『中華まん開発会議室』
と書かれた紙が、調理実習室の扉に貼ってあった。
この酔狂な会議に集まったのは、17人の撃退士+一般人レジ子。
「さて始めるわよ! この冬みんなが食べたい中華まんは?」
教壇に立つ亜矢が、早速仕切りだした。
すかさず「あんまん!」と応じたのは、白野小梅(
jb4012)
「あんたはドーナツ派でしょ」
「ドーナツの次に最高の食べ物、それはあんまんだよぉ! この冬に食べたい中華まん……否、食べるべき中華まんは他にない! 異論は聞かないっ!」
「ていうか、あんまんは元々あるのよ」
「そう言うと思って、お取り寄せしたあんまんを持ってきたよぉー」
小梅が取り出したのは、大量の冷凍中華まんだった。
しかも1種類だけではない。
・つぶあんのあんまん
・こしあんのあんまん
・クルミいり黒ゴマあんまん
・安納芋あんまん
計4種類。
「あんまんだけでも、これだけ種類があるんだよぉ! どうだぁ!」
ドヤ顔で胸を張る小梅。
「フツーにおいしそうね」
「でしょ? じゃあレンジでチンしてくるねっ♪」
「まぁ待つのぢゃ」
はやる小梅を、Beatrice(
jb3348)が止めた。
美食の女王を自負する彼女は、中華まんの開発会議と聞いてチャイナドレスで参上。誰よりも気合が入っている。
「聞くが良い。わらわは古今東西、コンビニのお手軽中華まんから中華街の本格中華まんまで幅広く食べつくしてきたのぢゃ。いわば中華まんのオーソリティ。わらわを差し置いて試食会議など片腹痛いわ。良いか、これは真面目な商品開発会議。ただおいしいだけでは駄目なのぢゃ。原価や安全性も考慮した上で検討せねばならん。これほどの責任ある大役が務まるのは、わらわのみ。よって本会議ではわらわが開発チームのリーダーとなって、場を仕切らせてもらうのぢゃ!」
長いセリフが終わったとき、Beatriceの前には枯葉が一枚舞うのみだった。
「中華まん……『中華まん』ねェ……?」
思わせぶりに言うのは黒百合(
ja0422)
「なにか言いたいことでもあるの?」
亜矢が聞きとがめた。
「そんな大層なことじゃないけれどォ……『中華まん』って名称のわりには、中身がチーズとか、カレーとか、クリームチーズとか、あるじゃなァい……? そういうのも中華まんって呼ぶのかしらねェ……?」
「そんなこと言うなら、中身がタコじゃないタコ焼きだってあるわよ」
「それとこれとは違うんじゃないのォ……?」
「同じよ、同じ!」
「それは暴論ではないかね、矢吹君」
下妻笹緒(
ja0544)が異を唱えた。
その論客ぶりを知っている亜矢は、思わず身構えてしまう。
そんな彼女に発言の隙さえ与えず、スラスラしゃべりだす笹緒。
「いいかね、仮にも『中華まん』というからには中華要素が不可欠だ。ゆえに、肉まんあんまんはまだ許容できるが、ピザまんはダメだ。それではイタリアまんになってしまう。純粋なる中華まんには四千年の歴史が必要なのだ」
「でもピザまんは中華まんでしょ。現実を見なさい」
「そう。それこそが我が国の中華まん市場における、最大の誤謬であろう。かかる不見識を看過して良いものか? 我々撃退士こそが先頭に立って、この過ちを正すべきではないかね?」
「撃退士関係ないし」
「もっともだ。撃退士と中華まんの間には何の関連もない。……そこで私が作るのは、そう! パンダまんだ!」
「え? 話がつながってないでしょ、いまの」
「話はつながっている。よく聞きたまえ。パンダまんとは、横浜中華街などで見られるパンダの顔の形をした中華まんを指す。だが店先で売られるそれらの中身が肉まんやあんまんと同一のものなのに対し、私が作るパンダまんの具材は、たけのこ、そして刻んだ笹になる。正直味に関してはそこまでうまいものとはならないだろう。……だが、それで良いのだ。四千年の歴史は、常に甘くはなく、ときに苦く、ときに辛いものだったはずだからな」
「どこが話つながってるのよ……」
聡明叡智・変幻自在・奇々怪々なる笹緒の話術には、亜矢も反論の術なし!
「あの、ちょっといい……?」
おずおずと亜矢に話しかけたのは、深川蛍(
jb5400)
どこか影の薄い少女だ。
「なによ」
「ええと……これって真面目な会議だよね?」
「もちろんよ」
「いま聞いてて思ったんだけど、記録係が必要じゃない? よかったら私が書記を務めようかなって」
「別に必要ないけど記録するのは自由よ」
「じゃあやらせてもらうね。絵を描くのは好きだから、みんなの意見をスケッチで残そうと思うんだ。あとで検討するとき便利でしょ? 私もみんなの役に立ちたいし」
「『スケッチ』ね……。まぁ好きにすれば?」
「ありがとう。がんばるね」
蛍はふんわり微笑んだ。
その邪気のない笑みに、亜矢も毒気を抜かれてしまう。
そのころ、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は真剣に中華まんを作っていた。
今回は奇をてらわず、選んだのはチョコまん。冷たいチョコレートムースを餡にして、皮には溶かしたチョコを混ぜたスポンジを使用。いたってマトモなスイーツ中華まんだ。
が、それを見た亜矢は口元を捻じ曲げて言う。
「見た目は普通だけど……どうせゲテモノなんでしょ」
「心外ですね。チョコまんはコンビニでも販売されている定番商品ですよ? もっとも『中華まん』のカテゴリに含められるかは微妙ですが……今回は誰が食べても普通においしいはずです」
「あたしはいらないから。こっちの書記係に食べさせて」
亜矢が蛍を指さした。
「え……?」と、不安げになる蛍。
「まぁそう言わず。是非おひとつ!」
エイルズは素早く間合いを詰めると、亜矢の口にチョコまんをねじこんだ。
「ぐぼッ!?」
突然の不意打ちに、おもわず光纏する亜矢。
だが、その2秒後。亜矢の表情が緩みだした。
「お、おいしい……!?」
「そうでしょう、そうでしょう。料理にチョコを使用して、まずいわけがありません。いつだったかのおでんも本当おいしかったのに、みなさん食わず嫌いが激しすぎました」
うんうんと頷くエイルズ。
「いや、チョコおでんは本当にまずかったからね!?」
「ははは、ご冗談を」
「冗談じゃないわよ!」
ともあれ、チョコまんは普通においしかった。
商品化は十分にアリだ。
そのとき──
「亜矢ちゃーん! レンチンしてきたよぉ!」
小梅があんまんを抱えて駆け寄ってきた。
危険を察して身構える亜矢。
「熱々のうちに食べてね! まず粒餡のあんまん!」
「文字通り甘いわよ!」
口元めがけて押し込まれそうなあんまんを、亜矢は華麗に回避した。
熱々あんまんは狙いをそれて、たまたま亜矢の後ろにいたBeatriceの口にIN!
「熱ッ! 甘ッ! でもおいしいのぢゃ!」
「そうだよぉ! あんまん最高だよぉ! あんまん凄いよぉ! あんまぁい!」
自らもガッツリあんまんを貪りつつ、大騒ぎする小梅。
毎度のことながら、今日は特にテンションがおかしい。
そこへエイルズが割って入った。
「あんまんも結構ですが、チョコまんには及びませんね。この洗練されたチョコレートの味わい……完璧です」
「あんまんを馬鹿にする人は許さないよぉ! くらえ、あんまんアターック!」
小梅はあんまんを半分に割ると、瞬間移動して熱々の餡子をエイルズに押しつけた。
しかし、あえて正面から受け止めるエイルズ。
しかも熱々あんまんを口に突っ込まれながら、平然と咀嚼しているではないか!
「こんなこともあろうかと、前もって冷たいチョコまんで口の中を冷やしておきました。あんまんよりチョコまんのほうが優秀であることが、これで証明されましたね」
エイルズはクールに告げると、一方的にチョコまんの勝利を宣言した。
が、小梅は諦めない。
「あんまん最強ぉ!」
「いえ、チョコまんが最強です」
第2ラウンドをはじめる二人。
キリがないので次へ行こう。
「さて……久々ね、一緒に料理するのは」
和服に襷という衣装で、ユキメ・フローズン(
jb1388)は妹に微笑みかけた。
他人には滅多に見せない表情だが、身内なら別だ。
「そう……ですね……今日は……楽しみましょう……」
静かに応えながら、秋姫・フローズン(
jb1390)も微笑み返す。
ふたりとも料理は得意だ。ただ、和食を手のものとするユキメに対して和洋中すべてに精通する秋姫のほうが、今回のお題については一歩リードしているかもしれない。
だが勿論ふたりの間に勝負の概念はなく、ただ楽しんで料理するのみだ。
「それじゃ調理開始よ」
ユキメがまず作るのは、ミルクプリンまん。
その名のとおり、ミルクプリン味の餡を生地で包んだ一品だ。
生地にも一手間加えてあり、スイーツとしての出来は上々。
「なにか……似たようなものを……作ってます……ね」
秋姫が作ろうとしているのは、カスタードプリンまんだった。
こちらも文字通り、カスタードプリンの餡を生地で包んだ物である。
なんの打ち合わせもなかったのに似たような作品を作ってしまうあたりが、仲良し姉妹なのかもしれない。
「二品目は和風よ。すき焼きまんを作らせてもらうわ」
ユキメが長葱を刻み始めた。
さらに牛肉と白滝を用意して、鍋で煮込む。
「私は……チーズハンバーグまん……を」
秋姫は完全に洋食志向だった。
ミニサイズの手ごねハンバーグをデミグラスソースとチーズで覆い、生地に包んだ料理。
「そんなもの、おいしいに決まってるわよ!」
けしからんわと、亜矢が殴り込んできた。
「うん、おいしいに決まってるよね」
ノートにメモしながら、蛍が同意する。
「待て、冷静になるのぢゃ。実食してみるまでは何もわからん」
さすがにBeatriceは落ち着いている。
「じゃあ試食おねがいね」と、ユキメ。
「私も……おねがいします……」
姉と同じように、秋姫も中華まんを差し出した。
が──試食するまでもなく、おいしいに決まってるんだ!
「どうかしら。味の感想を聞かせてくれる?」
ユキメが言った。
「感想も何も、おいしいわよ!」
亜矢が言い、Beatriceと蛍がうなずいた。
「私のほうは……どうですか……?」
不安げに訊ねる秋姫。
「だから、おいしいってば!」
ヤケクソじみて答える亜矢。
そもそも蛮族レベルの味覚しか持ってない亜矢に料理の感想を訊くのが間違いだが──Beatriceや蛍に訊いても特に改善点が出てこないため、これはこれでもう完成品なのであった。
「中華まんですか……。すでにアイディアが出尽くして、目新しい案が浮かびませんね」
などと言いながらも、雫(
ja1894)は試作品を作っていた。
完成したところで亜矢を呼び寄せ、「ぜひ試食を」と告げる。
が──
「食べないわよ、あんたの料理なんか!」
亜矢が怒鳴った。
それを見た雫は、意外そうな表情を浮かべる。
「そんなに警戒しなくても良いのでは……。こう見えても料理には多少自信があるんですよ? 心配は無用です。甘味系でなければ大丈夫ですから」
「あんたが今までアタシにしてきたことを考えたら、いくら警戒したって足りないのよ!」
「それはお互い様ですが……ともあれ食べてもらわないと話が進みませんよ?」
「ちっ」
亜矢が舌打ちした。
出てきたのは3種類の中華まん。
どうせなのでと、亜矢、蛍、Beatriceの3人で分けて同時に食べてみる。
「これは……きんぴらごぼう?」と、亜矢。
「はい。濃い味つけで意外に合うと思いますよ」
「たしかに悪くないわね」
「あふっ、あつっ」
蛍はやたら熱そうに中華まんを頬張っていた。
中身は餅だ。ピザみたいに伸びて見た目にはおいしそうである。
「どうですか? 醤油で味つけした餅を入れてみたのですが」
雫の問いに、蛍はハフハフ言いながら「熱いけどおいしいよ」と一言。
そしてBeatriceが引いたのは──
「これは虫まんぢゃな?」
「はい。蒸しパンから発想を得ました。味はなかなかかと思います。……しかし全然驚いてませんね」
「世界の美食を食べつくしたわらわを甘く見るでないのぢゃ。昆虫食など普通なのぢゃ」
「そうでしたか。ちなみに具材は、ざざむしと蜂の子で甘辛い餡にした自信作です」
「むしろ高級食材ぢゃのう。商品化は厳しいのぢゃ」
冷静に評価するBeatrice。
最初に言ったとおり、彼女は真剣に中華まんのことを考えているのだ。
(いまだにわからないのだけど、なぜピザまんを『中華まん』と呼ぶのかしら? どこも中華じゃないのに)
蓮城真緋呂(
jb6120)は無言の問いを繰り返していた。
『中華まん』の呼び名に関しては、笹緒や黒百合も問題点として取り上げている。
もしかすると、これは中華料理の根幹を揺るがす難問なのかもしれない。
「そんなわけで、基本に返って庶民の中華を取りそろえてみたわ。『庶民な中華』といえば炒飯よね! 名付けて炒飯まん!」
えらく直球な名前を、真緋呂は口にした。
その衝撃に、周囲がザワつきだす。
「炒飯×中華まんだと……?」
「炭水化物×炭水化物……」
「糖尿病……生活習慣病……」
「関西人……」
ろくでもない言葉が飛び交う。
いや『関西人』が『ろくでもない』ってのは語弊があるな。
しかし真緋呂は怯まない。
「え? 炭水化物の皮に炭水化物のごはんを入れるのかって? 入れてもいいでしょう? ラーメンライスとか、お好み焼き定食とか、たこ焼き定食とか、焼きそば定食とか……『炭水化物×炭水化物』メニューはいくらでもあるじゃない!」
この言葉に、一部の炭水化物愛好家から拍手が贈られた。
その後押しに乗って、真緋呂は自信の中華まんを公開する。
「まずは基本の炒飯まん。次に五目炒飯まん。あと海老炒飯まんに、蟹炒飯まん、レタス炒飯まん、高菜炒飯まん……そうそう、炒飯炒飯まんも忘れちゃいけないわ!」
延々と炒飯を語る真緋呂。
ちなみに炒飯炒飯まんというのは、炒飯を炒飯にして中華まんの具材に仕立て上げた、炒飯of炒飯にして中華まんof炒飯である。
「ようするに炒飯だけだよね?」
亜矢が冷静にツッコんだ。
よりによって亜矢にツッコミ入れられるようでは、真緋呂もヤキが回ったものだ。わりと最初から回ってたかもしれないが。
「私が炒飯だけかって……? 甘く見ないで。じゃあこれよ、キムチ炒飯まん!」
「やっぱり炒飯!」
「なにか文句あるの? じゃあこれよ、ピザまんチックな亜種からの流れで……チーズリゾットまん!」
「やっぱり米!」
「なにか文句あるの!?」
「文句はないっていうか……どれも普通においしそうなんだけど!?」
「『おいしそう』じゃなくて『おいしい』のよ。食べればわかるわ」
そして食べてみれば実際おいしいので、だれも文句のつけようがないのだった。
ぐつぐつぐつ……
なにかを煮込む、心地良い音が響いていた。
実習室の片隅で、鴉乃宮歌音(
ja0427)が大きな鍋を火にかけているのだ。
白衣にメガネという科学者みたいな服装なので、なにやら危ない実験でもしているかに見える。とても料理人に見えない。
「ちょっとアンタ、なにやってるのよ」
爆発事故でも起こされてはかなわないと、亜矢が注意した。なにしろ久遠ヶ原では爆発事件が日常的に発生しているのだ。
「ん? おでんを煮込んでいるだけだが、それがなにか?」
歌音はクールに答えた。
「おでん! いいわね! ……じゃなくて! 今回のお題は中華まんよ!?」
「わかっている。このおでんを中華まんに仕立てる手筈だ。冬といえばおでんの季節でもあるし、牛すじの煮込みを詰めた『すじまん』とか、とてもいいと思うんだ。すっきり和風ダシで味つけしてな」
「牛すじの肉まん……おいしそうね」
「だろう? これに、大根、しらたき、ちくわを加えて『おでんまん』なんてのも良いと思わないか? この季節、コンビニで中華まんとおでんのどちらを選ぶか迷うことがあるだろう? おでんまんなら、その悩みも解消だ」
「それはアリね! 早速試食よ!」
「まぁ待て。牛すじはよく煮込んだほうが味が出る」
「そうね。じゃああとで、みんなで試食よ」
「どうやら皆さん、味のことばかり考えて肝心なことを忘れているようですわね」
周囲を見回して、満月美華(
jb6831)は呟いた。
「でしょ! みんなコロッケまんを忘れてるのよ!」
見当はずれな方向で同意する亜矢。
「そうではなくて……中華には医食同源の思想がありますわ。そこで私は漢方の手法で健康的な肉まんを作ることにしましたの」
「漢方?」
「ええ、まずこちらは栄養価重視の『兵糧まん』……そしてこちらが身体を活性化させる『活力まん』ですわ」
「激マズッ!」
一口食べて悲鳴をあげる亜矢。
「これはいかんのう。ひどく薬品くさいのぢゃ」
Beatriceの評価も最悪だ。
「その二種類は薬品に近いものなので仕方ありませんわ。でもこちらの『満腹まん』はおいしいですよ」
美華が三つめの中華まんを差し出した。
「どういう中身なの?」と、亜矢。
「食べるとおなかの中で膨らみ、たった一個で満腹感を得られるダイエット食品です」
「それ、ほかの誰よりもアンタが食べるべきじゃない?」
「それはそうかもしれませんね……」
「でもダイエット食品ってのは面白いかも? あとでみんなの意見聞いてみよう」
珍しくマトモなことを言う亜矢。
そんな具合にオリジナル中華まんを作成する撃退士たちの中で、月乃宮恋音(
jb1221)は一風変わったアプローチを模索していた。
彼女が用意したのは、肉まん、ピザまん、あんまんの3種類。しかもレジ子の購買で売られている商品だ。
「これ、うちで扱ってるやつよね? どういう路線なの?」
レジ子が訊ねた。
「えとぉ……これはですねぇ……。コンビニのフライドポテトで、シーズニングが選択できるものが、ありますよねぇ……? そこからヒントを得て、こういう形を提案してみましたぁ……」
恋音がテーブルに並べたのは、3種類の中華まんに適応した各種トッピング。
そして説明が始まる。
「えとぉ……肉まんは、ある程度しっかり食べる方が多いと想定して……タルタルソース、食べるラー油、餃子のたれ、しそドレッシングを……。ピザまんも同様に考えて……タバスコ、バジルソース、ペッパーソースを、ご用意しましたぁ……」
「うちでも醤油と辛子は付けてるけど、これは有りかも」
「おぉ……そうですかぁ……。あんまんには、比較的お手軽なスイーツとして食べる方が多いと見て……バター、オレンジマーマレード、いちごジャム、粒チョコを添えてみましたぁ……。いずれも、巷のアンケートなどで、人気のある組み合わせですぅ……」
「トッピングで幅を広げるのは手軽でいいわね。これ採用かも」
レジ子の視点から見ると、恋音の案は手堅い路線だ。
「みんなの中華まんを色々と見てまわったけれど……どう考えてもフルーツ分が足りないと思うの! そう、フルーツ分が!」
妙なことを言い出したのは、天願寺蒔絵(
jc1646)
なにやら神々しいオーラを漂わせる彼女だが、じつはフルーツやスイーツが大好きな普通の女の子なのだ。
「というわけで、あたしが提案する中華まんは……」
やけに勿体ぶって『溜め』を作る蒔絵。
そして右手に中華まんを掲げながら言う。
「まずは、いちご大福まん! 煮詰めた苺ペーストをあんこと求肥でくるんだ、定番和菓子のアレンジよ!」
と言いながら、自分で食べてしまう蒔絵。
しっかり食べきってから、次の作品を紹介する。
「ふたつめ! マンゴープリンまん! 隠し味に練乳を使用した、マンゴープリン風味のクリームまんよ! う〜ん、トロピカル♪」
これまた紹介しながら、普通に自分で食べている。
1個きっちり食べ終えたら、次へ移行。
「そして三品目! ブルーベリーチーズケーキまん! とろ〜りクリームチーズに甘さ控えめのブルーベリージャムを加えた、おしゃれな洋菓子中華まんよ!」
これも当然、紹介しつつ食べている。
さっきから食べながらしゃべってるので、口のまわりはクリームやら何やらでベタベタだ。見方によってはエロい。
まぁ試食に来てるのは、亜矢、レジ子、蛍、Beatriceの女性陣4名なので、そのエロスには何の意味もないのだが。
「む? この巨大な代物は何なのぢゃ?」
Beatriceが目をとめたのは、枕サイズの中華まんだった。
それも1個や2個ではない。ピラミッド状に積み上げられたそれは、テラ盛りなんて言葉でも生ぬるいレベルだ。
「それは大型オマール海老で作ったエビマヨまんよ」
「えらい量ぢゃのう。常軌を逸しておる」
「ああ、うん……最近引き受けた依頼で色々あって海老を大量に引き取ったんだけど……さすがに毎日三食オマール海老は飽きちゃったのよね。というわけで、おねーさん食べてかない?」
「では、みんなで分けて食べるかのう」
ちなみに味は普通においしかった。ツッコミようがない!
(きゃはァ、中華まんの新商品開発かァ……どんなのを作りましょうかねェ♪)
黒百合はかなり浮かれていた。
が、作る中華まんのイメージは最初から固まっている。
すなわち『ブラッドまん』
一部の種族(吸血系天魔)限定の、いささかアレな商品だ。
中身は、肉やトマト、赤ピーマンなどをじっくり煮込んだ具材。
見た目には、トマトソースの煮込みっぽくて良い感じだ。
が、その味は人間の血液風味というゲテモノ。
黒百合は実際に人間の血を啜っており、味を再現するのは難しいことではない。
「……って誰が食べるのよ、そんなの!」
ここぞとばかりに亜矢がつっこんだ。
「言ったでしょォ……吸血系の天魔に買ってもらうのよォ……?」
「どこにいるの、そんな人! あんた専用のレーションでしょ!」
「私以外にも何人かいるわよォ……?」
「商売にならないわよ!」
「お金よりも大切なコトって、あると思わなァい……?」
「ない!」
無意味な口論を続ける二人。
言うまでもなく、ブラッドまんが商品化されることはないだろう。
そのころ。染井桜花(
ja4386)とアメリア・カーラシア(
jb1391)は、淡々と作業を続けていた。
アメリアはチャイナカフェ『赤猫』の経営者。すなわち中華のプロだ。桜花も赤猫のスタッフであり、両者とも腕は確かである。
今日は赤猫の新作メニュー作りも兼ねての参加。
使っている調理器具や食材が、あきらかにプロ仕様だ。
そんなアメリアが作っているのは、エビチリと東坡肉。
桜花はアメリアをアシストしながら、中華まんの生地を練っている。
「……店長……生地はできた」
「うん、良い感じだよ、ありがとう〜」
桜花の手元にある生地を目で確認しつつ、スピーディーに調理作業を進めるアメリア。
その間に、桜花も自分の料理を形にしてゆく。
彼女が作っているのは、回鍋肉とチンジャオロース、そしてエビマヨだ。
いずれも本格的で、この一画だけ完全に中華料理店の厨房と化している。
そのまま食べても美味確実な料理ばかりだが、本日はこれを中華まんの具にしてしまうという贅沢ぶり。もはや暴挙に近い。
「……完成」
じきに各種中華まんが蒸し上がり、桜花は蒸籠の蓋を開けた。
と同時に、食欲を刺激する香りが辺り一面にあふれだす。
「またアンタらね! さぁ試食させなさい!」
匂いをかぎつけて、亜矢が駆け寄った。
Beatriceと蛍、レジ子が後に続き、真緋呂が自分の持ち場を放置して走ってくる。
そして始まる、春の中華まん祭り。
「これは……回鍋肉まんね! おいしすぎてけしからんわ!」(亜矢)
「これはエビチリまんぢゃな。ぷりぷりのエビとチリソースの共演が絶品ぢゃ」(Beatrice)
「こっちはエビマヨまんかな。おにぎりの定番だけど中華まんにしてもおいしいね」(蛍)
「このチンジャオロースまん、濃い味つけでビールがすすむわ〜♪」(レジ子)
「もぎゅもぎゅもぎゅ! まぐまぐまぐ! はぐはぐはぐ!」(真緋呂)
両手に二種類の東坡肉まんを持って、真緋呂は一心不乱に食べていた。
ノーマルな東坡肉と、カレー風味の東坡肉だ。
ちなみに先ほどの真緋呂のセリフを翻訳すると、こうなる。
「本格中華の東坡肉まんもいいけど、B級グルメ風のカレー味も悪くないわね! おかわり!」
「……あ、そうそう。赤いのは私のおやつだから、気をつけてね〜」
アメリアが注意を促した。
これは──いつもの激辛卒倒フラグ!
だが真緋呂にそんなフラグは通じない。っていうか普通にモグモグ言いながら完食してる。
「うむ、これは辛いのぢゃ。脳天に突き抜けるような美味ぢゃのう」
Beatriceもまるきり平気な顔だ。
そんな中、一番フラグを知ってるはずの亜矢は激辛中華まんトラップに引っかかって「ぎゃああああ!」とか言いながら悶絶してるのであった。馬鹿かも。
ともあれ、『赤猫』新作メニューは大好評だった。
「ねぇ、みんな」
そんな試食の旅の途中で、唐突に蛍が亜矢たちを呼び止めた。
「なんぢゃ?」と、Beatriceが振り返る。
「ここまで色々と試食してきて思ったの。私も自分なりの中華まんを作ってみたいって」
「ほう、なにか考えがあるのぢゃな?」
「うん、料理は得意じゃないけど……さっき閃いたアイディアがあるの」
「聞かせてみるが良い」
「いまは秘密! 食べてみてのおたのしみだよ!」
そう言うと、蛍は笑顔で調理にとりかかるのだった。
──という具合に場は進み、やがて参加者全員の中華まんが出揃った。
和洋中はもちろん、本格的な一品料理から手軽につまめるスイーツまで、まさに多種多彩。
「これは審査するのも一苦労ね。とりあえずみんなの意見を聞こうかしら」
レジ子が壇上で言った。
忘れがちだが本件の依頼人は彼女だ。亜矢ではない。
「あんまん最高だよぉ!」
待ってましたとばかりに小梅の叫びが返ってきた。
「いいえ、チョコまんこそ最高です」
冷静に応じるエイルズ。
ふたりとも、全身チョコまみれ餡子まみれだ。
「待ちたまえ諸君。さっきも言ったが、中華を名乗るからには四千年の歴史が欠かせないのだよ。すなわちパンダまんこそが最強! 至高にして究極!」
笹緒がいそいそとパンダまんを並べた。
「おでんまんも試食してみてね」
と、よく煮込まれた牛すじおでんまんを披露する歌音。
「みんな、ぜひ食べてって! オマール海老のエビマヨまん! あたしを助けると思って!」
蒔絵は必死だった。この機会に冷凍庫の中を片付けたいのだ。
「ブラッドまんもあるわよォ……新鮮な生き血の味がする中華まん、ひとつどうかしらァ……?」
ニタリと微笑みながら、見た目にもアレなブツを並べる黒百合。
もちろん誰も手を出さないよ!
そんな感じで、試食会は楽しく賑やかに行われた。
今回は良識ある人々が集まったのか、殺人料理や爆発物は出てこない。それどころか全体的においしいものばかりだ。
とりわけ中華喫茶赤猫の本格中華まんは人気が高い。
恋音のトッピングもアイディアの勝利と言えよう。
しかし、これだけ種類があると簡単に意見はまとまらない。というか、みんな食べてばかりだ! とくに酢昆布の人!
そのとき、『ボンッ!』という爆音が響いて、机や食器が盛大にひっくり返った。
見れば、まちがえて『満腹まん』を口にしてしまった美華と恋音が巨大な肉塊になって転がっている。
冷静に考えれば大事故だが、冷静に考えていつものことなので誰も驚かない。訓練された撃退士はこの程度で動じないのだ。
「うーん、このままだとグダグダね」
レジ子が頭を掻いた。
「ふむ……こういうときは基本に立ち返るのぢゃ」と、Beatrice。
「つまり? どうすればいいの?」
「うむ。今回わらわは全ての中華まんを試食したわけぢゃが……たしかにパンダまんや満腹まんなどの変わり種は面白い。が、最終的に売れるのはスタンダードなものに落ち着くぢゃろう。高級本格中華まんも、庶民の学生には手が出しにくいのう。開発投資も馬鹿にはならん。リスクが高すぎよう」
「それはそうね。だったら恋音のトッピング案はどう?」
「あれも一案ではあるが、必然的に価格を上げねばなるまい。それに結局『肉まんには辛子と醤油』という結論になるのが予想できる」
「あー、そうかも」
「そんな具合に熟慮した結果、わらわは炒飯まんを推すのぢゃ。『炭水化物×炭水化物』の破壊力は誰にもわかりやすく、コストも安く上がるであろ? なにより商品としてわかりやすいのが魅力ぢゃ」
「そうね、B級グルメとして行けるかも。実際おいしかったし。……よし、それじゃ新商品は炒飯まんに決まり!」
レジ子はきっぱりと結論を出した。
が、そのとき。
「あの……私の中華まんも食べてみてくれないかな」
蛍が皿を持ってきて、レジ子たちの前に差し出した。
「それはいいけど、炒飯まんに勝つのは難しいよ?」
「うん、わかってる。でもせっかく作ったから……」
「じゃあいただくね」
レジ子は蛍の中華まんを手に取ってかじった。
Beatriceも続いて試食に入る。
そして──
すぐに二人は驚いた。
「「まさか、これは……!」」
目を見開いてハモるレジ子たち。
「そう、見てのとおり……具材なしの中華まんを、私は提案するよ」
蛍が堂々と言い放ち、レジ子とBeatriceは互いの顔を見合わせた。
「これは……有りなの!?」
「有りか無しかで言えば、おおいに有りぢゃのう。コストもかからん」
「でも、食べても食べても皮なのよ!?」
「中華まんの皮が好きという者も少なからずおる。これは……いわば塩むすびのようなものぢゃ」
「塩むすび! それなら納得!」
なにか妙に盛り上がる二人。
そこへ蛍が言う。
「ちなみに商品名は……いまお二人が驚いたとおり『ビックリまん』で」
「それは有りなの!? 著作権的に!」
大声を上げるレジ子。
どう考えても『無し』である。
──というわけで、蛍の提案は後日『プレーンまん』という商品名で発売されることになった。
ジャンクな『炒飯まん』と並んで、売れ行きは好調だという。