伝説の桜の木争奪イベント開催!
その告知が打たれたときから、もう参加希望者たちの間で戦いは始まっていた。
だれより先に動いたのは、雪室チルル(
ja0220)
「願いごとがかなう木だって! なんだか面白そう! だれかあたいと手を組まない?」
伝説によれば『願いがかなうのは1人だけ』なのだが、そんな細かいことを気にするチルルではなかった。やるからには勝利をめざすのが彼女の流儀!
「いいね! こういうお祭りは大好きだよ! チルルちゃん、私でよかったら一緒にどう?」
すぐさま食いついたのは、高瀬里桜(
ja0394)だった。
彼女もまた細かいことを気にする人種ではない。これは良い(脳筋)タッグ!
「大歓迎よ! じゃあ早速お花見の用意と、邪魔者をボコる武器の準備ね!」
「うん、めざすは完全勝利よ! とりあえず必要なのは……お弁当と、お菓子と……あと火炎瓶ね♪」
「レジャーシートも忘れないで」
「もちろん!」
花見に火炎瓶とは反政府ゲリラみたいな行為だが、久遠ヶ原では……というか里桜にとっては日常行為!
チルルが普通に対応してるのも日常行為!
もちろん、他の生徒たちも黙って当日を迎える者ばかりではなかった。
月乃宮恋音(
jb1221)も、そのひとり。
なんと彼女はマイクロショベルカーで穴を掘り、地中から桜の木に近付こうというのだ。
しかもただのショベルではない。某研究所から借りてきた、V兵器型ショベルカーである。おまけに静音機能付きで隠密性も十分! なんて都合の良い機械だ!
「うぅん……問題は、当日までに穴を掘り終えられるか……ということですねぇ……」
小高い丘の上に立つ桜を見上げながら、恋音はVショベルのエンジンをかけた。
ここから一昼夜にわたる、彼女の孤独な戦いが始まる。
真の意味での『伝説の樹の下』で、その時刻を迎えるべく……!
一方、暴力沙汰が苦手な鳥辺雨唯(
jb8999)は争奪戦に参加せず記録係の道を選んだ。
なにはなくとも必要なのは撮影機材。いざというとき身を守れる程度の力も必要だ。
というわけで雨唯が目をつけたのは、小筆ノヴェラ(jz0377)だった。
なにしろ映画監督である。撮影のプロだ。戦力も申し分ない。ついでに教員でもある。
「いいねぇ、そういうのは喜んで協力するよ。カメラも売るほどあるしね♪」
ノヴェラは二つ返事で了承した。
この人選は間違いだったと思うが、かといって誰なら正解だったかと訊かれると困る。ろくなNPCがいないからな!
さておき当日──3月31日の夜が訪れた。
かねてからの準備通り、チルルと里桜は伝説の桜の木の下でレジャーシートを広げて花見を満喫していた。
大量のお菓子やお弁当に囲まれつつ満開の夜桜の下でくつろぐ二人の姿は、絵に描いたような花見の情景だ。
周囲には、チルルの筆跡で『立ち入り禁止!』と書かれた無数の看板。
お菓子をほおばる里桜の背後には、山積みされた火炎瓶。
まったく絵に描いたような花見風景だぜ! 花見に火炎瓶は欠かせないよな!
「ところでチルルちゃんの願いごとって、なに?」
ふと思いついたように、里桜が訊ねた。
「願いごと……? 全然考えてなかったわ。うーん……世界最強の撃退士にしてくださいとか……? と思ったけど、すでにあたいは最強だし、とくに願いはないわね!」
「さすがチルルちゃん。私の願いごとはねぇ……世界一おいしいケーキ屋さんが学園にできますように! だよ♪」
などとキャッキャしながら花見弁当を食べるふたり。
たいへん微笑ましい百合百合空間である。
そんな彼女たちの頭上では、睡乃皇女(
jb4263)が惰眠を貪っていた。
これから始まる熾烈なバトルのことなど知りもせず、彼はもう24時間以上も桜の枝を寝床代わりにしているのだ。本当は家に帰って温かい布団に……と思ってはいるものの、一度寝たら平気で一ヶ月間眠りつづける習性なので簡単には起きられない。
「布団…ほしいけど…帰るの…面倒…くさい…なぁ……」
枝の上で器用に寝返りを打ちながら、寝言みたいに呟く乃皇女。
桜色の髪の上に、さらさらと桜の花弁が舞い落ちる。
「硬い…けど…寝心地は…いいね…」
眼下ではチルルと里桜がドンチャン騒ぎしてるのだが、乃皇女の耳には届かないようだ。
そのころ。丘の下では、『伝説』の噂を耳にした撃退士たちが一人また一人と姿を見せつつあった。
心に秘めた願いは人それぞれだが、中でも陽波透次(
ja0280)の願いは切実だった。
「JOJO亭の食べ放題クーポンがほしい……できれば部長の分も……」
焼肉部員の彼にとって、焼肉チェーンJOJO亭の食べ放題無料券ほど価値の高いものはない。
もしそれが2枚も手に入るなら……透次は『非常に難しい』戦闘依頼に赴くほどの士気を抱いて丘を見上げた。
「ははっ、勝者は一人だけとか映画みてーでかっこいいじゃねーか。俺、『ハイランダァ』のファンなんだぜ」
笑いながら光纏するのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
彼女の願いは『すべての無双を消し去って自分だけが”天井天下唯我独尊無双”になること』だった。
久遠ヶ原には、『ルインズ無双』『乳無双』『バカ無双』『変態無双』など様々な無双戦士がいる。それらを残らず打ち破り、最強の戦士となるのがラファルの願いだ。
しかしバカ無双ってひどいな! 一体だれのことだ! 俺はチルルちゃんを全面的に支援する!
かと思えば、『近しい人たちの無病息災』を願ってやってきた者もいた。
そんな真面目な男の名は、神谷春樹(
jb7335)
彼には成就させたい恋もあるのだが、それは自力でかなえるものと考えての『願い』だ。
もちろん眉唾な噂なので、お祭り感覚の参戦にすぎないが……願うだけならタダである。
「伝説の木をめぐってバトルロワイヤル! いやーたのしそうですねー」
袋井雅人(
jb1469)は特に何を願うでもなく、戦うことだけを求めて丘にやってきた。
従って当然ながら、戦闘力重視のガチ装備だ。今回ラブコメ仮面は封印!
「いやー、新入生のみんなとのバトルがたのしみ……って、ざっと見た感じベテランばかりじゃないですか! ……ええい、こうなったらとにかく全力で戦うまでですよ!」
雅人は気を引きしめると、丘の上めざして歩きだした。
そのころ。咲魔聡一(
jb9491)は、丘から遠く離れた校舎の屋上に立っていた。
彼の背後にあるのは、巨大な鉄パイプとゴムを組み合わせた原始的なカタパルトだ。
「ついに出来た……超巨大スリングショット『デビルランチャー73号』! これを使えば3km先の目標地点まで10秒で辿り着く!」
だれにともなく胸を張る聡一。
発言が事実なら、彼は秒速300mという拳銃弾並みの速度で発射されるわけだが……大丈夫か!?
「思えば苦労の連続だった……まず冥界種のゴムノキを栽培することから始め、幾度も計算を積み重ね……まあ一番の苦労は僕の体重を飛ばせるこの強いゴムを引っ張ってセットすることだったかもしれないが。ともかく僕は、あの強者たちと力で勝負などという馬鹿げたことはしない。僕はこれからこいつで飛ぶ!」
そう言って、聡一は誰にともなくポーズをきめた。
とはいえ、まだ時間が早い。彼の狙いは23時59分55秒ぴったりに伝説の木の根元へ辿りつくことだ。
「そう、それが出来れば……進級試験の理系科目で1位を獲るという野望(去年は6位)もかなうはず!」
聡一は真剣に勝利を狙っていた。
たしかに、この作戦は悪くない。
そう、作戦自体は決して悪くないが……相手が色々と悪すぎた! 極悪すぎた! 黒百合!
時計が23:30をまわった。
この時点で丘の周辺に集まった撃退士は、約50人。
だが不思議なほど静かだ。ある者は『遁甲』で、またある者は『蜃気楼』で……慎重に丘の上をめざしている。
早い者勝ちの競争ではなく『0時ちょうどに木の下にいること』が勝利条件なので、ただ急げば良いわけではない。なにはともあれ、その時刻まで生き残ることが重要なのだ。
「思ったより静かな立ち上がりだね。さてどうなるのかな」
ハンディカムで丘の様子を撮影しながら、雨唯は実況をはじめた。
「うん、どうなっちゃうんだろうねぇ♪」
ノヴェラは自前のカメラで雨唯を撮っている。
「あの……ボクはいいんで、争奪戦のほうを……」
「そんな、もったいない。きみの映像は資料として残す価値がある」
「いや、そんなことは」
「そんなことはあるさ。ためしにポーズを
その直後、ノヴェラのカメラにオレンジ色の光が走った。
光はあっというまに画面を埋めつくし……草の燃える音と匂いが辺りを埋めつくす。
「火事?」
雨唯が声を上げた。
見れば、丘のあちこちから火の手が上がっている。
「こんなコトするのは、あの子に決まってるよね♪」と、ノヴェラが微笑んだ。
もちろん(?)犯人は黒百合(
ja0422)だった。
なんと彼女は草原全体に──つまり丘全体に火を放ったのだ。
簡単にできることではない。黒百合は事前から丘の要所要所に燃料をまいておいたのである。しかも黒煙を大量に噴き出す化学薬品を混入してあるので、たまったものではない。
周囲一帯はたちまち炎と煙に包まれ、悲鳴と怒号が飛び交う事態となった。
「だれだ、こんなことしたヤツは!」
「ラファルだ、ラファルに違いない! 見つけ出して殺せ!」
「濡れ衣だー! 俺はまだやってねぇーー!」
「『まだ』ってなんだー!」
「これマジで犯罪だろ!」
大騒ぎだった。
その隙をついて、手当たり次第にライバルを薙ぎ倒してゆく黒百合。
ただでさえ学園最強級の戦闘力を誇るというのに、常に死角へ回りこんで急所を狙うエゲツなさだ。しかも身につけているのは黒一色で、露出部は黒く塗りつぶすという念の入れよう。もちろん煙対策にガスマスク装備と……もう色々ひどい! 勝つことしか考えてない! いや正しいんだけども!
「ふふ……私の願いわねェ……この場の全員を叩きのめすことよォ♪」
邪悪に微笑みつつ大鎌をふるう黒百合。
はたして彼女を倒せる者はいるのか。
だが、この混乱に乗じて動く者もいた。
狗猫魅依(
jb6919)である。
彼女はハイド&シークで潜行し、夜の闇と黒煙に紛れて空を舞った。視界は『夜の番人』で確保と、なかなか隙がない。
そのまま伝説の木まで一直線に飛ぶと、魅依は枝の間に身をひそめた。
居眠り中の乃皇女と思いがけず遭遇してしまうが、ここで攻撃して目立つのは愚策と見て潜行をつづける魅依。
彼女の願いは『最愛のお兄さまと結ばれたい』というものだ。
しかも今日は、手枷と首輪をはずした仙狸モード。本気であることの証明だ。
そう、たまに忘れられる(というか彼女自身の背後もよく忘れる)が、仙狸はお兄様さえいれば世界が滅んでもいいという程度のヤンデレブラコンなのだ。
願いも趣味も、人それぞれ! 十人十色!
ちなみに木の下では、チルルと里桜が全身煤まみれで咳きこみながら弁当食べてるよ。
かろうじて伝説の木が燃えてないのは、もちろん黒百合に残された一片の良心……などではなく、焼き落としたら獲物になる撃退士たちが帰ってしまうからである。ようするにゴキブリを誘うエサみたいなものだ。黒百合に慈悲などない!
「ずいぶんと大騒ぎになってるわねぇ」
炎に包まれる丘を見上げて、加賀崎アンジュ(
jc1276)は溜め息をついた。
身につけているのは、夜目にも眩しい緋袴&白装束。
そして左手には商売道具の護符。右手にも商売道具のマシンピストル。
殺る気満々のいでたちだが、アンジュの目的は伝説の木の下で願いをかなえてもらうことでもなければ、戦うことでもなかった。
『伝説の木の皮を剥ぎ取り、祈願成就のおまもりにして売りさばく』のが、彼女の目的だ。
「これほどの激戦を繰り広げてまで皆が目指そうとする、伝説の木の皮ともなれば……1枚800久遠……いえ、1000久遠は取れるわね。まったくボロい商売だわ。ふふふ」
などと狸の皮算用をしつつ、視界に入った撃退士をとりあえず射殺するアンジュ。
妙に嬉しそうなのは、単に彼女がドSだからだ。
しかし敵はあまりに多く、容易には目的を果たせそうにない。
「ああ、もう! なんなのこいつら! こうなったら木の皮なんて後回しにして皆殺しよ! 皆殺し! デストロイ!」
わりと簡単にブチぎれると、アンジュは拳銃を乱射しながら走りだした。
「それにしても、これはひどいですね」
他人事みたいに言いながら、雫(
ja1894)は炎の海を割って歩いていた。
その堂々たる歩みの前に、立ちふさがる者はいない。
そりゃそうだ。誰だって勝ち目のない戦いは挑みたくないだろう。
にもかかわらず雫本人は、『ほかの人に比べれば、私はか弱い部類になるから狙われないはず……』などと考えている。だれか何とか言ってやってくれ。
するとそこへ、雅人が立ちふさがった。
「こんばんは、雫さん。いざ勝負です! 強敵との戦いこそが私の生き甲斐!」
「私は強くなどありませんよ。どうせなら黒百合さんと戦ったらいかがです?」
「あの人は飛行と高速移動で捕まりません!」
「なるほど。ではやりましょうか」
雫が太陽剣を抜いて『神威』を発動させた。
雅人も同じく抜剣し、正面から斬りかかる。
「いきますよ! 闇渡りでいきなりワープです!」
「そうですか」
雫は冷静に回避すると、雅人の背中に『アーク』をぶちこんだ。
「グワーッ!」
「攻撃する前に技の名前を言ってしまうのは、ちょっとどうかと思います」
淡々と指摘する雫。
だが雅人はまだ終わってない。
「今度こそいきますよ! いきなり脱衣してラブコメ仮面です!」
ついに(というか早々に)禁断の封印を解いた雅人は、クロスアウツ(脱衣)して女子用パンツを顔面に装備! 無駄にM字開脚ポーズをとって集中線を股間に集めた、その直後。雫の太陽剣が雅人のおいなりさんを直撃し、本体もろとも丘の向こうまで吹っ飛ばしたのであった。
「がんばってるね、雫くん。今夜のパンツは水色かい?」
雅人をかるく退治した雫の背後に、ノヴェラと雨唯がカメラを持って現れた。
「いえ白ですが……とでも言うと思うんですか? いい機会です、一戦まじえましょう」
「待った待った。僕と鳥辺君は記録係だよ。争奪戦には参加してない」
「では花粉症で手が滑って誤爆したということに」
「ぜんぶ撮影してるよ?」
「もちろんカメラにも誤爆しますが、なにか?」
「まぁまぁ、そんな物騒な話は置いとこう。優勝候補のひとりとして、今日の意気込みを聞かせてほしいんだ」
「とくにありませんので、さっそく誤爆していいですか?」
雫が太陽剣をきらめかせて微笑んだ、そのとき。
「スキだらけよォ?」
煙のカーテンを切り裂いて、黒百合が雫の背中へ斬りかかった。
ギャリンと音をたてて、太陽剣が黒百合の大鎌を受け止める。
「あいにくですが、不意討ちは最初から想定済みです」
「あらァ……一撃で仕留めようと思ってたのにィ♪」
「それにしても……私たち、手合せをしている回数が多い気がしませんか?」
「そうかしらァ? まァとりあえず、これでも喰らっておくゥ……?」
黒百合が大鎌をかるく払うと、無数の影の刃が飛んだ。
雫はもちろん、ノヴェラと雨唯も巻きこまれて血しぶきを噴き上げる。
「待った! ボクたち記録係だから! 暴力反対!」
雨唯が両手を挙げて、戦意がないことを示した。
「かわいそうだけどォ……私の願いは、一人残らず皆殺しにすることなのォ♪」
躊躇なく追撃を繰り出す黒百合。
そこへ、ついでとばかりに雫の地すり残月が撃ち込まれる。
「鳥辺君は僕が守る! アートぶっぱなしセンター!」
言うが早いか、ノヴェラは周囲もろとも爆発した。
この混戦によって、雨唯は戦闘不能に。
雫と黒百合も、すくなからぬダメージを受ける結果となった。
「けっこう痛いわねェ……ここは一度、退いておこうかしらァ♪」
黒百合は迷わず身をひるがえすと、圧倒的な加速力で逃げ去った。
雫といえども、本気で撤退する黒百合に追いつくのは不可能だ。
「勝負はおあずけですか……。では小筆先生、つづきをやりましょう」
くるりとノヴェラのほうを振り向く雫。
だが既に彼女の姿も遠ざかり、雨唯を背負って逃走しているのであった。
そんな混乱の中、焼肉部員の透次は闇に隠れて丘の頂をめざしていた。
『無音歩行』で足音を消し、ナイトビジョンで視界を確保。さらに縮地で加速しつつ、急な斜面は壁走りと、スキルの運用に無駄がない。おまけに持てるだけ持ってきた発煙手榴弾を周囲に投げまくり、煙幕で姿を隠す徹底ぶりだ。
もっとも黒百合の火計のおかげで丘全体が火と煙に覆われているのだが、より煙幕を濃くして発見されにくくするのは多少なりと効果的だった。
こうして策が功を奏したのか、あるいは焼肉への想いが通じたのか、透次はうまい具合に桜の木へ近寄ることができた。
とはいえ突進するのはまだ早い。
そこで透次が選んだのは、変化の術だ。
死体のフリをすることによって最後まで生きのびるという実にセコ……強力な作戦である。
見てのとおり周囲を完全に火で囲まれてるけど……うまく決まれば勝てる!
まぁそれはそれとして──
昔々あるところに、一匹のラッコがおりました。
ときに鳳静矢(
ja3856)という名前で呼ばれることもある、ただのラッコです。
あるとき彼は、こう考えました。いつか満開の桜が咲き乱れる中、学園のみんなで仲良く花見がしてみたい──と。
目星をつけたのは、一本の大きな桜の立つ丘です。
この桜をかこむようにしてたくさんの桜を植えたら、きっと素敵な花見ができるに違いない。ラッコはそう思いました。
そして彼は現実にこの考えを実行したのです。
それは3月後半のこと。ラッコは手にした斧で穴を掘り、硬い岩盤は強撃で破砕して、丘のまわりに何本もの桜の苗を植えました。
そう、ただみんなと仲良く花見をたのしむためだけに……。ただそれだけのために……。
ところが、この夜。ラッコの夢は儚く消え去りました。
彼が月見がてらに件の丘へ来てみると、そこは一面の炎に包まれていたのですwww苗とかwww丸焦げwwwww
それだけではありませんでした。燃えさかる丘のいたるところから、身の毛もよだつ断末魔の悲鳴が聞こえてくるではありませんか。まさに地獄絵図。これにはアラスカの厳しい自然を生き抜いてきた百戦錬磨のラッコも唖然呆然です。
『みんな喧嘩はやめるキュゥ! 仲良く桜を愛でるキュゥ! あと火を消せキュゥ!!』
いつものホワイトボードを振りまわして平和を訴えるラッコですが、誰ひとり争いをやめようとしません。
これにはいつも温厚なラッコも、激おこスティック以下略です。
右手に刀、左手に斧をかまえるや、彼は「キュゥゥゥ〜〜!」と絶叫しながら走りだしました。
そして出会った敵を、ちぎっては投げ、投げてはちぎり。むしゃむしゃ(え
完全にバーサーカーと化したラッコは、血の涙を流しながら切に願うのでした。
どうか人々の間から争いがなくなりますように……と。
無論そんな願いがかなうはずもなく──
「いい感じで暴れてるじゃねーか。だが、おまえの舞台はここまでだぜー! 死ね、ラッコマン!」
光学迷彩で姿を隠したラファルが、静矢の背後から襲いかかった。
『暴力はやめるキュゥ!』
片手でホワイトボードを掲げながら、もう一方の手で斧をふりかぶるラッコ。
360度あらゆる角度からツッコミ可能な行動だが、つっこんだら負けだ。
「ヒャッハー、暴力は最高だぜー! 絶対変形、ナイトウォーカー始動!」
ラファルの偽装が解除され、一瞬のうちに彼女は身長3mの機械化撃退機へと変形した。
そこへ、遁甲の術でタイミングを見計らっていた春樹が同時に斬りかかる。
ズドガーーン!
「キュゥゥ〜〜!?」
ラファルのフレイムランチャーと春樹の斬撃を浴びて、ラッコは火だるまになりながら丘の向こうまで転げ落ちていったのでした。めでたしめでたし。
「ハル、次はおまえの番だぜー!」
ラファルは一瞬の躊躇もなく、多弾頭式亜重力ミサイルをぶちこんだ。
「のぞむところです!」
炎の海を背景に、ミサイルと斬撃が飛び交った。
そしてこのバトルを制したのはラファル。
「ぐは……っ!」
強烈な一撃を受けて、春樹は派手に吹っ飛んだ。
周囲には、静矢が倒した撃退士たちがマグロみたいに転がっている。
その中へ紛れ込んだまま、死体のフリをする春樹。天魔との戦いでは得意な戦術だ。
「あーん? 念のため死体も『消毒』しとくかー?」
春樹の策を見抜いたのか、にやりと微笑むラファル。
だが彼女はすぐに体の向きを変えた。
「いや、こうしてるヒマねーな。そろそろ伝説の木とやらを狙いに行かねーと」
午前零時まで、あと10分を切った。
すでに炎は丘全体にまわり、伝説の木にまで燃え移ろうとしている。
「げほっ、げほっ! この程度の火がなによ! あたいは決して花見をやめない!」
「そのとおり! 私たちは絶対に負けない! けほっ、ぶほっ!」
こんな殺人我慢大会みたいな状況でも、まだ花見を続けようとするチルル&里桜。
いったい何が彼女らをそこまでさせるのかと誰もが思うだろうが、まさかこんな過酷な環境で花見をさせられるとは本人たちも想像しなかったに違いない。ぜんぶ黒百合のせいだ。
だが事態はいよいよ佳境に入り、伝説の木をめぐる最終決戦が始まろうとしていた。
「花見をやめないだと? いいぜ、だったらあの世で花見しなー!」
全砲門を解除したラファルが、炎の中から現れた。
「来たわね! それ以上近付いたら、あたいのスリープミストとポイズンミストが
「近付く必要なんかないぜー?」
無念、チルルの防衛ラインは射程が短すぎた!
想定してた防衛ラインの外からどっかんどっかんミサイルをぶちこまれて、花見どころじゃなくなるチルルと里桜。持ちこんだ火炎瓶にも引火して、もはや手のつけようがないありさまだ。すでに伝説の木も炎上し、見渡す限り火の海である。最初からわかってたことだが、これは絶対に花見じゃない!
「はーっはっはっは! 久遠ヶ原が燃えている! 圧倒的じゃないか、この力!」
狂ったように哄笑し、リミッターカイジョ『ラファルズラァス』で全身から真っ赤なアウルを噴出するラファル。
「飛び道具とは卑怯な……! こうなったら打って出るしか! 行くよチルルちゃん!」
「らじゃー! この樹の下は渡さないわ! どいつもこいつも返り討ちよ!」
ここまで延々と花見で英気を養っていた二人が、剣を抜いて突撃した。
ちなみにレジャーシートに座ってたから靴はいてない。
「来たな、そっちこそ返り討ちだぜー!」
強がるラファルだが、1対2では分が悪い。
たちまち左右から挟まれ、囲まれて棒(剣)で叩かれてしまう。
「ふふっ、やっぱり大剣振りまわすのっていいよねー! 最近サポートばっかりだったから、体なまっちゃって♪」
無邪気な笑顔で言いながら、倒れたラファルの背中へガスンガスン棒を振り下ろす里桜。
「この機会にエクササイズよ! そのためのお弁当なのだから!」
チルルも無心で棒を振り下ろし続ける。
このままラファル終了かと思われた、そのとき!
阿吽の呼吸で黒百合のデスペラードレンジがチルルを撃ち抜き、雫の乱れ雪月花が里桜を斬り裂いた。
これで形勢はたちまち逆転。
しかし、状況を冷静に判断した里桜はここでシールゾーンを発動。敵側の無差別範囲攻撃を未然に防ぐことに成功した。
「やった! 封印してる間に畳みかけるよ、チルルちゃん!」
「もちのロンよ!」
ふたたび形勢逆転──と思いきや!
どこからともなく撃ち込まれたのは、『光の円陣』!
ここまで死体のフリを続けていた透次の奇襲である。
この不意討ちによってラファルは爆死。
チルルは黒百合に肉の盾として利用され、あえなく力尽きた。
なんと、バカ無双が同時に脱落!
「俺の天井天下唯我独尊無双プランが……」
「あたいのお花見弁当が……」
言い残して、同時にガクリと倒れるふたり。やっぱり同類かも。
ここで残り時間は3分となった。
バキバキメキメキと焼け崩れる桜の木の前で、里桜、透次、黒百合、雫の4人が睨みあう。
うかつに動けば、すぐさま他の3人から集中砲火を喰らう形だ。
そう、うかつには動けない状況のはずだった。
が、そこへポイッと放り込まれたのはアンジュの炎陣球!
「ちょっと、そこどいて! 私はその木の皮がほしいのよ!」
「僕だってJOJO亭の無料券がほしいんです!」
「私だって、おいしいケーキ屋さんが身近にできたらいいなーと思ってるんだから!」
いまさら温度障害とかどうでもいいとばかりに、透次と里桜が怒鳴り返した。
この状況でもいまだに伝説の木の御利益を信じてるとか頭おかしいよ、この人たち。
「んん…なんだか…あつい…よ…?」
炎に包まれた伝説の木の上で、乃皇女はようやく目をさました。
あまりの暑さと息苦しさで周囲を見回せば、前後左右上下すべてが炎に覆われている。
「え…山火事…? けほっ…僕の寝床を燃やすなんて……許さないよ」
怒りのオーラとともに光纏すると、乃皇女は木から飛び降りた。
睡眠を妨害された彼の恨みは底知れない。
だが、さすがに5人もの撃退士をまとめて敵にまわすほど彼も無分別ではなかった。
こうしてまたひとり、睨みあいの顔ぶれが増えたのである。
一方そのころ。
伝説の木から少々離れたところで、春樹は煙と熱風に耐えながら最後のチャンスをうかがっていた。
彼の狙いはこうだ。
とにかく徹底して潜伏し、最後の勝者が決まった瞬間に駆け寄ってアレスティングチェーンを手首にかける。そのまま壁走りで木を駆け上ってチェーンを枝にかけて飛び降り、自分の体重で相手を吊り上げるのだ。まるで仕事人だが、現状では実行に問題があった。
なにしろ目標の木は今にも焼け落ちそうな勢いで炎上してるし、『最後の勝者』も決まりそうにないのだ。
腕時計をチェックしながら、春樹はジリジリと木に近付いておくぐらいしかできなかった。
場所は変わって、校舎の屋上。
午前零時まで30秒になったのを見て、聡一は巨大スリングショットのゴムに己の身をセットした。
「冷静に考えれば、あの紅蓮地獄へ自ら突撃するのは狂気の所行だと思う……。しかし男が一度決めたことは実行しなければ。……なぁに、いざとなれば透過でオールオッケーのはず! 僕の予想に間違いはない! ないといいな!」
自分に言い聞かせるように、聡一は繰り返した。
実際のところ炎や煙は透過で対処できたとして……木の前に陣取ってる黒百合とかどうするんだろう。たぶん全員分の対空砲火くらって撃墜されるよな、うん。
「……とても悪い予感がするが、そろそろ時間だな。よし、僕は腹をくくったぞ。……3、2、1……ファイアー!」
バシュウウウッ!
ものすごい音とともに、聡一は秒速300mで弾き飛ばされた。
すかさず物質透過を使い、空気抵抗をゼロに。
そして軟着陸できるよう翼で減速し、木の根元へ──!
という具合に校舎の屋上から数秒で伝説の炎の木まで肉薄した聡一は、やっぱり思ったとおり予想どおりに当然のごとく集中砲火を浴びることとなった。
くらったのは……
黒百合:アンタレス
里桜:コメット
雫:クレセントサイス
透次:光の円陣
アンジュ:炎陣球
乃皇女:炎陣球
以上すべて範囲攻撃である。
空中で火だるまになった聡一が炎の木に激突して終了したのは、言うまでもない。
そして聡一の特攻が引き金になり、ついに最終決戦ハルメギドが勃発した。
生き残っていた全員の手から一斉に無差別範囲攻撃が飛び、春樹も駆け寄ってきて一瞬の勝機を狙う。
と同時に、ここまで樹上で息を殺していた魅依が飛び降りてきて──テラーエリア発動!
突然の暗闇が周囲を支配し、続けざまに魅依のファイアワークスが炸裂した。
おお、奇襲大成功!
と言いたいところだが、もはや誰彼かまわず範囲攻撃が飛び交う中ではファイアワークス1発ぐらいで戦況を左右することはできなかった。
そしてその直後、時計が午前零時を──
ゴバシャアアアアアアアッッ!!
突然のことだった。
丘の頂全体が、大きく陥没したのだ。
もともとこの辺りは地盤がゆるかったのだが、そこへ持ってきてたびかさなる爆破などの衝撃や火災が丘に深刻なダメージを与えた。
とどめが、恋音の掘った坑道である。
これによって、丘の頂から恋音の掘削ルートに沿って地盤が陥没。この事故を招いたというわけだ。
しかも恋音は『穴に誰も入ってこれないように』阻霊符を常用していた。
そのため本来なら透過でセーフだったはずの黒百合や魅依も含め、全員のこらず生き埋めに。
これまた誰も予想しない大惨事とともに、伝説の木争奪戦は幕を閉じたのであった。
「あらら、思ったより面白い結果になったね♪」
巨大な筆にまたがりながら、ノヴェラは空中からの撮影を続けていた。
背中には雨唯がしがみついている。
「救急車と消防車を呼ぶべき?」
「大丈夫大丈夫。ほうっておきなよ。それより鳥辺君、このビデオだけどさ……本気で学園に提出するつもり?」
「なにか問題が?」
「ここまで派手にやらかすと、ちょっとねぇ……」
「判断はまかせるけど、録画データのコピーはボクにもくれる?」
「そりゃもちろん。さて、それじゃ引き揚げようか。それとも僕の部屋に来る?」
そう言うと、ノヴェラは箒がわりの筆を急旋回させた。
こうして『伝説の樹の伝説』は、伝説のまま失われた。
後日、めぼしい花見会場には『黒百合おことわり/可燃物持ち込み禁止』の貼り紙が出たとか出ないとか。