「諸君、歓迎しよう。これがそのアプリだ」
研究所の地下室で、6人の生徒を迎えたのは平等院。隣には佐渡乃明日羽。
だが、平等院の手元にあるのは一台のノートPCとプリンタだけだ。
「ふぅん、こんなので小説が書けるのォ?」
黒百合(
ja0422)がノートの画面を覗きこんだ。
そこには『キーワード』『あらすじ』『登場人物』などの入力欄が表示されている。
「そのためのテストだ」と、平等院。
「最近はAIの『呟き』とかもあるわね。でも、あたいの活躍がAIに書ける?」
なぜか得意げに言うのは雪室チルル(
ja0220)
彼女は早くも『あらすじ』をコピー用紙に書いていた。
「依頼書をよく見ずに来てしまったのじゃが……自分で小説を書くわけではないんじゃな。ちと残念じゃが、とりあえず適当に単語を入れて遊んでみようかの」
緋打石(
jb5225)は真面目な顔で鉛筆を手にした。
彼女は物書きサークルを運営していることもあって、小説にはこだわりがある。
「僕は焼肉部員として、おいしそうな焼肉小説をめざしてみようと思います」
きっぱり言い切るのは、陽波透次(
ja0280)
その言葉どおり、彼は焼肉部の一員だ。が、『焼肉小説』とは一体……。
「こういう面白いガジェットが投入されたら、壊れてぐちゃくぢゃになるまで遊び倒すのが俺様の信条だぜー!」
言うや否や、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はミサイルポッドを両肩に出現させた。
まさかいきなり依頼をブレイクさせる気かと、一同が振り向く。
「いや冗談だぜ。いくら俺でも、いきなり爆破はしねーよ。まぁ完成した小説がくだらねー代物だったら爆破するかもしれねーけど」
これは高確率で爆破オチだな……と誰もがうなずいた。
「うぅん……一応考えては来たのですけれど……これは実行して良いのでしょうかぁ……」
持参した資料を前に、月乃宮恋音(
jb1221)は悩んでいた。
その手元を明日羽が覗きこむ。
「へぇ、おもしろそうじゃない?」
「でも色々と問題が……」
「そんなの後で考えれば?」
明日羽の手が素早く動き、二本の指が恋音の口に差し込まれた。
無理やり飲まされた金平糖が、恋音の精神状態を変えてイタズラっ子にさせる。……ラッコ!?
「わかりましたぁ……では、これで行きますぅ……」
じきに6人分の『入力情報』がそろった。
その用紙を眺めて、満足げに微笑む平等院。
「ふむ、どれも個性的だ。では順番に『出力』しよう。最初は雪室君だ」
「あたいがトップバッターね! 絶対に一番すごい小説よ! 芥河賞げっと!」
自信満々に宣言するチルルだが、内容やいかに。
注目が集まる中、作品が印刷されて皆の手元に配られる。
† さいしゅーせんそー・はるまげどーん! ──作・ゆきむろチルル
これは、すごいみらいのはなし。
トーキョーのどこかで、いま人類さいごの戦いがはじまろうとしてた!
敵はビルよりたかい、めちゃ大きい天魔。きっとラスボスにちがいない!
それはもう強い。いままで出てきた天魔のなかで、いちばん強い。ゴ●ラとかゼッ●ンより強い。ぐたいてきにどれぐらい強いかっていうと、言葉にできないぐらい強い。とにかく強い。全身まっくろでアタマにツノがあって、とがったシッポがはえてて……やばい! 強い!
たちむかうのは、チルルと4人の仲間たち。
みんな正義の力で、高層ビルサイズだ!
「さぁいくわよ! 力をあわせて、あいつをやっつけよう!」
たたかいのまえに気合をいれようと思って、チルルはみんなと肩をくんだ。
「くおんがはらー! ファイトー! おー!」
そのとたん、ラスボスのデビル光線がチュドーーン!
「「ぎゃーー!」」
たてものをおしつぶして、あっちこっちころがる仲間たち。
「さすが天魔ね! やりかたがヒキョーよ!」
「敵のまえで『えいえいおー』とかやってるほうがおかしいのじゃ」
緋打石はマジメだ!
「でもみんなノリノリだったじゃない!」
「うぅん……もしかしたら敵が待っててくれるかもしれない……と、おもってましたぁ……」
はんせいモードでこたえる恋音。
ノリノリだったのはチルルだけ!
「まァめんどうだしィ……さっさとかたづけましょうかァ♪」
黒百合が超ロングサイズのヤリをかまえた。
いざバトルスタート!
「では自分からやらせてもらうのじゃ。ゆけ、セブンス・チャリオット!」
緋打石の手から、でかい戦車みたいなほのおがとんだ。
すごくあついほのおだ! あたった敵をやきつくすぞ!
「ぐおおおおお……!」
火につつまれるラスボス。
「よし、オレのターン! ぎそーかいじょ! ミサイル発射!」
要塞みたいになったラファルから、電車サイズのミサイルがドッカンドッカンぶちこまれた。
もう、まわりはぜんぶ火の海だ!
「戦闘は苦手なのですけれどぉ……いきます、さくれつしょうぅ!」
つづいて恋音が手をふりあげた。
すると攻撃はチルルの背中へ。
どばーーーん!
「ひぎゃーー!?」
じめんをころがるチルルルルル。
「お、おぉ……? なぜ、こんなごばくをを……!?」
げんいんふめいのごばく!
れんねはうろたえた!
ちるるはしんだ!
「よくわからないけど、私がやっつけちゃうわよォ?」
あそびはおしまいと、黒百合がロケランでデスペラードーーン!
これまた命中。ラスボスは虫の息だ!
「まって、まだ死なないで! とどめはあたいが! あたいがカッコよくきめるんだから!」
あわててもどってくると、チルルはどうやってトドメをさすか考えた。
でもあんまり考える意味ナシ。
「よく考えたけどコレしかないわね! ひっさつブリザードキャノン!」
ものすごい雪と氷のなにかが発生して、ラスボスもろとも根こそぎドカーーン!
超つよいラスボスは爆発しさん! 人類大勝利!
「やった! あたいがたおしたのよ! あたいが! これはもう人類さいきょー! 宇宙さいきょー!」
チルルはおおよろこびだ。
やった! かった! やったーー!
おわり!
「なんだこりゃ。小学生の落書きかよ」
読み終えたラファルが酷評した。
「うるさいわね! スケール的にはサイキョーでしょ!」
チルルが怒鳴る。
「うぅん……なぜ、私の炸裂掌が誤爆を……?」
疑問を口にする恋音。
その問いに平等院が答える。
「このAIには過去の報告書をすべて読み込ませてある。心当たりがあるだろう?」
「そ、そうですねぇ……言われてみれば、お餅を喉に詰まらせた人を病院送りに……」
「そういうことだ。次に行くぞ。ラファル君の作品だ」
「よしきた! 俺のブンガク作品を拝読しやがれー!
† 俺のハーレムが危険人物ばかりなんだが ──作・ラファル A ユーティライネン
ここは学園某所に建つ、ラファル屋敷。
まるで宮殿さながらの豪奢な部屋で、家主は玉座に腰を下ろしていた。
手にしているのはブランデーグラス。
その膝にはチルルが座り、左右の腕に絡みつくようにして黒百合と緋打石がしなだれかかっている。
ラファル以外の3人は、薄物を一枚羽織っただけの格好だ。まるきりハーレムである。
「ご主人様……お食事の用意ができましたぁ……」
キッチンワゴンを押して登場したのは、乳牛コスプレの恋音。
ワゴンの上には、ジュワーッと良い匂いを漂わせるレアステーキ。トロッとしたホワイトシチューが湯気を立てている。
「よーし、こっち持ってきて食べさせてくれ」
ラファルは玉座にふんぞりかえったまま、アーンと口を開けた。
「え、えとぉ……? ご自分で食べられますよねぇ……?」
「いま俺の両手は忙しいんだよ! 見りゃわかるだろ!」
言うとおり、ラファルの手はチルルを弄ぶのに忙しそうだった。
「わ、わかりましたぁ……」
恋音は玉座に近寄ると、スプーンでシチューをすくった。
「そこはスプーンじゃなく、手ですくうほうが愛情表現になるんじゃねーか? スプーンって金属くさいだろ?」
「ええ……っ!? やけどしますよぉ……!?」
「じゃあ胸の谷間ですくってもらおうか? いや、いっそワカメ
「わかりましたぁぁ! 手で! 手でご奉仕させていただきますぅぅ……!」
なにか別の意味にもとれる言葉を返す恋音。
だが、そこへ黒百合が口をはさんだ。
「あらァ……その程度でラファル様の寵愛を受けられると思ってるのォ……? 私だったら口移しで飲ませてあげるわァ……。だいたい新入りの分際でラファル様の料理番なんて、生意気よォ?」
「そのとおりよ! あたいが一番うまくラファル様を悦ばせてあげられるんだから!」
チルルが続いた。
「まぁそう騒ぐでない。なにごとも順番じゃ」
たしなめるように言うのは緋打石。
『ご主人様』の寵愛を一人占めしようとする奴隷たちの姿に、ラファルはご満悦だ。
そこへ銀髪の少女がやってきた。
「連絡です。さがしてた子が見つかったのですよ? お?」
「よし、つれてこい。新しいペットにしてやるぜー」
ラファルの命令で、ひとりの少女が連行されてきた。
足首まであるスカートに、着崩したセーラー服。昭和のスケ番みたいな女だ。名前は鮫嶋鏡子。
「アタシに用があるってのはテメーか?」
「ああ。今日から俺様の奴隷になりな」
「なに言ってンだ、おまえ」
「さからうなら、おまえの弱みを学園中に……いや世界中に広めてやるぜ」
「なんだそりゃ。くだらねー。ンなことより殴られる準備はいいか?」
鏡子は両手の指をボキボキ鳴らしながら詰め寄った。
「ちっ、それなら実力で奴隷にしてやるぜー! 行け、黒百合!」
ラファルが命令すると、黒百合は「承知したわァ♪」と応じて光纏した。
その顎がガバッと開いて、プロトンビームみたいなのが発射される。
そのまま黒百合が首を横へひねると、破壊光線が部屋の左端から右端まで走り抜けた。
ちゅどおおおおんん!
爆撃でも受けたかのように、室内のすべてが吹き飛ぶ。
鏡子はもちろん、ラファルもチルルも恋音も緋打石も、連絡員の銀髪少女も、すべてだ。
「おいコラァァ! 俺を巻き込むんじゃねーー!」
ひっくりかえった玉座の下から、ラファルが出てきた。
「わざとじゃないわァ……ただの誤爆よォ?」
「てめー! 俺の握ってる弱みを
「好きにしたらァ? おもしろそうだから奴隷のフリしてただけだしィ♪」
にやりと微笑む黒百合。
たとえ小説の中といえど、彼女を自由にするのは無理だった。
ついでに言うとチルルも無理である。
「なんだかわからないけど面白くなってきたわね! 戦争よ、戦争!」
チルルのブリザードキャノンが、ふたたびすべてを吹っ飛ばした。
「てめーら、俺の屋敷で好き勝手するんじゃねー!」
乱れ飛ぶ、ラファルのミサイル。
あとはもう泥沼の乱戦である。
そもそも『弱みを握られた』ぐらいで屈する連中ではない。
だが、こういうバトルこそラファルが求めているものに違いなかった。
「なによ、似たようなものじゃない! 同類よ、同類! あはははは!」
読み終えたチルルが大笑いした。
「うるせー、同類にするんじゃねー!」と、ラファル。
「うぅん……なぜか今回も、私がひどい目に……」
恋音がフルフル震えた。
「安心せい。全員ひどい目にあってるのじゃ」
冷静に指摘する緋打石。
「よし、次はキミの番だ」
平等院が言い、緋打石の作品が印刷された。
† It's Just A Lie ──作・緋打石
その日、世界は終わりを告げた。
いずれこの日が来ることは、すべての学者が予言していた。ただ宗教家だけは、その予言に否定的だったが。
ここは”キューブリックの部屋”。天井から床まで白一色の、なにもない空間だ。
なにもないので、部屋の片隅には一台のロボットが捨てられている。
手足をもぎとられオイルを垂れ流した彼女は、もう二度と動かないだろう。
生前にはラファルという名で呼ばれていた少女を、いまはもうその名で呼ぶ者はいない。すべては終わったのだ。
「そう、すべては終わったのだ。”三界定理”に基づいて、じきに天界も魔界も終わるだろう。未曾有の”接淵効果”が最終的な”フェンデルタール現象”を招き、万物を水素原子まで崩壊させる。時空の概念は失われ、いずれ新たな宇宙が……」
部屋の中央で、白衣の科学者”平等院”はサイフォン式珈琲を沸かしていた。
床には黒い絨毯。天井には蛍光灯が灯り、部屋の四隅に据え置かれた”メンタルタール”式スピーカーが、”エア・プラヴィア”を流している。
「いい香りじゃのう。自分にも一杯くれんか?」
部屋の扉を開けて、緋打石が姿を見せた。
清廉なる大天使にして”海洋性力学”の権威、かつ”ラファル”の愛人である。
「よかろう。世界の終わりには深煎りのエスプレッソがふさわしい」
平等院がカップを差し出した。
緋打石は一口すすって、ふと気付いたように言う。
「おや、ラファル殿は死んでしまったのかのう?」
「うむ。無秩序な義体拡張が”スプロールブレイク”を引き起こした。サルベージは不可能だ」
平等院が言った、その直後。
「いやいや待て待て。俺はまだ動けるぜ?」
四肢のないラファルは器用に立ち上がった。
その拍子に、ぽろりと首が落ちる。
ガシャン!
金属の砕ける音がして、エメラルド色の義眼が床に転がった。
「おやおや……ああなっては、もう動けんのう。五体不満足どころではない。アルキメデスの梃ならぬ、”ガリレイの梃”でも動かんだろう」
緋打石は神妙な顔でラファルの頭部を見た。
金色の髪がぐしゃぐしゃに絡まって、機械油で濡れている。
緋打石はその首を持ち上げると、ごく自然な動作で唇にキスを落とした。さながらヨハネの首に口づけするサロメのごとくに。
「おいコラ! 俺が動けねぇからって勝手なコトするんじゃねー!」
緋打石に抱えられたまま、生首のラファルが怒鳴った。
「すまんのう。ついうっかり」
「『うっかり』で他人にキスするか!」
「そんなことより、この状態で珈琲を飲んだらどうなるんじゃろな」
「人を玩具にするんじゃねー!」
大騒ぎするラファルだが、しょせん無力な生首ひとつ。
緋打石はその首を抱えて来ると、テーブルの上にちょこんと置いた。
「ところで話をもどすが、ここは一体どこなんじゃ?」
「ここは『キューブリックの部屋』すなわち世界の終わりの緩衝地帯だ。21世紀初頭、アウルの研究から三界定理が導き出され、”ミューの極限空間”の存在が予言された。予言が正しかったことの、これが証明だ」
平等院が答えた。
「ふむ、よくわからんが……ここから出ることは出来ないんかのう?」
「出てどうする? もはや私もキミも死んでいる。ここは賽の河原のカフェのようなものだ」
「それは嘘じゃ」
「そのとおり。だがこの世界のすべては嘘だ。なにもかも文字で作られたフェイクにすぎない。これが現実だ」
平等院がパキッと指を鳴らした。
ブラックアウト。
「なんだこれ、意味わからねー。SFか?」
ラファルが首をひねった。
緋打石は作品を読み返しながら答える。
「じつは、ありそうでなさそうな単語をキーワードにしてみたのじゃが……これなら自分で書いたほうが早かったのう。にしてもラファル殿に接吻するとは思わなんだ」
「まったくだぜ。作り話とはいえ勝手にキスするんじゃねーよ」
「そういう指定はしなかったんじゃがのう……このAIは何か片寄っておるな」
「ふむ、そういう意見が聞きたかったのだ。なるほどな」
緋打石の指摘に、平等院がうなずいた。
「さて次は……焼肉か」
† 焼肉で世界平和を! ──作・陽波透次
いま、あなたの前にはテーブルがあり、炭火の入った七輪が置かれている。
七輪の上でジュウジュウと音をたてるのは上等のカルビ肉。タン塩も良い焼き加減だ。
あなたは手にした箸で、タン塩の表面に浮かんだ脂をこぼさないよう慎重に持ち上げる。そして自ら調合したタレにつけ、口の中へ。
その瞬間、肉の香ばしさと甘味が口いっぱいに広がる。ほどよい噛み応えも申し分ない。肉質、焼きかたとも完璧だ。
咀嚼しながら、あなたは正面に座った少女を見る。
一見ふつうの小学生だが、彼女は人間界に下った悪魔だ。
名前はセセリ。焼肉のためなら食い逃げも辞さない、文字どおりの『悪魔』である。
「いいよね、タン塩。あたしタン塩大好き!」
満面の笑顔で肉をほおばるセセリ。
彼女とあなた以外ここには誰もいない。
そればかりか焼肉に関するもの以外なにもない。
まるで焼肉屋の座敷席を切り取ったかのような空間だ。
通称『焼肉フィールド』
あなたの持つ特殊能力である。
この空間においては通常の物理法則が適用されず、一般焼肉性理論にもとづく焼肉空間系の法則だけが成り立つ仕組みだ。
従って、あらゆる暴力は意味を成さない。
この空間から脱出する方法はただひとつ。『焼肉ファイト』で勝利することだけだ。
ルールは単純。ともに焼肉を食べ続け、先に音を上げたほうが敗者となる。至高のフードバトルだ。
あなたとセセリは、そのバトルの真っ最中だった。
「そのカルビこげてない? 自分の育ててる肉はちゃんと管理しようよ!」
と言いながら、セセリはあなたの焼いていたカルビを持っていく。
まるでデートみたいだが、あくまでこれは戦い。敗者は永久に出られない……いわば焼肉プリズンなのだ。
フィールドの支配者であるあなたも例外ではない。もし負ければ、未来永劫この空間をさまようだろう。命がけのバトルである。
いま試される、あなたの焼肉愛!
だが、あなたの目的はただバトルに勝つことだけではない。食い逃げ少女セセリを改心させ、ただしい焼肉道を教えることが真の目的だ。さらに突きつめれば、すべての天魔を焼肉によって改心させ究極の世界平和を実現することこそ最終目標。
天魔と人類が焼肉でわかりあう理想郷を夢見るあなたにとって、すべての焼肉ファイトは一度たりと負けられない戦いなのだ。
「それはいいけど口直しにアイスがほしいなー。アイス出して、抹茶アイス」
セセリが言った。
しかしあなたは無情に告げる。
この空間では『焼肉』以外ゆるされないのだと。
「そんな! じゃあキムチも食べられないの!? 塩キャベツは!?」
あなたは無言で首を横に振る。
「そんな……いくら焼肉好きでも飽きちゃうよ……」
弱音を吐くセセリ。
この時点で、あなたの勝利は決まっていた。
戦意喪失したセセリに対して、あなたは一方的に肉を焼き続け、食べ続ける。
カルビ、ハラミ、ロース、ランプ……ホルモンも見逃さない。
たちこめる煙、したたる脂、空間を焼肉の匂いが満たしてゆく──
やがて勝負は決着した。
「うぅ……あたしは二度とここから出られないんだね……」
がくりとうなだれるセセリ。
しかしあなたの目的は天魔を牢獄に閉じ込めることではない。焼肉による真の平和こそが目標なのだ。
あなたはセセリの肩に手を置き、首を横に振ってみせる。
その瞬間、フィールドを監視する悪心センサーが働いて二人を『空間』から解放した。
これこそ『焼肉フィールド』の本当の力。天魔を閉じ込めて焼肉で改心させることこそ、真の能力なのだ。
「よかったー、帰って来れた。これでアイスが食べられる♪」
無邪気に微笑むセセリ。
彼女が食い逃げすることは二度とないだろう。
今日もまた、あなたは理想に一歩近付いた。焼肉による完全なる世界平和の実現──
そのために、あなたは戦い続ける。焼肉フィールドという戦場で。
作品の最後には、透次の『スケッチ』による挿絵が描かれていた。
じつにおいしそうな焼肉のイラストである。
「これが僕の焼肉愛……そしてセセリさんへのメッセージです」
「うぅん……これをセセリさんが読んでくれるかどうかが、問題ですねぇ……」
恋音が言った。
「それはいいんです。これは僕なりのケジメですから」
キリッとした顔で断言する透次。
「さて次は月乃宮君の作品だ」
平等院がコピー用紙を配った。
それは、ある意味今回一番の問題作。
金平糖効果の切れた恋音は、おそるおそる作品に目を通す。
† とあるクノイチの告白 ──作・月乃宮恋音
あたしの名前は矢吹亜矢。
久遠ヶ原中等部2年生。専攻は鬼道忍軍よ。
みんなに訊くけど、この世で一番ムカつく男ってどういうヤツだと思う?
あたしが一番ムカつくっていうか、いま一番ブン殴りたいのは、待ち合わせの約束に30分も遅れて来て『ごめん』の一言も言わない男ね。
二番目にムカつくのは、バンドでヴォーカル担当してるヤツ。ギターも弾いてると完璧よね。あいつら自分が目立つことしか考えてないでしょ。あたしたちドラマーなんて、一歩も動けず延々と太鼓たたくしかないのに。ひどいのになると『ドラムなんて打ち込みでいいよ』とか言いだすし。
まぁその点、目の前の男は少なくともドラマーには理解があるほうね。
遅刻を謝らずヘラヘラしてるのは許せないけど。
「一応訊くけど、なんで遅刻したのよ」
「フツーに寝坊しただけだが?」
「あ、そう」
とりあえず鳩尾を一発殴っておいた。
げほっ、とか言ってうずくまる男の名はチョッパー卍。
「おま……俺が一般人だったら内臓破裂で死んでるぞ」
「あんたは撃退士でしょ。自分から呼び出しておいて寝坊って、どういうことよ」
「寝坊しただけだって言ったろ」
「もう一発殴っていい?」
「やめろコラ。そんなことより今日は話があって呼び出したんだ」
姿勢をととのえて、卍はサングラスを光らせた。
もう見飽きるほど見慣れた顔だけど、ルックス自体は悪くない。服装さえどうにかすれば、ずっとマシになるのに。
「で、話ってなによ」
「それはだな……えー……」
珍しく卍が言葉を選んでいた。
なにを言うつもりだろう。急に心臓が早くなってくる。
まさか……? まさか『それ』はないわよね?
でも念のため心の準備はしておこう。……うん、オッケー、大丈夫。ふつうに『いいわよ』って答えられるはず。
「はっきり言うと、おまえにバンドを抜けてほしいんだ」
「い……へはァ……!?」
予想外の言葉に、思わず変な声が出た。
なにこれ。なんの冗談?
「一言で言えば、新しいドラマーを入れることになった。以上だ」
「冗談でしょ!? あたしはあんたとバンドやるためにドラム始めたのよ!?」
「俺は実力主義なんだ」
「つまりアタシはクビってこと?」
「そのとおりだ。ほかのバンドを探せ」
「あたしはアンタと一緒にいるためにドラム始めたんだけど!? ほかのバンドなんて意味ないじゃない!」
あ、しまった。これじゃまるで告白でもしてるみたい。
案の定、卍はこう言ってきた。
「もしかして、おまえ……オレのことが好きだとか言いださないだろうな?」
「そのとおりって言ったら、どうするのよ」
「迷惑だ。おまえと付き合うぐらいなら死を選ぶ」
「な……なんでそこまで嫌うのよ!」
「俺の好みは、おっぱいのでかい大和撫子なんだ。わかったか?」
「お……っぱ……」
思わず胸に手をあててみた。
たしかにない! ないけど!
「そういうことだ。じゃあな」
卍が背を向けた。
その瞬間、あたしは何も考えずに動いていた。
日本刀を抜いて……心臓めがけて隼突き!
「ぐわーーっ!」
「死ね! この駄肉フェチ! それにアタシは立派な大和撫子よ!」
倒れた卍の頭に向けて、何度も刀を振り下ろした。
手加減とかしてない。本当に殺すつもりだった。
そこから先のことはよく覚えてない。
でも大勢の人が駆けつけてきて取り押さえられたのは確かね。
その日以来、あたしは毎日牛乳を飲むようになったワケ。
「お、おぉ……? まさか、亜矢先輩の一人称視点で書かれるとは……」
予想外のことに、恋音は震えた。
「これ矢吹に見られたら殺されるんじゃねーの? ははは」
他人事みたいに笑うラファル。
「でも、これはフィクションですし……亜矢先輩の心理は、AIが作ったものですよぉ……?」
「まぁたとえ闇討ちされても、月乃宮殿ならば返り討ちじゃろ」
緋打石も他人事のように笑った。
が、恋音にとっては笑いごとではない。
「いえ、あの……近接戦に持ちこまれたら、普通に負けますよぉ……!?」
躊躇なく卍を殺そうとする亜矢の描写を見て、恋音は再び震えた。
もちろん、これは恋音の情報をもとにした作り話に過ぎない。
が、しかし。これが真実だとしたら──?
「さて最後の作品だ。月乃宮君はしばらくのあいだ身辺に気をつけると良い」
平等院が真顔で言い、黒百合の作品が一同に配られた。
† シンデレラ狂想 ──作・黒百合
むかしむかし。イギリスの片田舎に、シンデレラ(灰かぶり)という名の少女が暮らしておりました。
名前のとおり髪は墨色。服まで黒一色の、小さな少女です。
シンデレラには、とても意地の悪い継母と、それ以上に意地の悪い姉が二人いました。
毎日のように継母たちからいじめられ、こきつかわれるシンデレラ。なんてかわいそうに。
でも彼女は平気でした。なぜならシンデレラは最強クラスのアウル覚醒者! その気になれば指先ひとつで一家皆殺しどころか村を全滅させるのも簡単だったのです!
あるとき、お城で舞踏会が開かれることになりました。
王子様に見初めてもらおうと、精一杯着飾って出かける姉たち。
でもシンデレラは、舞踏会に着て行くドレスなんか持ってません。
「あァ……私も武闘会に出たいわァ……」
窓辺に立ち、丘の上のお城を見上げるシンデレラ。
誤変換ではありません。
そんな彼女のもとへ、立派な胸の魔女が訪ねてきました。
「えとぉ……もしよければ、お城へ行けるように魔法をかけてあげますよぉ……?」
「あら本当ォ?」
「はい……ただし、この魔法は今日いっぱいで解けてしまいますので……午前零時までには、帰るようにしてくださいねぇ……?」
「わかったわァ♪」
「では、いきますよぉ……?」
魔女がおっぱいを揺らすと、灰まみれだったシンデレラの服は純白のドレスに早変わり。
さらにはガラスの靴にカボチャの馬車と、大盤振る舞いです。
「ありがとうォ……これなら武闘会に出ても恥ずかしくないわァ♪」
そう言うと、シンデレラは馬車に乗って一路お城へ。
さて──お城の大広間にシンデレラが現れると、そのあまりの美しさに周囲は静まりかえりました。
気付いた王子様が、マントをひるがえして近付いてきます。
「おお、なんて美しい。私と踊ってくれるかな?」
「もちろんよォ♪」
シンデレラが答えると、王子様は彼女の手を取ってキスしました。
楽団の演奏が始まり、華やかなワルツが奏でられます。
ふたりは手を取りあい、息を合わせて踊りだしました。
その優雅な舞いは、まるで歌劇の一幕のよう。
この国の誰もが知っていることですが、『王子様』は女の子です。百合ん百合んなのです。
「ちょっと待ったぁー! 王子様と踊るのはあたいよ!」
人垣の中から一人の少女が出てきました。
名前は白雪。シンデレラに負けないほどの、かわいい雪ん子です。
「あらァ……出る作品まちがってなァい……?」
王子様に寄り添ったまま、シンデレラは首をかしげました。
「本当に怖いグリム童話の友情出演よ! 覚悟!」
白雪は自分の背丈より大きい剣を抜くと、シンデレラへ斬りかかりました。
そう、この少女も覚醒者なのです。
ところが、そんな白雪を一本の鎖が雁字搦めにしました。
「城内は暴力禁止だよ?」
なんと王子様もまた覚醒者!
その事実に、女の子たちは「私も縛って!」「私も!」などと大熱狂。変態ばかりです。
そうこうするうち時間は過ぎて、日付の変わる時刻が迫ってきました。
「はっ、こうしちゃいられないわァ……王子様、またねェ♪」
あわてて走りだすシンデレラ。
ですが、階段を下りる途中でガラスの靴が脱げてしまいました。
午前零時の鐘が鳴ってます。拾いに戻る時間はありません。
「ちっ、しくじったわァ……」
魔法の解けてしまったシンデレラは、普通に走って家まで帰りました。
馬車より速かったのは言うまでもありません。シンデレラの移動力は人類最強なのです!
次の日から、王子様は靴の主をさがして国中を駆けまわりました。
『この靴の主を妃として迎える』という触れ込みで。
やがてシンデレラの家にも、王子様はやってきました。
が、彼女の姿を見ても王子様は気付きません。舞踏会のときは魔女の魔法がかけられていたので当然です。
「私が妃に」と、意気込んでガラスの靴をはこうとする姉たち。
でも太った足には入りません。
さてシンデレラの出番です。
彼女が靴に足を入れてみると、それはもうあつらえたようにピッタリ。
王子様は驚きました。
「おお、キミがあの夜の……?」
「そのとおりよォ♪」
「そうか。私と結婚してくれるね?」
「はい、よろこんでェ♪」
こうしてトントン拍子に話は進み、シンデレラは王子様の42番目の妃として迎えられ、いつまでも幸せな夜の生活を過ごしたのでした。
おしまい。
「この王子様って、明日羽ちゃんよねェ?」
読み終えて、黒百合が訊ねた。
「みたいだね? 私の名前入れたの?」と、明日羽。
「まァ適当に、知ってる名前をねェ」
「小説じゃなく、現実で私のモノにしてもいいんだよ?」
「逆なら考えてもいいけどォ?」
「私は一向に構わないよ?」
微笑みあう黒百合と明日羽の間に、不穏な空気が張りつめた。
どちらも人外の鬼畜である。野放しにしたら何をするかわからない。
そこへ、名案を思いついたかのようにチルルが言う。
「そうだ、せっかくだし明日羽も何か作ったら?」
「そう? じゃあキーワードは『チルル』『黒百合』『監禁調教』『達磨プレイ
「だから、そういうのは自分で書きたまえ!」
すかさず平等院が止めた。
ともあれβテストは無事終了。
ひとり怯える恋音をよそに、各自作品を手にして解散するのだった。