その日。ガールズメタルバンドのPV作成という依頼に、7人の女子が集まった。
少々めずらしい内容の依頼に、メンバーも興味津々だ。
「メタル……知り合いのおにーちゃん達が演ってるヤツだねっ☆ ユウはロックとかパンク、ポップスは歌うけど……メタルは初めて! どんなPVになるのか、どんな音楽になるのか、たのしみ♪」
だれよりも良い笑顔を見せるのは、ユウ・ターナー(
jb5471)
正真正銘の現役アイドルだ。これは心強い。
「メタルといえば、まずは俺がいなくちゃ始まるめー」
当然のように言うのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
学園一のメタル好き……もとい存在そのものがメタルダーな彼女は、嬉々として参加。音楽の造詣は深くないが、学園のアイドルコンテストに参加するなど草の根活動はしてるので素養はある。
「アイドル撃退士メタルバンドのPV撮影やな? ほなギターが得意なうちに任せとき!」
やる気満々でギターを掲げるのは、黒神未来(
jb9907)
ラメ入りの紫色に髑髏や棺桶がデコられた、超悪趣味なWネックギターだ。
かつて非業の死(ステージダイブで転落死)をとげた、モーラー乂なる男の遺品である。
「あのぉ……今回、私は裏方にまわりますねぇ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)は、おずおずと手をあげた。
とくに反論もなく、バンドのメンバーは6人に。
「よーし、作戦会議だ。おまえらのやりたい音楽を言え」
にわかP・チョッパー卍が、教壇の上から言った。
「では……女の子だらけのメタルですし、強さを全面に押し出したスラッシュメタルが良いのではないかしら」
迷いなく提案したのは、咲魔アコ(
jc1188)
そのまま、他の提案も反対意見も出てこない。
「じゃあスラッシュで進めるぜ? そっちの姉ちゃんは初対面だが意見ねぇか?」
「あ、はい。音楽は好きですけど、ジャンル言われてもわからないので……」
問いかけられて、薄陽月妃(
jc1996)は答えた。
まだ学園に来て日の浅い彼女は、興味本位での参加だ。
「じゃあ次だ。曲はどうする? だれか作詞作曲できるか?」
「はーい! 歌詞はユウにまかせてっ☆」
すごい勢いでユウが手をあげた。
ほかに立候補がいないので、作詞担当は決まり。
作曲担当は誰も挙手しなかったため、卍に押しつけられた。これは少々まずい。
「次にパート分けだ。あとバンド名は考えてきたか?」
「俺はボーカルをやらせてもらうぜ。バンド名は『ヘビーメンタル』ってのはどうだ?」
躊躇なくラファルが言った。
「勿論うちはギターを弾かせてもらうで! バンド名やけど『Las Ingobernables(ラス・インゴベルナブレス)』っちゅーんはどうやろ」
未来の提案にも迷いがない。
「……私も、ギターをやらせてもらう。……バンド名は……とくに、思いつかない」
様子を見ていた染井桜花(
ja4386)が、ぽつりと発言した。
「ユウはボーカル希望! デスボもハイトーンも頑張るよッ☆」
ユウが元気よく手をあげて、ラファルは「おーし、ツインボーカルだな」とサムズアップ。
「私もギターを担当したいのですけれど……トリプルギターは多すぎるかしら? あとバンド名は『Starlight Murderer』とか……あ、いえ別に良いのよ、忘れてちょうだい」
言うだけ言って、自分の提案を否定するアコ。
「えとぉ……私は、キーボードの打ち込みなら……」
恋音が手をあげた。
が、「スラッシュにkeyはいらねーだろ」と無下に却下する卍。
「となると、ベースとドラムがあいてますね。ではベースを引き受けましょう」
話の流れを見て、月妃はパートを埋めるように動いた。
好き勝手に発言する者が多い中、かなりの気遣いである。
その後、桜花がドラムの打ち込みをまかされ、バンド名はラファルが提案しなおした『スクールガールブレイカーズ』に決まった。「それぐらい直球なほうがいい」という卍の判断だ。
そして会議の結果、PVは演奏シーンと戦闘シーンで組み立てることになり、間奏部に戦闘をはさむ形に収まった。
恋音の提案で、編集や撮影の観点から戦闘撮影はVBCを利用。演奏には通常のスタジオを借りることになった。
さらに内容を詰めたところ以下のような内訳に。
・ラファル:Vo/変形バトル
・ユウ:Vo/作詞/熱愛バトル
・未来:G/プロレス!
・アコ:G/悪魔キャラ
・月妃:B/衣装/クール担当
・桜花:G,Dr/バイク戦闘
・恋音:編集/演出
「カオスだな。プロレスとかバイクとか……まとまるのかコレ」
卍が呟いた。
「なに言うとるん。メタル好きにはプロレスファン多いし、見せるバトルっちゅーたらプロレスやろ」
と、未来。
「……メタルといったら……バイク」
桜花も引く気はないようだ。
たしかにメタルとバイクとプロレスは相性が良い。いずれの愛好家も『頭が悪い』という共通項を持っている。(誉めてます)
「まぁ編集作業は卍と魔王様に任せて、俺たちは自由にやろうぜ」
気軽に言うラファル。
「魔王というのは……私のことでしょうかぁ……。うぅん……うまくまとまると、良いのですけれどぉ……」
恋音は自信なさげだが、こういうカオス状態をまとめるのには定評がある。というか、ほかにまとめる人がいない!
「では早速、衣装作りに取りかかります。学生らしく制服を改造……でいいんですよね?」
月妃が訊ねた。
「ユウの衣装はミニスカートにしてねっ☆ あとメタルっぽく、クラッシュとグランジをかけて♪」
迷わず注文するユウ。
「うちはプロレスやから、レスリングシューズとレガース用意してもらおかな。あとオープンフィンガーグローブや」
未来の注文も迷いがない。
「……私は……和風の衣装で」
桜花の注文は、単純だが難しい。
ラファルとアコの衣装は月妃まかせ。
土台となる制服は最初から用意されてあるとはいえ、かなりの作業になるだろう。
「ベースの練習も必要なことを考えると、厳しいスケジュールですね……」
月妃は指を折って日程を数えた。
「別に弾けなくてもいいんだぜ? どうせ編集するんだから」と、卍。
「いえ、PVとはいえちゃんと弾けないといけません。本番まで練習あるのみです!」
──数日後。衣装や歌詞、撮影現場の確保など全ての準備が整い、撮影が始まった。
だが、その模様を余さず記録するのに、この報告書は狭すぎる。
というわけで、編集作業を経た完成版のPVを見てみることにしよう。
これは決して手抜きではない。みんなの行動がバラバラすぎて収拾つかなかったんだ!
「御託はいいから、さっさと見ようぜ」
ラファルが言った。
ここは視聴覚室。
メンバーはそれぞれ席について、プロジェクターの画面を見ている。
「うぅん……では、再生しますよぉ……?」
恋音はノートPCを操作すると、『PV完成版』ファイルを実行した。
照明の落された視聴覚室に、不穏な曲が流れだす。
最初のシーンは薄暗い廊下だ。
6人のメンバーはギターやベースをひっさげて、ゆっくり教室に向かっている。
まだ歌は始まらない。5分の曲なのにイントロが1分もある。前奏が無駄に長いのはメタルの特徴だ。曲想が古臭いのは卍に作曲をまかせたせい。むしろ二周ぐらいして新しく聞こえるかもしれない。
ギターとベースのイントロが終わると、場面転換。
画面は明るくなり、片づけられた教室に6人が集まって、一斉に演奏を始める。
画面下には、『恋せよ乙女/スクールガールブレイカーズ』の表示。
センターに立つのは、ラファルとユウだ。
片思いの少女をテーマにした歌詞が、ふたりの歌声で編み上げられる。
それを取り囲むように陣取るのは、アコ、未来、桜花のトリプルギターと、静かにリズムを刻むベーシスト月妃。
衣装はまちまちだが、色だけは統一されているので一体感はある。
一番目立つのは、思い切りスカートを短くしたユウ。
和風衣装の桜花と、プロレススタイルの未来も、かなりの存在感だ。
アコは悪魔めいた微笑を浮かべながらデスメタル仕込みのギターを掻き鳴らし、月妃は目を閉じて軽く体を揺らしつつへヴィーなリフを叩きつける。
全体的に単純でストレートな曲だ。
詞もわかりやすい。すこし(かなり?)ストーカーっぽい片恋少女の想いが、パワフルなスラッシュの旋律に乗って歌い上げられる。演歌好きのラファルは盛大にコブシをきかせており、情感たっぷりだ。
演奏には全く問題ない。多少問題のあった箇所も修正済みだ。
曲は一直線に突き進み、打ち込みのツーバスが速度を増して走りだし──サビに入ると同時に場面が切り替わった。
場所は校門前広場。
屋外ライヴをしている形の6人に、どこからともなく湧き出した敵が襲いかかる。
その陣容は、理科室の骸骨、アナトミー人形、走る金次郎像……etc。
いずれも『学校』を想起させる相手だ。
迎え撃つブレイカーガールズは、すこしも慌てず演奏を続ける。
「スキスキスキスキ☆」
歌いながらユウは闇の翼を広げ、
「今にも踊りそう!」
ラファルが前に出て体の一部を変形させた。
巨大化したスピーカーやアンプがズラリと背後に展開し、爆音を轟かせる。
「ドキドキドキドキ!」
「今にも叫びそう!」
ラファルの歌声が敵を切り刻み、ユウの放った弓矢はハートのエフェクトを散らしながら敵を射抜く。
「「キミのこと 考えると 居ても立っても居られなくて☆」」
ふたりの声が揃ってハモり、骸骨や人体人形を吹き飛ばした。背景には炎の嵐。
何が何だかわからないバトルだが、恋するストーカー少女の勢いだけは十分だ。
この間、月妃は淡々とリズムを刻みながら人形の群れに突撃して舞うように戦っている。
アコは翼を広げて悪魔らしい姿を見せつけつつ、ギターの音色で攻撃。
骸骨が粉砕され、金次郎像が崩れ落ちる。
ここで科学室の甲冑が登場。撃退士たちの攻撃を跳ね返しながら肉薄する。
と同時に、曲は間奏へ。
疾走するツーバスと同調するように、黒塗りのバイクが爆音を噴き上げた。
桜花の愛車『月華』だ。
「……参る」
和風の制服をなびかせながら、甲冑騎士の周りをサークリングしつつ『五月雨』で弾丸の雨を降らせる桜花。
「……私の愛を受け取れ!」
甲冑騎士は全身穴だらけになって倒れた。
が、敵は次々湧いてくる。
弾丸を撃ち尽くした桜花は、ひらりと月華を降りた。
そして五月雨を放り投げ、チェーンソー状の大剣『大百足』を手に取る。
そのまま神速で距離を詰め、片っ端から敵を斬り伏せる桜花。
「……(愛の)獣は……いま目覚める」
セリフと同時に書き文字のカットインが入り、敵は爆発四散!
ギュィィィィン!
ギターのフィードバックが空間を切り裂いた。
その響きとともに現れたのは、巨大なドラゴン。
ただのドラゴンではない。その体を構成しているのは、『好き好き好き好き……』と無数に書き殴られた紙切れ、愛しの彼以外の顔が塗りつぶされた集合写真、そして愛しの彼から盗んだ私物などの寄せ集めなのだ。シュール!
「よっしゃ、うちにまかせとき!」
未来は両手のグローブを打ち合わせると、躊躇なく飛びかかった。
そこへ、火焔ブレスが浴びせられる。
「しもたぁぁ!」
予想外の攻撃に、倒れる未来。
続いて桜花とアコが突撃するも、あえなく返り討ちに。見かけによらず強敵だ。
ここで間奏は終わり、曲は再びサビに入る。
「スキスキスキスキ」
「今にも狂いそう!」
「ドキドキドキドキ」
「今にも壊れそう!」
一節ごとに変形を繰り返すラファル。
ユウは激しくヘッドバンギングしながら『髪芝居』で敵を拘束する。
が、彼女らも返り討ちだ。
地面に倒れる、5人の撃退少女たち。
勝ち誇るようにドラゴンが咆哮する。
そのとき。黙々とベースを刻んでいた月妃が、素早く迫った。
襲いかかるドラゴンブレス。
月妃はフィーバービートを発動して、これを華麗に回避。
そのまま接近すると、ドラゴンの脚を踏み台にして宙に跳び上がった。
空中でクルリと一回転。クリスタルダストによる氷の輝きが画面を覆い、ドラゴンの四肢を凍てつかせた。
颯爽と地面に降り立つ月妃は、絵に描いたようなクールビューティ!
彼女の活躍に、倒れた少女たちも活力を取り戻した。
反撃の狼煙のように曲は激しさを増して──まずはアコのカミソリギターがドラゴンを切り裂く。
続いてラファル&ユウのターン。
「キミのこと 考えると」
「喉から心臓を取り出したくて」
「ねぇ だから」
「こっち向いて」
「ねぇ向いて」
掛け合うように歌い上げる二人。
歌声の音波が、ドラゴンの全身から紙切れを引き剥がす。
その隙を突いて桜花が駆け寄った。
敵の足元に滑り込み、大百足による回転斬り。
ドラゴンの脚が一本斬り飛ばされ、紙切れになって燃え上がる。
さらに『敵の体を地面に見立てて』全力跳躍する桜花。
紙切れを撒き散らしながら、ドラゴンは上空高く蹴り上げられた。
間髪入れずに桜花は二発目の全力跳躍で跳び上がり、ドラゴンの頭上から足をかけて急降下。
ドグシャアアッ!
破壊音とともに、ドラゴンは地面に激突した。
ここで桜花の決めゼリフとカットイン。
「……絶技・流星」
「まだ終わっとらんで!」
未来の言うとおり、ドラゴンは桜花の背後で立ち上がろうとしていた。
その長い首へ、未来のラリアットが炸裂!
倒れた敵の頭をサッカーボールキックで蹴り飛ばし、無理やり引きずり起こしてから尻尾をつかんでのバックドロップ!
とどめに、巨大スピーカーの上からムーンサルトプレスを敢行!
ズガアアアアン!
謎の爆発とともに、ドラゴンは砕け散った。
すかさず曲調が変わり、場面は再び教室へ。
戦闘シーンの熱気を保ったまま、曲はラストへ向かう。
背景には、縛り上げられて床に転がる『愛しの彼』。中身は卍だ。
「向いて向いて向いて」
「向け向け向け」
「じゃないと無理矢理 XXX……!」
最後にラファルとユウの全力シャウトが轟き、ギタートリオと月妃のアンサンブルがラストを締めくくった。
画面は急速に暗転し、『協賛/撮影協力:久遠ヶ原学園』のクレジットが流れる。
あっというまの5分間だ。
「えとぉ……こんな感じになりましたぁ……どうですかぁ……?」
視聴覚室に照明が灯り、恋音が問いかけた。
実際、編集や演出を構成したのはほとんど彼女だ。卍は見てただけ。
「ええんちゃう? プロレス最強!」
未来は満面の笑顔だ。
「……私も……文句ない」と、桜花。
とくに誰も異存はないようだ。
「では……これで提出しますねぇ……?」
恋音が言い、一同うなずいた。
後日、このPVは満を持して動画サイトに投稿された。
そのシュールかつバイオレンスな内容が一部で話題になり、視聴数はうなぎのぼりに。
匿名掲示板には専用スレが立てられ、メンバー人気投票なども行われた。
反響の大きさからして、PV第二弾が作成されるのも近い。