その日、戦闘訓練という名目のもと10人の撃退士が集まった。
だが実際、これをただの訓練だと信じてる者は一人もいない。
参加メンバーを眺める明日羽の瞳も、どこか期待感に満ちている。
「今回はよろしく。あたいは神無月茜(
jc2230)という」
まず一番手として、茜がポキポキ指を鳴らした。
参加者では唯一のルーキーなので、様子見も兼ねてだ。
逆に言えば茜の攻撃に耐えられないようだと、絵夢は死ぬ。
「はい! どこからでもどうぞ!」
素手のまま仁王立ちになる絵夢。
「よぉし、マジで行くぜ」
そう言うと、茜は拳を握って呼吸を整えだした。
「フゥーーーー、ハァーーーー」
空手の『息吹』だ。
一瞬のリラックス。
次の瞬間、殺気とともに茜が殴りかかった。
そのまま拳で……と見せかけて顔面へ頭突き。
「あが……っ!?」
絵夢が鼻血を出すのと同時に、茜の手刀が喉仏に刺さった。
続いて顎へのアッパーカット。
頬に肘鉄。
よろめいた絵夢の首を押さえ、顔面へ膝蹴り。
さらに鳩尾を爪先で貫き、下腹部へ回し蹴りを叩きこむ。
一発ごとにバキッグシャッと良い音がして、絵夢の鼻や口から血が飛び散った。
しかも倒れそうになったところを拳で突き上げて、倒れることを許さない。
「おらおらおらおらおらー! ヒャッハー!」
両目を血走らせ、歯を剥き出して、鬼のごとき表情で殴りつづける茜。
だが殴った衝撃を逃がさないよう足の甲を踏んで打撃するなど、地味に冷静だ。
絵夢が倒れそうになると反対側から殴るという技術もある。
倒れたくても倒れられないので、完全なサンドバッグ状態の絵夢。どこかの世界の『煉獄』に似ている。
合計5分間、茜は全力で殺意をこめて打ちきった。
最後は倒れた絵夢だが、ヒール一発で回復。真性マゾおそるべし!
「ふう……まだまだ未熟ということか」
「そんなことありません! いい稽古でした!」
「これが『訓練』ねぇ……そう言いつつ本当は虐めてほしいだけだよね、子豚ちゃん?」
ニコリと絵夢に微笑みかけたのは、鴉乃宮歌音(
ja0427)
今日は女王様プレイなので、得意の女装姿だ。
「いいえ、これは立派な訓練です!」
言い張る絵夢だが、誰でも嘘とわかる。
「にしても……誰に殴られてもいいとかホント畜生よねぇ。自分が気持ちよくなるだけでは訓練と言えないよ? 最終的に相手を気持ちよくさせなければねぇ?」
歌音は絵夢に顔を寄せて壁ドンしつつ、顎をクイッと持ち上げた。
口調は丁寧だが物腰は完全なSだ。
「いいかい? これが『訓練』なら、ちゃんと動くんだよ? 立ち止まって攻撃を受けてるだけじゃ壁と変わらない。うまく回避できるようになればタンクとしての仕事も向上する。……ただ私の攻撃力はあまり高くないから、絵夢の希望には沿えないかもな。まぁ命中率はあるから的確に狙っていこうか」
「はい! おねがいします!」
「というわけで……武器はどれがいい? 火炎に電撃、拘束、刺突。鞭もアリだよね」
「一番痛いやつで!」
「本当に変態な子豚ちゃんだねぇ……じゃあ始めようか」
歌音の髪芝居が、絵夢を縛り上げた。
と同時に鞭が尻を叩く。
「ひぁぁっ!」
「違う、そうじゃない。豚の鳴き声はわかるよね?」
「ぶ、ぶひいいい!」
「そうそう、うまいじゃないか」
次に歌音は『幻視融解』を絵夢の尻に命中させた。
黄土色のスライムのようなアウルが、その箇所の服を溶かす。
露わになった白肌へ、すかさずワイヤースタンガン。
「ぶひぃっ♪」
「おや、傷がついてしまった。消毒してあげよう」
絵夢の頭から、ウォッカがドボドボかけられた。
精神的にいたぶる作戦だ。これは絵夢にも明日羽にも高評価!
そんな参加者の活躍を眺めながら、秋姫・フローズン(
jb1390)は柔軟で体を温めていた。
身につけているのは、動きやすい戦闘服。
「あまり動きすぎて……疲れないように……な」
自分自身に言うのは、秋姫の別人格・修羅姫だ。
「軽く、ですから……大丈夫ですよ……?」
「以前……『軽く』と言って……5時間も……海を飛んでたのは……誰だろうな?」
からかうように修羅姫は微笑んだ。
「そ……それは……その……つい楽しくて」
赤くなって、言いわけ気味に応じる秋姫。
というところで、彼女たちの出番が回ってきた。
「よろしくお願いします〜」
ここまでの『訓練』で、絵夢は既に上気していた。着衣もボロボロだ。
「では……行きます」
秋姫が光纏すると、髪の色が赤く変色した。
緑火眼発動。ジグザグに走りながら弓矢を構え、絵夢の左右を囲むように矢を放つ。
「今回は、ビル風が……ありませんので……自力でです」
絵夢は一応回避するフリをしながら、矢をすべて体で受け止める。
「全然たりません!」
「メインは……ここから……です」
距離をつめると、秋姫は肋骨をヘシ折る勢いで蹴りを繰り出した。
そしてハイキックと見せかけての踵落とし。
体勢が崩れた瞬間、絵夢の股間を蹴って上空へ蹴り上げる。
すかさず秋姫も跳躍し、絵夢の背中に足を乗せて高速回転しながら地面へ激突。
「絶技・螺旋槍」
秋姫が呟くと、絵夢はヨロヨロ立ち上がった。
「いまの良かったです……特に回転が♪」
「ならば、今度は……妾の番……だ!」
人格が修羅姫に切り替わり、同じように蹴り上げからの高速回転落下を叩きこんだ。
ただ今度は後頭部を踏んで顔面から落としている。
「絶技・螺旋槌」
「いい技ありがとうございますぅ〜♪」
絵夢の鼻血はとどまるところを知らない。
「次はあたいのターンよ! 名案があるから任せて!」
雪室チルル(
ja0220)は自信満々だった。
「ふーん? どんな考え?」と、明日羽。
「言ったら面白くないでしょ。今回あんたの出番はないわよ! こっちへ来なさい、三条!」
「はい!」
名指しされて、絵夢はチルルの前に立った。
が──
「あの……空中のアレなんですか?」
「はっ……まさか、あの仕掛けに気付いたというの!?」
本気で驚くチルル。
だが、どう見てもクレーンで何か吊ってあるのだ。
ぶっちゃけると正体は桐箪笥。しかも中身はギッシリズッシリだ。これを落として予想外の死角から奇襲……という策なのだが、こんな大がかりな仕掛けを隠せるはずなかった! チルルちゃん脳筋!
とはいえ形は見えないようにしてあるので、まさか正体が箪笥とは誰も想像しないだろう。
「ま、まぁいいわ。模擬戦開始よ!」
というわけで稽古が始まった。
普通に氷系の技で、絵夢を痛めつけるチルル。
だが絵夢は頭上が気になって仕方ない。熱湯や硫酸が落ちてくるのかな……と期待しつつ息を荒くさせる。
そしてタイミングは訪れた。
絵夢が目標地点に入った瞬間、懐中電灯で視界を奪うチルル。
と同時に桐箪笥が落下。
そのカドに、絵夢の足の小指が激突した。
「ッッッ〜〜〜〜!?」
予想しててもなお予想外すぎた攻撃に、足をおさえて転げまわる絵夢。
「やった! 狙いどおりよ!」
あまり狙いどおりではないのだが、これはこれで成功か。
涙目で悶絶する絵夢を見下ろしながら、チルルは得意げに解説する。
「いい? 戦いにおいて最も脅威となる攻撃は何か? 圧倒的な威力の物理攻撃? 無茶苦茶な威力の魔法攻撃? 急所を狙った致命的な一撃? ……否、断じて否! 死角かつ意識外からの一撃こそが最も脅威なのよ! これぞ必殺!」
「さ、最高ですぅ〜♪」
ともあれ絵夢は満足げだ。
「うぅん……三条さんの希望はわかりますが……さすがに躊躇しますねぇ……」
この期に及んで弱気なことを言いだしたのは、月乃宮恋音(
jb1221)
そこへ明日羽が口をはさむ。
「今回もこれが必要?」
前回同様、強力な作用の薬物を飲ませる明日羽。
これは金平糖用の蜜を加工した物で(略
「うぅ……頭がぁ……」
瞬時に豹変すると、恋音は色情魔のドSと化してセルフエンチャントを発動させた。
魔法攻撃力は978! これなら絵夢の魔法防御も抜ける!
「では、行きますよぉ……?」
恋音が萬川集海を開くと、死者の腕のようなものが飛び出した。
その腕が絵夢の頬をはたき、全身を強く揉み絞める。
「これ凄くイイですう……もっとお……♪」
「うふ……次はこういうの、いかがですかぁ……?」
異界の呼び手が絵夢の手足を拘束した。
そして「そういえばぁ……三条さんは、あまり使ったことないですよねぇ……?」と耳元で囁きながら、各種薬品を投与する。
肥満化したり幼児化したり、めまぐるしく体型が変化してしまう絵夢。
肉体的ダメージはないが、羞恥心を煽る……もとい鍛える訓練だ!
が、じきに恋音は正気に戻ってしまった。このところ薬を乱用しすぎかもしれない。
「うぅ……私は何を……記憶がないのですよぉ……」
と言っても、全身ピンク色になった絵夢の状態を見れば一目瞭然だ。
「これは……私がやってしまったようですねぇ……申しわけありませんん……。おわびとして、私も絵夢さんと同じ苦痛を受けますよぉ……」
恋音は『おわび』と称してるが、単なる趣味である。
「さて私の番ですね! 恋音も愛の一撃を御所望ですし、二人まとめて面倒見ましょう!」
名乗り出たのは袋井雅人(
jb1469)だ。
「今回は少しでもダメージが届くよう、御主人様サイドとして全力を尽くします! 恋音のアドバイスを参考に、装備を調整して物理攻撃魔法攻撃とも350に揃えてきました。それでは行きますよ! まずは恋音から贈られた魔具・右文左武で普通に攻撃です!」
そう言うと、雅人は右手に魔法攻撃を、左手に物理攻撃を発動させて握りこんだ。
そして左右の拳をガシッと組み合わせ、物理と魔法をフュージョン!
350+350で合計攻撃力は700だ! コメディ以外じゃ不可能だが、ここまでやっても恋音のほうが攻撃力高い!
「行きますよ、これぞ究極攻撃! メ●ローアとかヘ●アンドヘブンをご想像ください!」
ドゴオオン!
正面から喰らって吹っ飛ぶ、絵夢と恋音。
まさか自分の上げた魔具で殴られるとは、恋音も予想しなかっただろう。
「では次です! グローリアカエルでCRをさらに下げて攻撃しますよ! アスヴァンの絵夢さんには効果絶大のはずです!」
「はい! 来てください!」
絵夢は立ち上がってヒールをかけた。
そこへ恋音が耳打ちする。
「あのぉ……少し抵抗したほうが、相手は思い切り責めてくれますよぉ……?」
「そうですか、ためしてみます」
助言を受けて、雅人の攻撃にカウンターのレイジングアタックを入れてしまう絵夢。
バキイイッ!
「アバーッ!?」
予想外のCR差8攻撃を受けて、雅人は沈んだ。
「………」
唖然として状況を見つめる絵夢。
「す、すみません……迂闊な助言だったようですぅ……」
恋音は謝るばかりだ。
「最近ちょっとサボり気味だったし、負け癖もついてるからなぁ……あれ、前回の戦いって……うっ、あたまが」
恵夢・S・インファネス(
ja8446)は、3ヶ月前の依頼を思い出して頭をかかえた。
あまりに衝撃的な内容だったため記憶はほとんどないが、明日羽や恋音を見て少し思い出すことに成功。思い出さなければ良かったと後悔した。
「ここは気分を切り替えないと……。一応マジメな訓練だし! 気合入れていこう、ふんっ!」
「恵夢ちゃん久しぶりだね?」
明日羽が背後から近付いて、恵夢の耳を噛んだ。
「はう……っ!? わ、私は何も覚えてないから! あの夜のことは忘れたから!」
「え? 私の命令なんでも聞くって約束したよね?」
「そ、そんな約束! たしかに覚えがあるけど!」
「じゃあ協力してくれるね?」
「……わかった、女に二言はない。8446号実験体として……明日羽様万歳!」
「じゃあ早速エムをひん剥いて、いじめてあげて?」
「了解! くらえ、全力跳躍肉弾ハンマー!」
恵夢は光纏すると、一気に絵夢の前へ。
「ちがうよ? ひん剥くのは恵夢ちゃん、あなた自身のほうだからね?」
「ちょ……!?」
「言うこと聞くんでしょ? あと絵夢をいじめるときはコレ使ってね?」
明日羽が笑顔で取り出したのは、大人な玩具だった。
「ちょ! ま!」
「言うこと聞けないなら、恵夢ちゃんをいじめる依頼に変えるよ?」
「お、おにちく!」
「約束守れない悪い子は、お仕置きが必要だよね?」
「わかった……もう、えむこは迷わない! これは依頼だから! 依頼だから!」
頭がオーバーヒートして『わるいえむこ(悪魔スタイル)』に変身した恵夢は、自ら脱衣して絵夢へ襲いかかった。
「ひにゃあああ……♪」
絵夢がどんな目に遭ったかなど書けるわけない!
「きゃはァ、良い子ねェ……今日は色々実験させてもらうわァ♪」
ここでラスボス黒百合(
ja0422)が登場。
絵夢は全身ローションまみれ血まみれで死にかけてるが、みんなの回復スキルでどうにか元通りに。
ただし制服は戻ってないよ! ズタボロ半裸状態だよ!
「はぁはぁ……よろしくおねがいします」
「じゃァまずは、軽く耐久実験ねェ♪」
黒百合はロンゴミニアトLV20をスラスター全開で、絵夢の後頭部へ叩きこんだ。
「ンごふっ!」
ギャグ漫画みたいに目を飛び出させて宙を舞う絵夢。
「思ったより頑丈ねェ。それじゃ遠慮なく、新技の実験開始よォ♪」
ニヤリ微笑むと、黒百合は封砲をブッ放した。
悶絶中の絵夢は背中に喰らって再び吹っ飛ぶ。
そこへ高速接近し、ドリル尻尾を繰り出す黒百合。自分の体ごと貫く形での奇襲だ。
続いて、倒れた絵夢の上から同様に尻尾ライフルを浴びせる。並みの撃退士なら死亡判定だ。
「使用感は悪くないわねェ……ところで生きてるゥ?」
「死にそうですう……もっとくださいぃ♪」
ボロ雑巾みたいになりつつ懇願する絵夢。
「本当に死んでも知らないわよォ♪」
黒百合の対戦車ロケットが火を噴き、高性能爆薬をチェーンで連ねた武器が絵夢の全身に巻きつけられて爆発した。
どこかの機動兵器みたいな戦いぶりだが、まだ絵夢は生きている。『神の兵士』の力だ。
「こうなったらァ……最後の手段ねェ♪」
黒百合が運んできたのは『ファラリスの雄牛』だった。悪名高い拷問器具である。
ここで拷問の鬼雅人が一言。
「それはいけません! 死んでしまいます!」
「私は平気です! 是非その中に!」
必死で訴える絵夢。
そこで今度は明日羽が一言。
「恋音も一緒に入るよね? おわびするんでしょ?」
「え、えとぉぉ……!? これは明らかに殺人器具ですよねぇぇ……!?」
「うまく火加減すれば大丈夫だよ? 黒百合ちゃんと袋井君も、そう思うでしょ?」
「もちろんよォ。訓練された撃退士は、これぐらいじゃ死なないわァ♪」
死んだら事故よねェ、と小声で呟く黒百合。
「わかりました! ならば私が責任持って焼き上げましょう!」
雅人が力強く頷いた。
こうして、絵夢と恋音は雄牛の拷問にかけられた。
その残虐な光景に、明日羽は大層ご満悦だったという。