撃退士たちが現場に到着したとき、そこは大惨事と化していた。
もうもうと立ちこめる花粉。咳やくしゃみを連発しながらも撮影をやめない報道陣。そして野次馬の群れ。路上には乗り捨てられた車が数珠つなぎになっている。
その道路の向こうから、頭をバサバサさせて近付いてくる杉花粉ディアボロ!
「これはひど……っくしゅ! 全日本人が恐れる花粉をディアボロにするとは。なんて恐ろしいものを作ってしま……っしょん!」
狩野峰雪(
ja0345)は、くしゃみをしながら光纏した。
「しかし、マスコミや野次馬のみなさんも物好きだねぇ。こんな恐ろしい場所に自ら来るなんて。僕は仕事だから仕方な……くしゃん!」
「ぐしゅ……花粉症というのは、こういうものなのか……意外とつら……んくしょん!」
翡翠龍斗(
ja7594)も、くしゃみを連発していた。
いつものように目を閉じてるので涙の被害はないが、鼻を閉じることはできないためクシャミや鼻水は避けられない。
「ふみゃっしょん!」
龍斗の頭の上で、愛猫スノウドロップも苦しげにクシャミをした。
何故こんな現場へつれてきてしまったのか……と思うが、偶然ついてきてしまったので仕方ない。
「うぅ……っくしゅん! これは、なかなか恐ろしい……てきっしゅ!ねぇぇ……」
敵を前に、月乃宮恋音(
jb1221)は空き瓶を取り出した。
漂う花粉をその中に詰め、研究用として持ち帰る算段だ。
ホラー映画なら明らかに死亡フラグである。南極の地下の氷とか、未知の細菌とか、そういう系の。一番やっちゃいけない行動だ。
「ふ……へ……へぶんっ! これはなんて恐ろしいディアボロですか! こいつらに中性洗剤は効きますかねっしょん!」
今日の袋井雅人(
jb1469)は最初からラブコメ仮面だった。
顔面には女子用パンツ。股間には男子用ブリーフ。
身を守るものなど何もない。毎度のことではあるが、TVカメラの前でこれはまずいだろ。
「ぶぇーっくしょぉおーい!」
人一倍豪快なクシャミをかましたのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
彼女は自他ともに認める学園最凶のメカ撃退士であり、生身よりさまざまな不便をかこいつつも生身にはない有利さを持っているわけで、一般的な病とは無縁というのもその一つであった。
まぁ撃退士は大抵の病と無縁なのだが、つまり何が言いたいかと言うと……全身の大部分を機械化してるラファルさまが花粉症なんてかかるわけないんだよ、絶対的に!
ところが花粉ディアボロの前に彼女の認識はもろくも崩れ去った。一応レイテストフェストマスクも持参してるけど、まるで効果ないし。
「あぁ……これが花粉症なのねェ……っくしゅ! なかなか貴重な経験だわァ……ちぃーん!」
瞳を充血させながら、黒百合(
ja0422)はティッシュで鼻をかんでいた。
『ポーカーフェイス』でクールな表情を維持してはいるものの、涙は出るわ鼻水は出るわで呼吸も満足にできない。
サンタクロースみたいに担いだゴミ袋の中は、使用済みのティッシュや目薬の空き瓶。
こんな黒百合の姿は、かつて見たことがない!
「花粉症はつらいと聞いてましたが、ここまでとは思ってもみっしょん!」
雫(
ja1894)は早くも鼻水をたらして、くしゃみを続けていた。
一応わずかな可能性に賭けてガスマスクを装着しているが、まったく効果なし。
「く……っ。こんな顔を人目に晒すわけには……」
『そのとおり! 撃退士はイメージが命!』
と書かれたホワイトボードを掲げたのは、ラッコ着ぐるみ姿の鳳静矢(
ja3856)
着ぐるみの中は涙や鼻水で大変なことになってるが、表面上はセーフだ。
その姿を見て、峰雪はハッと気付いた。
「そういえばロクに使ってないウサギの着ぐるみがあったな。……よし、これでカメラ対策は万全かな? なかなか似合うでしょう? テレビの向こうの良い子のみんなも喜ぶんじゃくしょん!」
うさぎ着ぐるみで全身を防御した峰雪は、これで準備完了と銃を抜いた。
久遠ヶ原では見慣れた光景だが、拳銃装備のウサギさん(中身はオッサン)とかシュールすぎる。
「その手があったわねェ……私もクマの着ぐるみを持ってたわァ♪」
ポーカーフェイスを保ちながら、黒百合はクマ着ぐるみを装備した。
これで、ラッコ、ウサギ、クマーの3匹がそろった形である。ここは動物園か。
「義兄さん? なにを完全防備してるんです? 犠牲は、みんな仲良く……ですよ」
龍斗が静矢の背後に忍び寄り、頭に手をかけた。
とっさに逃げようとする静矢だが、時おそし。ラッコヘッドを外された静矢の涙鼻水姿がカメラに……と思いきや、ラッコの下から現れたのは更なるラッコだった。
『これぞラコリョーシカ、開けても開けてもラッコ! ラッコに憧れる子供の夢を壊すわけにはいかないのでな!』
静矢がホワイトボードを見せた。
「マトリョーシカのパクリですか……首刎ねれば、すべて解決ですよね」
黒い笑顔で大鎌を担ぎなおす龍斗。
「ぐまァーー!」(訳:死ねェーー!)
そんな茶番はどうでもいいとばかりに、黒百合が天魔めがけて飛び出した。
声が変なのは花粉のせいでなく、正体を隠すためのボイスチェンジャーだ。
「ぐまァ、ぐまァー! ぐまままままァ!!」(訳:貴重な経験だけどォ! 面倒だからさっさと逝けェ!)
『縮地』を活かした圧倒的移動力で、見敵即殺(サーチ&デストロイ)!
花粉しか能力のない天魔なので、黒百合が本気出したら秒殺だ。ちょっと手加減してください!
「ぐまぁ、ぐままままァ、ぐぎゃ?ぐまぁー」(訳:涙腺を潰したり、鼻の穴を焼いたら止まるかしら、これェ……あァ、冗談よォ♪)
なにか怖いことを言いながらも、次々と敵を葬る黒百合。
かと思えば、ラッコ静矢も大暴れ。
敵を瞬翔閃で切り裂いては、『切ったどー!』
紫明刃で貫いては、『貫いたどー!』
さらに紫翼撃で弾き飛ばしつつ、『吹っ飛ばしたどー!』
おまけに紫鳳凰天翔撃でとどめをさして、『獲ったどー!』
1アクションごとに槍とホワイトボードを掲げては、カメラ目線でポーズを決める静矢。
……ちょ、手加減! プリーズ手加減!
「しかし……この天魔を作ったやつは何を考えてたんだ? ここで他の攻撃手段が加わるだけで、こちらは相当不利だったろうに」
義兄の活躍ぶりを見て、龍斗は呟いた。
「どうやら花粉以外なんの害もない天魔みたいだね。せっかくだし、パサランでも召喚してみようかな。テレビの向こうの良い子のみんなも、喜ぶんじゃ(ry」
峰雪はカメラサービスに余念がなかった。
ふわもこウサギ着ぐるみ姿で、おなじくふわもこ感抜群のパサランを操る姿は、お茶の間の子供たちにウケること確実!
まぁ中身はオッサンなん(ry
「しかし、やはり花粉は厄介ですね。そこで私は名案を考えました! これです!」
雅人が得意げに取り出したのは、巨大なドリルだった。
その先端を地面に突き立てながら、彼は言う。
「こうして地中を掘り進んで接近すれば……掘り、進ん、で……くっ、固い!」
残念、アスファルトの路面とか簡単に掘れるわけなかった!
「ならば、いまこそパサラン召喚! 花粉を吸い込んじゃってください!」
だが残念、パサランにそんな力はなかった! カービ●じゃないんだぞ!
「世の中うまくいきませんね。……でしたら普通に妖召霊符で攻撃です! 海産物や食虫植物の皆さん! この厄介な奴らをやっつけちゃってください!」
これは普通に攻撃できた。
念のため言っとくけど、出てきたのはアウル製の何かなので! イカ天もこんな市街地まで出張できないよ!
なんにせよ、撃退士たちの活躍ぶりにマスコミ陣も大喝采だった。
そこへ、目を閉じたままの龍斗が大鎌を振りかぶって斬りかかる。
「うわあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
逃げまどうカメラマンやレポーター。
「おっと、まちがえた。天魔じゃなかったか」
と言いながら、念入りにカメラを破壊する龍斗。
情けない姿を奥さん以外の人に見られたくないがゆえの行動だが、やりすぎではあるまいか。
「いいか、おまえたちは何も見なかった。何も覚えなかった。……それで、いいよな?」
殺意のオーラを漂わせながら、龍斗はマスコミ関係者たちに大鎌を突きつけた。
「は、はい!」などと、いまにもちびりそうな顔で頷くカメラマン。
残ったカメラも、雫が「誤射ですよ」と言いながら丁寧に潰してゆく。
どう見ても犯罪行為だが、誤射なら仕方ない。セーフセーフ。
「さて、これで心置きなく戦えますね」
周囲のTVカメラを破壊しつくすと、雫は改めて大剣を抜いた。
「とはいえ、あの敵に近付きたくないので遠距離攻撃を……っくちゅん!」
ズバシュッ!
「グワーッ!?」
三日月状の斬撃が、みごとラファルの背中に命中!
「なにすんだコラー!」
「失礼、手が滑りました。単なる誤射です」
「誤射で済んだら自衛隊いらねーぇっぶしょーーい!」
ラファルの鼻水が盛大に飛び散った。
目の前で喰らった雫無惨。
そんなことより問題はラファルだ。
彼女の顔はごく自然な美少女に見えるが、じつは現代科学の粋と美少女フィギュア原型師の神髄が注ぎこまれたフェイスマスクであって、それ自体は無表情な物である。それをラファルの訓練と角度によって表情豊かにしているのだ。が……いまのクシャミでマスクがポロッと剥がれ落ち、ジャギ様並みの恐ろしい素顔があらわに!
あやうく放送事故だが、雫と龍斗の働きでカメラはおおかた破壊されてたのでセーフ!
「ぺ……ぺぷしっ!」
そんな騒ぎの中、恋音は花粉に苦しんでいた。
涙は出るわ、鼻水は垂れるわ、炭酸飲料みたいなクシャミは止まらないわ、オッパイは膨張するわと、大変なありさまだ。
おっぱいが大きくなる花粉症とは珍しい症例だが、これはもともと花粉症ではなく体内のアウルをあれこれして花粉症に似たバステを与えるという攻撃なので、恋音の体質なら仕方ない。
「うぅ……この攻撃は、つらいですねぇ……。ですが、こんなときのために、のど飴を持ってきてあるのですよぉ……」
そう言って恋音が取り出したのは、金平糖(橙)だった。
どうやら目がかすんで、ろくにものが見えないらしい。
しかも、この金平糖は曲者だった。なんせ一粒食べただけでアウルが以下略して異常に好戦的になってしまうのだ。
「おぉ……いいことを考えつきましたよぉ……どうせ目が見えないのなら、実質的に識別不可のペナルティはない……ということですよねぇ……♪」
言うや否や、恋音は敵みたいなものに向けてコメットをブッぱなした。
「グワーッ!?」
ふたたび背後から誤射を浴びるラファル。
「やりやがったな、魔王……いや天魔め!」
相手の正体を知ってか知らずか、彼女は躊躇なく偽装解除して全砲門を展開させた。
その姿は、さながら地上戦艦!
「いくぜ、おっぱ……汚物は消毒だーー!」
ラファルの手から燃えさかる火炎が放射され、恋音と一緒に静矢と龍斗を巻きこんだ。
『これはもしや、新手の天魔!?』
黒こげのラッコ静矢が、ホワイトボードを龍斗に見せた。
「ええ、敵に違いありません。義兄さん。少々力を貸してください」
『いいとも! だがどうするつもりだ?』
「簡単な仕事ですよ。義兄さんを敵に向かって全力投擲するだけですので」
『うむ、ここはあの鳳家伝来の必殺技を……りゅーたん、思い切りやれぃ!』
「ではいきます!」
そう言うと、龍斗は静矢を持ち上げた。
そして大きくワインドアップし……第一球!
ズドババババババッッ!
投げ放たれたラッコは横回転しながら一直線に飛び、軌道上すべての敵をひとり残らず粉砕した。
そのままビルの外壁に激突し、崩落した瓦礫の山に埋もれてしまうラッコ。
『鳳凰流奥義! 超級猟虎海洋弾!』
と書かれたホワイトボードだけが、瓦礫の山に突き刺さっている。
それはまるで墓標のようだ。
「義兄さーーん!」
絶叫する龍斗は、なぜかたのしそうだった。
まぁ最初から壁に向かって投げてるしな……。
「すみませんが、天魔より被害が大きくなってるので抑えてくれませんか?」
状況を見かねて、雫が言った。
しかしラファルは止まらない。
「うるせー! どいつもこいつも消毒だー! ヒャッハー!」
ラファルの肩や背中から、無数のミサイルが発射された。
もはや敵も味方もない、完全無差別爆撃である。
「そうですか、言ってわからない人には実力行使です」
雫が『神威』を使い、アートを爆発させた。
敵味方識別できる技なのに一切識別せず攻撃してるあたり、殺る気満々である。
おかえしとばかりにラファルの自爆技まで飛び出し、辺り一面はたちまち焦土と化した。
「もうやだ、こんな依頼……」
炎と煙と花粉の中で、ぱたりと倒れる雫。
「お、おぉ……なぜ、このような惨事が……すべて花粉のせい……花粉のせいですねぇ……?」
瓦礫の山の下から、恋音が血まみれで這いずり出てきた。
いつもは『戦闘依頼は受けませんよぉ……』とかカワイコぶってる彼女だが、今日は違う! 合法ドラッグ(金平糖)が彼女を変えた!
「おおっ、恋音! いまこそ合体攻撃をぶちかますときですよ!」
いいタイミングで走ってくる、ラブコメ仮面雅人。
「新手の敵ですねぇ……? 花粉ごと焼却ですよぉ……!」
恋音が『炎焼』を発動させた。
その瞬間! 花粉やら何やらが一斉に引火して、粉塵爆発!
「アバーッ!?」
パンツ二丁で空の彼方へ吹っ飛ばされる雅人は、とても良い笑顔だったという。
ともあれ。多くの犠牲を出しつつも撃退士たちは任務を成功させたのであった。
そこへ、ひとり淡々と天魔を狩り続けていた黒百合が戻ってきた。
「ぐままま? ぐぎゃァ、ぐまァ、まままァ?」(訳:残りの敵何匹ィ? 歯応えないしィ、いい加減あきたから帰りたいのだけどォ?)
「うーん……見たところ全部終わったみたいだねぇ」
飄々と応じる峰雪。
横にはパサランが浮いている。
彼の言うとおり、杉花粉ディアボロは全滅していた。
ていうか峰雪と黒百合以外の撃退士も全滅していた。
おもに、ラファルと恋音と雫と龍斗と静矢のせいだ。なんだ、ほぼ全員自業自爆じゃないか。
「それにしても恐ろしい敵だったねぇ……。この悪魔、次は一体どんなディアボロを……。戦闘能力も持たず、人命も奪わず、嫌がらせに特化したディアボロなんて本当に迷惑きわまりないけど、よほど性格のねじれた悪魔なんだろうなあ」
ふぅ……と峰雪は息をついた。
救急車や消防車のサイレンが、遠くから近付いてくる。
結果、これだけの惨事にもかかわらず奇跡的に一般人の死傷者はいなかった。
救急車の世話になったのは、撃退士6名のみ。
いずれも同士討ちによるものだが、とにかく撃退士を6人も倒したのだと、頭のイカれた悪魔は高層ビルの屋上で一人うなずくのだった。