その日。傘泥棒退治のため、亜矢を含めて8人の撃退士がコンビニに集まった。
しかし、依頼の内容には皆一様に不可解そうな顔をしている。
「たかが傘泥棒のために俺たちを集めたのか? まぁ依頼なら仕方ないが。やれるだけのことはやるとしよう」
シリアス顔で言うのは、遊咲恭一(
jc2262)
きちんとした形の依頼を受けるのは今回が初めてだ。初の依頼がこれとは、ある意味災難。
「はいはい、今回はみんなでガッチリ傘泥棒を捕まえちゃいましょう! なにごとも全力投球ですよ!」
むやみに張り切る袋井雅人(
jb1469)は、装備もスキルも張り込み用の隠密モードで調整していた。
一般人相手でも間違って殺さないよう、攻撃力低めの鈍器(竹刀、ハリセン、金属バット等)を用意してある。……って金属バットで殴ったら死ぬがな!
「きゃはァ、傘泥棒でも立派な犯罪ィ……たのしくおしおきしましょうねェ♪」
黒百合(
ja0422)は、いつものように邪悪な笑みを浮かべている。
ぶっちゃけ彼女ひとりで全世界の傘泥棒を殲滅可能なので、もはや依頼は成功したも同然。最初から消化試合みたいなもんだ!
「しかし……よく考えたら、傘の被害額より依頼料のほうが大きいでしょうに。店側の負担が広がるだけでは?」
ごく自然な疑問を、雫(
ja1894)が口にした。
店長が苦笑いで答える。
「いやあ……この店は傘を売るために客の傘を盗んでる、とか妙な噂を広められると困るからねぇ」
「えとぉ……ともかく、見張りのローテーションを決めましょうかぁ……」
月乃宮恋音(
jb1221)が話を進めた。
もう1人いれば3人ずつ3班で分けられたのだが、8人なのでうまく分けなければならない。
アイエエ……放火魔=サン白紙ナンデ?
「あたし、雨の日は休みたいから晴れてる日でローテ入りたいわね」
渾身のボケを披露してドヤ顔を見せる、咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)
だがツッコミを入れる者はいない。
せっかくのボケをスルーされて、落ち込む咲。
「班分けですかぁ……あたしは、昼から夕方ぐらいの子供がいてもおかしくない時間帯がいいですぅ」
深森木葉(
jb1711)が、ちょこんと手をあげた。
その可愛らしいしぐさに、さりげなく癒される店長。だんじてロリコンである!
ともあれ班分けは順調に決まり、あとは雨を待つのみとなった。
† WAVE 1:雅人&恋音&亜矢 VS 思いがけぬ傘泥棒
「さて、早速つかまえるわよ!」
騒ぎの張本人である亜矢は、当然のごとく一番手を買って出ていた。
「ええ頑張りましょう! いつかの万引き犯と同じ目にあわせてやりますよ!」
張り切る雅人は珍しく制服姿だが、背後には拷問器具がズラリ。
三角木馬、そろばん板、鋼鉄の処女、焼き土下座強制器……そして鞭や蝋燭、荒縄各種と、よりどりみどりだ。
「さすがね! 傘泥棒にはコレぐらいしなきゃダメよ!」
「正義の使者ラブコメ仮面の名にかけて、犯罪者は許しません!」
無駄に意気投合する、亜矢と雅人。
見方によっては彼らこそ犯罪者だ。
「あのぉ……殺してしまわないよう、注意してくださいねぇ……?」
「当然ですよ恋音! 殺してしまったら拷問になりません! まかせてください、私は詳しいんです!」
さすが『拷問の鬼』の異名をとる男。
そんな雅人に若干の恐れを抱きつつも、恋音は『傘泥棒対策レポート』なるプリントを店長に手渡すのだった。
「えとぉ……傘泥棒を防ぐための案を、いくつか考えてきましたぁ……。単純ですが、傘袋を導入して傘立てを廃止するというのは、いかがでしょうかぁ……。多少のコストはかかりますが、
「なに言ってんのアンタ! そんなことしたら傘泥棒をぶちのめせないでしょ!」
亜矢が怒鳴りつけた。
「お、おぉ……!? しかし目的は傘泥棒をなくすことでは……?」
「目的は傘泥棒をブッ殺すことよ!」
「そのとおりですよ恋音! 現実を把握してください!」
亜矢と雅人の呼吸はピッタリだ。
「そ、そうですかぁ……とにかく、張り込みをはじめましょう……」
というわけで、店内での監視が始まった。
雅人はハイド&シークなどの潜行スキルで店内を巡回。
恋音は亜矢が暴走しないようになだめつつ、バックヤードで監視カメラのチェックだ。傘立てがよく見えるよう、カメラの角度は調整済みである。
「犯人が現れるまでは地道に張り込みするしかないですね」と、雅人。
「うぅん……そう都合よく現れるとは、かぎりませんよぉ……?」
恋音が言った、そのとき。
ひとりの女子生徒が、平然と他人の傘をかっぱらっていった。
「おぉ……? 傘泥棒が出ましたよぉ……! 袋井先輩、出動してください……私は次の犯人にそなえて、亜矢さんと待機……って、すでにいませんでしたぁぁ……!」
予想どおりの予想外な展開に、恋音は驚愕の声を上げた。
亜矢が『待機』なんて指示に従うわけないだろ!
「いきましょう亜矢さん。静かに潜行して背後から……って、亜矢サン!?」
せっかく潜行してた雅人だが、「死ねえええ!」とか叫びながら亜矢が斬りかかっていったので全部台無し!
バシュウウッ!
「アバーーッ!」
こうして傘泥棒は捕まった。
しかも捕らえてみれば、正体は焼肉部のセセリ!
「お、おぉ……まさかセセリさんでしたかぁ……!?」
ふたたび驚愕する恋音。
セセリは以前にも食い逃げで捕まったことがあり、これが二度目の現行犯逮捕だ。
「出来心! 出来心だから大目に見て!」
その背中には無数の手裏剣が突き刺さっている。
「うぅん……ともかく学園に連絡して……反省文をレポート10枚分ほど、書いてもらいましょうかぁ……」
「なまぬるいですよ恋音! おなじ焼肉部員として厳罰を要求します!」
雅人はいつのまにかラブコメ仮面にチェンジしていた。
その姿に恐れおののくセセリ。
「さぁオシオキの時間ですよ! 鞭打ち、板抱き、三角木馬……どれがお好きですか? わかりましたフルコースですね!」
雅人の鞭がビシッと音を立てた。
「ひぎゃあああ……!」
哀れな少女の悲鳴は、しばらくのあいだ続いた。
† WAVE 2:木葉&咲&恭一 VS M泥棒
さて選手交代……ということで、咲は傘も差さずにやってきた。
「透過で雨をよけられるなんて知らなかったわー。いいこと聞いたわー」
悪魔とは思えない発言をする咲。
実際、彼女は濡れてない。とはいえ透過には回数制限があるので、傘ナシというのは問題だ。
「む。あれは……」
恭一はレインコートを羽織って、コンビニの入口が見える街路樹の上に陣取り、客の出入りをチェックしていた。傘を持ってない咲は泥棒と警戒されても仕方ない。
「は……っ、あの人カサを持ってないのです。要チェックなのですよ」
コンビニ付近で遊んでるフリして巡回中の木葉も、同じく咲の姿に警戒した。
だがすぐに、それが同じ依頼を受けた仲間だと気付いてガクッとする木葉&恭一。
「まぎらわしいですぅ……」
「まったくだ」
と、携帯で連絡しあう二人。
そんな彼らをよそに、咲は何食わぬ顔で店へ入ってゆく。しかも携帯さえ持ってきてない。
そのまま普通に買い物を済ませると、彼女はイートインコーナーに陣取って食事を始めた。
「あれは食事のふりをしての見張りでしょうかぁ……?」
「そのようだな」
真面目な顔で連絡しあう、木葉と恭一。
だが残念。咲は見張りのフリして食事に来ただけだ!
それが証拠に、お菓子、お弁当、冷食、惣菜パン、スイーツにアイスと、滅茶苦茶な順番で片っ端から食べてゆく。あっというまに『コンビニ3000久遠ルール』を超えてしまうが、これは依頼と無関係な日常の食事だからだいじょーぶい! 普段から1日あたり10000〜30000久遠分ぐらい食べてるしね!
「いや〜、あたしってば一体なにして儲けてんのかしら。久遠ヶ原七不思議のひとつよねー。……あぁ、あっためられるやつはぜんぶチンしてね♪」
などと言いながら、笑顔満面で食料をむさぼる咲。
「………」
「………」
どうやらあれは戦力外だと判断して、警備を強化する木葉と恭一だった。
そこへ、見計らったように現れる傘泥棒!
「出たぞ。まずは俺が時間をかせぐ」
携帯に連絡を入れると、恭一は樹上から飛び降りて犯人の前に立ちふさがった。
「おい、その傘アンタには似合わないな。まるで適当に取ったかのようだ」
「なんだ、おまえ」
「俺か? 俺は警察だ」
「そんな警官がいるかー!」
傘泥棒が怒鳴るのも無理なかった。
なんせ恭一は木の上から飛び降りてきたし、警官の制服も着てない。まぁ着ていたら、それはそれで問題だが……。
「ちっ、見破られたなら仕方ない。おとなしくしてもらおう」
恭一は訓練用の模造刀を抜くと、泥棒の手から傘を落とさせた。
そのまま鳩尾へ正拳突き!
「ぐはあ……っ!?」
「俺の仕事はここまでだ。あとは仲間に任せよう」
そう言うと恭一は傘を拾い、犯人を雨ざらしにしたまま引き上げるのだった。
そのころ、咲は空調の効いた店内で山積みのケーキをほおばっていた。
どうやら店の全商品を制覇するつもりらしい。おまけに透過を利用してパッケージを開封せずに中身を食べようと挑戦したり、依頼とまったく関係ないことに労力を費やしている。なにしに来たんだ、この無駄飯食い。
そうこうするうち、次の傘泥棒が現れた。久遠ヶ原の男子高校生だ。
ここで満を持して、木葉出動!
傘泥棒の背後からそっと忍び寄ると……
「それ、お母さんの……形見の、大切な傘……。ぐすんっ……。返して……ください……」
傘をじっと見つめて、涙目で訴える木葉。
会心の一撃! 犯人の良心に9999のダメージ!
「す……すみませんでしたああ……っ!」
「悪い子には、おしおきなのです!」
そう言うと、木葉は光纏して『髪芝居』を発動させた。
そして拘束した傘泥棒をつかまえ、お尻をぺんぺん!
「悪い子はメッ! なのです!」
道行く人たちの前で、男子生徒をぺしぺしする木葉。
「ハァハァ……もっと、もっと叩いてくださいいい……♪」
心地良い痛みに、ビクンビクンする傘泥棒。
これは完全にご褒美だ!
† WAVE 3:黒百合&雫 VS 命知らずの挑戦者
そんなこんなで見張り交代。
登場したのは、黒百合と雫だ。
大天使とさえ渡りあえそうな撃退士2人が、傘泥棒1人を相手にするって……毎度のことながら色々おかしい。
「さてェ……今日は店員役で見晴らせてもらうわァ。どんな傘泥棒が来るか、たのしみィ♪」
青い縞模様の制服を着て、レジに立つ黒百合。
超武闘派の彼女だが、こう見えても様々な依頼で接客は慣れている。猫かぶりスキルはLV99だ!
「いらっしゃいませェ♪ ただいま唐揚げさん1個増量中で、大変お得ですゥ……おひとついかがでしょうかァ☆」
誰だおまえと思うような猫なで声で販促する黒百合。
でも客の大半は久遠ヶ原の生徒だから、みんな怯えてるよ!
「ここが島外であれば、良い作戦だったかもしれませんが……」
ぼそりと呟きながら、雫は雑誌コーナーで立ち読みのふりをしつつ傘泥棒を待ち構えていた。
「最近は立ち読み防止の帯が巻かれている店が多いですが、ここは封をしてないのが良いですね」
雫の作戦は、傘立てに仕掛けたトラップ傘だ。傘を開くとインクの入ったアンプルが割れて、泥棒を染め上げるという手である。『自分の傘と間違えた』という言いわけができないよう、手触りからして少々高級な傘を使用。ぬかりはない。
ていうか、こんな鬼神みたいなのが見張ってる時点で傘泥棒に挑むヤツいないだろ……。キミらは己の知名度を把握すべき。
だが、ここで思わぬ挑戦者が現れた。
一見ビジネスマン風の、スーツ姿の男だ。
彼の名は瀬野。学園大学部の生徒である。
彼は店にやってくると、中に入りもせず雫の傘をつかんで走りだした。まさに命知らず!
「あの男は、たしか……」
見覚えのある変態の出現に、雫は雑誌を放り出して追跡した。
「逃がさないわよォ♪」
透過能力で商品棚や壁を突き抜け、全速力で追う黒百合。
毎度のことだが、移動力49で透過&飛行可能とかチートすぎる!
普通に捕まえれば済むのに、弾丸蟲で足を撃たれてデビルブリンガーで背中をブッた斬られる瀬野。
「グワーッ!」
傘を握ったまま、彼は雨の路上に倒れた。
「大袈裟ねェ……峰打ちよォ?」
笑顔で見下ろす黒百合だが、大鎌は血まみれだ。
ていうか本当に峰打ちだとしても余裕で人が死ぬ。
そこへ雫が駆けつけた。
「あなたが傘泥棒でしたか。下着だけでなく傘まで盗むとは……」
「ちがう! これは違うんだ! 話を聞け!」
「なんですか? 一見して普通のビニール傘と違うとわかりますし、自分の傘と間違えたとの言いわけは通りませんよ? その上でまだ反論があるなら聞きましょう」
「この店で傘泥棒すればロリ幼女にお尻をぺんぺんしてもらえると聞いたんだ! さぁ幼女を出せ!」
「……わかりました。では私と黒百合さんが存分にぺんぺんしてあげましょう」
雫が太陽剣を抜いた。
「待ってェ、死亡事故はNGよォ……。せっかくだから、早く晴れるように『てるてる坊主』を作らなァい……?」
「いいですね。私もそれを考えてました」
妙なところで意見が一致する二人。
こうして瀬野は頭から白いシーツをかぶせられて首に縄を巻かれ、店の軒先に吊るされたのであった。
「早く雨がやむと良いですね。晴れたら解放してあげますから、祈ると良いですよ」
と、真顔で告げる雫。
「窒息死しないように、お立ち台を用意してあげたわァ。これで一晩ぐらい余裕よォ♪」
ギリギリ爪先が届く高さで、黒百合は瀬野の足下にミカン箱を置いた。
瀬野は死にものぐるいでジタバタしながらも、「幼女ぉ……幼女ぉぉ……!」などと叫んでいる。
見せしめとしては十分だが、これでは客が寄りつかないのでは……。
「うーん。1日で4人も捕まえるとはさすがね」
翌朝。軒先に吊り下げられた4体のてるてる坊主を見て、亜矢は満足げに頷いた。
ちなみにミカン箱では手ぬるかったため、雅人の焼き土下座用鉄板が足下に設置されている。
おかげで傘泥棒たちは一晩中灼熱の鉄板の上で踊り続けることになったのだが、すべて自業自得だ。
「まぁ雨もあがりましたし、そろそろ解放してあげましょう」
雫の言うとおり、東の空には朝日が出ていた。
「これに懲りたら、泥棒なんてしちゃダメよォ?」
ズタボロになった傘泥棒たちに、ヒールをかける黒百合。
「うおおお……幼女……幼女を出せえええ……」
瀬野は死ぬまで反省しそうになかった。
そんな彼を取り囲み、無言で傘を振り下ろす3人の少女たち。
血しぶきが飛び散り、断末魔の悲鳴が青空に響きわたる。
「幼女ぎゃあああああ……!」
こうして瀬野は重度の全身打撲で病院に運ばれ、その後精神病院に送られた。
以後、このコンビニでは傘泥棒の被害がゼロになったという。