その日、V兵器研究所の一室に8人の撃退士と数名の研究員が集まった。
8人中3人は、V家電シリーズの存続に一役買った者たちである。その顔ぶれはというと──
ラッコの皮を脱ぎ捨てて、人間の姿を取りもどした鳳静矢(
ja3856)
その隣には、人間の姿を捨てて牛娘と化した月乃宮恋音(
jb1221)
そんな牛乳娘の横で、仁良井叶伊(
ja0618)は真剣な表情を浮かべつつ会議の始まりを待っている。
以上の3名は先日もこの研究所へ来たばかりだ。
そして妙に張り切る雪室チルル(
ja0220)の姿があり、翡翠龍斗(
ja7594)は目を閉じて静かに座っている。
ガウンを羽織って会議のゴングを待ちかまえるのは、桜庭愛(
jc1977)
月詠神削(
ja5265)はいつものようにクールな顔で椅子に掛けているが、じつのところ誰よりも熱い意志を持っての参加だ。
居並ぶ面々を前に、助手がマイクを手に取る。
「えー。ではこれより新型V兵器の開発プロジェクト会議を
バリバリ!ボリボリ!バキッベキッ!ゴキッ!
なにか物凄い破壊音が鳴り響いて、口上を中断させた。
見れば、神無月茜(
jc2230)が煎餅をかじっている。
続けざまに「ずぞぞぞぞぞっ!」と、お茶を飲む音。
まるで恐竜の食事風景みたいだが、これが茜の日常だ。
「へぇー、なかなかうめぇ茶じゃん。いいハッパ使ってやがる」
彼女が言うと、別の意味の『ハッパ』にしか聞こえない。
「あー、会議を始めてもいいかな?」
助手が訊ねた。
「おう、いいぜ。あたいのことは気にせず始めてくれや」
初めて来た場所にも関わらず、お茶と茶菓子で我が家のようにくつろぐ茜。
ある意味たのもしいというか図々しいというか……さすがの久遠ヶ原クオリティである。
「えとぉ……まず最初に、こちらの資料をどうぞぉ……」
会議の最初に恋音が配ったのは、現在久遠ヶ原で入手可能な魔具魔装の一覧表だった。
それに加えて、なぜかラッコのイラストが描かれたプリントも添付されている。
表題は『世の中の恵まれない着ぐるみたちのために』
そこに書かれているのは、題名どおりの訴えだった。
『みんな知ってるとおり、猫や兎にはキャットクローやらラビットなんたらいう魔具魔装アクセサリーが沢山あるキュゥ。でも他の動物の魔具魔装アクセは少ないキュゥ……。そこで多種多様なニーズに沿って様々な動物シリーズを作るのはどうキュゥ? たとえばラッコクローとかイルカの尻尾(アクセ)とか戦闘用ラッコの貝殻とか馬の蹄(靴)とかラッコグローブ(略』
長いので割愛。
ともかく着ぐるみ装備のオプションについて、かわいいラッコのイラストとともに延々と要求が述べられているのだ。
「このプリントを作ったのは、私ではないのですけれどぉ……たしかに学園には、着ぐるみ愛好家が多いですねぇ……」
人間モードの静矢は説明する気なさそうなので、乳牛コスの恋音が説明役を買って出た。
研究員たちの間から「ほらやっぱり着ぐるみイケますよ」という声が湧く。
「ですが……じつのところ着ぐるみ装備は、総じて実用性が低いのが問題ですぅ……。さいわい、学園にはアーマースーツ系の魔装が存在するので……こちらを内部に組み込む形で、実用レベルの着ぐるみを開発しては、いかがでしょうかぁ……。ラッコさんの言うとおり、魔具やアクセの動物装備も、需要が高いと思いますぅ……。最近は『くまくまくろー』のような魔具も存在しますし、開発は可能だと思うのですけれどぉ……」
この意見に対して、研究員からの反論はなかった。
が、ここで博士が登場!
「キミらはわかっとらん! 一口に動物と言ったって何千何万という種類が存在するのだよ! 要求に応じていたらキリがない! ネコやウサギで十分だ!」
「家電だって、たくさん存在しますよぉ……?」
「それはいいのだ! ロマンだから!」
この博士は家電マニアなのだ。あと少しアタマがおかしい。
「ロマンを求めるのなら、仮面ラ〇ダー的な変身ベルトなんかはどうだ?」
まじめな顔で龍斗が提案した。
特撮マニアの研究員たちから「おお!」という声が返る。こういう理系の施設にはヲタが多いのだ(偏見
「知ってのとおり、久遠ヶ原には動物系も多いがヒーロー系も多い。そんな彼らのために変身スーツがあってもいいと思わないか? 魔具魔装を強化してオリジナル化するのも手間だろう。需要はあるはずだ」
「それは私も賛成ですね」
叶伊が軽く手をあげて同意した。
「学園にはアーマースーツT-003という物がありますけど、ヒーロー活動に使うには希少過ぎますし……手軽に使えるヒーロースーツは確実に需要が見込めます。それと、これは個人的な要望ですが……道着やプロレス用コスチューム、リングシューズを購買に並べてほしいのですけれど……」
「はい、はい、はーい♪ ここは私の出番です!」
桜庭愛が勢いよく立ち上がった。
羽織っていたガウンをバッと脱ぎ捨て、蒼いチューブトップのリングコスチュームを披露しつつ彼女は言う。
「今日は是非ともお願いしたい装備品があって来ました! それは……女子プロレスラーのための防具、すなわち水着です!」
「水着は何種類もあるはずだが? 現にキミも着てるじゃないか」
美少女レスラーの姿を堪能しつつ、研究員が答えた。
「これじゃ駄目なんです! だってカテゴリーが『下着』なんですよ!? これはいただけません! 正義の美少女レスラーとして、水着は『普段着』にしていただけませんと! できればアメリカンヒーロータイプのコスチュームでお願いします! カラーバリエーションも沢山あるといいですね!」
「水着が普段着……なるほど……」
「でもそれって『開発』するほどでは……」
「いや美少女レスラーが説得すれば予算が……」
真顔で囁きあう研究員たち。
その視線は愛の水着に釘付けである。
「さーて、ここであたいの番ね! さいきょーのV兵器プランを披露しちゃうわ!」
チルルのターン! がくえんさいつよの脳筋が炸裂する!
と思いきや、
「いい? まずはV家電シリーズの何がダメだったかを反省するわ。調査によれば、家電そのものの使い勝手は悪くなかったけれど武器として重要な取りまわしや使いやすさといった要素が完全に見落とされて、結局のところ武器として使い物にならなかったのが原因よ」
あまりにマトモな意見に、ふだんのチルルを知る者たちは驚愕の表情を浮かべた。
なにかの間違い、あるいは空耳だろうと皆が思ったところでチルルは続ける。
「ただしV家電は武器以外の用途にも使える点が好評価だったと言えるわ。現に一部の主婦層からは支持を受けていたという点からしても、家電としては一般製品に比べて便利なことは確定的に明らか。それを踏まえた上で、何に重点を置くかを考えるのが大切よ。武器に必要なのは過剰な火力などではなく、あくまでも使いやすさよね。それに武器として使いやすいだけでなく、戦闘以外にも使用できる点を活かすべき。たとえば鎖鎌は叩き切る以外にも壁に引っ掛けて登るのにも使えるわ。武器としての使いやすさにウェイトを置きつつ、戦闘以外にも使用できるという発想ならV家電シリーズの技術も応用できるし、なにより戦闘以外の用途で需要が見込めること間違いなしよ!」
その水も漏らさぬ完璧な主張に、撃退士たちはざわめきだした。
まさか乗っ取られたのでは……とか、これはチルルではない……とかのセリフが囁かれる。
「失礼よ、あんたら! あたいだって真面目なこと言えるんだから!」
言えるらしい。正直MSが一番おどろいた。
「うむ……天魔と渡りあえる戦闘力を持ちつつ戦闘以外でも使える魔具というのは、たしかに需要があるだろう」
アカウント乗っ取られたチルルをよそに、静矢が語りだした。
「この考えかたはV家電と似た方向性だから、応用が利く要素もあるだろう。たとえばV兵器型孫の手とかどうだろうか。魔法攻撃重視にすれば、背中を掻いても痛くあるまい。それから……ナックルとしても使えて料理にも便利なVミトン。お掃除に役立つV箒やVデッキブラシ……などというのもアリかもしれない」
「えとぉ……箒とデッキブラシは、すでにありますよぉ……?」
資料片手に、恋音が指摘した。
「なに? それならば……これは戦闘寄りかもしれないが、サバイバル用十徳ナイフとかどうだろう。サバイバルナイフは既にあるし、それを改良すれば行けそうじゃないか? いずれにせよ現状かなりの種類の魔具が存在するし、V家電のような新機軸を狙うのでなければ既存の装備を改良して利点を増やす方向で研究したほうが成果は出るだろう」
「まっとうな意見だが、それで予算を引き出すのは難しいな」
助手が言い、研究員たちは暗い顔で頷いた。
「予算を取れるかはわからないが……個人的には『ダ〇の大冒険』に出てきた鎧の魔槍みたいなものがほしいな。すこしでも防御や回避の助けになるはずだ。実用性もある」
ここで龍斗が再びロマンを述べた。
そして更に続ける。
「漫画つながりで言うと、聖闘士的な鎧なんかも面白い。ある程度の自意識を持って装着できるようにして聖衣……もとい魔装自体に戦闘経験を記録できれば、その後の戦闘で最適化された動きができるかもしれない。掛け声ひとつで武器が変化し、防具として身に纏う……。面白いとは思わんか? さらなる利点を挙げれば、身体能力向上を手助けするアシスト機能を組み込めば、重体中でも動けるかもしれん。ベテランの戦闘データがあれば新人の負傷率も大幅に下がるだろう。どうかな?」
「うむ、ロマンは大切だよキミ」
博士がうなずいた。
問題はそんな装備作れるのかということだが……。
「ロマンや遊び心も大切だということは前回も聞きましたが……やはり撃退士の装備は飽くまでも依頼を達成するためのものなので、そこがV兵器開発の原点だと思います」
叶伊は実用性を求める方向で話を進めた。
「先日も言いましたが、V家電シリーズのバリエーションとして携帯情報端末などの情報機器を開発してほしいですね。通常の情報機器はどうしても荷物を圧迫してしまいますが、V家電はヒヒイロカネに収納できるので荷物になりません。そこで、たとえば……アウルによる近距離通信モードを備えた高性能携帯電話や、戦闘でも破壊されにくい頑強さを備えたノート型端末などはどうでしょう。さらに指向性マイクや超音波測距機を備えた小型カメラ、有線ドローンなどを追加すれば、情報収集力も格段にアップします。『依頼』において情報が武器になることは言うまでもありませんよね」
あまりにまっとうな意見に、異を唱える者はいなかった。
ただ、あまりにまっとうすぎるとも言える。
「えとぉ……実用面で言うと、私にもひとつ提案がありますぅ……」
恋音がそっと手をあげた。
「現状、学園の一般的な購買では『鎧』や『ワイヤー』を扱っておりません……。『射程の長い魔法系魔具』も、簡単には手に入らない状態ですぅ……。そこで、これらに対応する低ランクの装備品を開発して、購買に置いてみてはいかがでしょうかぁ……? 高ランク装備までのつなぎとして、安定した需要が見込めると思いますぅ……」
「そういう装備は無数にあるが、学園側が購買に置いてくれないんだよ。まぁ大人の事情というやつだ。わかるだろう?」
助手が正直に答えた。
「そ、そうですかぁ……。では、もうひとつ……一時的に身体能力を向上させる、薬品のようなものはいかがですかぁ……?」
「すまんが、化学系は我々の専門外でね」
「うぅん……それでは仕方ありませんねぇ……」
今日の恋音は空振り三振だった。
「げふっ……あー、食った食った。そんじゃ、あたいもちょっとしゃべるか」
他の人の茶菓子まで食べ尽くすと、茜はようやく『依頼』に取りかかった。
「やっぱさ、武器ってのは性能だけじゃなく見た目も重要だと思うぜ。外見で天魔をおじけづかせちまおうってわけだ。そこであたいが使ってみたいのはだな……鋸アックスとかどうだ? 形は斧だけど刃がノコギリ状になってるんだ。戦闘以外でもフツーにノコギリとして日曜大工に使える。便利だろ? あとは刃が高速回転するチェーンソードとかな。天魔を切り刻むのにも使えるし、伐採にも使えるってわけだ」
「なるほど、V・DIYシリーズか」
なんでもシリーズ化したがる博士。
彼はちょっと脳に障害があるのだ。タコ焼きの食べすぎである。
「しかし……色々と意見は出ましたが、どれもパッとしませんね」
助手が一言ですべてを叩き斬った。
「うむ。既存の装備を改良したり、購買の商品を増やしたり……そんなことでは予算獲得できないのだよ。やはりV家電ぐらいのインパクトがなければ!」
と、博士。
実際彼らの言うとおりだった。魔具や魔装をちまちま開発しても、現状は打破できない。
だがここで、ついに神削が動いた。いままで黙っていたのは、この逆転ホームランのためだったのだ。
「新しいV兵器のプロジェクトを立ち上げると言ったな……? ならば俺が提案するのは、車やバイクなど搭乗して操るタイプのV兵器だ。まじめな話、大規模作戦などで大勢の一般人を脱出させるとき移送手段として多く用いられるし、それらの車両がV兵器なら市民の安全が確保できる。大規模以外でも車やバイクを用いる依頼は少なくない。俺も実際にバイクに乗ったまま天魔と戦ったことがあるが、自分以上にバイクを守るのに苦労した。もしあれがV兵器のバイクなら戦闘もラクだっただろう」
「おお、車両型のV兵器か。これは盲点だった」
博士が言い、研究員たちも頷いた。
「盲点だった……? まさか気付いてなかったのか? 車やバイクのV兵器があれば、大金をはたいてでも手に入れたいという撃退士は大勢いるぞ。なにしろ車だ。戦闘はもちろん平常時の移動手段にも使えるし、実用面でも趣味の面でも需要は高い。シリーズ化することまで視野に入れれば、開発資金を集めるのも容易だろう。……というか俺個人がほしいんだ! ぜひ開発してくれ! たのむ!」
いつになく真剣な表情で訴える神削。
その説得力は文句のつけようがなかった。
「つーか、これはメタな意見になるが……いい加減この世界にも個人で所有できる乗り物がほしいんだよ。どこぞの世界には魔導バイクとかあるわけだし。この世界だって何も問題なさそうだというのに……運営は車やバイクに恨みでも
それ以上いけない!
こうして会議は神削のワンマンショーで幕を閉じた。
車両型V兵器の開発プロジェクトは満場一致で採用され、近いうちに関係各機関へ打診される。
最終的にプロジェクトが始動するかは『おえらい方々』の意向次第だが、ともあれ開発スタッフたちは希望の光を見つけ出したのであった。
次回! 『V車両シリーズ開発会議』に続く! かもしれない!