「というわけで、今日一日よろしくね」
集まった面々を前に、佐渡乃魔子は微笑んだ。
ここはLily Gardenのスタッフルーム。
みんな着替えて、更衣室から出てきたところだ。
「3周年! じつにおめでたい話ね!」
無駄に張り切ってるのは、雪室チルル(
ja0220)
衣装は店のメイド服だが、着慣れてないのか『着せられてる感』が凄い。
「百合喫茶ねェ……まァいつもの猫かぶりメイドを演じますかァ♪」
にやりと微笑む黒百合(
ja0422)も、今日はメイド姿。
狐っぽい耳と尻尾がチャームポイントだ。八重歯(牙)と合わせると、みごとな狐っ子メイドである。
「うぅん……やはり、まだ(胸が)きついですねぇ……」
ぱつんぱつんのメイド服で顔を赤らめるのは、月乃宮恋音(
jb1221)
事前に服を借りてサイズ調整したのだが、そもそも彼女が普通に着られる服などない。
その点、秋姫・フローズン(
jb1390)のメイド衣装は完璧だ。
しかも店の制服でなく自前である。
無言のまま直立して開店を待つ姿は、絵に描いたような高級メイドさん。
「メイド服以外の制服があって助かりました」
礼野智美(
ja3600)の格好は、完全に男性ウェイターだった。
これほど男装が似合う女子は滅多にいない。ヅカの舞台に立てる。
「ところで私は接客が苦手なので、食器洗い専門というか……裏方専門で行きたいのですが。食べ放題ということは食器類も回転早いでしょうし」
「もったいない。客ウケしそうなのに」と、魔子。
「そういうのは苦手なんです」
智美はキッパリ言い切った。
彼女は店の内容をよく知らずに依頼を受けたので、『女性限定なだけの普通の店』と思っている。裏方専門にしたのは大正解だ。
「前にお手伝いしたときは、お客様からごほうびにスイーツをもらえたわ。今回は食べ放題イベントでスイーツも大量に準備されてる……ということは、ごほうびも増量ってことよね♪」
純真な瞳で蓮城真緋呂(
jb6120)が言った。
服装はレトロ女学生な袴和装に白エプロン。足下はブーツで、良い感じの和洋折衷になっている。
「たのむから店をつぶさないでね?」
魔子が念を押した。
「わかりました! いっぱいスイーツがもらえるよう頑張ります!」
全力で気合を入れる真緋呂。
これはマジ閉店の危機!
「思い切って最初にお願いしたいことがあるのですが……私にお菓子作りを教えてもらえませんか?」
雫(
ja1894)はメイド姿で魔子に話しかけた。
「依頼わかってる? 今日は忙しいのよ?」
「わかってます。営業が終わってからでも、いつでもいいんです。どうか伏してお願いします。よけいなアレンジも行程も入れてないのに、なぜか私が甘い物を作るとクトゥルフ的な物体が生まれてしまうんです。ある程度のセクハラは耐えるので、まともなお菓子を作れるようにしてください」
「じゃあ後で見てあげる。……さて、そろそろ開店時刻だけど。1人たりないわね」
その直後、恵夢・S・インファネス(
ja8446)がやってきた。
衣装は店のメイド服だがスカートをはいてない。パンツ丸出しだ。おまけに全身ヌトヌトの粘液まみれ。
「どこの痴女?」
さすがの魔子も呆れ顔だ。
「明日羽様の命令で参戦です。ほら、夏は帰省とかでお金いるから、うん」
「とりあえず下をはいてくれる? その液体も拭いてね?」
「お姉ちゃんは言ってました。『かんぺきなめいどほど、すかーとはみじかくていい。かんぺきなぼうぎょりょくに、ふくがいらないように』と。それに、これは友達汁です。拭き取るなんてとんでもない」
某RPGの全裸忍者めいた主張をする恵夢。
これでも本人は大真面目だ。こりない、めげない、疑わないの三拍子で、普通のバイトと信じている。
「まぁいいけど。明日羽より私のほうが上手よ? あとで試す?」
「なんですと!?」
ともあれ営業が始まった。
年に一度の食べ放題祭りなので、開店前から大行列だ。
「いらっしゃいませ! いっぱい食べてってね!」
いつも以上に元気満々のチルル。
カフェではあまり見ないタイプの接客だ。
「時間制だから、どんどん食べてね! これとかオススメ!」
などと、おいしそうなのを選んで客の前へ運ぶチルル。
斬新な接客だが客の反応は悪くない。お祭りだしね。
「いらっしゃい……ませ……。お席に……ご案内します……」
かたや秋姫は、完璧な丁寧さで対応していた。
一撃確殺の微笑に、客もウットリだ。
しかもただの接客ではない。秋姫は相手の表情や仕草を見ただけで『その人の気分に合った紅茶』をいれることができるのだ。店の茶葉は事前に記憶済み。茶葉をブレンドして、客ひとりひとりに応じた紅茶を提供してゆく。
「よろしかったら……紅茶を……どうぞ……」
しかもティーセットを用意して、客の目の前で茶葉をブレンドするパフォーマンス。
これには客も喜ぶやら驚くやら。
接客という点では真緋呂も高レベルだった。
秋姫のような洗練路線は無理だが、愛玩動物路線で子犬のごとく客へ駆け寄り、「おいしそうなケーキですね!」など露骨にごほうびをねだる作戦だ。本当は開店前に全メニュー試食して味を把握しておきたかったのだが、魔子に止められた次第。
「かわいー。ねぇ店長、この子にオヤツあげてもいい?」
「店員への餌付けは別料金ですが、それでよければ」
客の問いに真顔で答える魔子。
おかげで客は次々と別料金を払い、真緋呂に「あーん」してあげるのだった。
その光景は、ふれあい動物園そっくり!
動物園といえば、黒百合の狐っ子具合も相当だった。
狐なのに猫をかぶって、いつもと違う無邪気な笑顔を振りまいている。
ただ接客するだけではない。日本人形『輝夜』を客に甘えさせたり、もらったクッキーをかじったりして余興を披露。炎細工による即興芸も好評だ。昼の客は一般学生が多いため、こういう健全な見世物が無難!
ホールには、BGM代わりに雫の歌が流れていた。
なにしろ甘味系の調理はできないし、無愛想なので接客も苦手。できるのはこれぐらいなのだ。
(調理では力になれないので、この程度は貢献しないと)
そう思いながら歌う雫だが、そのとき客の女性が彼女の尻を撫でた。
「前情報で知ってはいましたが……お客様、私はそういうサービスはしてませんので」
「そう言わないで。いくら出せばいいの?」
微笑みながら、客は再び雫に手をのばした。
その手をガッとつかんで、雫は笑顔で闘気解放する。
「趣味趣向についてとやかく言うつもりはありませんが、いやがる相手に無理強いする輩は一昨日きなさい」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて逃げる客。
「本当なら腕をヘシ折るところですが、一般人が相手では……」
一方、厨房では恋音と恵夢が菓子作りの手伝いをしていた。
恋音は以前ここで働いたことがあるので、大抵は支障なくこなせる。
恵夢も寮で一人暮らしなので、簡単な調理は可能だ。
そこへ明日羽が姿を見せた。
「どう? ちゃんと働いてる?」
「はい……今のところ、何も問題ありませんねぇ……」と、恋音。
「そろそろ昼のまかないとか出ない?」
恵夢のおなかが鳴った。
「まかないはないけど、ごほうびあげるね?」
明日羽が何かのリモコンを取り出してスイッチを入れた。
そのとたん、「ひあっ!?」と声を上げてビクンビクンする恵夢。そのまま床に崩れ落ちて、打ち上げられた魚みたいに痙攣失神してしまう。どうやら何か仕込まれていたらしい。明日羽の玩具となった恵夢に、もはや人権はない!
「お、おお……これは一体……!?」
恋音が目を丸くさせた。
「ん? わかるよね? 恋音のごほうびは、またあとでね?」
「お、お手柔らかに、ですよぉ……?」
本気で震えながら恋音が答えた。
「やれやれ……」
そんな変態どもを横目に、智美は黙々と食器を洗っていた。
彼女の得意な料理は比較的ワイルドな方向なので、菓子細工のように繊細な作業は不慣れだ。
その点、皿洗いは慣れている。智美の実家は大家族なので、正月や冠婚葬祭など大勢が集まったときは大量の食器を洗う。素早く、それでいて洗い残しはない実直そのものの作業だ。
その背後へ、明日羽が忍び寄った。
「先に言っておくが俺にさわるな。手元が狂って皿を落とすぞ」
「智美ちゃんは、いつも私を避けるね?」
「変態趣味はないのでな。今日は依頼で来ただけだ。それ以外のことは一切拒否する」
「気が変わったら教えてね?」
「さっさとどこかへ行け。俺は忙しいんだ」
まさに取り付く島もナシ。
だが捨てる神あれば拾う神あり。
明日羽がホールに戻ると、チルルがケーキを持ってきた。
「あたいのオススメはこれよ! 食べてみて!」
「食べたことあるけど? それとも『また』女体盛りする?」
「なにそれ、記憶にないわね! そんなことより……いざ大食い勝負よ! 別にケーキを食べたいからってわけじゃないわ! 負けたほうは罰ゲーム! 内容は勝った人が決めるの!」
「自信あるの? チルルは大食いキャラじゃないよね?」
「当然自信ありよ!」
根拠なく断言するチルル。
だが明日羽は余裕だ。
「じゃあ始めようか? 代打、真緋呂ちゃん!」
「だ、だれでもかかってきなさい! あたいは負けない!」
チルルの声は震えていた。
話を聞いてた真緋呂が極上笑顔で走ってきて「わんこケーキ対決ね!」と瞳を輝かせる。
──数分後。勝負の過程をスッ飛ばして、チルルには『恋音のSMショーに参加する』罰ゲームが言い渡された。
そんな調子で、営業は滞りなく流れていった。
夕方を過ぎて大人の客が増えてくると、徐々に妖しい空気が漂いだす。
客同士の間で「ごきげんよう」とか「お姉様」とかの言葉が飛び交い、普通にチューするカップルも出てくる。
それに拍車をかけるのが真緋呂のヴァイオリン演奏だ。
『タイスの瞑想曲』『愛の挨拶』などの穏やかな曲が店内に流れ、ムードを盛り上げる。
そこで真緋呂は気付いた。『ハンガリー舞曲』のようなアップテンポ曲のほうが良いのではないかと。
(この曲って思わず聴き入る系だから、ケーキの消費を抑えつつお客様は満足で、お店の利益になるんじゃない?)
思いついたら即実行と、演奏を始める真緋呂。
これは名案だった。演奏終了と同時に拍手が湧く。
「ご静聴ありがとうございます。ごほうびのケーキは常にお待ちしております♪」
ぺこりと頭を下げる真緋呂だが、消費を抑えた分以上に自分が食べたら無意味!
その間にも、妖しい客は増えていった。
照明も抑えられ、キャンドルのアロマが流れ、カフェとは思えない空間が演出される。
「食器……溜まってきたので……洗っておきますね」
これ以上は危険と見て、秋姫がホールを離脱した。
瀟洒なメイドさんなんて真っ先に狙われるからね!
一方、黒百合は生き生きしていた。
客の要求に応じて『吸血幻想』の直接吸血で快楽物質漬けにしたり、『月下香の幽香』で謎フェロモン漬けにしたり、『枕の言葉』で恍惚な気分に浸らせたり、特殊な香水をかがせて性的興奮をあおったり……やりたい放題!
その三面六臂の働きぶりには「あの子うちに永久就職してくれないかしら」と、魔子も絶賛だ。
そんな中、満を持して恋音のSMショーが始まる。
確実に風営法違反だが、佐渡乃姉妹のコネを使って警察関係には対処済み。多少のプレイは問題ない。
S女王役は恋音。M犬役はチルルと恵夢だ。
犬役の二人は半裸で四つん這いになっている。
配役は客(明日羽)のリクエストだ。
「で、では……おしおきです、よぉ……?」
慣れない手つきで鞭を握る恋音。
「早くしてよ! ただの罰ゲームなんだから!」
チルルが四つん這いで怒鳴った。
自ら持ちかけた勝負の結果がコレである。
「す、すみません……。ではまず、異界の呼び手からの……炸裂掌ですよぉ……!」
きっちり拘束してから、身動き取れないチルルの尻へ思いっきり手のひらを叩きつける恋音。
どっぱーーん!
「アバーーッ!?」
お尻丸出しのまま、窓を突き破って店の外まで転がってくチルルちゃん。
これはもしかして──
誤)SMショー 正)殺人ショー
「なんてコト……。でも、えむこは逃げない!」
「おぉ……では行きますよぉ……? 括約筋に、力を入れてくださいねぇ……?」
チルルを葬った恋音の右手に、アウルの光が宿った。
そこへ明日羽が訊ねる。
「恋音、待って? どこを叩くかわかってるよね?」
「え、えとぉ……?」
「まちがえたら恋音がおしおきだよ? わかってるよね?」
「お、おおぉ……!?」
なにかを察する恋音。
そして──
どっぱーーーん!
「アバーーッ!?」
文章にできない箇所をブッ叩かれて、失禁しながら吹っ飛ぶ恵夢。
観客から嵐のような拍手喝采が湧いた。
「私も叩いて!」「あたしも!」と、マゾい客が恋音に押し寄せる。
だが相手は一般人なので、恋音はうろたえるばかりだ。
そんなヘタレ女王様の姿を堪能する、サドい客たち。
もはや何の店だかわからない!
「……というわけで、一日おつかれさま」
閉店後。掃除や片付けを終えて、魔子はじめスタッフ一同は店の一卓に集まった。
「おつかれさま! あまったケーキ食べよう! 打ち上げよ! お祝いよ! パーチーよ!」
当然のように復活してるチルル。
お尻が腫れて痛そうだけど、罰ゲームの結果だからね。仕方ないね。
「そうね、あまったケーキ食べないと! お残し禁止よ!」
真緋呂が全力で賛成した。
彼女がいる時点で、残りなど出るわけない。
「悪いが俺は帰らせてもらう。パーティーはみんなでやってくれ」
ハードボイルドに告げて、智美は立ち去った。
無理強いできるものでもなく、見送る撃退士たち。
それと入れ替わりに、黒百合が別室から入ってきた。
「ふゥ……最後の客にも、満足して帰ってもらったわァ♪」
妙に艶めかしい表情で、指を舐める黒百合。
別室でナニしてたのかは不明だ。
「では……皆様の……今の気分に合わせた紅茶を……いれましょう……」
秋姫のメイド業は本日隙なし。
各自の気分や体調に合わせた紅茶が出てきて、絶品スイーツとともに一日の疲れを癒す。
そこへ雫がクッキーを持ってきた。
「魔子さんの指示どおり作ったものです。どうか味見を」
見た目は普通のクッキーだ。
まずは真緋呂が「おいしそうね♪」と手を出して、「むぐるうなふッ!?」とか叫びながらブッ倒れた。
あとに続く勇者はいない。無敵の食欲戦士が一撃で沈んだのだから当然だ。
「なにか病状が悪化した気が……」
わりと本気で落ち込む雫。
「じゃあ残りは恵夢が食べてね?」
「いあいあ!」
名状しがたい洋菓子を皿ごと明日羽に突きつけられて、恵夢は尻餅をつきながら後ずさる。
数秒後、この世のものとも思えぬ絶叫が夜の静寂を引き裂いた。
本格パティシエ指導のもと、いまここに雫の暗黒製菓道が幕を開ける!