トビウオ型天魔襲来の通報を受けて、7人の撃退士がディメンジョンサークルに集まった。
顔ぶれは以下のとおり。
放火魔:黒百合(
ja0422)
誤爆姫:雫(
ja1894)
海獣王:鳳静矢(
ja3856)
乳魔王:月乃宮恋音(
jb1221)
料理姫:秋姫・フローズン(
jb1390)
昼行灯:樋口亮(
jb7442)
奇術士:小宮雅春(
jc2177)
「おぉ……このメンバーなら、戦闘は問題なさそうですねぇ……」
見知った面々を前に、恋音が言った。
彼女自身も規格外の戦闘力なのだが、自覚はないようだ。
「いやまったく。私は何もしなくて済みそうです。……あ、依頼は依頼ですから最低限の仕事はしますよ、最低限の」
とぼけた口調で言うのは、樋口亮。
こんなことを言ってるが、やるときはやる男である。多分。
「油断は禁物よォ? 敵は無駄に素早いって話だしィ」
黒百合が釘を刺した。
彼女は己の戦闘力を自覚しているが、つねに油断しないあたりMS泣かせだ。いやマジで。
「まぁ決して油断はせず、臨機応変にやりましょう。新参者の私は後方支援にまわります」
雅春は長髪をなびかせつつ、芝居がかった動作で銀縁眼鏡に指をあてた。
奇術士ゆえか、その物腰はどこか独特である。
「問題は……町の復興、ですね……」
いつものメイド衣装で言うのは、秋姫だ。
実際、『依頼』の内容でも復興メインと注文されている。
「町おこしですか……天魔が食べられれば、名物料理にできそうなのですが」
本気とも冗談ともつかない口ぶりで、雫が呟いた。
周知のとおり、天魔の多くは人間の死体で作られている。食用には適さない。
「復興か……簡単ではないだろうが、手を打たねば何も始まらないしな。ともあれ、いまは天魔の脅威を払うのが先だ。急ごう、みんな」
話をまとめるように言って、静矢は一同を見渡した。
リンカーが出てきて、サークルが光を放つ。
数分後、撃退士たちは現場に到着した。
海と魚の匂いがする、小さな漁港の町。
その上空には馬鹿でかいトビウオが飛びまわり、住人たちは逃げまどっている。
「攻撃の前に、屋内退避してもらったほうが安全かしらァ……? 撃ち落としたとき衝突するかもしれないしィ」
状況を見て黒百合が言った。
「いや、それよりさっさと片付けてしまったほうが良さそうだ」
静矢は迷わず光纏して弓を抜いた。
「そうですね。『星の鎖』で真下に引きずり落とせば、住民にぶつける恐れはないでしょう」と、雫。
「それもそうねェ……じゃあ早速ゥ♪」
言うが早いか、黒百合の手から電撃のようなビームが飛んだ。
無造作に撃ってるように見えるが、敵の動きを予想しての偏差射撃だ。
攻撃はみごと命中。落下した敵を、今度は本当に無造作に槍で貫く黒百合。
「まずは一匹ィ♪」
「おぉ……さすがですねぇ……では私も『星の鎖』を……当たれば良いのですけれどぉ……」
恋音が慎重に狙いをつけて、アウルの鎖を投げつけた。
これも狙いあやまたず、標的にヒット。
地面に落ちたところへ、ロザリオから放たれた光の爪が突き刺さる。
「どうやら楽勝ですね。私は負傷者の救護にまわります」
彼我の戦力差を察すると、雅春は救急箱をさげて走っていった。
彼がそう判断するのも無理はない。実際どう見ても楽勝なのだ。
でも本当は簡単に落とせる相手じゃないんだよ、これ……黒百合と恋音の命中率が異常なだけなんだよ……!
とくに恋音は魔法命中1033とかいう化け物なので、名もないディアボロなど赤子の手をひねるようなもの。これで非戦闘員なのだから、資源(おっぱい)の無駄づかいにもほどがある。
「では私も試しに攻撃してみましょう。面倒ですが最低限の仕事はしませんとね」
亮が『明鏡止水』を張りつつ、霊符をかまえた。
しかし、これはスカッと空振り。
逃げようとする敵の胴体を、秋姫の矢が撃ち抜いた。
「逃がしません……よ……?」
墜落した天魔をヒールの底で踏みつぶしながら、良い笑顔を見せる秋姫。
その直後、背後から一匹のトビウオが突きかかってきた。
当たっても大したことないのだが、それでも秋姫は華麗に回避。カウンターのハイキックを叩きこむと、地面でピチピチはねる天魔にゴシャッとヒールを踏み下ろした。
そこからの戦闘は(というか最初から)一方的な殺戮ショーだった。
単体で飛ぶ相手には黒百合の攻撃が的確に刺さり、
数匹で群れているところには雫のクレセントサイスや恋音のファイアワークスが飛び、
落ちたところを静矢の紫鳳翔がまとめて薙ぎ払う。
あっというまに敵は全滅だ。イジメよくない。
最後の一匹が落ちた瞬間、住民たちから歓声が湧いた。
漁協組合本部のプレハブから、頭に包帯を巻いた組合長が出てくる。
「おぉさすが撃退士……ってセリフも三度目か。だが今回はまだ終わりじゃない。あんたらには……
「わかってますとも。この町を盛り上げれば良いのでしょう?」
チームのリーダーみたいな感じで、亮が前に出た。
「そのとおりだ。やってくれるな?」
「ええ。そのために来たのですから。さぁ久遠ヶ原のみなさん、提案をどうぞ」
あくまで面倒なところは他人まかせの亮。
こういう人材はある意味貴重だ。
「この町を愉快で楽しい町にすればいいのよねェ? 町のマスコットとして、ゆるキャラとかどうかしらァ」(黒百合
「そうですね……こう何度も襲われているのですから、対天魔用建築材の実験場として利用してみては?」(雫
「あくまでここは漁業の町なのだから、漁師を確保して水揚げ量を回復するのが肝要と思う」(静矢
「うぅん……私は、Iターンを狙うのが良いかと思いますぅ……」(恋音
「Iターン復興で……フリーの撃退士を募るのも……一案かと……」(秋姫
「私は手品師なので、客寄せのマジックショーを披露しようと考えてます」(雅春
「まった! そんないっぺんに言われても困る」
組合長が言い、漁師たちがうなずいた。
「ではこうしましょう。我々に数日の猶予をください。後日あらためて、町おこし計画のプレゼンを仕上げて伺います」
亮は爽やかな営業スマイルを浮かべると、仲間たちのほうを振り返った。
とくに異論はなく、恋音などは強くうなずいている。
「わかった。信じてまかせよう」と、組合長。
「ありがとうございます。かならずや、ご満足ゆくプランを提案しましょう」
慣れた所作で頭を下げる亮は、撃退士というよりビジネスマンに近かった。
というわけで、彼らはいったん解散。久遠ヶ原にもどり、それぞれの復興案に沿って準備をはじめるのだった。
数日後。7人は再び漁港の町に顔をそろえた。
場所は公民館の大ホール。
大勢の地元民が居並ぶ中、町長や組合長、地元の名士などもいる。
すると、亮がマイク片手に壇上へ上がった。
ビジネススーツをパリッと着こなした姿は、なかなかサマになっている。
「えー、みなさま。本日はお忙しい中おあつまりいただき、まことにありがとうございます。これより、町おこし計画の説明会および、関係各機関の協力体制を深めるための親睦会を始めたいと思います。司会進行は僭越ながら私、樋口亮が務めさせていただきます」
手慣れた口上に、『ほぉ……』という声が漏れた。
こういう挨拶は、やはり大人のほうが説得力はある。
「まずは先日の件を労いつつ、余興の催しをおこないたいと思います。かるい食事も用意しましたので、冷めないうちにどうぞ」
亮が合図すると、秋姫が地元の女性たちをひきつれて現れた。
何時間も前から来て仕込んでおいた料理が、順々に振る舞われる。
「こちらは……地元の野菜と、新鮮な魚介で作った……つみれ鍋……です」
メイド服で給仕する秋姫の姿に、漁師たちの目は釘付けだ。
若い女性などほとんどいない町だから、これはオッサンたちに大変ウケが良い。
「空腹のかたには……こちらの田舎味噌で焼き上げた……焼き味噌おにぎりも……ありますので」
つみれ鍋も焼むすびも好評だった。
地元のオバチャンたちと作った郷土料理も絶品だ。
説明会の前に交流を深めておく作戦である。
「ではここで、私どもの仲間から余興をひとつ」
亮が言い、雅春がステージの袖から出てきた。
奇術士の彼が披露するのは、もちろんマジックだ。それも日本古来の手品──いわゆる和妻である。
黒子の着ぐるみ姿で、雅春がステージ中央に陣取った。
座布団に腰を下ろし、手には扇子を持ち、落語家さながらの風情である。
「えー、ではここでお芝居をひとつ。むか〜しむかし、あるところに、小さな町がありました。港に面したその町で、人々は海の幸を捕りながら日々慎ましく暮らしておりました」
雅春が扇子を一振りすると、人の形に切られた紙細工が床の上で歩きだした。
和妻の伝統芸、いわゆる『ヒョコ』である。
「あるとき、この町を巨大な化け物蟹が襲いました。それはもう、どこかの『道楽』の看板みたいな大きさで……」
語りに応じて、今度は蟹の紙細工が動きだした。
紙人形に襲いかかる蟹。
そこへ颯爽と現れるのは、撃退士の紙細工だ。
蟹と撃退士のコミカルな戦いが展開され、やがて蟹は倒されて紙吹雪になってしまう。
「……こうして、化け物蟹は退治されました。町に平和が取りもどされたのです。ここで町の人たちは考えました……そう、蟹で一商売しようと!」
大仰な語り口で物語を進めながら、雅春は手品を続けた。
内容はすべて実際にあったことである。町の歴史や天魔退治、そして現在に至るまでが、紙人形劇で繰り広げられる。『創造』による小道具なども駆使しての、地味ながら目を引く見世物だ。
最後は「めでたしめでたし」という決まり文句とともに、これまた和妻の伝統である『水芸』が披露される。
拍手が湧き、雅春は一礼すると袖へ去っていった。
「さて人形劇ではみごとに町が復興されましたが、それを現実にしなければなりません。……ということで、ただいまより説明会をはじめたいと思います。まずは資料をどうぞ」
亮の指示で、町の人々にプリントが配られた。
全員の復興案を数枚にまとめた、恋音と秋姫の製作である。
「では私から行こう」
地元の酒をクイッとあおりつつ、静矢がマイクを手にした。
「町の復興ということだが……まずは過疎化を食い止めるのが肝要だろう。特にこの町は漁業で栄えているのだから、漁師の数を確保して水揚げ量を回復させるのが最優先と考える。手元の資料2ページ目を見てもらいたい」
静矢が言い、皆いっせいにプリントをめくった。
そこに書かれているのは、『減り続ける漁師の人数と水揚げ』という残酷な現実。それに反比例して増え続ける、放置された船と空き家。
「ごらんのとおり、この町には未来永劫使われることのないと思われる家屋や漁船が多い。これを再利用しない手はないだろう。たとえば『船も道具も全て無料で提供! 漁師を経験してみたい方大募集! 希望者には住居も提供します』という感じで、漁師生活に興味のある人を募ってみてはどうか」
「そんなのは、とっくにやってますよ。けど誰も来やしません。一部では『天魔の町』とか言われてるほどですし」
町長が溜め息をつくと、住民たちは力なくうなずいた。
やはり『天魔に何度も襲われた町』というのは評判が悪い。
「だったらァ……撃退士を呼んだらどうかしらァ。空き家はたくさんあるんだしィ、町に移り住んでくれる撃退士には何か特例を与えて誘致するとかァ♪ 撃退士が大勢住んでる町って宣伝すれば、安心感があるんじゃないかしらァ」
黒百合が話を引き継いだ。
しかし町民たちの反応は芳しくない。
「こんな田舎に住みたがる撃退士いないでしょ」と、町長。
「田舎暮らしに憧れてる人だっているわよォ? そこは宣伝次第じゃないのォ? ホームページでPRしたり、ゆるキャラ起用したり……方法はあるんじゃなァい?」
「やれるだけのことはやってるんですよ、これでも」
町長は再び溜め息をついた。
「では私から提案を……『天魔に何度も襲われている』ことを逆に利用してみては?」
雫の言葉に、一同の注目が集まった。
どういうことかと、皆一様に続きを促す。
「これだけ毎年のように天魔が出没するということは、町の沖合いで増殖している可能性があります。したがって今後も天魔が現れる見込みは高いでしょう。それを利用して、建築資材関連の企業に協力をあおぎます。つまり、天魔による被害を抑える新素材の実験場として活用するわけです」
この提案には、町民たちから「おお……」という声が出た。
実際こんな案は誰も思いつかなかったのだ。
「天魔の攻撃に対する耐久試験というのは狙ってできるものではありませんから、『襲撃される可能性の高い』この町には需要があります。幸か不幸か空き家も多いのですし、職員に無料で貸すこともできるでしょう。うまくいけば、ここで生まれた新素材が新たな魔装を生み出すかもしれません。人類の勝利に貢献できるチャンスですよ」
「「おお……っ」」
「まぁこれは一案に過ぎません。天魔を復興資源にしたくはないのですが、背に腹は代えられませんしね」
雫の提案が実行できるかは別として、町民たちには説得力があったようだ。
「えとぉ……いま提案されたことをそれぞれ平行で進めて……基本的にはIターンによる人口増加をはかるのが、良いかと思いますぅ……」
話をまとめるように、恋音が言った。
「資料として、Iターンの実例をいくつか紹介しております……。成功例としては、やはり在住のメリットを明確に打ち出し、補助体勢をしっかり構築することが重要ですねぇ……。いずれにせよ、不動産業者との連携が不可欠ですぅ……。それと、この町の温泉施設はもっと大きくPRするべきですねぇ……漁業だけでは『売り』が弱いと思いますぅ……」
「それと……さっき話に出ましたが……フリーの撃退士を、率先して誘致すべきです」
秋姫が話を継いだ。
「撃退士には……なぜか、温泉好きな人が多いようです……。たとえば『温泉入り放題』みたいな特典を設ければ……何人かは集まるはずです」
その言葉に、ほかならぬ撃退士たち自身がうなずいた。
実際、温泉が嫌いな撃退士は滅多にいない。
こうして説明会は日暮れまで続き、最終的にはドンチャン騒ぎの酒宴と化した。
漁師はたいてい酒好きなのだ。
こうなると説明会は終了である。
状況を見て、亮が壇上に上がった。
「えー、歓談中ではございますが夜も更けて参りました。このあたりで説明会を終了したいと思います。僭越ながら最後に一言。ご存知のとおり、町おこしはビジネスです。皆様の意識で、結果はいくらでも変えられます。ともに協力して参りましょう」
締めの言葉に、会場全体から拍手が湧いた。
今日の復興案がどれほど実行されるかはわからない。
ただ少なくとも町の人々に活力を与えたのは間違いなかった。