「さーて芸術家のみんな。準備はいいかい?」
屋外特設ステージの前で、小筆ノヴェラは陽気に微笑んだ。
「はい」「ええ」「まあ」
など、生徒たちからまばらな返事が返ってくる。
「みんな、もっと元気に! たのしく行こうよ! 今日はアーティストのスキルが強いってことを証明するために集まってもらったんだから。芸術! 爆発! この精神で行こう!」
やたらテンションが高いノヴェラ。
言ってることは一見まともだが、はたしてどうなることか。
「さてトップバッターは誰かな? 我こそはという人、手をあげてー」
「わけあって、わたくし一番手を希望しますわ」
真っ先に挙手したのは、斉凛(
ja6571)
めずらしくシリアス顔の彼女は、スナイパーライフルを肩にかついでいる。
「それはいいけど……やけに顔色が悪いよ、きみ。大丈夫? 僕と保健室に行く?」
良い笑顔でベッドに誘うノヴェラ。
だが凜は毅然として答える。
「ご心配は無用ですわ。早速わたくしのアートをご覧に入れましょう」
いつもの純白メイド服で、凜はステージに向かった。
が、その足どりはよろけている。
というのも、魔具魔装の装備値オーバーで、生命力がゼロなのだ。
で、でもゼロなら大丈夫! マイナスじゃなければ大丈夫だから! 流れ弾とか流れ爆弾とか食らったらヤバイけど! ラファルとかラファルとかいるけど大丈夫! これコメディだから!
「もし倒れたら僕が介抱してあげるよ。それで何を見せてくれるのかな?」
と、ノヴェラ。
「わたくしはインフィルトレイターですの。狙撃メイドの華麗なる射撃をご覧くださいませ。これぞアートですわ」
そう言うと、凜はステージの左端に超合金の塊を置いた。
そして自分はステージ右端に陣取り、ライフルをかまえる。
『緑火眼』使用、『精密狙撃』!
アウルの弾丸が超合金の塊をかすめるように撃ち抜き、金属片が飛んだ。
そのまま立て続けに、凜のライフルが火を噴く。
床に固定された超合金の塊は、一発ごとに形を変えていった。
やがて完成したのは、超合金製の女神像。
その意外な発想のアートに、拍手が湧いた。
「このとおり、インフィルトレイターの本業は狙撃ですの。正確な射撃で彫刻だって作れますのよ」
そう言って、凜はステージ上から女神像を見せつけた。
パチパチとノヴェラが拍手する。
「アートとは無縁のスキルでアートする。いいね、その精神こそ芸術だよ」
「お褒めいただきまして、ありがとうございます。ではわたくしは失礼しますわ」
狙撃彫刻パフォーマンスを終えた凜は、そそくさとステージを下りて会場を立ち去った。
賢い判断である。こんな場所にいたら、生命力ゼロの彼女は即死してもおかしくない。
実際、それは非常に正しい判断であった。
「2番! ユリア・スズノミヤ(
ja9826)! 久しぶりに芸術は爆発だー!をバクハツさせてもらいまっす☆」
凜と入れ替わるように、ユリアが颯爽と名乗り出た。
身につけているのはフラメンコ衣装。赤地に黒のサイドフリルワンピースだ。
「お、フラメンコか。いいね♪」と、ノヴェラ。
「それだけじゃないよっ! 踊りの美と戯、魅せてあげる☆」
そう言うと、ユリアはワンピースを翻して舞台に駆け上がった。
ステージ中央で、まずは立ちポーズを決める。
次の瞬間。軽快なクラップとともにスパニッシュギターの音色が空間を刻みだした。
そのリズムに乗って、ユリアが靴底を鳴らす。
華麗な舞いが始まった。『ダンス』は身につけているが、そんなものが必要ないほどうまい。それもそのはず、ユリアはもともと踊り子なのだ。
曲はアレグリアス。『喜び』という語源のとおり陽気な曲だ。フラメンコの定番曲である。
激しい踊りの最中でも、ユリアは笑顔を崩さない。観客に向かってウインクを投げる余裕さえあるほどだ。
その洗練されたステージングに、観客も大いに沸く。
やがて曲が中盤にさしかかったところで、ユリアは耳元に差している白百合を手に取った。
そして『スケッチ』発動。白百合を筆に見立てて、ステージの壁に絵を描き始める。
無論その間もダンスは止めない。踊りながらのスケッチだ。ユリア自身初めての試みだが、まったく問題ない出来である。
じきに完成したのは、故郷ロシアの風景画。
澄みきった青い空の下に映える教会の絵だ。が、底のほうはボルシチみたいに赤く塗りこまれて、さながら血の上に建つ教会のように見える。
最後の一筆が壁に叩きつけられると同時に、アレグリアは完奏。決めポーズとともに踊りも終了した。
「ベネ! いいパフォーマンスだったよ♪」
ノヴェラが拍手した。
「えへっ。ありがとでっす☆」
「ひとつ言うなら、絵のモチーフがダンスと噛み合ってないところかな。せっかくなら絵の内容も『アレグリア』で統一するべきだったね」
「みゅぅ。それはそうかもですぅー」
「よかったら、今夜僕と絵のレッスンを……」
「それは遠慮しておきますよーぅ!」
ユリアは慌ててステージを駆け下りると、「さぁ次の人! 次の人どうぞぉー!」と促すのだった。
「矢吹さんがアーティストの力を疑っていると聞いて参戦しました。僕と模擬戦をしませんか?」
そう言って、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はステージ上から手招きした。
が──
「なにアンタ。忍軍のままじゃない」と、亜矢。
「よくぞ気付いてくれました。じつはスキル強化キャンペーンに乗り遅れたため、僕はひとつもアーティストのスキルを覚えてません」
「なにをしに来たのよ」
「ですが、心配御無用。僕は存在そのものがアーティスト(奇術士)ですから。さぁ亜矢さん、ステージへどうぞ!」
「だったらアタシもアーティスト(クノイチ)よ!」
無茶なことを言って、ステージに上がる亜矢。
ギャラリーから『どっちもアーティストじゃねぇし』みたいなツッコミが入るが、エイルズにも亜矢にも聞こえてない。
「では始めましょう。僕はフェミニストですが……今日は遠慮しませんよ」
「闇鍋の恨み、いま晴らしてやるわ!」
「あれは事故ですよ?」
「黙りなさい!」
亜矢の手から手裏剣が飛んだ。
エイルズはこれをさらりと回避。一瞬で間合いをつめると、おかえしとばかりにトランプカードで斬りつけた。
カードが爆発し、亜矢は爆発四散!
と思いきや、爆発したのはスクールジャケットだった。
「忍軍相手に単体攻撃なんて、バカじゃないの?」
「おや、アーティストにチェンジしたはずでは?」
「忍軍のままアーティスト科の教室に忍び込んだだけよ!」
「おお、さすが忍者ですね」
「とりあえず死ね!」
亜矢の影手裏剣・烈が発動した。
が、エイルズにまともな攻撃は当たらない。回避力1000ってアンタ。
しかしエイルズの攻撃も決め手に欠ける。
ステージ上で、高レベル忍軍同士の容赦ないバトルが展開された。
「矢吹さんはギャグ担当だから、どんな酷いことをしても大丈夫ですよね」
と、殺す気で攻撃するエイルズ。
「ふん。ギャグバトルの真髄を見せてやるわよ! 闇鍋召喚!」
その瞬間、亜矢の手に闇鍋が出現!
正体不明の暗黒物質が鍋から飛び出し、エイルズに襲いかかる!
「ここは手堅く空蝉ですね」
「甘いわね! この鍋は範囲攻撃よ!」
「んな……っ!? ぐわーっ!」
理不尽な闇(鍋)の一撃を受けたエイルズは、なすすべなく倒れた。
これのどこがアートなのかと観客の誰もが思ったが、ただ一人だけ神妙な顔でうなずく闇鍋マニアがいたとかいないとか──
次に舞台へ登場したのは、咲魔聡一(
jb9491)と咲魔アコ(
jc1188)
聡一は舞台の左から、アコは右からだ。
両者とも最初から光纏し、手にはV兵器を持っている。
ちなみにどちらもアーティストではない。──否、アコはある意味アーティスト(音楽家)だが。
「従兄様、本日はご機嫌いかがですの?」
「悪くないよ。ここは陸の上だしね」
「でしたら結構ですわ。負けたとき『体調が悪かったんだ』とか言いわけされたら面倒ですもの。キヒヒッ♪」
「それは僕のセリフだ。……まぁいい、はじめよう」
聡一が眼鏡に指をあてると、周囲に大量の木の葉が舞った。
いきなりの攻撃に、視界を奪われるアコ。
「く……っ! 不意討ちとは卑怯ですわ!」
「卑怯? 舞台に立ったときから戦いは始まってるよ?」
聡一の両腕に、巨大な注射器が現れた。
それを水平に突き出したまま、聡一が詰め寄る。
命中すれば『麻痺』と『スタン』を同時に与える、強烈なスキルだ。
が、その針が届くより早くアコの手元にギターが出現した。
そして奏でられるのは、『地獄の聖歌』
まさに地獄のごとき無秩序な旋律が無数の鋸歯波となって聡一を襲い、血の雨を降らせる。
が、聡一は止まらない。鋭利な音波に切り刻まれながらも、『食虫植物の祭典』を発動する。
巨大な食虫植物の捕虫器官がアコに向かって伸びた。
しかしアコは、これも紙一重で回避。黒い蝙蝠の翼を広げると、宙に舞い上がった。
「よりによって、悪魔ともあろう者が植物にたよるとは……。神に背き、自然なんぞに心を捧げる狂信者め!」
アコが怒鳴った。
彼女の生まれた世界には陽が差さず、植物はほとんど見られないのだ。
それは聡一も同じだが、彼の考えは違った。
「狂信者? それはこちらのセリフだ。自然と調和できないものに美しさなど有り得ない!」
聡一もアコを追うように黒い翼を伸ばした。
葉擦れの音とともに、甘酸っぱい苺のような香りが広がる。
「そんな美しさなど無用! 破壊こそ美! この威力こそが私の音色!」
眼下から接近する聡一に向けて、アコはデスメタル仕込みのグロウルを叩きつけた。
模擬戦とは言い条、彼女は隙あらば従兄を殺そうとしている。
が、実力/経験とも総一のほうが上だ。まともにやりあえば、彼の勝利は揺るぎない。
アコ渾身のグロウルをさらりと回避して、聡一が肉薄する。
「破壊は何も生まないよ、アコちゃん。きみも植物を育ててみるといい。きっと何かが変わる」
「よけいなお世話だ! この偽善者め!」
ふたりは正面からぶつかりあった。
アコの音波攻撃が聡一を切り裂き、聡一の注射器がアコの胸に突き刺さる。
「ぐ……っ!」
体のコントロールを失って、高度を落とすアコ。
やはり正面から戦っては、彼女に利はない。
「なにが『自然と調和』だ! このジャンキーめ!」
「え……? 魂を吸ったりする技術に比べれば、ずっと自然ですが何か? というか自然由来だしね、この薬品」
とぼけるように、聡一は答えた。
その態度が余計にアコを苛つかせたのか──彼女は後先考えずに突撃した。
そして繰り広げられる、ド派手な空中戦。
ギャラリーから歓声が湧く。
バトルも見応え十分だが、なにしろアコはスカートなのだ。それで空中戦をすればどうなるか。パンチラどころではない。
「アコちゃん! パンツ! 下からパンツ見られてるよ!」
見かねて聡一が指摘した。
「はぁ? 悪趣味な童貞どもねぇ……。そんなもの、拝みたいだけ拝めば良いんじゃなくて?」
「すこしは恥じらいってものを持とうよ!」
「そんなものが何の役に立つっていうの? そして隙ありだっ!」
何発目かの音波攻撃が、聡一の首筋を掻き切った。
「しまった……!」
噴水のように血を噴き上げながら、落下してゆく聡一。
その意外な逆転劇(とパンチラ)に、盛大な拍手喝采が沸き上がった。
「ふ……、こんな布切れごときに気をとられるとは甘すぎますわ、従兄様」
ドシャッとステージに倒れる聡一を見下ろして、アコは勝者の笑みを浮かべた。
「うん、みごとなアートだったね」
「いまのどこがアートなのよ!」
ノヴェラのセリフに、亜矢が反論した。
「戦いはアートだよ」
「あんたに言わせりゃ何でもアートじゃない。アーティストのスキルが強いって証明するんじゃなかったの?」
「おっと、そうだった。じゃあ次はアーティストの生徒に出てもらおう」
「では俺が」
と、ステージに立ったのは樒和紗(
jb6970)
「アーティストのスキルを披露する会と聞いて……俺はこんなものを作って来ました」
そう言って、和紗は手のひらを開いてみせた。
が、そこには何もない。──否、なにもないように見える。
「なんだアレ」
「なにもないよね?」
「透明なオブジェとか?」
ざわめく観客席。
「遠くからでは見えませんよね。じつはこちら、『創造』で作りました『木心乾漆千手観音立像』になります。唐招提寺金堂にあります奈良時代に作られた国宝の像を、米粒サイズで再現しました。ちなみにオリジナルは約5.4m。千本の掌には眼が描かれた、技巧の粋を尽くした仏像です」
意外な説明に会場がどよめいた。
米粒サイズの仏像……! しかも超絶技巧の……!
だが果たして、『創造』でそんなことが可能なのか!?
「みなさん驚いてますが、このスキルは30cm四方までなら何でも作製可能……つまりサイズの下限はない!」
キリッと断言する和紗。
たしかに言うとおりだった。『創造』に上限はあっても下限はない! つまり術者が望めば、どれほど極小サイズの物品でも作成可能ということ……! まぁそれがどうしたという話ではあるが……。
「これは盲点だったね。素晴らしい着眼点だ、樒くん。ベニッシモ!」
ノヴェラが拍手した。
これまでで最大級の賛辞だ。
「ありがとうございます。どうですか、みなさん。『創造』は一見地味なスキルですが、サイズさえ気にしなければあんな物やこんな物()も作れるわけです。士気が上がりませんか?」
おお……と、どよめきが湧いた。
『あんな物やこんな物』が何を指しているのか不明だが、きっと健全な物に違いない! 健全な物に違いないよね! 美少女フィギュアとか!
「では次に……」
どよめく会場を尻目に、和紗は話を進めた。
「『創造』と並ぶ地味スキルに『スケッチ』があります。その有用性を今から証明しましょう。矢吹、こちらへ来てくれますか?」
「なにするつもり?」
言われるまま、亜矢は壇上へ上がった。
「いいですか、このスキルは『平面に絵を描く』ことができます。それが何を意味するかというと……」
和紗の手が素早く動き、亜矢の胸部に絵を描きあげた。
しかも『平原』の絵である。起伏のない、アフリカの大平原みたいな絵。
「うまく描けましたね。これが成立したということは、すなわちこの箇所が『平面』であると公認されたことになるわけで
和紗が最後まで言う前に、会場は爆笑に包まれた。
これはみごとな──おそらく前例のない精神攻撃!
「いいねぇ樒くん。……そう、どんなスキルも工夫次第で便利に使える。僕も『創造』や『スケッチ』をこんな風に使うなど考えもしなかった。きみにはアーティストの資質がある。よかったら僕の深夜レッスンを受けてみない?」
ノヴェラが絶賛した。
が、和紗は一言。
「あ、そういうのは遠慮します」
「残念。もったいないなぁ」
本気で残念そうなノヴェラ。
ちなみにその後、壇上で暴れる亜矢を取り押さえるのには10人あまりの撃退士が必要だったという。貧乳の逆恨み恐るべし!
『逆恨み』でなく正当な恨みのような気もするが……。
「さーて、次は誰かな?」
妙に楽しげな様子で、ノヴェラは生徒たちを振り向いた。
こんな大絶賛の直後で舞台に立つのは、少々勇気がいる。
しかし、ここで立ってこそ嫁にカッコいいところを見せられると考えて、浪風悠人(
ja3452)が前に出た。
「え……悠、ここで行くの……?」
驚いたように、浪風威鈴(
ja8371)が言った。
「ああ、どうせいつかは出番が来るんだ。それなら、いつ出ても同じさ。行こう威鈴」
悠人は威鈴の手を取ると、エスコートするように歩きだした。
ふたりともジョブはアーティストだ。
身につけているのは、大学部の儀礼服。
披露するのは歌とダンス。ある意味これまでで一番アートらしい。
しかし、比較的堂々とステージへ向かう悠人に対して、威鈴は少々ビクビクしていた。
「威鈴、もしかして緊張してる?」
「うん……人前で歌うの……初めて……だ」
「大丈夫、練習どおりにやるだけさ。集中していこう」
「う……うん……」
悠人は威鈴に手を差し伸べつつ、舞台に上がった。
そして、ふたり並んで客席に一礼。
間を置かず、悠人が『ダンス』を使用した。
と同時に、威鈴は『歌謡い』を使用。
威鈴の歌声に乗って、悠人が流麗なステップを刻みだす。
デュエット曲なので悠人も同じ歌を口ずさむが、スキルは使わない。完全に自力の歌だ。
ただ威鈴の歌が少々走り気味なのは、緊張ゆえか。
それでも悠人の踊りは崩れず、華麗なフォームがステージに映える。
そのうち、威鈴の緊張もほぐれてきた。歌に集中して観客の目を忘れてきたのだ。
歌と踊りは淀みなく進み──不意に転調する。
そのタイミングで、ステージの後ろにいた威鈴が前に出て、すれちがうように悠人と入れ替わった。
ポジションがスイッチすると同時に、それぞれのパートもチェンジしている。
悠人が『歌謡い』を。威鈴が『ダンス』を発動させたのだ。
そして悠人の歌に乗って、威鈴が踊る。曲調は激しく、ダンスはアクロバティックに。
もう緊張はカケラも見られない。威鈴の踊りも歌も、のびのびしている。
そこへ悠人が出てきて、ふたりは交差するようにステージを舞った。
最後は威鈴の力強い歌声に乗せて悠人が高く跳躍し──舞台に着地してフィニッシュ。
威鈴の前に跪いた悠人の手には、『創造』で作られた真っ赤な薔薇が握られている。
「え……これ、ボクに……?」
打ち合わせと違う終わり方に、威鈴は戸惑った。
悠人はうなずき、無言で薔薇を差し出す。
「じゃあ……もらうね……?」
おずおずと手を出す威鈴。
この瞬間こそ、いままでで一番緊張していた。
ギャラリーからは、拍手と口笛と罵声が飛んでくる。
「おしあわせにー!」
「おめでとー!」
「見せつけやがってええ!」
「爆発しろおおお!」
みんな言いたい放題だ。
「うんうん。『ダンス』『歌謡い』そして『創造』……どれもアーティストの基本スキルだよね。なにごとも基本が重要さ」
ノヴェラが拍手を贈った。
悠人と威鈴は少し照れながら、壇上でお辞儀する。
が、亜矢は不満げだ。
「基本とか言ってるけどさぁ……そんなスキル、なくても踊れるし歌えるじゃない。完全に無用でしょ」
「うん、それはそのとおりだね」
あっさり認めてしまうノヴェラ。
「認めてどうすんの!? アーティストの技が強いのを証明するって話でしょうが!」
「でも、最後の『創造』による薔薇のプレゼント……あれはアーティストにしかできないことだよ?」
「そんなの、本物のバラを用意すれば済む話でしょ!」
「うん、それはそのとおりだね。……さて次の出番は誰かな?」
「ごまかさないでよ!」
キリがないので次へ行こう。
「うーん、魅せるスキル多いんですね……」
これまでのパフォーマンスを見て、シエル・ウェスト(
jb6351)は感心したように呟いた。
というわけで彼女の出番である。
「では行きます! これが私のアート!」
ステージに立つや否や、シエルはテーブルに何か並べだした。
よく見れば、それは3皿の麻婆豆腐!
「たしかに料理はアートだけど、それだけかい?」
ノヴェラが訊ねた。
観客も無言でうなずく。
が、シエルはニヤリと笑うのだった。
「ふふふ……小筆先生でさえ騙されましたね?」
「まさか……!?」
「そう、そのまさか! じつはこの麻婆豆腐のうち2皿はフェイク! 『創造』と『スケッチ』で作ったニセモノなのです!」
「おお、この距離では見分けがつかないね。みごとな出来だ」
ノヴェラが言い、観客はざわめいた。
実際、このニセ麻婆豆腐はよく出来ている。そこらの食品サンプルなど目ではない。『スケッチ』による立体視麻婆豆腐も、驚異的なリアル感だ。
「ではここで! どれが本物の麻婆豆腐かクイズーー♪ 正解者には、私の手作り麻婆豆腐をプレゼント!」
この発言に一部のマニアックな(失礼)男子から、「おおー!」と歓声が湧いた。
「では皆さん、お手元に(いつのまにか配った)3枚のプラカードがありますね? A、B、Cのうち本物と思うカードを掲げてください!」
──結果、回答はほぼ三分の一ずつに割れた。
そしてシエルの種明かし。
「正解はA! さぁAを選んだ皆さん、ステージへどうぞー!」
観客席は、悲鳴と歓声に包まれた。
が──本当の悲鳴が響きわたるのは、このあとだ。
というのも……近寄ってよくよく見れば、Aの麻婆豆腐だけ明らかに変色しているではないか。というか腐ってるではないか!
「これ……腐って……」
哀れな非モテ男が口ごもった。
「大丈夫です、味見もしっかりしましたし!(3日前に)」
冷静に言い張るシエル。
3日間そこらへんに放置してたのは秘密だ!
「ただ、痺れる辛さなんで気をつけてくださいな」
「痺れるとかじゃなく、これ腐ってるよね……?」
「大丈夫です、撃退士は麻婆豆腐ぐらいで死にませんから!」
「そうだな! 俺は行くぞ!」「俺もだ!」「みんな続け!」
というわけで、50人あまりの撃退士たちが急性食中毒で保健室に搬送されたのであった。
だが、この程度の犠牲は序章に過ぎない。
「結局、アーティストのスキルなんて無意味だってことが証明されただけね。中にはセクハラスキルまであるし。なにが『公認平面』よ!」
一連のパフォーマンスを見た亜矢の感想がそうなるのも、無理はなかった。
「そう決めつけるものでもないよ。世の中には貧乳フェチもいる。需要はあるさ」
ノヴェラが慰めた。
「需要とかの問題じゃないのよ! 公式に平面認定された女の悲しみがわかる!?」
「ものは考えようだよ、矢吹君。もし手近にキャンバスや壁がなかったとしても、きみがいれば絵を描ける。素晴らしいだろう?」
「そんなの地面に描けば済むでしょ!」
「いや、たとえば遭難して海で漂流してるときとか……」
「そんな状況で悠長にお絵描きしてたらバカでしょ!?」
「ああ、うん。……よし、次に行こうか」
「ちょっと!」
強引に話を打ち切って、ノヴェラはイベントを進めるのだった。
いくら枠に余裕があるとはいえ、こんな無駄話に割く字数はない。
「えとぉ……では、私のアートを見てもらいますねぇ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)がステージに立った。
その胸部を睨みつけて、亜矢が舌打ちする。
「な、なにか……殺気めいたものを、感じますけれど……」
「さっさと進めなさいよ! どうせくだらないスキルなんだから!」
「お、おぉ……。では、ええと……私の『アート』は、香水の調香ですぅ……」
「はぁ……」
露骨に溜め息をつく亜矢。
その殺気に怯えながら、恋音は話を続ける。
「ではまず……ここに、特製の牛乳がありますねぇ……? これを飲んでみましょう……」
そう言って、牛乳瓶をあおる恋音。
すると、彼女の姿はたちまち牛娘に変化! 胸が膨張して5割増しに!
それを見た亜矢の殺気も5割増しに!
「あんたケンカ売ってるでしょ」
「そ、そんなことは、ありませんよぉ……!? すこし出番が悪かっただけですぅ……!」
「あ、そう。……で、次はどうするのよ」
「おぉ……次は、ですねぇ……この特製甘酒を……」
尻込みすることなく、甘酒を一気飲みする恋音。
すると今度は尻が肥大化! そのまま後ろにひっくりかえってしまう。
「あのさぁ……それのどこが『調香』で『アート』なのよ」
亜矢の質問も当然だった。
なにしろ恋音は牛乳と甘酒を飲んだだけ。これを調香と言い張るのなら、なんだって調香になってしまう。
「これはですねぇ……牛乳と甘酒の香りを調合することで……ええと……」
どうやら本人にもよくわかってなかったようだ。
このあたりで、観客の一部から「そろそろ避難したほうがいいんじゃね?」みたいな声が出てくる。
だが、すでに時遅し。
次に恋音が飲んだのは、マッドサイエンティスト平等院の新薬だった。その名も、OP薬ν!
以前のOP薬を強化させたこの薬は、被験者のバストサイズに比例して累乗式に成長させるという……などと説明してる間に、特設ステージは巨大な肉塊と化した恋音に押しつぶされた。
あわてて逃げだす観客たち。
しかも恋音はまだ肥大化を続けている。もはやアート大会どころではない。地獄絵図だ。
ここで、高瀬里桜(
ja0394)が満を持して登場!
逃げまどう観客の波に逆らって歩きながら、彼女は高らかに告げる。
「『芸術は爆発だ!』って名言だよね! 私も派手にやっちゃっうよー!」
もはやステージとかアートとか一切無視して、里桜は大量の花火をばらまいた。
そして『アンタレス』発動!
燃えさかる劫火が花火ごと観客たちを焼きつくす!
が、これはアウルの炎なので花火には引火しない。
そこで里桜は、ウォッカを加工して作った火炎瓶をそこらじゅうに投げ飛ばした。
これは普通の炎なので、当然花火に着火。
あちこちで花火が炸裂し、火炎瓶の炎が燃え広がり、温度障害に陥った観客たちを火あぶりにする。
「この爆発こそ芸術の醍醐味だよね! それじゃあフィニッシュ、いっちゃうよー?」
里桜は天高く腕を掲げると、躊躇なくコメットをぶっぱなした。
アウルの彗星が雨のように降りそそいで、なにもかもを叩きのめす。
「アンタレスもコメットも敵味方識別できないから、もし巻きこんじゃったらゴメンね☆ でも大丈夫! 撃退士打たれ強いよ! あとでちゃんと回復するし! アフターフォローもばっちりだね♪」
なにか素敵な笑顔で、アイドルみたいなポーズを決める里桜。
『もし巻きこんじゃったら』とか言ってるが、最初から巻きこむ気満々だ! さすが放火魔!
「うん、いいね。そう、芸術は爆発だよ。フォルテ!」
劫火の中から、ノヴェラが叫んだ。
その直後、本物の『アートは爆発だ!』が炸裂する。
しかも識別可能なのに識別しない無法ぶり。
火災から逃げまどっていた撃退士たちが、まとめて吹っ飛ばされた。
「ですよね! 爆発は芸術ですよね! ふふふふふ! あはははははは!」
高笑いしながら、火炎瓶を四方八方に投げる里桜。
これはもはや芸術とかでなく、単なる放火事件では……。
だが、里桜にとってこの程度は日常茶飯事。実際、過去にはいくつもの事件を起こしているのだ。
・英雄部部室を爆破して部長とA先生に始末書を書かせる
↓
・某依頼で旧校舎を全焼させる
↓
・芸術を爆発させ大惨事(NEW!)
こうして里桜の事件簿に新たな記録が刻まれた。
まぁ事件簿って言っても、里桜自身が計画実行した事件ばかりなんだけどね。
だがしかし。爆発といえば肝腎の人を忘れてないだろうか。
その名は、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
もちろん忘れてなどいない。里桜が『放火魔』ならば、ラファルは『爆破魔』である。爆破に関して彼女の右に出る者は……たぶんノヴェラぐらいしかいない! って出るのかよ!
「そーだよな。芸術と言えば、やはり爆発しかねーよな」
炎の海を渡って、ついにラファルが現れた。しかも無傷だ。
じつは年初めに爆発芸を封印した彼女だったが、今回その封印はなかったことになった。そして自分以外にも爆破芸をするメンバーがいることを悟り、だれが学園最強の爆破芸術家かを知らしめるべく今の今まで『光学迷彩』で身を隠していたのだ。しかも改良に改良をかさねた『俺俺俺式光学迷彩』は、潜行スキルの完成型! 今回はコメディだから爆破アリだと見越して攻撃のタイミングを見計らっていたラファルの頭脳的勝利だ!
「さーて、教えてやるぜ! だれが最強の爆破アーティストかをなぁぁ!」
ラファルはいつになく本気だった。
その全身から闘志をたぎらせて、破壊の呪文を一言。
「ポチッとな♪」
ちゅどおおおおおおんん!!
「「あばーっ!?」」
里桜もノヴェラも、それに周囲一帯の撃退士も一人残らず吹っ飛んだ。
姿を見せる前に、ラファルが爆弾を設置していたのだ。
しかも緻密に配置された爆弾トラップによって、一度吹っ飛ばされた者は着地点で再び吹っ飛ばされ、さらにその着地点でもう一度……という具合に、どこかのトラップゲーみたいな勢いで爆破され続けるのだった。これにはノヴェラも反撃の術がない。
「ブラーヴァ! 素晴らしい! さすが学園の記録に名を残す芸術家(ボマー)!」
吹っ飛びながら、空中で手を叩くノヴェラ。
「はっはっはー! 俺がバカ正直に戦うわけねーだろ。爆風の連鎖で華麗に吹っ飛びなー!」
おびただしい爆煙の中で、勝ち誇るラファル。
その直後。タンカーみたいなサイズに膨れあがった恋音が、ぷちっとラファルを押しつぶしたのであった。
「……で、結局アーティストは役立たずだってことが証明されたわけね」
死屍累々の焼け野原を眺めて、亜矢は呟いた。
「そんなことはない。ここまで自由に戦えるのはアーティストだけだよ」
反論するノヴェラは、全身包帯だらけになって担架で運ばれるところだ。
「元凶は里桜の火炎瓶と、ラファルの爆弾と、恋音の乳でしょ! アーティストのスキル関係ないじゃない!」
「僕はちゃんとアーティストのスキルで爆発したよ?」
「そんなスキルがなくても爆発できるのよ! いまのでわかったでしょ!」
「そうか……僕が学園を離れている間に、みんな芸術(爆発)を身につけたんだね。素晴らしい。……よし、それなら今度は爆破職人コンテストを……」
「やらなくていいから!」
こうして、多大な被害のもとにアーティスト科特別講習は終了した。
そう、だれもが忘れてたがこれは立派な授業の一環だったのだ。
アーティスト科特別講師・小筆ノヴェラ。彼女の授業は怪我人が絶えない。