その日。焼肉部の危機に4人の学生が集まった。
たった4人? とか言ってはいけない。その顔ぶれを見れば、上級天使でさえ裸足で逃げだすこと必定だ。
まずは学園死天王筆頭・黒百合(
ja0422)
同じく死天王の一人・雫(
ja1894)
裏筆頭候補・『魔王』月乃宮恋音(
jb1221)
そして焼肉時空を自在に操るMr.焼肉男・陽波透次(
ja0280)
ぶっちゃけ本件が戦闘依頼なら、この時点でもう勝ってると言って良いぐらいの戦力だ。
でも残念! これ戦闘依頼じゃないから! 能力値とか関係ないから!
ということで始めよう。久遠ヶ原コメディ劇場。
「『焼肉部』ねェ……まァ漫画研究会って称しながら漫画ばっか読んでたり、毎日釣りしてるだけの釣部みたいなものでしょォ? ……あ、このタン塩焼けたわよォ♪」
いきなりだが、黒百合は部室で肉を焼いていた。
肉は国産和牛、機材は備長炭使用の七輪。かなりの本格派である。
「おいしいのです! タン塩最高なのです!」
カルーアは廃部の危機など忘れて、肉を貪り喰っていた。
「こちらのロース肉も、良い具合に育ってますよぉ……。特製の味噌醤油ダレでどうぞぉ……」
恋音もまじめな顔で肉を焼いている。
「ロース最高なのです!」
自分では何もせず、食べてばかりのカルーア。
「カルーアさん、僕のカルビも食べてください。最高級霜降り肉を、最高の焼肉テクで焼き上げますよ!」
だれよりも真剣な眼差しで焼肉に取り組んでいるのは、陽波透次。
彼は心からカルーアをリスペクトしており、今日は彼女を助けるだけでなく全力で甘やかす予定なのだ。
「カルビ最高、最高なのです!」
カルーアは焼肉を食べる以外なにもしてない。
だが、その無邪気な笑顔を見て透次は思うのだ。『ああ、焼肉部が作るこの笑顔を僕は守りたい……』と。
「ところで、これは焼肉パーティーの依頼ではなかったはずですが?」
見かねたように雫が咳払いした。
「そうなのです! 廃部の危機なのです! どうにかしろです!」
「カルーア部長? 何故そんなに偉そうなんです?」
「部長だから偉いのです!」
「まぁいいですけどね。……しかし部員が食い逃げで廃部とは……そもそも同じ部員が捕縛したのだから、けじめはつけてあると思うのですが」
「あんなヤツ、死刑にすればよかったのです!」
カルーアの言葉に、雫も透次も黒百合もうなずいた。
ただひとり恋音だけが、「食い逃げで死刑とは恐ろしいですねぇ……」と震えている。
「あの食い逃げ少女め、まさか焼肉部まで窮地に追い込むとは……。あれほど素敵な名前なのに……」
透次がカルビを焼きながら呟いた。
食い逃げ少女セセリを実際に捕まえたのは彼である。
当時の透次(駄洒落)は怒りのあまり記憶が定かでないが、ドラゴンスリーパーを決めたときの感覚はハッキリ覚えている。
「まずは幽霊部員の把握ですね。顔も知らず活動をともにしてもいない人が起こした不祥事の責任を取らされるのは、これっきりにしてほしいものです」
うんざりしたように雫が言った。
「どうすればいいです? 部員とかよくわからないのです」
と、カルーア。
「とりあえず部員の名簿を作成して、幽霊部員のかたには退部するか真面目に部活するか決めてもらいましょう」
「了解なのです! 焼肉しないヤツはクビなのです!」
「それから……二度と同じことが起きないよう、再発防止案も必要ですねぇ……」
恋音が言った。
「帽子餡? どうすればいいです?」
「えとぉ……まずは『入部届』の文面に、『今回のような不祥事を起こした場合や、部員個人が何らかの事件に巻きこまれた場合すべて自己責任』という一文を、追記しましょうかぁ……」
「採用なのです!」
「あと、運動部とのかけもちも制限しましょう……。というのも、運動部の活動は事故や事件に巻きこまれておおごとになる危険性が高いので……。具体的には、焼肉部以外の部活で何かコトが起きたとき焼肉部に責はない、ということで……」
「それも採用なのです!」
「再発防止も重要ですが、それ以上に焼肉部の有用性を示す必要があります」
今日の雫は、いつになく真面目だった。
もともと焼肉部が創設されたのは、彼女の影響が大きい。その責任を感じているのかもしれない。
「焼肉部は今までに部活動(食材調達)の一環として、天魔退治や害獣駆除の実績を残してきました。これらの記録をまとめて、有用性をアピールしましょう」
「それは名案です。僕も焼肉ニュータイプになって天魔もろとも自爆した甲斐があるというもの……」
透次は過去の出来事を懐かしむように言った。
かつてたった一切れの焼肉のために命を賭けて天魔を撃滅した彼は、焼肉部員の鑑と言って良い。おそらくそんな撃退士は世界に二人といないだろう。
「じゃあ私は、別の角度から焼肉部の有用性を証明しようかしらァ♪ ……あ、こっちのワニ肉焼けたわよォ♪」
ナチュラルにレアな肉を焼いてる黒百合。
だが、ワニ肉だの何だので驚くような者はいない。
「なにをどうやって、しょうめーするのです?」
ワニ肉をほおばりながらカルーアが訊いた。
「部長は、ここ近年の焼肉市場が縮小気味なのは知ってるかしらァ……?」
「そんな難しいコトは知らねーです!」
「別に難しい話じゃないわよォ? ほら、狂牛病騒ぎとかユッケの食中毒事故なんかで、焼肉のイメージが低下したじゃなァい……? それに安い輸入牛肉に押されて、国産牛肉はシェアを奪われて低迷してるでしょォ? それはわかるわねェ?」
「わかる気がするのです」
「で、焼肉部は国産牛をよく食べてるでしょォ? それが和牛生産者の支援につながり、ひいては焼肉市場全体の応援にもなってるわけェ……。これをレポートにまとめて提出してみないィ……?」
「難しいコトは任せるのです!」
カルーアにそんな話をするだけ無駄だった。
こういうときこそ恋音の出番だ。
「えとぉ……そういう資料作成でしたら、私もご協力しますよぉ……」
事務作業は彼女の十八番である。
「それから、改めてJOJO亭さんに謝罪に行く必要がありますね」
当然のように雫が提案した。
「おぉ……そのとおりですねぇ……。部員が不祥事を起こしたことは、まぎれもない事実ですし……」
「そうですね。考えてみれば前回の食い逃げ騒動では、焼肉をごちそうになったきりでした。今回は僕の全力謝罪をごらんに入れましょう!」
恋音と透次が同意した。
「では早速、JOJO亭に向かいましょう。部長、セセリさんを呼んでください」
「呼んでも来るはずないのです」
カルーアの言うとおりだった。
ひどい目にあうとわかりきってるのに、わざわざ顔を出す馬鹿はいない。
「拒否するなら黒百合さんが殴り込みに行き、どこに隠れようとも引きずりだして血祭りに上げると伝えてください」
「なんで私なのォ……? まァいいけどォ♪」
笑顔で同意する黒百合。
数分後、怯えきったセセリが部室にやってきたことは言うまでもない。
「……さて、セセリさん。なにか反論はありますか? なければJOJO亭へ謝罪に行きましょう」
雫が微笑みながら問いかけた。
その背後には黒百合と透次が立ち、無言の圧力をかけている。
「や、やだ! ゆるして!」
「反省の色が見えませんね。安全カミソリ1本で密林奥地に放り込み、食い逃げ損害分の肉を調達させてもいいんですよ?」
「死んじゃうって!」
「ではサバイバル術を叩きこんであげましょう。ついでに『カエルが食べられない』などと贅沢なことは二度と言えなくしてあげます。……黒百合さん、カエルの肉は用意してありますか?」
「もちろんよォ♪」
黒百合が取り出したのは、真っ赤な極彩色のカエルだった。
「これ、ぜったい毒! 毒持ってる!」と、セセリ。
「実際これはヤドクガエルだけどォ……撃退士は毒に強いから大丈夫よォ♪」
生きてる毒蛙を箸でつまみ、黒百合が笑顔で迫った。
「ひぎゃああああ……!」
こうして楽しい焼肉会議は終わり、一同はJOJO亭へ向かった。
ちなみにセセリは毒で麻痺して動けないため、簀巻きにされて雫に引きずられている。
彼らが店を訪れたとき、店長は少なからず驚いたようだ。
「いや、わざわざ改めて謝罪に来てくれるとは思わなかったよ」
その直後、透次は光の速さで土下座した。
「JOJO亭さま! 先日は焼肉部の一員が、大変ご迷惑おかけしました! 連続無銭飲食という、とてつもない大罪……。とうてい赦されざることだとはわかっています……ですが、どうか、どうか……焼肉部の解散だけは、ひらにご容赦を……僕にできることであれば何でもしますから……!」
「え? 焼肉部? 解散? 言ってる意味が……」
店長は逆に慌てた。
透次の発言が理解不能だったのだ。
「あのぉ……もしかして、店長さんには廃部の話が伝えられていないのでは……?」
思いついたように恋音が言った。
「うん。事情はわからないけど、焼肉部ってのは初耳だよ」
「ということは……JOJO亭さんが廃部を要求したわけでは、ないのですねぇ……?」
「そんなことしないよ。うちに何のメリットもないだろ」
「おぉ……では少々、聞いていただきたい話があるのですが、よろしいですかぁ……?」
「いいとも!」
そんな感じで話はトントン拍子に進み、『JOJO亭店長としては焼肉部の存続を希望します』という念書をゲット。この時点で依頼の成功は約束されたのであった。
その日の夕方。
JOJO亭への謝罪をすませたカルーアたちは、牛熊のもとを訪ねた。
「よーし、逃げずに来たな。焼肉部を存続させるためにどうすればいいか、考えてきたか?」
「突然ですが、まずは僕の話を聞いてください!」
ここでも透次は光速土下座を披露。
その完璧な土下座スキルに、おもわず牛熊も絶句する。
「先生もご存知のとおり、学生にとってクラブとは何よりも大切な居場所。カルーアさんが頑張って立てた御旗の元に集った愉快な仲間たちとの時間……それはかけがえのないものでした。焼肉部がなければできなかった縁もあるでしょう。僕は、そんな焼肉部に身も心も救われました……。焼肉がこんなにおいしく、やさしく、信仰すべきものだなんて、焼肉部の活動に巻き込まれるまで知らなかった……。僕は焼肉部のファンです……愛着があります……」
「お、おお」
「ただ焼肉を食べることができれば良いというわけではないのです。出会いを作り、縁を作り、たくさんの思い出ができた……この焼肉部という空間は、ただそれだけで、部員にとって特別な場所なのです。焼肉部が失われると思ったとき、僕の脳裏には走馬灯のごとく思い出が駆けめぐり、胸は締めつけられて耐えがたい痛みが襲いました……心にぽっかり穴があいたかのような喪失感です……」
「そ、そうか……そりゃすまなかったな」
「先生! 僕たち焼肉部員にとっては、この焼肉部でなければダメなのです。ほかのクラブで代用などできません! 焼肉部の存在意義を証明しろと先生はおっしゃいましたが、現実としてなによりも焼肉部の活動をたのしいと感じている者がいるのなら……それは存在意義にはなりませんか……?」
「まぁ、なると認めてもいいかもな……」
あまりの勢いに、牛熊も完全に呑まれていた。
冷静に見れば透次の主張は『焼肉大好き!』というだけのことなのだが、これを論破するのは難しい。
「なんだか、勢いだけで終わらせようとしてるけれどォ……ちゃんと焼肉部の有用性も、まとめてきたのよォ……?」
黒百合がレポート用紙を手渡した。
ここ数年の焼肉市場や店舗数の増減、そして焼肉部の活動が市場に与えたと考えられる数字のまとめだ。
「おお、これはすごいな。熱意も大切だが、数字で実績を示すのも重要だ」
感心したように言う牛熊だが、そのレポートの数字は巧妙に細工してある。
現実として、近年の焼肉市場はそこまで低迷しているわけではない。だが都合の悪い数字は表に出さないのが統計学の技術というものだ。
「そうですねぇ……数字は嘘をつきませんよぉ……」
偽造に協力した恋音はどこか浮かない顔だが、焼肉部存続のためには仕方ない。
黒百合が続けて言う。
「そのとおりィ……この資料を見ればわかるけど、焼肉部の活動は無駄じゃないわァ……。漫画研究会とか称して一日中漫画ばかり読んでる連中よりは、よほど役に立ってるはずよォ♪」
「……わかった。廃部は取り消そう。正直ここまで焼肉部のために取り組む生徒がいるとは思わなかった! 感動したぞ! 俺の指導は間違ってなかった!」
勝手に自画自賛して話をまとめる牛熊。
なにか納得できない思いを抱えつつも、まぁ廃部じゃないならいいかと自分に言い聞かせる焼肉部員たちであった。
「……というわけでェ……成功祝いの焼肉パーティーよォ♪」
舞台は再び部室に。
黒百合が持ってきたのは、一頭の仔牛だった。
「さァて……いま捌くからねェ、どこから解体しようかしらァ♪」
馬鹿でかい肉切り包丁に頬ずりしつつ、うっとり微笑む黒百合。
なぜか仔牛の横には簀巻き状態のセセリが転がされ、猿ぐつわを噛まされた彼女は「〜〜〜〜〜ッッ!?」などと声にならない声をあげている。
「あのぉ……まさか本気で、セセリさんを捌くつもりですかぁ……!?」
おろおろと訊ねる恋音。
「まさかァ……いくら私だって、悪魔なんか食べないわよォ……。でも手がすべって包丁が刺さることはあるかもしれないわねェ♪」
「ッッッ!?」
セセリは本気で泣きだしそうだ。
「まぁ冗談はそのへんで……ともあれ祝杯をあげましょう」
雫がやんわりたしなめた。
そして乾杯用のドリンクをと、冷蔵庫を開ける。
その表情が一瞬ひきつり、すぐ笑顔になった。
「ええと……カルーア部長? 私が先日購買で当てた神戸牛のステーキ肉が見当たらないのですが……知りませんか?」
「ンぶっ!? し、しらないのです!」
「本当に知りませんか? 何日もかけて温度調整して丹念に熟成させた肉なんですよ? 一枚ぐらいは覚悟してましたが、すべてなくなってるって……どういうことです? 怒らないと思うので正直に話してください」
「怒らないなら話すのです。ぜんぶ食っちまったですよ♪」
「そうですか、食べてしまったのなら仕方ありま……ああっと、うっかり手がすべってしまいました!」
「あばーっ!?」
雫の『乱れ雪月花』が炸裂して、カルーアは壁まで吹っ飛んだ。
「カルーアさん、いまこそ焼肉を! 焼肉で体力回復です!」
透次がカルビをつまんで駆けつけた。
「そ、そうなのです! 焼肉は万能薬なのです!」
「そのとおりです! 焼肉万歳! 焼肉部は不滅です!」
「不滅なのです!」
もはやこれは宗教!
こうして焼肉部は廃部の危機を乗り越え、部員たちは結束を強めた。
その部室からは毎日毎晩、焼肉の匂いとともに、哀れな悪魔っ娘の悲鳴が聞こえるという──