の胸に傷が残ったことは言うまでもない。
というか、こんな話で何文字消費させる気だ!(逆ギレ)
場面は変わり、いきなりドラゴン前。
ここに至る道のりには、全百階層のダンジョンと数千に及ぶモンスターとの戦いがあったりなかったりしたが、すべてはGP論争で省略された。
「……というわけで、やってきました竜退治。ファンタジー世界でもおなじみ最強のモンスター! これを倒すべく歴戦の撃退士が集結してくれました。……あ、私はどこにでもいる、ごくごく普通のおっさん撃退士なんで。過度の期待はしないように」
マイク片手に実況するのは由太郎。
彼は今回のスタッフと面識があり、無駄に歳をくっていることもあって、リポーターみたいなこともできる。
「ドラゴン、それは伝説の生物……」
などと声優口調で言いながら、カメラの前でカップ麺(味噌味)をすすっているのは良子。
腹が減っては戦ができぬというが、ドラゴンの目の前で食わなくてもよかろうに。
「この巨大な化け物を相手に、私たちは打ち勝つことができるのだろうか……。いや、打ち勝たなければいけない。人類の平和のためにも、この味噌ラーメンにごはんを入れて食べるためにも……!」
キリッ、とカメラ目線を決める良子。
そんな食べかたしてると、メタボりますよ?
ちなみに言っておくが、ドラゴンは彼女の五メートル前だ。ワニに似た頭部は見上げるほどの高さで、巨大な牙の隙間からはスパーク状の火花が飛び散っている。その存在感は圧倒的であり、睥睨する瞳の光は触れただけで正気を奪い去るほど。コメディにあるまじき凶悪さだ。製作スタッフたちは撮影限界ギリギリの距離まで離れて、いまにも漏らしそうになっている。
とっくにブレス攻撃の圏内だが、この距離でカップ麺を食う良子に対して敵も困惑しているようだ。無理もない。あらゆるファンタジー世界を見渡しても、ドラゴンの眼前でカップ麺を食った女はいないだろう。そもそもファンタジー世界にカップ麺ないしな。
そこへ颯爽と現れたのはガウン。
三枚目のオッサンが、唇にバラをくわえて登場だ!
パチッと指が鳴らされ、アイリスの『星の輝き』が彼をライトアップする! なんと無駄な演出!
次の瞬間、マグマのようなブレスがオッサンを襲った。
ゴォオオオオッ!
「qあwせdrftgyふじこlp!」
初恋の女性めいた名前を叫びながら、間一髪で逃げるガウン。
恥も外聞もなく地面をごろごろ転がったあと、彼は立ち上がってポケットから煙草を取り出した。ジャケットの裾は焼け焦げ、指はブルブル震えている。
「お、おう。あ……ありがとよ。た、た、煙草に火をつ、つけたかったんだ」
くわえた煙草に、火はついてなかった。
「くっちゃべってる間に敵がこちらに気付いた模様。それぞれ自慢の得物を抱えて勝負を挑みます。おっさんも一応援護とかしておこうかと」
由太郎は飄々とした態度を保ちながらスタッフたちをかばうように陣取り、拳銃を抜いた。
「いくよー。流星どっかーん!」
初手を切ったのは、白兎の『コメット』だ。
無数の彗星がドラゴンの頭上から降りそそぎ、打ちすえる。
「みんなー、見てるー?」
と言いながらヴェパールソードを振りまわすのは、ゆいか。
彼女と挟撃するように、アイリスも無駄に武器を見せびらかしながら斬りかかった。
皆それぞれ見栄えがするように戦っているが、やはり時雨の召喚したストレイシオンほど目立つものはない。敵のドラゴンよりはだいぶ小さいが、これも立派な竜だ。
「さぁ行け。番組を盛り上げるのだ!」
竜と竜が、正面からぶつかりあう。
スタッフたちが「おお……っ!」と声を上げた。
これは間違いなく高得点!
テイマーは得だな!(ステマ)
「動きは見切った」
戦闘開始から一分後。アイリスは強気に言い放つや、粒子状の羽のようなオーラをきらめかせて突撃した。
丸太みたいな尾が薙ぎ払われ、彼女を撥ね飛ばそうとする。
それを紙一重で回避し、アイリスはドラゴンの背中へ跳び移った。
みごとなバランス感覚を見せつけた彼女は、硬い鱗に覆われた背中へ剣を突き立てる。
そして、自らをまきこむ形でコメット発動!
「アウルの彗星、どんな味か試してみるか?」
何発もの攻撃が彼女に命中したが、それ以上の数がドラゴンをとらえている。
ゴガアアアッ!
ものすごい唸り声をあげて、ドラゴンは背中の異物を振り落とそうと暴れまわった。
が、深く食い込んだ剣をにぎったアイリスは、つづけざまにコメットを行使。
「遠慮はするな、もう一口いってみろ。意外と病み付きになるぞ」
ふたたびシャワーのように叩きつけるアウルの塊が、彼女ごとドラゴンを打ちのめした。
ドラゴンの全身から血しぶきが上がり、アイリスもまた血みどろになっている。
それでもなお彼女の表情は人形のように冷めたまま。瞳だけが爛々と輝く。
しかし、三発目のコメットを撃つことはできなかった。
限界に達したアイリスは剣ごと振り落とされ、そこに巨大な爪を持つ前脚が襲いかかった。
「させんぞ」
時雨のストレイシオンが割って入り、その間に白兎が『癒しの風』を使うと、アイリスはボロボロの体で立ち上がった。
「なんだ……。思ったより丈夫なものだな」
アイリスの言葉は、敵に対してのものか。あるいは自分自身に対してのものか──。
そんなシリアスな戦闘が展開される中、猿はカセットコンロに火をつけ鍋で湯を沸かしていた。
コンロも鍋も、たまたま持っていたものだ。
そして、偶然ポケットに入っていた袋ラーメンをゆではじめ、なぜか袋に入っていたキッチンタイマーで律儀に三分計り、どういうわけか頭にかぶっていたドンブリを手に取ると、ゆであがったラーメンを投入。
味噌ラーメンの完成!
その間、仲間たちは血まみれになって戦っている。
おそるべきマイペースだ!
……いや、マイペースって言葉で済まないけどコレ。なんでラーメン作ってるんですか、あなた。
なんだか、戦場で新聞ソードを丸めていた勇者を思い出す。あの人、たしか重体になったんじゃなかったっけ。どうやら今回の勇者も同じ道をたどりそうだ。どうして俺のシナリオにはこういう勇者が集まるんだ。毎度ありがとうございます。
「しまった! 箸がない!」
おいしそうなラーメンを前にして、痛恨の事実が発覚!
頭をかかえる猿!
奇跡の偶然が重なって完成した味噌ラーメンだが、用意の悪いことに箸だけは持ってなかったのだ。
途方にくれる猿だったが、そのとき偶然にもドラゴンの姿が目に映った。
「よし、この熱々ラーメンを浴びせれば倒せるに違いない!」
ナイスアイディア!
しかも彼が思いついたのは、ただ投げつけるなどという甘いものではない。
「いくぞ!」
こぼれないように注意しながら、ドンブリをかかえて走る猿。
激戦が繰り広げられる中、彼はヒョイッとドラゴンの背に飛び乗り、首を駆け上った。
そして鼻の穴にラーメンをぶちまけようとした瞬間、足をすべらせ転落。落ちてきたドンブリは彼の頭を直撃し、みずからの鼻でラーメンを食うハメに。
そこへ猛烈なドラゴンブレスが浴びせられ、焼き味噌ラーメン完成。
猿が重体判定をくらったのは、言うまでもない。
みずから死亡フラグを立て、きっちり回収! なんとみごとな芸人魂!
MS的には、いままで見たプレイングの中でも屈指の面白さでした!
そんな猿の行動を見て、ハッと名案を思いつくゆいか。
このドラゴンの攻撃で最も厄介なのがブレスであることは間違いない。
それを封じるには?
鼻の穴にグリーンピースをつめて、息を吸えないようにすればいい!
ナイスアイディア!
「いくよ!」
どこからか取り出した大量のグリーンピースをかかえて走るゆいか。
激戦が繰り広げられる中、彼女はヒョイッとドラゴンの背に飛び乗り、首を駆け上った。
そして鼻の穴にグリーンピースをぶちまけようとした瞬間、足をすべらせ転落。落ちてきたグリーンピースは彼女の頭を直撃し、みずからの鼻にグリーンピースをつめるハメに。
そこへ猛烈なドラゴンブレスが浴びせられ、グリーンピース炒め完成。
ゆいかが重体判定をくらったのは、言うまでもない。
死亡フラグを立てなくても、死ぬことはある!
というか、どうしてそこまで鼻につめようとするのだ。……あ、OPのせいか。すまなかった。でも常識的に考えてドラゴンの鼻にラーメンやグリーンピースをつめるのは不可能だと思う。実際、あと一歩だったんだけどな……。
「ゆ、ゆるせない……! グリーンピースを粗末にするなんて……!」
謎の怒りをたぎらせて、真正面から突進する良子。
ドラゴンがゴッと息を吸い、顎を開く。牙の間から覗くのは、渦を巻く灼熱の炎。
良子もまたブレスを浴びて重体判定か!?
そう思ったとき、ドラゴンの背後から白兎がレイジングアタックを叩きこんだ。
「いま、必殺の屠竜斬っ!」
同時に、ガウンの放った銃弾もドラゴンの頭部を撃ち抜いている。
「おっ。コンボ成立だな?」
そして、時雨は完璧なタイミングでストレイシオンとともに敵の脚を封じていた。
「今だ!東北の人々の仇を!」
連続ダメージを受けて、ブレスは不発。ドラゴンの頭がグラリと揺れる。
そこを狙って、良子はゼロ距離射撃のコメットをぶちこんだ。
「これが……っ! 私たちの……! グリーンピースの恨みだぁああああっ!!」
煮えたぎる怒りとともに、グリーンピース原理主義者による正義の鉄槌がくだされた!
その一撃は、空を引き裂き大地を砕き、カオス理論によるローレンツアトラクターにもとづいて、ドラゴンを分子単位にまで粉砕! すさまじい結果を生みだした!
「す、すごい……。あんな化け物を粉々にするなんて……」
唖然とするTVクルーたち。
「いやあ、私もビックリですよ」
良子は照れたように頭をかいた。
まさかグリーンピース愛でドラゴンが倒せるとは、夢にも思わなかったに違いない。
「で、どうなん? その映像、使えそうなの?」
曲がった煙草に火をつけながら、ガウンが問いかけた。
「それはもう十分に! もちろん全部を使うわけにはいかないので、かなり編集を加えることになりますが」
「ああ、一部ショッキングな映像あったかもしれんけど、撃退士は死んでなきゃ自然に治るから」
そう言って、由太郎は煙草をふかした。
いまさらだが、妙にオッサン率の高いパーティーである。
あとアスヴァン率も高い。
スタッフ全員が無事だったのは、オッサンのおかげ……ではなくアスヴァンの数が多かったためとも言えよう。
「じゃあ無事に終わったし、ウズラ玉子の入った中華丼、食べましょう!」
笑顔で言う白兎。
一応、二名ほど重体なのだが。歴戦の撃退士にとっては日常事なのかもしれない。
「ねぇ若菜ちゃん。さっきも気になったんだけど、ウズラの玉子っていらなくない?」と、良子。
「ええ……っ!?」
「入ってる必然性がないっていうか……」
「待った待った。ウズラ玉子の入ってない中華丼なんて、絶対許さんよ?」
またしても良子の敵にまわる由太郎。
「ちょ、ちょっと待ってください! 変ですよ、それ!」
「天津飯にグリーンピースが入ってるほうが変」
「な……っ!? ……わかりました。こうなれば、とことん議論しましょう」
蒸し返されるGP戦争。
「もう、好きなだけやってくれ……」
ガウンは肩をすくめて、煙草の煙を吐き出した。