† ある日の放課後
3月。年度末を間近に控え、クラブ活動にも区切りがつく季節。
これから4月に入り、新入生歓迎イベントや花見会などが行われるようになると、久遠ヶ原は急に活気づく。
この時期の学園には、そんな嵐の前の静けさに似た空気が漂っている……かもしれない。
こんな日の放課後、生徒たちは何をして過ごしているのだろう──
† 雪室チルル(
ja0220)
「ああ……今年度の冬シーズンも終わりかあ……」
チルルちゃんは、チルルらしくもなくチルチルしていた。
ここはウインタースポーツクラブの部室。雪国生まれの生徒を中心に構成された、バリバリ体育会系のクラブだ。
3月も終わりにさしかかり、いよいよ本格的な春を迎えようとする今日このごろ。チルルは過ぎ去る冬を思い出しつつ、スキー板を磨いていた。
「この冬も色々あったわ……。巨大な雪だるまを作ったり……雪だるま作りで授業をサボって先生に怒られたり……あと雪だるまを作ったり……」
まるで雪だるましか作ってないみたいな独り言だが、そんなことはない。日本全国津々浦々、依頼がてら様々な土地へ赴いては雪だるまを……もといウインタースポーツをたのしんできたのだ。そう、カーリングとかボブスレーとか、ワカサギ釣りとか……とは違うかもしれない。スキーやスノーボード、アイススケートなんかが定番の『部活動』だ。
こと冬のスポーツに関して、チルルがひけをとることはない。履歴書の『特技』に『ウインタースポーツ』と書けるぐらいだ。
だがいずれにせよ、次の冬までウインタースポーツはおやすみだ。
「はあ……来年こそは友達だけじゃなくて、恋人と一緒に遊んでみたいなあ……」
しみじみと溜め息をつきつつ、チルルはまだ見ぬ恋人の姿を想像して微妙に顔を赤くさせるのだった。
なお彼女の求める恋人の条件は『自分より強い人』なので、そんな出会いは当分先のことであろうというか、多分おそらく絶対にそんな機会は訪れないであろうことは確定的に明らか!
ここはもう百合に走るしかないんじゃないか!? ほら次の人とかさ!
† 黒百合(
ja0422)
「きゃはァ、今日も綺麗に花が咲いてるわねェ♪」
黒百合は園芸部の温室を借りて、のんびり読書をたのしんでいた。
日の当たる場所に置かれた、ちいさなテーブルとイス。手元には一冊の本と一杯の紅茶。
学園屈指の武闘派である彼女だが、こう見えて実は植物を愛するナチュラリストなのである。
冬の終わりの午後。黒百合は何をするでもなくビニールハウスの片隅で黒いハードカバーの本を広げている。
その様子を見れば深窓の令嬢のように優雅だが、よくよく見れば彼女を取り囲む草花は全て有毒植物なのであった。
デス・カマス、トリカブト、ヒガンバナ、キョウチクトウ、スズラン、エンゼルトランペット……さらにキノコ類として、ドクツルタケやカエンタケ……etc
「こ、ここで何をしてるんですかぁ!?」
震え声で問いかけたのは、園芸部の由利百合華だった。
「見ればわかるでしょうォ……? ただの読書よォ?」
「ウソです! あなたが読書なんてするはずありません! 毒処の間違いです!」
「なにそれェ……ひどい偏見ねェ……。まァお茶でもいかがァ……?」
「絶対に毒入りです!」
「本当に偏見ねェ……よくないわよォ……?」
そう言うと、黒百合は簡素なティーセットで紅茶を二杯いれた。
ティーカップを百合華に差し出して、黒百合は微笑む。
「好きなほうを選んでねェ……? これで毒なんか入ってないってわかるでしょうォ……?」
「そ……そうかもしれませんね。じゃあこっちを……」
おそるおそる左のカップを手に取る百合華。
だが──
「げぐ……っ!?」
紅茶を一杯飲んだとたん、百合華は血を吐いて倒れた。
最初から、どちらのカップも毒入りだったのだ。
「ひ、ひどいです……」
「あらァ、撃退士に毒は効かないはずよォ……?」
平気で毒入り紅茶を飲む黒百合。
よく見れば、温室のあちこちに百合華と同じような犠牲者が!
うん、黒百合がただの読書なんかするわけなかったわ。
† 雫(
ja1894)&月乃宮恋音(
jb1221)
放課後、恋音は焼肉部の部室にいた。
今日は週に一度の焼肉部活動の日なのだ。
「えとぉ……今日は、色々な『たれ』を持ってきたのですよぉ……これで焼肉をしませんかぁ……?」
恋音が持ってきたのは、味噌や醤油、味醂などを利用した和風焼肉ダレだった。おろし生姜やニンニクを混ぜ合わせた特製ダレである。
「いいわね! でも肝腎の肉がないのよ!」
応じたのは、焼肉部員の亜矢。
「そんなはずは……例の成長薬実験で手に入れた肉が、大量にあるはずですよぉ……?」
「ぜんぶ食べちゃったわよ、このバカがね!」
亜矢が突き出したのは、簀巻きにされた悪魔少女セセリだった。
芋虫みたいになりながら、彼女はモチャモチャとホルモンを噛んでいる。
「お、おぉ……?」
「『おぉ……?』じゃないわよ! あんたらがこいつを焼肉部に連れ戻したんでしょうが!」
「そ……それは、失礼しましたぁ……。まさか、このようなことになるとは……うぅん……」
「おかげで部長が餓死寸前じゃない! いまじゃ『セセリを焼いて食う』とか言いだす始末よ!」
「えとぉ……人肉は、まずいですねぇ……。いえ、彼女は人でなく悪魔ですけれども……」
予想外の展開に、うろたえる恋音。
彼女の予定では、焼肉パーティーのあと行きつけの露天風呂に部員を誘うつもりだったのだ。それが何故こんなことに!
そこへ、颯爽と雫が登場した。
「肉がないなら調達すれば良いだけの話ですよ。……ひと狩り行きますか?」
「いいわね! 狩りは生活の基本よ!」
亜矢が妙に張り切ってるのは、最近出番がなかったせいだ。
「ではクマを狩りに行きましょう。なんとなくですが、熊肉が食べたい気分ですので……ツキノワグマ、ヒグマ、グリズリーの食べ比べをしようと思います」
雫が真顔で告げた。
「グリズリーって日本にいるの!?」
「そんなもの、アラスカでもどこでも遠征すれば良いではありませんか。私たちは撃退士ですよ?」
「そ、そうね……。さすが雫! 思い切ったこと言うじゃない! だったらアラスカよ!」
「ええ、アラスカです。ついでに、撒き餌……じゃなく、熊狩りの方法を教えるので……カルーアさん、セセリさん、行きますよ」
そう言うと、雫は簀巻きのセセリにロープをくくりつけて引きずりだした。
直前の発言が『おまえを撒き餌にして灰色熊を集める』と言ってるように聞こえるが、たぶん気のせいじゃない。
「ところで、ふと思ったのですが……カルーアさん、パンダを食したいと思いませんか? あれもクマの仲間です」
突拍子もないことを言いだす雫。
まぁ冷静に考えると灰色熊を食うのもおかしいんだが……。
「パンダ!? パンダって食べれるのです!?」
「もちろん。この世に食べられない動物などいません。……行きますか? 中国へ」
「行くのです! パンダを焼いて食うのです!
やたら張り切るカルーアだったが、パンダを食うのはちょっと……ワシントン条約とか色々あるし……倫理的にも無理じゃないかな……。
「えとぉ……これは、つまり……アラスカで灰色熊を狩り、中国でパンダを仕留めて、各地で焼肉パーティーをおこない……日本に戻ってきて露天風呂につかるということで、よろしいでしょうかぁ……?」
恋音が話をまとめた。
しかし、その『まとめ』にはまだ穴があった。
「甘いわね恋音! 露天風呂のあとも焼肉よ! いいえ、露天風呂につかりながら焼肉よ!」
ビシッと指を突きつける亜矢。
実際そのとおりのことが行われたかは、さだかでない。
† 浪風悠人(
ja3452)
とある校舎の片隅に位置する、談話室。
そのソファにもたれかかって、悠人は何をするでもなくボーーッとしていた。
一応ここは『隣人部』と名付けられてはいるが、実際のところはただ部員たちが適当に集まって適当に雑談するだけの場所である。
『そもそもここクラブなのかも怪しい……』と自嘲気味に考える悠人だが、そんなクラブは久遠ヶ原にいくらでも存在する。部員のほとんどは幽霊部員だが、そんなクラブも久遠ヶ原には無数に存在する。ときどき部員の誰かが顔を見せるだけマシなほうだ。
「しかし今日はヒマだな……」
だれにともなく悠人は呟いた。
部員が遊びに来ているときは皆でワイワイお菓子を食べながら談笑したり、大規模作戦があれば部隊を立ち上げたりと、それなりにやることもあるのだが……今日は本当に何もない。絵に描いたように、平和で退屈な午後だ。
テーブルにはお茶とお菓子。部屋の隅には小型テレビがあって、料理番組を映している。
天井にはシーリングファンが音もなく回り、空気を循環させていた。
だが、そんな退屈な時間は長く続かない。
こんな風にしていると、たいてい教員から連絡が入って雑用をたのまれるのだ。
「……というわけで、このビラをたのむ」
言い残して、その教師は100枚ほどのポスターを置いていった。
新入生歓迎のウェルカムパーティーの告知である。
「やれやれ……まぁしかたないか……」
よっこらしょと、重い腰を上げる悠人。
ただの雑談のためだけにこれだけ立派な談話室を借り切っていることもあって、学園側からの頼みは断れないのだ。これも部活動の一環である。
そんな具合に、悠人の放課後はゆっくりと流れる。
† 礼野智美(
ja3600)
彼女は剣術部の部室にいた。
智美のほかには、彼女の妹と男子メンバーが数名。
なにしろ『剣術部』なので、ふだんの活動は大規模の作戦会議や、剣術をはじめとした武器の鍛練が多い。もっとも、そこまで殺伐としているわけではなく、地元の出身やその縁で在籍しているメンバーのたまり場、という感じでもあったりする。
現に本日の『部活動』は、ホワイトデーにそなえたバレンタインデーのお返し作り、というものだった。剣術の『け』の字もない。
「というわけで……ホワイトデーの基本、自家製クッキーを作りましょう」
技術指導は智美の妹だ。
ほかの女子は立ち入り禁止、男性陣だけの秘密特訓である。
なにしろ剣術部の男連中はむやみにモテるので、ホワイトデーのお返しイベントは不可避。
何故そこに、かりそめにも女子である智美がいるのかといえば……バレンタインに彼氏からチョコをもらってホワイトデーにお返しするのが、毎年恒例の定番イベントだからに他ならない。
「俺はいつも忘れるから、今年は忘れないうちに作っておこうと思うんだ」
「ちぃ姉……そんな大事なことを忘れるのは、どうかと思うの……」
「いや、だから今年は忘れなかっただろ!」
妹にたしなめられて、反論する智美。
そんな姉妹の様子を見て、男性陣はくすくす笑っている。
男連中といっても家事に慣れた者が多く、クッキー程度は文字どおりサクサク作ってしまう。指導など無用なぐらいだ。
ただし調理経験のない年少組にはある程度の指導が必要で、あまり慣れてない智美はフォローに悪戦苦闘している。
けれど、たまにはこんな部活動もいいなと思う智美なのであった。
† 鳳静矢(
ja3856)
『らっこ部』
それは、ラッコがその日の気分でやりたいことをするクラブである。
要はクラブ名どおり──ラッコの、ラッコによる、ラッコのためのクラブだ!
それは学園でもたった1人にしか需要がないのではと思われるところだが、意外にも『らっこ部』の部室は人だかりで賑わっていた。
もちろん『らっこ部』に需要がないことなど誰にもわかりきっている。人が集まるのには理由があった。
というのも──『らっこ部』の看板は板きれで1文字ずつ削り出されたものなのだが、『つ』の字の留め具が外れてひっくり返り『く』の字に見えるし……『こ』の字は右上に汚れが付いて『ご』の字に見えるのだ。おかげで『らくご部』と勘違いした生徒たちが頻繁に見学に来るというわけである。
しかも最近『偶然にも』落語に興味を持ってしまったラッコ静矢。このところは部室を寄席風に改装して高座に上がり、ラッコ落語家として活動しているのだ。駄洒落か!
もちろん『キュゥ』以外の言葉はしゃべれないため、いつもの白板にセリフを書いて客に見せるというスタイル。これぞ世にも珍しい、サイレント落語だ!
内容は定番の古典落語だが、その斬新な芸風で最近ちょっと学園内では話題になってたり。
本日の演目は『アラスカのホタテ』
だれでも知ってる『目黒のサンマ』を翻案したものである。
内容はといえば、マッキンリーを訪れた殿様が……あとは自分で考えよう!
ともあれ、今日も『らっこ部』は賑やかなのであった。
キュゥ♪
† 染井桜花(
ja4386)&アメリア・カーラシア(
jb1391)
ここはチャイナカフェ『赤猫』
そのホールで、桜花は私服のチャイナドレスに身を包んで客が来るのを待っていた。
淡い桃色を基調にした、花柄のチャイナだ。立ってるだけで絵になる構図である。
じきに赤猫の扉を開けたのは、鐘持猛と隼人の兄弟。
「こんにちわ、桜花先生!」
「ここ中華屋さん? へぇー」
店に駆け込んでくるなり、兄弟は元気に周囲を見回した。
彼らは桜花が依頼を通じて知り合った一般人で、たまに時間を見ては家庭教師として護身術や家庭科などのコーチをしている。今日は二人のために店を貸し切り、存分にもてなす構えだ。
「……ようこそ……本日はおたのしみください」
桜花はスッと頭を下げると、鐘持兄弟を個室のテーブル席に案内した。
ふたりは興味津々といった様子で店内を眺めながら、桜花のあとについてゆく。
「……さて……なににしますか?」
席に着くと、桜花はメニューを手渡した。
「じゃあ五目ラーメンと肉餃子と……」
「僕は春巻。あとあんまんと杏仁豆腐と……」
大富豪の孫たちのわりに、注文は庶民的だった。
ふだん高級なものばかり食べてるせいで、外では比較的ジャンクなものが食べたくなるのだ。
「……かしこまりました……では」
桜花がチンッとベルを鳴らすと、奥からアメリアがやってきた。
彼女も今日は店の制服でなく桜花とおそろいのドレスだ。
「はじめまして、店長のアメリアだよ〜。よろしくね〜」
無表情な桜花と対照的にアメリアは表情豊かで、たちまち兄弟の心を捕らえてしまう。
そんな彼女に、桜花は淡々と注文を告げた。
「はいよ〜。すぐに作るから、すこし待っててね〜」
にゃはは〜と笑いながら、再び厨房へ引っ込むアメリア。
その後料理が来るまで、テーブルでは取り留めのない雑談が交わされた。
桜花は家庭教師として授業の感想やリクエストなどを聞こうとするのだが、兄弟のほうは相変わらず撃退士のことや久遠ヶ原の生活について知りたがる。とくに兄の猛は本気で撃退士になりたがっており、桜花としては無闇に危険なことはしないようにと忠告する以外ない。
そんな会話をつづけていると、じきにアメリアが料理を運んできた。
「おまたせ〜。熱いから気をつけてね〜」
ラーメン、餃子、春巻、あんまんと、デザート以外の注文がずらりとテーブルに並べられた。
アメリアひとりで作ったとは思えない手際の良さである。
「「いっただきま〜す!」」
おなかをすかせていたのか、育ちの良い兄弟とは思えない勢いでがっつく猛と隼人。
どうやら料理はたいそう気に入ったようだ。
「このお店はね〜、私が経営してるんだよ〜。桜花ちゃんはバイトのお手伝いさんね〜」
アメリアが笑顔で説明した。
そのバイトの桜花はといえば、アメリアと入れ替わりに厨房へ入っている。
「中華料理のお店だからチャイナドレスなの?」と、猛。
「そうだね〜。いつもは私も桜花ちゃんも、お店の制服なんだけど〜。今日は特別に私が作ったチャイナだよ〜。桜花ちゃんが『……制服は、お二人には刺激が強い』って言うからさ〜。写真ならあるけど、見てみる〜?」
「「見る見る!」」
アメリアの誘いにあっさり乗っかる兄弟。
だが、そこへ。
「……見せたら……この服にした意味が、ないだろう」
桜花が杏仁豆腐と飲茶を持って戻ってきた。
これまた、手際の早さは折り紙つきである。
「にゃはは〜。桜花ちゃんに怒られちゃった〜。じゃあ写真はまた今度ね〜」
そう言って、おもわせぶりにウインクするアメリア。
これは男子小学生には刺激が強い。
「……まぁとにかく……私が作りました……食べてみてください」
桜花がデザートをテーブルに置いた。
これまた兄弟には大好評だ。
もしもこれが『鐘持兄弟をおもてなしせよ』という依頼なら、ほぼ成功と言って良い。
だがもしかすると、桜花はアメリアというライバルを自ら作ってしまったのかもしれない──
† 獅堂武(
jb0906)
修練場から、派手な金属音が響いていた。
錫杖を手に戦っているのは、獅堂武。
彼はクラブにこそ所属していないが、任務のない放課後はこうしてヒマな誰かを捕まえては鍛錬に勤しんでいる。
といっても毎回都合よくヒマな生徒が見つかるはずもなく……今日はアーティスト科講師の小筆ノヴェラが相手を務めていた。
「天魔相手に対応できることを増やすためにも、いろんな武器に慣れておかねぇと……な!」
距離をつめ、錫杖で小筆の胴を薙ぎ払う武。
杖に通された6個のリングがシャランと音をたて、標的を捉える。
「うん、いい攻撃だね♪」
訓練なので防具は着けているが、それでも相当な衝撃だ。
よろけたノヴェラの足下をレガースで蹴り払い、体勢を崩したところへ武が錫杖を突き出す。
しかしノヴェラはバックステップしてこれを回避。十分な距離をとると、武の錫杖より巨大な『筆』を振りまわした。
「うお……っ!」
まともに喰らって、横ざまに吹っ飛ぶ武。
もちろん彼も訓練用の防具は装備しているが、それでも口元には血が滲んでいた。
「血が出てるけど、ヒールしようか?」
「これぐらい、どうってことねぇよ。いざというとき力不足で後悔するのもイヤだし……血反吐吐くまで鍛えねぇとな!」
体勢を立てなおすと、武は再び打ち掛かっていった。
たがいの武器がぶつかり、火花と金属音を散らす。
懐に入られればナックルやレガースといった近接武器で対抗、間合いが開けば杖や刀で対応と、器用に武器を使いわける武。
だが、接近戦の最中に武器を切り替えるのはリスクも高い。そのあたりのコツをつかむための修練ではあるのだが……。
「色々やりたいのはわかるけど、ひとつの武器を使いこむほうがいいと思うよー?」
「ためす前から諦めるのはイヤなんでね……!」
あらゆる距離で『筆』を使い切るノヴェラに対して、武はどうしても押され気味だ。
が、自らの言ったとおり血を吐きながらも訓練を続ける武。
これが漢の意地と気合と根性か。
† ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
放課後、ラファルはとある病院を訪れていた。
久遠ヶ原島の片隅に建つ、傷病撃退士専門の施設だ。天魔との戦闘などによって回復不能なダメージを負った撃退士をケアするための、介護療養施設である。普通の医療施設ではない。天魔との戦闘で受ける傷病には特殊なものが多く、一般的な治療法や医学では回復の見込めないケースも少なくない。
そういった『二度と戦うことのできない』撃退士たちを慰安訪問するのが、ラファルの密かな仕事だった。義体特待生として久遠ヶ原に在籍している彼女にとって、このボランティア活動は他に代えがたい仕事なのである。
ふだん爆破テロみたいなことばかりしている彼女だが、この病院にいる間だけは『普通の優しい女の子』になることができる。とても貴重な時間なのだ。
やるべきことは無数にある。病室で退屈している患者の話し相手という比較的ラクな仕事から、自殺を考えて閉じこもる患者の説得。あるいは軽いリハビリの手伝いから、体の半分を吹き飛ばされた仲間の応援。
入院患者の深刻度もそれぞれだが、ラファルは相手に応じて優しい言葉や厳しい言葉をかける。
彼女自身、天魔の襲撃で肉体の大部分を失った過去がある。いまは全身サイボーグ化して人並みの生活を送れるようにはなっているが、とうてい『健常人』とは言えない。
だが、そんなラファルだからこそできることがあるのだ。
否、彼女にしかできないことが、それこそ山ほどある。自らの経験や境遇を語り、未来の技術に希望を持たせること。それはラファル以外の者には難しい任務だろう。
撃退士の仕事は、天魔を倒すだけではないのだ。
† 蓮城真緋呂(
jb6120)&樒和紗(
jb6970)
「ふ……ふふふ……ふふふふふ……」
薄暗い部室で、真緋呂は不気味な声を漏らしつつTVモニターを凝視していた。
周囲には大量のスナック菓子とコンビニスイーツ。糖分を求める脳味噌のため、炭酸飲料も4リットルボトルで配置済み。完璧なゲーミング空間だ。
ここは『ゲーセン部』
アップライト筐体から家庭用ゲーム機までがズラリと並ぶ、ゲーマー垂涎の場所なのだ。
スナックをボリボリ、ジュースをグビグビしながら、ピコピコとゲームに没頭する真緋呂。
画面に映っているのは、絵に描いたような(描いてあるんだが)イケメンと、すかしたセリフ。
いわゆる乙女ゲーというやつだ。
「くっ、そのセリフは反則……!」
などと言いながら、コントローラーを握りしめて身悶えする真緋呂。
こんな腐敗した彼女だが、いわく『べつに二次元萌えではない』らしい。
『でもまぁ今のとこ彼氏はこれでいいかな』とか言ってる時点で完全にアウトなんだが……。
そんな真緋呂と対照的に、和紗は放課後をバイトで過ごしていた。
授業が終われば、即座に帰宅してスーツに着替え開店の準備。
自宅の1階がバーになっており、彼女はそこで働いているのだ。
まずは食材の買い出し。消耗品の補充。店の掃除は当然だ。
カウンターでグラスを磨く姿など、映画のワンシーンに使えそうなほどサマになっている。お菓子の山に囲まれてゲームのコントローラー握りながら「おほぉぉぉ……♪」とか言ってる真緋呂に見せてやりたい。
そんな矢先。真緋呂が酢昆布を噛みながら、和紗のバーに顔を見せた。
「いらっしゃいませ。目の下にクマができてますよ?」
見たままのことを和紗が告げた。
「それは仕方ないの。愛の副産物よ」
「意味不明ですが……とりあえず、お好きな席にどうぞ」
「じゃあここで。早速だけど何かゴハン作ってくれる?」
カウンター席に陣取ると、真緋呂は迷いなく注文した。
「ではチーズリゾットを作りましょうか」
「いいわね。もちろん大盛りで」
「ここはバーであって、大衆食堂ではないのですが……まぁ了解しました」
なにか諦めたように吐息をつくと、和紗は調理に取りかかった。
やがて、ドンブリに山盛りされたリゾットが登場。
「ふだん盛りつけるお皿とは違いますが……かまいませんよね?」と、和紗。
「大歓迎よ。むしろフライパンごとでも」
「いえ、それはさすがに。……では、ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、和紗は他の客の対応に向かった。
客は真緋呂だけではないのだ。彼女にばかりかかずらってもいられない。
そんな友人の接客を見て、真緋呂は正直な意見を述べる。
「はふはふ……相変わらず愛想に欠ける店員ね。先輩さんも含めて……もぐもぐ、ふたりとも他の接客業じゃ厳しいでしょうね」
おしゃれなバーのカウンターでドンブリ飯をかっこみながら、まじめな顔で評価する真緋呂。
だが、そんなことは指摘されるまでもなく和紗自身が一番よく知っている。
「……ここ以外で働く気はありませんので、構いません」
そっと目をそらしつつ、和紗は答えた。
「それより、なにか飲みませんか? ここはバーですよ?」
「そうね。じゃあ何かオススメで」
「では、サラトガクーラーを作りますが……」
「なんでもいいわよ」
腹に入れば何でも良いのが真緋呂流。
和紗は氷を砕いてグラスに詰め、ライムを櫛形に切って軽く搾った。シロップを加えてジンジャーエールでグラスを満たせば完成。
「ずいぶん手際が良くなったわね」
真緋呂がほめると、和紗は「日々研鑽を積んでいますので」と少し得意げにしつつも、照れくさそうに応じた。
「ノンアルコールカクテルでしたら、ほかにこういうのも……」
ほめられて浮かれたのか、次々にカクテルを作ってみせる和紗。
真緋呂は片っ端から飲み干しつつ、どんぶりリゾットをおかわりする。
和紗は『爪の垢』というオリジナルカクテルを作るべきだ。
† 川澄文歌(
jb7507)
「一緒にアイドルやってみようよ!」
学園の正門付近で、文歌は下校中の生徒に声をかけていた。
彼女のクラブ活動といえば、もちろんアイドル部。スクールなアイドルとして活動する、わりと有意義な部活だ。
しかし部長である文歌の仕事は、ただアイドル活動をするだけではない。部に在籍するアイドルたちのプロデュースやマネージメントはもちろん、新人のスカウトも欠かせないのだ。
自分自身アイドルである文歌がプロデューサーやマネージャーを務めるのは、自分の経験を100%利用することが出来るため同業他社に対して大幅有利。スカウトのときも独自の『目利き』で、未来のスターを見抜くことができるのだ!
おまけにアイドルがアイドルをプロデュースすれば、ファンの『投資』が全てアイドルに流れることになるため、ファンにとっても応援しがいがあるはず。さらには文歌自身がアイドル業を引退したあとの路線をも見据えた、一石五鳥ぐらいありそうな作戦なのだ。
もちろん、そう簡単にアイドルの原石は見つからない。
というより、アイドルに興味があるような生徒はとっくに何らかのクラブなどで活動しているのが実態だ。
「うーん……考えは正しいはずなんですが、現実は厳しいですね……」
おもわず難しい顔になって考えこんでしまう文歌。
だが、アイドルにとって何より大切なのは笑顔。
めげることなく、彼女は素敵なアイドルスマイルで声をかける。
「ねぇ、そこのあなた! 一緒にアイドルやってみようよ!」
† 咲魔聡一(
jb9491)
久遠ヶ原学園第三演劇部。
聡一は、その部長である。
といっても基本的に、部員はそれぞれ時間のあるとき勝手に集まって各々トレーニングや舞台練習をするという自由なクラブなので、今日のように聡一以外だれもいない日もある。
こんなとき、彼が取り組むのはまず部室の清掃だ。それも照明機材に積もった埃を拭き取ったりなど、ふだん手の届きにくい箇所を重点的に。
それが終われば、新しく手に入れた効果音を試聴してリストにまとめたり、作りかけの小道具を仕上げたり、大道具用に不足しているネジやら木材やらを買い出しリストにメモしたり……。やることはいくらでもある。
ひととおり部室での作業を終えたら、次は学園内でのランニングだ。これには声量と肺活量を鍛える効果がある。
「……ああ、なんと素晴らしい! ついこの間まで貴族や将軍たちの特権だと思っていた文化を、ほかならぬ自分の体で感じているだなんて……!」
走りながら、喜びの表情で震える聡一。
少々変態じみて見えるが、事実そのとおりなので何も問題ない(
「よし、たまにはランニングのコースを変えてみよう。財布は持ってきたし食事も済ませてしまおうか。そういえば焼肉部なんていうのもあったな……」
自ら率先して死亡フラグを立てる聡一。
彼の演劇部に明日はあるのだろうか──
† 桜庭愛(
jc1977)
『学園美少女プロレス』
廃棄された排水施設を改装した部室が、学園の地下に存在していた。
その呼称といい立地といい、いかがわしい匂いの漂うクラブだが、現実はさにあらず。健康的な少女たちがプロレスで己を鍛え合う、非常にストイックな部活なのだ。
排水施設から地下へ伸びる薄暗い階段を抜けると、そこには客席30ほどの空間があり、中央にリングが設置されている。
今日も、そのリングでは撃退士の少女たちが技を競いあい、汗を流してぶつかりあっていた。
客席は少ないが、ほぼ満席。立ち見の客もいる。
いずれも熱心なファンばかりで、リング上よりも熱い声援が地下空間に響きわたっていた。
いましも、部長の桜庭愛は得意のパワーボムで対戦相手を沈めたところだ。
長い黒髪と蒼いハイレグ水着がトレードマークの、まさに『美少女レスラー』
勝利をおさめたばかりの愛は、リング上でマイクを握りながら客席に声をかける。
「いつも応援ありがとう!」
それだけの言葉で、観客は「うおおおおおおお!」と盛り上がる。
その中に高校生ぐらいの女子を見つけて、愛はすかさず指差した。
「あなた可愛いね? プロレスに興味ない?」
「ええっ!?」
いきなり声をかけられて、赤面する少女。
だが、ここぞとばかりに愛は畳みかける。
「よかったら私たちとプロレスしない? あなたたち美少女撃退士の力で、このクラブを盛り上げてほしいの! そしてゆくゆくは世界を舞台にプロレスしようよ!」
愛のスカウトは強引ながらも効果的だった。
試合を見せた直後にリング上から勧誘など、普通ではない。だが、こうした活動のおかげで『学園美少女プロレス』は少ないながらも部員を確保し、ほぼ毎日試合をおこなうことができるのだ。
「じゃあ、ためしに体験入部ということで……」
「大歓迎よ!」
こうして今日も、愛は新入部員をゲットすることに成功。
美少女プロレスの未来は明るい。
† ある日の放課後の終わり
──という具合に、久遠ヶ原には多種多様なクラブが存在する。
共通しているのは、ただひとつ。
だれもがクラブ活動を心から楽しんでいるという事実だ。
もちろんクラブに入らずとも、放課後を楽しむ方法はいくらでもあるけどね。