依頼書が張り出されてから数日後。
V家電研究所の博士と助手が、学園にやってきた。
おえらい方々へのプレゼン前に、まずは作戦会議だ。
教室に集まったのは、6人の撃退士。
いずれもベテランだ。V家電を使った経験のある者もいる。
中でも小田切翠蓮(
jb2728)は、初めてV家電をテスト運用した撃退士の一人だ。
「あれからもう三年が経ってしもうたか……。ほんに時の流れとは残酷なまでに速きもの」
過去を懐かしむように、翠蓮は呟いた。
彼が以前テストに用いたのは、V布団乾燥機。
そのときは確かに『成功』したが、結果として今ここに残酷な現状がある。
そんなV家電の窮状に、翠蓮は自責の念を憶えざるを得ずにいた。
「あのとき儂が……儂が、もっとイイカンジに乾燥機をアピールできておれば……っ! これほどまでに研究室が追い込まれることもなかったであろうに……!」
んなワケないのだが、翠蓮は真剣だった。
「このままでは博士殿に申し訳が立たぬ……! この小田切翠蓮、命に代えてもV家電を護ってみせようぞ!」
「おお! たよりにしてるぞ!」
博士が翠蓮の手を握った。
「商品化に向けてのプレゼンですか……難しいですね」
仁良井叶伊(
ja0618)は真剣な面持ちで考えこんでいた。
「その難しいのをどうにかしてほしいんだ」と、助手。
「V兵器はどこまで行っても兵器ですからね……どうしても使う人間が限られてしまう上、所有者以外が触れるとトラブルにしかならないので、どんなモノであっても『所有者以外が起動させられる状況に置いてはならない』という鉄則だけは守らねばならないのですが、やはり便利なことは便利なので何とか……ほしい人間の元に届けたいと思います」
「うん、よろしくたのむ」
(ああ、この研究所の人たちって平等院さんと同じく頭の良い馬鹿という奴ですね)
あらためて依頼書をめくりながら、雫(
ja1894)は冷静に考えた。
世の中往々にして、頭の悪い馬鹿より頭の良い馬鹿のほうが迷惑なもの。
ともあれ依頼は依頼なので、雫も一応は提案した。
「このシリーズって『家電として使える武器』でなく、『武器としても使える家電』として売り出すべきでは?」
「というと?」
助手が訊ねた。
「私が思うに、冷蔵庫や炊飯器、電子レンジ、ホットプレートなどは前線の野営地での活用が望ましいと考えます。おもに武器としてではなく、野営に便利な家電品としての利用ですね」
「なるほど。よしキミはその方向でたのむ」
助手が言い、雫は無言で承諾した。
「僕に言わせれば、兵器としての利点ばかり挙げているから成功しないんですよ。たいていのことは『じゃあ普通のV兵器で良くね?』で済んじゃいますからね」
もっともなことを言うのは、咲魔聡一(
jb9491)
銀縁眼鏡をクイッとさせながら、説得力たっぷりに彼は続ける。
「いいですか、V家電がV家電たるゆえん……それは家電としての性能を発揮するところにこそあるのです。雫さんからも指摘がありましたが、V家電はあくまで家電製品。武器としての利用は二次的なものと考えましょう」
「キミもそういう意見か。いいだろう、その方向でたのむ」
助手がうなずいた。
「いろいろ考えたが……私はV血圧測定器を推したいと思う」
無数に並ぶV家電の中から鳳静矢(
ja3856)が選んだのは、じつに地味な一品だった。
「もちろん構わないが、なぜそれを?」と、助手。
「以前、V家電の実用テストという名目でバトルロワイヤルがおこなわれたことがある。そのとき私が選んだのが、これだった。やはり使用経験のあるもののほうがプレゼンの説得力も増すだろう」
ちなみにそのバトロワで最優秀V家電の座についたのは、Vこたつである。
助手からの反論もなく、静矢はV血圧測定器の一点推しで攻めることになった。
「えとぉ……私は何度か、V家電をお借りしておりますのでぇ……その線からPRしたいと思いますぅ……」
ひかえめに言う月乃宮恋音(
jb1221)だが、V家電の使用回数は学園最多だ。
「おお、キミのことはたよりにしてるぞ!」
博士が恋音の肩をバシバシたたいた。
「が、がんばりますぅ……。まずは、私自身の使用例も含めて、資料を作成しようかとぉ……。ここだけの話ですが、都合の悪いデータは隠蔽しますねぇ……」
「都合の悪いデータ? そんなものは存在しない!」
「お、おぉ……もちろんですよぉ……そんなデータは一切存在しませんねぇ……」
博士は本気で言ってるのだが、恋音は別の意味で解釈していた。
ともあれ作戦会議は順調に進み、6人はそれぞれのプレゼンに向けて準備をはじめるのだった。
数日後。V兵器研究所の会議室に、撃退士たちの姿があった。
100人以上は入れる部屋だ。記者会見のような形で、6人の撃退士がテーブルに並んでいる。その脇に、博士と助手。
彼らの前には、スーツ姿の『おえらい方々』がズラリと顔をそろえていた。
参加者全員の席に、肩書きと名前が記されている。新聞やニュースで頻繁に名前が出てくるような重鎮も少なくない。
その錚々たる面々に、さすがの撃退士たちも少々緊張気味だ。
いまは助手がマイクをにぎり、ことの経緯を解説しているところである。
「……という次第で、本日はV家電の有用性を証明してもらうため久遠ヶ原の現役生に集まっていただいたわけです。では早速、彼らからのプレゼンをお聞きください」
「ではまず私からですね」
大勢の注目が集まる中、雫は物怖じせずマイクを手にした。
「V家電の有用性を、ということですが……電源を必要とせず運用できるという利点は、通常の家電品と比べて明らかに勝ります。大型の物なら、防衛戦での障壁としても転用可能でしょう。現状では活性化のため常にアウルを注ぎこむ必要はありますが、今後改良を加えて充電機能を組み込めば完全エコ家電への展望も考えられます」
「アウルを充電することはできないのでは?」
すかさず指摘が入った。
しかし雫は慌てない。
「ええ。しかし、たった6年でこれほどまでの……色々な意味で頭のおかしい道具を作りだした彼らなら、不可能を可能にするはずです。今回のプレゼンで上げられるであろう欠陥も、すぐさま修正できるでしょう。ここで研究を打ち切るのは人類の敗北につながる悪手……かもしれません。みなさん今一度よく考えてください。私からは以上です」
次に聡一の番がまわってきた。
暗いトーンで彼は語りだす。
「『V家電なんかいらない。普通のV兵器と普通の家電でいい』……そんな意見をよく聞きます。この研究室を閉鎖することになったのも、それが原因でしょう。しかし……」
そこで一呼吸いれると、聡一は急に甲高い声になった。
その語り口は、まるきり某ジャパネ●トの名物社長。
「ここでごらんください! V兵器研究所の英知が結集された、このハイスペックな家電たちを! いやしくもV兵器であるこれらの家電は、この小さなヒヒイロカネに収納することが可能なのです! これがどういうことかおわかりですね? そう、ご家庭での省スペース、運送コストの軽減、倉庫の縮小と、まさに一石三鳥! さらにV兵器としての手厚いサポートも充実! 科学室の天使の力を借りればカスタマイズも思いのまま! 鉄屑化によるロスト率は現在なんと0%です!」
そりゃそうだ、というツッコミが入った。
コホンと咳払いして、聡一は言う。
「……まあマジな話、いえここまでもマジなんですが、V兵器の技術を兵器にしか使っちゃいけないってのは傲慢だと思います。そりゃあ僕らは天魔と戦争している、しかしそれに染まりきって余裕を失ってしまった結果が、先の学園での惨劇じゃないですかね? 持てる技術は幅広く使うことで新たな発見もあるでしょう。さもなくば人類の勝利はないと、冥魔の僕が保証します」
会議室が微かな熱気に包まれる中、3番手に出たのは叶伊。
「皆様お気付きのとおり、V家電が商品化されない最大の理由は売れ行きが見込めないことです。そこでまずは、戦場での主力となる久遠ヶ原の生徒や警察の撃退士を主な客層として普及させることをおすすめします。そこでV家電ブランドの名前を浸透させ、アフターサービスの充実を確立すれば、おのずと他の客層にもアピールできるでしょう。早い話が、試作品でも何でも良いので購買に置いてほしいわけです」
ストレートな要求に、場がざわめいた。
しかし叶伊は気にせず続ける。
「そのためには……魔具魔装、ツールといった物が最優先で、次に情報機器ですね。武器、防具、ツールとしては……現在のシリーズですと、チェーンソー、マッサージ機、電動ドリルに電動歯ブラシですね。情報機器は……いまだ購買にないスマホやノートパソコン、タブレットあたりが候補でしょうか。バッテリーを搭載しないと安定しませんが、それが解決できれば『ヒヒイロカネにしまえる』というメリットが生きてくるはずです。どうかご一考ください」
「撃退士の中には健康志向な家庭もあるでしょうし、家族が年齢を増してくれば血圧などに気を使うこともあると思います。主婦層も勿論ですが、そういった健康に気を使う撃退士にも需要があると思われるのが……この血圧測定器型V家電です!」
静矢は満を持して『それ』を掲げた。
プロジェクターを使いながら、彼は説明を続ける。
「まずはこちら。要救助者に測定器を使用している様子ですね。基本的にV兵器であるV家電はアウルを介して使用できますので、撃退士が触れて活性化していれば一般人に対しても使用可能です。これは簡易ではありますが、要救助者のバイタルチェックをその場で行えるという点で非常に有用と言えるでしょう」
静矢の言うとおり、プロジェクターの映像にはV血圧測定計を使う撃退士の姿が描かれていた。
でもどういうわけか、撃退士も要救助者もラッコである。
謎のイラストに、会場は再びざわめいた。
「続いて、こちらの絵を見てください。これはV血圧測定器で天魔を殴っている場面ですね。このように拳型魔具の代わりとしても使用できます。威力のほどは、お手元の資料をご確認ください」
パラパラとプリントをめくる音。
だが、その『威力』はさして大した数値ではない。
「皆様の言いたいことはわかります。たしかにV家電は扱いにくい物も多いですが、実際に現場で使用した者として言わせてもらえば家電と兵器の両立は可能だと思います。言うまでもなく、V兵器は平時においては無用の長物。であるならば、平時にも利用可能な要素を盛り込むのはニーズに答えた正しい開発と言えるのではないでしょうか」
「では儂も、実地でV家電を使ったことのある身として語らせてもらおう」
次にマイクを握ったのは翠蓮。
しかも白紋付袴という姿で、『失敗したらいつでも腹を斬る覚悟』をアピールしている。まさに決死の覚悟のプレゼンだ。
その異様な迫力に、会議室は静まりかえった。
「儂が一押しするのは、このV布団乾燥機じゃ。これからの季節、梅雨時となれば『ダニ型天魔』が大量発生することは必定! そこで登場するのが、この品じゃ。使いかたは簡単。ダニ天魔が取り付いた布団を乾燥機にセットして……タイマーが鳴ったら駆除完了! ダニ天が駆除された『あったかほかほか安全快適で快眠確実!』な布団で眠ってみんか? いまなら先着でV真珠ネックレスが付いてくるサービス実施中じゃ!」
『悪魔の囁き』や持ち前の一般スキルまで利用しての猛アピールだった。
切腹覚悟からの鬼気せまるプレゼンは迫力満点!
でも「ダニ型天魔なんて見たことないよ」の一言で終了!
「く……っ、かくなるうえは腹を切っておわびいたす!」
翠蓮が白紋付をはだけて短刀を取り出したところで、静矢と叶伊が左右から止めたのであった。
「えとぉ……私も何度かV家電の使用経験があるので、そのあたりを説明させていただきますねぇ……」
切腹騒ぎで騒然となる人々を前に、恋音は恐る恐る語りだした。
「まずは、お手元の資料をご確認ください……。さきほども説明がありましたとおり、V家電はアウルで稼働するので、撃退士が電力代わりになることが可能ですぅ……。これは、災害現場やゲート内部で家電が必要になったとき、即対応できるという強みがあると言えるでしょう……。さらには、天魔でも電力によらず使用可能なので……友好的な天魔への贈答品として、人間界の科学文化の有用性を知っていただくという利用法も考えられますぅ……」
贈答品という案には、一部から「ほう」という声が上がった。
すこし照れながら、恋音は続ける。
「これは副次的な産物ですが……V家電の開発によって、アウル発電の研究を進めることもできますぅ……。天魔との戦争が終結したあと、無用になったアウルの平和利用として非常に役立つのではないでしょうかぁ……。もちろん現在は戦争の最中ですが……個人的に、V家電はアウルを使いこなす訓練として非常に有用だと実感してますぅ……。もちろん個人での利用も良いのですけれど……学園や学生寮などの備品として配布すれば、日常的な訓練として戦力の底上げが期待できると思われますぅ……」
「えー、学園生からのプレゼンは以上で終了です。ご静聴ありがとうございました。このあとご来賓の皆様には、彼らの意見を踏まえた上でV家電研究の今後についてご検討いただき……」
助手の口上が述べられて、おえらい方々は熱心に討論を交わしはじめた。
が──結論は早かった。
「V家電の商品化は見送り。同時にV家電研究室の閉鎖も見送りとする」
撃退庁のトップに近い男が、短く告げた。
理由が述べられる。
「識者による検討の結果、V家電シリーズは趣味の域を出ず商品価値は薄い。学生諸君のあげた、『ヒヒイロカネに収納できる』『危険地帯で家電として運用可能』『日常的な訓練に使える』などの利点は、V家電の開発が決まった当初から想定されていたことだ。いまさら言われるまでもない。……ただ、咲魔君からの指摘には気付かされる部分もあった。たしかに我々は効率だけを追い求めて悲惨な結果を招いた過去がある。こんな時世にも遊び心は必要だ。小田切君のように腹を切ってでもV家電を広めようという意志も評価に値する。それらを考慮した上での、研究室存続だ。以上」
こうしてV家電商品化の夢は断たれた。
うなだれる博士と助手。
「ふむ、商品化できなかったのは残念であったが……研究室の閉鎖は回避された。これから先も博士の頭脳は必要とされておる。世のため人のため、日々精進するのじゃ」
翠蓮が博士の肩に手を置いた。
「ともあれ、よかったですぅ……また機会があれば、V家電を借りに来ますねぇ……」
と、恋音。
博士と助手の目に、再び気力の炎が宿る。
「よし……助手君、研究再開だ!」
「はい、博士!」