その日の朝。
漂着マグロの処理という珍妙な依頼を受けて、撃退士たちがぞろぞろと砂浜にやってきた。
彼らの前に現れたのは、大量に打ち上げられたマグロの群れ。まるで魚市場だ。
「こんな大量に打ち上げられて可哀想に……せめて、おいしく食べてあげますからね」
無惨な光景を見て、Rehni Nam(
ja5283)はAカップの胸に手を当てた。
調理の準備は万全だ。こんなときのために鍛え上げた調理スキル。ここで使わずして、いつ使う!
「ああ、なんてかわいそうなマグロさんたち……。みなさん、まずはマグロさんの死を悼みましょう。食事はそれからです」
沈痛な顔で告げるのは、正義の女子レスラー桜庭愛(
jc1977)
レスラーなので、今日も制服(後ろが扇情的に露出したチューブトップのリングコスチューム)だ。
腰まである黒髪が潮風に揺れ、黒いロングブーツが砂浜を踏む。
「うむ、みんな合唱だ。海の恵みに感謝しつつ、マグロの冥福を祈ろう」
元海峰(
ja9628)が言い、撃退士一同はマグロに向かって手をあわせた。
なぜか海峰だけは一人で歌ってるが、これでは独唱ではないか。
『合掌』と『合唱』って、たしかに間違えやすいけども!
「ではマグロさんの魂が天に召されることを祈りつつ……いただきましょう」
なんでこの人歌ってるんだろうと思いながらも、愛はマグロに黙祷を捧げた。
もしかするとこの大量死は天魔の陰謀かもしれない……と静かな怒りを燃やしつつ。
「……さて、すべておいしくいただきましょう。なにを作りましょうか」
まじめな顔でマグロに手をあわせたあと、ガラリと表情を切り替えて夜桜奏音(
jc0588)は包丁を手に取った。
「料理も良いですが、なるべく無駄を出さないようにしたいですね。集まった生徒だけで食べきるのは不可能でしょうし、近隣の住民にも協力をねがいましょう」
おなじく合掌したあと、神谷春樹(
jb7335)が提案した。
「あ、前もって自治体のほうに『マグロ祭り』として宣伝してもらうよう、おねがいしておきました。住民の皆さんにも伝わっているはずです」
応じたのは、Rehni。
「えとぉ……食用に適さない部位の処理として、回収業者を手配しておきましたぁ……計算では、トータルでプラマイゼロになる予定ですぅ……」
さすがの事務能力を見せつけたのは、月乃宮恋音(
jb1221)だ。
ある意味反則技に近い。
「おお、さすが月乃宮さん。なにか手伝えることがあれば、俺にも手伝わせてほしい。これだけの出来事だ、天魔のしわざということも考えられる」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が声をかけた。
実際のところ天魔は関与してないのだが、久遠ヶ原では何が起きるかわからない。
「そうですねぇ……一般の方も大勢来るでしょうし、慎重にやりましょう……」
恋音がうなずいた。
そんな感じで、撃退士たちは解体作業にとりかかった。
「さて……まずは祭りの準備ですね」
Rehniが魔具にアウルをこめると、魔具を覆うアウルは包丁の形になった。
その包丁で、マグロを一閃!
するとマグロは一瞬で三枚下ろしに!
「これこそ正しいスキルの使いかたです」
真顔で言いながら、次々とマグロを下ろしてゆくRehni。
解体解体ひたすら解体。これほどまでに『包丁一閃』が活躍する依頼は滅多にあるまい。おしいのは3回しか使えないことだ。
「話は聞いたわ! 本マグロ三昧なんて夢のようね!」
依頼書に『食』の字を見かけた瞬間、蓮城真緋呂(
jb6120)は現場に駆けつけていた。
食べることに関しては久遠ヶ原でもトップレベルの彼女である。まさに今日の依頼のたm
「これを解体して片付ければ(食べれば)いいのね! マグロの解体はやったことないけど、ほら、2m級の天魔とかなら普段からザクザク斬ってるじゃない? だから多分斬れると思うのよ。うなれ、ツヴァイハンダー!」
地の文を遮って、マヒロがマグロに襲いかかった。
迷いのない太刀筋によって、ズンバラリンと三枚にされてしまうマグロ。
その勢いのまま、次のマグロも一刀両断。食欲という名のパワーが、彼女に無限の力を与える!
もう解体は真緋呂とRehniにまかせておけばいいんじゃないかな……。
「なんだか凄いのです。ボクも解体してみたいです」
対マグロ用決戦兵器と化した先輩ふたりを前に、アルティミシア(
jc1611)はポカーンとしていた。
肉より魚派なので、ただで食べられると聞いて楽しみにしてきた彼女だが、どうせなら貴重な体験もしておきたいわけだ。
とりあえず何かの役に立とうと、見よう見まねで解体してみるアルティミシア。
手つきは拙いが、時間をかければどうにかなりそうだ。
そのうち仮設テントで調理が始まり、良い匂いが漂いだした。
久遠ヶ原の料理自慢たちが、ここぞとばかりにマグロをさばき、料理に仕立てる。
そこへ飛んできたのは、妙にセクシーな衣装のユリア・スズノミヤ(
ja9826)
「聞いたよ、マグロさんを好きなだけブラックホールしていいって? きゃっほーぃ☆」
こういう人を残念美人という。
とりあえず、血肉になるマグロさんに感謝しながらいただきます☆
「みゅ、まずは新鮮なうちに……お刺身! 大将、お刺身一丁!」
当然のように注文して、席につくユリア。
それぐらい自分で捌けという話だが、まずは腹を満たしたいらしい。
「はい、こちら刺身盛りです(スッ」(Rehni
「こちら、マグロのお造りになります(ソ……ッ」(奏音
「えとぉ……マグロの頬肉のお刺身です(ソロリ」(恋音
「お刺身ね。はいどうぞ!(ドガッ!」(真緋呂
「なんかいっぱいキター!?」(ユリア
卓上はあっというまに刺身だらけである。
もはやテーブルが見えない勢いだ。
「おちつこう私。ここは持参した刺身醤油で……わんこ刺身を(ぽつり」
「わんこ刺身! そういうのもあるのね! おかわり!」
真緋呂は自分で持ってきた刺身を自分で食べていた。
彼女にわんこを食べさせると店が潰れるが、今日は大丈夫だ!
「お刺身、おいしいです……。やはり、新鮮なものは、精気に、あふれてます。あなたの命、いただきます」
ちまちま、もきゅもきゅ、と小さい口で可愛らしく食べるアルティミシア。どこかハムスター的なものを連想させる。
だが、見た目に反してかなりの食いっぷりだ。というか相当な大食いだ。
もっとも、ブラックホールユリアと食べ放題ブレイカー真緋呂の前では霞んで見えるが。
「お刺身、塩で食べても、おいしいですよ」
アルティミシアは、持参した本塩をすすめてみた。
「塩でわんこ刺身! そういうのもいいわね! おかわり!」
たぶん真緋呂は何を食べてもおいしいって言う。
「うむ、何であろうとタダで食えるのは良いことだ」
使い慣れたマイ箸、マイ小皿、マイ醤油を持参して、海峰はひたすらマグロを食っていた。
刺身があれば刺身を食い、寿司が出れば寿司を食い……手当たり次第なんでも腹に入れてゆく。
小食の人に悪い気もするな……と思いつつ周囲を見回す海峰。
だが、どうやら少なくともこの仮設テントにおいて、その気遣いは無用だった。
「なるほど、たのもしいお嬢様がただ……」
底なし胃袋軍団が、ここに集結!
依頼の成功はほぼ確実となった!
調理する人たちは大変だな!
そのうち、だんだんと来場者が増えてきた。
一般人の来場者はもちろん、祭りと聞いて駆けつけた撃退士も多い。
予想以上の人出に、調理班は休む間もなく働かざるを得なくなった。祭りの告知が功を奏しすぎたのだろうか。久遠ヶ原の学生たちは(教師も)『祭り』という言葉に弱い。
「これはなかなか大変ですね……」
祭りの告知を打ったRehniは、責任をとるべく誰よりも忙しなく働いていた。
会場でそのまま食べてもらうための、漬け丼、中落ち丼、ネギトロ丼、握り寿司といった鮪三昧メニューに加えて、持ち帰り用に火を通したメニューも多い。ステーキ、竜田揚げ、荒汁……etcという具合だ。一人ですべてやるのは無理がある。無理はあるが、そこをどうにかするのが撃退士!
「よーし、私も料理しちゃうよー! れっつマグロくっきんぐー☆」
ユリアはいったん食事を中断して、料理班に回ることにした。
皆の舌が飽きないようにと、あまり出てこない料理を作ってみる。
マグロの生姜角煮、ポン酢味の焼きマグロ、マグロのオイスターマヨステーキ……etc
「さあ寄ってらっしゃぃ食べてらっしゃーぃ☆」
「私はマグロを燻製にしてみました。グンマーの味噌に漬け込んだ一品、おいしいですよー」
水着みたいなリングコスチュームにエプロンという格好で、愛は燻製を作っていた。
これは目立つ。一部(というか大部分?)の男子の視線釘付けだ。
勝ち負けで言えば完全に勝ちである。グンマー族からの支援も抜群だ!
でもグンマにエプロンってあるのかな。なんでも手づかみで食う、未開の地の人種だよね?
「さて……すこし食べて、おなかもふくれました。調理再開しましょうか」
奏音は箸を置くと、ふたたび包丁を手にした。
が──
「普通に作るの飽きましたし、ここはひとつマグロ丸ごと一本解体しちゃいましょうか。川魚しか解体したことないですけど構造はそんなに変わらないでしょうし、きっといけます……恐らく」
希望の瞳を輝かせつつ、奏音は手つかずのマグロを引きずってきた。
そして始まる解体ショー。
実際問題、解体作業などパワーさえあればどうにでもなる! そう、パワーこそ力!
あっというまに切り身になってしまうマグロ一匹。
「どうぞ、どんどん食べて行ってください。まだいくらでもありますよ」
通りすがりの一般人を笑顔で威圧しつつ、マグロを押しつける奏音であった。
「なるほど、いずれも立派なマグロだ。これだけの量があれば普段できない食し方ができるはず」
にぎわう浜辺に、一頭のパンダ(下妻笹緒(
ja0544))がやってきた。
いつもの調子で語りながら、彼は作業に取りかかる。
「せっかくの機会だ。ただ消費するだけでは勿体ない。絶品のマグロ料理を作ってみせよう。私が提案するのは……ズバリ『ねぎまめ鍋』だ!」
いきなり光纏すると、笹緒はマグロの眼球だけを次々と抉り取っていった。
そう、ねぎまめ鍋とは、ネギとマグロの目玉を使った鍋なのだ。
はっきり言って、かなりグロい。
「なに、見た目がグロい? だがマグロの眼球にはDHAが豊富に含まれており、脳の老化防止をはじめ中性脂肪を低下させて血液をサラサラに(略」
DHAの効能を列挙しつつ、ねぎまめ鍋を調理する笹緒。
幸か不幸か他の人たちに需要がないので、目玉は大量に余ってる。
それを景気よく、豪快に、惜しみなく鍋へ投入!
「さぁ完成だ! ほかの稀少部位には目もくれず一心不乱に食べるが良い。なにしろ目玉はここにあるのだからな!」
うまいこと言って、ドーンと鍋をかかげる笹緒。
「パンダさんだー♪」と駆け寄ってくる子供たちが目玉親父鍋を見て逃げだすまで、あと数秒。
「なるほど、これは凄い量ですね」
雫(
ja1894)は焼肉部のメンバーをつれて現場に来ていた。
「肉! 片っ端から焼いて食うのです!」
「待ってください」
走ろうとするカルーアの首根っこを、雫がつかんだ。
「ぐへっ!? なにしやがるですか!」
「せっかくなので、今日はふだん食べられない部分を食べましょう。というわけで……」
雫が選んだのは、マグロの頭と心臓だった。
心臓は刺身とバター焼きに。
頭は半分に割って、片方は兜焼きに。
もう片方は目玉やカマに分け、カマは塩焼き。目玉は酒蒸し。
「これは珍味! 珍味なのです!」
「見た目はアレだけど味は良いわね」
カルーアと亜矢には好評だ。
が、セセリは手をつけず、大トロばかり食べている。
「セセリさんも食べてみませんか。トロばかりでは栄養バランスが悪いですよ」
「そんなグロいのいらない!」
「味も見ずに外見だけで判断するのは良くありませんね」
雫の手からダークハンドが飛んだ。
拘束されたセセリの口へ、マグロの眼球が無理やりねじこまれる。
「ふぐぐぅ……っ!?」
「これはいじめではありません。見た目での好き嫌いをなくすための躾です」
どう見てもいじめだった。
「僕が作るのは……当然マグロラーメンです!」
颯爽と海岸に駆けつけたのは、佐藤としお(
ja2489)
あーうんわかってた、みたいな感じで周囲の人々がうなずく。
「豚骨のように濃厚とはいきませんが、魚の骨でも良いダシが取れるんですよ?」
あまりまくってるマグロの骨を一気に集めると、としおは適切に下処理して野菜と一緒に寸胴鍋で炊いていった。
本当はかなりの時間煮込むのだが、そこは『巻き』で!
このマグロスープに塩だれを合わせて、自家製手揉み縮れ麺を投入すれば──あっさり塩味のマグロラーメン完成!
トッピングには、ネギと生姜の千切り、刻み柚子。さらにマグロ頬肉の炙りとマグロ節粉。デスソ○スはお好みで(
看板にはこう書かれている。
『本日限定マグロラーメン! スッキリとした味わいの中にも鮪の薫り立ち。引き締め役として生姜と柚子のコラボ。焼豚の代わりにジューシーな頬肉を乗せました。あっさりスープが良く絡む手揉み麺です。是非ご賞味ください』
たちまち行列ができたのは言うまでもない。
「らーめん! らーめん!」
行列の中で、ユリアは人一倍うるさかった。
存分に料理ができると聞いて、染井桜花(
ja4386)と秋姫・フローズン(
jb1390)がやってきた。
「……まずは……解体か」
「お手伝い……しますね……」
迷わず光纏し、鮪包丁を手に取る二人。
マグロ一匹を解体するのは結構な重労働だが、撃退士にとっては軽作業だ。
あっというまにバラバラにされ、身と骨と頭になってしまう本マグロ。
彼女たちが必要としているのは、純粋な身の部分だけだった。あとの内臓やら何やらは他人まかせである。
「さて……はじめましょう」
でかい切り身を俎板に置くと、秋姫は素早く一口大に切っていった。
それを、摩り下ろし生姜、醤油、酒を合わせた漬け汁へ無造作に放り込む。
味が染み込んだところで片栗粉をまぶして揚げれば、竜田揚げの完成だ。
「……うまく燻せると……良いのだが」
秋姫の隣で、桜花は燻製用のソミュール液を調合していた。
和風出汁に醤油と味醂等を加えた特製品である。
これを、乾燥させたマグロとともにビニール袋へ入れて味を染み渡らせる。
ドラム缶で作ったオリジナル燻製機で燻せば、燻製の出来上がりだ。
燻してる間、時間がもったいないので秋姫は次の料理にかかる。
「……まずは玉ねぎを……大量に、微塵切り」
山盛りになった玉ねぎの微塵を、バターとオリーブオイルで炒める。
これはボウルに移して冷ましておき、次は大量の赤身を包丁で滅多打ちに。
挽き肉状になった赤身へ玉ねぎを混ぜて、小麦粉、玉子、パン粉の順に衣をつける。
そして油の海へ投入。二度揚げすれば、ゴロゴロと皿に転がるのはマグロのメンチカツだ。
その間、秋姫も二品目に取りかかっていた。
「マグロの切り身に塩胡椒……小麦粉をまぶしておいて……フライパンに……」
オリーブオイルで、キツネ色になるまでニンニクを炒めて香りを引き出す。
ニンニクを取り出したら、塩胡椒した切り身をフライパンへ。
焦げ目がついたところで景気よくワインを注ぎ、マッチでフランベする。
派手な見た目と香りで、集客効果は抜群だ。
良い色に焼き上がったら皿に取り、別に作っておいた山葵醤油のソースをかければ、鮪ステーキ1丁あがり。
「完成……です……」
「……試食、しようか」
互いの料理を試食する、秋姫と桜花。
いずれも十分な出来映えだ。
もちろん『依頼』が始まるのはこれからである。
なにしろ日が暮れるまで料理しつづけなければならないのだから。
(マグロはほぼ全身が食べられるが中骨だけは捨てられることが多い。しかし実は中骨からはいいダシが出る。もったいないので、それでスープを作ろう)
そう考えて、月詠神削(
ja5265)はマグロの骨を集めてきた。
まずは寸胴鍋に中骨を放り込み、1分ほど下茹で。
次に骨を洗って汚れを落とし、豪快にブツ切りにする。
そして香味野菜と一緒に煮込み、ひたすらアクを取り続ける……と、スープベース完成。
「さて、あとはお好みで味を調整しつつ具材を投入するわけだが……これラーメンにできそうだな? 前に知り合いが新入生歓迎会でマグロのラーメンを出してたが……それを真似てみるか」
おお、鮪ラーメンを作る人が二人もいるとは!
しかも神削のは醤油ラーメンである。
麺は中細ストレート。具材は、ほうれん草、煮玉子、マグロの身のペースト。
見た目には普通においしそうである。
「……さて、どんなものかね?」
様子を見る神削。
だが、ラーメンという時点で大体まちがいはない。
「らーめん! らーめん!」
ここでもユリアは騒いでいた。
「マグロ…大きいなぁ……。でも…どう剥げばいいの…かな?」
丸々一匹のマグロを前に、浪風威鈴(
ja8371)は少々たじろいでいた。
「まぁやってみればどうにかなるさ」
お気楽に応じたのは浪風悠人(
ja3452)
「そう…かな……。マグロ…剥いだことない……」
ふだん鹿や猪を剥ぐことは多い威鈴だが、マグロを解体した経験はなくアワアワしていた。
そんな妻の様子を見ながら、悠人は光纏して蛍丸で一気にマグロの頭を切り落とす。
そのまま、撃退士パワーで豪快に三枚下ろし!
「わぁ…すごい……。こう…やるのかな……」
悠人の動きを見よう見まねでトレースする威鈴。
かなり無理やりだが、腕力にものを言わせて強引に解体してしまう。
「やった…できた……♪ 頑張った…よ?」
犬耳や尻尾が見えるのではという勢いで、ほめてほめてと言いたげに報告する威鈴。
悠人は苦笑いしつつも、「よくできたね」と頭を撫でる。
大雑把に解体したところで、彼は得物を万能包丁に持ち替えた。
そして、頭から尾の肉まで手際よく分けてゆく。
頭は塩を塗り込みながら炭火焼きに。焦げ目がついたら兜焼きとしてふるまい、
尾肉も塩胡椒でステーキに。
骨に残った赤身はスプーンで掘って包丁で叩き、ネギトロにする。
身は中トロ大トロ赤身と切り分け、寿司や刺身に。
串にして炙ったり、洋風にカルパッチョというのも悪くない。
大トロの一部は包丁で叩き、玉子と微塵切りの玉葱、塩胡椒を混ぜこねて炭火でハンバーグに。
切り身をヅケにして鉄火丼。ネギトロ丼と、次々に出してゆく。
「どれも…すごく…おいしいの……」
威鈴は出てくる料理をちまちまとつまみながら、たいへんご満悦だった。
「ならよかった。一般の人たちもたのしんでくれるといいんだけど……」
悠人も絶え間なく料理を作りつつ、しっかりと自分でも堪能している。
「大量にマグロをさばくには……やっぱこれだろう」
と言いつつラファル A ユーティライネン(
jb4620)が持ってきたのは、馬鹿でかい大鍋だった。正月に寺の炊き出しとかで使うような、豚汁用の大鍋だ。
ここへ割り下や下仁田ネギやシイタケを大量にぶちこみ、トロやら何やら適当にマグロの何かを投入して、ねぎま鍋を作り出す。
その姿に目をとめて近寄ってきたのは、不知火藤忠(
jc2194)
隣には小筆ノヴェラ(jz0377)がいる。
ふたりとも小脇に酒瓶をかかえ、パックの刺身盛り(炙り大トロ)をつまんでいた。
「なにを作っているのだ、ラファル」
藤忠が訊ねた。
「見ればわかるだろ。ねぎま鍋だぜ。そういうおまえらは何を飲んでんだよ」
「これか。これは日本酒だ」
「僕のはイタリアワインね。ラファル君も飲む?」
「変態の酒は遠慮しておくぜ」
「つれないなぁ」
刺身と箸を持ったまま、器用にグラスをあおるノヴェラ。
藤忠も負けじと杯をあけ、ふと思いついたように訊ねる。
「ところでラファル、何故ねぎま鍋なのだ?」
「おー、よく聞いてくれた。このまえ高座で『ねぎまの殿さま』っつーのを聞いてから、むしょうに食いたくなっててな。いままで機会がなかったんだが、今回はもっけの幸いってやつだ」
「そんな噺があるのか」
「『目黒のさんま』の亜種だな。ちなみに『ねぎま』は早口で言うと『ニャァ』って聞こえるから『にゃあ鍋』つって、猫ぉぉぉ……ッ!」
セリフの途中で大量の野良猫が押し寄せてきて、下敷きにされてしまうラファル。
「よし次へ行こう」
「そうだね♪」
なにも見なかったことにして、藤忠とノヴェラは次の肴を探しに行った。
「マグロ……それは釣り好きとしては最大級の魅力魅惑の釣り………!」
せめて気分だけでも味わおうと、シシー・ディディエ(
jb7695)は釣り竿をかついでやってきた。
登場した時点で既にどこかおかしいのだが、そこへ現れたのはロジー・ビィ(
jb6232)
『死の料理人』の称号を持つ堕天使である。
「あら、そこにいるのはロジーさんではっ!?」
「まぁ! シシーっ!」
「おはようございます。ロジーさんもマグロを?」
「ええ……ここに漂着したのも何かの縁。このままでは可哀想なだけ……せめてものはなむけに、お料理として生きていただこうか、と」
「それは素敵ですわ。ロジーさんは何と言っても私の料理の師匠……。料理されるならば勿論お手伝いしますとも!」
「ならば手伝ってちょうだい。いざ調理開始ですわ!」
言い放つと、ロジーは手近のマグロをむんずとつかんで上空へ放り投げた。
それを光の翼で追いかけ、空中で素早く一刀両断!
瞬時に三枚下ろしにされたマグロが、俎板の上へ着地する。
「さすがの包丁使いです、師匠! 今日はどんな料理にするのですか?」
わくわく顔で訊ねるシシー。
「そうですわね……おいしい物とおいしい物を組み合わせれば、さらにおいしい……。これは恐らく道理っ! ならば……!」
ロジーの両腕が目にも止まらぬ早さで動き、マグロ料理を仕上げていった。
まずは、アラの胡麻油照り焼き。
次にネギマ。
そして口をぱっくり開けたカブト焼きを作り、その口の中へ照り焼きを流し込む!
ネギマ串は卒塔婆みたいな感じでカブト焼きのまわりに突き刺し、景気づけに花火も設置。
食用花(タンポポ)をハラハラと散らせば出来上がり!
「さ……皆さん、遠慮は不要ですわっ」
ハートのエフェクトをふりまきながら、天使の微笑を見せるロジー。
差し出された料理は、目玉を剥き出してガバッと口を開けた黒こげのマグロに串焼きとドラゴン花火が突き刺されてるという凄まじい代物だ。
「ああっ、さすが師匠! 見た目も誰の料理より素敵です! 味も一番おいしいに違いありません!」
シシーもまた、キラキラと輝く微笑みを浮かべていた。
そして彼女は、なんの疑いもなく師匠の料理を口に入れてしまう。
「んごふ……ッ!?」
白目を剥き、真後ろへブッ倒れるシシー。
「まぁシシー! 卒倒するほどおいしかったのですわね!」
「し……師匠! し……死ぬほど、まずい、で……す……」
そう言い残して、シシーはこの世を去った。享年20。
死因はロジーのマグロ料理。
そのころ。
白野小梅(
jb4012)は、自宅のソファでドーナツをかじりながらテレビを見ていた。
そこからふと流れてくる、ボンキュボンなタレントからのメッセージ。
「美の秘訣はバランスのよい食事よ」
その言葉に、思わず小梅は手元のドーナツを見つめた。
言うまでもなく、小麦粉と砂糖の塊である。
「や、やばひ……! 栄養バランスとらないと! コラーゲン! コラーゲン!」
そういえばマグロを片付ける依頼があったと思い出し、小梅は自宅を飛び出した。
そして海岸に辿りつくや、そこらに落ちてたマグロの頭を回収。
そのままアルミホイルで包み、キャンプファイアに放り込む。
「おいしくなぁれ コラーゲン おいしくなぁれ たんぱく質♪」
謎の歌を歌いながら、炎のまわりをグルグル踊る小梅。
どこかの部族の儀式みたいだ。きっとグンマだな。
やがて完成したカブト焼きは、まさに『マグロの頭の丸焼き』だった。
「できたぁ〜♪」
満面の笑顔で箸を手にすると、希少部位たっぷりの頭をホジホジしながらコラーゲンを摂取する小梅であった。
……うん、野菜を食べようぜ!
「いらっしゃいませー、串焼きいかがですかー。1本100久遠でーす」
春樹は模擬店のような屋台を建てて、マグロのカマの串焼きを売っていた。
金網ドラム缶で焼いたカマの脂と、特製味醂醤油の焦げる匂いが客を引き寄せる。
有料なのは、どうしても出てくる非可食部の処理や会場の清掃にかかる費用として寄付するための募金活動である。もちろん貼り紙で告知して、営利活動でないことは宣伝してあった。
さらに集客狙いで、包丁を当てただけでマグロを三枚に下ろすというパフォーマンスも披露。じつは反対の手に持った黒鉄鋼糸で素早く切断しているというマジックだが、客寄せ効果は悪くない。
「ふふふ……おいしそうね」
にぎわう会場を見渡して、満月美華(
jb6831)はじゅるりと舌なめずりした。
その後ろに立っているのは、那芝綴(
jb0707)
「まぐろぉ? これぇぜんぶ食べるぅの〜? めんどぅくさぁい」
「ダメよ、これでもれっきとした依頼なんだから」
そう言うと、美華は豊満な体を揺らしてノッシノッシ歩いていった。
ちなみに本日は海での依頼ということで、鯨の着ぐるみ姿である。別名チチデカスクジラ。この称号考えた人は天才だな。
「めんどぅくさぁ〜い、ほんとぅに〜めんどくさぁい」
延々と面倒くさいアピールしながらも、仕方なく美華の後ろについてゆく綴。
美華が目をつけたのは、まず恋音たちのテントだった。
「おぉ……満月先輩、いらっしゃいませぇ……」
エプロン姿の恋音が出迎えた。
その横では、正太郎も同じくエプロン姿で調理を手伝っている。
「さあどんどん持ってきて、恋音。食べて『依頼』に貢献よ」
「わ、わかりましたぁ……」
恋音が運んできたのは、あら煮、あらの唐揚げ、ごんぐり煮(胃袋の甘辛煮)、ほし(心臓)の串焼きといった料理だった。できるだけ廃棄を減らそうと、あまり食べられていない部位を選んで調理したのである。しかもハンパな量ではない。文字どおりの山盛りだ。
「こぉんなに食べるぅの〜わぁ〜すぅごぉい」
「あなたも食べるのよ、綴」
「ええ〜」
だるそうにテーブルへ突っ伏しながらも、綴はフォークでマグロを突き刺しながら面倒くさそうに食べはじめた。
もちろん美華はとっくに食べだしている。
山積みにされた料理が、みるみるうちに消えていった。
やがて気がつけば……そこにはマグロの食べ過ぎで激太りした美華の姿が。
「なぁにこれぇ……風船?」
変わり果てた(というかいつもどおりの)美華の腹部に、綴が全体重をかけてもたれかかった。
「ぐ……っ! く、くるし……!」
美華が腹をかかえた拍子に、綴の頭が贅肉の中へ押し込まれた。
「んぐ……んがぐぐ……っ!?」
呼吸困難に陥り、痙攣する綴。
その振動で、美華のほうも苦悶のうめきをあげる。
数秒後、なにか破裂音が響いて周囲は喧騒に包まれた。
そんなこんなで、徐々に日も暮れてきた。
客足も段々と落ち着いて、調理班の撃退士たちはホッと一息。
「ふぅ……ようやく休憩がとれます」
Rehniは椅子に腰を下ろし、額の汗をぬぐった。
「うぅん……大変なお祭りでしたねぇ……」
恋音も同じく汗だくだ。
ずっと厨房に立って火を使っていたのだから無理もない。
「まだ終わってはいないが……とりあえず食事休憩にしようか」
と、正太郎。
「そうですね。さいわい料理はいくらでもありますし……では、いただきます」
Rehniは手を合わせて軽く目を閉じた。
「ああ、いただきます」
同じように合掌する正太郎。
つかれきった体に、それぞれの作ったマグロ料理が染み込んでゆく。
「どれもおいしいな。今日ここに集まったみんなと……なによりも尊い命を捧げてくれたマグロに感謝しよう」
正太郎の言葉に、周囲の一同は静かにうなずいた。
そんな、わりと穏やかな空気が流れる中──
「ああ、本マグロおいしい〜♪ ごはんが進むわ〜♪」
そこには、まったく変わらぬペースでマグロと白米をかっこむ真緋呂がいた。
彼女に言わせれば、「ネギトロは飲み物! 白米も飲み物!(キリッ」
「うむ、良いことを言う。すべての食べ物は飲み物だ」
海峰も最初と同じ勢いのまま、マグロを食べ続けていた。
食べたマグロがマグロを消化し、消化されたマグロは血肉となって次のマグロを摂取するエネルギー源へと昇華される。
「だよねー、食事はおいしくたのしく☆もぐちー♪」
吸引力の変わらないただひとつのブラックホール・ユリアもまた、延々とマグロを吸い込んでいた。
もしかすると、この3人だけで依頼は成功していたかもしれない。
ほかの人たちは色々と頭を使って行動してたというのに! 結局食べた者勝ちか!(そのとおりです
「それにしても、この学園は……なあ?」
夕闇せまる海岸を眺めながら、藤忠は酒を口に運んだ。
「久遠ヶ原はいつもこんなものだよ」
と、ノヴェラ。
「そうか。まぁ俺も少しは学園生活に慣れてきた。ノヴェラ、おまえはどうだ? 毎日たのしんでいるか?」
「僕はいつもたのしいよ。なんなら、もっとたのしいコトする?」
ノヴェラがにじりよった。
「いや待て。そういうつもりはない」
「なんだ、固いなぁ」
そう言って、ノヴェラは笑った。
藤忠も釣られて微笑する。
そこへ、酒の匂いに誘われた呑兵衛たちが一人また一人と集まってきた。
そして夜になり、本格的な酒盛りが始まる。
なにしろ酒の肴はいくらでもあるからな!
──翌朝。砂浜にマグロの姿は跡形もなく消えていた。
かわりに無数の酔っ払いが倒れて酒瓶やグラスが散乱していたが、とくに問題はなかったという。